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第三章 共和国編
第125話 最強の魔導師①
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空気の分身が串刺しにされた後、水はすぐには攻撃してこなかった。
妙な静けさに嫌な予感がよぎる。
俺は自分の周囲に空間把握モードを敷いていなかったことに気がつき、すぐさま空気への操作リンクを展開した。
すると案の定、空気中の水分が敵の支配下にあることを知った。盲目のゲンの空間把握モードだ。おそらくいまもその範囲を拡大しつづけている。俺の位置などとっくに把握済みで、俺がどこへ逃げても位置を特定できるよう準備をしているということだ。
出遅れた俺もすぐに空間把握モードの範囲を周辺へ拡大する。
「くそっ、駄目だ!」
俺が空間把握モードを展開していく先はどこもすでに水の動きが支配されている。盲目のゲンが空間把握モードの範囲拡大を終える前に俺自身がその外へ脱出すべきだ。
俺は水の支配密度が低い方角へと高速で飛んだ。この動きも盲目のゲンには筒抜けのはずだが、不思議とすぐには攻撃してこない。空間把握モードの展開を最優先としているのだろうか。
否、それは違った。
「しまった!」
俺はまんまと誘導されたのだ。水の支配密度が薄い部分を作っていたのはわざとだったようだ。
冷静に考えれば罠と分かるが、とっさの判断で最善手を選べばこうなる。俺が逃げた先は北方のジーヌ共和国北海岸。方角的にもいちばん海が近い方角だった。
せっかく内陸に陣取っていたのに台無しだ。
さて、物量を得た盲目のゲンはいったいどんな攻撃をしかけてくるのか。
俺の中で即座に数パターンの候補が浮かぶが、その一つひとつへの対応策を考えている時間はさすがにない。
どうするのが最善か。
再び内陸の方へ移動するのが最善のはず。
いや、それを見越しての罠かもしれない。内陸の方角は盲目のゲンの水が俺を探して最初に到達した場所だ。
かといって内陸以外へ移動すれば海沿いに移動することになり、盲目のゲンの操作リンクの範囲拡大を手助けしてしまう。
となると、もうここに留まって戦うしかない。
物量的条件はまだ俺のほうが有利なのだ。
水と空気、物質の優先度を言い訳にするのは甘え。
俺の戦闘センスと盲目のゲンの経験値、それからお互いの魔法行使力の戦い。
改めて認めよう。盲目のゲン、貴様はこれまでに俺が出会った中で最強の魔導師だ。
だが、世界最強の魔導師かどうかはこの戦いの結末しだいだ。
なお、この思考は俺自身を鼓舞するための独り言のようなものであり、おごりを捨てて本気を出すことの決意表明、いわば宣誓でもある。
「エア! いるか?」
「いる」
「俺がいまから使う魔法を、盲目のゲン以外の生物が影響を受けないようにできるか?」
「できる」
「じゃあやってくれ。頼んだぞ!」
「分かった」
二つ目の大型魔法を俺は発動した。
技に名前をつければ魔法は強固なものとなる。イメージを練りあげるのに集中したため、魔法を発動した後にそれを思い出したが、いまからでも間に合うだろうか。
駄目元で俺は叫んだ。
「スカイフォール!」
それは広範囲の空間を空気でドーム状に囲み、どんどん圧縮していく技。
ドームの内側の空気は操作していないので、ドーム表面を破壊されない限りリンクは切られない。しかし空気はどんどん圧縮されるので、盲目のゲンは自分の周囲の空気が操作されて圧力をかけているのだと感じるはずだ。
盲目のゲンがこの魔法の種にいつ気づくか。この技の効果はそれしだいだ。
一方、盲目のゲンの攻撃も始まった。海水が派手に盛り上がり、水しぶきを上げる。
そこに姿を現したのは水の龍だった。その幅が何十メートルあるのか感覚で分からないほどの巨大さで、海面から出ているのは上半身のみ。
否、全長など分からないのだから氷山の一角にすぎないのかもしれない。
その大きさにあって、形のはっきりした鱗が一枚いちまい精緻に重なり、頭上から背中にかけての立派なタテガミと、優美に揺らめく長い双髭。
水という単一色にもかかわらず、その濃淡により脳が勝手に色彩を補完してしまうほどの緻密な造形だ。
その迫力に圧倒されない者はおそらくいない。この俺すらも例に漏れず、だ。
だが俺の冷静さまでは奪えない。
その水龍の目的はまさに敵を圧倒すること、その一点に尽きる。
俺にとってはそれほどの水量を細かい針にして飛ばされたほうが圧倒的に脅威だ。
ただ、水龍を本当に龍だと思って胴回りに近づくというミスだけは避けねばならない。あれは龍に見えてもただの海水の塊なのだ。どんな部位から不意をついた攻撃が飛んでくるか分かったものではない。
水龍は髭をムチにようにしならせて攻撃してきたが、動きは速くない。かわすことは造作もない。
造りが精巧すぎて形状維持に苦労しているのだろう。
不意に頬に痛みが走った。額にも。喉にも。全身に走る。
水龍に気を取られすぎた。これは敵のゼロ・リップだ。ゼロ距離で魔法を発動させて敵を切り裂く攻撃。
俺が風でやったことを、盲目のゲンが水でやり返してきた。威力は小さくても皮膚が切れれば痛い。
俺は即座にその場を離れた。ゼロ・リップは移動する相手に使えるような魔法ではない。それをしようと思えば、それこそコンピューターレベルの演算能力が必要だ。
たとえ盲目のゲンにそれが可能だとしても、威力の小さいゼロ・リップに多大な思考リソースを裂くのは効率が悪すぎる。
だから俺は別の攻撃を警戒した。
次に仕掛けてくるとしたら、俺の回避の進行方向からだろう。そしてそれは案の定だった。
今度は水の刃が草刈機のように回転して浮遊している。
円盤状になった三枚の水の刃が飛んでくる。
俺はすぐに進行方向を変えたが、三枚の回転刃はちりぢりに俺を追尾してどこまでも追いかけてきた。
厄介なのは絶妙にタイミングと方向をずらして飛んでくることだ。
三枚同時に攻撃されるのなら三枚すべてをかわせる場所に移動回避すればいいのだが、タイミングをずらされると回避後に次の攻撃へ備える時間が少なくなる。
それに方向がバラバラなので目視だけでは絶対にかわせない。
むしろここまでくると視界など邪魔で、目を閉じて空間把握モードの空間イメージに集中したほうがマシなくらいだ。
いまのところ俺は難なく避けつづけられているが、もし水の回転刃の飛来を一瞬止めたりしてフェイントをかけられたら厳しい。
その前に盲目のゲンを追い込んでやろうと、俺はスカイフォールのスピードを速めた。
盲目のゲンは空気に圧迫されてだんだんと呼吸も困難になっていっているはずだ。脳への酸素供給が減れば魔法発動のイメージも弱くなり、その術者の魔法も弱体化して最終的には消失するはず。
俺の攻勢の加速を悟ったか、盲目のゲンも勝負をかけてきた。
俺が水の回転刃から逃れようとしている先に水の網が張られた。触れたら体内に侵入されて内側から体を破壊されるだろう。
こうなったら、難易度は高いが水の回転刃を空気で挟んで受けとめるしか……。
「ウボォオオオオオォゴゴゴゴゴゴォッグォオオオォ!!」
突如として発せられた轟音。
とてつもない風圧に空間把握モードの空気操作リンクが広範囲でぶち切られた。
元々目は閉じていたが、鼓膜の破壊を防ぐために両手で耳を塞いだ。
「何だこれはっ!」
これは疑問ではなく感嘆。轟音の正体は明らかに水龍の咆哮だった。
しかし水龍は生きた龍ではない。ただの水の塊のはず。それが咆哮するなどありえない。
いや、考えられる可能性はゼロではない。まさか、龍の体内を水で再現したというのか。
予想していなかった攻撃であることと、巨大な龍からの咆哮ということで、俺はまんまと驚嘆させられ、怯まされた。
「くそっ!」
やられた。水の回転刃は絶対に回避が不能なところまで迫ってきているし、水の網も平面だったのが俺を包み込まんとするようなパラボナ状に形を変えていた。
逃げ場はない。逃げる時間もない。
絶体絶命。
だが!
「エア! 絶対防御!!」
俺はすべての攻撃を一時中断し、空間把握も感知を停止させ、自分の周囲の空気をガッチリと分子レベルで固めた。
どんなに優先度が高かろうが、いかなる物質も通さない。エアの力も借りた全力の防御だ。
水の回転刃は三枚とも空気の壁に弾かれて砕け散った。
水の網は球状に俺を覆う空気の壁にまとわりついたが、壁の内部への侵入はできない。
「エア、絶対防御を維持してくれ」
「分かった」
球状の空気壁の内部に美少女が姿を現した。そういえばエアの姿を見るのは久しぶりな気がする。
妙な静けさに嫌な予感がよぎる。
俺は自分の周囲に空間把握モードを敷いていなかったことに気がつき、すぐさま空気への操作リンクを展開した。
すると案の定、空気中の水分が敵の支配下にあることを知った。盲目のゲンの空間把握モードだ。おそらくいまもその範囲を拡大しつづけている。俺の位置などとっくに把握済みで、俺がどこへ逃げても位置を特定できるよう準備をしているということだ。
出遅れた俺もすぐに空間把握モードの範囲を周辺へ拡大する。
「くそっ、駄目だ!」
俺が空間把握モードを展開していく先はどこもすでに水の動きが支配されている。盲目のゲンが空間把握モードの範囲拡大を終える前に俺自身がその外へ脱出すべきだ。
俺は水の支配密度が低い方角へと高速で飛んだ。この動きも盲目のゲンには筒抜けのはずだが、不思議とすぐには攻撃してこない。空間把握モードの展開を最優先としているのだろうか。
否、それは違った。
「しまった!」
俺はまんまと誘導されたのだ。水の支配密度が薄い部分を作っていたのはわざとだったようだ。
冷静に考えれば罠と分かるが、とっさの判断で最善手を選べばこうなる。俺が逃げた先は北方のジーヌ共和国北海岸。方角的にもいちばん海が近い方角だった。
せっかく内陸に陣取っていたのに台無しだ。
さて、物量を得た盲目のゲンはいったいどんな攻撃をしかけてくるのか。
俺の中で即座に数パターンの候補が浮かぶが、その一つひとつへの対応策を考えている時間はさすがにない。
どうするのが最善か。
再び内陸の方へ移動するのが最善のはず。
いや、それを見越しての罠かもしれない。内陸の方角は盲目のゲンの水が俺を探して最初に到達した場所だ。
かといって内陸以外へ移動すれば海沿いに移動することになり、盲目のゲンの操作リンクの範囲拡大を手助けしてしまう。
となると、もうここに留まって戦うしかない。
物量的条件はまだ俺のほうが有利なのだ。
水と空気、物質の優先度を言い訳にするのは甘え。
俺の戦闘センスと盲目のゲンの経験値、それからお互いの魔法行使力の戦い。
改めて認めよう。盲目のゲン、貴様はこれまでに俺が出会った中で最強の魔導師だ。
だが、世界最強の魔導師かどうかはこの戦いの結末しだいだ。
なお、この思考は俺自身を鼓舞するための独り言のようなものであり、おごりを捨てて本気を出すことの決意表明、いわば宣誓でもある。
「エア! いるか?」
「いる」
「俺がいまから使う魔法を、盲目のゲン以外の生物が影響を受けないようにできるか?」
「できる」
「じゃあやってくれ。頼んだぞ!」
「分かった」
二つ目の大型魔法を俺は発動した。
技に名前をつければ魔法は強固なものとなる。イメージを練りあげるのに集中したため、魔法を発動した後にそれを思い出したが、いまからでも間に合うだろうか。
駄目元で俺は叫んだ。
「スカイフォール!」
それは広範囲の空間を空気でドーム状に囲み、どんどん圧縮していく技。
ドームの内側の空気は操作していないので、ドーム表面を破壊されない限りリンクは切られない。しかし空気はどんどん圧縮されるので、盲目のゲンは自分の周囲の空気が操作されて圧力をかけているのだと感じるはずだ。
盲目のゲンがこの魔法の種にいつ気づくか。この技の効果はそれしだいだ。
一方、盲目のゲンの攻撃も始まった。海水が派手に盛り上がり、水しぶきを上げる。
そこに姿を現したのは水の龍だった。その幅が何十メートルあるのか感覚で分からないほどの巨大さで、海面から出ているのは上半身のみ。
否、全長など分からないのだから氷山の一角にすぎないのかもしれない。
その大きさにあって、形のはっきりした鱗が一枚いちまい精緻に重なり、頭上から背中にかけての立派なタテガミと、優美に揺らめく長い双髭。
水という単一色にもかかわらず、その濃淡により脳が勝手に色彩を補完してしまうほどの緻密な造形だ。
その迫力に圧倒されない者はおそらくいない。この俺すらも例に漏れず、だ。
だが俺の冷静さまでは奪えない。
その水龍の目的はまさに敵を圧倒すること、その一点に尽きる。
俺にとってはそれほどの水量を細かい針にして飛ばされたほうが圧倒的に脅威だ。
ただ、水龍を本当に龍だと思って胴回りに近づくというミスだけは避けねばならない。あれは龍に見えてもただの海水の塊なのだ。どんな部位から不意をついた攻撃が飛んでくるか分かったものではない。
水龍は髭をムチにようにしならせて攻撃してきたが、動きは速くない。かわすことは造作もない。
造りが精巧すぎて形状維持に苦労しているのだろう。
不意に頬に痛みが走った。額にも。喉にも。全身に走る。
水龍に気を取られすぎた。これは敵のゼロ・リップだ。ゼロ距離で魔法を発動させて敵を切り裂く攻撃。
俺が風でやったことを、盲目のゲンが水でやり返してきた。威力は小さくても皮膚が切れれば痛い。
俺は即座にその場を離れた。ゼロ・リップは移動する相手に使えるような魔法ではない。それをしようと思えば、それこそコンピューターレベルの演算能力が必要だ。
たとえ盲目のゲンにそれが可能だとしても、威力の小さいゼロ・リップに多大な思考リソースを裂くのは効率が悪すぎる。
だから俺は別の攻撃を警戒した。
次に仕掛けてくるとしたら、俺の回避の進行方向からだろう。そしてそれは案の定だった。
今度は水の刃が草刈機のように回転して浮遊している。
円盤状になった三枚の水の刃が飛んでくる。
俺はすぐに進行方向を変えたが、三枚の回転刃はちりぢりに俺を追尾してどこまでも追いかけてきた。
厄介なのは絶妙にタイミングと方向をずらして飛んでくることだ。
三枚同時に攻撃されるのなら三枚すべてをかわせる場所に移動回避すればいいのだが、タイミングをずらされると回避後に次の攻撃へ備える時間が少なくなる。
それに方向がバラバラなので目視だけでは絶対にかわせない。
むしろここまでくると視界など邪魔で、目を閉じて空間把握モードの空間イメージに集中したほうがマシなくらいだ。
いまのところ俺は難なく避けつづけられているが、もし水の回転刃の飛来を一瞬止めたりしてフェイントをかけられたら厳しい。
その前に盲目のゲンを追い込んでやろうと、俺はスカイフォールのスピードを速めた。
盲目のゲンは空気に圧迫されてだんだんと呼吸も困難になっていっているはずだ。脳への酸素供給が減れば魔法発動のイメージも弱くなり、その術者の魔法も弱体化して最終的には消失するはず。
俺の攻勢の加速を悟ったか、盲目のゲンも勝負をかけてきた。
俺が水の回転刃から逃れようとしている先に水の網が張られた。触れたら体内に侵入されて内側から体を破壊されるだろう。
こうなったら、難易度は高いが水の回転刃を空気で挟んで受けとめるしか……。
「ウボォオオオオオォゴゴゴゴゴゴォッグォオオオォ!!」
突如として発せられた轟音。
とてつもない風圧に空間把握モードの空気操作リンクが広範囲でぶち切られた。
元々目は閉じていたが、鼓膜の破壊を防ぐために両手で耳を塞いだ。
「何だこれはっ!」
これは疑問ではなく感嘆。轟音の正体は明らかに水龍の咆哮だった。
しかし水龍は生きた龍ではない。ただの水の塊のはず。それが咆哮するなどありえない。
いや、考えられる可能性はゼロではない。まさか、龍の体内を水で再現したというのか。
予想していなかった攻撃であることと、巨大な龍からの咆哮ということで、俺はまんまと驚嘆させられ、怯まされた。
「くそっ!」
やられた。水の回転刃は絶対に回避が不能なところまで迫ってきているし、水の網も平面だったのが俺を包み込まんとするようなパラボナ状に形を変えていた。
逃げ場はない。逃げる時間もない。
絶体絶命。
だが!
「エア! 絶対防御!!」
俺はすべての攻撃を一時中断し、空間把握も感知を停止させ、自分の周囲の空気をガッチリと分子レベルで固めた。
どんなに優先度が高かろうが、いかなる物質も通さない。エアの力も借りた全力の防御だ。
水の回転刃は三枚とも空気の壁に弾かれて砕け散った。
水の網は球状に俺を覆う空気の壁にまとわりついたが、壁の内部への侵入はできない。
「エア、絶対防御を維持してくれ」
「分かった」
球状の空気壁の内部に美少女が姿を現した。そういえばエアの姿を見るのは久しぶりな気がする。
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