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1話「泥船からの脱出」
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「聖剣卿。少しいいか?」
「あぁ。入室を許可する」
扉のノック音と共に聞こえてきた男の問いかけに答えた。
「邪魔するぞ。おっと、お前たちは外で待機していてくれ。そんなに時間はかからないと思うから」
扉を開いた男は、室内に入る前に真後ろに立つ女達に指示を出した。
「畏まりました」
「分かった」
「わっかりましたっ!」
「・・・・・うん」
「はいっ!」
聞こえてきたのは、5つの返事。真面目そうなもの、ぶっきらぼうなもの、活気がいいもの、暗いもの、可愛らしいもの。
何も知らない者からすれば、「このハーレム野郎!死ねばいいのにっ!」となるが、正体を知っている聖剣卿にとっては、羨ましくも何ともない。むしろ、虫唾が走る。
扉を閉めた男は、ずかずかと室内を進み、聖剣卿の前で直立及び軍隊式の敬礼を行う。
「独立兵団No.5特殊技能兵リードリッヒ・クレパス少佐。意見具申の許可を求めます」
男・・・いや、リードリッヒ・クレパス少佐は形式上の上官に当たる聖剣卿に対して、上官への対応としてふさわしい立ち振る舞いを行った。
「はぁぁぁぁぁ~~」
聖剣卿が溜息をつく。事務作業を中断し、目の前で敬礼している男を見上げた。
長い黒髪を頭の後ろで束ね、珍しく正しく着こなした軍服には、数々の勲章が刻まれている。青く透き通った瞳からは、こちらを見透かしているかのような圧力を感じた。
「いったい、今度は何が望みなのだ?前は、浴槽付きの個室だったか?今度は、巷で流行っている入浴剤とかいうのが欲しくなったか?」
先ほどより、深い溜息をついた。
「いやいや、溜息をつきたいのは、こっちだよ聖剣卿。そんな話じゃない事ぐらい察せられるだろう?」
敬礼を解いたリードリッヒは「まったく、何なんだか」と呟く。
「前回の続きだ聖剣卿。今後の方針について話をしようじゃないか」
(前回の続き・・あれか。だが、それは・・)
「それについては前回に結論が出ているだろう。だから、覆くつがえることはない。お前も一軍人なら理解できるはずだ」
「理解?不能だね。こんな方針に納得いくものか!命がいくらあっても足りねぇよ」
聖剣卿に不満をぶつけるリードリッヒ。
「初任務で紅の魔王を討伐できたのは、良くやった!と言えるだろう。少し浮かれすぎだが、部下の士気を上げるのもうまくやっていると思う。それに、戦場でのお前は、一騎当千で素晴らしい。さすが!勇者だ!となるのも分かる」
「だがな。だからといってな。損害を受けたまま、武器や人員の補充もなく、次の討伐任務を受託するバカがどこにいるよ?」
「それは・・」
「それは!お前くらいなもんだ!聖剣卿、いや、勇者メッツァー!」
話し出そうとした言葉に言葉を重ねる。人と会話をしている状態で、言葉を被せる行為は良くはない。だが、リードリッヒは言ってやりたかった。お前が悪いと。
そう、リードリッヒが話をしようと持ち掛けているのは、万全な体制でないのに魔王討伐に向かおうとしている愚かな行為についてだ。
「・・・・」
「黙ってないで、何とか言えよ! ゴルァ!」
机の足を蹴ることで、苛立ちを分かりやすく表現する。
だが、反応がない。聖剣卿は黙ったまま、こちらを見上げていた。
━━━━しばらく、見つめ合う男2人。異様な光景である。
「ん? 自論発表は終わったか?だったら、持ち場に戻れ。この話はこれで、永久に終了とする」
兵団のことを思って直談判を行っている覚悟に対して、それは、自論だろ?と吐き捨て、肯定も反論もせず、ん? だから? 何? という態度だ。リードリッヒの言葉が何一つも響いていない。
聖剣卿はリードリッヒが目の前に立っている状況で、事務作業を再開した。
(あぁ、これはダメだな)
この兵団に未来はないと悟った。
「そういう事であれば、抜けさせてもらう」
「何?」
再び、顔を上げた聖剣卿は眉間に皺を寄せた。
「もう1回言ってやるよ。わざわざ、泥船に乗って
やる義理はない。俺と娘達は降りると言ったんだ。じゃぁな!」
リードリッヒは聖剣卿に背中を向け、扉へと歩き出す。
「そうか。では、出ていくがいい。だが、分かっているな? お前は軍に籍を置いている身だ。これは、敵前逃亡罪となるぞ?それでも、いいんだな?」
ドアノブを捻った所で立ち止まり、聖剣卿の方を振り返り
「うるせぇ! 勝手にしろ! ボケェが!」と中指を立て、勢いよく、扉を閉めた。
━━━━室内には、リードリッヒが訪れる前の静けさが帰ってきた。
「売り言葉に買い言葉とは、こういう状況を指すのだろうな。戦力低下になってしまうが・・・・・どうしたものか」
机の上に置かれているペンを弄りながら、考える聖剣卿。人員の補給を本部に頼むか?いや、問題ないと報告してしまったからな、これこらでは、無理かもな。まてよ?リードリッヒの逃亡を原因として、申請すれば通るんじゃないか?
脳みそをフル回転させ、思考を巡らす聖剣卿。自分の行いは棚に上げて、一方的にリードリッヒが悪いという話にするみたいだ。
(悪いが人員補給の理由になってもらおうか、リードリッヒ)
敵前逃亡罪に加えて色々と罪を増やして本部に報告しようと、棚にあった分厚い軍規全集を開き、これはイケるか?いや、こっちの方が・・・・・・?と悪巧みを開始した。
「あぁ。入室を許可する」
扉のノック音と共に聞こえてきた男の問いかけに答えた。
「邪魔するぞ。おっと、お前たちは外で待機していてくれ。そんなに時間はかからないと思うから」
扉を開いた男は、室内に入る前に真後ろに立つ女達に指示を出した。
「畏まりました」
「分かった」
「わっかりましたっ!」
「・・・・・うん」
「はいっ!」
聞こえてきたのは、5つの返事。真面目そうなもの、ぶっきらぼうなもの、活気がいいもの、暗いもの、可愛らしいもの。
何も知らない者からすれば、「このハーレム野郎!死ねばいいのにっ!」となるが、正体を知っている聖剣卿にとっては、羨ましくも何ともない。むしろ、虫唾が走る。
扉を閉めた男は、ずかずかと室内を進み、聖剣卿の前で直立及び軍隊式の敬礼を行う。
「独立兵団No.5特殊技能兵リードリッヒ・クレパス少佐。意見具申の許可を求めます」
男・・・いや、リードリッヒ・クレパス少佐は形式上の上官に当たる聖剣卿に対して、上官への対応としてふさわしい立ち振る舞いを行った。
「はぁぁぁぁぁ~~」
聖剣卿が溜息をつく。事務作業を中断し、目の前で敬礼している男を見上げた。
長い黒髪を頭の後ろで束ね、珍しく正しく着こなした軍服には、数々の勲章が刻まれている。青く透き通った瞳からは、こちらを見透かしているかのような圧力を感じた。
「いったい、今度は何が望みなのだ?前は、浴槽付きの個室だったか?今度は、巷で流行っている入浴剤とかいうのが欲しくなったか?」
先ほどより、深い溜息をついた。
「いやいや、溜息をつきたいのは、こっちだよ聖剣卿。そんな話じゃない事ぐらい察せられるだろう?」
敬礼を解いたリードリッヒは「まったく、何なんだか」と呟く。
「前回の続きだ聖剣卿。今後の方針について話をしようじゃないか」
(前回の続き・・あれか。だが、それは・・)
「それについては前回に結論が出ているだろう。だから、覆くつがえることはない。お前も一軍人なら理解できるはずだ」
「理解?不能だね。こんな方針に納得いくものか!命がいくらあっても足りねぇよ」
聖剣卿に不満をぶつけるリードリッヒ。
「初任務で紅の魔王を討伐できたのは、良くやった!と言えるだろう。少し浮かれすぎだが、部下の士気を上げるのもうまくやっていると思う。それに、戦場でのお前は、一騎当千で素晴らしい。さすが!勇者だ!となるのも分かる」
「だがな。だからといってな。損害を受けたまま、武器や人員の補充もなく、次の討伐任務を受託するバカがどこにいるよ?」
「それは・・」
「それは!お前くらいなもんだ!聖剣卿、いや、勇者メッツァー!」
話し出そうとした言葉に言葉を重ねる。人と会話をしている状態で、言葉を被せる行為は良くはない。だが、リードリッヒは言ってやりたかった。お前が悪いと。
そう、リードリッヒが話をしようと持ち掛けているのは、万全な体制でないのに魔王討伐に向かおうとしている愚かな行為についてだ。
「・・・・」
「黙ってないで、何とか言えよ! ゴルァ!」
机の足を蹴ることで、苛立ちを分かりやすく表現する。
だが、反応がない。聖剣卿は黙ったまま、こちらを見上げていた。
━━━━しばらく、見つめ合う男2人。異様な光景である。
「ん? 自論発表は終わったか?だったら、持ち場に戻れ。この話はこれで、永久に終了とする」
兵団のことを思って直談判を行っている覚悟に対して、それは、自論だろ?と吐き捨て、肯定も反論もせず、ん? だから? 何? という態度だ。リードリッヒの言葉が何一つも響いていない。
聖剣卿はリードリッヒが目の前に立っている状況で、事務作業を再開した。
(あぁ、これはダメだな)
この兵団に未来はないと悟った。
「そういう事であれば、抜けさせてもらう」
「何?」
再び、顔を上げた聖剣卿は眉間に皺を寄せた。
「もう1回言ってやるよ。わざわざ、泥船に乗って
やる義理はない。俺と娘達は降りると言ったんだ。じゃぁな!」
リードリッヒは聖剣卿に背中を向け、扉へと歩き出す。
「そうか。では、出ていくがいい。だが、分かっているな? お前は軍に籍を置いている身だ。これは、敵前逃亡罪となるぞ?それでも、いいんだな?」
ドアノブを捻った所で立ち止まり、聖剣卿の方を振り返り
「うるせぇ! 勝手にしろ! ボケェが!」と中指を立て、勢いよく、扉を閉めた。
━━━━室内には、リードリッヒが訪れる前の静けさが帰ってきた。
「売り言葉に買い言葉とは、こういう状況を指すのだろうな。戦力低下になってしまうが・・・・・どうしたものか」
机の上に置かれているペンを弄りながら、考える聖剣卿。人員の補給を本部に頼むか?いや、問題ないと報告してしまったからな、これこらでは、無理かもな。まてよ?リードリッヒの逃亡を原因として、申請すれば通るんじゃないか?
脳みそをフル回転させ、思考を巡らす聖剣卿。自分の行いは棚に上げて、一方的にリードリッヒが悪いという話にするみたいだ。
(悪いが人員補給の理由になってもらおうか、リードリッヒ)
敵前逃亡罪に加えて色々と罪を増やして本部に報告しようと、棚にあった分厚い軍規全集を開き、これはイケるか?いや、こっちの方が・・・・・・?と悪巧みを開始した。
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