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【幕間話】次期皇帝の執務室にて(後編)

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 部屋の扉が几帳面に3回ノックされた。

 反射的に身構える。誰だ? エドではない。エドならこんな丁寧なノックはしない。それなら誰か別の使用人か?

 追われる暮らしが長かったのと、それなりに恨みを買っている自覚はあるから、警戒心は高い方だろう。

「どうぞ」

 返事をしつつ、手は懐の隠しナイフに当てていた。いつでも抜ける、大丈夫だ。

「し、失礼致します」

 震えながら入ってきた女性を見て、拍子抜けする。彼女はアイリス付きの侍女の一人だった。何度かアイリスからの手紙を届けに来たこともある。

 アイリスには、最も信頼できる女性としてエドの妹のポピーを付けたが、他の侍女も名前と顔くらいは把握している。

 大切な婚約者につける使用人だ。それくらいの手間を惜しんではいられない。エドには呆れ顔をされたが。

「どうした? 手紙か?」
「は、はい……。ですが、皇女殿下からではなくて、その」

 予想外の答えに目を見開く。アイリスからではない?

 というと、手紙をよこしそうな人物はあと一人しか心当たりがない。

「ポピーからか?」
「はい……。あの、もしご不快でしたなら、持ち帰りますが……」

 どうやら彼女は、ポピーとの関係を知らないらしい。道理でいつになく怯えているわけだ。恋文か何かと疑っているのかもしれない。

「いや、大丈夫だ。今読むから、少し待ってくれ」

 手紙を開く。見慣れた文字で美しく綴られているが、少し走り書きしたらしく字が一部乱れている。

 書かれていたのは、当然色気も何もない報告だ。

 ええと……? 庭園で散歩をしている時に?

 その一文を読んだ瞬間、目の前が赤く染まった。机に拳を叩きつける。鈍い音がした。

 怯えたように身を小さくした侍女が目に入ってあわてて詫びる。彼女の存在をすっかり忘れてしまっていた。

 そこへ、エドが帰ってきた。ただならぬ雰囲気に、何かを察したらしい。

「どうしたんすか」
「あの狸爺の孫娘がアイリスと会ったらしい。それも、挑発的な態度をとってアイリスを威圧した、と」

 まぶたを数回瞬かせたエドは、手に持っている手紙を見て、得心のいったような顔をした。

「ポピーっすね。で、その宰相閣下との約束、10分後に取り付けたんすけど」
「行く」
「わかったっす。あー、お嬢さんはもう帰っていいっすよ」

 エドが声をかけると、侍女は逃げるように部屋を後にした。どうやらかなり怖がらせてしまったらしい。

 訳知り顔で、エドはからかいまじりに言った。

「フィンリー殿下ぁ、レディを怖がらせちゃだめっすよ」
「……わかっている」

 何も言い返せなかった。



(次は場所を移るので、話のタイトルが変わりますが、幕間話が続きます。)
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