めぐりしコのエコ

しろくじちゅう

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流せ、綴れ、情愛

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 大再起、その最後の戦いは、尻すぼまりに幕を閉じたかに思われた。無様に敗れ去ったトロンに心無い野次が浴びせかけられたが、彼は微塵たりとも意に介さないどころか、泥だらけになりながらも立ち上がってみせた。まだ決着はついていない。確かにエシレウスとの一騎打ちには破れただろうが、真の勝負はこれから始まるのだ。もうじき三兄弟がやって来る。メルヘンに連れられてここへやって来る。彼らには、シュラプルを背負って立つ英雄となってもらうべく、シュラプル一の強者として名乗りを上げ、この非難と冷やかしの嵐を歓声へと変えてもらわなければならない。自然をも凌駕するほどの強者を求めてやまない住人に、真の英雄が誰なのかを歴然とさせるには、大言壮語の不甲斐ない似非えせ勇者が必要なのだ。その憎まれ役をトロンは買って出た。メルヘンに頼まれはしたが、断じて彼女のためでなく、妹の罪滅ぼしを手伝うために買って出たのだ。今は群衆に混じり、おろおろと兄の身を案じるばかりの妹を傍らで支えてやりたい。ただそれだけのために、トロンは泥土に汚れ、避難轟々を浴び、ひどく惨めな思いをしているのだ。敗者は直ちに去れ、と住人は口々に辛辣しんらつな言葉を口走ったが、まさに柳に風、トロンは何食わぬ表情でエシレウスに剣先を向けて構えてみせた。シュラプルを訪れて以来、一生懸命に奔走し続けた妹のために、今だけは往生際を悪くするべきなのだ。三兄弟、そして、彼らの母の到来に備えて。
 エシレウスは、トロンの不格好をせせら笑う事もなく、戦う姿勢を貫いてくれていた。いまだトロンを敗者と見做みはなしていない何よりの証左である。住人の意思に反し、大再起は続行されるのだ。ところが、凱旋の時は唐突に訪れた。
 ずかずかと住人の囲いを突き破り、メルヘンが泥土の前に躍り出た。その両手には、エラクレス三兄弟が首根っこを掴まれ、なんとも情けない姿で引きずられていた。アンデスやブブゼラはもちろん、行方不明だったはずのポワソンまでもが顔面蒼白となり、まるで勝気な母に帰宅を強制される駄々っ子のような醜態を晒していた。これでは英雄の面目など立たないだろう。三兄弟の登場に皆が一斉に閉口し、気まずい沈黙が流れたが、メルヘンの第一声は雷鳴の如く静寂を裂いた。
「この子らの腐った性根を叩き直しておくれよ、将軍!!」
その口調は、断じてメルヘンのものではなく、どこか荒々しい、それでいて母性愛を感じさせる響きがあった。やはり今のメルヘンには、三兄弟の母、クレア・エラクレスが憑依しているのだ。三兄弟に結束を促すための奥の手として、彼らの母を現世に復活させたのだ。住人は、豹変したメルヘンの言動に唖然とするばかりであったが、その不敵者な態度からは、脳裏に刻まれたかの女将校の勇士を思い起こす事ができた。
クレアは、三兄弟の襟を離すと、泥土の中へと押し入った。トロンの眼前で足を止めた矢先、その頭を乱暴に撫で回しながら「兄妹想いの兄ってのは、あんたかい!」と屈託のない笑顔を向けた。
トロンは、瞬く間に青ざめ、クレアと関わり合う事を億劫に思った。相手とするには苦手な性格の持ち主であったからである。
それはそれとして、クレアは、戸惑うトロンを他所よそにしてエシレウスの前に進み出ると、剣を泥土に突き立てるばかりの彼に向かって「将軍には、これからウチの三兄弟と戦ってもらいます。でも、その前に!」と言ったかと思うと、シフォンに向かって手招きを繰り返した。
シフォンは、いぶかりながらも手招きに応じ、恐る恐る泥土に足を踏み入れると、トロンの隣まで呼び寄せられた。
まもなく、クレアは双子に面と向かい、期待のこもった熱い口調でこう言った。
「あんたらの事は大体わかってる。なにせ、さっきまでは現世を気ままに彷徨う幽霊だったんだからね。あんたらのシュラプルでの言動は、こっそりと見聞きさせてもらってたんだ。でも、昔の事を責めようってわけじゃないんだよ。今大事なのは、あの腐った三兄弟に兄弟の絆がもたらす底力ってのを見せつけてやる事なんだから!そこで、あんたらには手本を見せてほしいんだよ!兄妹が力を合わせれば、将軍にだって勝てるって所を皆に見せてほしいんだよ!」
クレアは、はなはだしいまでの無謀を強いてきたが、不思議と拒む気にはならなかった。大きな期待を寄せられているからだろうか。それとも、情熱的なクレアの雰囲気が琴線きんせんに触れたからだろうか。双子は、クレアの頼みに対し、うんと小さく頷く事で応えた。
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