上 下
5 / 8

4

しおりを挟む
「フェリシアお嬢様は、王子殿下との婚約破棄と、公爵家からの勘当を申し渡されたのではないのですか?」

 この際お嬢様を除外するとしても、この部屋にいるのは高位貴族に王太子殿下。僕から話しかけるのは不敬にあたる。まぁ、公爵夫妻には普段からやっていることではあるのだが。

 一応、何を当たり前のことを言っているんだ、と怒鳴られることは覚悟していた。だが、実際に返って来たのは重苦しいほどの沈黙だった。

 重い空気に耐えきれず、少し顔を上げてみた。幸い、誰も怒っている様子はない。どちらかというと驚いているような、そんな顔をしている。

 そんな中、フェリシアお嬢様だけは違った。振り向いた彼女の、この表情を僕は知っている。これはあれだ。悪戯いたずらがバレたときの顔。

「フェリシア、まだ言っていなかったのか」
「まさか当事者を無視しているとは思わなかったですわね」
「言い出しにくい話ではあるのでしょうが……」

 いや。確かに四人とも驚いているが、それ以上になぜか呆れられている。

「え、あの……。何の、お話でしょうか」

 僕が勇気を出して尋ねたというのに、誰も答えてはくれない。意味ありげに視線を交わし合うばかりだ。

「お嬢様、ご説明を」

 目を合わせようとしても微妙にそらされる中、フェリシアお嬢様と一瞬だけ目が合った。このチャンスを逃すわけにはいかない、と勇んで問いかける。

 お嬢様は、バツの悪そうな顔をしてうつむいた。

「だって前もって言ったら、デイヴィは反対するもの」

 は? と口にしなかった僕を、誰か褒めてほしい。反対する、って何が?

「婚約破棄も勘当も本当よ。でも、全てお芝居しばいなの」

 あまりにお嬢様の説明が進まないのを見た公爵閣下は、合図をして侍女を下がらせた。そのまま説明を聞いた僕がジト目になったのも、どうか許してほしい。

 その説明というのがこうだ。

 二年前、隣国ベリル王国の王から、我が国の王家につらなる姫を第二王子の妃にしたいと打診があった。

 我が国には王女がいない。そうなると、王家に近い年頃の令嬢が輿入こしいれすることになるのだが、その候補がフェリシアとリリスの二人だった。

 ベリル王国とは五代前の国王の時代から友好関係にある。娘の嫁ぎ先としては歓迎される、はずだった。

 問題は、そのベリル王国の国王だ。彼は好色で知られている人物で、噂によると長男の妃にも手を出しているとか。

 そんな相手の毒牙にかかる可能性を知った上で、愛娘を隣国に嫁がせたいわけがない。ボールドウィン公爵家も、ローランド侯爵家も、王家からの要請を拒絶した。

 候補の両方に断られてしまえば、婚姻は不可能。だが、隣国の王族との求婚を断るには、相応の理由が必要になる。

 王太子妃になることが内定しているから、とでも言って婚約すれば、一人は事を荒立てずに断ることができる。

 問題はもう一人の方で、隣国の王子との婚姻よりも優先することが許される、適当な相手がいなかったのだ。

 困った国王夫妻は、当のフェリシアお嬢様とリリス様にも意見をお尋ねになった。

 ここで話が変わるが、リリス様と王太子殿下は昔から相思相愛だった。ある程度以上の地位を持つ貴族の間では、常識と言われるほど有名な話だ。

 当然、リリス様の親友であるフェリシアお嬢様が、それを知らないはずもなかった。

「ではお嬢様は、お二人の恋を成就じょうじゅさせるために身を引いたのですか? 婚約破棄に勘当というはずかしめを受けてまで」
「リリス様と殿下のことも、確かに理由の一つではあるわ。でも、二人が結ばれるためだけなら、わたくしが隣国に嫁げば済んだ話でしょう?」

 好色爺が手ぐすねを引いて待つような国に、お嬢様が嫁ぐのは断固として反対だ。

 だが、こんな騒動を起こして、貴族籍を剥奪されるよりははるかにマシな選択肢ではあるのも事実。

「それなら、一体なぜ」
「貴方のことが好きだからよ!」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

それは私の仕事ではありません

mios
恋愛
手伝ってほしい?嫌ですけど。自分の仕事ぐらい自分でしてください。

不貞の濡れ衣を着せられて婚約破棄されましたがお陰で素敵な恋人ができました

ゆうゆう
恋愛
「お前みたいなふしだらな女とは婚約破棄だ」と婚約者に言われて一方的に婚約破棄をされて全てを奪われ追い出されました。 でもそのお陰でとても素敵な人に出会う事ができました。

婚約者を奪われた私は、他国で新しい生活を送ります

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルクルは、エドガー王子から婚約破棄を言い渡されてしまう。 聖女を好きにったようで、婚約破棄の理由を全て私のせいにしてきた。 聖女と王子が考えた嘘の言い分を家族は信じ、私に勘当を言い渡す。 平民になった私だけど、問題なく他国で新しい生活を送ることができていた。

殿下をくださいな、お姉さま~欲しがり過ぎた妹に、姉が最後に贈ったのは死の呪いだった~

和泉鷹央
恋愛
 忌み子と呼ばれ、幼い頃から実家のなかに閉じ込められたいた少女――コンラッド伯爵の長女オリビア。  彼女は生まれながらにして、ある呪いを受け継いだ魔女だった。  本当ならば死ぬまで屋敷から出ることを許されないオリビアだったが、欲深い国王はその呪いを利用して更に国を豊かにしようと考え、第四王子との婚約を命じる。    この頃からだ。  姉のオリビアに婚約者が出来た頃から、妹のサンドラの様子がおかしくなった。  あれが欲しい、これが欲しいとわがままを言い出したのだ。  それまではとても物わかりのよい子だったのに。  半年後――。  オリビアと婚約者、王太子ジョシュアの結婚式が間近に迫ったある日。  サンドラは呆れたことに、王太子が欲しいと言い出した。  オリビアの我慢はとうとう限界に達してしまい……  最後はハッピーエンドです。  別の投稿サイトでも掲載しています。

喋ることができなくなった行き遅れ令嬢ですが、幸せです。

加藤ラスク
恋愛
セシル = マクラグレンは昔とある事件のせいで喋ることができなくなっていた。今は王室内事務局で働いており、真面目で誠実だと評判だ。しかし後輩のラーラからは、行き遅れ令嬢などと嫌味を言われる日々。 そんなセシルの密かな喜びは、今大人気のイケメン騎士団長クレイグ = エヴェレストに会えること。クレイグはなぜか毎日事務局に顔を出し、要件がある時は必ずセシルを指名していた。そんなある日、重要な書類が紛失する事件が起きて……

始まりはよくある婚約破棄のように

メカ喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」 学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。 ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。 第一章「婚約者編」 第二章「お見合い編(過去)」 第三章「結婚編」 第四章「出産・育児編」 第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始

妹よりも劣っていると指摘され、ついでに婚約破棄までされた私は修行の旅に出ます

キョウキョウ
恋愛
 回復魔法を得意としている、姉妹の貴族令嬢が居た。  姉のマリアンヌと、妹のルイーゼ。  マクシミリアン王子は、姉のマリアンヌと婚約関係を結んでおり、妹のルイーゼとも面識があった。  ある日、妹のルイーゼが回復魔法で怪我人を治療している場面に遭遇したマクシミリアン王子。それを見て、姉のマリアンヌよりも能力が高いと思った彼は、今の婚約関係を破棄しようと思い立った。  優秀な妹の方が、婚約者に相応しいと考えたから。自分のパートナーは優秀な人物であるべきだと、そう思っていた。  マクシミリアン王子は、大きな勘違いをしていた。見た目が派手な魔法を扱っていたから、ルイーゼの事を優秀な魔法使いだと思い込んでいたのだ。それに比べて、マリアンヌの魔法は地味だった。  しかし実際は、マリアンヌの回復魔法のほうが効果が高い。それは、見た目では分からない実力。回復魔法についての知識がなければ、分からないこと。ルイーゼよりもマリアンヌに任せたほうが確実で、完璧に治る。  だが、それを知らないマクシミリアン王子は、マリアンヌではなくルイーゼを選んだ。  婚約を破棄されたマリアンヌは、もっと魔法の腕を磨くため修行の旅に出ることにした。国を離れて、まだ見ぬ世界へ飛び込んでいく。  マリアンヌが居なくなってから、マクシミリアン王子は後悔することになる。その事実に気付くのは、マリアンヌが居なくなってしばらく経ってから。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

愚者(バカ)は不要ですから、お好きになさって?

海野真珠
恋愛
「ついにアレは捨てられたか」嘲笑を隠さない言葉は、一体誰が発したのか。 「救いようがないな」救う気もないが、と漏れた本音。 「早く消えればよろしいのですわ」コレでやっと解放されるのですもの。 「女神の承認が下りたか」白銀に輝く光が降り注ぐ。

処理中です...