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これは書かれてはいませんでした
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一夜明けて、全てが夢だったと思う暇もなく、フェリシアは新しい現実を突き付けられていた。
目の前には、憎らしいまでの素晴らしい体躯の持ち主が、端然と立っている。フェリシアは、その現実に僅かに眉を顰めた。彼女の不快と不審を感じ取っているだろうに、彼の気配に揺らぎは一切見られない。
彼の名は、ダスティン。
王家直属の影だ。昨日、無理やり王位継承権を譲られたことで、影が護衛に就くという。
先日までレイモンドの護衛に付いていた彼のことは、もちろん知っていた。影の中でも、――恐らくは国の中でも――最強の強さを持つと、フェリシアは常々、感じていた。
影でありながら、側付きの護衛を務めていたのは、その強さはもちろん、恵まれた体躯も相まって、ただ立つだけで相手に畏怖を感じさせることができるからだ。
その最高の影が、自分に付くという。
もちろん、そのような大層な護衛は要らない。
――これは詐欺ではないのかしら?
フェリシアは納得のいかない思いがした。
望んでもいないものを、また、押し付けられたのだ。
このようなことは、昨日のあの文書には書かれていなかった。
王位継承権を渡された時点で、制度上、この事態が付随するのだと説かれても、後出しをされた気がして仕方がない。
そもそもフェリシアには生まれた時から公爵家の護衛が付き、体制が出来上がっている。その護衛の一員として背後に控えるヴィクターからも、殺気にも似た不穏な気配が漂った。
公爵家の護衛では不足だと言われているも同然なのだから、それも当然のことだろう。
ヴィクターの態度を咎める気はないほどに、フェリシアとて色々不快に思うところがあるものの、どうもその気持ちが長続きしない。
ダスティンの申し出に、大きな疑問が浮かんでしまうからだろう。
――ダスティン、あなたは私の護衛ができるの?
彼の強さは認めている。
剣技も体技も、どれを取っても彼は最強だ。
正直に言えば、本当に、本当に正直なところは、最強の彼が練習に付き合ってくれるなら、この理不尽な事態も喜んで受け入れると、そう思っていることを否定することはできない。
けれど、その願望をあっさりと抑え込めたのは、ダスティンに疑念を持ってしまうからだ。
護衛は強さだけでは務まらない。護衛対象との関係が重要だ。
影に相応しく、いつも冷然とした態度を崩さないダスティンだが、彼のレイモンドへの忠誠は職務を超えたものだと感じていた。
いずれ父に代わり軍を率いる者として、相手の忠誠を見極めることは日々鍛えられてきた。見立てに自信はある。たとえ、その鍛錬がなくともダスティンの深い忠誠は明らかだった。
レイモンドが死を命じれば、どんなに理不尽であっても瞬時に命を差し出す姿が目に浮かぶほどだ。
ダスティンの欠点を挙げるならそこだろう。
その彼が、レイモンドではない別の人間の護衛をする――、フェリシアにはその姿を想像することができない。
気になることは他にもある。
恐ろしいことに、レイモンドの周りについていた影の気配のほとんどを感じ取ることができるのだ。
「これだけ私の護衛に回しては、レイモンドの護衛が手薄になるではないの」
「我らの任務は、王位継承権第1位の存在を護ることです」
ダスティンの声は温度を感じさせなかったが、殺気にも似た強い意志が込められていた。
フェリシアは内心で深い溜息を吐いた。
――これは、拒否しても護衛に入るわね。
あれほどの忠誠を捧げながら、ダスティンはレイモンドの護衛を離れ、確固とした意志を隠すことなく、こちらの反発をねじ伏せてでもフェリシアの護衛に就くことを譲らない。
――分からないわね。彼の実力なら、職を辞して密かにレイモンドの護衛を続けることも可能でしょうに。そして、レイモンドの護衛が少なくなった今、確実にそうしたかったでしょうに。
その不可解な頑なさが誰かを思い起こさせて、フェリシアはそっと目を閉じた。
『フェリ、ダスティンは最強の護衛だ。だから彼がいるときは、お願いだから――』
痛いほどに自分を抱きしめ、切々と囁きを零した元婚約者を、記憶の奥底に押しやると、フェリシアは決断した。
「好きにしたらいいわ」
「お嬢!」
ヴィクターの非難を無視して、一言付け加えた。
「こちらの邪魔をするようなら、容赦なく排除すると部下に伝えておいて」
彼女の言葉に、ピクリとダスティンの肩が動いた。
その反応を見て、選んだ言葉に対して僅かな後悔が過ったけれど、フェリシアは特に何も言わずに席を立った。
取り繕ったところで、結論は変わらないのだ。
ヴィクターがフェリシアの決断に納得がいかず不満を言い募るのを、適度に聞き流し、もう十分に付き合ったと思えた頃に、笑顔を投げかけた。
瞬間、ヴィクターの顔が引きつり、ピタリと不満は止まったが、逃すつもりはなかった。
「手合わせに付き合って」
うぐっ、と何かが詰まったような音がしたが、フェリシアは笑顔を深めて黙殺した。
フェリシアとて不満は溜まっていたのだ。
ヴィクターが昨日と同じく周りから激励されているのを耳にしながら、フェリシアは手合わせの準備へと向かったのだった。
目の前には、憎らしいまでの素晴らしい体躯の持ち主が、端然と立っている。フェリシアは、その現実に僅かに眉を顰めた。彼女の不快と不審を感じ取っているだろうに、彼の気配に揺らぎは一切見られない。
彼の名は、ダスティン。
王家直属の影だ。昨日、無理やり王位継承権を譲られたことで、影が護衛に就くという。
先日までレイモンドの護衛に付いていた彼のことは、もちろん知っていた。影の中でも、――恐らくは国の中でも――最強の強さを持つと、フェリシアは常々、感じていた。
影でありながら、側付きの護衛を務めていたのは、その強さはもちろん、恵まれた体躯も相まって、ただ立つだけで相手に畏怖を感じさせることができるからだ。
その最高の影が、自分に付くという。
もちろん、そのような大層な護衛は要らない。
――これは詐欺ではないのかしら?
フェリシアは納得のいかない思いがした。
望んでもいないものを、また、押し付けられたのだ。
このようなことは、昨日のあの文書には書かれていなかった。
王位継承権を渡された時点で、制度上、この事態が付随するのだと説かれても、後出しをされた気がして仕方がない。
そもそもフェリシアには生まれた時から公爵家の護衛が付き、体制が出来上がっている。その護衛の一員として背後に控えるヴィクターからも、殺気にも似た不穏な気配が漂った。
公爵家の護衛では不足だと言われているも同然なのだから、それも当然のことだろう。
ヴィクターの態度を咎める気はないほどに、フェリシアとて色々不快に思うところがあるものの、どうもその気持ちが長続きしない。
ダスティンの申し出に、大きな疑問が浮かんでしまうからだろう。
――ダスティン、あなたは私の護衛ができるの?
彼の強さは認めている。
剣技も体技も、どれを取っても彼は最強だ。
正直に言えば、本当に、本当に正直なところは、最強の彼が練習に付き合ってくれるなら、この理不尽な事態も喜んで受け入れると、そう思っていることを否定することはできない。
けれど、その願望をあっさりと抑え込めたのは、ダスティンに疑念を持ってしまうからだ。
護衛は強さだけでは務まらない。護衛対象との関係が重要だ。
影に相応しく、いつも冷然とした態度を崩さないダスティンだが、彼のレイモンドへの忠誠は職務を超えたものだと感じていた。
いずれ父に代わり軍を率いる者として、相手の忠誠を見極めることは日々鍛えられてきた。見立てに自信はある。たとえ、その鍛錬がなくともダスティンの深い忠誠は明らかだった。
レイモンドが死を命じれば、どんなに理不尽であっても瞬時に命を差し出す姿が目に浮かぶほどだ。
ダスティンの欠点を挙げるならそこだろう。
その彼が、レイモンドではない別の人間の護衛をする――、フェリシアにはその姿を想像することができない。
気になることは他にもある。
恐ろしいことに、レイモンドの周りについていた影の気配のほとんどを感じ取ることができるのだ。
「これだけ私の護衛に回しては、レイモンドの護衛が手薄になるではないの」
「我らの任務は、王位継承権第1位の存在を護ることです」
ダスティンの声は温度を感じさせなかったが、殺気にも似た強い意志が込められていた。
フェリシアは内心で深い溜息を吐いた。
――これは、拒否しても護衛に入るわね。
あれほどの忠誠を捧げながら、ダスティンはレイモンドの護衛を離れ、確固とした意志を隠すことなく、こちらの反発をねじ伏せてでもフェリシアの護衛に就くことを譲らない。
――分からないわね。彼の実力なら、職を辞して密かにレイモンドの護衛を続けることも可能でしょうに。そして、レイモンドの護衛が少なくなった今、確実にそうしたかったでしょうに。
その不可解な頑なさが誰かを思い起こさせて、フェリシアはそっと目を閉じた。
『フェリ、ダスティンは最強の護衛だ。だから彼がいるときは、お願いだから――』
痛いほどに自分を抱きしめ、切々と囁きを零した元婚約者を、記憶の奥底に押しやると、フェリシアは決断した。
「好きにしたらいいわ」
「お嬢!」
ヴィクターの非難を無視して、一言付け加えた。
「こちらの邪魔をするようなら、容赦なく排除すると部下に伝えておいて」
彼女の言葉に、ピクリとダスティンの肩が動いた。
その反応を見て、選んだ言葉に対して僅かな後悔が過ったけれど、フェリシアは特に何も言わずに席を立った。
取り繕ったところで、結論は変わらないのだ。
ヴィクターがフェリシアの決断に納得がいかず不満を言い募るのを、適度に聞き流し、もう十分に付き合ったと思えた頃に、笑顔を投げかけた。
瞬間、ヴィクターの顔が引きつり、ピタリと不満は止まったが、逃すつもりはなかった。
「手合わせに付き合って」
うぐっ、と何かが詰まったような音がしたが、フェリシアは笑顔を深めて黙殺した。
フェリシアとて不満は溜まっていたのだ。
ヴィクターが昨日と同じく周りから激励されているのを耳にしながら、フェリシアは手合わせの準備へと向かったのだった。
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