死に戻ったけど、やり直したい事は特にありません

我利我利亡者

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44.気づき

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「傷は脇腹のこの1つだけか?」
「ああ、見ての通り他はどこも怪我をしていない」
「本当に?」
「……小さいのが、他にもいくつかあった。でも、治癒魔法で全部消してしまえたくらいの軽いものだ」
「だとしても傷は傷だ。俺に嘘をついて誤魔化そうとするな」
「……済まない」
「いや……謝るのは俺の方だ。ヨシュアは俺のせいで怪我をして俺に心配をかけたくなくて隠しただけなのに、その優しさに腹を立ててあろう事か八つ当たりするなんて……」

 ヨシュアの脇腹の傷は裂け目から内臓が零れたりする程ではないが、戦いの中で怪我に慣れた俺でも思わず顔を顰めたくらいには深い。治癒魔法で辛うじて出血は止めているようだが、ベッタリと纏わりついた瘴気で傷口の周囲が痛々しく嫌な赤黒い色に変色している。相当痛む様子だが、その瘴気のせいかそれとも戦闘で魔力を消費したのも相まってか、流石のヨシュアでも自力での完全治癒はできなかったのは想像にかたくない。ここから更に他の傷もつけられていたのなら尚更だ。

 この傷は紛う事なく俺の元に一刻も早く戻りたいというヨシュアの焦りから生まれた傷だ。ヨシュアは俺がユディトに酷い目に合わされていないか心配なあまり、時間をかけてしっかり治療するよりも、魔法で止血して上から薬を塗り簡単に包帯を巻くだけにする事を選んだ。たったそれだけの手当で、慌てて俺の元へ駆けつけてきたのか。こんなにも、酷い怪我をしているのに……。

 これまで自分がヨシュアに甘えてばかりいる事に特に疑問を抱く事なく、向こうが勝手にやってる事だから、なんだかんだ助かるから、と言い訳ばかりして俺はされるがままだった。けど、そうすべきじゃなかったんだ。せめて俺が少しくらい1人にしても大丈夫だろうと、ヨシュアを安心させてやれるくらいには強くなれていたら。それか、後ほんの少しでも自立できていれば。どの後悔も今更で、遅過ぎる。現状俺はヨシュアに小さな傷1つ手当したからと隠される程度には、頼りにされていない。

 自分が傷つくのは全く平気だ。慣れてるから。それに、自分の身体が傷つく事や、命が危険に晒される事があっても、俺にはそんな事より優先させなくてはならない事がこれまで沢山あった。周囲も皆、俺の事よりも別の何かを心配しているのが当たり前で、当たり前と言えば俺がいつも傷だらけなのもそうだ。それはもう仕方ない。常にそんな有様なのだから、もうそれを気にする方がおかしい。

 だって俺は人類と魔物の戦いの最前線に立ち続ける立場として生まれてきた人間なんだ。人の命の持つ価値は平等だと言うが、だとしてもその人の立場の重みは全然違う。同じ価値を持つ1個の命でも、その命に例えば国王と乞食という立場を付加すれば、その立場によって重みは全く違ってくると言えば伝わるだろうか?

 いずれ勇者と呼ばれるに至る俺の立場は、昔からとても重かった。それこそ、俺自身の命を危険に晒してでも役目を果たす事を、求められる程度には。俺の立場と役目には、多くの人間の命と安全、平和がかかっていた。

 だからこそ、俺が逃げる事なんて許されず、常に立ち向かい続ける事だけが求められ……。その事を思えば、天秤がどちらに傾くかなんて簡単に分かる話だ。たった1人とその1人の犠牲で守られるその他大勢の命。どちらを取るか、比べるまでもない。

 でも、ヨシュアは俺とは違う。彼の立場は俺とは違う意味で重いものだ。それなりに付き合ってきた過程で、俺は知っている。ヨシュアがどれだけ家族に大事にされ、配下の人間に慕われているか。公爵家次男の立場だって、そこに付随する役目は重くとも俺とは違い死地に送り込まれるようなものではないし、むしろ大切に守り育てられるようなものだ。何の因果かヨシュアに有り余る魔力とそれを操る力があって、本人が他者を守りたいと心優しくもそう望んだから、戦いの最前線に立っているに過ぎない。

 悲願であった魔物の王討伐が果たされた今、無事生き残ったヨシュアはこれ以上戦場で身を危険に晒す必要は一切なく、残党処理だって本当なら他の誰かに任せられた。それこそ、俺のようなより適任な人間に。

 しかし、優しいヨシュアはボロボロになった俺を見ていられず自らまた戦場に出ていって、そこに更に俺が心配をさせたもんだからこんな傷まで負ってしまって……。その間ヌクヌクと早く死にたいなぁ、なんて呑気に考えていた自分を思うと嫌悪のあまり吐き気がするし、死にたいというボンヤリとした欲求が死ななくてはという義務感に変わっていった。

 ヨシュアに甘やかされて、俺は自分でもそうと気が付かない内にはしゃいで浮かれていたんだと思う。それこそ、呑気に死刑になるのを夢見て画策する暇がある状況だと判断を下す程、目を曇らせるくらいには。

 これまでの人生、俺はいつだって他人を頼らず自立する事を求められ続けてきた。幼い俺はいくら泣いたって、殺伐とした最前線に一戦力として求められて送り込まれてきた。そして戦力として戦場に行っている以上、泣いてる場合かと折檻を受ける事はあっても、優しく抱きしめてくれる誰かは居なかったのは至極当たり前の事だ。俺は子供時代に誰かに守り育てられなければならない子供としてではなく、魔物を殺す実力を備えた一人前の戦力として求められ、そのように振舞ってきた。

 俺が怖気付けばそれだけでその隙に誰かが死ぬ。逃げ出せば魔物に殺されるよりも先に裏切り者として仲間たちからされる。そんな環境で育った俺だから、体を大切にして、ゆっくり好きなだけ療養をして、望むだけのものを用意してあげよう。どんな願いも思うがままだ。……そんな風に言ってのけるヨシュアくれた待遇は、正しく天から降ってきた贈り物にしか見えなかったんだ。

 自分で努力して鍛えて手に入れた剣の腕や戦闘能力と違って、ヨシュアからの祝福は努力もせずにポンッと与えられたもの。だから実感に乏しかった。乏しかったから熟慮を怠り、俺への厚遇の裏に隠された犠牲にまで思い至らず、ただ諾々と何も考えずに受け入れて……。結果、こんな事になった。

 あと少し間違えたら、ヨシュアが取り返しのつかない事になる所だったのに。こうしてまた生きて会えたのは、奇跡でしかない。会えたとしても、ヨシュアが取り返しのつかない酷い怪我をしてしまっていた可能性だって十分にあったんだ。こんな事にならないとそれすら気がつけないなんて、俺は本当に大馬鹿だ。

 長い間そうとは気づかず夢を見続けていたのに、ようやく今目を覚ました気分になる。ただ、黙々とヨシュアの傷口の瘴気を浄化し、聖魔法の応用でできる強力な治癒魔法を処置しながら、俺の胸中はずっと嵐のように荒れ狂っていた。

「傷、塞がったぞ。不備はないか?」
「凄い、痕も残ってないな……。流石稀代の聖魔法の使い手だ。有難う、イーライ。そうだ、久し振りに魔法を使ったろ? 疲れてないか?」
「久々の感覚で不思議な感じがするが、それだけだ。特に問題はない。まあ、いつまでも休んではいられないし、いいリハビリになった」
「は……? 待て、今のはどういう意味だ。リハビリって? 何かこれから魔法を使う予定でも?」
「そりゃあ、俺はお得意の聖魔法がないと、魔物に立ち向かえないからな」
「魔物に立ち向かうって……。どういう事だ? それじゃあまるで、これから戦線復帰でもするかのような言い方だ。まあ、そんなわけないだろうけど」

 あはは、とヨシュアが軽く笑い声を上げる。ヨシュアからしてみれば、これまでしんどい思いばかりしてきた俺はこれだけ至れり尽くせりの環境を用意したら、もうあんな辛い環境はゴメンだと後はもう勝手に守られっぱなしになるとでも思っているのだろう。そんな余裕が若干滲み出ている笑い方だ。しかし、次に俺が口にした言葉は、そんなヨシュアの願いとも言える考えを見事に裏切るものだった。

「何を言っている、当然そのつもりだ」
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