めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

文字の大きさ
上 下
110 / 124
不死鳥の背の上で

6

しおりを挟む
 トロンは、張り詰めた包帯をへだて、しばし宿命稼ぎと睨み合った。カウボーイハットのつばから垣間見える眼光は、獣のそれと何ら変わりない。心なしかすくみ上がるようであったが、あらかじめ固めた覚悟によって己を奮い立たせると、剣を振るい、二人を繋ぐ包帯を断ち切った。ところが、宿命稼ぎは、一切動じず、間髪入れずに引き金を引いた。張力の失われた包帯は、空気の抜けるような銃声に吹き飛び、銃口からは新たな包帯が射出されると、トロンの上半身に着弾し、窮屈なまでに縛り上げた。下半身のみならず、上半身の自由をも奪われてもなお四肢を盛んに動かそうと試みたが、既に凝固しつつある松脂に、駄目を踏むばかりであった。まるで蜘蛛の巣に囚われた蝶のように甲斐なかった。こんな道半ばで諦めてなるものか。トロンは、剣を手放し、息を荒げて抵抗を続けたが、その様子は、捕食者たる宿命稼ぎの顰蹙ひんしゅくを買うだけであった。
「もうやめときな。悪あがきは、したたかな男のする事じゃねぇ」
尚以なおもてトロンは、必死になって足掻いた。「俺には…!まだ救うべき人がいる…!」
「やっぱりな。まったく……己が宿命に逆らう廻仔の目は、どいつもこいつも生き生きしてやがる」宿命稼ぎは、言葉混じりに嘆息を吐いた。それから、トロンに向かって伸びる包帯を銃口から引っこ抜いたかと思うと、その末に括りつけられた杭を足元に突き刺し、つま先を乗せて固定した。
 そして、宿命稼ぎは、ボビンにも似た弾薬を手早く装填し、銃口を向け直した。磔となった少年を助け出さんとする一団には、一瞥いちべつもくれず、堅実にも手負いの獲物に照準を合わせた。二兎を追う者は一兎をも得ず、彼は、思い定めた標的にのみ視線を据えていた。やがて三度目の発砲がなされたものの、その弾道を一切視認できず、遂にトロンは、がんじがらめのミイラのような風貌へと成り下がり、引き倒されたばかりか、糸枠のように包帯を巻き取り始めた銃によって強力に手繰たぐり寄せられた。
 己の無力を呪うのは、もう何度目になるだろうか。敢然と立ちあがったものの、結局は芋虫のような惨めな醜態を晒すだけにとどまってしまった。言うに及ばず、今のトロンは、一介の雑魚に過ぎず、実力がまるで伴っていなかった。廻文字への造詣を深められず、早々に仕留められてしまった事を遺憾に思うと共に、心ともなく能を渇望した。
 皆は、少年を助け出し、無事に逃げ果せただろうか。包帯は、顔面にも及んでおり、視界を確保する事すらままならない。宿命稼ぎの術中に陥ったトロンは、自らの末路を聴覚と触覚によって推し量る他なかった。察するに、宿命稼ぎに手繰り寄せられた後、抱え上げられると、何らかの容器に納められ、さらには蓋で封じられ、そのまま何処かへと引きずられていった。瓦礫の凹凸おうとつが激しいせいか、ひどく揺さぶられる。とりわけ、鉄鎖が擦れる音を聞き取る事ができたが、それだけでは何一つ解せない。宿命稼ぎは、容器に繋がれた鉄鎖を引っ張っているのだろう、そんな憶測だけが脳裏に浮かんだが、この窮地においてはしたる役にも立たない。この身体が解放されない以上、あらゆる思案は無益の域を出ない。できる事なら無我に至りたかったが、不安の種は胸中に巣食っており、被害妄想じみた考えが自ずから浮かんでくる。これから自分は殺される。あるいは、既に葬送されているのかもしれない。なんにせよ、狩人の手中に落ちた獲物は、無情にも悲運を辿らざるを得ない。しかし、トロンは、目と鼻の間に待ち受ける悲運を嘆きはしなかった。むしろ甘んじて受け入れるつもりであったが、断じて妹への執心を忘れたわけではなく、これまでの自らの行いを省みれば、然るべき報いと見做みなすべきであった。忘れもしない、ガゼットでは、自然に加担し、秘匿ひとく研究所を壊滅させてしまった。ヘイヴンでは、無垢な住人をことごとく切り捨て、死に追いやってしまった。それらの悪行の報いだと考えると、不思議と平静なままでいられた。因果応報によって裁かれるのなら仕方がない。もはや不貞腐ふてくされもせず、ただ淡々と最期を待ちわびるのみであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

貧乏男爵家の四男に転生したが、奴隷として売られてしまった

竹桜
ファンタジー
 林業に従事していた主人公は倒木に押し潰されて死んでしまった。  死んだ筈の主人公は異世界に転生したのだ。  貧乏男爵四男に。  転生したのは良いが、奴隷商に売れてしまう。  そんな主人公は何気ない斧を持ち、異世界を生き抜く。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

処理中です...