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第三章 共和国編

第122話 闇商人②

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「シャイル」

「分かってる! 私の本気、見せてあげるわ!」

 身を伏せて居場所を隠していたシャイルが、その場に立ち上がった。
 炎の壁はシャイルの身長よりも高いが、声を発したことでキナイ組合長にもその場所が知られた。
 シャイルはキナイ組合長の正面にいる。

「見つけたぁ!」

 キナイ組合長はジスポーンを構えた。炎の壁を消して、シャイルに炎を直接ぶち込む気だ。

 だがシャイルもこれで決めるつもりで立ち上がったのだ。
 万全の体勢で魔法を放つ。リムが吹いて、それを球状に練りあげた火球を、炎の壁を突き破ってキナイ組合長へと飛ばす。

 カシャン!

 ジスポーンが音を立てて火球を吸収する。
 しかし、まだ火球は残っていた。火球の裏に別の火球を隠して飛ばしていたのだ。
 不意を突いたため火球はキナイ組合長へ急接近した。

 カシャン!

 しかしキナイ組合長のとっさの判断力はあなどれない。二つ目もジスポーンで吸収してしまった。

「なにぃっ!?」

 キナイ組合長の丸顔が驚愕にひっぱられて上下に伸びる。
 火球の三つ目が二つ目に隠れていたのだ。
 キナイ組合長の眼前まで肉薄する三球目だが、それでもキナイ組合長の瞬発力は勝り、三つ目すらジスポーンの射程範囲内に収めきる。

 カシャン!

 三つ目の火球はキナイ組合長の眼前で消失した。二重トラップをしのぎきった。
 その瞬間、キナイ組合長はゴオォッと燃え上がった。

「ぐわぁああっ! なぁにぃいいいいっ!」

 火球は四つあったのだ。
 最後の一つはキナイ組合長の背面から飛んできた。それは正面からの三つ目と同時に飛んできたものだった。
 気づかれないし、気づかれたとしても、おそらくかわしきれない。

「水平に降る隕石、ホリゾンタル・メテオ。私の奥義よ」

 シャイルのその姿を見て、俺はシャイルがまるで別人のように強くなったと感じた。
 五護臣を倒したのだ。シャイルは四天魔の末席に置いてもいいくらい強くなっていた。

 奥義ということは、ずっと使わず温めておいたのだ。
 シャイルはいままで人に魔法を使うことを躊躇ちゅうちょしていた。だから使う機会がなかったのかもしれない。
 彼女は高いポテンシャルの持ち主なのだ。それが今回、明確な悪党と戦ったことで存分に発揮されたようだ。

 キナイ組合長は地面を転げまわって火を消そうとするが、なかなか消えない。
 魔法のリンクを切るグローブで叩いたところで、魔法による操作ができなくなるだけで炎自体はそこに存在し、衣服に着火してしまったそれを消すことはできない。

 キナイ組合長は青いスーツを脱ぎ捨て、下に着ていたシャツも引き千切るように体から引き剥がした。
 それでも炎は消えない。ぶくぶくと太っている体にはいかにも脂が乗っていそうだ。そのせいでよく燃えるのだろうか。

「キィエエエエエイッ!」

 キナイ組合長は突如として奇声を発したかと思えば大胆に右手を口の中に突っ込んだ。
 引き抜かれた手の、その指には金歯がつままれていた。
 彼はそれを天高くへと掲げる。

「ギィイイッ!」

 それはキナイ組合長の奇声ではない。遥か上空から独特の泣き声とともに落ちてきたのは飛行型イーターだった。
 鳥類にしては大きく、二メートルはあろうかというクチバシを持っている。
 その姿を例えるならばプテラノドンそのもので、大口を開けて急降下してきたそいつはキナイ組合長を咥え込む形で地面へと突き刺さった。
 まだ体が燃えているキナイ組合長はいそいそとイーターの口の中へと潜り込んでいく。イーターの唾液で消火するつもりのようだ。
 消火するのはいいが消化されないのだろうかとこちらが不安になる。
 しかしそれは杞憂きゆうだった。数十秒後にキナイ組合長はイーターの口から再び姿を現した。
 イーターはクチバシを開いたまま、いまだに地面へと突き刺さっている。

「ふぅ。死ぬかと思いまグェエエエエエッ!!」

 キナイ組合長は仰け反った姿勢で両目と舌を突き出して奇声を発した。
 今度は何が起こったのか、彼もにわかには理解できなかっただろうが、俺はそれをおもしろおかしく眺め、ほくそ笑んでいた。

「たったの一こすりでそのザマじゃあ、三こすりももちそうにねーな」

「きさまぁああああっ! それっ、それはぁああああ!」

 みすぼらしいタワシが宙に浮いていた。そう、俺が空気を操作してミコスリハンをキナイ組合長から奪って彼に使ったのだ。

 地べたに転げたキナイ組合長は、起き上がるよりもタワシを警戒して宙に浮かぶそれを注視している。

「ゲス・エスト! 貴様、この私を殺すつもりか!?」

「俺はおまえを極刑に処す。つまりそういうことだ」

「おい、貴様! この私が誰だか分かっているのか! リオン帝国、商業区域の五護臣なのだぞ! この私があのキナイ組合長なのだぞ!」

 太いのは体型だけではないらしい。神経の図太さも大概だ。
 肩書きのみならず、自身の名前をも脅し文句に入れてくるとは、よほど実績を積んだ自信があるのだろう。
 こういう輩には力ずくでしいたげられる理不尽さを味わわせるのも一興だが、相手の土俵に乗った上で完全に屈服させるのが俺の好みだ。

「おいおい。おまえこそ、それを誰に言っているか分かっているのか? 俺は帝国皇帝となる資格を有する男だぞ。俺はリオン帝国最強の近衛騎士団長、リーズ・リッヒを倒したが、そのリーズ・リッヒは俺が玉座を譲ったからリオン帝国の現皇帝になったのだ。俺は帝国内で特別な権力を持っている。つまり、俺がおまえを処刑することは、帝国の名の下に死刑を執行することと同義なのだ。もっとも、ここは法律の存在しない公地だから、俺はただおまえを殺すことができるわけだが」

「そんな、馬鹿な……」

 キナイ組合長は絶望に塗りつぶされたのか、起き上がることをあきらめた。地べたに仰向けに転がっている。タワシの所在だけは目で追っているようだ。

「改めて言ってやる。おまえは死刑だ! ミコスリハンの刑に処す!」

「それだけは、それだけは許してくれぇ」

「でも、おまえはこれを他人に使ったんだろう?」

「嫌だ! 嫌だぁあああ! 死ぬのも嫌だが、死ぬにしてもそんな苦しい死に方だけはしたくない。助けてっ、助けてぇええええ!」

 まるで子供だ。欲しい玩具を買ってもらえない駄々っ子だ。
 俺はそんな奴が大嫌いだ。

「よし、キナイ組合長。貴様が死ぬ前に四こすりできるかチャレンジしてやる」

 キナイ組合長は両目と大口をポッカリ開けて俺の顔を見た。声を失ったように、言葉を発することなく、俺をただただ凝視する。
 まるで「そんなキチガイじみた発想がどこから湧いてくるのか」とでも言いたげな表情をしている。

 俺はキナイ組合長へと歩み寄る。シャイルの横を通り抜け、肉団子のように転がる男を見下ろす。
 ただし、闇道具による不意打ちを警戒して必要以上には近づかない。
 俺は無数の空気の手でキナイ組合長を押さえつけ、空気の手の一つでミコスリハンを構える。それを徐々にキナイ組合長へと近づける。

「エスト君、待って!」

 後ろを振り向くと、俺のそでをひっぱったシャイルが、力のこもった瞳で俺を見つめていた。

「ちゃんと生きて償わせるべきだよ。人を殺すことを正当化しないで。人を殺すことに慣れてしまったら、それはイーターと何も変わらなくなっちゃうよ。そんなやつ、殺す価値もない」

 俺にとってはありきたりの台詞。漫画なんかでよく聞く台詞のオンパレード。何番煎じかも分からない使い古された台詞をここぞという場面でキメ顔で吐くシーンは、俺をこれ以上ないほどに白けさせる。
 俺の殺意は三十パーセントほど増した。

「同族を殺すことがあるのは人もイーターも最初から同じだ。殺す価値がない? 違う。価値がないから殺すんだ。こいつは生きる価値がない。この世に死んだほうがいい人間なんていない? 違う。いるんだよなぁ。こいつみたいな奴のことなんだよ。こいつを生かしていたら、また誰かに危害を加えるだろう。だったら生かしていたら駄目だろ。牢に閉じ込めても能力で脱獄するだろうし。俺の世界にはな、死刑制度ってもんがあるんだよ。それの意味するところは、人間は堕ちる所まで堕ちたら、生きていることが許されないってことだ」

 シャイルが俺に人を殺させたくないことを汲み取ったか、キナイ組合長が強気に反撃に出た。あくまで言葉だけの威勢だが、なりふり構ってはいられないのだろう。

「横暴な! 死刑? おまえの国のことは知らん! それに、おまえにそんな権限はない!」

「そうだな。同時に誰にも俺を止める権限もない。誰もおまえを止める権限を持たなかったようにな。ま、言っておくが、死刑のハードルってけっこう高いんだぜ。よっぽどのことをしなけりゃ死刑判決は出ねぇ。つまりだ、おまえは決してやってはならないことをやっちまったってことだ。おまえが悪いんだ。せめて死ぬ瞬間までは後悔してな!」

 俺の視線が鋭くキナイ組合長を刺した。間にある空気にリンクが張り巡らされる。

「エスト! 駄目! 私を無視しないで!」

 瞬間、苛烈な熱気を感じて俺の魔法を止めた。
 シャイルを見ても何かした様子はない。魔法を使わず、精霊も出していない。
 俺はシャイルの気迫の熱に当てられたのだろうか。

「分かった、分かった。だがなぁ……」

 俺の中で葛藤が生まれる。それは葛藤というよりも計算だった。
 リスクの分析。こいつを生かして万が一にも逃げられた場合に、どれほどの被害が出るだろうか。そう考えると、こいつはここで殺しておくべきだ。
 だが、リスクを分析するにあたっては、あらゆる可能性を考慮しなければならない。俺の脳裏でキナイ組合長以上に危険な存在が明滅している。

 ――シャイルに狂気を与えてはならない。

「まあいいだろう。こいつを倒したのはおまえだ。そのおまえがそう言うのなら、そうしてやる」

 俺は酸素濃度を微調整した空気をキナイ組合長に吸わせて気絶させた。

 その後、リーズ・リッヒに空気を介して連絡を取り、近衛騎士団を寄こさせた。

「ゲス・エストの名において、キナイ組合長に終身刑を言い渡す。こいつを監獄にぶち込め」

「了解しました」

 俺の命令に対しては歯切れが悪いが、近衛騎士団も俺の立ち位置を理解しているようで、ちゃんと言うことは聞いてくれる。
 もっとも、リーズの命令でここへ来たのだから、俺の指図さしずに従わなければ任務は完了しない。そちらの理由で従っているのかもしれない。

 俺はキナイ組合長の投獄に立ち会い、牢の扉に厳重に鍵がかけられたことを確認してから外へ出た。
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