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巻き起こる波乱
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「皇女殿下」
マリアベル様から耳打ちされて、顔を寄せる。
「グレース様はこれでも重要貴族のお一人。不仲との話が流れては、今後派閥争いにつながるかもしれませんわ」
「そんな……。どうしたら良いのでしょうか」
側室候補が帰されてしまえば、グレース様と関わることも減るだろうと思っていた。
でも、いくら直接顔を合わせることが減るからと言って、私の言動が争いの種になるのは避けたい。
「では、率先して焼き菓子を口になさるのはいかがでしょう? 殿下はグレース様を信頼している、と伝わると思いますわ」
私が用意したお菓子は全て毒味を済ませている。だからこそ安心して口にできるわけなのだけれども、グレース様の手土産はそうではない。
それに、私は今日全くお茶菓子を食べていない。フィンリーから、毒が混ぜられる危険があるから、と止められたのだ。
でも、気をつけなければならないマリアベル様は、グレース様の手土産には触れていない。触れたのはグレース様の侍女とポピーだけだ。
それならかえって安心できるのかもしれない。グレース様が危険なら、フィンリーが警告しないとも思えないし。
「そうですね、ではそうしましょう」
そう言うと、マリアベル様は嬉しそうに微笑んだ。笑顔が一瞬蛇のように見えて、ゾッとする。
しかし、助言に従うと言ってしまった手前、食べないわけにもいかないだろう。
私がその小さな焼き菓子を手に取ると、少し離れたところにいたグレース様がこちらに近づいてきた。
「あら、皇女殿下。やっぱりご自身で用意なさったお菓子よりも、わたくしのお菓子の方がよろしくって?」
「……せっかくいただいたものですから、お一ついただこうかと思ったのですが」
話しかけられたからには、食べ物を口に入れるわけにはいかない。手を止めて返事をする。
グレース様は、ふん、と鼻を鳴らすとお菓子を手に取る。もちろんご自慢の手土産の方だ。勝ち誇ったような笑みを浮かべると、彼女はお菓子を食べた。
次の瞬間、グレース様の身体がぐらりと傾く。バランスを崩し、そのまま地面に倒れ伏してしまった。
「グレース様!?」
思わず名前を呼ぶと、会場中の視線が集まる。誰かが絹のような悲鳴を上げた。助けを求めるようにマリアベル様を見上げたが、彼女は呆然としていた。
「まさか毒ですの?」
「ですが、あれはグレース様がお持ちになったお菓子でしょう?」
「一体なぜこんなことに」
会場は騒然とした。幸いパニックを起こしている令嬢はいないが、皆かなり動揺している。
頼れる人は誰もいない。この場は何とかして私が収めなければ。
「皆様、お静かに願います」
声を張り上げると、会場中の視線が私に集まった。目に止まった侍女に医官を呼びに行くよう指示する。
「恐ろしい気持ちはわかります。ですが、大丈夫です。念のため何も口になさらないでくださいませ」
グレース様付きの侍女が泣きそうな顔をしている。グレース様に近づこうとしたら、ポピーに引き止められた。
「近づけば、このタイミングで皇女殿下が毒を盛った可能性を疑われるかもしれません」
「……わかったわ」
どうしよう。私が開いたお茶会でまさかこんなことが起きてしまうなんて。それに、もし私があのお菓子を口にしていたら……。
震える足を叱咤し、堂々として見えるように気を張る。
医官が走り寄ってくる。私の方を見上げた彼らにうなずくと、医官が合図をした。侍女2人がかりでグレース様を抱き上げ、後宮へと運んでいった。
室内で処置をするのだろう。グレース様は助かるだろうか。あれほど即効性のある毒なら、きっと効き目も強い。
「アイリス、場を収めてくださってありがとうございます」
凛とした声が聞こえた。
「フィンリー?」
この声を聞き間違えるはずもない。愛しい婚約者だ。
一人で何とかしなくては、と張り詰めていた緊張の糸が切れる。余裕のある笑みさえ浮かべたフィンリーは、私に近づくと抱きしめた。
「よく頑張ってくれました、ありがとう」
「フィンリー、グレース様が」
「わかっています。もう大丈夫ですよ」
何がどう大丈夫なのかはわからない。でも、フィンリーに大丈夫だと言われるだけで、安心して泣きたくなった。
優しく背中を上下になでられる。フィンリーにしがみつくと、小さく笑った気配がした。
「ここにいる者は全員大広間に移動するように。皇帝としての命令だ」
彼の威厳あふれる声を聞くのは即位式以来だ。周りの人々がひざまずいたのがわかった。
よく考えると、こんなに人目がある場所で抱きついたのはまずかったのではないだろうか。それも、こんな緊急事態に。
今更気付いたものの、離れるのもかえって恥ずかしい。しばらくそのまま抱きついておくしかなかった。
マリアベル様から耳打ちされて、顔を寄せる。
「グレース様はこれでも重要貴族のお一人。不仲との話が流れては、今後派閥争いにつながるかもしれませんわ」
「そんな……。どうしたら良いのでしょうか」
側室候補が帰されてしまえば、グレース様と関わることも減るだろうと思っていた。
でも、いくら直接顔を合わせることが減るからと言って、私の言動が争いの種になるのは避けたい。
「では、率先して焼き菓子を口になさるのはいかがでしょう? 殿下はグレース様を信頼している、と伝わると思いますわ」
私が用意したお菓子は全て毒味を済ませている。だからこそ安心して口にできるわけなのだけれども、グレース様の手土産はそうではない。
それに、私は今日全くお茶菓子を食べていない。フィンリーから、毒が混ぜられる危険があるから、と止められたのだ。
でも、気をつけなければならないマリアベル様は、グレース様の手土産には触れていない。触れたのはグレース様の侍女とポピーだけだ。
それならかえって安心できるのかもしれない。グレース様が危険なら、フィンリーが警告しないとも思えないし。
「そうですね、ではそうしましょう」
そう言うと、マリアベル様は嬉しそうに微笑んだ。笑顔が一瞬蛇のように見えて、ゾッとする。
しかし、助言に従うと言ってしまった手前、食べないわけにもいかないだろう。
私がその小さな焼き菓子を手に取ると、少し離れたところにいたグレース様がこちらに近づいてきた。
「あら、皇女殿下。やっぱりご自身で用意なさったお菓子よりも、わたくしのお菓子の方がよろしくって?」
「……せっかくいただいたものですから、お一ついただこうかと思ったのですが」
話しかけられたからには、食べ物を口に入れるわけにはいかない。手を止めて返事をする。
グレース様は、ふん、と鼻を鳴らすとお菓子を手に取る。もちろんご自慢の手土産の方だ。勝ち誇ったような笑みを浮かべると、彼女はお菓子を食べた。
次の瞬間、グレース様の身体がぐらりと傾く。バランスを崩し、そのまま地面に倒れ伏してしまった。
「グレース様!?」
思わず名前を呼ぶと、会場中の視線が集まる。誰かが絹のような悲鳴を上げた。助けを求めるようにマリアベル様を見上げたが、彼女は呆然としていた。
「まさか毒ですの?」
「ですが、あれはグレース様がお持ちになったお菓子でしょう?」
「一体なぜこんなことに」
会場は騒然とした。幸いパニックを起こしている令嬢はいないが、皆かなり動揺している。
頼れる人は誰もいない。この場は何とかして私が収めなければ。
「皆様、お静かに願います」
声を張り上げると、会場中の視線が私に集まった。目に止まった侍女に医官を呼びに行くよう指示する。
「恐ろしい気持ちはわかります。ですが、大丈夫です。念のため何も口になさらないでくださいませ」
グレース様付きの侍女が泣きそうな顔をしている。グレース様に近づこうとしたら、ポピーに引き止められた。
「近づけば、このタイミングで皇女殿下が毒を盛った可能性を疑われるかもしれません」
「……わかったわ」
どうしよう。私が開いたお茶会でまさかこんなことが起きてしまうなんて。それに、もし私があのお菓子を口にしていたら……。
震える足を叱咤し、堂々として見えるように気を張る。
医官が走り寄ってくる。私の方を見上げた彼らにうなずくと、医官が合図をした。侍女2人がかりでグレース様を抱き上げ、後宮へと運んでいった。
室内で処置をするのだろう。グレース様は助かるだろうか。あれほど即効性のある毒なら、きっと効き目も強い。
「アイリス、場を収めてくださってありがとうございます」
凛とした声が聞こえた。
「フィンリー?」
この声を聞き間違えるはずもない。愛しい婚約者だ。
一人で何とかしなくては、と張り詰めていた緊張の糸が切れる。余裕のある笑みさえ浮かべたフィンリーは、私に近づくと抱きしめた。
「よく頑張ってくれました、ありがとう」
「フィンリー、グレース様が」
「わかっています。もう大丈夫ですよ」
何がどう大丈夫なのかはわからない。でも、フィンリーに大丈夫だと言われるだけで、安心して泣きたくなった。
優しく背中を上下になでられる。フィンリーにしがみつくと、小さく笑った気配がした。
「ここにいる者は全員大広間に移動するように。皇帝としての命令だ」
彼の威厳あふれる声を聞くのは即位式以来だ。周りの人々がひざまずいたのがわかった。
よく考えると、こんなに人目がある場所で抱きついたのはまずかったのではないだろうか。それも、こんな緊急事態に。
今更気付いたものの、離れるのもかえって恥ずかしい。しばらくそのまま抱きついておくしかなかった。
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