死に戻ったけど、やり直したい事は特にありません

我利我利亡者

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65.どこかおかしい

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 当然抜かりなく王太子の配下の手によって、足にも魔道具の枷は付けられているが、少し手間取るくらいで全く歩けないという程ではない。流石に思いっ切り走ったりはできないが、早歩き程度のスピードで好きな方向に進むくらいは難なくできる。これ以上ヨシュアを怒らせない為にも、魔道具を付けられていて無力で役たたずな俺はこの場を彼に任せ、安全地帯に退避しヨシュアを安心させてやるべきなのだろう。そう、思いはするのだが……。

 しかし、どうにも先程覚えた違和感が引っかかって立ち去ろうとする俺の足を止めてくる。見た限り今のところヨシュアにはおかしな所は全くない。こんな些細な違和感なんて、完全に俺の気のせいなのかもしれなかった。

 けれど、それでも俺はどうしても、その場を離れられない。俺の中の本能に近い部分。野生の勘のようなものが、ヨシュアをこのままここに1人で残してはいけない……と、訴えていた。戦場で育ったせいか、俺のこういう勘は悲しい程によく当たる。だからこそ俺は、ヨシュアから離れる方向に向けかけていた足を、ピタリと止めた。

「おい、イーライ。何をしてるんだ? 早く逃げてくれと言ったろう! 悪いが君の魔力を制限しているその魔道具を解除している余裕はないんだ。庇いながら戦うのも限界があるし、お願いだから早くこの場を離れて」
「王家に楯突く反逆者め! 私が直々にこの手で殺してやるから、覚悟しろ!」

 苛立って俺を遠ざけようと声を荒らげたヨシュアに、王太子が大きく斬り掛かる。王太子に剣技の素養がなくて構えや型がなっておらずとも、剣という金属の塊を上から振り下ろせば、その剣にはそれなりの力はかかるというもの。背後に俺が控えているのもあってヨシュアはその一太刀を避けるという訳にもいかず、自らが持っていた剣でシッカリと受け止めた。

 極限状態でハイになり火事場の馬鹿力が出ているのか、初撃を受け止められて非力さ故にそのまま剣が手からすっぽ抜けると思っていた王太子は、そのまま技巧も戦術もへったくれもない感じで奇声を上げながら何度も何度もヨシュアに斬りかかってくる。ヨシュアはそれを全て剣で受け止めているが、やはりおかしい。ここで俺の中に合った違和感が、瞬時に揺るぎようのない確信へと変わった。

 仔細は分からないが、どうやらヨシュアの身に何か起こっているのは確かなようだ。だっていつものヨシュアなら、王太子がこうして調子づくよりも先に足を払うなり拘束魔法を使うなりして動きを封じて無力化しているだろうから。

 それなのに今は王太子から仕掛けられた剣戟で防戦一方で、彼の実力ならその手から一瞬で剣を跳ね飛ばすのも余裕な筈なのにそれすらもしない。いや、この場合は……と言うべきなのだろうか。何にせよそう言わしめてしまう程に、ヨシュアと王太子との間にはどうしようもないくらいの純然たる実力差があるのだ。

 俺をしつこく攻撃する王太子の事をヨシュアは前から嫌っていて、彼にやり返す絶好のこの機会で今更我慢するとも思えない。王太子の人望や権力が失墜しつつあり、ヨシュアの所属する貴族派の権威が増している今の時期なら尚の事。しかし、現実に目を向け目の前の光景を見てみると。ヨシュアは王太子を完膚なきまでにやっつけてしまうどころか、むしろ段々と王太子の斬撃にジリジリと押されていってすらいて……。

ガキンッ

 硬質な音と共に剣が手から離れ、クルクルと回転しながら弾き飛ばされる。飛ばされた剣が石の敷かれた床に落ちて、耳障りな金属音を立てて遠くに滑って行くのが聞こえたが、そちらに視線は向けられない。何故って、目の前の信じられない光景に目が釘付けになって離せなかったからだ。斬撃の衝撃で剣を取り落としたのは、王太子ではない。驚いた事に、ヨシュアの方が剣を手放してしまったのだ。

 ハッキリ言って呪いでずっと伏せっていた王太子には剣技を学ぶ機会などなく、剣の腕前は体のまともな動かし方すらわかっていない分素人以下だ。対するヨシュアは俺程ではないにせよ人生の中でそれなりに長い期間を戦場で過ごし、戦いによる命の取り合いというものにドップリと浸かってきている。

 ヨシュアの専門は魔法攻撃だが、公爵家の人間として嗜んだ剣の腕前は確かだし、魔物を斃すのに時には手段なんか選んでられないので実戦の経験も十分。その腕前はそんじょそこらの騎士に負ける事は愚か、やろうと思えば剣1本で満足に身を立てられる程度には熟達した剣の使い手だ。

 そのヨシュアが、押し負けた? それも、あのヘナチョコな王太子なんかに? いよいよもっておかしい。酷く混乱しつつも、剣を飛ばされた衝撃でよろめいたヨシュアの体を俺は後ろから強く引っ張り、続く剣で斬りかかってきた王太子の斬撃を間一髪避けさせる。王太子の振るった剣の切っ先がガチンッと床に当たる音が、やけに大きく響いて聞こえた。
「っ、イーライ。早くここから離れてくれ」
「そんな事できるか! こんな状況下で、抜剣した王太子の相手を素手のあなたに任せろと? 寝言にしたって酷すぎる言い分だ!」
「それなら、イーライだって同じようなものだろう。いいや、君の方がもっと酷い! 魔道具のせいで魔法が使えないのは勿論、剣も持っていないし魔道具が拘束具の形を取っているせいで体の自由だってきかない。まだ魔法が使える分、私の方がここで殿しんがりを努めるに相応しい!」
「戯け! 今の様子を見るに、どうせまたどこか怪我してるんだろう! でなきゃあなたがあの王太子ごときに剣技で遅れを取る筈がない! あなたが怪我してる事を差し引いたら、精々俺達はイーブンだ!」
「お願いだから、この差し迫った状況で我儘を言わないでくれ! こっちにだってこの極限状態下では、叶えてやれる事に限度があるんだ!」
「そっちの方こそ、生粋の武人である俺に対して怪我人に背中を任せて尻尾を巻いて逃げろというのが、最早最上級の侮辱にも等しい言葉だと早く理解するんだな!」

 王太子から素早く距離を取り攻撃の警戒しつつ、お互いにお互いを庇いあいながら今までにない言い争いが始まる。今まで無条件に甘え過ぎたせいでヨシュアは俺の保護者面をしているが、いくら子供でも親が体調悪いなら気遣いくらい見せるものだ。

 それに、仮りにも俺は子供ではなく成人した男でもっと言えば戦闘能力だって並大抵ではない程度には持っている。ならばここでおめおめと1人逃げる理由がない。こっちがヨシュアに対してこれまでの恩を返せない事を少なからず気に病んでいたのなら尚更そうだ。俺が困り果てていた時にヨシュアがそうしてくれたように、俺だってヨシュアが困っている時は助けたい。このヨシュアの危機にこそ、俺が授かった力を発揮しなくてどうする?

 向こうはただ愛玩動物に向けるようなもので違うだろうが、俺はヨシュアを1人の人として慕っている。それこそ、心の機微に乏しくとも、ハッキリと自覚できるくらいには。その事を今更否定する気はない。とっくに否定する事もできなくなって、受け入れているからな。そんな大切に相手が怪我している時に、危険地帯に置いていって自分だけ逃げる? まさか! 有り得ない! 自ら前に進んで俺の盾になろうとするヨシュアの体を何とか推し留めつつ、俺達は王太子の攻撃にジリジリと後ろに下がって行った。
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