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34.忍耐の時

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「これはこれは! ダンコーナ公爵家主催のお茶会に、ようこそお越しくださいました、勇者様。こうしてきちんとご挨拶させていただくのは始めてかしら? わたくしはダンコーナ公爵家が末娘、ユディト・ダンコーナでございます」
「ご丁寧に有難う御座います。ご存知かとは思いますが、俺はイーライ・フレネルです。今日は俺のようなつまらない人間まで、この様な素晴しい茶会にお招きいただいて、光栄です」
「まあ、ご謙遜を。世間で名高い勇者様を当家のお茶会にお招きできて、私も鼻が高いですわ。きっと今回の事は、我がダンコーナ公爵家末代までの自慢になりますわ」

 招待客と主催者として、一通りの挨拶をする。一見互いに相手を褒めそやす和やかな雰囲気だが、その実こちらを見つめるユディトの目は敵意が満々だった。彼女の目力が強く感じるのは、何も気合十分に厚化粧をしてアイラインをバッチバチに引いているからばかりではないだろう。その目付きは睨みつけているのと紙一重な程に、俺に対して刺々しい。

 そりゃそうだ。だって向こうからしてみれば、俺はどれだけ憎んでも憎み足りない恋敵。彼女にとっての愛しい想い人、ジュレマイア王太子殿下と公爵令嬢であるユディトが秘密の恋人止まりでその先の婚約まで至れていないのは、王太子に俺という正式な婚約者が居るからだ。俺さえいなければ、とっくのとうに王太子とユディトのカップルは婚約を成し遂げていたろうに。きっとユディトは俺の事が忌々しくてたまらないに違いない。

 俺は彼女にとって純粋な真実の愛を邪魔する許し難い相手。互いに立場も気持ちも十分なのだから、俺さえ居なければ愛する王太子と自分の婚約が成るのに……、と考えたらいっそ殺したくて堪らないくらいだろう。できる事ならいっそ、今この瞬間にでも俺の喉笛を掻き切りたい気持ちでいっぱいに違いない。そんな激情を公爵令嬢の矜恃1本で隠し切っている所は、一応立派だ。

 感情のままに俺を害そうとして大失敗し窮地に追い込まれたどこかの誰かさんと比べると、そこは王太子よりも余っ程高貴なる立場の人間としての自覚があると言える。彼女なら俺を上手く死刑にしてくれるかも。俄然期待が高まるな! ユディトからの厳しい視線を背中に感じながら、俺は侍女に案内されるがままに席に着いた。暫く時間を置いて招待客が全員揃ってから、茶会が開始された。

 こうして見ると、同じ茶会なのに前回の人生で目にしたよりも明らかに招待客が少ない。考えてみれば今回この茶会に参加しているのは、ユディトに阿り俺に敵対している人間ばかり。参加人数の差はきっと俺に対する世間の評価の違いだろう。

 前回の人生では世間に流布された様々な嘘八百の悪評のせいで、俺を敵対視する人間が多かった。しかし、今回の人生ではヨシュアの活躍によって俺に対して悪感情を抱く人間よりも、逆に俺に好意的で敵に回したくないと考える人間が多くなったようだからな。人数の増減はきっとその差だ。要するにダンコーナ公爵家のご機嫌を損ねるよりも、俺におもねる方を選んだ人間が多いようだが、俺なんかに組みしてもなんにもいい事ないのに。誰も彼も、先見の明がないな。

 とは言え前回を思えばいささか心もとない人数だが、あれだけ世間で持て囃されている今回の人生でも、これだけ俺よりもユディトの味方をする人間が残っていたとは。ユディトや彼女の実家の人望や権威もなかなか馬鹿にできないな。やはりそこら辺は、阿呆なだけの王太子とは大違いだ。精々俺もこの悪意に正しく応えられるように頑張らなくては。俺が死刑になりさえすれば、お互いウィンウィンだしな。

「それで、その彼女に婚約者がお詫びにと送ってきたプレゼントというのが、何と趣味の悪いドギツイ程に真っピンクの手袋で……」
「今年も夏になったら我が領地の別荘に皆さんでいらして、ボート遊びをいたしませんか? 去年よりも暑くなりそうだと聞きますし……」
「それで、ご褒美にとお父様に強請って買っていただいたんです。人気のデザインですから、手に入れるのに苦労しましたわ。購入する為に方々手を尽くしたとかで、お父様からも小言を言われてしまって……」

 そこかしこで楽しげな話題の花が咲いている。手持ち無沙汰故に何となく口にした紅茶は香り高い。出された茶菓子は目にも楽しい可愛らしさで、その味も上等。不手際の目立った王太子の時とは違い、ユディト主催の茶会は文句の付けようのない完璧な茶会と言っていいだろう。

 この茶会を手配したユディトなら先々国母にさえなれれば、あのボンクラが国王になってもいい具合に采配をして国が荒れないようにしてくれそうでそういう意味では安心だ。が、しかし。それにしたってユディトならあんなヘッポコ王太子よりもっといい相手が他に居そうなのに。あのシンプル馬鹿の配偶者にしておくには勿体ないな。

 まあ、誰を好きになるかはその人の勝手だし、恋愛事情どころか一般常識にすら疎い俺が口出しする類の事でもない。ユディトだって俺に色々言われたら嫌なんてもんじゃないだろう。こういう事は心の中にだけ留めておこう。そもそも面倒だからってそれだけで態々望んで死刑になりに行ってる俺だって、他人の理解からは程遠い思考をしているんだろうから。

「イーライ様、どうでしょう? お茶会は楽しんでいただけてますか?」
「ああ、勿論ですよ。流石天下のダンコーナ公爵家だ。俺みたいな無学な人間にも分かる程に何もかもが一流ですね」
「まあ、栄えある勇者様にお褒めに預かり光栄ですわ」
 一見穏やかな俺とユディトの会話。同じテーブルに同席している令嬢達も、話に合わせてお上品にオホホホホ……と笑っている。身につけた服飾品からしても、先程紹介の際に聞いた肩書きからしても、同席している彼女達はこの茶会でも特にユディト気に入りの、いわゆる彼女の取り巻きというやつなのだろう。その取り巻き達の目は、ユディトに負けず劣らず俺への敵意でギラついてる。

「イーライ様。私、イーライ様のご活躍のお話が聞きたいわ。最前線では強い魔物を数え切れない程倒して、とても沢山の功績を立てられたのでしょう?」
「いえ、俺なんかは聖魔力が人より多くて多少聖魔法が使えるだけで、特別な事は何もしていません。個人の功績なんてそんな大したものじゃなく、主だった栄誉は全部俺以外の討伐隊のメンバーが優秀だったお陰です。彼等が居なければ、俺は勇者になるどころか生きて帰ってこれたかどうか」
「またまた、ご謙遜がお上手ね」
「俺なんかの昔の話をしても、血腥くて気が滅入るだけです。それよりも、美しいご令嬢方の華やかな話の方がきっと誰にとっても楽しい筈ですよ」

 上辺だけの会話がしばらく続く。向こうはまだ仕掛けてくる気はないみたいだ。しかし、油断してはならない。俺の方も相手の少しの攻勢も見逃さないように気を張って、どんな時にどんな方向から貶められそうになっても完璧にその作戦に乗っかれるように神経を張り詰めさせた。

 きっと後々この茶会の事を聞いたヨシュアは、必ず俺の周りのガードを固くする。今日を逃したら次の断罪の切っ掛けがあるかどうかすら怪しいのだ。このチャンスを必ずものにして、死刑への足がかりにしてやる。何もかもに疲れ果てた俺にとって、死んで全てを終わらせ面倒事から解放される事だけが唯一絶対の目標であり、救いなのだから。
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