残念ながら主人公はゲスでした。~異世界転移したら空気を操る魔法を得て世界最強に。好き放題に無双する俺を誰も止められない!~

日和崎よしな

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第二章 帝国編

第81話 農業・畜産区域④

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 ――ズドン!

 いくら老朽化ろうきゅうかしていたとしても、木造建築をぶち破るにはそれなりのエネルギーを要する。
 衝撃で屋根は吹き飛び、壁も倒れ、マンマは尻餅を着いた。その拍子にクワを手放す。
 マンマを取り巻く黒いオーラが消えた。温めるように抱きつづけた憎しみを、突発的な出来事に対する驚嘆が上回ったのだ。

「間に合ったな」

「貴様、ゲス・エストだね! 仲間を助けに来たのかい? ふん、間に合ってなんかないよ。遅すぎたね。まだトドメは刺していないとはいえ、三人ともボロボロだよ」

 ガタイのいいババアが俺を見上げてほくそ笑んでいる。

「なにを勘違いしているんだ。俺が助けに来たのは、このばあさんだ」

 痩身そうしん老婆の髪を鷲掴みにしてひっぱっていた少年の腕がじれる。

「いだだだだだっ!」

 少年はばあさんの髪から手を離した。
 代わりに俺が少年の頭に右手を伸ばす。

「ひぃ……」

「ん?」

 少年の髪を掴んだつもりが、ばあさんの髪を掴んでいた。なるほど、これがマンマの魔術というわけか。

「ばあさんを助けに来ただって? 奇をてらっているんじゃないよ、ゲス・エスト。それとも強がりかい? 本当は仲間を助けられなくて悔しいんだろう? でも、悔やむのはこれからだよ。あんたは誰も助けられない。あんたは空気の操作型の魔法で万能感にひたっているのかもしれないけれどね、あたしの魔術の前ではどんな魔法も諸刃の剣だよ。さあ、フルーを離しな」

 フルーとは少年の名前か。
 なるほど。マンマの魔術は攻撃しようとする方向を変えられるが、攻撃そのものをキャンセルさせることはできない。つまり、少年を捕らえた俺の空気に干渉することはできないということだ。
 俺はばあさんの髪から手を離した。

 マンマの方に視線をやり、笑みを見せてやった。

「俺のことは名前しか知らないのか? 俺はおまえたちの能力を知っているぜ。なんせ、見ていたし、聞いていたからな」

「なんだい、屋根の上に隠れていたとでも言うのかい?」

 マンマの顔は、まるで俺の言葉を信じていなかった。子供の夢想むそうを聞き流すかのようなその様は、大人という絶対強者の態度そのものだった。

「違うな。空気を押しのける物体の動き、そして空気を震わせる音。空気を動かそうとすれば、その部分の空気の些細な変化も手に取るように感知できる。普通は視界に納めた空間でしか魔法は使えないが、空気とほかの物質の位置関係を把握して空間を認識できれば、見えない場所でも魔法は使える」

「それは矛盾むじゅんしているね。見えない場所だったら感知するための操作自体ができないじゃないさね」

「空気はつながっている。ずっと遠方から彼方であるここまで感知のための空気操作を伝播でんぱさせたのさ。ま、最初にここを特定したのは精霊の報告によるものだけどな。だから、ここに捉えられているのがマーリンでないことも知っていたし、イルたちがどうやってやられたのかも知っている」

 だが、マンマの魔術を完全に把握しきったわけではない。それを確かめるために、俺はフルーに向かって拳を振り下ろす。
 俺の拳はばあさんに向かっていた。これは想定どおり。
 俺は寸止めした拳を引いて、今度はばあさんを狙って拳を振り下ろす。これも寸止めだが、ばあさんはそれで気絶した。
 どうやらマンマの魔術は敵の攻撃対象を『変化』させるのではなく、『指定』することができるようだ。

「無駄だよ」

 マンマは俺がフルーを攻撃しようとしているのだと思っているようだ。着々とマンマの魔術を解析しているというのに、それに気づかないとは哀れなものだ。

 俺は足元の砂を掴み、頭上に投げ上げた。そして、空気のバリアで砂の雨を防ぐ。
 防げた。
 マンマの魔術がだんだんとつまびらかになってきた。
 マンマの魔術は魔法に対して発揮されるのではない。魔法だろうが暴力だろうが、攻撃的意志に対して発揮されるのだ。

「俺が何をしているのか不思議だろ? ちょっとだけ不安だろ? その不安は間違っていない。いや、もっとあせったほうがいい」

「何をしているってんだい!? あたしの魔術の穴を探しているのかい? あんたは絶対にあたしを攻撃できないよ!」

「あんたの魔術は相手の攻撃対象を自分が指定することができる。なら、俺がいまどうやってフルーの腕をじっているか。フルーの腕の周囲を操作空気で包んだのは、あんたの魔術が発動する前だ。操作下に置いた空気はもう俺しか取り消せない。そして、俺はただ空気をひねっているだけ。フルーに対する攻撃の意志ではない」

 マンマは歯噛はがみした。ちらと俺の背後に視線をやる。
 空気感知でパーパが足音を忍ばせて近づいてきていることは知っている。

「ばあちゃん、助けてよ」

 フルーが叫ぶが、マンマはフルーを一瞥いちべつするも、彼には返事をしなかった。

「フルーのことはやられたよ。でも、その空気で相手を包むって行為は攻撃的意志の下におこなわれるもんだ。もうあんたはあたしを空気で包むことはできないし、空気を風の刃に変えて飛ばしたところで当たらないよ」

「そうなんだよなぁ。だから、あんたを空気で包む方法を考えていた。その答えがこれだ」

 俺は再び足元の砂を掴み、今度はさっきよりも高く放り投げた。砂は広範囲に降り注ぐ。俺の頭上に、フルーの頭上に、サンディアの背面に、そしてマンマの頭上にも。
 だがそれは攻撃ではない。砂を投げるというただの行為。
 ただし、そのただの行為によって、四名が砂まみれになるという被害は生じる。その被害を防ぐために俺は空気を操作する。いわば防御のための空気操作。
 降り注ぐ砂は、俺を、フルーを、サンディアを、マンマを包む薄い空気の層に弾かれて地に落ちた。

「こ、これは、まさか!」

「気づいたか?」

 顔をあおくするマンマ。そして、視線を向けることをはばかっていた方向に思いっきり視線をせ、そして叫んだ。

「あんた、早く!」

「この俺が気づいていなかったとでも?」

 パーパの伸ばす腕が空気の壁に阻まれた。
 パーパの魔術は催眠。暗示にかけるほうではなく、眠気を誘発させるほうの催眠。一瞬で相手を無力化できるとても強力な魔術だ。
 ゆえに、発動には条件がつく。
 パーパの場合はおそらく相手に触れること。パーパが俺に手を伸ばしたということが何よりの証拠だ。
 ただし、魔術の発動条件が一つだけではない可能性もある。例えば『相手と視線を合わせる』や『相手に自分の名前を呼ばせる』など。
 だから警戒をおこたらず、先にマンマを無力化する。

 俺はマンマを包んでいる空気を上空へ持ち上げた。これはただの空気操作でマンマを攻撃したわけではない。

「あ、ああああ、あああああああ!」

 五十メートルくらいの高さにはなっただろうか。
 俺は振り返り、パーパの目を見てパーパの名前を呼んだ。眠くならない。
 もちろん俺の気づかない別の魔術発動条件がひそんでいる可能性はあるし、条件を満たしていても発動させないだけかもしれない。
 しかし対策は済んでいる。

「これでもし俺があんたに眠らされたら、魔法が解けてマンマ・ママ・アグリは墜落死する。彼女が黒いオーラを出して俺の魔法を打ち消しても同じだ」

 俺はさらにマンマが魔術を使えないように、彼女を包む空気をひねった。
 マンマは腕と首と脚がじられ、悲鳴をあげた。

「おい、やめろ!」

 パーパの言葉に思わず噴き出した。

「パーパ・パパ・アグリ、一つだけ忠告してやる。俺は言葉には滅茶苦茶厳しいんだ。言葉の選び方を間違えるなよ。おまえ、いま、やめろって言ったか?」

 パーパは完全に俺を見下していた。子供なんぞが大人に刃向かうな、という顔をしている。だが、パーパはその表情を時間をかけて崩した。

「やめてください」

 俺は空気の塊をパーパの腹にぶつけた。
 パーパは腹を押さえてうずくまった。

「違う、ぜんぜん違う。ハズレだ! 敬語にすればいいって話じゃないんだよ。『やめて』じゃなくて『ごめんなさい』だろうが!」

「ごめん……なさい……」

 今度はパーパの背中に空気の塊をぶつける。マンマによる妨害はない。
 それもそのはず。マンマに魔術を使わせないためにマンマに苦痛を与えているのだ。意識を集中しなければ発動できないのは魔法も魔術も同じだ。

「その場しのぎの謝罪なんぞに意味なんてあるか! たとえおまえとマンマが土下座して謝罪したところで、俺が許すわけないけどな」

 俺はパーパの周囲の空気を固定して身動きを封じた。そして、フルーの腕の拘束を解いた。
 フルーはうずくまって右腕を左手でさすっている。
 俺はフルーに近づき、彼の頭上に影を落とした。

「おい、小僧。おまえの爺ちゃんは『やめろ』と言ったが、俺がそう言われてやめると思うか? おまえはサンディアが『やめなさい』と言ってもばあさんを痛めつけたよな? なぁ、どう思う?」

「知るか!」

 フルーは腕をさすりながら俺をにらみ上げた。立場が分からないところ、この子供は甘やかされて育った子供なのだろう。

「おまえ、なんで婆さんをいじめるんだ?」

 俺はフルーに顔を近づけてすごんで見せた。

「だって、玩具おもちゃがこれしかもらえなかったんだもん! こんなババアなんてどうなったっていいじゃないか! どうせ老い先は短いんだからさ!」

 さっきまでの痛みが俺によってもたらされたものだと理解していないのだろうか。
 俺はフルーの頭にそっと手を置いて、ガッと勢いよく髪を掴んだ。

「老い先とか関係ねーな。おまえは自分が大切で他人はどうでもいいから他人を傷つける。そうなんだろうが」

「そうだとして何が悪いってんだ! いじめられるほうが悪いんだ! そこのババアはあなぁ、のそのそとにぶい動きで僕をイラつかせるんだ。いじめられる原因があるんだよ!」

「ほう、そうか。だったら、俺がおまえをいじめたら、いじめられるおまえが悪いんだよなぁ! おまえがいじめられる原因は、餓鬼がきのくせにくそ生意気だからだ! 老い先短い年寄りのために、長い未来を台無しにされる気持ちはどうだぁ? あぁ!?」

 フルーの四肢ししを空気の輪で締め上げる。

「あああああああっ! いたいっ、いたい、いたいいたいっ!」

「心配するな。切断したりはしないさ。神経は潰すけどなぁ!」

「なんてことをする! 私の子だぞ! ああ、私の子がぁ、私の子がぁあああ!」

 パーパが孫を想って泣いている。泣いて叫んでいる。防御力の低そうな白い頭を空気の膜に打ちつけている。

「黙れ! 人間はみんな誰かの子だ! こいつだけが人の子じゃねーんだよ。貴様らは腕だけにしてやる。せいぜい足で我が子を介護するんだな!」

「いたああああああああ!」

「あっ、あっ、ああああああああっ!」

 俺はフルーの四肢とパーパの両腕とマンマの両腕を再生不可能なレベルまで潰した。

 気絶したばあさんはそのまま残し、サンディアとイルとハーティを空気で包んで運んだ。
 いちおう俺の制裁を受けた三人はばあさんの家族らしいし、あとはばあさんがどうするかしだいだ。その後のことまでは俺の関知するところではない。

「すまない、ゲス・エスト。助かった。しかし、あれはやりすぎなのでは……」

 サンディア・グレイン。風紀委員・副委員長。その役割に似合わず、どこぞの誰かさんみたいなお人好ひとよしのようだ。

「やりすぎだと? あいつらはおまえらを殺そうとしていたんだぞ。殺しておかなければ、いずれ寝首をかかれる。奪うべきは命だったが、身体の自由を奪うだけで済ませてやったのだ。魔術は腕がなくても使えるから、いつか生かしたことを後悔するときが来るかもしれない。それでもやりすぎだったと思うのか?」

 ではなぜ生かしたのか。
 それは、確かめたかったからだ。しいたげられていたあのばあさんが、あの一家を見捨ててどこかへ去るのか、一家に復讐ふくしゅうするのか、あるいは面倒をみてともに生きていくのか。
 その結果を、リオン帝国民の民度を量る一助とする。

 サンディアは言葉を返してこなかった。
 見ると、栗色のポニーテールが顔に落ちていて表情が見えなかった。しかし、目元を見ずとも蒼い顔をしていることは分かった。
 彼女がアグリ一家に恐怖しているのか、それとも俺に恐怖しているのか、あるいは世界の有り様をうれいているのか、俺はそれを推しはかれるほどサンディア・グレインのことを知らない。
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