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一巻 未知の始まり 第一章 始まりの時
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しおりを挟む生徒達が、ざわざわと騒ぎ出す。そんな中、透き通ったブラウンの瞳を持つ、華やかな顔立ちの美少女が口を開いた。彼女は、花崎凛クラスのマドンナだ。
「神隠しなんじゃないかな……」
凛が声を上げると、しばらく教室は静まった。
一宝町の住人が、次々と姿を消すこの怪事件。行方不明になり、発見された者はいない。
それに、死体も何も見つからない。全て、あっさりと消えてしまうのだ。だから、神隠しと信じる人もいるらしい。
閉じている様な細い目で、飛華流を睨みつけている男子生徒が居た。
「あーあ、飛華流が消えれば良いのになー」
口に食べカスの様なほくろの付いた、この小柄な少年は田藤坪砂学級委員でありながら、飛華流をいじめている根性が悪い男だ。
不運な事に、飛華流はそんないじめっ子と隣の席にされてしまっていた。
「アッハハハハハ……こらこら、笑うなよかまいたちー」
坪砂が、消えちゃえばいいのに――心の中で飛華流がそう呟いた直後、葉がいきなり笑い声を上げた。
すると、それにつられてクラス中が笑い出す。心無い坪砂の発言を注意するフリをし、葉は生徒達と共に飛華流の事を馬鹿にしたのだ。
彼は教師でありながら、か弱い生徒をターゲットにして楽しむ様な腐った人間である。
くっそ……今日もこれかよ。面白いと思って、お前達をかまいたちだなんて言ってるんだろうけど、何回聞いてもそのギャグつまらないんだよ。瞳を潤ませながら、飛華流は葉の取った行動に怒りを感じていた。
そうだ皆、僕が存在する事を許さない。確かに、生きていても何の役にも立たない僕は、消えるべきなんだよな。僕も、神隠しか何か事件に巻き込まれて消えてしまえばいいのに。
悲しくて苦しくて、飛華流は今にも泣いてしまいそうだった。けれど、こんな所で負けてたまるかと、彼は必死に涙を堪え、じっと耐えた。
地に落ちた枯葉を踏みつけ、飛華流は足早に校門を抜けた。悲しみを吐き出すかの様に、ぽつりぽつりと雨が降ってくる。
泣き出してしまいそうな空を見上げていた飛華流は、ポロリと瞳から小さな雫をこぼした。そんな彼の横を、車の列が次々と走り去っていく。
この列へ飛び込めば、僕は車に轢かれて死ぬ事が出来る。楽に、自由になれるんだ。ネガティブな事を考える飛華流だったが、自分にはその勇気が無いのだと自覚していた。
僕は、中途半端に生きる事しか出来ないんだ――それだから、飛華流はそう嘆き苦しんでいた。
激しい雨に打たれ、傘もささず、ずぶ濡れになりながらトボトボと、飛華流は家を目指す。
水たまりに移る、弱々しく情けの無い自分の姿を踏み消し、俯きながら歩いていき――飛華流は、ある事に疑問を感じていた。
どうして、坪砂は僕をいじめるのだろう。僕は、彼に何も悪い事をしていないのに。
小学生の頃から、飛華流と坪砂は関りがあった。しかし、昔は坪砂はこんな人間ではなかったのだ。
体育の授業で転んでしまった時、優しく手を差し伸べてくれた坪砂――笑顔で挨拶してくれた坪砂。
そんな、幼かった頃の彼を、飛華流は思い出していた。僕が困っていたら助けてくれたりする、良い奴だったのに――それなのに何故、坪砂は変わってしまったのだろう。
気になる事が、飛華流にはもう一つあった。それは、昨日の夜に自分のクローゼットから現れた、あの謎の少女の事だ。そう言えば――あの子って結局、どうなったんだろう。
今朝、飛華流が起きてきた時には、彼女は空き部屋で寝ていると親から聞かされていた。あれからかなりの時間が経過しているから、彼女をどうするかは決まっていてもいい頃だ。
――ドスッ!
前を見て歩いていなかったせいで、飛華流は何かとぶつかってしまった。その衝撃でよろめき、飛華流は転びそうになる。
「おいおい、兄ちゃんよー。どこ見て歩いてんの?」
誰かに声をかけられ、飛華流は濡れた顔を上げる。
すると、そこには、赤金髪の奇抜なヘアーをした、柄の悪い少年が立っていた。ヤンキーと出会って、怒らせてしまった……ど、どうしよう。直ぐに謝ろうとする飛華流だったが、恐怖からか声が上手く出せない
「あ、あっ…………」
「あーん? お前……俺様の事、誰だか分かってんのかー?」
全身ずぶ濡れの少年は、堂々とした足取りで飛華流へ接近する。そして、逃げようとする飛華流の胸ぐらを掴んだ。お、おしっこちびりそう。――この人って、もしかしてっ!
「この、イナズマ組の武寧陽翔様を、知らねーとは言わせねーぞ」
少年の言葉を聞き、飛華流は無事では帰れないと悟った。
イナズマ組とは、地元で恐れられているヤンキーグループの事。適当につけられた様なふざけたグループ名だが、かなり危ない連中だ。頻繁に暴力事件を起こし、警察沙汰となっている。一番、関わってはいけない人間の集まりだ。
消え入りそうな声で、飛華流は心から謝罪をする。
「ごっ……め、んなさい」
「あー? 謝って許される事じゃーねーぞ。なんたって、俺様に体当たりしてきたんだからよー。土下座しろや!」
意地の悪い笑みを浮かべ、陽翔は飛華流の腹部に拳を入れた。胃が潰れてしまいそうな痛みを感じ、飛華流は硬いアスファルトへ転がった。
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