上 下
56 / 63

56.静かなる決断

しおりを挟む
 さて。こんなに追い詰められ死が目前に迫っているピンチなのに、何故俺がそれに抵抗するどころか受け入れようとしているか……。誰だって疑問に思うだろう。だが、皆さんよーぉく思い出して欲しい。だって……俺の今の人生における目標って、死ぬ事だし。

 王太子とユディトのカップルは、俺に対してそれぞれ恨みがある。彼等は自分達が立場をなくし世間に悪評が広まっているのは、全部俺のせいだと思い込んでいるからな。ほぼほぼ逆恨みだと思うが、とにかくここは俺を恨んでいるってのか重要だ。

 そんな恨みの多い相手で更にはこれからの失脚の理由になるかもしれない俺を、彼等が生かしておく理由がない。まあ、恨みを買ってるから楽には死なせて貰えないかもしれないけど、最後には死刑にはしてくれそうだ。今回の人生で俺の事を命だけでなく公私に渡り守り続けてくれていたヨシュアの手も、一応ながらも王太子の地位に居るジェレマイアの配下にまでは届かないだろうから、そっち方面から邪魔される心配も皆無。なによりヨシュアは現在俺を避ける為に物理的にも情報的にも距離を置いている。彼がこの事を知るのは、全てが終わってからになるに違いない。

 おおっと? なかなかよろしいのでは? これまでで1番目的に近づいている気がする。サクッと断罪、サクッと死刑。ああ、なんて素敵な響き。それが今目の前まで迫ってる。柄にもなく高揚感を覚え微笑んでしまったくらいには、珍しいくらいにテンションが上がってきた。暗くジメジメした牢獄で1人ニヤニヤする俺。なかなかに絵面がキツイな。

 まあ、何にせよこれは死ぬという積年の目標を達成する、またとない絶好の機会だ。苦しまずに死刑は……ちょっと……いやかなり難しそうだが、この際それはもういい。最終的に死ねさえすればいいんだから、望み過ぎは贅沢というものだ。結局最後には、死んで全ての辛苦から逃れられさえすれば、後はなんだっていいんだから。

 ヨシュアの庇護下で自殺や事故で死ぬ訳じゃないから、彼もそんなに気に病まないだろう。なんてったって俺の死因は腐ってもこの国の王太子とヨシュアとは敵対している侯爵家の令嬢、ユディトが望んだ事なのだ。いくらヨシュアでもこの2人を相手に俺を守るのは手に余るし、助けられなかったとしても仕方がなかったんだとまだ諦めがつくと信じてるぞ。

 ヨシュアの事だ。万が一事が決する前にこの事態を知ってしまったら俺を取り戻そうと大騒ぎするだろうが、俺が死んだところでそこまで落ち込まないで欲しいな。まあ、死んだ後の事なんて俺にはコントロールできないので、それに関しては祈るしかないが。でも、助かる気のない俺の事なんか、叶うならできる限り気にかけずさっさと忘れて欲しい。最近忙しくて忘れ気味だったが、俺は相変わらずヨシュアの事をそれなりに好きだった。誰だって親愛を寄せる相手の憂いにはなりたくない。そういうもんだろ?

 この牢獄の冷たさも、現在自分が置かれている逆境も、間近に迫る死ですらも、何も気にならない。諦めてさえしまえば全て受け入れられる。幼い頃から、何を望んでも過ぎた願いだと一顧だに却下されてきた。自らの死ですら気にならなくなるに至るまで、本当に多くのものを諦めてきたと思う。その諦めたものの中にはあの頃本当に大切にしていたものもあった筈なのに、今となっては欠片も思い出す事すら叶わない。

 ……ヨシュアへのこの仄かな思いも、同じように薄れていき、いつかは忘れる事ができるだろうか? ヨシュアへの気持ちが整理できるまで生きていたいだなんて、そんな大それた事は端から願ってはいない。このまま彼に向けるこの好意がどんな種類の好意なのか、自分でもハッキリと分かっていないままで死んでいい。ただ俺は、自分がヨシュアに対して暖かな気持ちを抱けていると自覚できただけで、自分の人間らしい部分がまだ残っていたのだと知れて満足しているのだから。

 けど、それでもどうかヨシュアに、俺の死を心穏やかに受け入れと貰いたいと願う程度には、今の俺は傲慢だ。生まれて初めて抱いた慕情が、自らの死を願う以外一切の欲求を持たなかった俺を強欲にさせる。慕っている相手を未練にして自分の死を願うのを諦めすらしない癖して、遺す人へは図々しくも気に病むなと要求するのだから、我ながらなかなかに我儘な人間だな。

 でも、これでいいんだ。俺は物心着いてから初めて他者に甘えられる環境を与えてくれたヨシュアに、とても感謝している。俺が身勝手な理由で彼を巻き込んだ事から始まった歪な関係だったが、それでも俺はどれだけヨシュアに救われてきた事か。

 その恩返しもままならないまま死んでしまう事はほんの少し、本当に少しだけ申し訳なく思うが、それだけだ。思い止まる気にはならない。それはきっと、これから先俺がヨシュアと一緒に居た方が、彼の為にはならないだろうと思うから。もっと言うならば、俺の存在はヨシュアにとって害にしかならないと言い切ってもいいとすら思う。

 ヨシュアのあの俺に対する優しさは、ひょんな事から関わった俺が思った以上に劣悪な環境に居るのを知ってしまって、優しい心を持つ彼が見過ごす事ができずついつい手を差し伸べてしまった結果だと俺は解釈している。そんなヨシュアの優しさに付け入って、ズルズルといつまでも面倒を見てもらう訳にはいかないのは、深く考えるまでもなくあまりにも当たり前の事だ。

 むしろ、ヨシュアが彼に対して頼りっぱなしの俺に対して嫌気が刺してしまう前に、全てを終わらせるべきだと思う。後から想起した思い出が美しくあれる内に、彼が浮かべる俺にまつわる思い出が嫌悪感で汚れる前に、俺は穏やかな気持ちで幕引きをしたい。そんな決意の元、牢獄の中で1人静かに処刑の時を待つ俺だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令息の死ぬ前に

ゆるり
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい

雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。 延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。

囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ
BL
【理知的美形宰相x不遇な異能持ち王子】ヒースダイン国の王子カシュアは、触れた人の痛みを感じられるが、自分の痛みは感じられない不思議な体質のせいで、幼いころから周囲に忌み嫌われてきた。それは側室として嫁いだウェストリン国でも変わらず虐げられる日々。しかしある日クーデターが起こり、結婚相手の国王が排除され、新国王の弟殿下・第二王子バージルと再婚すると状況が一変する……不幸な生い立ちの王子が、再婚によって少しずつ己を取り戻し、幸せになる話です

6回殺された第二王子がさらにループして報われるための話

あめ
BL
何度も殺されては人生のやり直しをする第二王子がボロボロの状態で今までと大きく変わった7回目の人生を過ごす話 基本シリアス多めで第二王子(受け)が可哀想 からの周りに愛されまくってのハッピーエンド予定

【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)

かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。 はい? 自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが? しかも、男なんですが? BL初挑戦! ヌルイです。 王子目線追加しました。 沢山の方に読んでいただき、感謝します!! 6月3日、BL部門日間1位になりました。 ありがとうございます!!!

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

燃え尽きた貴族が10年後療養してたら元婚約者に娶られてしまいまして

幻夜三日月見町
BL
月の獅子に愛されし国アスランにおいて、建国から仕える公爵家には必ず二人の男子が生まれた。 兄弟はそれぞれ違った成長をする。 兄には替えの効かない無二の力を、弟は治癒とそれに通ずる才覚に恵まれると伝えられている そしてアスランにおいて王族が二度と癒えぬ病魔に侵された際には、公爵家の長男はその力を行使し必ず王族を護ることを、初代国王と契約を結んだ。 治療魔術の名門に生まれ、学園卒業間近の平凡な長男ニッキー 優秀な弟であるリアンからは来損ないと蔑まれて、時にぞんざいな扱いをされながらもそんな弟が可愛いなと思いながらのんびり過ごし、騎士になった逞しい婚約者とたまに会いながらマイペースに学園生活をおくっていたのだが、突如至急帰って来てほしいと父からの手紙が届いた事により緩やかな生活は終わりを迎える 終わりへと向かい、終わりからはじまる、主人公が幸せへとのんびりと一歩一歩進むお話  ハッピーエンドです

処理中です...