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41.糾弾
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「なっ、そ、そんな……まさか……」
「今日から手に白粉を叩き始めたとの事ですから、まだ手で触れたところに白粉が付着するという意識が、ユディト嬢の中でできあがっていなかったのでしょうね。そのせいで、こんな風に手の跡が綺麗に残るとも思い至らず、事前に決めていた通りにそのまま素手で俺の背中を押した……という事なのでしょう。魔法を使って詳しく成分を調べれば、これがこの世でユディト嬢の手に塗る事だけに使われている、特別な調合の白粉だと分かると思いますよ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! それが私の手の跡だとして、あなた達の言う通り突き飛ばした時に着いたとは限らないじゃない! それこそ、茶会会場でお話している時や邸宅をご案内している時に着いたのかも」
「俺の記憶が正しければそんな瞬間はなかった筈ですが……。あ、客観的な証拠じゃないと駄目なんでしたね。えっと、それならこれはどうでしょう? この手の跡は両手を綺麗に揃える形でついてます。それこそ、ボディータッチで触れるにしては不自然ではありませんか? ユディト嬢が仰るようなタイミングで着いたのなら、肩や腕辺りに片手だけつくのが相場でしょう。それなのにこれは、背中の真ん中に綺麗に揃って着いています。それこそ、背中の真ん中に狙いを定めて突き飛ばしたら、こんな風に手形が着くとは思いませんか?」
「だ……としても……、力を込めて、突き飛ばしたとは限らないわ。それこそ、軽く躓いてちょっと手を着いてしまったことくらいあったかもしれないじゃない……。些細な接触で、あなたが気がついていない可能性だって……」
「ユディト嬢。あなたが言うところの軽い接触で、こんなにハッキリ、クッキリ手形が着くと思いますか? 軽い接触ならそれこそ白粉が多少着くくらいで、こうして綺麗な手形までは残らないでしょう。こんなにシッカリ残るくらいですから、全体重をかけて思いっ切り手を突き出した事が明白ですよ」
「でも……それは、その……」
先程までの自らの優位を確信しし、こちらへの侮蔑を伴った余裕などどこへやら。見る見る内に勢いをなくしていくユディト。勝利に酔いしれ紅潮していた頬は青褪め、ふんぞり返っていた体は背中が丸まった。水を打ったように静まり返る室内。ユディトの取り巻きも、ヨシュアも俺も、誰も動かない。
「……騎士団を呼びましょう。それと、法務官も。公正な第三者に証拠を保全してもらい、この場の状況を記録してもらうのです。その後時間をかけて状況と併せてみて全ての証拠を精査し、結論を出してもらえばいい。互いに相手が何か捏造したり隠滅したりしないか不安でしょうから、各種手続き終わるまでは双方ここを動かず、総合監視の状態を保っておきましょうか」
「私もそれに賛成だ。これは立派な殺人未遂で、犯罪だからな。それも、救世の勇者にたいする、な。事が事なだけに、この件は我々だけでは手に余る。ユディト嬢も、それでいいですか?」
「わた、わた、私、私は……」
「キャアッ! ユディト様!?」
一気に立場が逆転してしまったこの状況が、余程耐え難かったのだろう。ユディトの顔から血の気が引いて紙のように白くなり、その体がフラフラとその場にへたり込む。周囲の令嬢達はそんな彼女を悲鳴を上げて避けるだけで、俺達からは位置が遠く手が届かない。哀れ誇り高き公爵令嬢ユディトは、誰にも支えられる事なくその場にベシャリと崩れ落ちた。
特に頭は打っていないようだし、顔色が悪く茫然自失としているだけだろう。俺が介抱しようと触るのも変な誤解を産みそうだから、可哀想だがあのままにしよう。俺が情けをかけたところで、ユディトからしてみれば屈辱以外の何物でもないだろうしな。
そうこうしている内に、ヨシュアが魔法で伝令を飛ばす。きっとさっき俺が話に上げた機関に連絡を入れたに違いない。ダンコーナ公爵家が建っているのは各機関の本部に近い首都の中心部に位置する一等地だ。きっとそう待たずして手配した人員は来るだろう。
取り敢えず一段落はついたようなので、フゥと小さく息を吐く。やれやれ、一息ついでに上着を持ったこの手も下ろしたいが、それで何かしようとしただろうとか言いがかりでもつけられたら嫌だしな。もう向こうの陣営に勢いはないが、それで一発逆転を狙われる可能性がない訳ではない。うーむ、どうしよう……。
「イーライ、腕が疲れたのか?」
「ん? ああいや、そうじゃない。最近療養していたとはいえ、俺だって元は戦闘職だぞ? それも、最前線の激戦区で活躍していたんだ。これくらいで疲れるようなやわな鍛え方はしていない」
「そうか。ならいいんだが……」
ヨシュアの言葉尻が尻窄みに消えていく。その様子はどこか居心地悪そうだ。んん? どうしたのだろう? 問題は解決した筈だけど、まだ何か気になる事でも残っているとか? 不思議に思って見ていると、直にヨシュアは口を開いて、視線を下に彷徨わせながらその訳を話し始めた。
「済まない……今回の私は、君の役に立てなかったな……」
「……は?」
「今日から手に白粉を叩き始めたとの事ですから、まだ手で触れたところに白粉が付着するという意識が、ユディト嬢の中でできあがっていなかったのでしょうね。そのせいで、こんな風に手の跡が綺麗に残るとも思い至らず、事前に決めていた通りにそのまま素手で俺の背中を押した……という事なのでしょう。魔法を使って詳しく成分を調べれば、これがこの世でユディト嬢の手に塗る事だけに使われている、特別な調合の白粉だと分かると思いますよ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! それが私の手の跡だとして、あなた達の言う通り突き飛ばした時に着いたとは限らないじゃない! それこそ、茶会会場でお話している時や邸宅をご案内している時に着いたのかも」
「俺の記憶が正しければそんな瞬間はなかった筈ですが……。あ、客観的な証拠じゃないと駄目なんでしたね。えっと、それならこれはどうでしょう? この手の跡は両手を綺麗に揃える形でついてます。それこそ、ボディータッチで触れるにしては不自然ではありませんか? ユディト嬢が仰るようなタイミングで着いたのなら、肩や腕辺りに片手だけつくのが相場でしょう。それなのにこれは、背中の真ん中に綺麗に揃って着いています。それこそ、背中の真ん中に狙いを定めて突き飛ばしたら、こんな風に手形が着くとは思いませんか?」
「だ……としても……、力を込めて、突き飛ばしたとは限らないわ。それこそ、軽く躓いてちょっと手を着いてしまったことくらいあったかもしれないじゃない……。些細な接触で、あなたが気がついていない可能性だって……」
「ユディト嬢。あなたが言うところの軽い接触で、こんなにハッキリ、クッキリ手形が着くと思いますか? 軽い接触ならそれこそ白粉が多少着くくらいで、こうして綺麗な手形までは残らないでしょう。こんなにシッカリ残るくらいですから、全体重をかけて思いっ切り手を突き出した事が明白ですよ」
「でも……それは、その……」
先程までの自らの優位を確信しし、こちらへの侮蔑を伴った余裕などどこへやら。見る見る内に勢いをなくしていくユディト。勝利に酔いしれ紅潮していた頬は青褪め、ふんぞり返っていた体は背中が丸まった。水を打ったように静まり返る室内。ユディトの取り巻きも、ヨシュアも俺も、誰も動かない。
「……騎士団を呼びましょう。それと、法務官も。公正な第三者に証拠を保全してもらい、この場の状況を記録してもらうのです。その後時間をかけて状況と併せてみて全ての証拠を精査し、結論を出してもらえばいい。互いに相手が何か捏造したり隠滅したりしないか不安でしょうから、各種手続き終わるまでは双方ここを動かず、総合監視の状態を保っておきましょうか」
「私もそれに賛成だ。これは立派な殺人未遂で、犯罪だからな。それも、救世の勇者にたいする、な。事が事なだけに、この件は我々だけでは手に余る。ユディト嬢も、それでいいですか?」
「わた、わた、私、私は……」
「キャアッ! ユディト様!?」
一気に立場が逆転してしまったこの状況が、余程耐え難かったのだろう。ユディトの顔から血の気が引いて紙のように白くなり、その体がフラフラとその場にへたり込む。周囲の令嬢達はそんな彼女を悲鳴を上げて避けるだけで、俺達からは位置が遠く手が届かない。哀れ誇り高き公爵令嬢ユディトは、誰にも支えられる事なくその場にベシャリと崩れ落ちた。
特に頭は打っていないようだし、顔色が悪く茫然自失としているだけだろう。俺が介抱しようと触るのも変な誤解を産みそうだから、可哀想だがあのままにしよう。俺が情けをかけたところで、ユディトからしてみれば屈辱以外の何物でもないだろうしな。
そうこうしている内に、ヨシュアが魔法で伝令を飛ばす。きっとさっき俺が話に上げた機関に連絡を入れたに違いない。ダンコーナ公爵家が建っているのは各機関の本部に近い首都の中心部に位置する一等地だ。きっとそう待たずして手配した人員は来るだろう。
取り敢えず一段落はついたようなので、フゥと小さく息を吐く。やれやれ、一息ついでに上着を持ったこの手も下ろしたいが、それで何かしようとしただろうとか言いがかりでもつけられたら嫌だしな。もう向こうの陣営に勢いはないが、それで一発逆転を狙われる可能性がない訳ではない。うーむ、どうしよう……。
「イーライ、腕が疲れたのか?」
「ん? ああいや、そうじゃない。最近療養していたとはいえ、俺だって元は戦闘職だぞ? それも、最前線の激戦区で活躍していたんだ。これくらいで疲れるようなやわな鍛え方はしていない」
「そうか。ならいいんだが……」
ヨシュアの言葉尻が尻窄みに消えていく。その様子はどこか居心地悪そうだ。んん? どうしたのだろう? 問題は解決した筈だけど、まだ何か気になる事でも残っているとか? 不思議に思って見ていると、直にヨシュアは口を開いて、視線を下に彷徨わせながらその訳を話し始めた。
「済まない……今回の私は、君の役に立てなかったな……」
「……は?」
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