夢に楽土 求めたり

青海汪

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エピローグ 名のない木の詩

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 四年。
 一言で片づけてしまうにはあまりに長過ぎる時間だった。その間に起きたことを思い出すと、今でも涙が込み上げ泣き崩れたくなる。
 四年間ずっと、探し続けていた。果たせずにいた約束を胸に抱き、どこにあるとも知れない夢の面影を求めて―――
そして今、俺は不毛の土地に木を植えている。受け継ぐことのできなかった森を再びこの地上に宿し、結ばれることのなかった彼女の夢を長く語り継ぐ為に。
たった一人の少女がつくった森が、世界を変える可能性を秘めていた。
 
 
この一本の苗木が紡ぐ奇蹟に、夢を託して。
 
 俺たちが残す、未来への手紙とする為に…
 
 
 ぼくはずっと眠っていた。叔父さんに手を取られ国家研究機構MIZUHAに連れられ、そこで母の部屋でオルゴールを聴いているところを目撃されていることから、その時点でぼくの意識はあったと言うことなのだろう。
 気がつくとカプセルの上に横たわっていて、なんだか周りの様子が一変していたので驚いた。なによりもあれだけ殺風景だった研究所内が、まるで植物園かと間違えてしまいそうになるぐらいの緑で彩られていたから驚くのも無理はないだろう。
 カプセル型ベッドから起き上がるぼくを見るなり、傍にいた人たちは歓声を上げた。とは言っても、ほとんど知らない人たちばかりだからなにが起こっているのかすぐに判断がつかなかった。
 どうやら彼らの話を鵜呑みにすると、ぼくは半年もの間眠っていたらしい。まぁそれも少し怪しいのだが。
 だって元々髪の毛は不養生な生活が祟って真っ白になっていたはずだし、親友のグリフが遊びにきてぼくの前髪を染めたことだって覚えている。だけどどこで染められたのかはいくら考えても思い出せなかった。
まぁそんな頭がたった半年で真っ黒に戻っている訳がない。それに何故か前髪が以前よりも短く切られていたし、手には見たこともない白い造花を握られていた。研究員の人が言うにぼくはずっとそれを握り締めていて離さなかったそうだ。
 なんとなく腑に落ちないものを感じながらも、取りあえず唯一の顔見知りであるカマス叔父さんについて聞いてみた。だけど誰もが首を振りそんな人、ここにはいないよと口を揃えた。
 どうしたんだろう。ぼくは、眠っている間に記憶喪失になってしまったのか?
 しばらく研究所で養生するよう勧められて、特にいく当てもなかったのでそれに甘えて何日かを過ごした。快適とは言い難かったけれど三食ありつけることもできたし、それに母が使っていた部屋を自由にしていいと許可をもらっていたので遺品整理がてら結構楽しめた。
 いつものように母の部屋を適当に探索して、なにか面白いものはないかと思っていたところ古びたオルゴールを見つけた。案外オルゴールなんて乙女ちっくなものを持っているんだなぁと思いながら、中を開けると、そこに壊れたスケルトンタイプの巻き時計が入っていた。
 その時、ぼくは至極当たり前のようにそれを手首に巻きつけて、壊れているとわかっているのに竜頭を回していた。
 テーブルに置いていたオルゴールがなにかのはずみで動き出し、何度も、何度も聞いてきたあの曲を奏でた。
 
 『ブナの森の葉がくれに 宴ほがい賑わしや…』
 
 忘れる訳がない。忘れられるはずがない。全身を駆け巡る激しい衝撃に、音楽を聞いた途端に、それまで封じられてきたアタカの…思い出が溢れ出た。白い塔で死者を焼いて暮らしていた。突然やってきたグリフに惹かれながらも、素直になれなくて、彼が戦いにいってから初めて存在の大きさに気づいた。同時に叔父さんがやってきてぼくをあの時代へ導いたのだ。
探さなくちゃ、いけない―――
すぐに研究所を抜け出した。どうやらぼくが気を失っている間に例のウィルスに対する抗体が再びつくられ、生産されていたのか研究所の外はあの時目の当たりにした屍の山ではなく、大して多くもないけれど緑を取り戻したかつて村と呼んだ風景が再現されていた。
 そこには人がいて、生活をしていて、物価が高くて困ることもあるけれど、笑い声が聞こえて―――生きている。
 もう一人ではない。あの地獄絵図のような未来はどこにもない。ぼくらは、ぼくらの力で困難を乗り越えて少しずつではあるけどむかしのように生きようとしていた。
 けれど、そこにどれだけの犠牲があったのだろう。
 いくら考えても何故ぼくだけがこの時代に戻れたのかわからなかった。あの時聞こえてきた母さんの歌声が、もしかしたらぼくを導いてくれたのか。それとも本来の歴史にあるはずのないモロトミの死がなんらかの影響を与えたのか…
 なにもわからない。あの時代で出会ったヤヌギ族たちが今も生きているのかさえわからなかった。
 もしかしたらすべて、本当は夢だったのかもしれない。と思うこともあった。けれど、夢でもいい。
もう一度。もう一度、約束を果たす為にただひたすら走りたくなった。
 
 
 四年間。そう、四年目にしてようやく見つけた。あの時と変わらず青空を背景に荒野に立ち聳える白い塔を―――
 それなりの歴史的価値があるからと言う理由だけで保存された、陸の孤島に佇む世界唯一の火葬場。けれどこの塔は、遥かむかしを生きた一人の王の生き様を伝える供養塔でもあったのだ。
そして、彼女が育てた森がここにはあった。
 だけど誰がそんなことを知っているだろう。今や、そんな事実を知る者は限られている。この塔こそが、ぼく……いや。アタカと名乗っていた俺が彼女と交わした、約束の地だった。
 けれど、やはりイハヤの森は、未来まで届かなかった。繰り返される戦争。膨らんでいく憎しみと戦禍の炎はすべてを焼き尽くした。彼女が未来まで送ろうとした希望の苗は、一本も、届かなかった。
 「………」
 背負っていた荷物を下ろしおぼつかない足取りで塔に歩み寄る。白い石は長年の風雨にさらされ灰色に変色していたけれど、あの日、彼女の元へ向かって走った道の先に見えたままの姿を保って存在していた。
 「…ユサ……」
 壁に頬をつけて彼女の名前を呼ぶ。
 今でも、彼女の笑顔がはっきりと思い浮かぶ。無愛想で滅多に笑わないけど。言葉数が少なくあまり自分の意見も言わないが、一度決めたことを貫く強さを持っていた。優しくて人の痛みまで自分のことのように取り込んでしまうユサ。
そんな彼女が世界で、一番、大好きだった。
 「うっ…あぁぁぁぁぁ!」
 ついに耐え切れず壁に両手をついたまま泣き崩れた。
 みんなが必死に彼女の森を未来へ伝えようとしていた。たった一本の苗木が生み出す奇蹟に賭けて、俺たちは、時を越えてやってきたと言うのに。その為に多くの人が犠牲になった。たくさんの人が死んだ。
 森を、残したかったから―――
 悔しくて、悲しくて涙が止まらない。彼女が生きた証が消えてしまった。みんなで植えた木々は同じ人間の手によって焼き尽くされてしまったのだ。
この時代に、この国に、生まれて出会ったと言う奇跡の大切さを忘れ、大切なものを守ろうとして誰かの大切なものを奪い続けてきた。終わらない戦争。未来永劫俺たちは、同じ過ちを繰り返し、その度に戻らないものを嘆いて涙を流すのだろうか。
滅びる直前でようやくそのことに気づき、また、過去を改竄しようとする。変わらない過去を悔み、変えることのできる未来に不安を抱く。そんな風にしか生きていけない。生きたいのに、生き抜くことができない現実。
自分の無力さに気づき吐き気がした。
「!」
その時、どこからか風が吹いてきて草木の匂いを鼻腔まで運んできた。聞こえるはずのない木々のざわめき。新緑の葉が大地に光と影をつくり出す。
信じられずに涙を流したまま立ち上がった。
あり得ないけれど俺の目には、荒野の一面を埋め尽くして塔を囲うようにして広がる鬱蒼と緑を茂らせる森が見えた。
深い新緑が織りなす天井の隙間から青い空が見える。あの頃見た空の色と変わらない、懐かしい青さ。そしてその内側に多くの命を抱えたイハヤの森。彼女が育てた一本の苗木から生まれ、たくさんの命を生み出してきた。
耳を澄ませば今にも聞こえてきそうだ。死んだら人は木になる。生まれ変わったら森になると言った、彼女の嬉しそうな声が―――
「……」
二度目の風と共に消えてしまった森の幻影。
再び喉の奥が痞えて涙が込み上げてきそうになる。足元がふらつき塔に凭れかかると、指先が壁の窪みに当たった。
なにかと思い涙でぼやけた視線を向ける。苔が運びっていてすぐになんて書いてあるかわからなかった。けれど、指でその凹みを確かめ、顔を近づけて読んで初めて伝わった。
 
 
 『信じ合う心 アタカ 大好き 私、幸せ』
 
 
 長い年月を越えて届いた彼女からの恋文。
彼女らしい、暗号のような言葉の羅列。
 俺は―――最高に幸せで。幸せすぎて…涙が、止まらなかった。
 
 
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