死に戻ったけど、やり直したい事は特にありません

我利我利亡者

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60.取り引き

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 先程までの飄々とした態度から打って代わって、にわかに焦りを見せ始めた俺に、王太子は何を思ったのだろう。人の心は覗けないので正確には分からないが、少なくとも暖かく思い遣り溢れる感じの考えを抱かなかったらしいのは確かだ。

 ニヤリと歯を見せて笑い、嫌味な感じでフンッと鼻を鳴らす。その態度からは俺を心底見下しているのが見え見えだ。その様子からするに、相変わらず俺の事は取るに足らないゴミで、更には積年の恨みも降り積もり憎しみも一入の相手だと思っているらしい。

「ふふん。勇者である自分の実力ならどんな窮地も乗り越えられると自惚れていたようだが、お前の浅い考えでは仲間が巻き添えで捉えられる事までは想定していなかった様だな。その表情、捕まっている奴等が心配か? お前のような下衆にも仲間を思う心根があったなんて、全く驚きだ!」
「彼等をどうするおつもりですか? まさか、俺の連座で処罰する、なんて仰いませんよね?」
「そのまさかだ! 王族である私に楯突いた罪はとても重い。これまで捕らえた者も今は小賢しく息を潜めている者も、一度でもお前に与した人間は皆等しく処罰してやる! ……と、言いたいところだが、お前の態度次第では、少し考えてやってもいいぞ?」
「……と、仰いますと?」
「お前を恙なく抹殺するには、お前が愛人にしたヨシュア・ベンデマン公爵令息の邪魔が入る前に全ての事を済ませてしまわねばならない。あいつは何故かお前なんかに味方をしていて、これまでも何度も執着くお前を処分しようとする私の邪魔をしてきたからな。お陰で何度煮え湯を飲まされた事か! 奴の横槍の排除はお前を死刑にする為の絶対条件だ。今現在あいつは討伐に出ていて情報も遮断している為、簡単には駆けつけられないしこちらの状況に気が付いてもいない筈だが……。それでも、油断はできない。お前がユディトを貶めた時も、奴はどこからか話を聞きつけてお前の味方をしようと王都に戻ってきたからな。また今回もどこからか話を聞き付け駆けつけてきて、邪魔をされたら堪ったもんじゃない! 情報を完全に遮断するのは残念ながら理屈上不可能だが、例えそうだとしても私達はあいつが事態を把握して戻ってくる前に、お前の処分に関するあれそれを、全て終わらせておく必要がある」

 確かに、これだけ派手に動いたんだ。王族がヨシュアに情報が行かないようにどれだけ権威を奮っても、人の口に戸は立てられない。貴族が2つの派閥に大別される事からも分かる通り、この国の勢力図だって一枚岩じゃないしな。実際、第一の忠誠を王家ではなくベンデマン公爵家に置く者も居れば、道義を重んじて王家ではなく俺に味方する者も少なからず居る。遅かれ速かれ、必ずいずれはヨシュアに俺が王太子に捕らえられた事は伝わってしまうだろう。俺に見方をした人間が尽く捕えられているのなら、尚更その周辺から情報が漏れ出て伝播していくに決まってる。

 そしてヨシュアまで情報が伝わったが最後、彼はきっと死に物狂いで戻ってきて、俺を守る事にまた全力を捧げるのは明白だ。その時に、またどんな無茶をするか分かったもんじゃない。馬鹿なりに王太子も一応その事は理解しているらしい。皮肉にもこの件に関してヨシュアの介入を避けたいのは、俺達2人共という事になる。

「今言ったように超特急でお前を処分したいのだが、しかし残念な事にそうするには制度上の問題があるのだ。学のないお前には分からないだろうが、が国では罪人を裁くに先だって、先ずその罪状を明確に定める必要があり、その為には事件の捜査や罪人に対する検察、そして裁判等の様々な煩雑な手続きを踏まなければならない。王家の力を使ってどれだけそれらの手続きを急ぎ時には省いても、体裁を整えお前を死刑に処するまでに最短で半月はかかってしまうだろう。ましてやお前に味方する不埒者共の妨害も加味すれば、それ以上の時間がかかるのは必至だ。しかし、それでは遅過ぎる。それだけ時間をかけてしまっていてはヨシュア・ベンデマン公爵令息は必ずお前のピンチを聞きつけるだろうし、そうでなくとも時間をかけすぎれば部下の上げた仕事の成果をを掠め取って功績を立てただけで名声に実力が伴っていないあいつだろうが、国中を討伐し終え戻ってきてしまうだろう」

 ヨシュアに実力がない、という戯言以外は俺も王太子の考えに概ね同意だ。優秀なヨシュアの事である。半月もあれば余裕で王太子の企みを頓挫させ、報復としてジェレマイア王太子を廃太子し、オマケに現国王を退位させ公爵家に降嫁された王妹を担ぎ出してその血筋を新たな君主に立てる……なんて所までやり切りそうである。彼ならやりかねないし、そうできるだけの実力も十分備わっている。馬鹿の王太子にそこまで予想できているかは怪しいが、馬鹿なりになにか危機的予感のようなものを感じ取っているのだろう。

「だからこそ、ヨシュアが間に合わないように、彼が察知して駆けつけるよりも早く超特急で全てを片付け決着をつける……と、言う事ですか?」
「その通りだ! その為の裏技を、私の賢い未来の妻、ユディトがちゃーんと見つけ出してくれている!」
「はあ……で、その方法とは?」
「フフフ、馬鹿で間抜けで知恵の足りないお前に、私自ら直々に教えてしんぜよう。捜査も検察も裁判も全てすっ飛ばし、速やかにお前を死刑にする裏技。それはな、罪人であるお前が『自らの罪は死刑に相当するものであると認め、迅速な刑の執行を求める事』だ! 『加害者である罪人が自らの罪とそれに対する罰を認めた場合に限り、被害者が求める刑罰を全ての司法手続きを飛ばして受ける』という条文が、キッチリと国法に認められているのだ!」

 成程、そんな裏技があったのか。きっとユディトは高位貴族の令嬢が嗜む教養の一環として、この条文を知ったのだろう。で、浮気相手として通じている王太子にこの知識を囁いてよからぬ主張を行使して、とお強請りしたと。うーむ……。ユディトは愛し合う相手の王太子に引き摺られて知能指数が下降しているんじゃないかと勝手に心配していたが、どうやら杞憂だったらしいな。

 策謀に疎い俺はこの間のユディトの催したお茶会で、彼女の悪しき企みを看破してしまった一件を除いて、基本的に知略謀略に向いていない。もっと言えば腹の探り合いや騙し合いなどてんで駄目。裏の読み合いのカードゲームですらからきしだ。基本的に剣を奮って腕力に訴える事しかできないが、当然理性をもって生きる事が大前提の人間社会では、そんな野蛮人のような真似はできないのは考えるまでもない当たり前の事である。そんな俺は、王太子を返り討ちにしただけなのに弑逆の罪に問われてしまいこうして牢に捕らえられているのと同じように、どうやらまたしてもユディトの策略に嵌められようとしているらしい。

 ただ、この時点で打開策がない訳ではない。まあ、死にたい気持ちしかないので、王太子から課される死刑を斥けようなんて気持ちは毛頭ないのだが。それでも、単純な好奇心として、俺はこう問わずにはいられなかった。

「ですが、王太子殿下。それの条文の施行には、俺自身がその罪とやらを認めなくてはならないのでしょう? 俺が罰を恐れるあまり、罪を認めなかったら、どうするおつもりなんですか?」
「フンッ! それくらい私やユディトも当然想定済みだ。勿論、その打開策もある。……そこでだ、イーライ。私と取引きといこうじゃないか?」

 そう言ってニヤリと笑い俺の目を覗き込む王太子。今まで1度も恐れた事のない相手なのに、俺はそんな彼の姿になにか寒気のようなものを感じずにはいられない。真顔のまま感情は何も表情には出さないながらも、その実俺は背中をゾクリと震わせるのだった。
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