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おまけ1 攻め視点
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心地よいまどろみの中、夢を見た。
懐かしい夢だ。
夢の中で俺は入社式の会場にいて、そこで酷く困惑していた。
理由は簡単。なんのアピールか知らないが、壇上に立った社長が自分のスピーチの最中に『我社の社員としてやっていく以上、コミュニケーション能力は必須だ。試しにこの場で披露してみなさい』と言って、隣の人間と数分間話してみせるよう無茶振りしてきたのだ。どんなつもりか知らないが、冗談じゃない。
俺は人と接するのが苦手だ。口数が多い方ではなく、人とコミュニケーションをとるのが苦手だし、他人というものに軽い恐怖を覚えている質である。生まれついての怠そうな顔つきのせいで、幼い頃から見るからにやる気がないだの、こちらを馬鹿にしているんだろうだの、勝手な思い込みで絡まれることが多く、いつしかそうなってしまった。人との関わりを避けて生きていくようになったのも、当然の結果と言えよう。軽い対人恐怖症のようなものである。
当然愛想も悪ければ、付き合いも悪い。初対面の人間と話すだなんて、夢のまた夢。到底できっこない。嫌すぎる。いきなり赤の他人と話せなんて言われて、ストレスと緊張感で背中に変な汗をかいてきたし、頭痛や腹痛、吐き気までしてきた。もういっそ殺してくれ。
ただ人と話すだけでなんて大袈裟なと思われるだろうが、重度の人見知りである俺にとっては見ず知らずの他人と話すなんて、死んでしまいたいと思うくらい辛くて深刻な問題だ。今までだって誰とも必要最低限以上の関わりを持たないようにしてきたのに、どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないんだ、こういう変な無理強いをしないと思って頑張って大手に入社したのに、と自分の運命を呪っていた、その時。
「あのー、大丈夫? もしかして、緊張してる?」
隣から降ってきた柔らかいその声に、俺は座っていたパイプ椅子が鳴るほど大きく体をビクつかせた。バクバクと脈打つ心臓をなんとか宥め、僅かな気力を全身から掻き集め、恐る恐る声のした右隣をむく。
そこにはいかにも軽そうな、線の細い茶髪の男が心配そうにこちらを見つめる姿があった。
「うわっ、顔色わっる! マジで大丈夫かよ。もしかして、頭痛い? それともお腹痛い? そんで吐きそう?」
「な、なんで分かって……」
「いや、頭抑えながら前屈みになって口元抑えてるから、思いつく原因を適当に言ったんだけど……まさか全部あてはまってんの? わーお、ヤバいね」
軽い性格は苦手な人種だが、頭痛に苦しむ俺を気遣ってか、頭に響かないよう声量を抑え目にしたこの男は悪いやつじゃなさそうだ。何より面倒臭そうな顔一つせず、ただ隣に座っていただけの俺を心配をする様子は善人のそれである。隣に座ったのが高慢で威圧的な男とか、キャピキャピした五月蝿い女なんかじゃなく、こいつでよかった。こいつとなら、なんとか会話を続けられそうだ。
「大丈夫。これ、ただのストレスだから。入社式が終わるまでにはなんとかなると思う」
「本当? 君がそう言うなら様子見するけど、無理せずヤバくなったら言えよ?」
本当良い奴だな、この男。軽そうというだけで身構えてしまったことに少し罪悪感を覚えてしまう。お礼を言おうとして、そこで俺は自分たちがまだ自己紹介もしていないことに気がついた。
「えっと、心配してくれてありがとう。俺、 若竹 静馬。君は?」
「どういたしまして。俺は 伊崎 篤志 だ。これからよろしくな」
それが、伊崎との出会いだった。
入社式でできた伊崎との縁は、不思議とその後も長く続いた。
所属する部署こそ別れたが、伊崎は入社式のあとも俺の事を何くれとなく気にかけてくれ、なんだかんだ理由をつけて逃げたがる俺とも友達付き合いしてくれたし、それどころか酔狂なことに、彼は俺に彼の大親友というポジションまで与えてくれたのだ。
いつの間にか、俺達は社内でニコイチの扱いまで受けるようにもなった。俺みたいな付き合いの悪い人間のどこがいいんだか、本気で理解できない。俺と関わって、伊崎になんの得があるっていうんだ。
ただ、彼が俺に優しくする理由はだいたい察しがついている。伊崎という人は、誰にでも優しく明るい人種で、常に人の輪の中心にいる、俺とは真逆の人物だ。伊崎にとって俺は優しくしなくちゃいけない沢山いる『他人』のうちの一人で、その中でもとにかく手がかかるから特別優しくしなくちゃいけない『他人』なんだろう。
だってそうだ。俺は放っておけば絶対に人の群れから孤立するし、コミュニケーションが下手で、いい歳こいて友達と呼べる相手が伊崎1人しかいない。きっと、優しい優しい伊崎は、そのお情けを特に沢山、可哀想な俺に与えてやらねばと思っているのだろう。哀れまれているとかそんなことではなくて、伊崎はそういうことを純粋な優しさでする人なんだ。
ただ、伊崎にとって俺が大勢のうちの一人でも、俺にとっての伊崎は違う。孤独にすごしていた日々にある日突然明るくて優しい特別な1人が現れて……まあ、簡単に言うと絆されて惚れたわけだ。
このままじゃ駄目だと思い、真人間になろうともがき苦しんだ学生時代。結局誰とも深い中にはなれなかったが、無理してまともを装っていたあの頃は、社会人の今よりも一応人付き合いはよかった。その頃何故かモテたので、人並みに女と付き合い、別れ、それなりの経験を積んだ。どれも長続きしなかったが、一応俺の恋愛対象は女だった。それが何故、今になって男の、それもたった1人きりの友達に惚れてしまったのか。不毛だ。不毛すぎる。恋心を自覚したその瞬間、即座に俺はそれを封印することを決めた。
伊崎はかなりモテるのに、なぜか彼女を作る素振りはサラサラなかったので、このまま彼が俺のものにならない代わりに、誰のものにもならないというなら、きっとこの先何があっても耐えられるだろうと思ったのだ。それは叶いっこない恋心を追い求めるよりも、よっぽど建設的に思えた。
それなのに。
「ねえ、若竹くん! 伊崎くんがお見合いするって本当?」
社内きっての噂好き兼、情報通と名高い女性、苗場にそう問われたのは、ある日の昼下がり。社食から自分の部署にある席に戻ろうとしていた時だった。
「……は?」
苗場の突然の問いに、いつもは微動だにしてくれない自分の表情筋が、あまりの動揺に大いに引き攣るのが分かる。そんなこちらの様子を見て、何も答えずとも苗場は俺が何も知らなかったことを察したようだ。そっか、とため息をつくと誰に言うともなしに話を続けた。
「仲良しの若竹君も知らないのか。じゃあやっぱこれデマかなぁ? でも本人がお見合いするって言ってたのを、聞いた人がいるんだよね。本当のところはどうなんだろう」
苗場は噂の真偽が気になるようだが、俺は今の話の中で、それよりももっと気になることがある。一体全体誰なんだ、伊崎から『お見合いする』なんてセンシティブな内容の話を最初に打ち明けられたその果報者は。そういった話を1番に打ち明けてもらうのは、絶対に彼の親友の自分だろうと自負していたのに。
別に自分が伊崎の中で何もかもを差し置いて1番だと自惚れていた訳ではない。ただ、他でもない彼の口で親友と言われるからには、それなりに気の置けない仲の、特別な立ち位置にいると思っていたのだ。例え伊崎の恋人にはなれなくとも、なんでも打ち明けられる友人枠の中では1番になれたと思っていたのに、そんな自尊心がガラガラと音を立てて崩れさる。
その後、固まってしまった俺を気にかけることも無く、苗場はまたなにか分かったら教えてね、と言って足早にその場から立ち去っていった。あとに残されたのは、誰もいない廊下で呆然と立ちつくす俺1人。
その後自分がどこでどうしたかまでは覚えていないが、気がついたら会社の自分の席で猛然と仕事をこなしていた。仕事をこなしながらも、考えるのは伊崎のお見合いに関してだ。
伊崎がお見合い……。いつかはこんな日が来るとわかっていたけど、物凄くショックだ。彼に自分の思いを告白する気はサラサラなかったし、この恋心が報われる日は永遠に来ないのだろうということも、分かっているつもりだった。
けれど、実際に伊崎がお見合いするというのを、それも本人からではなく人伝に聞かされて……正直、立ち直れそうにない。この悲壮感だけで今すぐ死んでしまえそうだ。
伊崎がお見合いをするという噂話を聞いてから、俺の頭の中は後悔と悲しみの嵐が吹き荒れ、それはその日の業務時間終了後も、いやそれどころか翌日も、翌々日も、そのあとずーっと続いた。来る日も来る日も、考えるのは伊崎のお見合いのことばかり。仕事中も、通勤中も、食事中も、というか起きてる時間はその事ばかり考えていたし、とうとう夢にまで見るようになった頃には、完全にノイローゼになっていた。
日に日に顔色が悪くなる俺の事を伊崎は心配してくれたが、俺はそんな彼と接するのが辛くて避け続け、余計に心配させてしまう悪循環。それがまた申し訳なくて、ますます胃が痛くなる日々。苗場に話しかけられてから1週間もたつ頃には、まともな思考が出来なくなるほどに追い詰められていた。
そして、8日目の朝。
幸せそうな伊崎と、その隣で可愛い赤ん坊を抱いて立つ見知らぬ女性の夢を見て飛び起きた俺は、とうとうある決心をした。
『そうだ、伊崎を襲おう』って。
このままでは彼が自分のものにならないというのなら、無理矢理ものにしてしまおうじゃないか。それは典型的なあとがなくなったと思い込んでいるノイローゼ患者の思考回路のそれだったが、そんな俺を止める者は誰もいない。
決意を固めてからの行動は早く、数日のうちに伊崎を襲うための綿密な計画を立て、衝動のままに睡眠薬やローション、SM用手錠、その他必要なものを収集する。伊崎を襲う計画を進め、必要な知識を調べ、作業に熱中していると、そのうち体調不良などどこかへ吹っ飛んでいってしまった。
あとは睡眠薬を飲ませて襲うタイミングだけだが、天は俺の味方をしたらしい。思ったより早く、その機会は訪れた。なんと、伊崎の方から『最近元気がないようだから一緒に飲みに行こう。そこで悩みでもなんでも聞くよ』と、言い出してくれたのだ。願ってもない好機に、俺は二つ返事で了承した。
あとはもうお知っての通り。2人で飲みに行った居酒屋で個室席なのをいいことに、伊崎が目を離した瞬間に彼のグラスへ睡眠薬を盛り、元々酒に強くないのもあってすぐに昏倒した彼をタクシーで俺の自宅まで運び、寝室のベッドに寝かせて拘束した。
素晴らしい早業。我ながらなんという鮮やかな手腕。普段はあれだけ自己評価が低いのに、この時ばかりは自画自賛をしまくった。
こんなにトントン拍子に進んで、良いんだろうか? あとでとんでもないしっぺ返しをくらいそうで、ちょっと怖い。それくらい上手くいった。またとない幸運が続くうちに、手早く事を済ませてしまおう。
そう決めた俺は、早速ベッドで眠る伊崎の着ている服に手をかける。手錠をはめはているせいで脱がせられないシャツを除いて、パンツから靴下に至るまで全ての服を取り払った。
この時をどれほど待ったことか! 過去を振り返る夢の中で、俺は再度己が幸福を噛み締めた。それから夢の中でも俺は、過去の出来事をなぞるかのように行動を起こしていく。
「篤志」
彼の意識がないのをいいことに、前々から呼びたかった下の名前で呼んでみる。胸中にたまらない幸福感がこみあげた。名前を呼んで、抱きしめて、そして最後にキスをしようとした、その時。
「なあに? 静馬」
伊崎の固く閉じられていたはずの瞼が持ち上がり、ハッキリとした口調で返事をする。な、なんで。現実の過去ではそんなこと起こらなかった。伊崎が目を覚ますのは、まだ大分先だ。これはどういうことだ。俺の夢で、何が起きているんだ。
俺の動揺を反映するかのように、今まで忠実に現実の俺の部屋と同じ雰囲気を出していた周りの環境が、グニャリと歪む。伊崎の方は、いつの間にか手の拘束を解いてベッドだったものの上に胡座をかき、ニコニコとこちらを見つめていた。
「篤志……」
「夢にまで俺の事見ていてくれるのか? 静馬は可愛いな」
そう言って胡座を崩し、伊崎がこちらへと近づいてくる。周囲の風景はもはやなにか明瞭な形はとることができなくなり、不定形の影のようになってグニャグニャと俺たちの周りを漂っている。言葉だけ見てみれば酷く恐ろしげな光景だが、不思議と恐怖感や不快感は感じなかった。
というより、正確に言うと、俺は目の前で幸せそうに笑いかけてくる伊崎以外は目に入らなかったのだ。夢の中の筈なのに、伊崎は酷く確かな存在感を持っていて、暖かい体温や彼の使っているシャンプーの香り、穏やかな息遣いまで感じられそうである。
その伊崎が、俺の目の前に立つと、少し首を傾け目を閉じた。そのまま静かに伊崎の綺麗な彼の顔が近づいてくる。これは、先程しそびれたキスをしてくれということか。願ってもないことだ。反発する理由はない。不可解な夢の運びは解せないが、結局最後に伊崎とキスできるのなら、別に構わないだろう。
そうして納得した俺は、目の前にいる伊崎の肩に手を置く。こちらも首を傾げ、少し下を向いた。仄かな期待で胸が高鳴る。
2人の唇が、確かに重なり合った、その時。
俺は目を覚ました。
目を覚ました時、最初は自分の置かれている状況を上手く理解できなかった。
なぜって、視界いっぱいに肌色のなにかが広がっていて、何も見えなかったからだ。混乱する俺は、唇になにか暖かく柔らかいものが当たっていることに気がついた。次の瞬間、その感触は消え、視界を塞いでいた肌色のなにかも離れていく。
そこで俺は、ようやく伊崎に……いや、篤志にキスをされていたのだと気がついた。
「あ、ごめん。起こしちゃったか?」
少し申し訳なさそうにそう言った篤志は、俺の短い髪をサラリと撫で上げ、もう一度こちらに屈みこみ今度は生え際にキスを落とす。
「悪いな。寝言で俺の名前呼ばれて、堪らなくなっちまってさ」
「……よく思い出せないが、お前の夢見てたから、そのせいだろうな」
掛け布団の中をかき分けて、隣で片肘をつき上半身だけを持ち上げた篤志の体に手を伸ばし、引き寄せ抱きしめる。触れた体は当然のごとく裸で、昨晩の情事を思い出してほんの少し顔が熱くなった。
「夢に見るほど思われるなんて、俺は幸せ者だな」
そう言って朗らかに笑う篤志を見ている時、ふと、ある疑問が浮かんだ。
「篤志はどうして、俺の事好きになったんだ」
「どうしたの、藪から棒に」
「いや、だってさ。俺って人付き合い悪いし、口数も少なくて面白いこともなんにも言えない、つまらない男だろ? 篤志はそんな俺のどこが好きになったのか、気になって」
自分で言ってて情けなくなってくるが、今言ったことは概ね事実だと思う。とてもじゃないが、篤志のような活発で社交的な人に惚れてもらえるような人間とは思えない。俺の疑問は、当然と言えよう。
だが、俺の問いかけを聞いた篤志は、信じられないものを見る顔で目を丸くした。
「何言ってんだよ。いつも思ってたけど、静馬って謎に自己評価低いよな。お前は人付き合いが悪いっていうか、カッコよすぎて周りに遠巻きにされてるだけだろう。お前は無駄口を叩かない、仕事のできる最っ高にクールないい男じゃん」
なんだそれ、誰だよそいつ、絶対俺じゃない別の誰かの話してるだろ。篤志の言葉にどうしても納得できなくて、さらに言葉を重ねる。
「いや、そんなことないって。悪いけど、カッコイイって思うのは篤志の惚れた欲目だろう。俺がカッコイイだなんて、有り得ない。生意気そうな顔してるって言われたことはあるけどさ」
「その生意気そうな顔してるって言ったの、男じゃないか?」
「そういえば、そうだけど」
確かに、俺の容姿を1番貶めてきたのは歳の近い従兄弟だった。その従兄弟に生意気だなんだと散々いじめられたその原体験が主な下地になって、今の人間嫌いの自分ができたように思う。
「あー、分かった。それ絶対嫉妬だって! イケメンの静馬に対する嫉妬! 静馬に顔で勝てないから、苦し紛れにそんな言いがかりを言ったんだよ」
そうだ、そうに違いないと、1人頷く篤志を前に、俺は唖然とするしかない。
「ていうか、静馬って今の自分の周りからの評価知ってる? 苗場さんいわく『古代ギリシャの風を感じるクールビューティー』だよ? ファンクラブもどきみたいなのもあるし、不可侵協定までできてるんだぜ? 静馬本人がどう思おうが、客観的に見たお前は『なぜか自己評価の低いモテ男』だ」
突然そんなこと言われて、どう受け止めればいいんだ。全然信じられない。ていうか絶妙にダサいなその二つ名。
「ま、俺が静馬を好きになったのは、見ためがいいなって思ったのが最初のきっかけだけど、そういう弱気でキョドり気味なところが可愛いなって思ったからなんだけどね。ガタイが良くてかっこいいのに控えめでガツガツしてないとか、ギャップもあって、最高じゃん?」
俺がカッコイイというのはよく分からなかったけど、俺のこの見目が想い人と相思相愛になるきっかけを作ってくれたのなら、それはそれでよしとしよう。あまり好きになれなかった自分の性格も、篤志にそこがいいんだと言ってもらえた今なら、なんだか穏やかな気持ちで受け入れられそうだ。
「ねーねー、俺ばっかに言わせてないでさ。静馬の方はどうなのよ。何がきっかけで俺の事好きになったの?」
「それは……」
俺は乞われるまま、篤志と知り合うきっかけとなった入社式での出来事や、その後の突然自分の孤独な世界に現れた、天真爛漫な篤志に惹かれていく過程を話し出す。元々話が上手くないのと、照れてしまったのもあって、つっかえつっかえの支離滅裂な話方だったと思うが、篤志は黙って俺の話を聞いてくれた。
「えー、なにー!? てことは、お互い初対面から惹かれあってたってことー!? なにそれ運命感じる!」
「篤志も初対面から俺の事気になってたのか」
「まあね。最初は自分の好みドンピシャリのイケメンと話したいってのが100%だったけど、だんだん静馬の内面を知るにつれてマジ惚れしちゃったって感じ? そうでなきゃあれだけ付きまとって親友ポジ確保したりしないって。ゴメンな、お前の思うような親切心からの行動じゃなくて」
「別に、構わない。篤志のその下心のおかげで俺たちは今、こうなってるんだから。そういう所も全部ひっくるめて、俺は篤志が好きだよ」
俺は思ったままを口にしただけだったが、向こうはなにか琴線に触れるところでもあったのか、目の前の篤志の顔が赤くなる。
「なにそれ……狡い。はー、やっぱ俺、お前のそういうことをサラッと言えちゃう中身もイケメンなとこ、大っ好きだわ! 静馬ってば、これ以上俺を惚れさせてどうすんの!」
「別に、変わったことは言ってないと思うけど」
「だからそういうところ! あー、もう我慢できない! 今日と明日休みだったよな? ヤろう! 今から! 沢山! めいっぱい!」
「ちょ、どうしたんだいきなり」
「今のは静馬が悪い!」
困惑している俺を置いてけぼりにして、篤志はいきなり掛けていた布団をガバッと剥ぐ。そのまま俊敏な動きで俺の上に跨り、馬乗りになった。
これじゃあまるっきり昨日と逆だ。
「あ、篤志。落ち着けって」
「何? 俺とヤるの、嫌?」
「嫌じゃないけど……っん」
「じゃあ2人でたっくさん、楽しもうぜ」
昨日ふろ場で散々ヤってから体を拭いてそのままベッドに入ったので、2人共当然何も身につけていない。篤志は遮る衣服がないのをいいことに、何度も何度も愛撫を繰り返す。
その姿はとても楽しそうだ。まあ、カップル成立したての蜜月期間だし、こういうのもいいか。
何より一生懸命俺の体を舐める篤志が、エロくて可愛くて仕方がない。別に無理に篤志を止める必要もないし、むしろ俺も俄然ヤる気になってきた。思いが通じあったこの素晴らしい幸せを、せいぜい全力で享受しようではないか。
それだけ考えると、下半身の辺にいる篤志の頭に手を伸ばす。髪を梳いてやれば、彼は幸せそうに目を細める。
だんだんと大きくなる快感の中、それを見つめる自分の頬も、幸福で緩むのを感じるのだった。
懐かしい夢だ。
夢の中で俺は入社式の会場にいて、そこで酷く困惑していた。
理由は簡単。なんのアピールか知らないが、壇上に立った社長が自分のスピーチの最中に『我社の社員としてやっていく以上、コミュニケーション能力は必須だ。試しにこの場で披露してみなさい』と言って、隣の人間と数分間話してみせるよう無茶振りしてきたのだ。どんなつもりか知らないが、冗談じゃない。
俺は人と接するのが苦手だ。口数が多い方ではなく、人とコミュニケーションをとるのが苦手だし、他人というものに軽い恐怖を覚えている質である。生まれついての怠そうな顔つきのせいで、幼い頃から見るからにやる気がないだの、こちらを馬鹿にしているんだろうだの、勝手な思い込みで絡まれることが多く、いつしかそうなってしまった。人との関わりを避けて生きていくようになったのも、当然の結果と言えよう。軽い対人恐怖症のようなものである。
当然愛想も悪ければ、付き合いも悪い。初対面の人間と話すだなんて、夢のまた夢。到底できっこない。嫌すぎる。いきなり赤の他人と話せなんて言われて、ストレスと緊張感で背中に変な汗をかいてきたし、頭痛や腹痛、吐き気までしてきた。もういっそ殺してくれ。
ただ人と話すだけでなんて大袈裟なと思われるだろうが、重度の人見知りである俺にとっては見ず知らずの他人と話すなんて、死んでしまいたいと思うくらい辛くて深刻な問題だ。今までだって誰とも必要最低限以上の関わりを持たないようにしてきたのに、どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないんだ、こういう変な無理強いをしないと思って頑張って大手に入社したのに、と自分の運命を呪っていた、その時。
「あのー、大丈夫? もしかして、緊張してる?」
隣から降ってきた柔らかいその声に、俺は座っていたパイプ椅子が鳴るほど大きく体をビクつかせた。バクバクと脈打つ心臓をなんとか宥め、僅かな気力を全身から掻き集め、恐る恐る声のした右隣をむく。
そこにはいかにも軽そうな、線の細い茶髪の男が心配そうにこちらを見つめる姿があった。
「うわっ、顔色わっる! マジで大丈夫かよ。もしかして、頭痛い? それともお腹痛い? そんで吐きそう?」
「な、なんで分かって……」
「いや、頭抑えながら前屈みになって口元抑えてるから、思いつく原因を適当に言ったんだけど……まさか全部あてはまってんの? わーお、ヤバいね」
軽い性格は苦手な人種だが、頭痛に苦しむ俺を気遣ってか、頭に響かないよう声量を抑え目にしたこの男は悪いやつじゃなさそうだ。何より面倒臭そうな顔一つせず、ただ隣に座っていただけの俺を心配をする様子は善人のそれである。隣に座ったのが高慢で威圧的な男とか、キャピキャピした五月蝿い女なんかじゃなく、こいつでよかった。こいつとなら、なんとか会話を続けられそうだ。
「大丈夫。これ、ただのストレスだから。入社式が終わるまでにはなんとかなると思う」
「本当? 君がそう言うなら様子見するけど、無理せずヤバくなったら言えよ?」
本当良い奴だな、この男。軽そうというだけで身構えてしまったことに少し罪悪感を覚えてしまう。お礼を言おうとして、そこで俺は自分たちがまだ自己紹介もしていないことに気がついた。
「えっと、心配してくれてありがとう。俺、 若竹 静馬。君は?」
「どういたしまして。俺は 伊崎 篤志 だ。これからよろしくな」
それが、伊崎との出会いだった。
入社式でできた伊崎との縁は、不思議とその後も長く続いた。
所属する部署こそ別れたが、伊崎は入社式のあとも俺の事を何くれとなく気にかけてくれ、なんだかんだ理由をつけて逃げたがる俺とも友達付き合いしてくれたし、それどころか酔狂なことに、彼は俺に彼の大親友というポジションまで与えてくれたのだ。
いつの間にか、俺達は社内でニコイチの扱いまで受けるようにもなった。俺みたいな付き合いの悪い人間のどこがいいんだか、本気で理解できない。俺と関わって、伊崎になんの得があるっていうんだ。
ただ、彼が俺に優しくする理由はだいたい察しがついている。伊崎という人は、誰にでも優しく明るい人種で、常に人の輪の中心にいる、俺とは真逆の人物だ。伊崎にとって俺は優しくしなくちゃいけない沢山いる『他人』のうちの一人で、その中でもとにかく手がかかるから特別優しくしなくちゃいけない『他人』なんだろう。
だってそうだ。俺は放っておけば絶対に人の群れから孤立するし、コミュニケーションが下手で、いい歳こいて友達と呼べる相手が伊崎1人しかいない。きっと、優しい優しい伊崎は、そのお情けを特に沢山、可哀想な俺に与えてやらねばと思っているのだろう。哀れまれているとかそんなことではなくて、伊崎はそういうことを純粋な優しさでする人なんだ。
ただ、伊崎にとって俺が大勢のうちの一人でも、俺にとっての伊崎は違う。孤独にすごしていた日々にある日突然明るくて優しい特別な1人が現れて……まあ、簡単に言うと絆されて惚れたわけだ。
このままじゃ駄目だと思い、真人間になろうともがき苦しんだ学生時代。結局誰とも深い中にはなれなかったが、無理してまともを装っていたあの頃は、社会人の今よりも一応人付き合いはよかった。その頃何故かモテたので、人並みに女と付き合い、別れ、それなりの経験を積んだ。どれも長続きしなかったが、一応俺の恋愛対象は女だった。それが何故、今になって男の、それもたった1人きりの友達に惚れてしまったのか。不毛だ。不毛すぎる。恋心を自覚したその瞬間、即座に俺はそれを封印することを決めた。
伊崎はかなりモテるのに、なぜか彼女を作る素振りはサラサラなかったので、このまま彼が俺のものにならない代わりに、誰のものにもならないというなら、きっとこの先何があっても耐えられるだろうと思ったのだ。それは叶いっこない恋心を追い求めるよりも、よっぽど建設的に思えた。
それなのに。
「ねえ、若竹くん! 伊崎くんがお見合いするって本当?」
社内きっての噂好き兼、情報通と名高い女性、苗場にそう問われたのは、ある日の昼下がり。社食から自分の部署にある席に戻ろうとしていた時だった。
「……は?」
苗場の突然の問いに、いつもは微動だにしてくれない自分の表情筋が、あまりの動揺に大いに引き攣るのが分かる。そんなこちらの様子を見て、何も答えずとも苗場は俺が何も知らなかったことを察したようだ。そっか、とため息をつくと誰に言うともなしに話を続けた。
「仲良しの若竹君も知らないのか。じゃあやっぱこれデマかなぁ? でも本人がお見合いするって言ってたのを、聞いた人がいるんだよね。本当のところはどうなんだろう」
苗場は噂の真偽が気になるようだが、俺は今の話の中で、それよりももっと気になることがある。一体全体誰なんだ、伊崎から『お見合いする』なんてセンシティブな内容の話を最初に打ち明けられたその果報者は。そういった話を1番に打ち明けてもらうのは、絶対に彼の親友の自分だろうと自負していたのに。
別に自分が伊崎の中で何もかもを差し置いて1番だと自惚れていた訳ではない。ただ、他でもない彼の口で親友と言われるからには、それなりに気の置けない仲の、特別な立ち位置にいると思っていたのだ。例え伊崎の恋人にはなれなくとも、なんでも打ち明けられる友人枠の中では1番になれたと思っていたのに、そんな自尊心がガラガラと音を立てて崩れさる。
その後、固まってしまった俺を気にかけることも無く、苗場はまたなにか分かったら教えてね、と言って足早にその場から立ち去っていった。あとに残されたのは、誰もいない廊下で呆然と立ちつくす俺1人。
その後自分がどこでどうしたかまでは覚えていないが、気がついたら会社の自分の席で猛然と仕事をこなしていた。仕事をこなしながらも、考えるのは伊崎のお見合いに関してだ。
伊崎がお見合い……。いつかはこんな日が来るとわかっていたけど、物凄くショックだ。彼に自分の思いを告白する気はサラサラなかったし、この恋心が報われる日は永遠に来ないのだろうということも、分かっているつもりだった。
けれど、実際に伊崎がお見合いするというのを、それも本人からではなく人伝に聞かされて……正直、立ち直れそうにない。この悲壮感だけで今すぐ死んでしまえそうだ。
伊崎がお見合いをするという噂話を聞いてから、俺の頭の中は後悔と悲しみの嵐が吹き荒れ、それはその日の業務時間終了後も、いやそれどころか翌日も、翌々日も、そのあとずーっと続いた。来る日も来る日も、考えるのは伊崎のお見合いのことばかり。仕事中も、通勤中も、食事中も、というか起きてる時間はその事ばかり考えていたし、とうとう夢にまで見るようになった頃には、完全にノイローゼになっていた。
日に日に顔色が悪くなる俺の事を伊崎は心配してくれたが、俺はそんな彼と接するのが辛くて避け続け、余計に心配させてしまう悪循環。それがまた申し訳なくて、ますます胃が痛くなる日々。苗場に話しかけられてから1週間もたつ頃には、まともな思考が出来なくなるほどに追い詰められていた。
そして、8日目の朝。
幸せそうな伊崎と、その隣で可愛い赤ん坊を抱いて立つ見知らぬ女性の夢を見て飛び起きた俺は、とうとうある決心をした。
『そうだ、伊崎を襲おう』って。
このままでは彼が自分のものにならないというのなら、無理矢理ものにしてしまおうじゃないか。それは典型的なあとがなくなったと思い込んでいるノイローゼ患者の思考回路のそれだったが、そんな俺を止める者は誰もいない。
決意を固めてからの行動は早く、数日のうちに伊崎を襲うための綿密な計画を立て、衝動のままに睡眠薬やローション、SM用手錠、その他必要なものを収集する。伊崎を襲う計画を進め、必要な知識を調べ、作業に熱中していると、そのうち体調不良などどこかへ吹っ飛んでいってしまった。
あとは睡眠薬を飲ませて襲うタイミングだけだが、天は俺の味方をしたらしい。思ったより早く、その機会は訪れた。なんと、伊崎の方から『最近元気がないようだから一緒に飲みに行こう。そこで悩みでもなんでも聞くよ』と、言い出してくれたのだ。願ってもない好機に、俺は二つ返事で了承した。
あとはもうお知っての通り。2人で飲みに行った居酒屋で個室席なのをいいことに、伊崎が目を離した瞬間に彼のグラスへ睡眠薬を盛り、元々酒に強くないのもあってすぐに昏倒した彼をタクシーで俺の自宅まで運び、寝室のベッドに寝かせて拘束した。
素晴らしい早業。我ながらなんという鮮やかな手腕。普段はあれだけ自己評価が低いのに、この時ばかりは自画自賛をしまくった。
こんなにトントン拍子に進んで、良いんだろうか? あとでとんでもないしっぺ返しをくらいそうで、ちょっと怖い。それくらい上手くいった。またとない幸運が続くうちに、手早く事を済ませてしまおう。
そう決めた俺は、早速ベッドで眠る伊崎の着ている服に手をかける。手錠をはめはているせいで脱がせられないシャツを除いて、パンツから靴下に至るまで全ての服を取り払った。
この時をどれほど待ったことか! 過去を振り返る夢の中で、俺は再度己が幸福を噛み締めた。それから夢の中でも俺は、過去の出来事をなぞるかのように行動を起こしていく。
「篤志」
彼の意識がないのをいいことに、前々から呼びたかった下の名前で呼んでみる。胸中にたまらない幸福感がこみあげた。名前を呼んで、抱きしめて、そして最後にキスをしようとした、その時。
「なあに? 静馬」
伊崎の固く閉じられていたはずの瞼が持ち上がり、ハッキリとした口調で返事をする。な、なんで。現実の過去ではそんなこと起こらなかった。伊崎が目を覚ますのは、まだ大分先だ。これはどういうことだ。俺の夢で、何が起きているんだ。
俺の動揺を反映するかのように、今まで忠実に現実の俺の部屋と同じ雰囲気を出していた周りの環境が、グニャリと歪む。伊崎の方は、いつの間にか手の拘束を解いてベッドだったものの上に胡座をかき、ニコニコとこちらを見つめていた。
「篤志……」
「夢にまで俺の事見ていてくれるのか? 静馬は可愛いな」
そう言って胡座を崩し、伊崎がこちらへと近づいてくる。周囲の風景はもはやなにか明瞭な形はとることができなくなり、不定形の影のようになってグニャグニャと俺たちの周りを漂っている。言葉だけ見てみれば酷く恐ろしげな光景だが、不思議と恐怖感や不快感は感じなかった。
というより、正確に言うと、俺は目の前で幸せそうに笑いかけてくる伊崎以外は目に入らなかったのだ。夢の中の筈なのに、伊崎は酷く確かな存在感を持っていて、暖かい体温や彼の使っているシャンプーの香り、穏やかな息遣いまで感じられそうである。
その伊崎が、俺の目の前に立つと、少し首を傾け目を閉じた。そのまま静かに伊崎の綺麗な彼の顔が近づいてくる。これは、先程しそびれたキスをしてくれということか。願ってもないことだ。反発する理由はない。不可解な夢の運びは解せないが、結局最後に伊崎とキスできるのなら、別に構わないだろう。
そうして納得した俺は、目の前にいる伊崎の肩に手を置く。こちらも首を傾げ、少し下を向いた。仄かな期待で胸が高鳴る。
2人の唇が、確かに重なり合った、その時。
俺は目を覚ました。
目を覚ました時、最初は自分の置かれている状況を上手く理解できなかった。
なぜって、視界いっぱいに肌色のなにかが広がっていて、何も見えなかったからだ。混乱する俺は、唇になにか暖かく柔らかいものが当たっていることに気がついた。次の瞬間、その感触は消え、視界を塞いでいた肌色のなにかも離れていく。
そこで俺は、ようやく伊崎に……いや、篤志にキスをされていたのだと気がついた。
「あ、ごめん。起こしちゃったか?」
少し申し訳なさそうにそう言った篤志は、俺の短い髪をサラリと撫で上げ、もう一度こちらに屈みこみ今度は生え際にキスを落とす。
「悪いな。寝言で俺の名前呼ばれて、堪らなくなっちまってさ」
「……よく思い出せないが、お前の夢見てたから、そのせいだろうな」
掛け布団の中をかき分けて、隣で片肘をつき上半身だけを持ち上げた篤志の体に手を伸ばし、引き寄せ抱きしめる。触れた体は当然のごとく裸で、昨晩の情事を思い出してほんの少し顔が熱くなった。
「夢に見るほど思われるなんて、俺は幸せ者だな」
そう言って朗らかに笑う篤志を見ている時、ふと、ある疑問が浮かんだ。
「篤志はどうして、俺の事好きになったんだ」
「どうしたの、藪から棒に」
「いや、だってさ。俺って人付き合い悪いし、口数も少なくて面白いこともなんにも言えない、つまらない男だろ? 篤志はそんな俺のどこが好きになったのか、気になって」
自分で言ってて情けなくなってくるが、今言ったことは概ね事実だと思う。とてもじゃないが、篤志のような活発で社交的な人に惚れてもらえるような人間とは思えない。俺の疑問は、当然と言えよう。
だが、俺の問いかけを聞いた篤志は、信じられないものを見る顔で目を丸くした。
「何言ってんだよ。いつも思ってたけど、静馬って謎に自己評価低いよな。お前は人付き合いが悪いっていうか、カッコよすぎて周りに遠巻きにされてるだけだろう。お前は無駄口を叩かない、仕事のできる最っ高にクールないい男じゃん」
なんだそれ、誰だよそいつ、絶対俺じゃない別の誰かの話してるだろ。篤志の言葉にどうしても納得できなくて、さらに言葉を重ねる。
「いや、そんなことないって。悪いけど、カッコイイって思うのは篤志の惚れた欲目だろう。俺がカッコイイだなんて、有り得ない。生意気そうな顔してるって言われたことはあるけどさ」
「その生意気そうな顔してるって言ったの、男じゃないか?」
「そういえば、そうだけど」
確かに、俺の容姿を1番貶めてきたのは歳の近い従兄弟だった。その従兄弟に生意気だなんだと散々いじめられたその原体験が主な下地になって、今の人間嫌いの自分ができたように思う。
「あー、分かった。それ絶対嫉妬だって! イケメンの静馬に対する嫉妬! 静馬に顔で勝てないから、苦し紛れにそんな言いがかりを言ったんだよ」
そうだ、そうに違いないと、1人頷く篤志を前に、俺は唖然とするしかない。
「ていうか、静馬って今の自分の周りからの評価知ってる? 苗場さんいわく『古代ギリシャの風を感じるクールビューティー』だよ? ファンクラブもどきみたいなのもあるし、不可侵協定までできてるんだぜ? 静馬本人がどう思おうが、客観的に見たお前は『なぜか自己評価の低いモテ男』だ」
突然そんなこと言われて、どう受け止めればいいんだ。全然信じられない。ていうか絶妙にダサいなその二つ名。
「ま、俺が静馬を好きになったのは、見ためがいいなって思ったのが最初のきっかけだけど、そういう弱気でキョドり気味なところが可愛いなって思ったからなんだけどね。ガタイが良くてかっこいいのに控えめでガツガツしてないとか、ギャップもあって、最高じゃん?」
俺がカッコイイというのはよく分からなかったけど、俺のこの見目が想い人と相思相愛になるきっかけを作ってくれたのなら、それはそれでよしとしよう。あまり好きになれなかった自分の性格も、篤志にそこがいいんだと言ってもらえた今なら、なんだか穏やかな気持ちで受け入れられそうだ。
「ねーねー、俺ばっかに言わせてないでさ。静馬の方はどうなのよ。何がきっかけで俺の事好きになったの?」
「それは……」
俺は乞われるまま、篤志と知り合うきっかけとなった入社式での出来事や、その後の突然自分の孤独な世界に現れた、天真爛漫な篤志に惹かれていく過程を話し出す。元々話が上手くないのと、照れてしまったのもあって、つっかえつっかえの支離滅裂な話方だったと思うが、篤志は黙って俺の話を聞いてくれた。
「えー、なにー!? てことは、お互い初対面から惹かれあってたってことー!? なにそれ運命感じる!」
「篤志も初対面から俺の事気になってたのか」
「まあね。最初は自分の好みドンピシャリのイケメンと話したいってのが100%だったけど、だんだん静馬の内面を知るにつれてマジ惚れしちゃったって感じ? そうでなきゃあれだけ付きまとって親友ポジ確保したりしないって。ゴメンな、お前の思うような親切心からの行動じゃなくて」
「別に、構わない。篤志のその下心のおかげで俺たちは今、こうなってるんだから。そういう所も全部ひっくるめて、俺は篤志が好きだよ」
俺は思ったままを口にしただけだったが、向こうはなにか琴線に触れるところでもあったのか、目の前の篤志の顔が赤くなる。
「なにそれ……狡い。はー、やっぱ俺、お前のそういうことをサラッと言えちゃう中身もイケメンなとこ、大っ好きだわ! 静馬ってば、これ以上俺を惚れさせてどうすんの!」
「別に、変わったことは言ってないと思うけど」
「だからそういうところ! あー、もう我慢できない! 今日と明日休みだったよな? ヤろう! 今から! 沢山! めいっぱい!」
「ちょ、どうしたんだいきなり」
「今のは静馬が悪い!」
困惑している俺を置いてけぼりにして、篤志はいきなり掛けていた布団をガバッと剥ぐ。そのまま俊敏な動きで俺の上に跨り、馬乗りになった。
これじゃあまるっきり昨日と逆だ。
「あ、篤志。落ち着けって」
「何? 俺とヤるの、嫌?」
「嫌じゃないけど……っん」
「じゃあ2人でたっくさん、楽しもうぜ」
昨日ふろ場で散々ヤってから体を拭いてそのままベッドに入ったので、2人共当然何も身につけていない。篤志は遮る衣服がないのをいいことに、何度も何度も愛撫を繰り返す。
その姿はとても楽しそうだ。まあ、カップル成立したての蜜月期間だし、こういうのもいいか。
何より一生懸命俺の体を舐める篤志が、エロくて可愛くて仕方がない。別に無理に篤志を止める必要もないし、むしろ俺も俄然ヤる気になってきた。思いが通じあったこの素晴らしい幸せを、せいぜい全力で享受しようではないか。
それだけ考えると、下半身の辺にいる篤志の頭に手を伸ばす。髪を梳いてやれば、彼は幸せそうに目を細める。
だんだんと大きくなる快感の中、それを見つめる自分の頬も、幸福で緩むのを感じるのだった。
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