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第一章 学院編
第5話 黄昏寮
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寮はリーズが口利きしてくれて、黄昏寮という一等級の施設に入ることができた。
リーズは「これで借りは返しましたわよ。これであなたみたいな下衆に容赦なく勧告できるのだから、くれぐれも風紀には注意することですわ」と言っていた。
まったく、律儀な奴だ。
部屋はなかなか広い。風呂とトイレがついている。
調度品はベッド、とキャビネットくらいしか置いていないが、どちらも高級木材でできており、職人の洗練された技術によって滑らかに仕上げられていた。
食事は決まった時間に食堂で購入できるのだが、俺はこの世界での通貨を持っていない。たしか、単位はモネイだった気がする。
昨日、それらの確認を済ませ、そしていま、朝の陽光が俺を出迎えている。
そしてお決まり。布団の中でモゾモゾと何かの動く気配。
かけ布団を捲ると、そこにはエアの姿があった。
「おまえ、何してんだ? なぜ裸に戻っている?」
「男の人は女の人が裸で寄り添ったら心が動くと聞いたことがある。エスト、感情は動いた?」
これまたよくあるパターンだよな。朝起きたらメインヒロインが主人公の布団の中に潜り込んでいるというパターン。しかも、裸の場合が多々ある。
ただ、エアの場合はほぼ輪郭だけの存在だから、人形が置いてあるくらいの感覚でしかないのだが。
「ラノベの例に漏れず、か。なら、次はアレだな」
俺はエアを跳ね除け、即座に入り口の扉へと飛びついた。そしてキッチリ鍵がかかっていることを確認した。
さらに扉と壁の隙間に圧縮空気を詰め込み、もし合鍵で錠を突破されても簡単には扉が開かないようにした。
と、その瞬間。
――コン、コン。
ノックの音がしたと思えば、返事をする間もなく、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「エスト、迎えに来てやったわ!」
そして、ガチャガチャとドアノブを捻る音。
鍵をかけていなかったら、裸のエアと隣に立つ俺の姿を目撃し、顔を真っ赤にして「あんたたち、なにやってんのよ!」と顔を真っ赤にして怒鳴り散らすに違いない。
そして「変態!」を連呼してくること請け合いだ。
「くっ、開かない! エストの奴、男のくせに鍵をかけるなんて。これじゃああたしがいつでも入れないじゃない」
キーラ、おまえを俺の部屋に入れる気はない。
「さて、エア。続きをしてもかまわんぞ」
俺が振り返ると、エアはいつものコスチュームである白のワンピースを身に着けていた。
「なんだ。もういいのか?」
「なんか、嫌な感じがした」
「へぇ。感情らしいものが出てきたじゃねぇか」
ま、エアの嫌な感じというのは杞憂で、俺は人間になりきれてないエアの身体を見ても、なんとも思わない。
「あ、リーズ。いいところに。あなた、寮長とコネあるんでしょ? この部屋の合鍵持ってきてよ」
「もう持ってきていますわ」
「ちょ、あんたエストに何する気だったの⁉」
「その言葉、そっくりそのまま返しますわ」
そんな会話が聞こえてきたのも束の間、鍵がガチャリと音を立て、改めてドアノブが回される。
「あれ、開かない。どうなっているの?」
「おかしいですわ。鍵は確かに開けましたわ」
俺は圧縮空気を解除し、扉を開けた。扉の向こう側には、目を皿にして俺を見上げる二人の姿があった。
「おい、おまえら。なに勝手に人の部屋に入ろうとしてんだ」
「べ、べつに、入ろうとなんてしてないわよ。このあたしがあんたなんかを迎えに来てやったんだから、感謝しなさいよね」
「わたくしは、寮長に頼まれて鍵が壊れていないかチェックしに来ただけですわ」
こいつらには少々お仕置きが必要だ。
俺は二人の少女の頭上で空気をかき乱してやった。キーラのサイドテールと、リーズの巻き毛。今日は団子ではなかった。二人ともせっかくセットした髪がくしゃくしゃになった。
「あ、なにこれ! あんたがやったのね⁉ 最低! 女の子の髪を何だと思ってるの⁉」
「ふん。俺の前では何もかもが無価値だ」
「ちょっとこの人、何を言っているのかよく分からないわ」
「まったくですわ。それにわたくし、これほどの侮辱を受けたのは生まれて初めてですわよ!」
「嘘つけ」
おまえは昨日、もっと屈辱的な目にあっているだろうが。
「ああいえばこういう、ですわ」
「こういえばそういう、なんだから」
「そういえば腹が減ったな。俺は食事に行く」
俺は部屋に鍵をかけ、さらに鍵穴に空気の塊を押し込んで、食堂へと向かった。
「もう! 部屋に戻って髪をセットしなおさなければなりませんわ」
「リーズ、あたしにも部屋を使わせなさい!」
「嫌ですわ。なんであなたに部屋を貸さなければならないんですの?」
「あたしは寮が違うからよ。こんな髪で外は歩けませんわ」
「おい、キーラ。お嬢様口調が移っているぞ」
「まあ、ホント。屈辱ですわ!」
「それはこっちの台詞ですわ!」
リーズの部屋が食堂と同じ方向にあるおかげで、俺の両隣がやかましい。
というか、なぜ俺を挟んで喧嘩するんだ、こいつらは。
「あ、エスト。道を空けて」
突然、キーラがリーズとの喧嘩をやめて俺の腕を引いた。だが俺はキーラには従わない。
「エストさん、癪でもここはキーラに従うべきですわ。前をよく見て。ジム・アクティ様がおいでになっています」
「ジム・アクティ? 誰だそれ」
俺の前方には、男もビックリの長身マッチョ女が廊下の中心線を闊歩していた。
狐色と呼ぶには優しすぎる尖った褐色肌は、陽光をこれでもかと吸収したのだろう。一目で体育会系の人種だと分かる。
「ジム・アクティ様は部活動運営委員長を務められているお方ですわ。四天魔の一人ですのよ。とにかく、いくらあなたでも喧嘩を売っていい相手ではありませんわ」
リーズやキーラだけではない。廊下にいた生徒全員が、あのゴリゴリ女のために道をあけていく。
面白い!
四天魔というからには強いのだろう。あとで探す手間がかからぬよう、ここで喧嘩を売っておこう。
「ああ、駄目だわ。エストが笑ってる。もうあたしは知らないから。あたしは関係ないからね」
「あ、ちょっと、薄情者! エストさん、あなたをこの寮に招いたわたくしの立場を……」
「それなら心配すんな。おまえは学院最強となる男を寮に招いたことを誇りに思っていればいい」
俺の袖をひっぱっていたリーズが絶句し、脱力して袖から手が滑り落ちた。
俺とゴリ女、廊下の中心を歩く二人が向かい合い、立ち止まる。
高い。
俺は特別身長が高いわけではないが、まさか俺が女に見下ろされるとは。
「ほう。この俺様の前に立ちはだかるとは、なかなかに根性のある奴だ」
この女、一人称は《俺様》なのか。いよいよ脳筋タイプらしさが増してきたな。
四天魔の一人ということだが、こういう手合いはだいたい四天王のいちばん下っ端タイプだろう。
「どけよ。邪魔だ」
廊下がどよめいた。全員が信じられないものを見る目で俺に視線を注いでいる。
「ほう! このような怖いもの知らずは久方ぶり……」
「邪魔!」
俺は空気の壁でデカ女を横に押しやり、無理矢理どかしてやった。
「うそっ! あの人、ジム様を動かしたわ。なんて怖いもの知らず。なんて馬鹿力な魔法なの!」
廊下がいっそうざわめく。
さすがにゴリ女からもいままでの笑みが消えた。
「おまえがエストだな? おまえ、バトルフェスティバルには出場するんだろうな。これまで四天魔は強すぎて出場を差し止められていたが、今年はバトフェス顧問が特別に四天魔の出場を許可した。そしてその顧問が直々にやってきて、この俺様に頼んだのさ。エストという生徒をぶちのめせってなぁ」
「ああ、出るぜ。ただし、おまえだけじゃもの足りねーな。四天魔は全員呼んどけよ。ゴリマッチョ」
うむ、いいあだ名が決まった。ジムの額にははち切れそうなほど血管が浮き出ているが。
「このような辱めを受けたのは生まれて初めてだ。貴様、バトルフェスティバルには死に臨む覚悟で来い。いいな?」
「おいおい、おまえまでこんな屈辱は初めてだとかぬかすのか。どいつもこいつも、育った環境がぬるすぎだ。俺が社会と現実の厳しさってやつを叩き込んでやるよ」
こんな雑魚かもしれない奴と対等に張り合うつもりはないのだが、俺とゴリマッチョは互いに背中を向けて遠ざかっていった。
リーズは「これで借りは返しましたわよ。これであなたみたいな下衆に容赦なく勧告できるのだから、くれぐれも風紀には注意することですわ」と言っていた。
まったく、律儀な奴だ。
部屋はなかなか広い。風呂とトイレがついている。
調度品はベッド、とキャビネットくらいしか置いていないが、どちらも高級木材でできており、職人の洗練された技術によって滑らかに仕上げられていた。
食事は決まった時間に食堂で購入できるのだが、俺はこの世界での通貨を持っていない。たしか、単位はモネイだった気がする。
昨日、それらの確認を済ませ、そしていま、朝の陽光が俺を出迎えている。
そしてお決まり。布団の中でモゾモゾと何かの動く気配。
かけ布団を捲ると、そこにはエアの姿があった。
「おまえ、何してんだ? なぜ裸に戻っている?」
「男の人は女の人が裸で寄り添ったら心が動くと聞いたことがある。エスト、感情は動いた?」
これまたよくあるパターンだよな。朝起きたらメインヒロインが主人公の布団の中に潜り込んでいるというパターン。しかも、裸の場合が多々ある。
ただ、エアの場合はほぼ輪郭だけの存在だから、人形が置いてあるくらいの感覚でしかないのだが。
「ラノベの例に漏れず、か。なら、次はアレだな」
俺はエアを跳ね除け、即座に入り口の扉へと飛びついた。そしてキッチリ鍵がかかっていることを確認した。
さらに扉と壁の隙間に圧縮空気を詰め込み、もし合鍵で錠を突破されても簡単には扉が開かないようにした。
と、その瞬間。
――コン、コン。
ノックの音がしたと思えば、返事をする間もなく、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「エスト、迎えに来てやったわ!」
そして、ガチャガチャとドアノブを捻る音。
鍵をかけていなかったら、裸のエアと隣に立つ俺の姿を目撃し、顔を真っ赤にして「あんたたち、なにやってんのよ!」と顔を真っ赤にして怒鳴り散らすに違いない。
そして「変態!」を連呼してくること請け合いだ。
「くっ、開かない! エストの奴、男のくせに鍵をかけるなんて。これじゃああたしがいつでも入れないじゃない」
キーラ、おまえを俺の部屋に入れる気はない。
「さて、エア。続きをしてもかまわんぞ」
俺が振り返ると、エアはいつものコスチュームである白のワンピースを身に着けていた。
「なんだ。もういいのか?」
「なんか、嫌な感じがした」
「へぇ。感情らしいものが出てきたじゃねぇか」
ま、エアの嫌な感じというのは杞憂で、俺は人間になりきれてないエアの身体を見ても、なんとも思わない。
「あ、リーズ。いいところに。あなた、寮長とコネあるんでしょ? この部屋の合鍵持ってきてよ」
「もう持ってきていますわ」
「ちょ、あんたエストに何する気だったの⁉」
「その言葉、そっくりそのまま返しますわ」
そんな会話が聞こえてきたのも束の間、鍵がガチャリと音を立て、改めてドアノブが回される。
「あれ、開かない。どうなっているの?」
「おかしいですわ。鍵は確かに開けましたわ」
俺は圧縮空気を解除し、扉を開けた。扉の向こう側には、目を皿にして俺を見上げる二人の姿があった。
「おい、おまえら。なに勝手に人の部屋に入ろうとしてんだ」
「べ、べつに、入ろうとなんてしてないわよ。このあたしがあんたなんかを迎えに来てやったんだから、感謝しなさいよね」
「わたくしは、寮長に頼まれて鍵が壊れていないかチェックしに来ただけですわ」
こいつらには少々お仕置きが必要だ。
俺は二人の少女の頭上で空気をかき乱してやった。キーラのサイドテールと、リーズの巻き毛。今日は団子ではなかった。二人ともせっかくセットした髪がくしゃくしゃになった。
「あ、なにこれ! あんたがやったのね⁉ 最低! 女の子の髪を何だと思ってるの⁉」
「ふん。俺の前では何もかもが無価値だ」
「ちょっとこの人、何を言っているのかよく分からないわ」
「まったくですわ。それにわたくし、これほどの侮辱を受けたのは生まれて初めてですわよ!」
「嘘つけ」
おまえは昨日、もっと屈辱的な目にあっているだろうが。
「ああいえばこういう、ですわ」
「こういえばそういう、なんだから」
「そういえば腹が減ったな。俺は食事に行く」
俺は部屋に鍵をかけ、さらに鍵穴に空気の塊を押し込んで、食堂へと向かった。
「もう! 部屋に戻って髪をセットしなおさなければなりませんわ」
「リーズ、あたしにも部屋を使わせなさい!」
「嫌ですわ。なんであなたに部屋を貸さなければならないんですの?」
「あたしは寮が違うからよ。こんな髪で外は歩けませんわ」
「おい、キーラ。お嬢様口調が移っているぞ」
「まあ、ホント。屈辱ですわ!」
「それはこっちの台詞ですわ!」
リーズの部屋が食堂と同じ方向にあるおかげで、俺の両隣がやかましい。
というか、なぜ俺を挟んで喧嘩するんだ、こいつらは。
「あ、エスト。道を空けて」
突然、キーラがリーズとの喧嘩をやめて俺の腕を引いた。だが俺はキーラには従わない。
「エストさん、癪でもここはキーラに従うべきですわ。前をよく見て。ジム・アクティ様がおいでになっています」
「ジム・アクティ? 誰だそれ」
俺の前方には、男もビックリの長身マッチョ女が廊下の中心線を闊歩していた。
狐色と呼ぶには優しすぎる尖った褐色肌は、陽光をこれでもかと吸収したのだろう。一目で体育会系の人種だと分かる。
「ジム・アクティ様は部活動運営委員長を務められているお方ですわ。四天魔の一人ですのよ。とにかく、いくらあなたでも喧嘩を売っていい相手ではありませんわ」
リーズやキーラだけではない。廊下にいた生徒全員が、あのゴリゴリ女のために道をあけていく。
面白い!
四天魔というからには強いのだろう。あとで探す手間がかからぬよう、ここで喧嘩を売っておこう。
「ああ、駄目だわ。エストが笑ってる。もうあたしは知らないから。あたしは関係ないからね」
「あ、ちょっと、薄情者! エストさん、あなたをこの寮に招いたわたくしの立場を……」
「それなら心配すんな。おまえは学院最強となる男を寮に招いたことを誇りに思っていればいい」
俺の袖をひっぱっていたリーズが絶句し、脱力して袖から手が滑り落ちた。
俺とゴリ女、廊下の中心を歩く二人が向かい合い、立ち止まる。
高い。
俺は特別身長が高いわけではないが、まさか俺が女に見下ろされるとは。
「ほう。この俺様の前に立ちはだかるとは、なかなかに根性のある奴だ」
この女、一人称は《俺様》なのか。いよいよ脳筋タイプらしさが増してきたな。
四天魔の一人ということだが、こういう手合いはだいたい四天王のいちばん下っ端タイプだろう。
「どけよ。邪魔だ」
廊下がどよめいた。全員が信じられないものを見る目で俺に視線を注いでいる。
「ほう! このような怖いもの知らずは久方ぶり……」
「邪魔!」
俺は空気の壁でデカ女を横に押しやり、無理矢理どかしてやった。
「うそっ! あの人、ジム様を動かしたわ。なんて怖いもの知らず。なんて馬鹿力な魔法なの!」
廊下がいっそうざわめく。
さすがにゴリ女からもいままでの笑みが消えた。
「おまえがエストだな? おまえ、バトルフェスティバルには出場するんだろうな。これまで四天魔は強すぎて出場を差し止められていたが、今年はバトフェス顧問が特別に四天魔の出場を許可した。そしてその顧問が直々にやってきて、この俺様に頼んだのさ。エストという生徒をぶちのめせってなぁ」
「ああ、出るぜ。ただし、おまえだけじゃもの足りねーな。四天魔は全員呼んどけよ。ゴリマッチョ」
うむ、いいあだ名が決まった。ジムの額にははち切れそうなほど血管が浮き出ているが。
「このような辱めを受けたのは生まれて初めてだ。貴様、バトルフェスティバルには死に臨む覚悟で来い。いいな?」
「おいおい、おまえまでこんな屈辱は初めてだとかぬかすのか。どいつもこいつも、育った環境がぬるすぎだ。俺が社会と現実の厳しさってやつを叩き込んでやるよ」
こんな雑魚かもしれない奴と対等に張り合うつもりはないのだが、俺とゴリマッチョは互いに背中を向けて遠ざかっていった。
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