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第二章 帝国編
第76話 農業・畜産区域①
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農業・畜産地区。
ここは人ひとりを探すにはあまりにも広かった。
「やっぱり手分けして探したほうがいいんじゃないですかぁ、サンディアせんぱーい?」
ハーティ・スタックはそう言って、ウェーブしたブロンドの髪を後ろに跳ね上げた。
「いいえ。もし一人でいるところに五護臣と遭遇でもしたら、絶対に勝ち目はありませんから」
風紀委員の副委員長であるサンディア・グレインは額に汗を浮かべて返した。
イル・マリルは二人の後ろを黙って歩いている。
三人とも歩き詰めで疲弊していた。
「副委員長、やはり何か手がかりを見つけて捜索範囲を絞らなければ、埒が明かないのでは?」
イルの指摘にサンディアは頭を抱えて首を振った。彼女の栗色のポニーテールが跳ねるように揺れる。猫が見たら飛びつきそうだ。
「それは分かっています。でも、手がかりなんてまだ一つも得られていないんですもの」
「それはスタートをゼロだと決めつけているからではないですか?」
イルの言葉にサンディアとハーティが不意を突かれたという顔を見せた。
いままでのイルであれば、自分の中のささやかな考えを口にはしなかっただろう。しかし彼女には変化があった。誰の影響を受けたのかは明白だ。
「どういうことです、イルさん?」
「たしかに手がかりはまだありません。でも、情報はゼロではありません。マーリンちゃんはその稀少な魔法のために、必ず生きて監禁されているのです。そしてあの男の情報によると、私たちが彼女の奪還に来ていることを向こうも知っているのです。それを前提として、もし自分が隠す側の立場ならどこに隠すかを考えればいいのではありませんか?」
サンディアはポンと手を打って、パッと笑顔を咲かせた。
「イルさん、グッドです! 前進した気がします。それで、心当たりはあるのですか? 私はシミアン王国の出身だから、帝国の地理には疎いのです」
サンディアはイルを見つめたが、イルは慌てて手を振った。
「ごめんなさい。私は帝国出身ですが、農業地区とは縁がなくて……」
「そ、そうですよね。気を落とさないでください」
サンディアも慌ててイルをフォローする。
サンディアはせっかく後輩がいいアイデアを出してくれたのに、そのすぐ後には謝らせてしまったことを申し訳なく思うようなお人好しだ。
イルもハーティもそのことをよく知っている。
風紀委員の副委員長として誠実に任務をまっとうするが、うまく言いくるめられたり泣き落とされたりで、注意した相手を見逃してしまうことも少なくない。
ハーティにとってはチョロイ先輩だったが、こうして仲間として行動していると頼りないため、自分がしっかりせねばと逆に奮起させられた。
「あたしは一度だけ農業地区に来たことありますよ」
「え、ほんとに? 心当たりはありますか!?」
ハーティにはサンディアのキラキラとした視線が眩しかった。こんな純真な眼差しを持つ女性は稀少だ。
「つっても一度きり、だいぶ前のことなんで、うろ覚えですよ。それにあんまり思い出したくないし……」
「え?」
ハーティの言葉は最後のほうは尻すぼみになって、サンディアには聞き取れなかった。
「ともかく、心当たりはあります。ほかにアテがないのなら、そこに行くしかないですよ」
そうして三人が向かった先には、一棟の大きな家屋があった。古そうな建物だが、それを視界に収めた眺望は情趣のある佳景であった。
周囲には広大な平原が贅沢に横たわっている。風を遮るものがなく、ウェーブしたブロンドもポニーテールも短髪も等しく煽られる。
「ハーティさん、あれは?」
「農業・畜産地区の五護臣の家です」
「ハーティ、すごい。いつそんなコネクションを?」
感情が表に出にくいイルがキラキラした眼差しをハーティに向けた。
それに反してハーティの顔は蒼い。
「ぜんぜんすごくなんかないよ、イル。あれはね、スケアの親戚の家なんだ……」
イルは言葉を失った。紅潮すらしていたイルの顔も一瞬にして蒼白した。
「ハーティさん? イルさん?」
サンディアには二人が何を感じているのか分からなかった。
サンディアが二人に事情を尋ねるが、二人の歯切れは悪かった。
「サンディア先輩、あの家の人間はあたしたち二人にとって因縁のある人たちです。はっきりいって、敵です。でも、相手はあたしたちのことをどう捉えているか分からないんですよ。いまはあたしたちが彼らを敵視していることを悟られてはならないです」
「つまり、笑顔を浮かべつつ腹の探り合いをするってことです?」
「まあ、そんな感じですかね」
ハーティたちがマーリンを探して訪ねてきたということを、おそらく相手は知っているだろう。ハーティたちが敵として乗り込むのか、旧友の親戚を頼って訪れるのかで、相手の出方もまったく違ったものとなるはずだ。
ただ、こちらもスケアの親戚のスタンスは分からない。五護臣として侵略者に厳格に対処するのか、親戚の友ということで手厚く歓迎してくれるのか、はたまたマジックイーターと癒着しているのか。
それに、ハーティたちとスケアがどういう関係だったのかを知っているのかも分からない。
いずれにせよ、ハーティとイルにとっては平静を装うのに苦労しそうだった。
サンディアには語られなかったが、かつてハーティとイルはそれぞれスケアに尋常ならざる責め苦を受けた。
最後にはハーティがスケアを間接的に殺してイルを助ける形となった。
三人が目指すのは、スケアの叔父夫妻の家なのである。
ここは人ひとりを探すにはあまりにも広かった。
「やっぱり手分けして探したほうがいいんじゃないですかぁ、サンディアせんぱーい?」
ハーティ・スタックはそう言って、ウェーブしたブロンドの髪を後ろに跳ね上げた。
「いいえ。もし一人でいるところに五護臣と遭遇でもしたら、絶対に勝ち目はありませんから」
風紀委員の副委員長であるサンディア・グレインは額に汗を浮かべて返した。
イル・マリルは二人の後ろを黙って歩いている。
三人とも歩き詰めで疲弊していた。
「副委員長、やはり何か手がかりを見つけて捜索範囲を絞らなければ、埒が明かないのでは?」
イルの指摘にサンディアは頭を抱えて首を振った。彼女の栗色のポニーテールが跳ねるように揺れる。猫が見たら飛びつきそうだ。
「それは分かっています。でも、手がかりなんてまだ一つも得られていないんですもの」
「それはスタートをゼロだと決めつけているからではないですか?」
イルの言葉にサンディアとハーティが不意を突かれたという顔を見せた。
いままでのイルであれば、自分の中のささやかな考えを口にはしなかっただろう。しかし彼女には変化があった。誰の影響を受けたのかは明白だ。
「どういうことです、イルさん?」
「たしかに手がかりはまだありません。でも、情報はゼロではありません。マーリンちゃんはその稀少な魔法のために、必ず生きて監禁されているのです。そしてあの男の情報によると、私たちが彼女の奪還に来ていることを向こうも知っているのです。それを前提として、もし自分が隠す側の立場ならどこに隠すかを考えればいいのではありませんか?」
サンディアはポンと手を打って、パッと笑顔を咲かせた。
「イルさん、グッドです! 前進した気がします。それで、心当たりはあるのですか? 私はシミアン王国の出身だから、帝国の地理には疎いのです」
サンディアはイルを見つめたが、イルは慌てて手を振った。
「ごめんなさい。私は帝国出身ですが、農業地区とは縁がなくて……」
「そ、そうですよね。気を落とさないでください」
サンディアも慌ててイルをフォローする。
サンディアはせっかく後輩がいいアイデアを出してくれたのに、そのすぐ後には謝らせてしまったことを申し訳なく思うようなお人好しだ。
イルもハーティもそのことをよく知っている。
風紀委員の副委員長として誠実に任務をまっとうするが、うまく言いくるめられたり泣き落とされたりで、注意した相手を見逃してしまうことも少なくない。
ハーティにとってはチョロイ先輩だったが、こうして仲間として行動していると頼りないため、自分がしっかりせねばと逆に奮起させられた。
「あたしは一度だけ農業地区に来たことありますよ」
「え、ほんとに? 心当たりはありますか!?」
ハーティにはサンディアのキラキラとした視線が眩しかった。こんな純真な眼差しを持つ女性は稀少だ。
「つっても一度きり、だいぶ前のことなんで、うろ覚えですよ。それにあんまり思い出したくないし……」
「え?」
ハーティの言葉は最後のほうは尻すぼみになって、サンディアには聞き取れなかった。
「ともかく、心当たりはあります。ほかにアテがないのなら、そこに行くしかないですよ」
そうして三人が向かった先には、一棟の大きな家屋があった。古そうな建物だが、それを視界に収めた眺望は情趣のある佳景であった。
周囲には広大な平原が贅沢に横たわっている。風を遮るものがなく、ウェーブしたブロンドもポニーテールも短髪も等しく煽られる。
「ハーティさん、あれは?」
「農業・畜産地区の五護臣の家です」
「ハーティ、すごい。いつそんなコネクションを?」
感情が表に出にくいイルがキラキラした眼差しをハーティに向けた。
それに反してハーティの顔は蒼い。
「ぜんぜんすごくなんかないよ、イル。あれはね、スケアの親戚の家なんだ……」
イルは言葉を失った。紅潮すらしていたイルの顔も一瞬にして蒼白した。
「ハーティさん? イルさん?」
サンディアには二人が何を感じているのか分からなかった。
サンディアが二人に事情を尋ねるが、二人の歯切れは悪かった。
「サンディア先輩、あの家の人間はあたしたち二人にとって因縁のある人たちです。はっきりいって、敵です。でも、相手はあたしたちのことをどう捉えているか分からないんですよ。いまはあたしたちが彼らを敵視していることを悟られてはならないです」
「つまり、笑顔を浮かべつつ腹の探り合いをするってことです?」
「まあ、そんな感じですかね」
ハーティたちがマーリンを探して訪ねてきたということを、おそらく相手は知っているだろう。ハーティたちが敵として乗り込むのか、旧友の親戚を頼って訪れるのかで、相手の出方もまったく違ったものとなるはずだ。
ただ、こちらもスケアの親戚のスタンスは分からない。五護臣として侵略者に厳格に対処するのか、親戚の友ということで手厚く歓迎してくれるのか、はたまたマジックイーターと癒着しているのか。
それに、ハーティたちとスケアがどういう関係だったのかを知っているのかも分からない。
いずれにせよ、ハーティとイルにとっては平静を装うのに苦労しそうだった。
サンディアには語られなかったが、かつてハーティとイルはそれぞれスケアに尋常ならざる責め苦を受けた。
最後にはハーティがスケアを間接的に殺してイルを助ける形となった。
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