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令嬢たちの囀り
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そして茶会の日がやってきてしまった。
鏡に映る着飾った姿は人形のようで、とても自分だとは思えない。生まれながらの貴族ではない私には、きっと一生似合わない。
「お姉様、とても素敵なドレスですわね。この耳飾りも本当に美しいわ」
「ありがとう、ヒーリーヌ。あなたも」
ヒーリーヌが褒めるのは、身に着けているものだけ。似合っているとは口が裂けても言わないだろう。実際似合ってはいないのだけれど。
「もう少し気の利いた褒め方ができなくては、淑女として失格ですわよ? お姉様」
「……そうね、ごめんなさい」
彼女の目的は、私をけなして貶めること。その証拠に、どうすれば良いのかは教えてくれない。
私たち二人を乗せた馬車が、アッヘンバッハ公爵家の屋敷に停車する。ここが今日の戦場。
「クラリッサ様、お招きありがとうございます」
ヒーリーヌは慣れた調子でお辞儀する。私も慌ててそれにならう。
「ヒーリーヌ、久しぶりね。それで、こちらが……」
「ええ、イーリスお姉様ですわ。お姉様、ご挨拶なさってくださいな」
礼儀作法は、家庭教師がついて教えてくれた。お父様のご厚意だろう、令嬢に必要な教育は何不自由なくほどこしてもらえた。
伯爵令嬢の教師にはおよそ相応しくないような素晴らしい方々ばかりで、勉強している間だけは寂しさを忘れられた。
あの頃のことを思い出すと、自然と口元が弧を描いた。教えてもらった通り、丁寧にお辞儀をする。
「初めまして。お招きいただき感謝致しますわ、レディ・クラリッサ。イーリス・フォン・バルヒェットと申します」
周りがたじろいだのがわかった。ろくに社交界にも姿を見せたことはなかったから、もっと野蛮な女だと思われていたのかもしれない。
クラリッサ様は扇を開くと口元を隠し、優雅に微笑んだ。
「貴女には是非お会いしたかったの。今日は存分に楽しんでくださいませね?」
お茶会が始まったが、案の定そこは針のむしろだった。
「ねぇイーリス様。婚約の話はどうなっていますの? 新しい婚約者は見つかりまして?」
令嬢の一人がそう切り出すと、令嬢たちは一気に色めき立つ。
「あら、わたくしも伺いたいですわ」
「わたくしも。もし必要なら、後妻を探していらっしゃる方をご紹介致しますけれど」
おっとりとした笑顔を浮かべながら、令嬢たちは容赦なく私を攻撃する。
お前では次の婚約者なんて見つけられないだろう。そもそも正式な妻になろうとしているのが図々しいのだ。そう言われている気分だった。
言い返す言葉も見つけられなくて、私はうつむく。
新しい婚約者、という言葉で、幼い頃に会ったきりのあの男の子がちらついた。新しい婚約者が彼だったら、どんなに幸せだろう。
もちろん、ありえない話なのだけれども。
「みなさま、そのあたりでおやめになって? お姉様は深く傷ついていらっしゃるのですわ」
ヒーリーヌがわざとらしくハンカチで目のあたりを押さえると、まぁ、と同情の声が上がる。
「ヒーリーヌ様は悪くありませんわ。なんてお優しいのかしら」
「本当に。ねぇ、イーリス様もそうお思いになるでしょう?」
「あなた、おやめなさいな。イーリス様では、ねぇ?」
脚本でも決まっているかのように、話は仕立て上げられていく。ヒーリーヌは心優しいヒロインに、私は礼儀知らずで頭の足りない悪役に。
「ご心配ありがとうございます。わたくしは大丈夫ですわ。わたくしにはゲレオルク様がいてくださいますもの」
ヒーリーヌの言葉に、令嬢たちは感心して褒めそやす。
それを聞く彼女が満足そうに笑っていることに、誰も気がつかないのだろうか。それとも、わかっていてのことなのか。
胸元のアメジストの位置に手をあてる。こうすれば、力をもらえるような気がする。
「みなさま、そろそろこの話はやめにしませんこと?」
不意に、クラリッサ様が言った。令嬢たちが驚いたように彼女を見つめる。私も思わず目を向けた。
「そ、そうですわ、みなさま。お姉様がお可哀想ですものね、さすがはクラリッサ様です」
「ヒーリーヌ、貴女もおやめなさい。みっともないですわよ」
まさに鶴の一声だ。クラリッサ様の一言で、ヒーリーヌは口をつぐんだ。
私の婚約破棄とヒーリーヌの婚約の話題はそれで終わりとなった。その後の話題は、誰かの噂話ばかりで、聞いていてもよくわからない。
早く屋敷に帰りたい。帰ったところで味方はいないけれど、ここにいるよりずっとマシだ。
「そういえば、アーテル帝国の皇族の生き残りが兵を挙げたのだとか」
「まぁ、本当ですの? 戦争になるのかしら、恐ろしいですわね」
珍しく貴族の誰かのスキャンダルではない話へと話題が移り変わった。
アーテル帝国はこの大陸で最大の強国だったが、16年前、隣国のアルバム王国からの侵略戦争に敗れ、崩壊した。
今回挙兵したのは、アーテル帝国最後の皇帝の甥にあたる人物らしい。家臣の手でひっそりと連れ出され、市井で育てられていたのだという。
「アーテル帝国の皇族ともあれば、我らが国王陛下とも親戚筋。よくぞ見つかることなくお育ちになりましたわね」
クラリッサ様がしみじみとつぶやく。
ここ、プルプレア王国はもともとアーテル帝国とは友好関係にあった。それを差し引いても、帝国の崩壊によって、アルバム王国と国境を接することになっている。
要するに、この国にとっては、帝国が復活した方が都合が良いのだ。
「万事つつがなく進むと良いのですけれど」
クラリッサ様の憂いを帯びた表情が、妙に印象に残った。
鏡に映る着飾った姿は人形のようで、とても自分だとは思えない。生まれながらの貴族ではない私には、きっと一生似合わない。
「お姉様、とても素敵なドレスですわね。この耳飾りも本当に美しいわ」
「ありがとう、ヒーリーヌ。あなたも」
ヒーリーヌが褒めるのは、身に着けているものだけ。似合っているとは口が裂けても言わないだろう。実際似合ってはいないのだけれど。
「もう少し気の利いた褒め方ができなくては、淑女として失格ですわよ? お姉様」
「……そうね、ごめんなさい」
彼女の目的は、私をけなして貶めること。その証拠に、どうすれば良いのかは教えてくれない。
私たち二人を乗せた馬車が、アッヘンバッハ公爵家の屋敷に停車する。ここが今日の戦場。
「クラリッサ様、お招きありがとうございます」
ヒーリーヌは慣れた調子でお辞儀する。私も慌ててそれにならう。
「ヒーリーヌ、久しぶりね。それで、こちらが……」
「ええ、イーリスお姉様ですわ。お姉様、ご挨拶なさってくださいな」
礼儀作法は、家庭教師がついて教えてくれた。お父様のご厚意だろう、令嬢に必要な教育は何不自由なくほどこしてもらえた。
伯爵令嬢の教師にはおよそ相応しくないような素晴らしい方々ばかりで、勉強している間だけは寂しさを忘れられた。
あの頃のことを思い出すと、自然と口元が弧を描いた。教えてもらった通り、丁寧にお辞儀をする。
「初めまして。お招きいただき感謝致しますわ、レディ・クラリッサ。イーリス・フォン・バルヒェットと申します」
周りがたじろいだのがわかった。ろくに社交界にも姿を見せたことはなかったから、もっと野蛮な女だと思われていたのかもしれない。
クラリッサ様は扇を開くと口元を隠し、優雅に微笑んだ。
「貴女には是非お会いしたかったの。今日は存分に楽しんでくださいませね?」
お茶会が始まったが、案の定そこは針のむしろだった。
「ねぇイーリス様。婚約の話はどうなっていますの? 新しい婚約者は見つかりまして?」
令嬢の一人がそう切り出すと、令嬢たちは一気に色めき立つ。
「あら、わたくしも伺いたいですわ」
「わたくしも。もし必要なら、後妻を探していらっしゃる方をご紹介致しますけれど」
おっとりとした笑顔を浮かべながら、令嬢たちは容赦なく私を攻撃する。
お前では次の婚約者なんて見つけられないだろう。そもそも正式な妻になろうとしているのが図々しいのだ。そう言われている気分だった。
言い返す言葉も見つけられなくて、私はうつむく。
新しい婚約者、という言葉で、幼い頃に会ったきりのあの男の子がちらついた。新しい婚約者が彼だったら、どんなに幸せだろう。
もちろん、ありえない話なのだけれども。
「みなさま、そのあたりでおやめになって? お姉様は深く傷ついていらっしゃるのですわ」
ヒーリーヌがわざとらしくハンカチで目のあたりを押さえると、まぁ、と同情の声が上がる。
「ヒーリーヌ様は悪くありませんわ。なんてお優しいのかしら」
「本当に。ねぇ、イーリス様もそうお思いになるでしょう?」
「あなた、おやめなさいな。イーリス様では、ねぇ?」
脚本でも決まっているかのように、話は仕立て上げられていく。ヒーリーヌは心優しいヒロインに、私は礼儀知らずで頭の足りない悪役に。
「ご心配ありがとうございます。わたくしは大丈夫ですわ。わたくしにはゲレオルク様がいてくださいますもの」
ヒーリーヌの言葉に、令嬢たちは感心して褒めそやす。
それを聞く彼女が満足そうに笑っていることに、誰も気がつかないのだろうか。それとも、わかっていてのことなのか。
胸元のアメジストの位置に手をあてる。こうすれば、力をもらえるような気がする。
「みなさま、そろそろこの話はやめにしませんこと?」
不意に、クラリッサ様が言った。令嬢たちが驚いたように彼女を見つめる。私も思わず目を向けた。
「そ、そうですわ、みなさま。お姉様がお可哀想ですものね、さすがはクラリッサ様です」
「ヒーリーヌ、貴女もおやめなさい。みっともないですわよ」
まさに鶴の一声だ。クラリッサ様の一言で、ヒーリーヌは口をつぐんだ。
私の婚約破棄とヒーリーヌの婚約の話題はそれで終わりとなった。その後の話題は、誰かの噂話ばかりで、聞いていてもよくわからない。
早く屋敷に帰りたい。帰ったところで味方はいないけれど、ここにいるよりずっとマシだ。
「そういえば、アーテル帝国の皇族の生き残りが兵を挙げたのだとか」
「まぁ、本当ですの? 戦争になるのかしら、恐ろしいですわね」
珍しく貴族の誰かのスキャンダルではない話へと話題が移り変わった。
アーテル帝国はこの大陸で最大の強国だったが、16年前、隣国のアルバム王国からの侵略戦争に敗れ、崩壊した。
今回挙兵したのは、アーテル帝国最後の皇帝の甥にあたる人物らしい。家臣の手でひっそりと連れ出され、市井で育てられていたのだという。
「アーテル帝国の皇族ともあれば、我らが国王陛下とも親戚筋。よくぞ見つかることなくお育ちになりましたわね」
クラリッサ様がしみじみとつぶやく。
ここ、プルプレア王国はもともとアーテル帝国とは友好関係にあった。それを差し引いても、帝国の崩壊によって、アルバム王国と国境を接することになっている。
要するに、この国にとっては、帝国が復活した方が都合が良いのだ。
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