めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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流せ、綴れ、情愛

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 場が騒然としたのも束の間、武器を失ったエシレウスは、うろたえたように後ずさったが、やがてその表情に微笑が浮かんだ。「その剣には、二人の……いや、一つの心より生み出されし想いが宿っているのだな。素晴らしい。その想いこそが、愛だ!人の身に脈々と受け継がれし紅き愛の証明だ!」
 双子は、エシレウスを打ち負かした。しかし、彼らが、勝利の喜びを感じる事はなかった。勝敗とはまた違った感情に恍惚としていたからである。それはエシレウスに対する慈しみの心であり、なぜかしら切ない感情に心を打たれていたのである。奇妙な事ではあるが、きっと別れを惜しんでいるのだろう。
 エシレウスは、唖然とする三兄弟に目をやると、諭すようにこう語りかけた。
「エラクレス三兄弟よ。力に固執する事は罪ではない。しかし、そのために情を失くしては本末転倒だ。力は情によって制御されなければ、抜き身の刃と何ら変わりなく、無差別に人を傷つけるだけしか能のない愚物へと成り果てていくだけだ。だからこそ、愛情だけは忘れてはならない。長兄アンデスよ。聖なる箱を開けた事を悔いるな。そもそも、それは過ちではない。それから次兄ポワソン、そして末弟ブブゼラよ。自らはもちろんの事、他人の過ちすらも容赦せよ。昨日、すべての真意は伝えた通りであり、もし兄を許そうという気持ちが生じているのなら、快く彼を抱きしめてやるがよい。お前たちは父母を同じくする紛れもない三兄弟であり、いつまでも仲違いを継続させるべき関係ではないはず。もし、お前たちが軋轢を取り去らなければ、シュラプルの繁栄は、いつまでも暗礁に乗り上げるばかりだ。なぜなら、これまでの過ちに囚われず、愛をもって前進を貫く者が、これからのシュラプルには求められており、その先導者となるのは、お前たち三兄弟がふさわしいと、このエシレウスは思うからだ。ただ指導者を仕立て上げるだけなら他にも適した人間はいるだろうが、お前たちは人を導く上で最も大切なものを持っている。言わずもがな、それは愛だ。かつてのお前たちは、兄弟愛だけでなく、人々への愛にあふれていた。それが取り柄の三兄弟だったはずだ。だから、在りし日の想いを思い出せ。もっと愛を抱き、愛のために血を流せ。それこそが戦いの本質であると、このエシレウスが信じ抜いているが故に、お前たちも信じ抜いてくれ。そして、シュラプルのために、人々のために、心を一つに戦ってくれ」
 その言葉を皆は真摯に受け止め、特に三兄弟は、しかと胸に刻んでみせた。ところが、何の前触れもなく朝空が玉虫色に染まり、不気味な様相をかもしだしたかと思うと、皆は次々にどよめき始めた。そのうち、住人の一人が「記念堂から虹色の光が空に伸びている」と叫んだ。皆は一斉に記念堂の方角に目を向けると、空へ立ち昇っていく光を目撃し、その正体を確かめようと誰もが我先にと走り出した。その中には、野次馬根性を炸裂させたクレアとアスレチックが混じっていた傍ら、エシレウスや双子、三兄弟は、様子見をしているのか、記念堂を注意深く見つめているばかりだった。
まもなくアンデスは、近寄らずとも光の正体を察した。「どうやら、聖なる箱が開いてしまったようです。いえ、もしかしたら破壊されたのかもしれませんが」
「誰がそんな……あっ…!」シフォンは、不吉な予感を覚えると、泥土を飛び出していき、記念堂へと駆けていった。
それを見てアンデスも走り出し、他の者たちはその後を追っていった。
 記念堂の入り口前に群がる人々をかき分けると、そこにはオッド=アインがいた。開かれ、さらには全体がひび割れてしまった聖なる箱を抱え、勝ち誇ったように絶笑し続けるオッド=アインを目前にすると、廻仔らは顔を揃え、その愉悦の姿に冷ややかな視線を浴びせた。
「は…箱が!!聖なる箱が!!」ブブゼラは、箱の管理を怠った事を悔いた。「しまった…!!箱は記念堂の入り口に置き去りにしてたんだった…!!母上が無理矢理連れて行くからだ!!」
「箱を抱えて、ぼうっと座り込んでる方が悪いんだよ!!」クレアは、ブブゼラと責任を転嫁し合った。
オッド=アインは、一触即発寸前の群衆に囲まれているにもかかわらず、強気な態度を崩さなかった。「これでシュラプルは自然に帰らざるを得ない!!喜べ、人間どもよ!!お前たちは救われたのだ!!」
「とにかく、早くその箱を閉じてください!!」シフォンは、慌てながらも強い口調で命じた。
「その必要はない!!」オッド=アインは、両手で箱を振り上げたかと思うと、そのまま思い切り地面に叩きつけた。すると、聖なる箱は、まるでガラス片のように木っ端微塵に砕け散ってしまった。
 繁栄の拠り所たる聖なる箱は、黒い木片を雑然とさせただけの残骸と化した。その無残な成れの果てを目の当たりにし、群衆からは叫喚が上がり、手が付けられないほどに激怒した。当然の事ながら、シュラプルの廻仔らも絶句し、放心しているしかなかった。
「これで自然に抗う術は失われた!!」オッド=アインは、シュラプルの人間を嘲笑した。「ふふ、まもなく自然がこのシュラプルに大挙して押し寄せるだろう…!覚悟するがいい…!!これまで自然を侮り続けた報いを今こそ思い知らせてやるぞ!!」
「な…なんて事を…!オッド=アイン…!」シフォンは、シュラプルを自然に帰そうとするオッド=アインを許せなかった。「見損ないました!!あなたには、シュラプルを想う人々の気持ちがわからないのですか!?」
「わからんな、俺のあずかり知らぬ事など。それよりも、箱からでし光を仰げ!!」オッド=アインは、上空を見上げた。そこには、箱から解き放たれたであろう虹色の光が集結しており、まるでオーロラのような一つの大きな帯となって朝空の中をはためいていた。「あれが何なのかは知らんが、この俺はひしひしと感じているぞ!!より強い自我を宿した自然の怒りを!!人間への憎悪を!!」
 あの不気味な光は一体何なのか。トロンは、皆に混じって上空を見上げ、まじまじと光を観察してみたものの、その正体は掴めそうにもなかった。やがて光は、徐々に形を変え始め、気付けば人間の顔面へと変貌していった。炎のように揺らめく輪郭、怒りに吊り上がった目、快楽に裂けた口を浮かべたそれは、さながら悪魔のようであった。その得体の知れない恐ろしげな風貌には、住人のみならず、廻仔やオッド=アインまでもが震駭しんがいした。今の彼らは、蛇に睨まれた蛙そのものであったのだ。
「あれは…自然…ではない!!」オッド=アインは、尖り声で発した。「まるで自然の自我そのものだ!!自らを箱に封じた人間に対する憎悪が具現化した存在……憎悪思念体だ!!」
 その悪魔の顔面を形作った光、すなわち憎悪思念体は、口から虹色の息吹を吐くと、眼下の人間たちに浴びせかけた。すると、彼らの足元から多種多様な自然が湧き出したが、それらは微動だにせず横たわり、あたかも死骸のようであった。掘ル岩族、鳴ル雷族、蒔ク種族、踏ム獣族といった見覚えのある部族だけでなく、巨大な綿毛のような物体や首長竜のような生物も見受けられた。足の踏み場もないほどの自然に囲まれ、皆が困惑した矢先、憎悪思念体は再び息吹を吐くと、自然の死骸に浴びせかけた。すると、生命の息吹が吹き込まれたのか、先ほどまで微動だにもしなかった自然が一斉に動き出したのだ。しかし、その関節の動きは、まるで糸で吊られた操り人形のようにぎこちなく、そればかりか、その全身が徐々に変異していった。岩はプラスチックのような光沢を帯びて輝き、獣は剥製のように全身が硬直し、植物は造花にも似た布の花弁を纏った。自然を装った加工物として生まれ変わった怪自然は、もはや自然物の範疇を離れ、自然と人間の狭間を揺れ動く贋作がんさくとしての生を全うするしかないのだ。
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