上 下
36 / 63

36.ダンコーナ公爵家の家宝

しおりを挟む
 ここまでの道のりは長かった。当初の俺の計画では周囲の不興を買いまくってサッサと死刑にしてもらうつもりだったが、良かれと思ってヨシュアを巻き込んだ事から全ての計画が狂っていってしまって……。不興を買うどころか、いつの間にか周囲に同情されむしろ俺の敵対派閥の方が世間から顰蹙を買って嫌われていく始末。そんな俺に有利な道筋の裏には、いつもヨシュアの存在があった。

 どうしてだか彼は俺を生かしたいようだったが、そんなの俺は真っ平御免だ。他人の意思に流されるがままここまでのうのうと生きてきたが、今度ばかりは俺自身の手で自らの運命を決めさせてもらおう。

 俺にはヨシュアが何故そこまで俺を大切にしてくれるかが分からない。分からないからこそ信用なんてできなかった。理由が理解できないもの程不安定で不確かなものなんてないだろう。今回の人生でそれまで付き合いがなかったヨシュアがいきなり俺に執着し始めたように、いきなりその気持ちが薄れ愛顧が途切れる可能性だって同じ確率だけある。少なくとも、俺はそう思うのだ。

 そんな不確かなものに縋って戦々恐々とふらつきながら生きるよりは、いっそこれ以上の面倒事が生まれない内に、死んで全てを終わらせた方が余っ程いいに違いない。俺は死の向こう側を知っている。だって気の所為でなければ、1度死んだから。

 あの時俺は確かに感じた。死ねば人間は無になる。続きなんてない。思考も苦悩も憂悶も、死んだ瞬間に全部等しく無くなるのだ。それは人生に倦み疲れた俺にとって、なによりの福音にしか思えなかった。

 他人の為に生きるより、俺は自分の為に死ぬ事を選ぶ。もう決めたんだ。例えそれでヨシュアを悲しませる事になっても関係ない。それはヨシュアの問題で、俺の問題ではないと割り切る。いや、割り切らなくては。俺はこれまで、十分過ぎる程に他人に自分の人生を捧げてきたんだ。例えその習慣が骨身に染み付いているのだとしても、俺はいい加減自分の為に生きて死んでしまいたい。

 密かに息を詰め、ユディトが扉を開いていくのを静かに待つ。一瞬いつか見た俺の目を優しく覗き込むヨシュアの顔を思い出したが、一生懸命頭の中から追い払って知らないふりをした。

「まあ、素晴らしい……!」
「この絵画、なんて素敵な色使いなのかしら」
「流石公爵家、どれも素晴らしくて惚れ惚れしてしまうわね」

 宝物達を所有しているダンコーナ公爵家の一員であるユディトが許可を出してくれたので、令嬢達はそれぞれ好き好きに部屋の中を見て回っている。不用意に手を触れさえしなければあとは自由にしていいとの事なので、俺もユディトがなにかしかけてくるのを待ちながら、端から順繰りに品々を眺めて行った。

 どうやら部屋に入って手前から、奥に行くに連れて飾られている品の価値が上がり、同時に時代を遡っていくように配置されているらしい。という事は、今回俺が損壊した事にされる家宝とやらは最奥に配置されているのだろうか。直ぐにでも走って向かいたい気持ちでいっぱいだが、それではあまりに不自然だ。逸る気持ちを抑えつつ、おざなりなのが伝わらない程度に適当なペースで物品を見ていく。

 そんな俺の視界の端に、付かず離れずこちらに気が付かれないように気をつけた動きで、ユディトが俺をつけているのが見えた。ちゃんと狙いは定めているらしい。野鳥の雛を見詰める蛇のような目付きで俺を真っ直ぐに見据えている。ああ、その時が待ち遠しいな。逸る気持ちを抑え徐々に徐々に、ジワジワと奥へと近づいていく。

 やがて部屋の中間地点から少し奥に入ったある区画に差し掛かった時、俺はおやっ? と動きを止めた。なんだろう、この違和感は。一見ただの骨格標本だが、それにしては何かおかしなものを感じる。

 近づいてみて脇に添えられた解説を読んだところ、聖魔力を保持して生まれた特別な動物、いわゆる瑞獣とか聖獣とか言われるものの骨格標本のようだ。かつて領地内で生まれたのがダンコーナ公爵家に献上され、寿命で死ぬまで大切に可愛がられた後骨格標本にされた……という謂れがあるものらしい。

 しかし、これは……。聖獣の骨なら死後も聖魔力が染み付いていて残っている筈だ。記された年代表記によれば、この骨格標本は200年近く前のものだという。200年程度前のものなら、聖魔力をその身に宿し、敏感に感じ取る事ができる俺なら、その有無を十分に感じられる筈である。

 けれど、それにしてはどうもおかしい。だって、俺にはこの骨格標本から聖魔力が感じられないのだ。いや、それどころかこれは……。あろう事か微量ではあるものの、その骨格標本からは魔物が持っている瘴気の気配すら感じられる。

 実際件の骨格標本の周囲は、空間がくすんで見えた。場が澱んでいるのだ。という事はこの骨格標本は、瑞獣などではなく魔物のもの……? そんな、まさか。

 魔物の骨を得る事自体は簡単だ。ついこの間俺が魔物の王を斃すまで、あちこちで魔物が溢れ返り大から小まで世界中で盛んに駆除の為の討伐が行われていたんだから。勿論大国である我が国有数の領地の広さを誇るダンコーナ公爵家だって、領地のどこかしらに魔物は表れ、その都度討伐をしただろう。

 俺の記憶の中でも、過去ダンコーナ公爵家の領地に赴いて討伐した記憶が何度かある。そういった討伐の際かその後に魔物の死骸を確保すれば、骨格標本にするくらい訳ない。このくらいのデカさのやつならそこら辺に普通に居るだろうし、俺は斃す専門で骨格までは詳しくなく断言できないが、こういった体つきの魔物は何種類も思い浮かぶ。死体なんて処理が面倒な廃棄物扱いで、捨てる場所に困る事はあっても入手に困る事はない。問題なのはそこではなく、何故魔物の骨格標本がこのダンコーナ公爵家にあり、更には聖獣という触れ込みで宝の1つとして飾られているのか、という事である。

 まさか、誰かに騙されて聖獣と思い込み飾っているとか? いや、それはない。先程読んだ説明にこの骨格標本は終生公爵家で飼育した聖獣のものだと書かれていたのだから。長年飼育し続け死まで見取ったのなら、その過程において聖獣ではなく魔物であると看破されていないのはおかしい。

 それなら、骨格標本にするに当たって担当した職人が、邪心を抱き聖獣の骨を魔物のものと擦り替え、本物はどこかに横流して利益は懐にい入れたとか? うーむ……それもちょっと考え辛いな。

 公爵家ゆかりの財物を騙して盗むなんて事恐ろしくて到底できないだろうし、公爵家が仕事をを頼むくらいだから相手の職人は一流の人間だろう。貴族相手に一流の仕事をする人間が、そんなチンケな盗みを働くとは思えない。

 なにより、聖獣の骨を態々魔物の骨と入れ替える理由が分からなかった。聖獣とは言え、基本的には普通の動物と構造は変わらない。その点魔物はどちらかと言うと構造が異形に近しい。骨だけとは言え、なるだけ聖獣に近しく見えるように魔物の骨格を組むのはかなり難しい筈だ。

 それなら、偽物を作るにしても普通の動物の骨を持ってきて加工した方がいい。魔物の骨から漏れ出る瘴気で実害が出たら、バレた時に負う呵責の量だってうなぎ登りだ。態々罪を重くする理由はない。どこをどう取っても、不可解な要素が増えていく。

 そして俺は骨格標本に纏わりつく瘴気の言いようのない違和感に観察を続け……。新たなある1つの事実にたどり着いた。これは、隠匿の魔法? 骨格標本から漏れ出る瘴気を誤魔化しているのか?

 いや、それもあるだろうが、それだけじゃない。隠匿の魔法のその下。隠されてはいるが、そこには確かにもう1つの魔法……俗にのろいと言われる禍々しい魔法の気配を感じとった。

 これは泥棒避けのただの呪いではない。禁止されている生贄を使用する事で不当に強化されたのが明らかな、強力なもの。それこそ、誰かを傷つけ苦しめる為の……まさか!? そして、俺がハッと骨格標本から顔を上げるのと、背後から物凄い力で突き飛ばされたのは同時だった。

 骨格標本に集中していてなんの心構えをしていなかったのもあって、俺は容易くバランスを崩す。咄嗟に振り返って見えたのは、悪事を働く緊張感と計画の成功を確信して隠しきれない高揚感の滲んだ笑みを浮かべるユディトの姿。そしてその奥でいつの間にか開かれていたこの部屋の扉と、そこから姿を現したヨシュアだ。

 何であなたがここに……? そんな疑問を浮かべたのと、俺の体が骨格標本に勢いよく接触し禍々しい呪いが発動したのは、同時だった。遠くから悲痛なヨシュアの叫びが届く。

「イーライ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令息の死ぬ前に

ゆるり
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい

雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。 延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。

囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ
BL
【理知的美形宰相x不遇な異能持ち王子】ヒースダイン国の王子カシュアは、触れた人の痛みを感じられるが、自分の痛みは感じられない不思議な体質のせいで、幼いころから周囲に忌み嫌われてきた。それは側室として嫁いだウェストリン国でも変わらず虐げられる日々。しかしある日クーデターが起こり、結婚相手の国王が排除され、新国王の弟殿下・第二王子バージルと再婚すると状況が一変する……不幸な生い立ちの王子が、再婚によって少しずつ己を取り戻し、幸せになる話です

6回殺された第二王子がさらにループして報われるための話

あめ
BL
何度も殺されては人生のやり直しをする第二王子がボロボロの状態で今までと大きく変わった7回目の人生を過ごす話 基本シリアス多めで第二王子(受け)が可哀想 からの周りに愛されまくってのハッピーエンド予定

【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)

かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。 はい? 自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが? しかも、男なんですが? BL初挑戦! ヌルイです。 王子目線追加しました。 沢山の方に読んでいただき、感謝します!! 6月3日、BL部門日間1位になりました。 ありがとうございます!!!

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

処理中です...