上 下
25 / 39

陰謀の足音

しおりを挟む
「実は、もう一つあなたに伝えなければならないことがあるんですが……」

 しばらく抱き合った後、フィンリーが気まずそうに言い出した。私はあわてて離れると、さっきまで座っていた椅子に座り直した。

 久しぶりにゆっくり過ごせて浮かれているのは私もらしい。

「どんなお話ですか?」
「少し物騒な話ですが、この国の貴族の中にアルバム王国との密通している者がいます」

 思った以上に深刻な話題に息をのむ。

 アルバム王国と言えば、フィンリーが取り戻すまで帝国を占領していた敵国だ。

「その人物は焦っていることでしょう。娘を側室として送り込んで、皇城への足がかりにするつもりだったはずですから」
「え……では、側室候補の中に」

 側室候補たちは後宮に滞在している。私の部屋からはそう遠い場所ではない。帝国の害意を持っている人が、そんなにすぐそばにいたなんて。

「令嬢がどこまで知っているかはわかりません。詳細は知らされずに、命令に従っているだけの可能性もあります」
「そう、ですか……」

 側室候補の中で私が知っているのは、グレース様とマリアベル様だけだ。その令嬢とは一度も会ったことのない可能性が高い。

 でも、知らないうちに危害を与えられたかもしれないと思うと、やっぱり怖い。

「焦った相手が何をするかはわかりません。あなたが何かを知っていると悟れば、とんでもない手段に出るかもしれない」

 教えてくれるのはフィンリーの優しさだ。私が危険な目にあわないように、一生懸命守ってくれている。

 フィンリーを支えると決意したばかりなのに、恐怖がおさえられない。

「もちろん、こちらの味方も送り込んでいます。名前は伏せますが」

 たしかに、知っていたら不自然に見てしまうかもしれない。私のせいで敵にバレてしまったら大変だから、大人しくうなずく。

「本当は敵も教えない方がいいのですが、それはそれで危険なので……。アイリス、聞きますか?」
「……聞きます」

 何もできないかもしれない。足手まといになるだけかもしれない。

 でも、一人で抱え込ませたくない。話すだけでも心を安らげることができるかもしれない。

「聞かせてください、フィンリー」
「わかりました。令嬢の名前は……マリアベル・オブ・アズライト」
「マリアベル様、ですか……?」

 グレース様だと言われたのなら、まだ信じられたかもしれない。彼女は最初から私に敵意を向けていたから。

 でも、マリアベル様は違った。最初こそ不自然に近づいてきたが、その後はずっと良くしてくれた。ときどき覚えた違和感も、きっと気のせいだと思っていた。

 ……私は、マリアベル様を友達だと思っていたのに。

「今後も、こうやって危険な目にあうことがあるかもしれません。悲しい思いをさせるかもしれません」

 沈んだ声に、驚いて顔を上げる。フィンリーは唇をかんで、額にシワを寄せていた。強く握り締められた彼の拳は、力が入りすぎて真っ白になっている。

「フィンリー」
「それでも」

 心配になって名前を呼ぶと、強い口調でさえぎられた。口をつぐむ。

「……それでも、そばにいてくれますか?」

 不安に揺れた紫の瞳は、私への愛情で満ちていた。

 教えられた話は確かにショックだったけれども、フィンリーが側にいてくれるなら大丈夫だ。それに、まだマリアベル様が私のことをお嫌いだと決まったわけじゃない。

「当たり前です」

 端的に答える。これ以上の言葉はいらないと思ったから。想像した通り、フィンリーは泣きそうな顔をして笑った。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

人を見る目がないのはお父様の方だったようですね?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:317

【本編完結】元皇女なのはヒミツです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:1,291

大好きな幼馴染は僕の親友が欲しい

BL / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:74

自分のせいで婚約破棄。あたしはそう思い込まされていました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:321pt お気に入り:955

妹と婚約者に嵌められ、虐めの加害者にされていました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:931

処理中です...