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「フェリシアお嬢様は、王子殿下との婚約破棄と、公爵家からの勘当を申し渡されたのではないのですか?」
この際お嬢様を除外するとしても、この部屋にいるのは高位貴族に王太子殿下。僕から話しかけるのは不敬にあたる。まぁ、公爵夫妻には普段からやっていることではあるのだが。
一応、何を当たり前のことを言っているんだ、と怒鳴られることは覚悟していた。だが、実際に返って来たのは重苦しいほどの沈黙だった。
重い空気に耐えきれず、少し顔を上げてみた。幸い、誰も怒っている様子はない。どちらかというと驚いているような、そんな顔をしている。
そんな中、フェリシアお嬢様だけは違った。振り向いた彼女の、この表情を僕は知っている。これはあれだ。悪戯がバレたときの顔。
「フェリシア、まだ言っていなかったのか」
「まさか当事者を無視しているとは思わなかったですわね」
「言い出しにくい話ではあるのでしょうが……」
いや。確かに四人とも驚いているが、それ以上になぜか呆れられている。
「え、あの……。何の、お話でしょうか」
僕が勇気を出して尋ねたというのに、誰も答えてはくれない。意味ありげに視線を交わし合うばかりだ。
「お嬢様、ご説明を」
目を合わせようとしても微妙にそらされる中、フェリシアお嬢様と一瞬だけ目が合った。このチャンスを逃すわけにはいかない、と勇んで問いかける。
お嬢様は、バツの悪そうな顔をしてうつむいた。
「だって前もって言ったら、デイヴィは反対するもの」
は? と口にしなかった僕を、誰か褒めてほしい。反対する、って何が?
「婚約破棄も勘当も本当よ。でも、全てお芝居なの」
あまりにお嬢様の説明が進まないのを見た公爵閣下は、合図をして侍女を下がらせた。そのまま説明を聞いた僕がジト目になったのも、どうか許してほしい。
その説明というのがこうだ。
二年前、隣国ベリル王国の王から、我が国の王家に連なる姫を第二王子の妃にしたいと打診があった。
我が国には王女がいない。そうなると、王家に近い年頃の令嬢が輿入れすることになるのだが、その候補がフェリシアとリリスの二人だった。
ベリル王国とは五代前の国王の時代から友好関係にある。娘の嫁ぎ先としては歓迎される、はずだった。
問題は、そのベリル王国の国王だ。彼は好色で知られている人物で、噂によると長男の妃にも手を出しているとか。
そんな相手の毒牙にかかる可能性を知った上で、愛娘を隣国に嫁がせたいわけがない。ボールドウィン公爵家も、ローランド侯爵家も、王家からの要請を拒絶した。
候補の両方に断られてしまえば、婚姻は不可能。だが、隣国の王族との求婚を断るには、相応の理由が必要になる。
王太子妃になることが内定しているから、とでも言って婚約すれば、一人は事を荒立てずに断ることができる。
問題はもう一人の方で、隣国の王子との婚姻よりも優先することが許される、適当な相手がいなかったのだ。
困った国王夫妻は、当のフェリシアお嬢様とリリス様にも意見をお尋ねになった。
ここで話が変わるが、リリス様と王太子殿下は昔から相思相愛だった。ある程度以上の地位を持つ貴族の間では、常識と言われるほど有名な話だ。
当然、リリス様の親友であるフェリシアお嬢様が、それを知らないはずもなかった。
「ではお嬢様は、お二人の恋を成就させるために身を引いたのですか? 婚約破棄に勘当という辱めを受けてまで」
「リリス様と殿下のことも、確かに理由の一つではあるわ。でも、二人が結ばれるためだけなら、わたくしが隣国に嫁げば済んだ話でしょう?」
好色爺が手ぐすねを引いて待つような国に、お嬢様が嫁ぐのは断固として反対だ。
だが、こんな騒動を起こして、貴族籍を剥奪されるよりは遥かにマシな選択肢ではあるのも事実。
「それなら、一体なぜ」
「貴方のことが好きだからよ!」
この際お嬢様を除外するとしても、この部屋にいるのは高位貴族に王太子殿下。僕から話しかけるのは不敬にあたる。まぁ、公爵夫妻には普段からやっていることではあるのだが。
一応、何を当たり前のことを言っているんだ、と怒鳴られることは覚悟していた。だが、実際に返って来たのは重苦しいほどの沈黙だった。
重い空気に耐えきれず、少し顔を上げてみた。幸い、誰も怒っている様子はない。どちらかというと驚いているような、そんな顔をしている。
そんな中、フェリシアお嬢様だけは違った。振り向いた彼女の、この表情を僕は知っている。これはあれだ。悪戯がバレたときの顔。
「フェリシア、まだ言っていなかったのか」
「まさか当事者を無視しているとは思わなかったですわね」
「言い出しにくい話ではあるのでしょうが……」
いや。確かに四人とも驚いているが、それ以上になぜか呆れられている。
「え、あの……。何の、お話でしょうか」
僕が勇気を出して尋ねたというのに、誰も答えてはくれない。意味ありげに視線を交わし合うばかりだ。
「お嬢様、ご説明を」
目を合わせようとしても微妙にそらされる中、フェリシアお嬢様と一瞬だけ目が合った。このチャンスを逃すわけにはいかない、と勇んで問いかける。
お嬢様は、バツの悪そうな顔をしてうつむいた。
「だって前もって言ったら、デイヴィは反対するもの」
は? と口にしなかった僕を、誰か褒めてほしい。反対する、って何が?
「婚約破棄も勘当も本当よ。でも、全てお芝居なの」
あまりにお嬢様の説明が進まないのを見た公爵閣下は、合図をして侍女を下がらせた。そのまま説明を聞いた僕がジト目になったのも、どうか許してほしい。
その説明というのがこうだ。
二年前、隣国ベリル王国の王から、我が国の王家に連なる姫を第二王子の妃にしたいと打診があった。
我が国には王女がいない。そうなると、王家に近い年頃の令嬢が輿入れすることになるのだが、その候補がフェリシアとリリスの二人だった。
ベリル王国とは五代前の国王の時代から友好関係にある。娘の嫁ぎ先としては歓迎される、はずだった。
問題は、そのベリル王国の国王だ。彼は好色で知られている人物で、噂によると長男の妃にも手を出しているとか。
そんな相手の毒牙にかかる可能性を知った上で、愛娘を隣国に嫁がせたいわけがない。ボールドウィン公爵家も、ローランド侯爵家も、王家からの要請を拒絶した。
候補の両方に断られてしまえば、婚姻は不可能。だが、隣国の王族との求婚を断るには、相応の理由が必要になる。
王太子妃になることが内定しているから、とでも言って婚約すれば、一人は事を荒立てずに断ることができる。
問題はもう一人の方で、隣国の王子との婚姻よりも優先することが許される、適当な相手がいなかったのだ。
困った国王夫妻は、当のフェリシアお嬢様とリリス様にも意見をお尋ねになった。
ここで話が変わるが、リリス様と王太子殿下は昔から相思相愛だった。ある程度以上の地位を持つ貴族の間では、常識と言われるほど有名な話だ。
当然、リリス様の親友であるフェリシアお嬢様が、それを知らないはずもなかった。
「ではお嬢様は、お二人の恋を成就させるために身を引いたのですか? 婚約破棄に勘当という辱めを受けてまで」
「リリス様と殿下のことも、確かに理由の一つではあるわ。でも、二人が結ばれるためだけなら、わたくしが隣国に嫁げば済んだ話でしょう?」
好色爺が手ぐすねを引いて待つような国に、お嬢様が嫁ぐのは断固として反対だ。
だが、こんな騒動を起こして、貴族籍を剥奪されるよりは遥かにマシな選択肢ではあるのも事実。
「それなら、一体なぜ」
「貴方のことが好きだからよ!」
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