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第二章 帝国編

第95話 リオン城⑤

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 少しばかりしゃくだが、さっき入った邪魔のおかげで凝り固まった思考が解きほぐされ、リーン・リッヒ攻略の方針を思いついた。
 俺の戦闘スタイルは第一に情報戦だ。
 これは自分が多くの情報を得て優位に立つことがすべてではない。敵に情報を与えることによって相手の行動を誘導することも立派な情報的戦略だ。
 とはいっても、やはり先に敵の戦力分析が先だろう。

 俺はこの部屋全体の空気をゆっくり動かし、空間把握モードとなった。
 部屋の中で何かが動けば、それを見ずとも分かる。魔法のリンクが切られたら、その位置でリーンの振動が発生したということだ。
 俺もリーンの振動のように狭い範囲に空気を区切って、それぞれに対して操作のリンクを張る。そうすることで、一つのリンクが切られても他とはつながったままになる。

 俺はまず、リーンが防御する際にどのように振動を配置しているのかを把握するため、全方位からの攻撃を試みた。
 小さな空気の塊を全方位から連続的にぶつける。
 リーンは髪と服を微風にはためかせながら、何事もないように剣を構えた。攻撃を受けている自覚はあるようだが、警戒心は薄い。

「攻撃しつづけていれば、魔法で防御する私が攻撃できないと考えているのか?」

 戦力分析が終わる前に攻撃を開始されたらまずい。防戦と回避に最大限の集中を要するため、戦力分析ができなくなる。
 どうしても確かめたいことがあり、俺は空気塊による打撃を強引に続けた。
 今度は一方向から大小さまざまな空気塊をぶつける。勢いも強める。
 リーンの左手一方向からの風が強まり、彼女は右脚を開いて踏ん張りを利かせた。
 いくら振動バリアで空気塊を崩すといっても、それそのものを消せるわけではない。勢いのあった空気塊は風となってリーンの体まで届く。
 もっとも、その勢いはかなり減衰させられるので強風を吹きつけて彼女をぎ倒すのは無理だろう。

「笑止!」

 リーンが剣を振った。
 瞬間、俺を覆うように振動が発生した。斬撃を避けさせないために、執行モードを先に防いだのだ。
 常人の運動能力で彼女の斬撃をかわすのは至難しなんで、魔法によるアシストが必須だ。

「ふん。想定内だ」

 俺はリーンの斬撃を左に飛んでかわした。右の肩から腰にかけて三箇所、圧縮空気を開放して爆発させた。振動のバリアによって威力は軽減され、ダメージを生まずに左への追い風へと変えることができる。
 それに、リーンの斬撃の精度が高いからこそ、少しの動きでも確実に避けられたと確信が持てる。

「さっきの攻撃はあんたの攻撃を妨害するためのものじゃないぜ」

「なるほど。自分の防御に応用するための実験だったわけか」

 そう。それでいい。リーンがそう考えるように誘導したのだ。さっきの俺の攻撃はリーンの防御パターンを把握するためのものだ。
 果たして、それは完遂した。リーンは基本的に自分の体から拳一個分くらいの距離に振動のバリアを張る。その振動する点の間隔は五ミリ程度。
 それを全身を覆うように張り巡らせるのだから、魔導師として相当な使い手だ。
 空気の場合だと分子や成分を操作するのでもなければ、操作する範囲を決めて一つの物質として操作するイメージで十分だ。
 対して振動は一点いってんを個別に振動させる必要がある。
 もちろん、広範囲をひとまとめに振動させることもできるのだろうが、それは長波長の大きな波となり、バリアとしての役割など皆無となるだろう。
 もっとも、いまは俺もたくさんのリンクを張ってリーンと似たことをしているわけだが。

 リーンが攻撃する直前に切り替えた一方向からの空気弾による分析では、一方向から攻撃が集中すると、その方向のバリアが二枚重ね、三枚重ねと多重になることが分かった。
 その分、反対方向は密だった振動点の間隔が開き、最大で十センチくらいまでになる。

「今度はこっちから行くぜ」

「私の隙を突けるのなら、いくらでもかかってくるがいい」

 常に勝者である者の余裕が見て取れる。
 上等だ。こちらとてまだ無敗の魔導師だ。
 そして、相手が強ければ強いほど俺の頭と戦闘センスが冴え渡るのだ。
 思い知らせてやるぜ。リーン・リッヒ、あんたが最強の剣士だったとしても、最強の魔導師や最強の人間ではないということをな。

 さて、本命の必殺技をぶつける前に、その成功率を上げるために少しばかりリーン・リッヒを脅かしておく必要がある。
 俺はまたしてもリーン・リッヒの左手方向から空気弾の嵐をお見舞いする。
 髪と服を風にあおられながら、リーンは剣を振る。これまでとは異なり、二度、三度と剣を上下左右に往復させての連撃だ。
 俺はまた右脇付近で空気塊を開放し、爆風で横に飛んだ。俺も左へ右へ、上へ下へと連続的に風のアシストで斬撃を避けきる。

 リーンが大きく振りかぶる。これは特大の斬撃が来るということ。
 俺もリーンへの一方向空気弾連打を続けながら自分の左脇に大きめの空気塊を作る。

「これで決める!」

 リーンが剣を振る。

 同時に俺も左脇の空気塊を解放して爆風を生み出す。

 瞬間、俺の周囲の振動がピタリと止まった。その振動は俺のアシストを消すためのもの。同時に、自分の空気塊による爆風を軽減するもの。
 ゆえに自分で生み出した爆風が軽減されず、モロに直撃する。しかしそれは予期していた。リーンが俺の自滅を狙うことを。
 俺は振動が消えた瞬間に執行モードとなり、左脇の爆風の威力を軽減してアシストとして使う。

 さっきまでのリーンによる斬撃の嵐により、俺の後方、部屋の入り口側の壁はすべて砕かれて廊下の向こう側の壁も消し去って、会議室らしき部屋があらわになっていた。
 だがリーンのいまの一撃で、会議室どころかその向こう側のすべての壁が消し飛び、外へ通じる巨大な廊下を作り上げた。
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