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流せ、綴れ、情愛
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試練を終えたトロンらは、シュラプルの門まで戻ると、アスレチックに見送られながら村内へ進んでいった。門をくぐり、敷き砂の上を進んでいると、いよいよ小屋の立ち並ぶ集落が目前に迫ったが、今度は一人の女性に進路を阻まれた。両手を腰に当て、仁王立ちの姿勢で待ち構えていたその若い女性は、三人に向かってこう呼びかけた。
「壁の領域は、そちらから見て左方!!領地の境界線上には、石が積まれているので、断じて無断で越える事のないように!!」
トロンは、その女伊達の迫力に目を見張った。自分と大差ない年齢かつ可憐な容姿をしてはいたが、その言動は、並大抵の男をゆうに超えるほどの雄々しさを感じさせた。彼女もまた、全身に鎧を着込み、剣だけでなく猟銃をも武装していた。
シフォンは、女性の前まで来ると、すかさず頭を下げた。「…ごめんなさい!!わたし、なんて謝ったらいいか…」
「何も言うな。いくらお前が謝った所で、かつてのシュラプルは帰ってこないんだ」女性は、困り入った表情で言った。「それよりも、何をしにここへ来た?私としては、そっちの方が気になる」
「用事が済んだら、すぐに出て行く。余計な詮索はいらない」トロンは女性に対し、強めの語気で言い放った。
「トロン、と名乗っていたな…」女性は、トロンとシフォンの顔を見比べながら、「……お前は、もしかしてシフォンの兄弟か?雰囲気は違うが、顔だけは似ている…」と呟いた。
「そんなに兄妹が珍しいか」トロンは、じろじろと見られる事を心底嫌い、つい顔を背けた。
「いや、兄弟だったら、昔から嫌というほど付き合わされてる」女性は見比べるのをやめると、はぁと嘆息を吐いた。「今だってそうだ。私はアンデスに言われて、お前たちを案内するためにここにいるんだからな。まったく、あいつらときたら、どいつもこいつも人を召使いみたいに扱って…」
「そのアンデスとやらが三兄弟の一人か」
「そうだ。アンデスは、お前たちに会いたがってる。歩きながら話そう」女性は三人に背を向け、壁の領域を進み始めたかと思いきや、すぐに立ち止まってラブ=ラドールの方を振り向くと、「そこの……タフだったな、名は。元気そうでなによりだ」と声をかけたのち、向き直って案内し始めた。
ラブ=ラドールは、シュラプルに来てからというものの、心なしか機嫌が良いように見える。口にこそ出さないが、やはりシュラプルの人間と再会できた事が嬉しいのだ。自然の中で本能の赴くままに生活するだけだった男も、本物のラブ=ラドール・エシレウスとの出会いを経て、他人と関わり合う事を覚えたのだろう。オッド=アインたちがシュラプルを自然に帰そうと襲撃した際、ラブ=ラドールはオッド=アインに戦いを挑んだそうだが、そのおかげで彼は今、周囲からもてはやされている。その証拠に、アスレチックはラブ=ラドールを歓迎し、さらには名も知らぬ住人までもが尊敬の目を向けている。トロンにとっては、好奇の目としか映らず、その視線が恥じるほどに痛かったが、住人に槍を向けられるよりかは幾分ましであった。それでも肩幅の狭い思いをしていると、突如として案内の女性が三人に振り返り、こう名乗った。
「ああ、申し遅れたな。私の名はメルヘン・オオリン、またの名を、誠実なオオリン」メルヘンは名乗ると、またすぐに案内を再開した。「さて、お前たちは何をしにシュラプルへやって来たんだ?遠路遥々訪れたんだ、よっぽどの理由があるんだろう?」
「特に用事があって訪れたわけではありません。ただ、わたしは、お兄様に連れられてきただけですから。でも、せっかくの機会ですし、シュラプルの皆に過去の事を謝っておきたいと………」そこでシフォンは口ごもったのち、続けて涙声で「ごめんなさい、皆の気持ちも考えずに…。厚かましいですよね、わたし…」
「気にするな。ほとんどの住人は、お前の事を悪人だなんて思っていない」メルヘンは、悲惨な過去を気に留めていないのか、極めて平静に言った。「あの時、お前が手を貸してくれなければ、こうして新たなシュラプルが築かれる事もなかったかもしれない。少なくとも私は、……少なからず感謝はしているが、くれぐれも許したわけではないからな」
「はい…!だから、せめて……あの三兄弟の仲を取り持つくらいの事はさせてください」
「あいつらが、お前の言葉を素直に聞くとは思えない。あの馬鹿は昔から聞く耳を持たないからな」
「馬鹿呼ばわりするからには、それなりに親しいのか?」トロンは、さりげなく口を挟んだ。
「ああ。幼馴染みたいなものだ。あのエラクレス三兄弟とは、もう十年以上の付き合いになる。あいつら、昔は鍛冶屋を営んでいたんだ。母が多忙だったから、十代半ば頃に一念発起して店を構えたまではよかったが………阿呆らしいトラブル続きでな。結局は、見かねた私が助けてやったのさ。私は、こう見えても昔は狩人を生業としていたから、仕留めた獲物をあいつらにくれてやる事もあったっけな。何かと振り回される事も多かったが、兄弟仲だけが取り柄みたいなやつらだったし、特に不満もなく、平穏無事に暮らせていた。だが、今の三兄弟には、かつての面影なんてこれっぽっちもない。あるのは、いつまでも互いに疎んじ合うだけの幼稚な大人の姿だけだ」
「アンタの力で仲直りさせてやったらどうだ」
「それができるだけの力があればよかったんだがな。残念ながら、私の言葉が、あいつらに届く事はなかった。正直言って、もうお手上げだ。でも、せめて兄弟間での意思疎通くらいは担ってやっている。要は、つまらない伝令係さ。それでも、あの三兄弟の誰か一人をひいきするよりかは、ましだ」
「住人は、どう思っているんだ。そんな三兄弟を」
「より強い者が人の上に立つ。ただそれだけの事だ。あいつらも廻仔だからな。人並み以上には強いのさ。……そうそう、アンデスは、過去にヘマをやらかしてな。それ以来、落ち込んでいるというか、見るからにやさぐれているが、気にしなくていいからな」
「壁の領域は、そちらから見て左方!!領地の境界線上には、石が積まれているので、断じて無断で越える事のないように!!」
トロンは、その女伊達の迫力に目を見張った。自分と大差ない年齢かつ可憐な容姿をしてはいたが、その言動は、並大抵の男をゆうに超えるほどの雄々しさを感じさせた。彼女もまた、全身に鎧を着込み、剣だけでなく猟銃をも武装していた。
シフォンは、女性の前まで来ると、すかさず頭を下げた。「…ごめんなさい!!わたし、なんて謝ったらいいか…」
「何も言うな。いくらお前が謝った所で、かつてのシュラプルは帰ってこないんだ」女性は、困り入った表情で言った。「それよりも、何をしにここへ来た?私としては、そっちの方が気になる」
「用事が済んだら、すぐに出て行く。余計な詮索はいらない」トロンは女性に対し、強めの語気で言い放った。
「トロン、と名乗っていたな…」女性は、トロンとシフォンの顔を見比べながら、「……お前は、もしかしてシフォンの兄弟か?雰囲気は違うが、顔だけは似ている…」と呟いた。
「そんなに兄妹が珍しいか」トロンは、じろじろと見られる事を心底嫌い、つい顔を背けた。
「いや、兄弟だったら、昔から嫌というほど付き合わされてる」女性は見比べるのをやめると、はぁと嘆息を吐いた。「今だってそうだ。私はアンデスに言われて、お前たちを案内するためにここにいるんだからな。まったく、あいつらときたら、どいつもこいつも人を召使いみたいに扱って…」
「そのアンデスとやらが三兄弟の一人か」
「そうだ。アンデスは、お前たちに会いたがってる。歩きながら話そう」女性は三人に背を向け、壁の領域を進み始めたかと思いきや、すぐに立ち止まってラブ=ラドールの方を振り向くと、「そこの……タフだったな、名は。元気そうでなによりだ」と声をかけたのち、向き直って案内し始めた。
ラブ=ラドールは、シュラプルに来てからというものの、心なしか機嫌が良いように見える。口にこそ出さないが、やはりシュラプルの人間と再会できた事が嬉しいのだ。自然の中で本能の赴くままに生活するだけだった男も、本物のラブ=ラドール・エシレウスとの出会いを経て、他人と関わり合う事を覚えたのだろう。オッド=アインたちがシュラプルを自然に帰そうと襲撃した際、ラブ=ラドールはオッド=アインに戦いを挑んだそうだが、そのおかげで彼は今、周囲からもてはやされている。その証拠に、アスレチックはラブ=ラドールを歓迎し、さらには名も知らぬ住人までもが尊敬の目を向けている。トロンにとっては、好奇の目としか映らず、その視線が恥じるほどに痛かったが、住人に槍を向けられるよりかは幾分ましであった。それでも肩幅の狭い思いをしていると、突如として案内の女性が三人に振り返り、こう名乗った。
「ああ、申し遅れたな。私の名はメルヘン・オオリン、またの名を、誠実なオオリン」メルヘンは名乗ると、またすぐに案内を再開した。「さて、お前たちは何をしにシュラプルへやって来たんだ?遠路遥々訪れたんだ、よっぽどの理由があるんだろう?」
「特に用事があって訪れたわけではありません。ただ、わたしは、お兄様に連れられてきただけですから。でも、せっかくの機会ですし、シュラプルの皆に過去の事を謝っておきたいと………」そこでシフォンは口ごもったのち、続けて涙声で「ごめんなさい、皆の気持ちも考えずに…。厚かましいですよね、わたし…」
「気にするな。ほとんどの住人は、お前の事を悪人だなんて思っていない」メルヘンは、悲惨な過去を気に留めていないのか、極めて平静に言った。「あの時、お前が手を貸してくれなければ、こうして新たなシュラプルが築かれる事もなかったかもしれない。少なくとも私は、……少なからず感謝はしているが、くれぐれも許したわけではないからな」
「はい…!だから、せめて……あの三兄弟の仲を取り持つくらいの事はさせてください」
「あいつらが、お前の言葉を素直に聞くとは思えない。あの馬鹿は昔から聞く耳を持たないからな」
「馬鹿呼ばわりするからには、それなりに親しいのか?」トロンは、さりげなく口を挟んだ。
「ああ。幼馴染みたいなものだ。あのエラクレス三兄弟とは、もう十年以上の付き合いになる。あいつら、昔は鍛冶屋を営んでいたんだ。母が多忙だったから、十代半ば頃に一念発起して店を構えたまではよかったが………阿呆らしいトラブル続きでな。結局は、見かねた私が助けてやったのさ。私は、こう見えても昔は狩人を生業としていたから、仕留めた獲物をあいつらにくれてやる事もあったっけな。何かと振り回される事も多かったが、兄弟仲だけが取り柄みたいなやつらだったし、特に不満もなく、平穏無事に暮らせていた。だが、今の三兄弟には、かつての面影なんてこれっぽっちもない。あるのは、いつまでも互いに疎んじ合うだけの幼稚な大人の姿だけだ」
「アンタの力で仲直りさせてやったらどうだ」
「それができるだけの力があればよかったんだがな。残念ながら、私の言葉が、あいつらに届く事はなかった。正直言って、もうお手上げだ。でも、せめて兄弟間での意思疎通くらいは担ってやっている。要は、つまらない伝令係さ。それでも、あの三兄弟の誰か一人をひいきするよりかは、ましだ」
「住人は、どう思っているんだ。そんな三兄弟を」
「より強い者が人の上に立つ。ただそれだけの事だ。あいつらも廻仔だからな。人並み以上には強いのさ。……そうそう、アンデスは、過去にヘマをやらかしてな。それ以来、落ち込んでいるというか、見るからにやさぐれているが、気にしなくていいからな」
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