目が覚めたら

我利我利亡者

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 状況を整理しよう。
 まず、今日俺は想い人の若竹と2人きりで酒を飲む予定だった。2人で旨い料理に舌鼓を打ちつつ、酒を片手に話が盛り上がったのは覚えている。
 だが、そのあとの記憶はあやふやだ。
 気がつけば俺は夢の世界にいて、よく思い出せないけどそれは若竹が出てくるものすごくいい夢で、目が覚めたらなぜか体の自由が奪われており、俺はシャツ以外身につけていない変態みたいな格好をしていて、ついでに誰かにフェラをされていた。
 はい、意味分からないー! ぜーんぜん意味わからないー!
 なにこれ!? どうゆう状況!? 何ひとつとして理解できない!
 目が覚めてからが色々と飛躍しすぎでしょ!
 なんなの俺? 若竹との飲みに浮かれすぎて泥酔した挙句、前後不覚のままムラムラしてそこら辺でSM趣味のあるゲイでもひっかけちまったのか?
 なんだそれ。確率もだけどすごい展開だな。でもそうとしか説明つかないよなこの状況。体がほとんど言うことをきかないのも、酔った勢いでキメセクオッケーしちゃって変な薬飲んだのかもしれない。
 うわー、まじかよ。齢27にして何やってんだ俺。体さえ自由なら、顔を手で覆って天を仰ぎたい気分。酒に酔って意識飛ばすタイプじゃない筈なんだけどなー、歳かー?
 いやいや、そんなこと考えてる場合じゃない。今1番に考えるべきは、どうやってこの状況を打破するか、だ。いくらなんでもこのままセックスに雪崩込むには状況がイレギュラーすぎる。色々と立て直したい。
 それに、ぶっちゃけ、誰だか知らないけど、フェラがちょっと、なんというか、あまり上手じゃないんだよな、こいつ。アナルも同時に弄って解してくれてるけど、元々そんなに器用じゃないのか、どっちつかずで両方とも集中できていない。手際が悪すぎ。この様子だと、絶対セックスも下手だ。
 酒の勢いで下手くそと同衾とか、笑い話にもならない。
 そうこうするうちに、ペニスがある程度刺激に反応するだけでいつまで経ってもイかない俺に焦れたらしい、謎の人物の前戯もいよいよ佳境に入ってきた。アナルに突っ込んだ指の動きが単調なままながらも一応動きが大胆になり、同じところばかり舐める舌の動きも馬鹿の一つ覚えみたいにストロークが大きくなる。なんでも倍増すればいいってもんじゃないよ。頑張ってくれてるのはわかるけど、その頑張りが見事に空回りしている。口にこそ出さないが、内心そう毒づく俺を誰も責められまい。だって快楽に素直な男の子だもん。気持ちよくなければ文句の1つも言いたくなる。
 さて、せっかく熱中しているところで悪いが、とっとと声でもかけて謎の人物には下手な前戯を止めてもらおう。下手は下手でも、全く何も感じないわけじゃないし。これで完勃ちしちゃったら気まずいどころじゃない。それで合意とみなされて次に進まれたら困るし。
 にしても全然体動かねーな。酒だけでここまでなることはないだろうし、酔った挙句にその勢いでマジでヤバめの薬でも飲んじまったのか?このままじゃ全身が強ばっていて、声もまともに出せそうにない。どこか動かせそうな場所……腕は固定されているから足とかか?
 試しにだるい体に鞭打って、広げられた足を動かそうとしてみた。
「んっ」
 足を動かすために腹に力を込めたせいで、僅かながらも意図しない声が出る。動いた足がテクなし野郎の髪に触れた。かなり短く、太ももに触れる感触はチクチクとくすぐったい。こりゃ若竹と同じ五分刈りだな。ゲイに多い髪型とはいえ、酔ってもそこの趣味だけは変わんないんだな、俺。
 フェラと手淫の方は、俺が声を上げて身動みじろぎするとピタリと止んだ。この目で見なくとも、全身にビシバシとこちらを伺う視線を感じる。相手が目を覚ましたら止めるなんて、テクもなけりゃ度胸もないんじゃないか? 自分の男を見る目のなさに割とマジで凹むわ。
伊崎いさき……」
 股の間から名前を呼ばれる。あちゃー、行きずりの相手に酔って本名教えちまうなんて、やらかした……ん? な、なんか今の声、聞き覚えがあるぞ。
 いやいや、まさか、そんな。ふと頭に去来した嫌な考えを否定する材料が欲しくて、急ぎテクなし野郎の顔を確かめようとする。
 体は鉛のように重く、瞼はにかわで貼り付けたかのように動かないが、今はそんなことにかかずらっている場合ではない。どうか俺の予想があたりませんようにと願いながら、渾身の力を込めて首をもたげ、ギリギリと瞼を持ち上げる。
 最初に目に入ったのは、安そうな白い壁紙。
 視線の先を移動させていくにつれ、光を抑えた電灯が目に入り、チャチな造りの収納扉を経て、最後に俺が1番知りたかった、テクなし野郎の顔にたどり着く。
 それは、寝ても覚めても、それこそ夢に見るほど恋焦がれた顔。
 そして、今1番見たくなかった顔。
 そんな、まさか。
 ああ、俺の嫌な予感は当たってしまった。
「若竹、そんな所でなにしてんの」
 そう、間抜けにも俺の股の間からこちらを見つめているのは、俺の想い人の若竹、その人だった。
 えええええええええ!?
 どういうことだ? なぜあの若竹が俺のペニスを舐めている? なんてことだ、有り得ない! そんなことあっていいはずがない! 俺はまだ夢を見ているのか? だとしたら最悪だ。リアルすぎて喜べない。最初の夢みたいに適度にファンタジーな感じの方が現実離れしててまだ楽しめる!こんな、現実と混同してしまいそうなほどの明晰夢なんて見て、明日からどんな顔して若竹と接すればいい? 若竹への俺の思いなんて叶う筈ないから最初っから諦めていて、それでもせめて近くで見守るくらいはいいよねって思ってたのに! いつかこの思いも風化して美しい思い出に変わる日を待っていたんだ! 俺にとって若竹っていうのは、俺みたいなゲスい人間の手で汚しちゃいけない存在だったんだよ! それなのに! 1番大事な聖域を自分自身の足でめちゃくちゃに踏み荒らしてしまったような気分だ。大切に育ててきた恋心にこんな形で裏切られるとは!
 いや待て、このあまりにもリアルな感覚、まだ夢じゃない可能性もあるぞ。ん? でもその場合この到底受け入れ難い光景が現実だってことになるんだよな?
 ……。ああクソ! もういっそ、泣いてしまいたい……。力の入らない体では首を持ち上げた状態を長くは維持できなくて、今はもう視界に移るのは白い壁紙がはられた天井のみ。その天井を見ながら、考える。
 これは夢か現か幻か。
 どれであろうと受け入れ難い。いっそここしばらくの記憶を無くしてしまいたい。いや、もう既に無いんだけどさ。グルグルと巡る思考に囚われた俺の上に、ふと影がさす。
 視線を下にずらせば、俺の体をまたぐようにして手を付き、いつもと変わらぬ無表情でこちらを見下ろす若竹の姿が目に入る。この状況が何一つ理解できず、無言を貫く若竹にどう声をかけるべきか悩んでいるうちに、とうの若竹が俺の上に屈みこんできた。
 なんだ? 何をする気なんだ?
 逃れようにも頭はまともに働かないし、体はろくに動かない。焦る間にも若竹の怖いくらいに整った顔がドンドンこちらに近づいてくる。おい、まてまて、まずいぞ。それ以上はまずい。だってほら、それってアレじゃん。アレの距離じゃん!
 そんな俺の胸中を知ってか知らずか。お互いの顔が吐息が触れ合うような距離まできてようやく、若竹は一瞬止まってなにか決意するような表情をしたかと思うと、そのまま俺の唇と自分の唇を重ねた。
「ちょ、まっ、んむ」
 言いかけた静止の言葉は唇と一緒に丸ごと食べられ、奪われてしまう。そのまま2度、3度と角度を変えてキスは続けられた。その間、両腕を拘束され全身に力が入らず、上にのしかかられているこちらには抵抗する余裕はない。ただ、どこか性急に施される若竹からのキスを甘んじてうけるのみである。
 にしても若竹のヤツ、フェラも手淫も下手くそなのに、キスはそこそこ上手いな。やっぱり、女相手に経験を積んできたんだろうか。アナルを弄るのはともかく、フェラなんかは女相手じゃ練習出来ない。その点、キスは男女の差がなく、女で学んだテクを男の俺にも流用できる。そうだとすれば、若竹がフェラ等は下手くそなのに、キスだけやたらうまいのには説明がつく。男の経験はないが、女の経験は豊富ということだ。
 そこまで考えて、若竹の過去の女性遍歴についてまで思考が及んでしまって、ちょっと凹む。こんな気分のままキスを続けても何も嬉しくない。依然としてキスを続けようとする若竹の唇を、子供がイヤイヤするように首を左右に振って振り払った。以外にも若竹はそれに抵抗することなく、すんなりと身を引く。
 なんなんだ、本当に全く。
 自分の置かれた状況が分からないのもそうだが、若竹がなぜ、こんなことをしているのかも分からない。俺の頭の中は混乱のあまり嵐が吹き荒れているようにグチャグチャで、何も考えることができそうにないでいる。
 若竹の方は何を考えているのか、それとも何も考えていないのか、相変わらずの無表情で俺を見下ろしていた。
 どれくらいそうしていただろう。先に沈黙に耐えきれなくなって言葉を発したのは、俺の方だった。
「あのー、さ。……何かの間違いだったんだよな? さっきまでのことも、このキスも。男の俺を、お前がどうこうするはずないもんな」
 そうだ、きっとそうに違いない。
 百歩譲ってこれが現実なことは認めよう。夢と言い切るには全てがあまりに鮮明だ。それでも、いくらかあやふやな所はあるにはある。思考の導入なんか明らかに夢だったし。
 と、いうことは。
 全ては俺の強い願望が見せた幻想だ。
 若竹に恋い焦がれるあまりに、荒唐無稽な白昼夢を見たんだ。そうだ、そうに決まってる。きっと優しい若竹は、俺が寝ぼけて変なことをしてそれに巻き込まれちゃったんだよ。俺は断然この説を押すね。
 そんな俺の期待を裏切るように、相変わらず吐息の触れ合う距離から動こうとしない若竹が、言葉を発した。
「間違いなんかじゃねぇよ。ずっと前からお前にこうしたかった」
 もういい加減にしてくれ! さっきから色々なことを俺が見て見ないふりをしようとしているのに、それら全部をあっさり無駄にするなよ! 自分で自分を誤魔化すのもだんだん限界に近づいてきたぞ!
 俺はもうほとんどやけっぱちで、なおも若竹の言葉を否定し続けた。
「はは、まさかあの真面目な若竹もそんな冗談言うようになったとはなー! 成長したなー!」
「冗談でもない」
 少しムッとした表情の若竹に、再び上からのしかかるようにして詰め寄られる。
 が、ここで折れるわけにはいかない。俺にだって意地というものがあるんだ。
「じょ、冗談じゃないにしても、アレだろ? 俺とABCのCまで進もうとしてたわけじゃないだろ? さっきまでの行動だって、全部そうじゃないって合理的説明ができるもんな」
「説明って、例えば?」
 例えば……例えば、そう!
「服が脱げてたのは、酔って体温が上がった俺が暑くて脱いだからとか」
「お前の裸が見たくて俺が脱がした」
「キスじゃなくて人工呼吸しようとしてたとか」
「人工呼吸で舌は入れないだろう」
「意識を失ってたのは酒の飲みすぎで」
「それは俺がお前の酒のグラスに眠剤入れたからだ」
「ちょ、おま、何してくれとんのじゃ!?」
 はいアウトー! お客様、それは擁護の余地なく犯罪です! 立派な触法行為です!
「なに、眠剤って!? 勝手に人に飲ませるもんじゃなくない!? なに俺にこっそり飲ませてんの!?」
 先程までの控えめな自分の態度も忘れ、一気にガーッと捲し立てる。思わずいつも若竹の前でかぶってたカッコつけの仮面が剥がれて素が出かけてるが、許して欲しい。こっちはそれだけ混乱してるんだ。
「だって……」
「だって、何!? 俺の恥ずかしい写真撮って脅そうとしたとか? それとも、酔った末の悪ふざけ? 俺のことが嫌いで嫌がらせしようとした? なんにせよ、こんなことしていい理由にはならないぞ!」
 どんな事情があるにせよ、飲み物に眠剤入れて昏倒させられた挙句、拘束されるような悪事を働いた覚えは俺にはない。こんな扱いを受けるいわれはないはずで、この不当な行いに、俺は怒っていいはずだ!そ、そんな捨てられた子犬みたいな顔してもだめだからな。俺は自分を軽んじて扱う相手には徹底的に反抗をするって決めてるんだ!
 俺は怒っているんだ、という意を示すため、若竹の顔から目を逸らし、ツンッとそっぽを向いてみせる。すると、視界の端に革製の手錠で拘束された自分の手が目に入り、ますます怒りが湧いてきた。手が動かないなと思っていたら、手錠って!
 マジでなんなんだよ! 俺、ここまでされるような酷いこと、若竹にしたか? そうして怒りに震える俺の耳に、若竹の呟くような小さな声が聞こえてきた。
「だって……お前がお見合いするって聞いたから……」
 へ? 今なんて?
 ていうか、なんで。
「なんで、そんなこと知って……」
 思わず自分が怒っている最中だということも忘れて、マジマジと若竹の顔を見つめる。なぜか若竹は、俺に無体を働いている張本人としては似つかわしくない、とても傷ついた表情をしていた。
「やっぱり本当なのか」
 若竹はらしくないくらいに顔を顰めて下を向き、今にも泣きそうな顔をしている。これじゃあまるで、俺の方が彼に酷いことしてるみたいじゃないか。
 当惑する俺を前に、若竹はポツリポツリと言葉を発する。
「この気持ちをお前に言うつもりは無かったし、それでいいんだと思ってた。遠くから見つめているだけで幸せだと思ってたんだ。でも、やっぱり駄目だ。どっかの知らない女とお前が結婚するなんて、耐えられない」
 なんだそれ。若竹は何を言わんとしているんだ。それじゃあまるで、若竹が俺のこと……。
 いやいや、まさか。そんなこと、あるわけないじゃないか。
「伊崎、こんなことしてごめん。馬鹿なやつだと笑ってくれていい。後でどんな罰だって受ける。でも、俺のこの気持ちに免じて最後の思い出だけでもくれないか」
 は? 何言って……。
「っ!」
 と、考えているうちに若竹の顔が俺の顔から遠ざかり、わけも分からぬまま視界の外の剥き出しの性器に彼の手が触れる感触がした。
 突然のことに息を詰まらせる俺を見て、若竹が目を細める。
「ちょっ、若竹! 待て! 一旦落ち着けって!」
「駄目だ。ここで止めたら、決心が鈍る」
「いや、ホント待って、待って待って待って、んんっ」
 俺の性器にかけられた指が優しく動き始めた。くそっ、フェラは下手なくせになんで手コキは上手いんだ! 自分のでやり慣れてるから? なんにせよこれはまずい!
 さっきまでは下手だ、テク無しだ、と散々貶めていたが、相手が片想いの相手だと判明したあとだと、わけが違う。何より若竹は下手くそなフェラと違って手コキが段違いに巧みだ。
 そういう意味で体に触れられてるだけで気分が高ぶるってのに、その触れられてる部分が自分のあそこで、しかもそこそこ上手に扱われているからタチが悪い。
 俺はつい先程までの不感症具合が嘘だったのかのように、快感を拾い上げてしまう。
「う、ぁ、やぁ、っ、やめっ」
 せっかく上げた静止の声も、喘ぎ声混じりじゃ意味が無い。実際、若竹の方も俺の体を弄くり回す手を止めるつもりはなさそうだ。涙に潤んだ視界の端で、彼が薄らと仄暗い笑みを浮かべるのが見えた。快感から逃れようと身動きする度に、手首にかけられた手錠がガチャガチャと音を立て、それがまたこの淫靡な空気を煽り立てるようで始末が悪い。
「わ、若竹。もうコレ外してくれよ。話ならいっくらでも聞くからさ、な?」
 とにかく両手を拘束する手錠だけでもどうにかしようと、若竹の攻め立ててくる手が少し緩んだ隙に、そう一気に捲したてる。
 だが、若竹からの答えはない。相変わらず俺の体を苛むのをやめず、その様子に絶望感を覚えた。だんだんと追い詰められていく状況に、どうすることも出来ない俺は、焦って悲鳴をあげるように思ったままを口にする。
「若竹、どうしてこんなことするんだよ! お前の気持ちって、一体なんなんだ!? 教えてくれよ! 俺、こんなことされるほどお前に嫌われてたのか!?」
 すると、どういうことだろう。若竹の肩がピクリと動き、全身の動きをピタリと止めた。当然、手コキの方も打ち止めである。相変わらず状況は読めないが、俺はまず、その事にホッとした。
「……嫌いなわけ、ない」
「へ?」
 若竹が今言ったことが信じられず、俺の聞き間違いかと聞き返す。
「伊崎のこと、嫌いなわけない」
 今度はハッキリ聞こえた。俺の事が嫌いじゃない? なんだって? それなら、どうして。
「じゃあ、どうしてこんなこと……」
 すると、俺が思わず漏らしたつぶやきに誘われるように、若竹は俺を弄くり回すのを止めて、驚くようなことを静かに語り始めた。
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