MARVELOUS ACCIDENT

荻野亜莉紗

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第三章 イナズマ組

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「あっ……もしかして、さっき記憶ゼロって言いたかったのかも……この子」
 
 やっと、少女の発言の意味を理解し、守莉は彼女に優しく話しかける。

「……それなら、自分が誰なのかも分からないの?」

「どうして、俺……ここに? はてな」
 
 少女は、拙い日本語で精一杯に説明した。

「えっと……自分がこの家に居る理由が分からないんだよね? 可哀想に……心細かったでしょ?」

「俺、心……伝えたい、思った。言葉、早く覚えた」
 
 守莉は席を立つと、少女を優しく抱き寄せる。

「そっか……そうだったんだね。今まで気持ちを理解してあげられず、辛い思いをさせちゃって本当にごめんね」
 
 甘える様に守莉に抱きつき、少女は目からキラキラとした雫を零した。

「ねえ、パパ……これから、この子を私達の子供として、一生育てていこうよ」

「俺は……構わないよ。でも、どうしたいかはこの子に判断してもらおうか」
 
 直志はすんなりと守莉に賛成し、少女の答えを待った。

「俺、そうする。でも、記憶モドタラ……帰る」

「分かったよ。寂しいけど、いつか変えるべき場所が分かれば、お別れしようね。きっと、貴方の帰りを待っている人がいるから」
 
 少女の頭を撫で、守莉はそう決めた。

 これから、この少女と家族として暮らしていくのなら、彼女の呼び名を決めようという話になり、皆でそれを考えていた――

「ママはね、愛って名前をつけたいの。誰からも愛される、愛の女神の様に美しく育ってほしい……そんな思いを込めて。女の子が生まれたら、この名前にするって決めてたんだよ」
 
 どこか懐かしげにそう言う守莉を見て、飛華流は思う。なるほどな。僕が女だったら、ママにそんな名前をつけられていたのか。

 上野愛――女の子らしくて可愛い名前だ。でも、この子にはそれよりもっとぴったりな名前があるぞ。

 飛華流は気づけば、積極的に少女の名前を提案していた。

「ワンダ……この子の名前、ワンダにしない?」

「おい、アニメのキャラクターじゃないんだから、そんなおかしな名前はあり得ねーだろ」

「プッ……上野ワンダって、バランス悪すぎるよ。もっと、自然で素敵な名前をつけてあげようよ」
 
 真誠の後に、飛華流は守莉にもそう笑われた。それに、直志の反応もいまいちだ。皆、飛華流の考えた名前を採用する気は無さそうだ。そんな家族を、飛華流は懸命に説得する。

「不思議を英語にすると、ワンダー。それを名前らしくして、ワンダ。この子って、どこか不思議なオーラがあるからさ。……だから、僕はこの子にはワンダって名前が一番似合ってると思うよ」

「俺、ワンダ……ワンダする」
 
 少女は、飛華流の瞳の奥を見つめた。そして、飛華流が考えた名前を希望する。なんだか恥ずかしくなった飛華流は、少女から目を逸らす。

「本当にその名前で良いの? 焦らず、もっとゆっくり考えたら……」

「他、嫌。俺、ワンダッ!」
 
 少女は守莉の話を遮ると、力強くそう発した。

「それじゃあ……今日から、貴方はワンダちゃんね」
 
 ワンダは、純に満ちた素敵な笑顔を彼らに見せた。そんな彼女に、飛華流はぎこちなく笑い返すだけだ。

 だが、飛華流は内心とても喜んでいた。それは、自分の描いている漫画のキャラクターに近い名前を、彼女に与える事が出来たからだった。
 
 何故、飛華流が少女にワンダと名付けたのか――ただの直感だった。彼の心が、「これだっ!」と、自分に伝えてきたのだ。なんだか、不思議な感覚になる飛華流だった。




 深々と雪の降る、十二月中旬頃――
 
 一宝中学校の校門付近で、小柄な一人の少年が柄の悪い男子生徒から暴力を受けていた。

「ほらほらー、死んじゃえよ飛華流君……皆の為にさー」
 
 偉そうに腕組みをし、それを眺めて楽しんでいた坪砂は勢安に言う。

「思いっきり痛めつけとけよ勢安……なんせ、しばらくはこいつで遊べなくなるからな」

「アッハハ……それは、名案だな。飛華流君―、もっと僕と遊ぼー」
 
 悪魔の様に邪悪な笑みを浮かべ、勢安は飛華流の体を何発も殴る。

 あのチビ……またあいつらにやられてるのか。いじめられている飛華流を、髪に隠されていない片方の瞳で少年が見つめていた。

 そうやって少し離れた所から彼らを眺め、永戸は数日前の事を思い出す。

 
 死んだ森の奥深く――

「俺は……あいつを助けたい」
 
 目の前にある洞窟へ向かって、永戸は素直な思いを口にした。すると、薄暗い穴の中から爽やかな声で男性は永戸に問う。

「……何故だ? 哀れみか? 情けか? その坊やに同情でもしたか?」

「何も間違ってない奴が、そうじゃねー野郎に攻撃されるのはおかしい……そういうのが一番、俺は気に入らねー」
 
 永戸は、男性にはっきりと答えた。

「哀れみや情け、その全てという訳か……なるほど」
 
 納得した様にそう言って、男性は言葉を続ける。

「よし、分かった……永戸、その坊やを救おうか……ただし、お前がやるんだっ!」

「……俺が?」

「そうだお前だ。お前は心優しいが、不器用だ……それでは、誤解されてしまう。だから、今回はお前自ら動き、人間慣れしろ」
 
 永戸にそんな指示を出し、男は再び声を出す。

「……この地球で共に生きる仲間が苦しんでいたら、迷わず助けるべきだ。だから、お前は正しい」

 菊谷さん……あんたの言う通りかもしれねーよ。男の言葉に、永戸は深く頷いた。
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