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番外編1 夜会にはドレスが必要です
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王位継承権1位を解せない経緯で譲られてしまったフェリシアだが、継承権が来てしまったことは、どれだけ認めたくはなくとも事実だ。
彼女は責任を放棄することはなかった。
今も、来たるゲニアス国最大の夜会について、侍従長からの説明を受けていた。
新しく護衛に就いたダスティンは、この時間も慣れたものなのだろう。冷然とした様子を崩すことなく、出席者と広間の配置を確認している。
方や、昔からの彼女の護衛であるヴィクターは退屈を隠さず、護衛としてあるまじき事だが、先ほどから欠伸を繰り返している。
もの悲しい気持ちを抱かせる光景を視界の端に収めながら、フェリシアは職務を投げ出さず、真摯に説明に耳を傾けていた。
「――以上が主だった出席者です」
出席者の近況をまとめてくれた丁寧な説明に耳を傾けながら、フェリシアは北の辺境伯の参加が見送られたことに、内心で溜息をついた。
最大の夜会を欠席するとなると、辺境伯の状態が広まるのも時間の問題となるだろう。
決断の時が迫っている。
フェリシアの内奥を知るはずもない侍従長は、別の説明に入っていた。
「カーテンや花などは、王妃殿下のドレスの色と合わせて、青を基調としたものにする予定です。妃殿下のドレスの生地見本がこちらです。今回、妃殿下が青を選ばれたのは――」
色についてまで配慮がなされる準備の周到さを知り、改めて感心しながら、侍従長が示した鮮やかな濃い青の小さな生地を目にした。
美しい青だ。妃殿下の華やかな顔立ちと気品を引き立てるドレスにな――、
ドレス?
フェリシアの思考は、はたと止まった。
ドレス――!!
フェリシアの心の悲鳴は、今回は侍従長に届いたらしい。彼は瞠目し、説明を止めている。フェリシアは、もう心どころではなく血の気も引いているのをはっきり自覚したけれど、それを抑え込む余裕はなかった。
ドレスなのだ。
夜会にはドレスが必要なのだ。
誰もが知っていることに今更ながら思い至り、フェリシアは頭を抱える思いがした。
ドレスの用意を、そもそも用意するという段取りすら忘れていた。
敢えて言い訳をしたい。
今まで夜会に向けてドレスの用意をしたことがなかったのだ。
いつも夜会のドレスはレイモンドが贈ってくれていたから。
けれど、先日、婚約破棄をしたレイモンドは、今回の夜会で「元」婚約者にドレスを贈ってくれることはないだろう。
夜会まで1ヶ月を切っている。
普通に今から手配しても間に合わない。
せめて夜会が終わってから婚約破棄をして欲しかったと、自分の不手際を棚に上げて、つい愚痴を零しながら、フェリシアは考えを巡らせた。
お母様の昔のドレスを仕立て直す――、いえ、流行から外れているから、それは無理ね。
今回、フェリシアは王位継承権1位として陛下夫妻のすぐ近くに立つことになる。
それでなくとも、婚約を破棄され注目を浴びることは必至だ。
たかがドレスではあるが、「たかが」で済ませてくれないのが社交界である。
流行から外れたドレスを選んだ姿を見せれば、どんな謗りや侮りを受けるか分からない。
将来の施政にまで要らぬ支障を負うことになりかねない。
急病にて欠席?
姑息な策が過ったが、瞬時に却下した。高潔さを気取るわけではない。ドレスの問題を回避できるなら、喜んで今すぐにでも急病になる覚悟はあるものの、婚約破棄された身としては悪手だと気がついたのだ。
傷心で公務を果たせない印象を持たれれば、やはり今後に影響するだろう。
あぁ、もう、あと1ヶ月待ってくれても良かったのでしょうに、と詮無き愚痴をまた零しながら、この手詰まりから思考を解放するべく、一先ず手合わせをしようとヴィクターに視線を向けた。
彼は姿勢良く椅子に座っているが、目を閉じている。
いや、彼女の視線に気づきもせず、規則正しいやや大きな呼吸をし続けていることを考えれば、寝ていると表現した方が正しいだろう。
絶対に手合わせをする、とフェリシアが意気込んだとき、ふとヴィクターの隊服に目が行った。
「隊服よ!」
喜色に満ちた声で、フェリシアは解決策を叫んだ。
軍属であるフェリシアは、式典用の儀礼服を支給されている。これならば礼に失することはない。何しろ式典用に作られているのだから。
フェリシアの叫びに身体を跳ねさせて目を覚ましたヴィクターの隣で、端然と座していたダスティンが穏やかに言葉を挟んだ。
「殿下はドレスを用意なさっています」
「え?」
耳を疑うフェリシアの前で、侍従長はようやくフェリシアの悩みに追いついた。
「はい、殿下は手配なさっています。この生地見本を既に2ヶ月前にお渡ししています。その場には懇意になさっている仕立屋もお呼びになっていました」
じわりと胸に温かさが広がった。
――今までの焦りは徒労だった、
――2ヶ月前から僅か一月で何が婚約破棄まで動いてしまったのか、
そのような諸々の考えを全てかき消して、温かさはフェリシアを満たしていた。
侍従長は、フェリシアの輝くような笑顔に頬を緩めた後、瞬き一つで表情を戻すと説明を再開したのだった。
それからしばらくして、夜会が1週間前に迫った頃、屋敷に戻ったフェリシアに件のドレスが届けられたことが伝えられた。
トルソーに飾られたドレスを見て、フェリシアの胸にまた明かりが灯る。
光沢のある銀を基調とし、青の流線のアクセントが入ったそのドレスは、溜息が漏れるほど美しいものだった。
フェリシアは、そっと青の流線を指でなぞった。
銀の中に入ると、濃い青はレイモンドの瞳の色ととてもよく似た色になっていたのだ。
元婚約者であっても、お礼を言うことは許されるわよね
お礼を言う、その一瞬だけは、わだかまり無く、心からの笑顔を交わせるだろうか。
フェリシアは大好きなレイモンドの柔らかな笑顔を思い浮かべながら、微笑んだのだった。
番外編1 完結
お付き合い下さり、ありがとうございました。
一旦、また完結とします。
この後、書き貯まりましたら、また投稿します。
彼女は責任を放棄することはなかった。
今も、来たるゲニアス国最大の夜会について、侍従長からの説明を受けていた。
新しく護衛に就いたダスティンは、この時間も慣れたものなのだろう。冷然とした様子を崩すことなく、出席者と広間の配置を確認している。
方や、昔からの彼女の護衛であるヴィクターは退屈を隠さず、護衛としてあるまじき事だが、先ほどから欠伸を繰り返している。
もの悲しい気持ちを抱かせる光景を視界の端に収めながら、フェリシアは職務を投げ出さず、真摯に説明に耳を傾けていた。
「――以上が主だった出席者です」
出席者の近況をまとめてくれた丁寧な説明に耳を傾けながら、フェリシアは北の辺境伯の参加が見送られたことに、内心で溜息をついた。
最大の夜会を欠席するとなると、辺境伯の状態が広まるのも時間の問題となるだろう。
決断の時が迫っている。
フェリシアの内奥を知るはずもない侍従長は、別の説明に入っていた。
「カーテンや花などは、王妃殿下のドレスの色と合わせて、青を基調としたものにする予定です。妃殿下のドレスの生地見本がこちらです。今回、妃殿下が青を選ばれたのは――」
色についてまで配慮がなされる準備の周到さを知り、改めて感心しながら、侍従長が示した鮮やかな濃い青の小さな生地を目にした。
美しい青だ。妃殿下の華やかな顔立ちと気品を引き立てるドレスにな――、
ドレス?
フェリシアの思考は、はたと止まった。
ドレス――!!
フェリシアの心の悲鳴は、今回は侍従長に届いたらしい。彼は瞠目し、説明を止めている。フェリシアは、もう心どころではなく血の気も引いているのをはっきり自覚したけれど、それを抑え込む余裕はなかった。
ドレスなのだ。
夜会にはドレスが必要なのだ。
誰もが知っていることに今更ながら思い至り、フェリシアは頭を抱える思いがした。
ドレスの用意を、そもそも用意するという段取りすら忘れていた。
敢えて言い訳をしたい。
今まで夜会に向けてドレスの用意をしたことがなかったのだ。
いつも夜会のドレスはレイモンドが贈ってくれていたから。
けれど、先日、婚約破棄をしたレイモンドは、今回の夜会で「元」婚約者にドレスを贈ってくれることはないだろう。
夜会まで1ヶ月を切っている。
普通に今から手配しても間に合わない。
せめて夜会が終わってから婚約破棄をして欲しかったと、自分の不手際を棚に上げて、つい愚痴を零しながら、フェリシアは考えを巡らせた。
お母様の昔のドレスを仕立て直す――、いえ、流行から外れているから、それは無理ね。
今回、フェリシアは王位継承権1位として陛下夫妻のすぐ近くに立つことになる。
それでなくとも、婚約を破棄され注目を浴びることは必至だ。
たかがドレスではあるが、「たかが」で済ませてくれないのが社交界である。
流行から外れたドレスを選んだ姿を見せれば、どんな謗りや侮りを受けるか分からない。
将来の施政にまで要らぬ支障を負うことになりかねない。
急病にて欠席?
姑息な策が過ったが、瞬時に却下した。高潔さを気取るわけではない。ドレスの問題を回避できるなら、喜んで今すぐにでも急病になる覚悟はあるものの、婚約破棄された身としては悪手だと気がついたのだ。
傷心で公務を果たせない印象を持たれれば、やはり今後に影響するだろう。
あぁ、もう、あと1ヶ月待ってくれても良かったのでしょうに、と詮無き愚痴をまた零しながら、この手詰まりから思考を解放するべく、一先ず手合わせをしようとヴィクターに視線を向けた。
彼は姿勢良く椅子に座っているが、目を閉じている。
いや、彼女の視線に気づきもせず、規則正しいやや大きな呼吸をし続けていることを考えれば、寝ていると表現した方が正しいだろう。
絶対に手合わせをする、とフェリシアが意気込んだとき、ふとヴィクターの隊服に目が行った。
「隊服よ!」
喜色に満ちた声で、フェリシアは解決策を叫んだ。
軍属であるフェリシアは、式典用の儀礼服を支給されている。これならば礼に失することはない。何しろ式典用に作られているのだから。
フェリシアの叫びに身体を跳ねさせて目を覚ましたヴィクターの隣で、端然と座していたダスティンが穏やかに言葉を挟んだ。
「殿下はドレスを用意なさっています」
「え?」
耳を疑うフェリシアの前で、侍従長はようやくフェリシアの悩みに追いついた。
「はい、殿下は手配なさっています。この生地見本を既に2ヶ月前にお渡ししています。その場には懇意になさっている仕立屋もお呼びになっていました」
じわりと胸に温かさが広がった。
――今までの焦りは徒労だった、
――2ヶ月前から僅か一月で何が婚約破棄まで動いてしまったのか、
そのような諸々の考えを全てかき消して、温かさはフェリシアを満たしていた。
侍従長は、フェリシアの輝くような笑顔に頬を緩めた後、瞬き一つで表情を戻すと説明を再開したのだった。
それからしばらくして、夜会が1週間前に迫った頃、屋敷に戻ったフェリシアに件のドレスが届けられたことが伝えられた。
トルソーに飾られたドレスを見て、フェリシアの胸にまた明かりが灯る。
光沢のある銀を基調とし、青の流線のアクセントが入ったそのドレスは、溜息が漏れるほど美しいものだった。
フェリシアは、そっと青の流線を指でなぞった。
銀の中に入ると、濃い青はレイモンドの瞳の色ととてもよく似た色になっていたのだ。
元婚約者であっても、お礼を言うことは許されるわよね
お礼を言う、その一瞬だけは、わだかまり無く、心からの笑顔を交わせるだろうか。
フェリシアは大好きなレイモンドの柔らかな笑顔を思い浮かべながら、微笑んだのだった。
番外編1 完結
お付き合い下さり、ありがとうございました。
一旦、また完結とします。
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