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第一章 学院編

第35話 ローグ学園②

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「ハーティさん、イルさん、気をつけてください。相手にも魔導師がいます。一人は肉体強化系、一人は敵無力化系だと思われます。ほかにもいるかもしれません」

 先ほど大跳躍を見せた大男が再び副委員長のサンディアににじり寄る。彼がいまの戦況においてリーダー格だろう。
 サンディアは肉体強化系と言ったが、俺の見立ては異なる。魔法を活かすために肉体を鍛えているのだ。
 さっきの跳躍からして、おそらくは弾性の発生型。地面にバネみたいな弾性を発生させて勢いをつけている。

「はん! ボケが! この肉体はズルして手に入れたんじゃねぇ。血のにじむ修行を重ねて得たもんだ。温室育ちのお譲ちゃんには分からねーだろうがよ!」

 大男は前方に急加速した。そして振りかざした拳を突き降ろす。
 サンディアは慌てて砂の壁を作るが、拳はそれを突き破って彼女に命中した。サンディアがまるで車にはねられたように吹っ飛ばされる。

「副委員長!」

「へっ、よそ見してる場合じゃねえじゃんよぉ」

 サンディアに気を取られたイルの背後に毒男が立っていた。イルが腕を振って後ろを攻撃するが、毒男は即座に距離をとった。

「くっ、これは……」

 イルは毒にやられて膝をついた。麻痺毒だ。

「俺ちゃんの毒を受ければ指一本だって動かせなくなるんだぜぇ。あとは遠くから見ているだけでいいのさぁ」

「イル!」

「私は大丈夫。それより、副委員長さんは?」

「待って」

 ハーティがサンディアの元へ駆け寄る。

「待たねぇよぉ」

 毒男がハーティの背後へ肉薄する。音もなく忍び寄る様はまるで蛇のようだ。そして狂気じみたその目も爬虫類を連想させる。
 その瞳がひときわ大きく見開かれた。それは殺意を実行するときのそれではなかった。驚愕、そして恐怖。そういうものを感じたときの目だ。
 毒男はとっさに飛び退いた。

「お、おまえ、なぜ、動ける……」

 ハーティの背後には男よりも先にイルが陣取った。
 彼女を取り巻く黒いオーラが激しく渦巻いている。強い負の感情によって発生する黒いオーラには、相手の魔法の効果を弱める力がある。イルが受けた毒も魔法なのだから、弱まるのも道理だ。

「ハーティに手を出そうとしたな。許さない。許さない。許さない!」

 イルの強さはこれだ。想いの強さ。一瞬にして極限まで感情がたかぶる。
 俺もあのオーラを使いたいものだが、基本的に無感情な俺には縁遠い。

 そして次の瞬間、毒男は無数の切り傷に包まれた。まるでカマイタチが通りすぎたかのように、一瞬で全身に切創せっそうを負ったのだ。
 イルの発生型の風魔法。
 バトルフェスティバルで俺の使い方を見て風を薄く鋭くする有効性を知ったのだろう。

「先輩は大丈夫。意識はないけど、息はあるみたい」

「こっちも魔導師を一人倒した」

 屈んでいたハーティが立ち上がった。そしてイルの横に並ぶ。

「本当に強くなったわね、イル。あたしはあんたをちゃんとダチって認めたけど、プライドまでは捨ててないのよ。あんたが一人倒したというのなら、あたしはその倍以上倒すわ」

 ハーティがスッと右手を前方にかざす。さらに左手も。
 学園生たちはハーティが手から何を出してくるのかと警戒し、身構えた。しかし何も起きない。
 前に突き出した手はハッタリではないかと考える者も出てきただろう。数名が浅ましい薄ら笑いを浮かべてハーティへとにじり寄る。
 だが、実はハーティの攻撃はとっくに始まっていたようだ。動きだした者から先に、その効果が表れはじめた。

「あ、暑い……」

 汗をダラダラと垂らし、足取りが重くなる。
 全身がかゆくなり、かきむしる。自分で自分を傷つけてしまう。
 そして、バタリと崩れ落ちるように倒れ込む。
 数百人がバタバタと倒れていく。

「熱か。おまえ、その魔法は熱の発生型だな⁉」

 さっき副委員長を突き飛ばしたたくましい男が、ハーティへ近寄ろうと千鳥足ながらも足を前へと動かす。
 だが男は倒れた。倒れたというより、上空からの強烈な負荷によって倒された。
 男がどんなに鍛えていようと、熱にやられた体では吹き降ろす風には逆らえない。

「ハーティに近づくことは私が許さない」

「ありがとう、イル」

 ハーティとイルは互いに顔を見合わせると微笑ほほえみ合った。
 戦況はくつがえった。立っているのはたった二人の魔導師。魔導学院の風紀委員がかなわなかった数百の敵を、あっという間にやっつけてしまった。
 毒男も熱にやられてとっくに倒れている。ちゃっかり屋上の見張りもやっつけていた。
 学園の校舎へと連行されかけていたアンジュとエンジュは男どもの山に埋もれて倒れていたが、ハーティとイルがそれぞれ救出して副委員長の隣に寝かせた。

「イル、この二人に風を当ててあげて。この二人は体を冷まさなければ傷害が残るかもしれないわ」

「分かった」

 熱は敵の体ではなく空気中に発生させたのだ。
 魔法は遠隔で生命体の内部に直接発生させたり操作したりはできない。俺の空気の能力で言えば、人の気道や肺の中の空気を操作することはできない。
 ただし、元々外にあった空気を操作して人の体内に侵入した場合、その操作のリンクを切らさない限りは人の体内にあったとしても操作を失わない。
 もっとも、今回の場合は敵が数百人いてそれを同時にターゲッティングするのは不可能に近いため、結局は空気中に熱を発生させることになっていただろう。

「イル、行っておいで」

 イルはハーティに促されてローグ学園の校舎へと向かった。屋上ではりつけにされているシャイルとリーズ、そして敗戦した風紀委員たちを助けるためだ。
 ハーティは副委員長たちに寄り添っている。副委員長たちが目覚めるより先に敵が熱から復帰した場合に、倒れている三人を守る者が必要だからだ。

「エスト」

 エアの不服そうな声が俺の耳を叩く。
 ボヤキが入るということは、エアにも少なからず感情が身についてきているということなのか。それにしては人情の欠片もない気がするが。

「敵の大将がいると思ったんだが、いないのなら仕方ない。おまえの願いは俺が感情を動かすことだろ? それなら、誰かを助けて感謝されるよりも、天狗野郎を蹂躙じゅうりんしたほうが効果は大きいぜ、俺の場合はな。ほら、あそこ、あの毒男。あいつとの約束を果たす時がきた。次に学院に侵入してきたら学園を滅ぼすって約束をな。刮目かつもくしていいぜ、エア」
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