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決着の時
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「ここに例の物を」
その言葉を合図に、エドさんが大量の書類を持ってくる。フィンリーはその一枚一枚を見せつけるようにして掲げた。
「これが毒薬を買ったときの書類、これが父侯爵との手紙のやりとり、で、これが?」
マリアベル様はあぜんとしていた。令嬢らしい表情は抜け落ち、口は開いている。
見ている内に、もはや言い逃れできないことを悟ったのかもしれない。おしとやかな仮面を脱ぎ捨てた彼女は、あざけるような笑みを浮かべた。
「は……っ! そこまでわかっていて泳がせていた、とおっしゃいますの?」
「己の罪を認めるか」
「罪、ですか。いったい何の話ですの?」
まさか、ここまで証拠がそろっていてシラを切ろうとしているのか。信じられない思いで、マリアベル様を見つめる。
「うっかり毒を飲んだグレース様はたしかに気の毒ですけれど。どこの馬の骨とも知らぬ女を殺そうとしたから何だというのです?」
しばらくの間、言葉の意味がわからなかった。最初からグレース様を狙っていたわけではないのはわかる。彼女の狙いは、ほぼ確実に私だった。
皇女殿下、と優しく話しかけてくれた声が思い出される。あの時からずっと「どこの馬の骨とも知らぬ女」だと思っていたの?
「貴様、帝国の至宝である皇女に向かって何を口にしているかわかっているのか」
「だってお父様が言っていたわ、皇女なんて嘘っぱちでニセモノだって! ニセモノが死んだところで困らないはずですもの!」
マリアベル様は狂ったように笑い出す。明らかな異常さを感じさせるふるまいに気圧されているのか、誰も声を出せない。
「ニセモノとは言え、皇女を殺せばあの女も無事では済まないと思ったのに……。まぁいいわ、あの女、グレースを殺せたならわたしは死罪でも構わなくてよ?」
「誰が死んだとおっしゃるの、失礼ですこと」
重苦しい雰囲気をものともせず、口をはさんだ勇者がいた。聞き覚えのあるその声に、一瞬心臓がとまる。
堂々と歩いてきたグレース様は、ドレスを着替えていた。さっき着ていたものは倒れた時に土で汚れてしまったのだろう。
グレース様は、作法にのっとって私とフィンリーに挨拶をする。そして、完全に硬直したマリアベル様に向かって美しく微笑みかけた。
「マリアベル様、体調が悪くていらっしゃるのではなくて? 毒が盛られているとわかっているお菓子をどうして食べると思うのかしら」
つまり、食べたふりでもしていたのだろう。言われてみれば当たり前だ。
グレース様が倒れ、しかもその黒幕がマリアベル様だったことに動揺していたせいか、その考えには思い至らなかった。
マリアベル様も同じだったようで、驚いた顔をしている。計画から外れてしまったことで彼女も冷静さを失っていたのかもしれない。
「取り込み中悪いっすけど、アズライト侯爵の横領の証拠もそろってるっすからね。別室で拘束されてるっす。もう逃げ道はないっすよ」
エドさんが追い打ちをかける。マリアベル様の顔は完全に血の気を失っており、真っ白になっている。
「そんな、おかしいじゃない! どうしてわたしがこんな目に」
「どうして? 余の最愛の女性を侮辱して、挙句殺そうとした馬鹿をなぜ見逃さねばならぬのだ?」
「侮辱? 本当のことを言ったまでじゃない!」
髪を振り乱して叫ぶマリアベル様は、いつもの美しい令嬢姿とは別人のようだった。
「誰に何を吹き込まれたのかは知らないが、アイリスは間違いなく先帝陛下の末娘、正真正銘の皇女だ。皇族への殺害未遂と不敬罪、相応の処分を覚悟するんだな」
簡潔なフィンリーの言葉に、自分の運命を悟ったのだろう。マリアベル様は絶叫した。言葉になっていない甲高い声。身体をふるわせると、フィンリーが手を重ねてくれた。
「まぁどう甘く考えてもお前の処刑はまぬがれない。せめて楽に死ねると良いな?」
マリアベル様は、引きずるようにして衛兵に連れていかれる。彼女は半狂乱で何かを騒いでいたが、次第に声は遠ざかっていった。
その言葉を合図に、エドさんが大量の書類を持ってくる。フィンリーはその一枚一枚を見せつけるようにして掲げた。
「これが毒薬を買ったときの書類、これが父侯爵との手紙のやりとり、で、これが?」
マリアベル様はあぜんとしていた。令嬢らしい表情は抜け落ち、口は開いている。
見ている内に、もはや言い逃れできないことを悟ったのかもしれない。おしとやかな仮面を脱ぎ捨てた彼女は、あざけるような笑みを浮かべた。
「は……っ! そこまでわかっていて泳がせていた、とおっしゃいますの?」
「己の罪を認めるか」
「罪、ですか。いったい何の話ですの?」
まさか、ここまで証拠がそろっていてシラを切ろうとしているのか。信じられない思いで、マリアベル様を見つめる。
「うっかり毒を飲んだグレース様はたしかに気の毒ですけれど。どこの馬の骨とも知らぬ女を殺そうとしたから何だというのです?」
しばらくの間、言葉の意味がわからなかった。最初からグレース様を狙っていたわけではないのはわかる。彼女の狙いは、ほぼ確実に私だった。
皇女殿下、と優しく話しかけてくれた声が思い出される。あの時からずっと「どこの馬の骨とも知らぬ女」だと思っていたの?
「貴様、帝国の至宝である皇女に向かって何を口にしているかわかっているのか」
「だってお父様が言っていたわ、皇女なんて嘘っぱちでニセモノだって! ニセモノが死んだところで困らないはずですもの!」
マリアベル様は狂ったように笑い出す。明らかな異常さを感じさせるふるまいに気圧されているのか、誰も声を出せない。
「ニセモノとは言え、皇女を殺せばあの女も無事では済まないと思ったのに……。まぁいいわ、あの女、グレースを殺せたならわたしは死罪でも構わなくてよ?」
「誰が死んだとおっしゃるの、失礼ですこと」
重苦しい雰囲気をものともせず、口をはさんだ勇者がいた。聞き覚えのあるその声に、一瞬心臓がとまる。
堂々と歩いてきたグレース様は、ドレスを着替えていた。さっき着ていたものは倒れた時に土で汚れてしまったのだろう。
グレース様は、作法にのっとって私とフィンリーに挨拶をする。そして、完全に硬直したマリアベル様に向かって美しく微笑みかけた。
「マリアベル様、体調が悪くていらっしゃるのではなくて? 毒が盛られているとわかっているお菓子をどうして食べると思うのかしら」
つまり、食べたふりでもしていたのだろう。言われてみれば当たり前だ。
グレース様が倒れ、しかもその黒幕がマリアベル様だったことに動揺していたせいか、その考えには思い至らなかった。
マリアベル様も同じだったようで、驚いた顔をしている。計画から外れてしまったことで彼女も冷静さを失っていたのかもしれない。
「取り込み中悪いっすけど、アズライト侯爵の横領の証拠もそろってるっすからね。別室で拘束されてるっす。もう逃げ道はないっすよ」
エドさんが追い打ちをかける。マリアベル様の顔は完全に血の気を失っており、真っ白になっている。
「そんな、おかしいじゃない! どうしてわたしがこんな目に」
「どうして? 余の最愛の女性を侮辱して、挙句殺そうとした馬鹿をなぜ見逃さねばならぬのだ?」
「侮辱? 本当のことを言ったまでじゃない!」
髪を振り乱して叫ぶマリアベル様は、いつもの美しい令嬢姿とは別人のようだった。
「誰に何を吹き込まれたのかは知らないが、アイリスは間違いなく先帝陛下の末娘、正真正銘の皇女だ。皇族への殺害未遂と不敬罪、相応の処分を覚悟するんだな」
簡潔なフィンリーの言葉に、自分の運命を悟ったのだろう。マリアベル様は絶叫した。言葉になっていない甲高い声。身体をふるわせると、フィンリーが手を重ねてくれた。
「まぁどう甘く考えてもお前の処刑はまぬがれない。せめて楽に死ねると良いな?」
マリアベル様は、引きずるようにして衛兵に連れていかれる。彼女は半狂乱で何かを騒いでいたが、次第に声は遠ざかっていった。
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