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第四章 最強編

第141話 最強のイーター

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「生きていたのか、ドクター・シータ」

「ウィッヒヒヒ。もちろんですよ」

 会話は成立しているが、ドクター・シータの姿はどこにも見えない。森が覆い隠す地上にいるのだろう。
 いや、そうじゃないな。森の樹に擬態しているのだ。奴はメターモの力を取り込んでいるため変身能力を持っている。
 さっきイーターどもに向かって飛ばした葉っぱは、ドクター・シータの体の一部というわけだ。

「おまえを食った海中の巨大イーターはどうした?」

「食ってやりましたよ、内側からね。あの時点で私はかなりの数のイーターを捕食していましたからねぇ。その中には標的の口から体内に侵入して内側から敵を食らうイーターもいましたから、イーターや人間の胃酸に対する強力な耐性も身につけていました。まあ、あのイーターは何でも食うだけあって、分厚い胃の粘膜を突き破るのにずいぶんと骨が折れましたがね。いろんなイーターの能力を吸収した私でなければ、強力な胃酸への耐性も限界を迎えて負けていたでしょう」

 なるほど、それで地上にイーターが少なかったのか。
 こうなる事態をまったく想定していなかったわけではないが、可能性が低いと切り捨ててしまっていた。これは俺の悪い癖だ。名探偵ともなればこういう低い可能性を軽視しない。俺はまだまだ未熟だ。

「よくしゃべるな、ドクター・シータ。そういうところはイーターになっても変わらないな」

「それは『元気そうで何よりです』という社交辞令かね?」

 相変わらず姿を現さないが、やつの口調からは、あの陰険な顔が口を吊り上げて笑っている様が連想される。
 森の樹を観察しても、奴の変身した樹と元からある樹との見分けがつかない。

「いいや、そうじゃねーよ。次の標的は俺なんだろう? おまえならこの俺が情報を何より重要視していることを知っているはずだ。それなのにおまえは自分の能力に関する情報を俺に与えている。まだ俺を舐めているのか? 俺にやられた経験を活かせていない。イーターの食いすぎで頭脳が劣化しちまったか?」

「おやおや、その腕の怪我でこの私と戦うおつもりか? ゲス・エスト、たしかに私はいずれあなたを殺しますが、いまは撤退して構いませんよ。どうぞ傷を癒して出直してきてください。もちろん、それは不戦とはいえ敗走です。あなたに初の敗北を与えた者として私のことを脳内に焼きつけてくださいよ。そして、万全になったあなたと戦い、そのときに私はあなたを殺します。そうして私はあなたに二度の勝利を収めるのですよ。二度も勝利すれば、それは幸運やマグレなどではなく、決定的な優劣の証明になるでしょう」

「弁だけは立つな、ドクター・シータ。俺の考え方は逆だ。それはおまえの煽り、挑発だ。それに乗って撤退せずに戦うことは、まんまとおまえの策略に乗せられたことになる。それこそ俺の負けというものだ。俺にとっては戦闘よりも智略での敗北のほうが受け入れがたい。もしいずれの選択をしても俺が敗北になるというのなら、俺は撤退を選び、智略での勝利を選ぶ」

「戦って勝つという第三の選択肢があるではないですか」

「戦闘を選択した時点でおまえの挑発に乗ってしまったことになる。おまえが余計なことを言う前に俺がしかけていれば、戦闘によって純粋な勝利が得られただろうがな。いまの状況では戦って勝ったとしても、精神面でおまえに負けたことになってしまうんだよ」

「ということはすなわち、私の勝利ではないですかぁ? だって、そういう状況を私が作り出したんですからぁ」

 言葉に詰まった。まったく、本当に弁が立つ奴だ。

 小説や映画の世界なんかでは科学者というものを軽視しすぎなきらいがある。組織に属し、ボスを縁の下から持ち上げる陰の立役者にはなり得ても、その技術を活かして自らが表舞台に立つことは少ない。
 だが実際はどうだ。このマッドサイエンティストは自らの技術によりイーターと化し、生物の頂点に立たんと能動的に活動している。アークドラゴンも、海の巨大イーターも奴は食ってしまった。ダースですら命からがら逃げ帰ったという未開の大陸の恐るべきイーターどもを、すべて食らいつくそうとしている。
 俺が最強の魔導師となった一方で、ドクター・シータは最強のイーターとなった。しかもイーターでありながら人間の頭脳を、それもとびきり優れた頭脳を持っているのだ。

「好きに考えろ。貴様は勝手に俺に勝ったと思っていればいい。俺は負けたとは思っていない」

 ドクター・シータはしばしの沈黙の後、一種の膠着こうちゃく状態である現状を打開するげんを俺によこした。

「ま、いいでしょう。私も万全のあなたと戦いたいのでね。いまの私は誰にも、いいえ、どんな生物にも負ける気がしない。そしてこれは私の気持ちの問題などではなく、おそらく事実だ。むしろ、この私こそが最強のイーターであり、かつ最強の生物であると証明するために、あなたの精霊が人成してあなたが完全体の魔導師になるのを待って差し上げますよ」

 ドクター・シータと俺は似ているのかもしれない。
 俺も興味がある。最強の生物というものに。それは魔導師か、魔術師か、あるいはイーターなのか。

「ところで、ゲス・エスト。いまのところ、あなたの勝率は100%でしょう? それもE3エラースリー全員との戦闘を含んだ上での戦績ですからねぇ。ああ、なんと素晴らしい! そして非常に興味深い! エアさんがどんな魔術師になるのか楽しみです」

 いい加減、姿を現さないのが気持ち悪い。一方的に見られているのが気に食わない。何より、いかにも俺の知らないことを知っているという言い回しが気に食わない。

「おい、エアの人成はともかく、魔術師としてのエアはおまえには関係ないだろう」

「言わずとも分かるでしょう? あ、まさか御存知でない? それでいてそんなに勝利にこだわっているなんて、あなたは産業廃棄物並みにマイナス価値のクソプライドをお持ちのようで。精霊と契約中の魔導師にとって、勝率というのは実は非常に重要なパラメーターなのですよ。魔術師の人格や性格は人成する前の精霊が魔導師から食った感情の影響を受けて形成されますが、どんな魔術を備えるかは別の要素が影響します。精霊が人成して魔術師となったときに得る魔術は、契約する魔導師の勝率が高いほど強力なものとなるのです」

 それは知らなかった。契約者の戦闘の勝率が人成した魔術師の能力に影響すること自体は聞いていたが、それはあくまで勝敗により精霊に食わせる感情の種類が変わるからだと思い込んでいたから、勝率そのものが魔術師の獲得する魔術に影響を及ぼすとは考えていなかった。
 俺にとって重要な要素ではないとみなし、エアが魔術師になったときにどんな魔術を使うのかについて、あまり考えたことがなかった。

「ドクター・シータ。しゃくだが、貴様にはいろいろと気づかされる。礼として甘美な敗北を味わわせてやるよ。楽しみに待っていろ」

「ほーう、それは楽しみだ。ウィッヒッヒッヒ!」

 俺は痛む左腕を押さえたまま東へ飛び、未開の大陸をあとにした。
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