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僕より

異端の君

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 ー朝、雨が降っていると特別な気分になるー
 その日も当たり前のように僕は自室のベッドで目を覚ました。
 今日もつまらない一日が始まってしまう。楽しい夜は最初からなかったかのように容赦ない太陽に殺されてしまった。影すら眩い太陽に囲まれて収縮しているかのように見える。
 重い上半身を起こしながら、なぜ寝る時はあんなに軽やかに横になれるのに逆のことをするのはこんなに難しいのかとくだらないことを考えて吐き気がした。
 後もう何十秒かしたら母親の怒声が響くだろう。とりあえず這い蹲るようにしてベッドから降りた。
 ゆっくりと立ち上がると視界が歪む。歪む世界におはようと呟きパジャマのまま部屋を出た。
 朝食を押し込むようにして口に詰め、水で流し込む。
 無言のまま自室で制服に着替えた。少し前まではピンと張っていたシャツも今では所々にシワが目立つ。学ランは嫌いだ。中学生から高校生には変わったものの、学ランというところは変わりないので変わり映えしない。なにより、僕のような163cmで男にしては小柄な体型だと首が詰まって見えるうえ、中学生と間違われたこともある。
 今日は元々癖毛な髪に芸術的な寝癖が付いていて、とっさに鏡の自分をムッっと睨んだが、同じく睨み返されるだけだった。
 「いってきます、」
 玄関で、誰にも聞こえるはずのない声をだした。そのまま家を出る。ドアが閉まる直後「行ってらっしゃい、」とかすかに聞こえた…気がした。
 自転車に乗った直後雨が降っていることに気づいた。小雨だから大丈夫だろうと思っていると、駅に着く頃にはかなりの量の雨が彼の頭や体に降り注いでいた。
 ホームで髪や服拭いていると、ぐしょ濡れになり鉛を引きずるように電車が入ってきた。電車の窓は外気の冷たさと、人々の熱に耐えていて少し曇っている。そこに写った自分を見て少々自惚れる。癖毛が雨のおかげでワックスをつけたパーマのようになっており少しだけ
 なんて考えているうちに体が冷えてきたので学ランの上を脱いだ。足が短いのが際立つと思いシャツをズボンから出す、脱いだ上着は手に持って電車に乗った。今日は案外空いている。座席の手すりに寄っかかってスマホを見ようとした時だった。
 ドアも閉まる直前、まるでふわっとした春風のように少女が入ってきた。
 一瞬時が止まったかのように見えた。
 少女が乗った後、電車まで見とれていたかのように一泊置いてから扉がしまった。
 少女はそのまま僕と反対側の手すりに寄っかかって、走ってきたのだろうかしばらく下を向いて肩で呼吸を整えていたが、ふと前を向いたと思うと窓の外をぼーっと見つめた。
 思わず見とれていたが失礼だと思い、スマホに目を向ける。だが、頭は目の前の少女のことばかりだ。
 彼女の制服はここらでは有名な私立のお嬢様校のものだった。赤混じりの黒で、膝よりも少し上のスカートが他の公立高校と比べ短く、それでいてほとんどの人が腰まで綺麗な黒髪を伸ばしていて清楚で可愛いと定評がある。その高校の生徒はどこか人形のようなオーラが漂っており、僕は苦手だった。
 だが彼女はどこか、異端だった。
 まず、髪は猫毛チックで茶色い。耳かけした際、内側は少し金髪のようになっているのがわかった。顔周りは内側に巻かれており、肩に着く髪は外側にまるで威嚇しているかのようにハネている。スカートは普通の子より短めで、耳にはピアスが空いている。
 お嬢様校にも、こういう、所謂不良生徒はいるんだなと、ちらちら視線を少女に向けていた。彼女も少し雨に濡れていて内側と外側にハネた髪を不機嫌そうに気にしている。
 だが、少しすると彼女も
 みんなそうなのだ。僕以外の全員電車に乗ると置き物と化す。その様はまるで、量産された人形のようにスマホ片手に下に俯いている。所詮電車内の置物でしかない。残念に思った。そう思い出したのは去年、高一になって1人で電車になるようになってから半年ほど経ってからだ。最初の頃は初めての電車登校でソワソワしていたのだが、直にいつも同じ人が同じ時間に乗って同じことをしていることに気づいた。それからだ、電車に乗る人が置き物の人形になっていると思ったのは。
 彼女も同じなのだ。特別に見えて、根本は人と変わらないただの人だ。
 そう思っているうちに電車が彼女の高校の最寄り駅に着いた。呪いが解けたように少女は人間に戻り、僕の横のドアの前に立つ。
 ふわりといい香りがした。
 駅に着くことを知らせるアナウンスが鳴る。
 電車が止まる。
 揺れに耐えた彼女。
 少女のスカートが揺れる。
 少女の髪も揺れた。
 一拍置いたあと、ドアが開く。
 彼女が電車を降りる瞬間。
 こっちを見た。
 目が合った。
 完全に、その目は僕の目を、心を射止めていた。
 彼女は微笑んだ。
 ニコッと優しく、妖艶に、、寂しげに。
 微笑んだのだ。先程まで人形だった少女が、同じく人形のままでいる僕に。その微笑みは少年の心を少女に釘付けにするには十分過ぎた。
 ...僕も人形だったんだな。
 その事に気づき、僕は少女に救われた。
 少女は色づかない僕の世界を微笑みひとつで変えてしまった。
 いつの間にかドアは閉まり、僕の学校の最寄りへと電車は進んでいた。
 それからもう少女と会うことは無かった。なぜなら、
 それからもう少女と会うことは無かったなぜなら
 それからもう少女と会うことは無かったなぜな
 それからもう少女と会うことは無かったなぜ
 それからもう少女と会うことは無かったな 
 それからもう少女と会うことは無かった
 それからもう少女と会うことは無かっ
 それからもう少女と会うことは無
 それからもう少女と会うことは
 それからもう少女と会うこと
 それからもう少女と会うこ
 それからもう少女と会う
 それからもう少女と会
 それからもう少女と
 それからもう少女
 それからもう少
 それからもう
 それからも
 それから
 それか
 それ
 そ





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