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皇女の決意
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「あのー、ちょっといいっすかー?」
突然、間の抜けた声が飛び込んできた。知らない男の人の声。安全だと思い込んでいた自分の領域に人が入り込んできたことで、反射的に身体に力が入る。
「何の用だ、エド」
「いやーお邪魔して申し訳ないっすー。いつまでもイチャついて話が進まないんでー」
「ちゃんと進んでるだろ」
失礼しまっす、と軽い調子でことわって部屋に入ってきた男を見て、力が抜けた。
男性は、どこからどう見ても、ポピーにそっくりだった。そういえば、兄がいるとポピーかジェシカが言っていた気がする。
「見ればわかるかもしれないんすけどー。自分、ポピーの兄で、エドって言います」
「エドさん、ですね。はじめまして」
「初めて、ではないんすけどね、まぁいいっす。で、ラブラブしてるとこ悪いんすけど」
ラブラブなんて、と言おうとして、私の手がフィンリーの服のすそをつかんでいたことに気がつく。あわてて手を離した。
フィンリーの方から小さく舌打ちが聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。根っからの王子様といった雰囲気の彼が、そんな粗野なことをするはずがない。
「エド」
隣から地をはうような低い声がする。やっぱり気のせいではなかったのかもしれない。さっき私が傷つけてしまったからなのかも。
「いやわかるっすけどー。ぼさっとしてるとパーティー始まるっすよ」
フィンリーは口を閉ざした。ものすごく不機嫌そうだけど。
「皇女サマ、今からする話は断ってくださっても構わないっす。一応伝えときたいだけなんで」
「エド、その話は」
「皇女様にも知る権利はあると思うんすけどねぇ」
何がなんだかわからない。でも、蚊帳の外にされるのは嫌だ。教えてほしい。フィンリーだけに背負わせるなんて。
「教えてくれませんか?……仲間外れは、嫌です」
フィンリーが、クソ、と毒づいた。さっきから見たことのない面ばかりが見れて、嬉しくなる。こんな一面があったなんて。
「愛しの姫君に頼まれちゃ、断れないっすよね?」
「必要のないことをグダグダと喋るな。あとお前は口出しするな」
「わかったっすよ、自分は静かにしときます」
本当に仲が良いのだな、と思うと、自然と笑みがこぼれた。改めてこちらを見たフィンリーが、ハッとする。
「フィンリー様ぁ、お・じ・か・ん」
「わかってるから黙っとけ……」
アイリス、とフィンリーが呼んだ。
「なんでしょう?」
「巫女姫、というものを知っていますか?」
この間勉強したばかりだ。
双子神から生まれたのは、実は初代皇帝だけではない。彼には双子の妹がいたのだ。
兄妹の仲は良好で、皇帝となった兄は太陽神の声を、巫女姫となった妹は月神の声を聞いて、国を導いたのだという。
伝承にしたがって、この国には皇族の女性から誰か一人、巫女姫を選ぶというならわしがある。そして現在、皇族の女性を名乗れるのは私一人だった。
「はい、存じております。……もしかして、私が巫女姫に?」
「ええ、あくまでそういう選択もある、という話ですが」
フィンリーは苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
「巫女姫は宗教的な象徴ですから、皇后と兼任されるとなるとかなりご多忙になります。それをフィンリー殿下……じゃない、陛下は心配なさっているのですよ」
ずっと沈黙を貫いていたポピーが言った。横目でフィンリーの顔をうかがうと、変わらず怒って……いや、拗ねている様子だ。
「……どうしてもあなたがならなければいけないわけでは」
「けど、巫女姫なしってのも困るっすよね。他に候補いないのにどうするんすか?」
「そ、それはそうだが、何とかできるだろう」
何となく話が読めた。つまりこういうことだ。
この国には巫女姫が必要で、その資格があるのは私だけ。でも、私を案じたフィンリーは、私を巫女姫にすることに反対している。
それなら私の答えは決まっている。
「私、やりたいです。巫女姫のお役目」
帝国のために必要ならば、喜んでこの身を捧げるのも皇族の務めだろう。
何より、少しでもフィンリーの役に立てるのなら、やりたいと思った。お役目を果たせば、彼にふさわしい女性に近づけるかもしれない。
本当は、身を引く方が良いのかもしれない。でも、それはしたくない。それなら覚悟を決めるしかない。
「アイリス、無理をしなくてもいいのですよ」
「無理はしていません。私にも果たすべき役割があるのでしょう?」
フィンリーは眉を寄せた。
ワガママを言ってごめんなさい。だけど、あなたの役に立ちたいの。
「……わかりました。正直なところ、そうしていただけると助かります」
「ここはもう、私の国でもあります。もう少し、頼ってくださると嬉しいです。……夫婦になるのですから」
そう口にしてから、血の気が引く。今私はとんでもなく図々しいことを言ったのではないだろうか。
「あ、あの、今のは忘れてください! 過ぎたことを」
「なぜですか? ……嬉しかったですよ、すごく。ありがとうございます」
フィンリーが照れるから、私にまで伝染する。何も言わずに二人して赤面する。
「あのー、マジで時間やばいんで。もう行った方がいいと思うっすよ」
エドさんの声に急かされて時間を確認した私たちは、あわてて最後の身支度を整えて、会場に向かった。
「これが終われば時間がとれますから。話の続きはまた夜に」
「楽しみにしています」
側室を迎えないというフィンリーの言葉と、私にもできることがあるという事実。胸のあたりがじんわりと温かくなっていた。
突然、間の抜けた声が飛び込んできた。知らない男の人の声。安全だと思い込んでいた自分の領域に人が入り込んできたことで、反射的に身体に力が入る。
「何の用だ、エド」
「いやーお邪魔して申し訳ないっすー。いつまでもイチャついて話が進まないんでー」
「ちゃんと進んでるだろ」
失礼しまっす、と軽い調子でことわって部屋に入ってきた男を見て、力が抜けた。
男性は、どこからどう見ても、ポピーにそっくりだった。そういえば、兄がいるとポピーかジェシカが言っていた気がする。
「見ればわかるかもしれないんすけどー。自分、ポピーの兄で、エドって言います」
「エドさん、ですね。はじめまして」
「初めて、ではないんすけどね、まぁいいっす。で、ラブラブしてるとこ悪いんすけど」
ラブラブなんて、と言おうとして、私の手がフィンリーの服のすそをつかんでいたことに気がつく。あわてて手を離した。
フィンリーの方から小さく舌打ちが聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。根っからの王子様といった雰囲気の彼が、そんな粗野なことをするはずがない。
「エド」
隣から地をはうような低い声がする。やっぱり気のせいではなかったのかもしれない。さっき私が傷つけてしまったからなのかも。
「いやわかるっすけどー。ぼさっとしてるとパーティー始まるっすよ」
フィンリーは口を閉ざした。ものすごく不機嫌そうだけど。
「皇女サマ、今からする話は断ってくださっても構わないっす。一応伝えときたいだけなんで」
「エド、その話は」
「皇女様にも知る権利はあると思うんすけどねぇ」
何がなんだかわからない。でも、蚊帳の外にされるのは嫌だ。教えてほしい。フィンリーだけに背負わせるなんて。
「教えてくれませんか?……仲間外れは、嫌です」
フィンリーが、クソ、と毒づいた。さっきから見たことのない面ばかりが見れて、嬉しくなる。こんな一面があったなんて。
「愛しの姫君に頼まれちゃ、断れないっすよね?」
「必要のないことをグダグダと喋るな。あとお前は口出しするな」
「わかったっすよ、自分は静かにしときます」
本当に仲が良いのだな、と思うと、自然と笑みがこぼれた。改めてこちらを見たフィンリーが、ハッとする。
「フィンリー様ぁ、お・じ・か・ん」
「わかってるから黙っとけ……」
アイリス、とフィンリーが呼んだ。
「なんでしょう?」
「巫女姫、というものを知っていますか?」
この間勉強したばかりだ。
双子神から生まれたのは、実は初代皇帝だけではない。彼には双子の妹がいたのだ。
兄妹の仲は良好で、皇帝となった兄は太陽神の声を、巫女姫となった妹は月神の声を聞いて、国を導いたのだという。
伝承にしたがって、この国には皇族の女性から誰か一人、巫女姫を選ぶというならわしがある。そして現在、皇族の女性を名乗れるのは私一人だった。
「はい、存じております。……もしかして、私が巫女姫に?」
「ええ、あくまでそういう選択もある、という話ですが」
フィンリーは苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
「巫女姫は宗教的な象徴ですから、皇后と兼任されるとなるとかなりご多忙になります。それをフィンリー殿下……じゃない、陛下は心配なさっているのですよ」
ずっと沈黙を貫いていたポピーが言った。横目でフィンリーの顔をうかがうと、変わらず怒って……いや、拗ねている様子だ。
「……どうしてもあなたがならなければいけないわけでは」
「けど、巫女姫なしってのも困るっすよね。他に候補いないのにどうするんすか?」
「そ、それはそうだが、何とかできるだろう」
何となく話が読めた。つまりこういうことだ。
この国には巫女姫が必要で、その資格があるのは私だけ。でも、私を案じたフィンリーは、私を巫女姫にすることに反対している。
それなら私の答えは決まっている。
「私、やりたいです。巫女姫のお役目」
帝国のために必要ならば、喜んでこの身を捧げるのも皇族の務めだろう。
何より、少しでもフィンリーの役に立てるのなら、やりたいと思った。お役目を果たせば、彼にふさわしい女性に近づけるかもしれない。
本当は、身を引く方が良いのかもしれない。でも、それはしたくない。それなら覚悟を決めるしかない。
「アイリス、無理をしなくてもいいのですよ」
「無理はしていません。私にも果たすべき役割があるのでしょう?」
フィンリーは眉を寄せた。
ワガママを言ってごめんなさい。だけど、あなたの役に立ちたいの。
「……わかりました。正直なところ、そうしていただけると助かります」
「ここはもう、私の国でもあります。もう少し、頼ってくださると嬉しいです。……夫婦になるのですから」
そう口にしてから、血の気が引く。今私はとんでもなく図々しいことを言ったのではないだろうか。
「あ、あの、今のは忘れてください! 過ぎたことを」
「なぜですか? ……嬉しかったですよ、すごく。ありがとうございます」
フィンリーが照れるから、私にまで伝染する。何も言わずに二人して赤面する。
「あのー、マジで時間やばいんで。もう行った方がいいと思うっすよ」
エドさんの声に急かされて時間を確認した私たちは、あわてて最後の身支度を整えて、会場に向かった。
「これが終われば時間がとれますから。話の続きはまた夜に」
「楽しみにしています」
側室を迎えないというフィンリーの言葉と、私にもできることがあるという事実。胸のあたりがじんわりと温かくなっていた。
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