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第一章 学院編
第33話 ティーチェという魔術師
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俺はルーレに連れられ、学院の職員室へと向かった。
拘束はされていない。そう、拘束されるか、拘束されないか、ただそれだけのために俺とルーレはぶつかり、そして学院最大の寮を半分消滅させてしまったのだ。
これが自分の寮でさえなければ、その結果自体にも満足していたことだろう。
風紀委員たちはルーレによって解散させられた。解散というよりは、別件の応援に行けという指示だった。
ルーレがノックして職員室の扉を開き入室する。その後に俺、それからキーラが続いた。
「お待たせいたしました。ジム・アクティ殺害の容疑者、ゲス・エストを連れて参りました」
職員室はガランとしていた。いつもならもっと人がいるのだが、さっきのルーレの指示といい、ジム・アクティの件以外にも重大な事件があったのだろう。
「あら、ルーレさん、なぜ容疑者を拘束していないのですか?」
ティーチェが姑か小姑みたいにルーレを冷たい視線で見下ろす。
「申し訳ありません。私は彼に敗北しました。私の力で彼を拘束することはできません」
あからさまな舌打ちが響く。
それをなだめるように垂れ目気味の男性教諭が前に出た。相変わらず白と黒が喧嘩している髪には威圧感がある。彼はミスト・エイリー。学院の教頭先生だ。
魔導学院では教員というだけで四天魔を含むすべての生徒より偉いということになっており、教頭先生ともなれば、学院全体のナンバーツーということになる。
「最初に一つだけ訊かせてください。俺にジム・アクティを殺害した容疑がかかっていると聞きましたが、その情報の発信源は誰ですか?」
俺はミスト教頭を直視した。周辺視野でティーチェを警戒しながら。
「答えよう。それはティーチェ先生だ。彼女はその現場を目撃したと言っている。直接目撃したとなれば、その情報には絶大な信頼性がともなう」
糸目のせいでそう見えるのか、教頭先生には大きな余裕が感じられる。
「ここでは一人の人間による証言が証拠能力を持つのですか?」
「いいや、そんなことはないさ。しかし、証拠をひっぱる手がかりになる」
たかが手がかりに、えらい自信を持っているらしい。手かがりから真実をひっぱる手段が何かあるのか。ミスト教頭の魔術がそれに類するものなのだろうか。
「教頭先生の魔術はね、人の記憶を覗くことができるんだよ」
声がして振り返ったら、そこにはダースがいた。
男の声なので、振り返らずとも声の主は分かる。だが、なぜこいつがここにいるのか、なぜこいつが教頭先生の魔術を知っているのか。
疑問、というよりは不信感が沸いた。
こいつは不登校だった、いや、いまでも不登校の生徒だ。バトルフェスティバルを観戦するときにのみ学院に顔を出すはずだ。
それなのに、こいつは学院の事情に詳しい。
「おまえ、なんで……」
「なぜここにいるのか、君の疑問はそんなところだろうね。いいとも、答えよう。僕はね、こう見えても博識だからね、いま起きている二つの事件で先生方に知恵を貸そうと思ってきたんだ。それに、人手は一人でも多いほうがいいだろうからね」
「そうか、助かるよ、ダース君」
教頭先生が一歩前に出てダースに手を差し出した。
ダースもそれを握り返し、厚い握手を交わす。
「おまえ、教頭先生の魔術を……」
「なぜ僕が知っているか、それを訊きたいんだろうね。僕は長らくこの魔導学院を離れていたからね、そんな疑問を抱くのももっともだ。でも、蓋を開けてみれば簡単なことさ。実は、教頭先生の魔術については学院生や先生方なら誰でも知っているような、いわば常識的情報だからさ。教頭先生はこの学院において、ルールブックであり、ルールメーカーでもあり、ジャッジでもあるからさ」
いちいち話が長くて奇妙な言いまわしをするから煩わしい。俺が顔をしかめても、ダースは何食わぬ顔をしている。
「つまり、この学院のルールは教頭先生が決めて、それを犯した者の処罰も教頭先生が決めるということか」
「つまり、そういうことさ。教頭先生は人の記憶を覗き見ることができるのだから、人の悪事を暴くという行為は人一倍容易に成し遂げられるわけだ。容疑者の記憶を探れば真実が知れるのだからね。エスト君、無実を証明するためにも、教頭先生に記憶を開示してみてはどうだい? 犯人を断定する方法は、そのまま無罪を証明する方法でもあるのさ」
「さて、エスト君。君の記憶を覗かせてもらっても構わないかね?」
「断る!」
俺の魔法が特定されるわけにはいかない。ルーレだって俺の魔法が空気だと見抜いているのかまだ不明なのだ。アドバンテージをここで捨てるつもりはない。
それに、俺とメターモのつながりや、実際にジム・アクティを見殺しにした部分を見られるのはよろしくない。これは人によって基準や判定が異なるだろうが、見殺しが殺人と等価であるとルールメーカーに言われると、俺は殺人者として認定されることになる。
おっと、なに俺は保守的になっているんだ。一瞬にして全員が敵になるというのも悪くないではないか。
だが、ティーチェの思いどおりに事が運ぶのは面白くない。
「教頭先生の手を煩わせる必要はありませんよ。俺が無実だという証拠はあります。そして、ジム・アクティの最期がどういうものだったのかも」
俺は携帯電話を取り出した。スマートフォン、いわゆるスマホである。俺は空気で作った手でスマホを操作し、ジム・アクティの最期を動画に撮影していたのだ。
俺はジム・アクティがキーラの喉に指を突き刺し、変身していたメターモに食われるまでの動画を、消音状態で再生した。
「これは通信端末かね? こんな高機能な端末を持つ国もあるのか。しかし、これは君の視点ということなのか。だったら、君はジム・アクティを助けず黙って見ていたということになるが、そうなのかね?」
「まあ、そうなりますが、そうは言っても相手は液状のイーターです。一魔導師の俺では手にあまりますよ。それよりも、こういうイーターがいるということを知らせること、そしてジム・アクティがどのような最期を迎えたか、その情報をホームに持ち帰ることで、次の被害が出ないよう対策を立てることができるというものです。俺にはそうすることが精一杯で、そして最善の行動だったと確信しています」
教頭先生はしばし考え込んだ様子だったが、彼はなかなかに聡明で、俺がひと言を追加する前に重要な事実に気がついた。
「となると、ティーチェ先生、あなたの証言は嘘だということになる。なぜエスト君を陥れるような証言をしたのですか?」
そのとおりだ。
そして俺はティーチェにさらなる追い討ちをかける。
「こうなると、ティーチェ先生が首謀者って可能性も見えてくるんじゃないですか? 教頭先生、ティーチェ先生の記憶を見る必要があるんじゃないですかねぇ!」
「うむ、いたしかたない。ティーチェ先生、あなたの記憶を拝見させてもらいますよ」
ミスト教頭の手がティーチェの頭部へと伸びる。
しかし、ティーチェはその手を叩き落とした。
「ティーチェ先生?」
ティーチェはミスト教頭の呼びかけに答えない。ミスト教頭と視線が交錯しているが、二人が何を考えているのかは分からない。二人とも無表情だった。
ただ、ミスト教頭には隙がない。油断していない。動揺に類する挙動がまったく見られない。
もしかしたら、この人はずっと前からティーチェのことを警戒していたのかもしれない。
ティーチェのほうは、ただただ不気味に佇んでいる。
一分程度だろうか。膠着状態が続いて、それに耐えきれなくなったキーラが一歩前に出た。
その瞬間、ティーチェの視線がギロリと動いた。
「ダース!」
そう叫んだのはミスト教頭だった。
瞬間、ティーチェの眼前に黒い空間が生じる。ダースが空間を切り取ったのだ。
おそらく、ティーチェはキーラと俺の能力を入れ替えようとした。ミスト教頭はそれを阻止してくれたのだ。
ならば、その期待には応えねばなるまい。
「逃がさんぜ、エセ先公!」
俺はティーチェの周囲の空気をガッチリ固定した。これでティーチェは身動きが取れない。
「さて、ティーチェ先生。あなたの記憶を……」
「白々しい!」
ティーチェがミスト教頭の言葉を遮って叫んだ。
ハウリングしたような突然の高音に、キーラの体がビクッと跳ねた。
「ほう。白々しいとは?」
「私がマジックイーターのスパイだって、もう知ってんでしょう? そのとおりさね。いつの間に私の記憶を覗いたんだか。人の記憶を覗けるあんただけは早いうちに消しとくべきだったよ。それと、ゲス・エスト。おまえがどうして私に疑いの念を抱けたのか知らないが、あんたも邪魔で仕方なかったよ。だから、周囲の人間をおまえから剥ぎ取ってやろうと思ってね、キーラ・ヌアをジム・アクティにさらわせたのさ。キーラは助けられたみたいだけど、調子に乗ってるんじゃないよ。リーズ・リッヒとシャイル・マーンのほうはもう無事じゃないだろうさ。ざまあみろ」
ダースの空間切り取りによって、ティーチェの目を見ることができない。だが、彼女の顔が狂人のそれだということは、はっきりと分かる。口がピエロみたく吊りあがり、両の頬に食い込んでいる。歯と歯の間でギラついた粘液が糸を引いている。
「ティーチェ、おまえ、それで俺を邪魔したつもりか? 残念ながら、俺はあいつらのことなんて何とも思っちゃいねえ。ついでにキーラのこともな。ただ、ほかにも敵を用意してくれているってんなら、むしろ感謝してやるぜ。ま、俺に悪意を向けた報いは極刑をもって受けてもらうけどな」
ああ、いまの話、一部は嘘だ。
キーラのことはどうでもよくない。キーラは大切な充電器なのだ。
この世界にはスマホは存在しない。俺のケータイを充電するには、キーラの魔法で直接電気を流し込むしかないのだ。
「ふん。言っていろ。何にしてもマジックイーターについての情報を漏らすわけにはいかないんでね。さようなら」
瞬間、ティーチェは爆発した。
人型の空気の壁の中で人体が破裂して飛散した様子はかなりのグロテスクさだった。まるで全身に血を浴びたマネキン。
キーラなんか卒倒してしまった。ルーレも視線を逸らし、うつむいている。
「ミスト教頭、さっきからティーチェが言っているマジックイーターというのは何ですか?」
「魔法を食らう魔術師集団だよ。魔術師の中でも過激な思想を持ち、特に魔導師の魔法行使能力に影響を与える術者がそろっている。エスト君は魔術師、魔導師、イーターの三竦みの関係は知っているね?」
「ええ、もちろん」
「三竦みの関係はあくまで一般論であり、強力な魔導師が現れれば、ネームドイーターが魔導師を喰らうかの如く、苦手な種族に対しても猛威をふるいかねない。つまり魔導師が魔術師に対して脅威となるということだ。だから強すぎる魔導師は排除すべきだという考え方を持っているのだよ。同じ魔術師としても、共生関係にある魔導師を狙う彼らを捨て置くわけにはいかない。私はね、彼女の正体に気づいていないフリをして、彼女を情報源にしていたのだよ。マジックイーターたちの動向を探るためのね。ティーチェは学院に潜入していたマジックイーターだ。強力すぎる力を持ち、かつ魔術師に従属しない生徒を謀殺する任に就いていた。だが、いままではそんな生徒は現れなかった。君が来るまではね、エスト君」
「邪魔をしてしまったようですが、事情を知っていても対応は同じですよ、こちらには実害があったんでね」
「君とは敵ではないが、痛み分けとしてくれたまえ」
「構いませんよ。その代わり、リーズやシャイルがさらわれたっていう、もう一つの事件について詳しく教えてもらいましょうか」
拘束はされていない。そう、拘束されるか、拘束されないか、ただそれだけのために俺とルーレはぶつかり、そして学院最大の寮を半分消滅させてしまったのだ。
これが自分の寮でさえなければ、その結果自体にも満足していたことだろう。
風紀委員たちはルーレによって解散させられた。解散というよりは、別件の応援に行けという指示だった。
ルーレがノックして職員室の扉を開き入室する。その後に俺、それからキーラが続いた。
「お待たせいたしました。ジム・アクティ殺害の容疑者、ゲス・エストを連れて参りました」
職員室はガランとしていた。いつもならもっと人がいるのだが、さっきのルーレの指示といい、ジム・アクティの件以外にも重大な事件があったのだろう。
「あら、ルーレさん、なぜ容疑者を拘束していないのですか?」
ティーチェが姑か小姑みたいにルーレを冷たい視線で見下ろす。
「申し訳ありません。私は彼に敗北しました。私の力で彼を拘束することはできません」
あからさまな舌打ちが響く。
それをなだめるように垂れ目気味の男性教諭が前に出た。相変わらず白と黒が喧嘩している髪には威圧感がある。彼はミスト・エイリー。学院の教頭先生だ。
魔導学院では教員というだけで四天魔を含むすべての生徒より偉いということになっており、教頭先生ともなれば、学院全体のナンバーツーということになる。
「最初に一つだけ訊かせてください。俺にジム・アクティを殺害した容疑がかかっていると聞きましたが、その情報の発信源は誰ですか?」
俺はミスト教頭を直視した。周辺視野でティーチェを警戒しながら。
「答えよう。それはティーチェ先生だ。彼女はその現場を目撃したと言っている。直接目撃したとなれば、その情報には絶大な信頼性がともなう」
糸目のせいでそう見えるのか、教頭先生には大きな余裕が感じられる。
「ここでは一人の人間による証言が証拠能力を持つのですか?」
「いいや、そんなことはないさ。しかし、証拠をひっぱる手がかりになる」
たかが手がかりに、えらい自信を持っているらしい。手かがりから真実をひっぱる手段が何かあるのか。ミスト教頭の魔術がそれに類するものなのだろうか。
「教頭先生の魔術はね、人の記憶を覗くことができるんだよ」
声がして振り返ったら、そこにはダースがいた。
男の声なので、振り返らずとも声の主は分かる。だが、なぜこいつがここにいるのか、なぜこいつが教頭先生の魔術を知っているのか。
疑問、というよりは不信感が沸いた。
こいつは不登校だった、いや、いまでも不登校の生徒だ。バトルフェスティバルを観戦するときにのみ学院に顔を出すはずだ。
それなのに、こいつは学院の事情に詳しい。
「おまえ、なんで……」
「なぜここにいるのか、君の疑問はそんなところだろうね。いいとも、答えよう。僕はね、こう見えても博識だからね、いま起きている二つの事件で先生方に知恵を貸そうと思ってきたんだ。それに、人手は一人でも多いほうがいいだろうからね」
「そうか、助かるよ、ダース君」
教頭先生が一歩前に出てダースに手を差し出した。
ダースもそれを握り返し、厚い握手を交わす。
「おまえ、教頭先生の魔術を……」
「なぜ僕が知っているか、それを訊きたいんだろうね。僕は長らくこの魔導学院を離れていたからね、そんな疑問を抱くのももっともだ。でも、蓋を開けてみれば簡単なことさ。実は、教頭先生の魔術については学院生や先生方なら誰でも知っているような、いわば常識的情報だからさ。教頭先生はこの学院において、ルールブックであり、ルールメーカーでもあり、ジャッジでもあるからさ」
いちいち話が長くて奇妙な言いまわしをするから煩わしい。俺が顔をしかめても、ダースは何食わぬ顔をしている。
「つまり、この学院のルールは教頭先生が決めて、それを犯した者の処罰も教頭先生が決めるということか」
「つまり、そういうことさ。教頭先生は人の記憶を覗き見ることができるのだから、人の悪事を暴くという行為は人一倍容易に成し遂げられるわけだ。容疑者の記憶を探れば真実が知れるのだからね。エスト君、無実を証明するためにも、教頭先生に記憶を開示してみてはどうだい? 犯人を断定する方法は、そのまま無罪を証明する方法でもあるのさ」
「さて、エスト君。君の記憶を覗かせてもらっても構わないかね?」
「断る!」
俺の魔法が特定されるわけにはいかない。ルーレだって俺の魔法が空気だと見抜いているのかまだ不明なのだ。アドバンテージをここで捨てるつもりはない。
それに、俺とメターモのつながりや、実際にジム・アクティを見殺しにした部分を見られるのはよろしくない。これは人によって基準や判定が異なるだろうが、見殺しが殺人と等価であるとルールメーカーに言われると、俺は殺人者として認定されることになる。
おっと、なに俺は保守的になっているんだ。一瞬にして全員が敵になるというのも悪くないではないか。
だが、ティーチェの思いどおりに事が運ぶのは面白くない。
「教頭先生の手を煩わせる必要はありませんよ。俺が無実だという証拠はあります。そして、ジム・アクティの最期がどういうものだったのかも」
俺は携帯電話を取り出した。スマートフォン、いわゆるスマホである。俺は空気で作った手でスマホを操作し、ジム・アクティの最期を動画に撮影していたのだ。
俺はジム・アクティがキーラの喉に指を突き刺し、変身していたメターモに食われるまでの動画を、消音状態で再生した。
「これは通信端末かね? こんな高機能な端末を持つ国もあるのか。しかし、これは君の視点ということなのか。だったら、君はジム・アクティを助けず黙って見ていたということになるが、そうなのかね?」
「まあ、そうなりますが、そうは言っても相手は液状のイーターです。一魔導師の俺では手にあまりますよ。それよりも、こういうイーターがいるということを知らせること、そしてジム・アクティがどのような最期を迎えたか、その情報をホームに持ち帰ることで、次の被害が出ないよう対策を立てることができるというものです。俺にはそうすることが精一杯で、そして最善の行動だったと確信しています」
教頭先生はしばし考え込んだ様子だったが、彼はなかなかに聡明で、俺がひと言を追加する前に重要な事実に気がついた。
「となると、ティーチェ先生、あなたの証言は嘘だということになる。なぜエスト君を陥れるような証言をしたのですか?」
そのとおりだ。
そして俺はティーチェにさらなる追い討ちをかける。
「こうなると、ティーチェ先生が首謀者って可能性も見えてくるんじゃないですか? 教頭先生、ティーチェ先生の記憶を見る必要があるんじゃないですかねぇ!」
「うむ、いたしかたない。ティーチェ先生、あなたの記憶を拝見させてもらいますよ」
ミスト教頭の手がティーチェの頭部へと伸びる。
しかし、ティーチェはその手を叩き落とした。
「ティーチェ先生?」
ティーチェはミスト教頭の呼びかけに答えない。ミスト教頭と視線が交錯しているが、二人が何を考えているのかは分からない。二人とも無表情だった。
ただ、ミスト教頭には隙がない。油断していない。動揺に類する挙動がまったく見られない。
もしかしたら、この人はずっと前からティーチェのことを警戒していたのかもしれない。
ティーチェのほうは、ただただ不気味に佇んでいる。
一分程度だろうか。膠着状態が続いて、それに耐えきれなくなったキーラが一歩前に出た。
その瞬間、ティーチェの視線がギロリと動いた。
「ダース!」
そう叫んだのはミスト教頭だった。
瞬間、ティーチェの眼前に黒い空間が生じる。ダースが空間を切り取ったのだ。
おそらく、ティーチェはキーラと俺の能力を入れ替えようとした。ミスト教頭はそれを阻止してくれたのだ。
ならば、その期待には応えねばなるまい。
「逃がさんぜ、エセ先公!」
俺はティーチェの周囲の空気をガッチリ固定した。これでティーチェは身動きが取れない。
「さて、ティーチェ先生。あなたの記憶を……」
「白々しい!」
ティーチェがミスト教頭の言葉を遮って叫んだ。
ハウリングしたような突然の高音に、キーラの体がビクッと跳ねた。
「ほう。白々しいとは?」
「私がマジックイーターのスパイだって、もう知ってんでしょう? そのとおりさね。いつの間に私の記憶を覗いたんだか。人の記憶を覗けるあんただけは早いうちに消しとくべきだったよ。それと、ゲス・エスト。おまえがどうして私に疑いの念を抱けたのか知らないが、あんたも邪魔で仕方なかったよ。だから、周囲の人間をおまえから剥ぎ取ってやろうと思ってね、キーラ・ヌアをジム・アクティにさらわせたのさ。キーラは助けられたみたいだけど、調子に乗ってるんじゃないよ。リーズ・リッヒとシャイル・マーンのほうはもう無事じゃないだろうさ。ざまあみろ」
ダースの空間切り取りによって、ティーチェの目を見ることができない。だが、彼女の顔が狂人のそれだということは、はっきりと分かる。口がピエロみたく吊りあがり、両の頬に食い込んでいる。歯と歯の間でギラついた粘液が糸を引いている。
「ティーチェ、おまえ、それで俺を邪魔したつもりか? 残念ながら、俺はあいつらのことなんて何とも思っちゃいねえ。ついでにキーラのこともな。ただ、ほかにも敵を用意してくれているってんなら、むしろ感謝してやるぜ。ま、俺に悪意を向けた報いは極刑をもって受けてもらうけどな」
ああ、いまの話、一部は嘘だ。
キーラのことはどうでもよくない。キーラは大切な充電器なのだ。
この世界にはスマホは存在しない。俺のケータイを充電するには、キーラの魔法で直接電気を流し込むしかないのだ。
「ふん。言っていろ。何にしてもマジックイーターについての情報を漏らすわけにはいかないんでね。さようなら」
瞬間、ティーチェは爆発した。
人型の空気の壁の中で人体が破裂して飛散した様子はかなりのグロテスクさだった。まるで全身に血を浴びたマネキン。
キーラなんか卒倒してしまった。ルーレも視線を逸らし、うつむいている。
「ミスト教頭、さっきからティーチェが言っているマジックイーターというのは何ですか?」
「魔法を食らう魔術師集団だよ。魔術師の中でも過激な思想を持ち、特に魔導師の魔法行使能力に影響を与える術者がそろっている。エスト君は魔術師、魔導師、イーターの三竦みの関係は知っているね?」
「ええ、もちろん」
「三竦みの関係はあくまで一般論であり、強力な魔導師が現れれば、ネームドイーターが魔導師を喰らうかの如く、苦手な種族に対しても猛威をふるいかねない。つまり魔導師が魔術師に対して脅威となるということだ。だから強すぎる魔導師は排除すべきだという考え方を持っているのだよ。同じ魔術師としても、共生関係にある魔導師を狙う彼らを捨て置くわけにはいかない。私はね、彼女の正体に気づいていないフリをして、彼女を情報源にしていたのだよ。マジックイーターたちの動向を探るためのね。ティーチェは学院に潜入していたマジックイーターだ。強力すぎる力を持ち、かつ魔術師に従属しない生徒を謀殺する任に就いていた。だが、いままではそんな生徒は現れなかった。君が来るまではね、エスト君」
「邪魔をしてしまったようですが、事情を知っていても対応は同じですよ、こちらには実害があったんでね」
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