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第二章 帝国編
第68話 集結
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買い物を終えたその日の晩に連絡が入った。
照明に照らされたスツールの影から、ダースの声が作戦開始の日時や集合場所の詳細を知らせた。
翌朝、俺とキーラはギルドの建物前にて待機した。そこが集合場所なのだ。
「おーい、お待たせーっ!」
「おう」
レイジーがはばかることなく大声で俺たちを呼んだ。
堂々としていたほうが警戒されないとでも思っているのだろう。帝国側はすでに俺たちの作戦のことを察知しているというのに。
レイジーは手を大きく振って駆け寄ってくる。彼女に続くように姿を現したのは当初聞いていた作戦のとおりの面子だった。
全員制服。これほどの団体となると、制服のほうが自然なのだとレイジーが判断したらしい。
たしかに俺の世界でいえば修学旅行生に見える。
作戦メンバーは全部で十人。それがここにそろった。
レイジー・デント。魔導学院の生徒会長にして四天魔のナンバーツー。光の発生型魔導師。リオン城担当。
リーズ・リッヒ。生徒会風紀委員長にして四天魔のナンバースリー。氷の発生型魔導師。軍事区域担当。
セクレ・ターリ。生徒会書記。能力未確認。学研区域担当。
サンディア・グレイン。風紀委員の副委員長。砂の操作型魔導師。農業・畜産区域担当。
ハーティ・スタック。熱の発生型魔導師。農業・畜産区域担当。
イル・マリル。風の発生型魔導師。農業・畜産区域担当。
シャイル・マーン。火の操作型魔導師。工業区域担当。
リーズ・リッヒ。風の操作型魔導師。工業区域担当。
キーラ・ヌア。電気の操作型魔導師。工業区域担当。
そして俺、ゲス・エスト。空気の操作型魔導師。商業区域担当。
「さてと……。作戦行動は別々になるけれど、はじめましての人がいたら、いまのうちに自己紹介をしたほうがいいね」
レイジーがそう切り出すと、俺の知らない顔の女が素早く俺の前に歩み出た。
背丈はキーラよりも低く、俺の胸の辺りくらいまでしかない。肩にかからない程度にまっすぐ伸びた黒髪は、光を反射するほどに艶があった。
銀縁に楕円形レンズの眼鏡をクイッと指で持ち上げ、その奥の瞳がしかと俺の目を見据える。
「初めまして、ゲス・エストさん。私はセクレ・ターリです。生徒会の書記をやっているです。よろしくお願いするです」
「おう」
作戦メンバーについては聞いていたし、消去法で彼女がセクレ・ターリであることは分かっていた。
「おう、ですか。よろしくと言われたら、よろしくと返すのがマナーと思うです。いまの返事だと、私はあなたに見下されているように感じられるです。これでも私は生徒会役員なのですが、その態度の由来は、私の背が低いからですか? それとも、私があなたより弱いと決めつけているからですか? いずれにしても、それらは人を見下していい理由にはならないです」
早口でまくし立てられた。言い終えたところで、眼鏡をクイッとあげる。
エアを連想させるくらいの無表情だが、これは怒っているのだろう。
「よく言うぜ。よろしく言っといて握手を求めないあたり、あんたが俺に対して保ちたい距離感が知れるってもんだ。それにな、俺は誰ともよろしくするつもりはねーんだけど、あんたがよろしくって言うから、肯定的な返事をしてやったんだぜ」
俺が早口で言い返し、眼鏡をクイッとやる代わりに顎をあげるようにして彼女を見下ろした。
彼女はしばし沈黙した後、左手を出してきた。
「これは失礼しました。では改めて、よろしくお願いするです」
「俺は握手をしたいなんてひと言も言ってねーぜ」
俺が手を出さないことを確認すると、セクレ・ターリはムッとしながらも、それ以上は文句を言わずに踵を返した。
「おい、待て。セクレ・ターリ、おまえのその素直な感じは嫌いじゃない。おまえの潔さに免じていい事を教えてやるよ」
セクレ・ターリが再び俺の正面に向き直って、眼鏡をクイッと直す。その奥の瞳でしかと俺を見上げてくる。
「おまえ、ですか。私、これでも三年生です。制服を着ていなければ一年生にも年下に見られてしまうですが、私のことを生徒会書記と知って年下と見るのは考え難いことです。あなた、無礼者です。魔導学院の生徒たるもの、礼を軽んじるべきではないと思うです」
「おまえって呼び方をやめてやってもいいが、おまえの口答えによって俺のへそが曲がることになる。さっき教えるって言ったいい事は教えないが、それでもいいか? 呼び方を変えるか、情報を得るか、どちらがいい?」
セクレ・ターリのムッとした表情が、ムスッとした表情になった。
微妙な変化だが、エアよりは表情が豊かだ。
「どちらかを選べと言われれば、私は情報を選ぶです。その情報がいかなるものかは量りかねますが、作戦に関する重要なものである可能性がなくもない以上、ないがしろにするのは得策ではないです。命にも関わってくる問題です。私はプライドや誇りより命を大事にする現実主義者なのです」
そう言い終えるころには、彼女は無表情に戻っていた。まるで自分を説得しているようにも見える。ちょっと面白い。
「いいだろう。教えてやる。おまえの担当は学研地区だったよな? 学研地区の五護臣はマッドサイエンティストだ。奴が魔導師か魔術師かまでは分からないが、おそらく奴は自分では戦わない。独自の研究で生み出した合成イーターを繰り出してくるだろう。もしおまえが頭脳や駆け引きで戦うタイプなら、認識を改めたほうがいいぜ」
「それは有益な情報です。情報提供、感謝するです」
セクレ・ターリが下がると、入れ替わるようにレイジーが俺の正面へやってきた。
さっきの言葉を聞いて気づいたようで、深刻な表情をしている。
「いまの情報、どこから得たの? もしかして本人に会ったの?」
「ああ、会ったぜ。資金稼ぎのためにな。昨日連絡をもらったときに言い忘れていたが、敵は俺たちの作戦を把握している。少なくとも、作戦メンバーの名前と容姿を把握していた」
「なんてこと……」
レイジーは顎に手を当てて考え込んだ。
ルーレ・リッヒがやってきて、レイジーの肩に手を置く。
「しかし、関所は問題なく通れました。マジックイーターたちは正面から迎え撃つ気でしょうか? それとも、すでに策を講じていて、彼らにとって我々の作戦行動が些末なことだと捉えられているのでしょうか?」
皇室に深く入り込んでいる帝国のマジックイーターが、関所に手を回せないはずがない。国中を掌握できないにしても、役所的な部門には手を回せるはずだ。
だから、ルーレの言ったどちらかの線が濃厚。あるいは両方かもしれない。
正面から迎え撃つというのなら、五護臣が相当なてだれぞろいだということ。
すでに手を打ってあるとすれば、マーリンは護神中立国へ連れ出されているかもしれない。
「やっぱり俺一人でやったほうがいいんじゃないか? レイジーたちは護神中立国のほうを探してくれればいい」
「ううん、護神中立国にはいないよ。護神中立国に関しては、昨日からダース君に遠隔監視してもらっているから。だからマーリンちゃんは帝国内にいる。それにエスト君一人だと、おそらく五護臣全員とリーンちゃんを同時に相手にすることになる可能性だってある。いくらエスト君でもそれは絶対に勝てないよ。だから、作戦はこのまま決行する」
そう言ってレイジーとルーレはぶつぶつと話しながら俺から離れていった。
俺がメンバーを見渡していると、一人の少女と目が合った。
ハーティ・スタックだ。
彼女はレイジーたちが離れたのを見計らって、早足に俺の前までやってきた。
そして、純度の高い憎しみがこもった目で俺を睨み上げた。
「いつか必ず借りを返す」
「おう、いいぜ。いつでも来い。ただし、やるなら一撃で仕留めることだ。それができなければ、三十倍になって返ってくると思え」
ハーティは最後にもうひと睨み入れて戻っていった。
彼女に対して俺が思うことは、何もない。
俺が再び周りを見渡すと、キーラがセクレとの挨拶を終えてこちらへ向かってきていた。彼女の横にはシャイルがいた。
俺の前で足を止めたキーラが俺を見て首を傾げた。
「あれ? メターモちゃんは?」
「ああ、あのフードか。暑いから脱いだ」
「ふーん、そう……」
キーラは間を置いてシャイルの方を一瞥した。本題はこちららしい。
キーラは俺とシャイルのことを覚えていて、気を使ったようだ。覚えていたというよりは、ずっと気になっていたのかもしれない。
「シャイル、おまえには実技特訓を施せなかったが、教えたことを実践できれば十分強いはずだ」
シャイルは俺の話を聞いている間は目を逸らしていたが、返答をするときには、まるで過去に何もなかったかのように、俺の目を直視しつつ、いつもどおりの声音で答えた。
「うん。アドバイスありがとう。私は私にできることをやるよ」
それだけ言ってシャイルは俺に背を向けた。まだ言い残したことがある気がして、遠ざかる彼女の後姿に俺の視線が追いすがる。
しかし、言葉が出てこない。何を言ったらいいのか分からない。
彼女のポリシーは美しいが、それ以上に危うい。ガラスでできた薔薇のように。
そのことを彼女に認識してもらわなければならないが、光がガラスを通り抜けるように俺の言葉も彼女を通り抜けるのだ。
「大丈夫だよ。シャイルはあたしが守るから」
キーラが胸の高さで拳を握り締めてみせた。
「ふん。べつに心配なんてしてねーよ」
「へぇ。信頼してくれてるんだ」
キーラが後ろで手を組み、ニヤニヤと嬉しそうな顔で俺を下から覗きこんでくる。
「いや、マーリンさえ奪還できれば、あとはどうでもいい」
「もう!」
キーラとシャイルが俺から離れたところで、レイジーの号令がかかった。
彼女が注目を集めたところで、ルーレが引き継ぐように澄んだ声を張りあげる。
「それでは作戦の最終確認をします。各自、これより担当区域に移動すること。到着した者からマーリンさんの捜索を開始してください。見つけた場合はすぐに保護。ただし、各区域に在籍する五護臣との衝突が避けられない場合は無理をせず、撤退して情報共有に務めることも視野に入れて行動してください。最優先は各人の命です」
ルーレが一歩引き、レイジーが一歩出る。
そして、いつになく毅然とした態度で高らかに宣言した。
「以上、作戦開始せよ!」
メンバーは各員、または各グループに分かれ、すぐさま担当区域を目指して出発した。
俺の担当区域は商業区域である。ギルドのあるここがその商業区域であり、俺が最初に捜索活動を開始することになる。
「エア、おまえはどの程度まで広範囲を見ることができるんだ?」
「世界中どこでも。ただし、視界の広さは人間と同程度で、一人分の視界でしか見ることができない。それに、本体から遠ければ遠いほど景色が見えだすのに時間がかかる」
エアは姿を現さずに答えた。それでいて、エアは彼女の言う一人分の視界で俺のことを見ているだろう。
「広範囲は見られないのか? 上空に視点を置けば、一人分の視野でも広く見渡せるだろう?」
「それはエストが飛んで見下ろすのと同じ。遠いところはボヤけて見えるから小さい人影が誰だか判別するのは難しい。複数箇所を同時に見るときみたいに、焦点が合わせられずボヤけて見える」
「なんだ、見ようと思えば複数の光景を一度に見られるのか」
「でも人を探すのに適さない。広範囲の空気を動かして物体感知で探ったほうがいい」
空気を動かすときに抵抗を受けたらそこに物体があるという探し方、つまり空間把握モードか。
さすがに顔の輪郭まで特定するのは難しいだろうが、たしかに人がいるかいないかだけなら、空気操作による抵抗感知がいいかもしれない。
いまは狭い範囲でしかできないが、修練を積めば広範囲で同時に空気走査観察ができるようになるだろう。
「エア、おまえはその空気による物体感知をどの程度の広範囲でやれるんだ?」
「商業区域なら全部。少し時間がかかるけど、やる?」
「時間って、どれくらいだ?」
「商業区域全員の顔をマーリンかどうか判別するなら、小一時間」
「やっぱすごいな、おまえ。でもいまはいい。アテがあるからな。それよりおまえは作戦メンバー全員の動向を追ってくれ。五護臣と遭遇した者がいたら、そこに焦点を当てて観察し、状況を逐一報告しろ」
「分かった」
その素朴な返事を聞いて安心する俺がいた。
いまの会話を省みると、出会った初期のエアからは考えられない高度なものだった気がする。
自ら案を提示して許可を求める。それだけなら前にもあったが、「少し時間がかかるけど」などと前置きするような親切はなかったはずだ。
エアは確実に成長している。
喜ばしいことのはずなのだが、なぜだか素直に喜べない。それは俺の中に寂しさなんかがあるということだろうか。
ともあれ、やっとマーリンを探せる状況に至ったのだ。すぐにでも見つけてやらなければならない。
俺が早くマーリンを助けたいと思っているのは彼女の能力ゆえだと思われていそうだが、俺はあの希少能力抜きにマーリンのことを大切に想っているのだ。
照明に照らされたスツールの影から、ダースの声が作戦開始の日時や集合場所の詳細を知らせた。
翌朝、俺とキーラはギルドの建物前にて待機した。そこが集合場所なのだ。
「おーい、お待たせーっ!」
「おう」
レイジーがはばかることなく大声で俺たちを呼んだ。
堂々としていたほうが警戒されないとでも思っているのだろう。帝国側はすでに俺たちの作戦のことを察知しているというのに。
レイジーは手を大きく振って駆け寄ってくる。彼女に続くように姿を現したのは当初聞いていた作戦のとおりの面子だった。
全員制服。これほどの団体となると、制服のほうが自然なのだとレイジーが判断したらしい。
たしかに俺の世界でいえば修学旅行生に見える。
作戦メンバーは全部で十人。それがここにそろった。
レイジー・デント。魔導学院の生徒会長にして四天魔のナンバーツー。光の発生型魔導師。リオン城担当。
リーズ・リッヒ。生徒会風紀委員長にして四天魔のナンバースリー。氷の発生型魔導師。軍事区域担当。
セクレ・ターリ。生徒会書記。能力未確認。学研区域担当。
サンディア・グレイン。風紀委員の副委員長。砂の操作型魔導師。農業・畜産区域担当。
ハーティ・スタック。熱の発生型魔導師。農業・畜産区域担当。
イル・マリル。風の発生型魔導師。農業・畜産区域担当。
シャイル・マーン。火の操作型魔導師。工業区域担当。
リーズ・リッヒ。風の操作型魔導師。工業区域担当。
キーラ・ヌア。電気の操作型魔導師。工業区域担当。
そして俺、ゲス・エスト。空気の操作型魔導師。商業区域担当。
「さてと……。作戦行動は別々になるけれど、はじめましての人がいたら、いまのうちに自己紹介をしたほうがいいね」
レイジーがそう切り出すと、俺の知らない顔の女が素早く俺の前に歩み出た。
背丈はキーラよりも低く、俺の胸の辺りくらいまでしかない。肩にかからない程度にまっすぐ伸びた黒髪は、光を反射するほどに艶があった。
銀縁に楕円形レンズの眼鏡をクイッと指で持ち上げ、その奥の瞳がしかと俺の目を見据える。
「初めまして、ゲス・エストさん。私はセクレ・ターリです。生徒会の書記をやっているです。よろしくお願いするです」
「おう」
作戦メンバーについては聞いていたし、消去法で彼女がセクレ・ターリであることは分かっていた。
「おう、ですか。よろしくと言われたら、よろしくと返すのがマナーと思うです。いまの返事だと、私はあなたに見下されているように感じられるです。これでも私は生徒会役員なのですが、その態度の由来は、私の背が低いからですか? それとも、私があなたより弱いと決めつけているからですか? いずれにしても、それらは人を見下していい理由にはならないです」
早口でまくし立てられた。言い終えたところで、眼鏡をクイッとあげる。
エアを連想させるくらいの無表情だが、これは怒っているのだろう。
「よく言うぜ。よろしく言っといて握手を求めないあたり、あんたが俺に対して保ちたい距離感が知れるってもんだ。それにな、俺は誰ともよろしくするつもりはねーんだけど、あんたがよろしくって言うから、肯定的な返事をしてやったんだぜ」
俺が早口で言い返し、眼鏡をクイッとやる代わりに顎をあげるようにして彼女を見下ろした。
彼女はしばし沈黙した後、左手を出してきた。
「これは失礼しました。では改めて、よろしくお願いするです」
「俺は握手をしたいなんてひと言も言ってねーぜ」
俺が手を出さないことを確認すると、セクレ・ターリはムッとしながらも、それ以上は文句を言わずに踵を返した。
「おい、待て。セクレ・ターリ、おまえのその素直な感じは嫌いじゃない。おまえの潔さに免じていい事を教えてやるよ」
セクレ・ターリが再び俺の正面に向き直って、眼鏡をクイッと直す。その奥の瞳でしかと俺を見上げてくる。
「おまえ、ですか。私、これでも三年生です。制服を着ていなければ一年生にも年下に見られてしまうですが、私のことを生徒会書記と知って年下と見るのは考え難いことです。あなた、無礼者です。魔導学院の生徒たるもの、礼を軽んじるべきではないと思うです」
「おまえって呼び方をやめてやってもいいが、おまえの口答えによって俺のへそが曲がることになる。さっき教えるって言ったいい事は教えないが、それでもいいか? 呼び方を変えるか、情報を得るか、どちらがいい?」
セクレ・ターリのムッとした表情が、ムスッとした表情になった。
微妙な変化だが、エアよりは表情が豊かだ。
「どちらかを選べと言われれば、私は情報を選ぶです。その情報がいかなるものかは量りかねますが、作戦に関する重要なものである可能性がなくもない以上、ないがしろにするのは得策ではないです。命にも関わってくる問題です。私はプライドや誇りより命を大事にする現実主義者なのです」
そう言い終えるころには、彼女は無表情に戻っていた。まるで自分を説得しているようにも見える。ちょっと面白い。
「いいだろう。教えてやる。おまえの担当は学研地区だったよな? 学研地区の五護臣はマッドサイエンティストだ。奴が魔導師か魔術師かまでは分からないが、おそらく奴は自分では戦わない。独自の研究で生み出した合成イーターを繰り出してくるだろう。もしおまえが頭脳や駆け引きで戦うタイプなら、認識を改めたほうがいいぜ」
「それは有益な情報です。情報提供、感謝するです」
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さっきの言葉を聞いて気づいたようで、深刻な表情をしている。
「いまの情報、どこから得たの? もしかして本人に会ったの?」
「ああ、会ったぜ。資金稼ぎのためにな。昨日連絡をもらったときに言い忘れていたが、敵は俺たちの作戦を把握している。少なくとも、作戦メンバーの名前と容姿を把握していた」
「なんてこと……」
レイジーは顎に手を当てて考え込んだ。
ルーレ・リッヒがやってきて、レイジーの肩に手を置く。
「しかし、関所は問題なく通れました。マジックイーターたちは正面から迎え撃つ気でしょうか? それとも、すでに策を講じていて、彼らにとって我々の作戦行動が些末なことだと捉えられているのでしょうか?」
皇室に深く入り込んでいる帝国のマジックイーターが、関所に手を回せないはずがない。国中を掌握できないにしても、役所的な部門には手を回せるはずだ。
だから、ルーレの言ったどちらかの線が濃厚。あるいは両方かもしれない。
正面から迎え撃つというのなら、五護臣が相当なてだれぞろいだということ。
すでに手を打ってあるとすれば、マーリンは護神中立国へ連れ出されているかもしれない。
「やっぱり俺一人でやったほうがいいんじゃないか? レイジーたちは護神中立国のほうを探してくれればいい」
「ううん、護神中立国にはいないよ。護神中立国に関しては、昨日からダース君に遠隔監視してもらっているから。だからマーリンちゃんは帝国内にいる。それにエスト君一人だと、おそらく五護臣全員とリーンちゃんを同時に相手にすることになる可能性だってある。いくらエスト君でもそれは絶対に勝てないよ。だから、作戦はこのまま決行する」
そう言ってレイジーとルーレはぶつぶつと話しながら俺から離れていった。
俺がメンバーを見渡していると、一人の少女と目が合った。
ハーティ・スタックだ。
彼女はレイジーたちが離れたのを見計らって、早足に俺の前までやってきた。
そして、純度の高い憎しみがこもった目で俺を睨み上げた。
「いつか必ず借りを返す」
「おう、いいぜ。いつでも来い。ただし、やるなら一撃で仕留めることだ。それができなければ、三十倍になって返ってくると思え」
ハーティは最後にもうひと睨み入れて戻っていった。
彼女に対して俺が思うことは、何もない。
俺が再び周りを見渡すと、キーラがセクレとの挨拶を終えてこちらへ向かってきていた。彼女の横にはシャイルがいた。
俺の前で足を止めたキーラが俺を見て首を傾げた。
「あれ? メターモちゃんは?」
「ああ、あのフードか。暑いから脱いだ」
「ふーん、そう……」
キーラは間を置いてシャイルの方を一瞥した。本題はこちららしい。
キーラは俺とシャイルのことを覚えていて、気を使ったようだ。覚えていたというよりは、ずっと気になっていたのかもしれない。
「シャイル、おまえには実技特訓を施せなかったが、教えたことを実践できれば十分強いはずだ」
シャイルは俺の話を聞いている間は目を逸らしていたが、返答をするときには、まるで過去に何もなかったかのように、俺の目を直視しつつ、いつもどおりの声音で答えた。
「うん。アドバイスありがとう。私は私にできることをやるよ」
それだけ言ってシャイルは俺に背を向けた。まだ言い残したことがある気がして、遠ざかる彼女の後姿に俺の視線が追いすがる。
しかし、言葉が出てこない。何を言ったらいいのか分からない。
彼女のポリシーは美しいが、それ以上に危うい。ガラスでできた薔薇のように。
そのことを彼女に認識してもらわなければならないが、光がガラスを通り抜けるように俺の言葉も彼女を通り抜けるのだ。
「大丈夫だよ。シャイルはあたしが守るから」
キーラが胸の高さで拳を握り締めてみせた。
「ふん。べつに心配なんてしてねーよ」
「へぇ。信頼してくれてるんだ」
キーラが後ろで手を組み、ニヤニヤと嬉しそうな顔で俺を下から覗きこんでくる。
「いや、マーリンさえ奪還できれば、あとはどうでもいい」
「もう!」
キーラとシャイルが俺から離れたところで、レイジーの号令がかかった。
彼女が注目を集めたところで、ルーレが引き継ぐように澄んだ声を張りあげる。
「それでは作戦の最終確認をします。各自、これより担当区域に移動すること。到着した者からマーリンさんの捜索を開始してください。見つけた場合はすぐに保護。ただし、各区域に在籍する五護臣との衝突が避けられない場合は無理をせず、撤退して情報共有に務めることも視野に入れて行動してください。最優先は各人の命です」
ルーレが一歩引き、レイジーが一歩出る。
そして、いつになく毅然とした態度で高らかに宣言した。
「以上、作戦開始せよ!」
メンバーは各員、または各グループに分かれ、すぐさま担当区域を目指して出発した。
俺の担当区域は商業区域である。ギルドのあるここがその商業区域であり、俺が最初に捜索活動を開始することになる。
「エア、おまえはどの程度まで広範囲を見ることができるんだ?」
「世界中どこでも。ただし、視界の広さは人間と同程度で、一人分の視界でしか見ることができない。それに、本体から遠ければ遠いほど景色が見えだすのに時間がかかる」
エアは姿を現さずに答えた。それでいて、エアは彼女の言う一人分の視界で俺のことを見ているだろう。
「広範囲は見られないのか? 上空に視点を置けば、一人分の視野でも広く見渡せるだろう?」
「それはエストが飛んで見下ろすのと同じ。遠いところはボヤけて見えるから小さい人影が誰だか判別するのは難しい。複数箇所を同時に見るときみたいに、焦点が合わせられずボヤけて見える」
「なんだ、見ようと思えば複数の光景を一度に見られるのか」
「でも人を探すのに適さない。広範囲の空気を動かして物体感知で探ったほうがいい」
空気を動かすときに抵抗を受けたらそこに物体があるという探し方、つまり空間把握モードか。
さすがに顔の輪郭まで特定するのは難しいだろうが、たしかに人がいるかいないかだけなら、空気操作による抵抗感知がいいかもしれない。
いまは狭い範囲でしかできないが、修練を積めば広範囲で同時に空気走査観察ができるようになるだろう。
「エア、おまえはその空気による物体感知をどの程度の広範囲でやれるんだ?」
「商業区域なら全部。少し時間がかかるけど、やる?」
「時間って、どれくらいだ?」
「商業区域全員の顔をマーリンかどうか判別するなら、小一時間」
「やっぱすごいな、おまえ。でもいまはいい。アテがあるからな。それよりおまえは作戦メンバー全員の動向を追ってくれ。五護臣と遭遇した者がいたら、そこに焦点を当てて観察し、状況を逐一報告しろ」
「分かった」
その素朴な返事を聞いて安心する俺がいた。
いまの会話を省みると、出会った初期のエアからは考えられない高度なものだった気がする。
自ら案を提示して許可を求める。それだけなら前にもあったが、「少し時間がかかるけど」などと前置きするような親切はなかったはずだ。
エアは確実に成長している。
喜ばしいことのはずなのだが、なぜだか素直に喜べない。それは俺の中に寂しさなんかがあるということだろうか。
ともあれ、やっとマーリンを探せる状況に至ったのだ。すぐにでも見つけてやらなければならない。
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