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第二章 帝国編
第64話 資金調達①
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三人に特訓をつけた翌日。
俺はキーラとともにリオン帝国へと潜入していた。関所番が気づかないような高度を飛行して国境の壁を越えた。
商業区。裏路地を出ると、そこは買い物客でごった返していた。
「はぁ……」
キーラは立腹していた。
昨日、修練を終えたキーラはシャイルの元へと様子を見にいった。俺と言い争いをしていた理由を訊いても答えず、なんともないの一点張りだったそうだ。
「おまえ、苛立ちに任せて目立つようなことをするなよ」
「それはこっちの台詞よ。絶対に帝国で暴れちゃだめだからね。魔導学院でやっているレベルのことをやらかしたら、最悪、死刑だってありうるんだから」
俺は宝石店を探した。
キーラに尋ねられて宝石を買いたいのだと言ったら、かつてないほど怪訝な目で見られた。
「誰に贈るの? ねえ、誰? マーリンちゃんだとしても、ロリコンをこじらせすぎで容認できないわよ。さあ、答えなさい。誰なの?」
「バーカ。誰にもやらねーよ」
「自分用? どういう趣味してんのよ」
「趣味じゃねーよ。俺が宝石を求める理由はいずれ分かる」
キーラに案内させて辿り着いた場所は雑貨店らしき所だった。黒煉瓦造りのこじんまりした建物で、入り口は人ひとりがようやく通れるくらい狭い。
その宝石店にちょうど親子が入るところだった。
若い母親、幼い少女。ハンドバッグは上質そうだが、衣服ともども派手さはない。
「ママ、何を買うの?」
「友達が結婚するから、そのお祝いよ」
母親が宝石店の扉に手をかけた瞬間、建物の陰に潜んでいた大男が飛び出してきてハンドバッグを奪い取り、持ち主の母親を突き飛ばした。
そのまま逃走するにつけ、近くにいた少女に膝が当たり、少女も突き飛ばされて石畳の上を転がった。
「邪魔だ!」
大男がこちらに走ってくる。全速力で走ってくる。キーラが俺の服の裾を掴んでつぶやいた。
「騒ぎを起こしたら駄目だからね。でも、足をひっかけてバッグを取り返すくらいはしてやってもいいかも」
俺を見上げるキーラはニッと笑ってみせた。
大男が猪の如く猛進してくる。道中の人間は全員突き飛ばすつもりだろうか。
「おら、どけ邪魔だっ!」
キーラは俺から離れた。キーラの細足では大男の足に触れたら怪我は免れないだろう。さっきの台詞は俺にやれということだ。
で、俺がキーラの言葉に従うはずがない。
「誰に向かってどけって言ってんだオラァアアアッ!」
右手の拳に固めた空気のグローブを、全速力で走ってくる大男の顔面にぶちこんだ。もちろん、空気によるアシスト付きで、俺の拳はもはや獰猛なイーターの突進にすら匹敵する。
拳は深く減り込み、メキッと音がした。
「あがぁっ!」
大男は吹き飛んだ。背中で地を滑って宝石店の石段に頭をぶつけた。
「ちょっ、やりすぎ!」
「あ? 足りねえよ」
俺は空気のアシストで加速し、いっきに大男との距離を詰めた。
「あ、ああう、ああ……」
俺は大男からハンドバッグをぶんどり、持ち主の婦人に投げてよこした。
婦人は両手で抱きとめるようにキャッチし、憔悴気味の表情で笑顔を作った。
「あの、ありがとうございます」
「まだ終わってねえ。いまからこいつを極刑に処す。子供に見せたくなかったら早々に立ち去れ。買い物には出直しな」
婦人は俺にも多少の恐れを抱いた様子で、頭を下げて少女の手を引き、足早に去っていった。
「なんなんだ、ちきしょう……」
大男は自分の顔にそっと手を触れるが、痛かったのかすぐに離した。
「おい、おまえ。いまのは俺にどけって言った分だ。で、これが御婦人を突き飛ばした分」
「ぐぁああああっ!」
大男の左腕が捻じれる。婦人を突き飛ばしたほうの腕だ。
右手で左腕を押さえようとするが、ねじっているのは腕にまとわりついた硬質な空気なので、抑えることはできても太すぎて掴むことができない。
「次は少女の分」
「ああああああっ!」
大男の膝を空気の板で上下から挟む。メキメキと膝が潰されていく。
そのとき、俺の頭に軽い衝撃が加えられた。
振り向くと、怒ったキーラの顔があった。俺の頭を平手で叩いたところだった。
「おまえも恐れ知らずだな」
「あんたもね! 目立つなって言ってんでしょ! それにいくらなんでもやりすぎよ!」
「報いはダメージでなく所業に対して与える。傷つけた分だけ傷つけられるんじゃ駄目だ。何もしてない人間に想定外の不意打ちをしたのなら、報いを受ける可能性を持つ人間にだって想定外の大ダメージを負ってもらう。それが俺の与える報いだ」
そのとき、警笛が鳴った。キーラがガックリと肩を落とす。警察的なものが駆けつけたようだ。
二人組みの制服姿の男が、親子が去っていった方角から走ってきた。
「強盗の身柄を確保します。ご協力……」
どうやらこの二人は婦人の通報により駆けつけたらしいが、工場の重機械に巻き込まれたかのような重傷の大男を見て、俺を見る目が不信になった。
「ああ、この人、ものすごく暴れるもんだから、魔法で押さえつけたらこうなったんですよ」
嘘は言っていない。
もっとも、嘘をはばかるつもりもないが。
「ご協力、感謝します……」
警官二人は大男を左右から肩に抱えて去っていた。
そのときの二人の顔は、感謝というよりは指名手配犯に逃げおおせられたような険しいものだった。
「はあ……。ヒヤヒヤしたわよ……」
キーラが俺の背中を平手で打った。いくら俺を攻撃した奴でも、加減をわきまえて悪意がなければ仕返しはしない。舌打ちだけで済ましてやった。
通行人たちは俺の所業にどん引きして、通りはあっという間に閑散としたものになった。だが、あんなことをした俺をまったく恐れないとは、キーラも大概だと思う。
「時間を無駄にした。入るぞ」
俺は宝石店の古木の戸を開いた。戸のギギギという大きな軋み音はベル代わりになりそうだった。
中は明るくはないが、外観を見てイメージしたよりは明るい。天井、壁、床に備えつけられた橙色の照明が、店内を隙間なく照らしている。
「あったよ。こういうのでいいの?」
「ああ」
宝石の種類はそれなりにあった。
ダイヤモンド、ルビー、エメラルド、サファイア、アメジスト。それらが入った箱がショーケースの中に並んでおり、箱のネームプレートには、現実世界と同じ名称が彫られている。
宝石の形はさまざまで、立方体から十二面体、左右非対称の板状、星型、棒状のものまである。
金額は宝石の種類によらず一律で、一つにつき三千モネイだった。いや、よく見るとダイヤモンドだけ少し高くて五千モネイだ。
「安いな」
「そりゃそうよ。鑑賞品で実用性が低いんだもの」
幸いなことに、この世界では実用性の低い物は安価であり、宝石は安く手に入るのだ。
それでもダイヤモンドは最硬度の石としての利用価値があるため、他より高くなっている。
「ま、安くても俺は無一文だからな。金を稼がねーと……」
「あたしが立て替えてあげるわよ。どれが欲しいの?」
「ダイヤモンドだ」
「ダイヤモンドのどれ?」
「全部だ」
「……はぁ!?」
全部買うとなると、それなりの金額になる。数はおそらく二百くらいあるだろう。ということは、百万モネイほど必要になる。
「お、こっちにあるのは砂鉄か?」
端の方に黒い粉末の入った箱があった。プレートには磁石粉と書いてある。
こちらは体積で金額を計算するらしく、全量買うと五十万モネイになる。全量で計算するとダイヤモンドのほうが高価だが、常識的な量を購入する場合、砂鉄のほうがはるかに高価である。
「五千以上は貸さないわよ」
俺はキーラのジトーッとした視線を跳ね飛ばし、店を出た。
最初からキーラに金を借りるつもりはない。
「資金はこれから調達する。イーターを討伐して賞金を出してくれるところとか、どこかにあるんじゃないか?」
「まあ、イーター討伐ギルドがあるけれど……」
「ギルドか。入会手続きとか必要なのか?」
「いいえ、討伐依頼の受注に手続きはないから、掲示板から好きな依頼を見つけて勝手に討伐に行けばいいわ。だけど、賞金をもらうには申請書を書かなければならないの。名前はもちろん、年齢や住所、その他、身分証明になる情報をいろいろと書く必要がある。基本的にイーターの体の一部を討伐証明として差し出さなければならないけれど、実は殺せていなかったなんてことになったら、賞金を返却しなければならないわ。賞金を使い込んで返却できなければ重い罪になるわよ」
再生力の強いイーターがいたら、意図せず重罪人になってしまう事案が発生しそうだ。
「体の一部を持ち帰れない場合もあるだろう。そういうときはどうするんだ?」
「そうなりそうなイーターの依頼はみんな敬遠するけれど、もしそうなったら、ギルドが綿密に調査をするわ」
「そうか」
あまり空を飛ぶと目立つので、馬車でギルドのある商業区東端へと移動した。
俺はキーラとともにリオン帝国へと潜入していた。関所番が気づかないような高度を飛行して国境の壁を越えた。
商業区。裏路地を出ると、そこは買い物客でごった返していた。
「はぁ……」
キーラは立腹していた。
昨日、修練を終えたキーラはシャイルの元へと様子を見にいった。俺と言い争いをしていた理由を訊いても答えず、なんともないの一点張りだったそうだ。
「おまえ、苛立ちに任せて目立つようなことをするなよ」
「それはこっちの台詞よ。絶対に帝国で暴れちゃだめだからね。魔導学院でやっているレベルのことをやらかしたら、最悪、死刑だってありうるんだから」
俺は宝石店を探した。
キーラに尋ねられて宝石を買いたいのだと言ったら、かつてないほど怪訝な目で見られた。
「誰に贈るの? ねえ、誰? マーリンちゃんだとしても、ロリコンをこじらせすぎで容認できないわよ。さあ、答えなさい。誰なの?」
「バーカ。誰にもやらねーよ」
「自分用? どういう趣味してんのよ」
「趣味じゃねーよ。俺が宝石を求める理由はいずれ分かる」
キーラに案内させて辿り着いた場所は雑貨店らしき所だった。黒煉瓦造りのこじんまりした建物で、入り口は人ひとりがようやく通れるくらい狭い。
その宝石店にちょうど親子が入るところだった。
若い母親、幼い少女。ハンドバッグは上質そうだが、衣服ともども派手さはない。
「ママ、何を買うの?」
「友達が結婚するから、そのお祝いよ」
母親が宝石店の扉に手をかけた瞬間、建物の陰に潜んでいた大男が飛び出してきてハンドバッグを奪い取り、持ち主の母親を突き飛ばした。
そのまま逃走するにつけ、近くにいた少女に膝が当たり、少女も突き飛ばされて石畳の上を転がった。
「邪魔だ!」
大男がこちらに走ってくる。全速力で走ってくる。キーラが俺の服の裾を掴んでつぶやいた。
「騒ぎを起こしたら駄目だからね。でも、足をひっかけてバッグを取り返すくらいはしてやってもいいかも」
俺を見上げるキーラはニッと笑ってみせた。
大男が猪の如く猛進してくる。道中の人間は全員突き飛ばすつもりだろうか。
「おら、どけ邪魔だっ!」
キーラは俺から離れた。キーラの細足では大男の足に触れたら怪我は免れないだろう。さっきの台詞は俺にやれということだ。
で、俺がキーラの言葉に従うはずがない。
「誰に向かってどけって言ってんだオラァアアアッ!」
右手の拳に固めた空気のグローブを、全速力で走ってくる大男の顔面にぶちこんだ。もちろん、空気によるアシスト付きで、俺の拳はもはや獰猛なイーターの突進にすら匹敵する。
拳は深く減り込み、メキッと音がした。
「あがぁっ!」
大男は吹き飛んだ。背中で地を滑って宝石店の石段に頭をぶつけた。
「ちょっ、やりすぎ!」
「あ? 足りねえよ」
俺は空気のアシストで加速し、いっきに大男との距離を詰めた。
「あ、ああう、ああ……」
俺は大男からハンドバッグをぶんどり、持ち主の婦人に投げてよこした。
婦人は両手で抱きとめるようにキャッチし、憔悴気味の表情で笑顔を作った。
「あの、ありがとうございます」
「まだ終わってねえ。いまからこいつを極刑に処す。子供に見せたくなかったら早々に立ち去れ。買い物には出直しな」
婦人は俺にも多少の恐れを抱いた様子で、頭を下げて少女の手を引き、足早に去っていった。
「なんなんだ、ちきしょう……」
大男は自分の顔にそっと手を触れるが、痛かったのかすぐに離した。
「おい、おまえ。いまのは俺にどけって言った分だ。で、これが御婦人を突き飛ばした分」
「ぐぁああああっ!」
大男の左腕が捻じれる。婦人を突き飛ばしたほうの腕だ。
右手で左腕を押さえようとするが、ねじっているのは腕にまとわりついた硬質な空気なので、抑えることはできても太すぎて掴むことができない。
「次は少女の分」
「ああああああっ!」
大男の膝を空気の板で上下から挟む。メキメキと膝が潰されていく。
そのとき、俺の頭に軽い衝撃が加えられた。
振り向くと、怒ったキーラの顔があった。俺の頭を平手で叩いたところだった。
「おまえも恐れ知らずだな」
「あんたもね! 目立つなって言ってんでしょ! それにいくらなんでもやりすぎよ!」
「報いはダメージでなく所業に対して与える。傷つけた分だけ傷つけられるんじゃ駄目だ。何もしてない人間に想定外の不意打ちをしたのなら、報いを受ける可能性を持つ人間にだって想定外の大ダメージを負ってもらう。それが俺の与える報いだ」
そのとき、警笛が鳴った。キーラがガックリと肩を落とす。警察的なものが駆けつけたようだ。
二人組みの制服姿の男が、親子が去っていった方角から走ってきた。
「強盗の身柄を確保します。ご協力……」
どうやらこの二人は婦人の通報により駆けつけたらしいが、工場の重機械に巻き込まれたかのような重傷の大男を見て、俺を見る目が不信になった。
「ああ、この人、ものすごく暴れるもんだから、魔法で押さえつけたらこうなったんですよ」
嘘は言っていない。
もっとも、嘘をはばかるつもりもないが。
「ご協力、感謝します……」
警官二人は大男を左右から肩に抱えて去っていた。
そのときの二人の顔は、感謝というよりは指名手配犯に逃げおおせられたような険しいものだった。
「はあ……。ヒヤヒヤしたわよ……」
キーラが俺の背中を平手で打った。いくら俺を攻撃した奴でも、加減をわきまえて悪意がなければ仕返しはしない。舌打ちだけで済ましてやった。
通行人たちは俺の所業にどん引きして、通りはあっという間に閑散としたものになった。だが、あんなことをした俺をまったく恐れないとは、キーラも大概だと思う。
「時間を無駄にした。入るぞ」
俺は宝石店の古木の戸を開いた。戸のギギギという大きな軋み音はベル代わりになりそうだった。
中は明るくはないが、外観を見てイメージしたよりは明るい。天井、壁、床に備えつけられた橙色の照明が、店内を隙間なく照らしている。
「あったよ。こういうのでいいの?」
「ああ」
宝石の種類はそれなりにあった。
ダイヤモンド、ルビー、エメラルド、サファイア、アメジスト。それらが入った箱がショーケースの中に並んでおり、箱のネームプレートには、現実世界と同じ名称が彫られている。
宝石の形はさまざまで、立方体から十二面体、左右非対称の板状、星型、棒状のものまである。
金額は宝石の種類によらず一律で、一つにつき三千モネイだった。いや、よく見るとダイヤモンドだけ少し高くて五千モネイだ。
「安いな」
「そりゃそうよ。鑑賞品で実用性が低いんだもの」
幸いなことに、この世界では実用性の低い物は安価であり、宝石は安く手に入るのだ。
それでもダイヤモンドは最硬度の石としての利用価値があるため、他より高くなっている。
「ま、安くても俺は無一文だからな。金を稼がねーと……」
「あたしが立て替えてあげるわよ。どれが欲しいの?」
「ダイヤモンドだ」
「ダイヤモンドのどれ?」
「全部だ」
「……はぁ!?」
全部買うとなると、それなりの金額になる。数はおそらく二百くらいあるだろう。ということは、百万モネイほど必要になる。
「お、こっちにあるのは砂鉄か?」
端の方に黒い粉末の入った箱があった。プレートには磁石粉と書いてある。
こちらは体積で金額を計算するらしく、全量買うと五十万モネイになる。全量で計算するとダイヤモンドのほうが高価だが、常識的な量を購入する場合、砂鉄のほうがはるかに高価である。
「五千以上は貸さないわよ」
俺はキーラのジトーッとした視線を跳ね飛ばし、店を出た。
最初からキーラに金を借りるつもりはない。
「資金はこれから調達する。イーターを討伐して賞金を出してくれるところとか、どこかにあるんじゃないか?」
「まあ、イーター討伐ギルドがあるけれど……」
「ギルドか。入会手続きとか必要なのか?」
「いいえ、討伐依頼の受注に手続きはないから、掲示板から好きな依頼を見つけて勝手に討伐に行けばいいわ。だけど、賞金をもらうには申請書を書かなければならないの。名前はもちろん、年齢や住所、その他、身分証明になる情報をいろいろと書く必要がある。基本的にイーターの体の一部を討伐証明として差し出さなければならないけれど、実は殺せていなかったなんてことになったら、賞金を返却しなければならないわ。賞金を使い込んで返却できなければ重い罪になるわよ」
再生力の強いイーターがいたら、意図せず重罪人になってしまう事案が発生しそうだ。
「体の一部を持ち帰れない場合もあるだろう。そういうときはどうするんだ?」
「そうなりそうなイーターの依頼はみんな敬遠するけれど、もしそうなったら、ギルドが綿密に調査をするわ」
「そうか」
あまり空を飛ぶと目立つので、馬車でギルドのある商業区東端へと移動した。
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