十の結晶が光るとき

濃霧

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第一章 始動

取材協力

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 翌朝、いつも通り皆が起きると監督入りのLINEグループのほうに驚きのメッセージが表示されていた。監督からのメッセージだ。
 「みんなおはよう!昨日はぐっすり眠れたかな?
実はなんと、新設女子野球部を密着取材したいということで取材の依頼が来ました!
地元の公式メディアなんだけど、動画投稿サイトで随時更新していくとのことです!
部費もあまり工面できないという中で、こうした協力が貰えるのはありがたいことなので依頼を引き受けることにしました。皆に言わず急遽決めてしまってごめん!
それで、今日その取材がさっそく来るので準備だけお願いします!」

 急なメッセージに一同は二度見した。「え、取材来るって」「どうしよう、私髪型変かな?」と皆の心に急に焦りが生じ始めた。たしかに、このタイミングで県で唯一の新設女子野球部となればメディアの注目が集まるのもわかる。だが、本当にこうした取材が来るとは思っていなかった。
 しかも、その取材もせいぜい二週間ほどの密着かと思いきや、一年間の密着であることが判明した。それも一同を悩ませる材料となった。たしかに一年間の密着によってアピールできるものは多いが、それは他のチームに情報を与えることにもつながるし、何よりメディアの取材の目がある中での練習というのは緊張するものである。
 何より昨日のことがあり、承諾するまえに相談してほしいという気持ちが沸き上がったのもまた事実である。結局、当事者である私たちの許可を取らずに取材を許諾するのはいかがなのだろうか。ただ、その点には大人の事情というのもあり、なかなかに難しいところもある。
 放課後、いつものように寮の前に集まるとそこには機材を持ったスタッフの方が見えた。若い男性である。監督と同じくらいの年齢だろうか。その男性は気さくに彼女たちに話しかけた。
 「やあ、君たちが素田高校の女子野球部の部員さんだね?私はスタッフの光本といいます。これからいろいろと迷惑かけるけどよろしくね。もし、なんかあれば遠慮なく言っていいから」
すごく優しそうな人だった。そして、光本は彼女たちに積極的に話しかけにいっており、僅か三十分ほどで完全に馴染めるほどになっていた。
 「練習とかさまざまやることある中で申し訳ないけど、自己紹介のビデオを一人ひとり録りたいんだ。大丈夫かな?」
 光本が彼女たちに言った。彼女たちは「え、自己紹介って何言えばいいの」といったような反応であったが、光本は「大丈夫。言う項目はこっちで用意してあるから」と言い、彼女たちは自己紹介のビデオを一人ひとり録ることになった。
 まずは部長の水岡から撮影に入った。普段、カメラを向けられる機会がないため緊張している。荒れ果てた寮の庭の入口付近で、寮の庭がバックに映るような形で撮影した。
 「えっと、私は水岡憐って言います。名字が水岡です。この女子野球部で部長を務めることになりました。ポジションは外野です。これから一生懸命頑張ります。趣味はこう見えて裁縫です。よろしくお願いします」
 「いいね。さすが部長だ。最初から見本になるような良いビデオ録れたよ」
「あ、ありがとうございます・・・・・・」
慣れない撮影に戸惑いと若干の恥ずかしさを水岡は覚えた。
 「それじゃあ、次・・・どうしようか」
と、結局この後は光本が一人ひとり指名する形で自己紹介のビデオ撮影が行われた。正直、この映像が動画投稿サイトにあがるということで顔出しという形になり、ハードルが高かったがうまく光本に言いくるめられてしまった感じがあった。
ちなみに、一番NGが多かったのは内藤監督だった。彼女たちは意外にもほとんどが一発録りに成功していた。NGが出たのは、一度早口になってしまって聞き取りにくいということで再度録りなおすことになった相馬と、内容が一回飛んでしまった奥炭だけだった。奥炭については、順番をあとにしてもらい、その間に内容をまとめて水岡にカンペを書いてもらったのである。
監督のNGが多かったとはいえ、それは光本にNGを出されたというよりも自らが「ああ、これじゃだめだ、やり直してほしい」という形でやり直したものである。もちろん、監督が自己紹介している間に噛んでやり直しになったのもあるが。監督の一言一句にかけるこだわりを見た彼女たちは、監督のこのチームにかける想いを少しながら感じることができた。
「まだまだ新設での野球部ですがよろしくお願いします」
 そのように監督の自己紹介を締めくくった。監督の自己紹介の収録時間が長引いたせいで残り時間が少ししか取れなかった。しかし、その残りの時間を使って一昨日の続き、つまり草むしりなどグラウンドを作る準備をした。彼女たちはカメラが回っていたのもあり、より真剣にグラウンド作りに取り組んだ。
 「なんかカメラあるとやりにくいよな」
角が近くにいた成井に話しかけた。
「ね。なんかずっと見られてる感じする」
「でも、まさか取材が来るなんてな。まあ、でもカメラが来ようが来なかろうが関係ない。私たちは勝って勝って勝つそれだけだ」
「おー、弗蘭ちゃん気合い入ってるね」
「そりゃ当たり前だろ、みんなもその気概でこうやってグラウンド整備してるわけじゃないか。なんだ、お前はそこまで気合いないのか?」
「んー、そうじゃないけど、何だろうな。まだグラウンドもまともにできてない状態で、勝つことに拘り持ててるのが凄いなって思っただけ」
「拘り持つというか、それが目的だからな」
「たしかにそうだね、私はまだそこまでいけてないかも。私もそこ目指せるように頑張らないとね」
「ああ、特にお前は初心者のあいつと一緒に練習しててただでさえ遅れてるんだからもっと頑張れよ」
「うん、そこは心配しないで大丈夫」
 寮生組同士での絡みは結構あったが、寮生と通学生との絡みはあまりなかったといっていい。また、特に初心者の奥炭にとっては共有の話題が持ちづらいなどの障壁もあって、なかなか話しかけられずにいた。しかし、今日は水岡が積極的に奥炭に話しかけていた。
「果歩さんは昨日の練習とかどうだった?」
「うん・・・・・・なんか難しいなって」
「そうだよね。あれ、野球は本当に初心者って感じ?体育の授業とかでやったこととかは?」
「体育の授業ではやったかもしれないけど、もう覚えてない。だから、実質本当に初心者だよ」
「そっか、それは大変だよね」
水岡が頷きながら、目の前にある草を抜いていた。
「でも、すごくすももちゃんが優しくて・・・・・・おかげで助かってる」
「そうなんだ。まあ、なんか外から見ててももう酸桃さんと果歩さんが仲良くなってるのかって感じるから、なんかすごい良い関係性だよね」
「うん。私はあれだけど、すももちゃんが話し掛けてくれるから」
「そっか、そっか、良いね。でも、酸桃さんだけじゃなくて私とも仲良くしてほしいな」
「も、もちろん・・・・・・同じチームメイトだし、それに部長だし」
「そんな部長とか関係ないよ」
水岡は笑いながらさらに話を続けた。
「部長っていっても、権力とか別にあるわけじゃないし、私はみんなと仲良くやっていきたいんだよね」
「なんか水岡さんの姿見てると凄いなって思うよ」
「え、そんな凄いことまだ何もしてないよ。始まったばっかりだし」
「ちゃんと私たち一人ひとりのこと見てくれてるんだなって感じる。だから、水岡さんが部長でよかったなって、まだ早いけど私はそう思ってる」
「えー、ありがとう。そんなこと言ってもらえると思わなかった。これからも頑張るね」
水岡は照れくさそうにしていた。
 「果歩さんはまだ初心者だけど、だからって遠慮しなくていいからね。分からないこととか相談したいことあったら遠慮なく私たちに言って欲しいな」
「うん、ありがとう」
水岡にとって、一つ気がかりだったのが奥炭だった。一人だけ未経験者ということで、ついていけるのかの心配を本人と同等にしていた。また、それに付随して奥炭の練習につきっきりになる成井についても気がかりであった。まだ成井の実力を見ていないため、どういう選手なのかもよく分からない状態であるが、奥炭に付きっきりになることで自身の練習時間が削がれるのではないかと懸念していた。だからこそ、成井だけに負担させるわけにはいかないと彼女は奥炭に対してもしっかりと関わっていこうと決めた。
 日が暮れ、今日のグラウンド整備の時間が終了した。進捗としてはおよそ二割といったところだろう。草はだいぶ抜くことができた。しかし、今日は撮影もあって土の買い出しに行く時間を確保できなかった。そのため、草むしりがメインの作業となった。
非常に大変な作業であったが、グラウンド挨拶をするときに少しずつであるがグラウンドが出来上がっていく姿に彼女たち自身は充足感を感じていた。そして、もう少しで完成するという高揚感も同時に沸き起こっていた。
グラウンド挨拶を終えたタイミングで取材班が帰っていった。光本の話曰く、火曜日と木曜日と土曜日に取材に来るとのことらしい。連続で来ることはないが、断続的に取材が来るということで、より一層練習において気を引き締めなければならないとの気持ちが彼女たちの中に芽生えた。
寮生組と通学生組で解散する前に成井が「ねえ、私皆と過ごせないの寂しいからグルでLINE通話しない?」と提案した。水岡が「いいね。風呂とかもあって全員参加できないと思うし、任意で好きなタイミングでいいから通話繋ごう」と反応し、今日から夜のLINE通話が始まった。
食事が終わり、LINE通話に参加したのは宝田と比石を除く8人であった。途中で抜けたり入ったりといったことはあったが、一時的であっても参加したのはこの8人で、宝田と比石は一回もLINE通話に入らなかった。
では、宝田と比石は何をしていたのか。彼女たちは二人で使われていない部屋の中にいた。使われていない部屋は家具などは一切なく綺麗であるのに、埃だけが舞っており掃除しなければ住めるような状態ではなかった。隅っこの方には蜘蛛の巣も張られていた。しかし、それすら厭わず彼女たちは話をしていた。
「私を呼び出したのはなんで?」
宝田が比石に尋ねた。
「なんでってなんとなく理由は分かってるんじゃないの」
彼女は静かにそう言った。目は真剣そのものでじっと宝田のほうを見ている。
「分からないから尋ねてるんだよ」
宝田は即座に返した。
「まあ自覚がないならそれはそれでいいけど」
と彼女は一呼吸おいてまた喋り始めた。
「あんまり私のこと他の子に言いふらさないでよね。このチームでバレたくないから」
「ああ、だから自己紹介のとき私のこと睨みつけてたのね」
「にらみつけてたというか、君が同じチームメイトだってことに気付かなかったからだよ。中学時代メガネかけてなかっただろ?」
「たまたまあの日がコンタクトだっただけ。普段はメガネだよ」
彼女たちの間には少し緊張感が走るようなそんな会話だった。一言一言の前にほんの僅かな空白の時間が挿入されていた。
「まあでも、君が同じチームメイトでよかったとは思ってるよ」
比石は宝田にそう言うと、宝田は即座に「私を呼んだのはそれだけ?」と返した。
「はあ、本当にやりづらいな・・・・・・呼んだのはそれだけじゃなくて、教えてくれないか。うちのチームメイトたちのことを。まずは味方を知るからだ」
「味方を知るって、わざわざ私なんてあてにしなくても」
「君しかあてにできる人物はいないよ。私のことを筒抜けにした人物なんて他にいなかったからね」
「まあ、頼ってくれるのはそれはありがとう。それじゃあ、あいうえお順でいこうか」
「あいうえお順だと、まずは銀杏田か」
「彼女は高身長なのもあって、中学女子野球でエースとして活躍してた。けど、投げすぎで肘を故障してしまい以降投手としてはできなくなった」
「肘故障したのは惜しいな」
「まあ、皮肉かもしれないが肘を故障したおかげでうちのチームに入れたともいえるね。もし、肘を故障してなかったら推薦でどっかいってたよ」
「確かにそうだね。そんなに凄い投手だったのか」
「毎試合完投するほどだった投手っぽい。だから肘壊したってのもあるんだろうけど。あと、それでいてプライドが結構高い子だから、時々精神が不安定になることがあるかも」
「一緒の部屋だから銀杏田のことはよく知ってるけど、プライドが高いようには見えなかったけどな」
「私もあまりそれは日常では感じなかったね。ただ、中学時代の映像を見てみると打たれた時にグローブを叩きつけるとかの行為が確認できた。まあ、これについては野手転向する際にそのプライドも捨て去らないといけないから克服しているのかもしれないけどね」
「なるほど、それじゃあ次は・・・・・・未経験者の奥炭じゃないか。さすがに君といえども未経験者の情報は」
「あるよ」
「え?あるのか?」
「舐めないでほしいな。あるにはあるけど、まあ奥炭が野球を始めたきっかけは親友の交通事故。親友が野球をやってたけど出来なくなってしまい、それで代わりに奥炭がその親友を励まそうと野球を始めたということらしい」
「へえ。道理でなんか他の未経験者とは少し違うなって感じた」
「彼女はすごく人見知りだけど、チームの中でも一番真面目なんじゃないかな」
「人見知りは君も同じだろ」
「お互い様でしょ」
彼女たちはふふっと笑った。
「さて、次は角弗蘭だけど、中学時代の彼女の様子を見る限り、彼女の野球センスはかなり抜群だなって感じ」
「あの子すごい勝利に拘ってたな」
「うん。負けず嫌いな性格だけど、厄介なのはこの子、さぼり癖あることだよ」
「サボり癖?なんか全然そんな感じしないけど」
「多分練習が本格的に始まったら分かると思う」
「ふーん。本当に、君が監督やった方がいいんじゃないのって思うわ、私は」
「別に監督業は興味ない」
「絶対そっちの方が似合ってると思うけどな」
比石がそう言ったが、宝田は首を横に振った。そして、宝田が「はいはい、次ね」と言って次の選手に移行した。
「次は塩野唯香かな。彼女はピッチャーで監督からスカウトされて入ってきた」
「監督からのスカウトってことはそれなりに凄い投手なのか」
「いや、こういうこというと申し訳ないけど平凡な投手だと思うよ。ブルペンで実際に見たけど大したことなかった」
「大したことなかったってだいぶ失礼だな」
「まあ、私含めこの中なら一番のピッチャーであることは確かだし、平凡であるといっても別に悪くはないかな。ただこれといった持ち味がないって感じ。安定はしてると思う」
「決め球とかそういうのがないってことか」
「それに加えて自分の強みってところも難しそうだなって感じ。投手としては一応完成されているけど、他にもこういう投手は探せばいる程度」
「なるほどね」
「あと、彼女はずっとマスクをつけてるけど、それは花粉症とかじゃなくて彼女の顔のほくろを隠すため」
「え、そうだったのか」
「だっていくら花粉症対策とはいえ風呂あがる直前、そして風呂あがって直後にマスクをつけることしないでしょ」
「たしかに、彼女はブルペンで投げるときもマスクして投げてたな」
「実戦で投げるときはさすがにマスク外して投げるとは思うけど、彼女にとって顔のほくろはコンプレックス。あと、彼女の不安事項としてはそういうところからも現れてるけどかなり繊細な性格だと思う。だから彼女はメンタルが相当不安定だと思う」
「そっか、確かに自分のほくろ気にするのって繊細なのかもね」
「メンタルが不安定なのかどうかっていうのはあくまで推測にしか過ぎないけど、参考までに彼女の小学校時代の投球成績を調べてみたけど、突如崩れて大量失点するケースが多かった。もちろん、あくまで小学校のときだからそれから変わっているとは思うけど」
「なるほどね。その点はたしかに留意しておいた方がいいのかもね」
「次は相馬陽だね。個人的に彼女が一番心配だなって思ってる」
「そうなんだ。緊張しやすい性格なんだなってことは分かるけど、過度の緊張で過呼吸起こすとか?」
「いや、彼女は試合慣れしてるからそこは大丈夫。ただ、彼女は中学時代に男子と混じってプレーしていて、監督に厳しく指導されたりチームメイトの男子にからかわれたりとそんな過去があるらしい」
「なるほど。まあ、あの子結構天然だからいじられやすいっちゃいじられやすいのか」
「うん。一体彼女がどういう扱いを受けたのかの詳細までは分からないけど、彼女は中学最後の秋大会を欠場している。そしてそれは怪我とかじゃない。となると精神的な病にかかって、あるいは鬱状態になって休んでいた可能性はある」
「まあ、周りみんな男子の中だとやりにくいよね」
「ただ、彼女の実力は高く評価している。キャッチャーとしての基礎的な技術は申し分ないし、何より男子の球を受けてきたキャッチャーだから、速い球を捕るのも慣れているだろうし、キャッチング技術も恐らく上手いんじゃないかと思ってる」
「たしかに、男子がいる中でって考えると彼女は実は結構ヤバいやつなのかもな」
「普通にスタメン張ってたからね。打撃力は男子に大幅に劣る中でスタメンを勝ち取れたってことはキャッチング技術やリード面などが優れてるってことなんだろうね」
「んで、彼女に対して懸念しているのはその彼女の過去ってところか?」
「まあそこに起因するけれど、いつ彼女の過去がフラッシュバックするか分からないという点だね。彼女が病みやすいのだとしたらそのケアは必要になってくる。ましてやキャッチャーという責任大きいポジションだし、代えが効かないから余計にね」
「たしかに。キャッチャー他にやれる人ってそんな居ないもんね」
「だから、私が懸念しているところはそこ。普段の性格面やプレーの面では彼女に関して心配はしていない」
「なるほど、やっぱ君の分析さすがだな」
「褒めても何も出ないよ」
「そんなの分かってるって、それじゃあ次いこう。次は成井酸桃か」
「彼女は女子中学野球部の中でも三年間控えだったからその能力がどれくらいかは分からない。ただ、チームの盛り上げ役として一年のときからベンチ入りしていたということだけ情報として残っている」
「練習試合とかの情報はないの?」
「それが奇妙なことに、彼女は練習試合に出た記録がないんだ」
「え?試合出たことがないの?」
比石は驚いて二回繰り返して言った。
「二回も繰り返さなくていいって。そう。正確には何試合か出たことはあるけど、全て守備固めで打席回ってこないという感じだった。そして、打球も一球も飛んできてないから彼女の実力は不明ってこと」
「まあでも控えってことはそんなに能力が高い選手じゃないってことか」
「恐らくそうだろうね。もしかしたら、彼女が奥炭につきっきりなのは自分の実力を知られたくないからなのかもしれないね」
「あー、それはあるかもしれないね」
「まあ、彼女は盛り上げ役としては必要不可欠な存在だと思うし、本当の実力は誰にも分からないからこれからって感じかな」
「盛り上げ役がいるのは大事だもんね」
「それじゃ、次は松本副部長か。彼女は全国大会ベスト4のチームでクリーンナップを打ってた選手」
「え?彼女ってそんなに凄い選手なのか」
「うん。でも彼女は結構やんちゃで、万引きで一回捕まってる」
「え?」
比石は再度驚いた。
「もちろんすぐに釈放されたけど、それで彼女は推薦を取り消された。だからこのチームに来たんだろうね」
「え、でたらめ言ってない?」
「言ってないよ」
比石は、宝田の言ってることを凄いと思って聞いていたが、これに関しては現実味がなく思わず聞き返してしまった。無理もない、今あれだけ副部長として立派にやろうと奮闘している彼女がまさか万引きをしていたとは思いもよらなかったからだ。
「彼女はもともと隣の県の強豪校から推薦が来てた。でも、その万引きがあって推薦が取り消されて、急遽この学校に入ってきたの」
「え、彼女の今の性格とか見てても信じられないけどな」
「よく人のこと言えるね」
「それは別にいいだろ」
「うん、でも彼女すごく反省してると思うよ。だから、私は松本さんに対してそこまで心配はしていない。というか、言ってしまえば推薦蹴ってこっちに来たようなものだから、すごく期待してる」
「まあ、推薦蹴ってって言い方もそれはどうなのかって思うけど、そんなに彼女のことを信頼できる要素でもあったりするのか?」
「うーん、まあ人の心は移り変わりやすいから確証はないけど、ひとつは彼女の裏垢特定して、その中で彼女がめちゃめちゃ反省していることが分かった。二つ目は、早朝に一人朝早く素振りしてるところを見ちゃったこと。それで、朝少し話したんだけど、やんちゃな彼女の面影というか風格は一ミリもなかったね」
「そうだよな、てことは彼女はちゃんと改心したのか」
「多分ね」
「いや、なんか本当に宝田がいてよかったな。本人から聞き出せないような情報ばかりだよ」
「うん、なんか秘密をここでべらべらしゃべっちゃうのは申し訳ない気持ちもあるけどね。じゃあ、最後に水岡部長だね」
「水岡部長か」
「彼女も監督推薦で入ってきた一人だね。なんなら監督と水岡は中学時代から知り合いだった」
「へえ、監督と長い付き合いだったのか」
「詳しくは分からないけど、コーチが共通の友人ということらしい。だから、要はコネみたいなところはある。彼女自身の能力が高いかというとそこまででもないかなって感じ。中学でも、七番や八番を打つことが多かった」
「じゃあ、スカウトといっても実力で選んでるというよりかはそういうところで監督は選んでいるのか」
「いや、監督は監督でちゃんと考えはあると思うよ。水岡がいれば、このチームをまとめることができるっていうそういう目論見だろうね」
「なるほどね。まあ、水岡部長は結構ちゃんとしてそうってイメージがある」
「礼儀とかも含めてかなりしっかりしてると思う。彼女は小学校時代に剣道をやっていて、中学から野球を始めたっていうのもあるから。そういう意味でも部長に適任だろうね」
「そうなんだ、そこまで調べてるのは凄いね」
「ただ、彼女は結構優柔不断なところがあるんじゃないかなって個人的には思っている」
「へえ、それはどうして?」
「監督のスカウトした時期からこのチームに入る決意をするまでの時間が相当長かったから」
「まあ、推薦受けるかどうかなんて難しいもんね。彼女は彼女で他にやりたいことがあったのかもしれないし」
「そうだね。そこに関してはまだ分からないことも多いから今後次第かな。それじゃあ、これで満足した?」
「うん。満足した、ありがとう」
「あ、それとあと一つだけ言っておくよ」
「うん?」
「女子野球部の誰かが君の裏垢をフォローしてるよ」
「え?待ってそれはマジでヤバい、誰?誰?」
比石の普段のクールな表情や雰囲気が一転して焦りに変わった。
「そのくらい自分で探しなよ。それじゃ、私風呂の時間だから」
そう言って宝田は部屋をあとにした。盛大な彼女の置き土産であった。
(本当に、君には敵わないね・・・・・・)
比石は、風呂に向かう宝田の後ろ姿を見てそう思った。そして、この宝田と同じチームで戦えるということを改めて自覚すると、これ以上の頼もしいことはないと彼女は感じた。彼女は決意に燃え、自分の部屋へとゆっくりと歩いて向かっていった。
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