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不死鳥の背の上で
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トロンは、張り詰めた包帯を隔て、暫し宿命稼ぎと睨み合った。カウボーイハットの鍔から垣間見える眼光は、獣のそれと何ら変わりない。心なしか竦み上がるようであったが、あらかじめ固めた覚悟によって己を奮い立たせると、剣を振るい、二人を繋ぐ包帯を断ち切った。ところが、宿命稼ぎは、一切動じず、間髪入れずに引き金を引いた。張力の失われた包帯は、空気の抜けるような銃声に吹き飛び、銃口からは新たな包帯が射出されると、トロンの上半身に着弾し、窮屈なまでに縛り上げた。下半身のみならず、上半身の自由をも奪われてもなお四肢を盛んに動かそうと試みたが、既に凝固しつつある松脂に、駄目を踏むばかりであった。まるで蜘蛛の巣に囚われた蝶のように甲斐なかった。こんな道半ばで諦めてなるものか。トロンは、剣を手放し、息を荒げて抵抗を続けたが、その様子は、捕食者たる宿命稼ぎの顰蹙を買うだけであった。
「もうやめときな。悪あがきは、したたかな男のする事じゃねぇ」
尚以てトロンは、必死になって足掻いた。「俺には…!まだ救うべき人がいる…!」
「やっぱりな。まったく……己が宿命に逆らう廻仔の目は、どいつもこいつも生き生きしてやがる」宿命稼ぎは、言葉混じりに嘆息を吐いた。それから、トロンに向かって伸びる包帯を銃口から引っこ抜いたかと思うと、その末に括りつけられた杭を足元に突き刺し、つま先を乗せて固定した。
そして、宿命稼ぎは、ボビンにも似た弾薬を手早く装填し、銃口を向け直した。磔となった少年を助け出さんとする一団には、一瞥もくれず、堅実にも手負いの獲物に照準を合わせた。二兎を追う者は一兎をも得ず、彼は、思い定めた標的にのみ視線を据えていた。やがて三度目の発砲がなされたものの、その弾道を一切視認できず、遂にトロンは、がんじがらめのミイラのような風貌へと成り下がり、引き倒されたばかりか、糸枠のように包帯を巻き取り始めた銃によって強力に手繰り寄せられた。
己の無力を呪うのは、もう何度目になるだろうか。敢然と立ちあがったものの、結局は芋虫のような惨めな醜態を晒すだけに止まってしまった。言うに及ばず、今のトロンは、一介の雑魚に過ぎず、実力がまるで伴っていなかった。廻文字への造詣を深められず、早々に仕留められてしまった事を遺憾に思うと共に、心ともなく能を渇望した。
皆は、少年を助け出し、無事に逃げ果せただろうか。包帯は、顔面にも及んでおり、視界を確保する事すらままならない。宿命稼ぎの術中に陥ったトロンは、自らの末路を聴覚と触覚によって推し量る他なかった。察するに、宿命稼ぎに手繰り寄せられた後、抱え上げられると、何らかの容器に納められ、さらには蓋で封じられ、そのまま何処かへと引きずられていった。瓦礫の凹凸が激しいせいか、ひどく揺さぶられる。とりわけ、鉄鎖が擦れる音を聞き取る事ができたが、それだけでは何一つ解せない。宿命稼ぎは、容器に繋がれた鉄鎖を引っ張っているのだろう、そんな憶測だけが脳裏に浮かんだが、この窮地においては然したる役にも立たない。この身体が解放されない以上、あらゆる思案は無益の域を出ない。できる事なら無我に至りたかったが、不安の種は胸中に巣食っており、被害妄想じみた考えが自ずから浮かんでくる。これから自分は殺される。あるいは、既に葬送されているのかもしれない。なんにせよ、狩人の手中に落ちた獲物は、無情にも悲運を辿らざるを得ない。しかし、トロンは、目と鼻の間に待ち受ける悲運を嘆きはしなかった。むしろ甘んじて受け入れるつもりであったが、断じて妹への執心を忘れたわけではなく、これまでの自らの行いを省みれば、然るべき報いと見做すべきであった。忘れもしない、ガゼットでは、自然に加担し、秘匿研究所を壊滅させてしまった。ヘイヴンでは、無垢な住人をことごとく切り捨て、死に追いやってしまった。それらの悪行の報いだと考えると、不思議と平静なままでいられた。因果応報によって裁かれるのなら仕方がない。もはや不貞腐れもせず、ただ淡々と最期を待ちわびるのみであった。
「もうやめときな。悪あがきは、したたかな男のする事じゃねぇ」
尚以てトロンは、必死になって足掻いた。「俺には…!まだ救うべき人がいる…!」
「やっぱりな。まったく……己が宿命に逆らう廻仔の目は、どいつもこいつも生き生きしてやがる」宿命稼ぎは、言葉混じりに嘆息を吐いた。それから、トロンに向かって伸びる包帯を銃口から引っこ抜いたかと思うと、その末に括りつけられた杭を足元に突き刺し、つま先を乗せて固定した。
そして、宿命稼ぎは、ボビンにも似た弾薬を手早く装填し、銃口を向け直した。磔となった少年を助け出さんとする一団には、一瞥もくれず、堅実にも手負いの獲物に照準を合わせた。二兎を追う者は一兎をも得ず、彼は、思い定めた標的にのみ視線を据えていた。やがて三度目の発砲がなされたものの、その弾道を一切視認できず、遂にトロンは、がんじがらめのミイラのような風貌へと成り下がり、引き倒されたばかりか、糸枠のように包帯を巻き取り始めた銃によって強力に手繰り寄せられた。
己の無力を呪うのは、もう何度目になるだろうか。敢然と立ちあがったものの、結局は芋虫のような惨めな醜態を晒すだけに止まってしまった。言うに及ばず、今のトロンは、一介の雑魚に過ぎず、実力がまるで伴っていなかった。廻文字への造詣を深められず、早々に仕留められてしまった事を遺憾に思うと共に、心ともなく能を渇望した。
皆は、少年を助け出し、無事に逃げ果せただろうか。包帯は、顔面にも及んでおり、視界を確保する事すらままならない。宿命稼ぎの術中に陥ったトロンは、自らの末路を聴覚と触覚によって推し量る他なかった。察するに、宿命稼ぎに手繰り寄せられた後、抱え上げられると、何らかの容器に納められ、さらには蓋で封じられ、そのまま何処かへと引きずられていった。瓦礫の凹凸が激しいせいか、ひどく揺さぶられる。とりわけ、鉄鎖が擦れる音を聞き取る事ができたが、それだけでは何一つ解せない。宿命稼ぎは、容器に繋がれた鉄鎖を引っ張っているのだろう、そんな憶測だけが脳裏に浮かんだが、この窮地においては然したる役にも立たない。この身体が解放されない以上、あらゆる思案は無益の域を出ない。できる事なら無我に至りたかったが、不安の種は胸中に巣食っており、被害妄想じみた考えが自ずから浮かんでくる。これから自分は殺される。あるいは、既に葬送されているのかもしれない。なんにせよ、狩人の手中に落ちた獲物は、無情にも悲運を辿らざるを得ない。しかし、トロンは、目と鼻の間に待ち受ける悲運を嘆きはしなかった。むしろ甘んじて受け入れるつもりであったが、断じて妹への執心を忘れたわけではなく、これまでの自らの行いを省みれば、然るべき報いと見做すべきであった。忘れもしない、ガゼットでは、自然に加担し、秘匿研究所を壊滅させてしまった。ヘイヴンでは、無垢な住人をことごとく切り捨て、死に追いやってしまった。それらの悪行の報いだと考えると、不思議と平静なままでいられた。因果応報によって裁かれるのなら仕方がない。もはや不貞腐れもせず、ただ淡々と最期を待ちわびるのみであった。
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