残念ながら主人公はゲスでした。~異世界転移したら空気を操る魔法を得て世界最強に。好き放題に無双する俺を誰も止められない!~

日和崎よしな

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第一章 学院編

第4話 リーズ・リッヒ(※挿絵あり)

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 俺は屋上で寝そべって赤みはじめた空を眺めていた。

「おい、エア。おまえはなぜ俺を契約者に選んだ? 感情を学びたいのなら女と契約したほうが効率がいいんじゃないのか?」

 俺の隣にエアが空気から溶け出すようにして現れた。
 白いワンピースを着ている。
 複雑な服は形作るのが面倒なのだろうか。あるいは服のバリエーションを知らないのかもしれない。

「エストは突然この世界に現れた。それはエストが異世界から迷い込んだということ。そうだとしたら、未知の世界で人一倍多くの驚嘆に巡り会うはず。女性よりもエストのほうが感情がたくさん動くことになる」

「おまえ、憶測だけで俺を選んでそそくさと契約を交わしたってのか?」

「精霊の人間との契約は競争。より早く有利な相手と契約しなければならない。私は空気の精霊。この世界のどの精霊よりも世界を把握しやすい能力を持つ。だからいち早くエストのようなイレギュラーを見つけられるし、それを活用できる」

「ふーん」

 イレギュラーか。
 そりゃそうだ。俺は異世界人なんだもの。まさにここでの俺は《ゲスト》ってわけだ。
 だがそんなことはどうでもいい。俺は自分のやりたいことをやりたいようにやるだけだ。肩書きや名誉なんぞには微塵も興味がない。


 ――キーンコーン。


 鐘が鳴った。
 鐘の鳴る周期が先ほどまでと変わっている。どうやらもう放課後になっているらしい。
 まだどの間隔の鐘が何を意味する鐘なのか把握しきれていないが、そろそろ教室に顔を出してもいい頃合だろう。
 俺は上体を起こして背中についた砂粒を払い落とした。

「きゃっ」

 おっと、ラノベ的イベント発生。女子の悲鳴。
 すかさずエアが俺の顔を覗き込み、助けに行けと無言の圧力をかけてくる。

「はいはい。とりあえず様子を見に行くとしような」

 声のした方向に歩み寄り、フェンス越しに地上を見下ろす。

 そこには男がいた。
 黒ずくめの制服、つまり学ラン姿だ。
 たしかこの学校には男子はいないはず。ということは他校の生徒ということになる。
 俺は空気の振動伝達感度を上げて地上の会話を耳に運ぶことにした。

「不潔! 男が無断で校内に侵入してくるなんて! 何が目的ですの⁉」

 さっきの悲鳴の主は風紀委員お嬢様のリーズだった。
 悪いな、エア。少し静観させてもらう。

「目的ぃ? 決まってんじゃねぇか。女だ。女をさらいに来た。俺ちゃんの学校は男子学校でよ、女が高く売れるんだよぉ」

 男のその言葉を聞き、俺はエアを呼び寄せた。

「おい、エア」

「何?」

「この世界には通貨があるのか?」

「ある」

「円か? ドルか? それともユーロ?」

「違う。通貨はモネイ」

「モネイ? 何だそりゃ。マネーをもじってんのか? ひどいセンスだな」

「そんなことより、助けに行かないの?」

「まあ、待て。戦いはもう始まっている。あの男が喋れば喋るほど、情報戦で俺が有利になっていく。分かるか?」

「分からない」

「おまえにはまだ早いかもな。まあ見てろ。ちゃんとおまえの膳は据えてやる」

 俺の見下ろす真下の地上では、他校の男子生徒がリーズを壁に追い詰めていた。頭に乗っかっていた大きなお団子が解けてロングストレートヘアになっている。
 こっちのほうがお嬢様っぽくて似合ってんじゃねーか。

「最低です! すぐにお引き取りください!」

「へっへぇ。嫌なら抵抗していいんだぜぇ。できるもんならなぁ」

 リーズが抵抗する様子はない。男の能力だろうか。感覚を操作するような能力なら男は魔術師だろうか。だが学生なら魔導師の可能性のほうが高い。

「きゃあっ!」

「へへぇ。おめぇ、まぶいじゃねぇかぁ。まず俺ちゃんが値踏みしてやらんとなぁ」

 リーズは地面に押し倒された。男がにじり寄っていまにも覆いかぶさりそうだ。

「エスト、早く助けないと」

「はいはい。分かりましたよ」

 男の情報はぜんぜん得られていない。魔導師か魔術師か、能力が何か。とにかく相手を無力化する能力を持つということだけしか分からない。

 俺は空気のバネを使い、頭上一メートルはあろうかというフェンスを飛び越え、一気に地上へと降りた。着地寸前の空気緩衝材も前よりも的確に配置できるようになっている。

「ああん、おまえ、誰だぁ?」

「俺か? 俺は神様だ?」

「うげっ、マジかぁ?」

「ああ、マジだ」

 俺は地に仰向けに倒れたままのリーズへと歩み寄る。
 俺は膝をつき、彼女の顔を覗き込んだ。彼女の顔は青ざめ、涙の筋を何度も上書きするように細い雫が伝い落ちていた。

「よお。元気そうだな」

「どこが……。男なんて、嫌い、です」

「お、少しだけ奇遇だな。俺も男は嫌いだ。ただし、俺は男だけでなく女も嫌いだがな」

「何しに来ましたの? わたくしみたいな邪魔者はいなくなってせいせいするのでしょう? 最後に嘲笑あざわらいに来たのですか?」

「おまえ、勘違いしているぜ。俺はおまえのことなんか、ミジンコほども気に留めちゃいねぇ。おまえがいなくなろうが俺の周りを飛びまわろうが、俺はおまえに気づきもしねぇだろうな。だって、弱い奴には興味ねーんだもの」

 リーズは目を閉じた。しかしあふれる涙の量は増すばかりだった。
 返す言葉もないのか、口ももう開かない。

「おい、おめぇ、神様ってのは嘘だろぉ? 嘘なんだろぉ? 普通の人間が邪魔してんじゃねぇぞ、コラァ」

 とりあえず、男のほうは無視だ。羽虫は無視するに限る。

「リーズ、おまえ、魔導師だろ? 反撃しねぇの?」

「わたくしの能力は風。いまは無風だから、腕を振って風を生み出してからでなければ能力が使えませんの。でも、私の身体が動きませんのよ」

 風か。俺の空気と似ている。はっきり言って、俺の能力の下位互換だ。
 ま、どんな能力も使い手しだいだとは思うが。

「喋れるんなら、口で吹けば?」

「……そんな弱い風ではどうにもなりませんわ」

「そうかい。風紀委員のおまえはこうも蹂躙じゅうりんされて、さぞかし悔しかろうな。いや、これ以上は普通に女として悔しいよな」

「何が、おっしゃりたいの?」

 リーズは目を開けずに言った。俺とも目を合わせたくはないだろう。リーズにとって、俺の行動はまったく予測がつかないはずだ。もしかしたら俺が男に自分を引き渡すかもしれない。そんな奴の目なんて見たくはなかろう。

「助けてって、言わねーの?」

「どうせ助けないのでしょう? だって、あなたみたいな下衆げすが人助けなんてするはず……」

「よく分かってんじゃん。でも、万に一つの可能性にかけて『助けてください』って言ってみないの?」

「嫌です。身体は汚されても、わたくしの心だけは絶対に誰にも汚されません」

 こいつは筋金入りだ。筋金入りの頑固者だ。
 ま、誘惑に対して微塵みじんも動じない魂っていうのは嫌いじゃないが。

「おまえ、自分の判断はちゃんと天秤にかけて決めてっか? 例えば、おまえのプライドとおまえの命、どっちが重いんだよ。安いプライドなんて捨てろよ。助けて下さいって言えよ。命が助かれば、土下座してプライドがへし折れたとしてもお釣りがくるぜ」

 リーズは黙り込んだ。目も口も閉じているが、涙だけは勢いを増すばかりだ。葛藤しているのだろう。

「おいコラァ、俺ちゃんを無視するんじゃねぇよぉ」

「リーズ、おまえが連れ去られたとして、悲しむ人はいねえのか? 少なくとも、心優しいシャイル委員長は悲しむだろうぜ。あの性格が本音なのか建前なのかは知らねぇけどな」

 リーズは口元を歪め、目蓋を開けた。そして俺の顔を見上げた。

「わたくしにはお姉様がいます。風紀委員長としてこの学院の秩序を守る凛々りりしいお方です。わたくしは、敬愛するお姉様にだけは迷惑をおかけしたくありません」

「ふうん。で?」

「だから、その……、助けて、ください……」

 ほう、ついに言ったな。
 リーズには姉がいたのか。風紀委員長とは、さぞ厳格な女性なのだろう。

「リーズさん、それはどちら様に仰られているお言葉ですか?」

 意地悪を言う俺の頬を、空気に溶け込んだままのエアがつねった。
 だが無視する。

「お願いします。助けてください、エスト様」

「はい、よく言えました。でも、い・や・だ!」

 リーズは瞳を大きく見開いたかと思うと、目蓋を閉じ、もうウンともスンとも言わなくなった。
 ひときわ大きな涙を一粒流した後、涙すら流さなくなった。

「おい神様よぉ、もういいかい? どいてくんなぁ」

 男の手が俺の肩に触れた。
 その瞬間、男は二十メートルほど後方へ吹っ飛んだ。
 俺は立ち上がった。見下す視線を作るため、体の向きを変えずに顔だけ男の方へ向けた。

「神様に気安く触れる奴があるか。おまえがいま触った俺はな、神様は神様でも祟り神だぞ」

「けっ、全部嘘だろうがぁ。それにしても、いま何をしたぁ? なんか殴られたっぽいんだがよぉ、ぜんぜん見えなかったぜぇ。おまえ、速いんかぁ? まあいいや。用が済んだなら、そこをどいてくんなぁ」

 ニヘェと笑いながら、立ち上がった男は砂も払わずリーズを見下ろしていた。
 ほうほう、この俺が眼中にないとは。

「勘違いすんなよ、僕ちゃん。用が済んだ? 違うねぇ。用はこれからだ。俺はこいつに用があるんじゃねえ。おまえに用があって来たんだぜ」

「俺ちゃんにぃ?」

「俺はこいつを助けねぇが、おまえのことはボッコボコにするんだぜ。俺はエス専門のドエス。おまえみたいな強者ぶっているやつのプライドをバッキバキにへし折って蹂躙するのが趣味なんだ」

 空気中に溶け込んでいたエアがスッと姿を現し、リーズの耳元で「よかったね。助けてくれるって」と囁いた。
 リーズの目からは枯れたはずの涙が零れ落ちていた。
 俺は舌打ちしたが、エアは逃げるように、というよりは、俺の舌打ちを無視して再び空気へと溶け入った。

「ほうほう、そりゃあおっかねぇ。だが兄ちゃん、俺ちゃんを侮りすぎたな。もう手遅れだぜぇっへっへっへぇ」

 男の醜悪な笑みが俺を捕らえた。その瞬間、俺の全身から力が抜けた。膝の力が抜けて地に膝をつき、腰と背の力が抜けて前のめりに倒れる。

「あ……」

「え、うそ……」

 俺の顔が落ちたその場所に、リーズの顔があった。
 俺の口が落ちたその場所に、リーズの唇があった。

「んー、んーっ!」

 リーズが唸っている。口が塞がれて喋れない。
 俺も身体に力が入らず、リーズの顔から離れることができない。

「ああ、しまったぁ。場所が悪かったぁ。俺ちゃんの商品を汚すんじゃねぇ!」

 男の言葉で、リーズの唸りが消えた。彼女は目を見開き、そして怯えはじめた。
 彼女が怯えている理由は、俺だ。男の言葉が俺を怒らせた。額には血管が浮き上がり、目は鋭いナイフのような鈍い光を放っていただろう、きっと。

「悪いな、リーズ。突然の麻痺に動揺しなければ、おまえに覆いかぶさることもなかっただろう」

 俺はリーズから顔を離し、上体を起こし、そして立ち上がってからそう言った。

「馬鹿な! 俺ちゃんの麻痺毒が効いたはずじゃあねぇのかぁ? 一度麻痺したら一時間は動けねぇはずなのにぃ」

「毒、か。さっき俺の肩に触れたときか……」

 俺の身体はいまでも動かない。力が入らない。かろうじて喋れるくらいだ。
 俺の身体を動かしているのは空気。空気で俺の身体を包み込み、空気を動かすことによって自分自身の身体を動かしている。

「おい、僕ちゃん。ちょいと説教タイムだ。癪だが俺でも月並なことを言いたくなるときはある。なあ、僕ちゃんよ。人身売買は駄目だろ。おまえには罪悪感とかねえの? リーズは商品じゃねえんだよ。頑固だが、ちゃんと信念はあって、おまえみたいなただの馬鹿と違って、ちゃんと人としての価値がある。それとな、おまえ、『商品を汚す』って言ったか? この俺が汚いって? おまえ、極刑に値する!」

 俺は立ったままの状態で浮き上がった。そして男に近づく。

「浮いてるぅ? あんた、本当に神様かぁ⁉」

「バーカ。祟り神だっつってんだろ」

 男は俺が喋りおわらないうちにツバを吐きかけてきた。しかしそのツバは俺に達する前に止まり、男へと跳ね返っていく。

「ぎゃぁあああ! なんちって。俺ちゃんの毒は俺ちゃんには効かないのだぁ」

「そんなことは、どうでもいいんだよ」

 俺は固く圧縮した空気の塊を男にぶつけた。

「アガァアッ! あ、あ、歯が折れたぁああっ! おめえっ、何の魔導師だぁ⁉」

「教えてやろうか。俺はな、自由に腕を増やせるんだ。形も重さも動きも自由自在。その増やした腕は俺以外には見えないし、誰の能力の影響も受けない」

「そんなぁ! 何の精霊と契約したのか検討もつかねぇ」

 地に仰向けに倒れた男に対し、俺はさらに空気の塊をぶつける。

「言ったろ。俺が神様だってな。一発、二発、三発、四発、五発」

「いてぇ、やめてけれぇ」

「駄目だ。俺の気が治まるまでだ。六、七、八、九、十、十一、十二、十三!」

「あがぁ……」

「執行完了! これで俺の気は済んだが、おまえ、自分の学校に戻って応援呼んでくるんだろ? 報復に対して先に報復を返しておく。いまのを三百人分だ。おまえが立て替えて受けておけ。おらぁ!」

 俺は男の全身に重い空気の塊を落としに落としまくった。合計三千九百発。キリが悪いので追加で百発。
 男はもう喋れない。だがまだ意識はある。意識がギリギリ残る程度には加減してやった。

「おまえ、自分の学校に帰ったら仲間とかに言っとけよ。この学院には絶対に怒らせてはならない神様がいるから二度と近づくなって。もし次に誰か来たら、おまえんとこの学校を跡形もなく破壊しに行くからな」

 俺は空気のコンベアで男を学院の敷地外へと運んで捨てた。
 リーズの方へ向き直ると、姿を現したエアがリーズの腕を肩に回して抱えていた。

「あの……ありがと……」

 お嬢様の口調が抜け落ちている。いままで無理してキャラ作りしていたのだろうか。風紀委員ってのは大変だ。いや、風紀委員だからではなく、お嬢様だからか。

「言ったろ。俺はおまえを助けてねぇ。あいつをボコッただけだ」

「あなた、ホントすごいわ。出てくる言葉の全てが嘘だなんて、ここまでくると尊敬します」

「そんなことはねぇよ。さっきの学校を破壊しに行くってのも本当だしな」

「ホント、なんて人なの……」

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