40 / 302
第一章 学院編
第39話 真実を答える少女②
しおりを挟む
理事長は傷を移せないと白状したが、その条件までは漏らさなかった。
とにかく、さっきの実験で分かったことは、相手に気づかれずに攻撃すれば、傷を移されずに済むということだ。
「マーリン、あいつの魔法は気体の操作ですか?」
こいつ! いきなり核心を突いてきやがった。
だがその気体が空気であるところまでは絞っていない。いや、気体といったら真っ先に空気を思い浮かべるだろう。これをあの幼女に答えられたらまずい。
俺は即座に幼女の周囲を真空の膜で囲った。
「おやおや、おやおやおや。またしても妨害しましたね。でも無駄ですよ。マーリンは精霊の呪いで二つの言葉しか喋れません。だから、口の動きを見れば何と言ったか一目瞭然なのですよ。いまの答えは、『そー』です。あなたの魔法は気体の操作です。では、次の質問をしましょう」
やはり段階的に特定していく算段か。
成否しか答えられないのなら、イエスとノーでは確かめられない疑問は何度も質問して範囲を少しずつ狭めるしかない。そんな中、さっきの理事長は俺の魔法が気体の操作であるか確かめた。
それは普通なら、気体の魔法であること、操作型の魔法であることの二段階で確かめる内容だ。一段階すっとばしている。
よほど確信があったか、あるいは急いでいる。俺の対策を恐れているからか。
「マーリンの唇を読めても、マーリンはあんたの口を読めないだろ」
だが、幼女はすでに質問に答えていた。
口の動きは「そー」だった。
「甘いですなぁ。私の見込み違いでしたかな? いやいや、こうして侮るのが私の悪い癖でした。教えて差し上げましょう。なにも声だけが意思疎通の手段ではないのですよ」
理事長はさっきまで幼女の手を握っていたが、いまは彼女の背中に手を当てている。
「なるほど、背中に文字を書いたのか?」
無意味だと悟って、俺は真空の膜を解除した。
「ご名答! 正解です。では次の問題です。私はこの子に何を質問したでしょう?」
おそらく俺の魔法が空気を操作するものかということだろう。
もうバレているのだろうが、万が一にも違っていたら、俺が勝手に自分の魔法の正体を明かして自滅することになる。
「答えねえよ。俺はあんたの生徒じゃねえ。俺の口から情報を引き出せると思うなよ」
「おやおや、これで満点はなくなりましたねぇ。では正解をお教えしましょう。私はこう質問したのですよ。『あいつはロリコンですか?』とね。どうやら君はロリコンのようですねぇ」
「なに⁉」
それは自分でも知らなかったことだ。
イルと風紀委員三名からの視線がいっせいに俺へと集まる。どれも不信なものを見る目だ。まるで、玄関前に大きくて真っ黒な見知らぬ鞄が無造作に置かれているのを発見してしまったときのような顔だ。
「ふん。あんた、俺を仲間から孤立させようって腹だな? 残念だが、こいつらは仲間でも何でもねーよ。俺は最初から誰にも信頼されてねぇ。無駄だぜ、そういうの」
理事長は不敵な笑みをこぼす。こぼすと言うには力のこもった威圧的な笑みだ。さっきのポーカーフェイスは続いていて、この笑みは意図的に作った表情なのだろう。
「不正解! 君、間違いのほうが多いですねぇ。私はね、こう考えたのですよ。マーリンはいかなる真実をも知っている便利な存在ですが、君にとっては敵の所有物です。非常に厄介な存在です。だから私は君がすぐにこの子を殺しにかかると思っていたのですよ。しかし君はそうしない。もしかしたら、そうしないのではなく、できないのではないか。となると、君がロリコンなのではないか、そう思ったのですよ」
「なるほど、名推理だ。だが、そこまで断定できたのに、なぜわざわざマーリンに質問したんだ? もしさっき俺が言ったように仲間との不和が目的でないとすれば、答えはこうだ。あんた、マーリンを奪われるのを恐れているな?」
理事長は無表情に戻った。何も答えない。理事長はマーリンの手を握っているが、そこに込められる力がさっきより増している。マーリンの表情が苦痛に歪むほどに。
「やはりそうか。さっきのあんた、ちょっとお喋りがすぎたようだな。あんたはマーリンのことを便利な存在とか、所有物とか言っていたし、不都合ならマーリンのことを殺すという発想を持っていた。つまり、あんたとマーリンには信頼関係の類はない。あんたが一方的にマーリンを利用しているだけだ。そのつないだ手も一見は過保護な親のするものに見えるが、実際にはマーリンが逃げないよう鎖でつないでいるようなものだ。どうだ、今度は正解だろ?」
理事長は相変わらず表情を出さないが、手の力には感情が出ている。理事長が怒る代わりに、マーリンが潰されそうな右手の苦痛に表情を歪めている。パンダのぬいぐるみを強く抱きしめ、痛みを堪えている。
「おい、マーリン。おまえが望むなら俺がおまえを助けてやる。俺は基本的に他人を助けたりはしないが、どうやらロリコンらしいからな。おまえは特別だ。俺がおまえを助けてやる。そいつのこと嫌いだろ?」
マーリンは返事をしない。
理事長がマーリンを睨み降ろしている。
マーリンは震えていた。パンダの頭に顔の半分を埋めることでしか、防御反応を示すことができない。
「おい、理事長。だんまりしていたって無駄だぜ。俺の洞察力をもってすれば、あんたの情報は筒抜けだ。マーリンはあんた以外の人間の質問にも答えられる。いまのでそれが分かった。そしておそらく嘘はつけない。いまのマーリンは『そー』としか言えないが、言ったらおまえに殺されるから無言なんだ」
理事長は握っていたマーリンの手を一度離し、手首を握りなおした。もはや幼女の細腕ではどうあがいても逃げられない。
「お仕置きをする対象が一人増えたようですね。覚悟しなさい、マーリン」
「おい、マーリン。助けてほしいか? 答えろ。答えたら絶対に俺が助けてやる。おまえなら俺の言葉が嘘でないことも分かるんだろ? さあ、答えろ! 俺に助けてほしいよな?」
「答えるな! 許さないぞ」
「答えろ。俺がおまえを守ってやる。俺と理事長と、どっちが強いかおまえなら分かるだろ? マーリン、助けてほしいよな?」
マーリンが理事長を一瞥する。
理事長の無表情は消えていた。鬼の顔をしていた。カッと見開かれたギョロ目がマーリンのつぶらな瞳に殺意を流し込んでいる。
しかし、マーリンは答えた。俺の目を見て、はっきりと、そう言った。
「そー」
その瞬間、即座に理事長がナイフを振り上げ、そしてマーリンに向かって振り下ろした。
マーリンは思わず顔を逸らしてその場にへたり込んだが、その刃は通らない。俺の空気が邪魔をしている。
「なるほど、なるほど。だが忘れてはいまいな。私の魔術を!」
理事長はナイフをもう一度振り上げ、そして今度は自分の腹に突き立てる。だがそれも弾かれる。
「あんたこそ忘れたのかよ。さっきもそうやって防がれたろ」
マーリンの手首を握る理事長の左手がこじ開けられていく。さっき手を離した一瞬、マーリンを空気の薄い層で覆ったのだ。薄いから弾力はマーリンの手首と同じになる。だから理事長は気づかなかった。
その空気を硬化させて操作し、マーリンから理事長の手を引き剥がす。
そして、空気でマーリンを抱えてこちらへと運ぶ。
「正直、あんたはいままででいちばん厄介な敵だったぜ。でも、それは未知な部分が多かったからだ」
俺はわざとらしくマーリンを一瞥してから理事長に笑いかけてやった。
理事長は目を怒らせているが、体はもう動かない。俺が固い空気で彼を覆っているからだ。自傷行為はさせない。
「マーリン、教えてくれ。理事長の魔術は、理事長以外の者がつけた傷も移せるのか?」
「そー」
理事長がうなる。その心境は裸にひん剥かれる少女といったところか。
だが絶望するのはまだ早い。これから理事長の魔術の正体を丸裸にして、そして理事長に刑を執行するのだ。
「理事長の魔術は、傷つく前に移すと決めておかなければ移せないのか?」
「そー」
「理事長が自分で見ることのできる傷しか移せないのか?」
「ちがー」
「移すことのできる傷は痛みを感じているものだけか?」
「ちがー」
「相手が理事長を見ていなければ傷を移せないのか?」
「ちがー」
「理事長が相手を見ていなければ傷は移せないのか?」
「ちがー」
「傷を移せるのは理事長から一定距離以内にいる相手だけか?」
「そー」
「外傷以外も移せるのか」
「ちがー」
なるほど。相手が近くにいて、あらかじめそうすると決めていれば、どんな状況にあってどんな攻撃を受けようとも、その怪我を相手になすりつけることができるということか。
だったら気絶させてから息の根を止めるか、細菌を使って病気にするか、あるいは超遠距離から攻撃するか、といったところだろう。
「理事長先生、俺は決めたぜ。あんたを処す方法をな」
「ふん、無駄ですよ。私にはどんな攻撃も跳ね返す魔術があるのです。さすがに即死攻撃は防げませんが、そのときは君も道連れです。ゆめゆめお覚悟を」
「ばーか。完全な優位にある俺が自爆なんてするかよ。あんたを処す刑はこれだ」
俺は理事長を覆った空気の層を操作してその体を持ち上げた。
速度を一定に保ったまま、彼を空へ上昇させる。
「な、何をするのです! さては高い所から落とそうという魂胆ですね? たとえ頭から落としても、必ずダメージを共有させますよ。落下中のショックで気絶させようと考えているのなら無駄です。いまの私はかつてないほどに昂ぶっているのですよ。死ぬその瞬間まで絶対に気絶なんてしませんよ」
「それはご愁傷様。気絶したほうが楽だったかもな。言っておくが、あんたに課す刑は落下なんかじゃないぜ。あんたは地上から永遠に遠ざかりつづける。ただそれだけだ」
「な、何ですと⁉ そんなことをしたら私は……」
「ま、そうだよな。空は永遠ではないからな。どうなるかな。窒息か、凍死か、焼死か、ミイラ化か。どうなるのか観賞したいところだが、近くにいると外傷を移されるからな。一人旅を満喫してきてどうぞ」
「きさまぁあああああああ!」
理事長は体勢を固定されたまま空の彼方へ消えていった。
俺の目が届かないところの空気は操作できないが、速度を固定すれば、空気の塊は勝手に上昇を続ける。
「やっつけたの?」
「ああ」
イルは横たわって腹部を押さえていた。理事長が死んだとしても、イルの受けた傷は消えたりしないだろう。
魔術というのは相手の脳に働きかける呪いのようなものだ。イルが傷つくという絶対的な暗示にかかって傷が開いたのだとしたら、それはもはやイル自身を由来とする怪我なのだ。
イルの横で彼女を看病していた副委員長が顔を上げた。
「エストさん。助かりました。あなたはアンジュとエンジュを連れて先に帰っていてください。イルさんはまだ動けないでしょうから、私がつき添って、イルさんが治ってから帰還します」
副委員長の言葉を受け、アンジュが声をあげる。
「サンディア副委員長、アタイらも残ります」
エンジュは黙って頷いた。
「その深手が治るまでどれくらいかかると思ってんだ。学園は壊滅したが、ここは安全じゃねーんだ。俺が全員連れて帰る。あんたらの大将とそう約束したからな」
とにかく、さっきの実験で分かったことは、相手に気づかれずに攻撃すれば、傷を移されずに済むということだ。
「マーリン、あいつの魔法は気体の操作ですか?」
こいつ! いきなり核心を突いてきやがった。
だがその気体が空気であるところまでは絞っていない。いや、気体といったら真っ先に空気を思い浮かべるだろう。これをあの幼女に答えられたらまずい。
俺は即座に幼女の周囲を真空の膜で囲った。
「おやおや、おやおやおや。またしても妨害しましたね。でも無駄ですよ。マーリンは精霊の呪いで二つの言葉しか喋れません。だから、口の動きを見れば何と言ったか一目瞭然なのですよ。いまの答えは、『そー』です。あなたの魔法は気体の操作です。では、次の質問をしましょう」
やはり段階的に特定していく算段か。
成否しか答えられないのなら、イエスとノーでは確かめられない疑問は何度も質問して範囲を少しずつ狭めるしかない。そんな中、さっきの理事長は俺の魔法が気体の操作であるか確かめた。
それは普通なら、気体の魔法であること、操作型の魔法であることの二段階で確かめる内容だ。一段階すっとばしている。
よほど確信があったか、あるいは急いでいる。俺の対策を恐れているからか。
「マーリンの唇を読めても、マーリンはあんたの口を読めないだろ」
だが、幼女はすでに質問に答えていた。
口の動きは「そー」だった。
「甘いですなぁ。私の見込み違いでしたかな? いやいや、こうして侮るのが私の悪い癖でした。教えて差し上げましょう。なにも声だけが意思疎通の手段ではないのですよ」
理事長はさっきまで幼女の手を握っていたが、いまは彼女の背中に手を当てている。
「なるほど、背中に文字を書いたのか?」
無意味だと悟って、俺は真空の膜を解除した。
「ご名答! 正解です。では次の問題です。私はこの子に何を質問したでしょう?」
おそらく俺の魔法が空気を操作するものかということだろう。
もうバレているのだろうが、万が一にも違っていたら、俺が勝手に自分の魔法の正体を明かして自滅することになる。
「答えねえよ。俺はあんたの生徒じゃねえ。俺の口から情報を引き出せると思うなよ」
「おやおや、これで満点はなくなりましたねぇ。では正解をお教えしましょう。私はこう質問したのですよ。『あいつはロリコンですか?』とね。どうやら君はロリコンのようですねぇ」
「なに⁉」
それは自分でも知らなかったことだ。
イルと風紀委員三名からの視線がいっせいに俺へと集まる。どれも不信なものを見る目だ。まるで、玄関前に大きくて真っ黒な見知らぬ鞄が無造作に置かれているのを発見してしまったときのような顔だ。
「ふん。あんた、俺を仲間から孤立させようって腹だな? 残念だが、こいつらは仲間でも何でもねーよ。俺は最初から誰にも信頼されてねぇ。無駄だぜ、そういうの」
理事長は不敵な笑みをこぼす。こぼすと言うには力のこもった威圧的な笑みだ。さっきのポーカーフェイスは続いていて、この笑みは意図的に作った表情なのだろう。
「不正解! 君、間違いのほうが多いですねぇ。私はね、こう考えたのですよ。マーリンはいかなる真実をも知っている便利な存在ですが、君にとっては敵の所有物です。非常に厄介な存在です。だから私は君がすぐにこの子を殺しにかかると思っていたのですよ。しかし君はそうしない。もしかしたら、そうしないのではなく、できないのではないか。となると、君がロリコンなのではないか、そう思ったのですよ」
「なるほど、名推理だ。だが、そこまで断定できたのに、なぜわざわざマーリンに質問したんだ? もしさっき俺が言ったように仲間との不和が目的でないとすれば、答えはこうだ。あんた、マーリンを奪われるのを恐れているな?」
理事長は無表情に戻った。何も答えない。理事長はマーリンの手を握っているが、そこに込められる力がさっきより増している。マーリンの表情が苦痛に歪むほどに。
「やはりそうか。さっきのあんた、ちょっとお喋りがすぎたようだな。あんたはマーリンのことを便利な存在とか、所有物とか言っていたし、不都合ならマーリンのことを殺すという発想を持っていた。つまり、あんたとマーリンには信頼関係の類はない。あんたが一方的にマーリンを利用しているだけだ。そのつないだ手も一見は過保護な親のするものに見えるが、実際にはマーリンが逃げないよう鎖でつないでいるようなものだ。どうだ、今度は正解だろ?」
理事長は相変わらず表情を出さないが、手の力には感情が出ている。理事長が怒る代わりに、マーリンが潰されそうな右手の苦痛に表情を歪めている。パンダのぬいぐるみを強く抱きしめ、痛みを堪えている。
「おい、マーリン。おまえが望むなら俺がおまえを助けてやる。俺は基本的に他人を助けたりはしないが、どうやらロリコンらしいからな。おまえは特別だ。俺がおまえを助けてやる。そいつのこと嫌いだろ?」
マーリンは返事をしない。
理事長がマーリンを睨み降ろしている。
マーリンは震えていた。パンダの頭に顔の半分を埋めることでしか、防御反応を示すことができない。
「おい、理事長。だんまりしていたって無駄だぜ。俺の洞察力をもってすれば、あんたの情報は筒抜けだ。マーリンはあんた以外の人間の質問にも答えられる。いまのでそれが分かった。そしておそらく嘘はつけない。いまのマーリンは『そー』としか言えないが、言ったらおまえに殺されるから無言なんだ」
理事長は握っていたマーリンの手を一度離し、手首を握りなおした。もはや幼女の細腕ではどうあがいても逃げられない。
「お仕置きをする対象が一人増えたようですね。覚悟しなさい、マーリン」
「おい、マーリン。助けてほしいか? 答えろ。答えたら絶対に俺が助けてやる。おまえなら俺の言葉が嘘でないことも分かるんだろ? さあ、答えろ! 俺に助けてほしいよな?」
「答えるな! 許さないぞ」
「答えろ。俺がおまえを守ってやる。俺と理事長と、どっちが強いかおまえなら分かるだろ? マーリン、助けてほしいよな?」
マーリンが理事長を一瞥する。
理事長の無表情は消えていた。鬼の顔をしていた。カッと見開かれたギョロ目がマーリンのつぶらな瞳に殺意を流し込んでいる。
しかし、マーリンは答えた。俺の目を見て、はっきりと、そう言った。
「そー」
その瞬間、即座に理事長がナイフを振り上げ、そしてマーリンに向かって振り下ろした。
マーリンは思わず顔を逸らしてその場にへたり込んだが、その刃は通らない。俺の空気が邪魔をしている。
「なるほど、なるほど。だが忘れてはいまいな。私の魔術を!」
理事長はナイフをもう一度振り上げ、そして今度は自分の腹に突き立てる。だがそれも弾かれる。
「あんたこそ忘れたのかよ。さっきもそうやって防がれたろ」
マーリンの手首を握る理事長の左手がこじ開けられていく。さっき手を離した一瞬、マーリンを空気の薄い層で覆ったのだ。薄いから弾力はマーリンの手首と同じになる。だから理事長は気づかなかった。
その空気を硬化させて操作し、マーリンから理事長の手を引き剥がす。
そして、空気でマーリンを抱えてこちらへと運ぶ。
「正直、あんたはいままででいちばん厄介な敵だったぜ。でも、それは未知な部分が多かったからだ」
俺はわざとらしくマーリンを一瞥してから理事長に笑いかけてやった。
理事長は目を怒らせているが、体はもう動かない。俺が固い空気で彼を覆っているからだ。自傷行為はさせない。
「マーリン、教えてくれ。理事長の魔術は、理事長以外の者がつけた傷も移せるのか?」
「そー」
理事長がうなる。その心境は裸にひん剥かれる少女といったところか。
だが絶望するのはまだ早い。これから理事長の魔術の正体を丸裸にして、そして理事長に刑を執行するのだ。
「理事長の魔術は、傷つく前に移すと決めておかなければ移せないのか?」
「そー」
「理事長が自分で見ることのできる傷しか移せないのか?」
「ちがー」
「移すことのできる傷は痛みを感じているものだけか?」
「ちがー」
「相手が理事長を見ていなければ傷を移せないのか?」
「ちがー」
「理事長が相手を見ていなければ傷は移せないのか?」
「ちがー」
「傷を移せるのは理事長から一定距離以内にいる相手だけか?」
「そー」
「外傷以外も移せるのか」
「ちがー」
なるほど。相手が近くにいて、あらかじめそうすると決めていれば、どんな状況にあってどんな攻撃を受けようとも、その怪我を相手になすりつけることができるということか。
だったら気絶させてから息の根を止めるか、細菌を使って病気にするか、あるいは超遠距離から攻撃するか、といったところだろう。
「理事長先生、俺は決めたぜ。あんたを処す方法をな」
「ふん、無駄ですよ。私にはどんな攻撃も跳ね返す魔術があるのです。さすがに即死攻撃は防げませんが、そのときは君も道連れです。ゆめゆめお覚悟を」
「ばーか。完全な優位にある俺が自爆なんてするかよ。あんたを処す刑はこれだ」
俺は理事長を覆った空気の層を操作してその体を持ち上げた。
速度を一定に保ったまま、彼を空へ上昇させる。
「な、何をするのです! さては高い所から落とそうという魂胆ですね? たとえ頭から落としても、必ずダメージを共有させますよ。落下中のショックで気絶させようと考えているのなら無駄です。いまの私はかつてないほどに昂ぶっているのですよ。死ぬその瞬間まで絶対に気絶なんてしませんよ」
「それはご愁傷様。気絶したほうが楽だったかもな。言っておくが、あんたに課す刑は落下なんかじゃないぜ。あんたは地上から永遠に遠ざかりつづける。ただそれだけだ」
「な、何ですと⁉ そんなことをしたら私は……」
「ま、そうだよな。空は永遠ではないからな。どうなるかな。窒息か、凍死か、焼死か、ミイラ化か。どうなるのか観賞したいところだが、近くにいると外傷を移されるからな。一人旅を満喫してきてどうぞ」
「きさまぁあああああああ!」
理事長は体勢を固定されたまま空の彼方へ消えていった。
俺の目が届かないところの空気は操作できないが、速度を固定すれば、空気の塊は勝手に上昇を続ける。
「やっつけたの?」
「ああ」
イルは横たわって腹部を押さえていた。理事長が死んだとしても、イルの受けた傷は消えたりしないだろう。
魔術というのは相手の脳に働きかける呪いのようなものだ。イルが傷つくという絶対的な暗示にかかって傷が開いたのだとしたら、それはもはやイル自身を由来とする怪我なのだ。
イルの横で彼女を看病していた副委員長が顔を上げた。
「エストさん。助かりました。あなたはアンジュとエンジュを連れて先に帰っていてください。イルさんはまだ動けないでしょうから、私がつき添って、イルさんが治ってから帰還します」
副委員長の言葉を受け、アンジュが声をあげる。
「サンディア副委員長、アタイらも残ります」
エンジュは黙って頷いた。
「その深手が治るまでどれくらいかかると思ってんだ。学園は壊滅したが、ここは安全じゃねーんだ。俺が全員連れて帰る。あんたらの大将とそう約束したからな」
0
お気に入りに追加
195
あなたにおすすめの小説
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。
玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!?
成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに!
故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。
この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。
持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。
主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。
期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。
その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。
仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!?
美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。
この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる