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12.庇われるのは不都合なので
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「は……? イーライ、一体何を」
「何だイーライ、そいつを擁護する気か? 流石は元平民。今の言葉でお前はヨシュアを擁護したつもりかもしれないが、外野からしてみればお互い庇い合う程に2人がただならぬ仲だと示されているようにしか見えんぞ? 今の言葉の内容からすれば、お前の不純な願いにこいつが応えたも同然なのだから、尚更な! 助けるつもりで墓穴を掘るとは、やはり生まれが卑しいと知能も足りなくなるみたいだな!」
「庇っているのではなく、本当に真実なのです。仮にも俺達は婚約関係なのに、ジュレマイア殿下がぜーんぜん俺に気持ちを示してくれないので、少しはヤキモチを焼いて欲しくて彼には当て馬役を頼んだんですよ。ほら、よく言うでしょう? 普段は興味がない相手でも、他人が欲しがっていると思ったら俄然価値を感じられるようになった、って。それで、ヨシュアには王太子殿下を振り向かせるのに協力してもらおうと、俺なりに画策したんです。今日朝早くから彼を呼んだのは、早い時間に打ち合わせをして午後からは早速殿下の元に2人で伺い、二人の仲を誤解させる小芝居を打つつもりだったからですよ。そうする事で、一刻も早く殿下の気を引きたかったんです」
ヨシュアが驚いている隙に、庇われていた手の後ろから進み出てズイッと彼の前に出る。よくもまあこうまでペラペラとそれらしい嘘が並べ立てられるものだ。咄嗟にこれだけの事が言えるなんて、案外俺には詐欺師の才能があるのかもしれない。若し今度人生を繰り返すのでなく別人としてやり直せるのなら、この道で食っていけそうだ。いや、他人を騙し財を奪う詐欺師の人生なんて、送りたくはないけれども。王太子もまだ少し疑っているようだが、流石はお馬鹿。深読みもできずまんまと半分近くは俺の言葉に真実味を感じているらしい。表情を変えて探るような目でこちらを見ている。それでも一応疑う心はあるようで、疑惑の目をこちらに向けてくる。
「……そんな分かりやすい嘘で私を騙せるとでも? よく言うな! イーライ、お前は以前から普段は私に対して素っ気なかったじゃないか! 私が呪いで苦しんでいるのに、たまにしか看病に来ないし、呪いの緩和が終わったらさっさと帰ってしまう。普通恋しい相手ならいくら忙しくても、もっと共に在れるように時間を作るものだろう!?」
いやふざけんなよ? ベッドの上で一日を過ごしていたあんたにゃ分からんだろうがね。俺は国中を飛び回って魔物を討伐するのと国の中心でぬくぬく守り育てられているあんたが死なないように呪いを緩和するのと、どちらも大事な仕事だからと言われて両立させるようにと強要されてたんだぞ? その為に、これまでずーっと昼夜兼行で睡眠時間もろくに取れない生活を続けてきたんだが? 俺は国の端から端まで魔物に荒らされた不毛の地を駆けずり回って討伐なんて重労働して、一息付く間もなく国の中心に駆け戻り力を振り絞って王太子の看病をしていたんだ。それなのに、あんたって人は……。
仮に俺が本当に王太子の事が本当に好きでも横に侍ってシクシク泣きながら慰める時間を作る為には、魔物に襲われる国民を見捨てるかそれこそ2人以上に分裂して無理矢理人手を増やすくらいしか対処法がないんだが? こいつ俺が国中旅行して遊び回ってるとでも思ってんのか? 仕事で引っ張りだこだったんですけど? いや、馬鹿王太子の事だ。遊んでたと思ってるんだろうな。王太子の馬鹿さ加減と箱入り具合は筋金入りだから。
そもそも俺が王太子の体を思ってメソメソ横で泣いて、何になる? そんな事しても王太子の呪いは解けない。根源である魔物の王を斃さなくては、解呪も糞もないのだ。俺が愛を言い訳に王太子の横で泣いたって自己満足のパフォーマンスにしかならないし、そうしたらきっと王太子は私の方が不幸なんだ! いいから働け! と怒り狂っていただろうに。愛というものを言い訳に全てが丸く収まるなら、そもそも俺はここまで無感情な人間に成り果てたりはしていなかっただろう。王太子の言葉につい苛立ちを感じてしまい長く話す気がなくなった。禁じ手だが、ここはもう取っておきのカードを切ろう。うん、それしかない。
「だって、王太子殿下のお傍には、いつも別の方がいらっしゃって、そこに俺の居場所なんてなかったものですから……」
「はっ!? お、おまっ、どこでその事を!?」
「えーっと、確か亜麻色の髪をして、榛色の瞳が美しい……」
「わー! わー! 違う! そんなんじゃない! 言いがかりをつけるな! 無礼だぞ!?」
「ああ、ジュレマイア殿下の顔を見ていたら、抑えていた気持ちが溢れかえってどんどんお相手の方の情報が思い出されてきます。ご出身は公爵家で、彼女の家名は」
「じゃ、邪魔したな! 私は用事を思い出したので、帰るっ!」
俺が暗に『これ以上顔を合わせていたらお前の浮気相手の情報をここで吐くぞ』と言ったら、王太子は泡を食って転びそうになりながら部屋を出ていった。別に俺に浮気がバレているのに慌てたわけではないだろう。王太子は俺にそこまで思い入れはないし、立場で劣る俺にも彼の不義理を糾弾するだけの権力はない。
ただ、ここには俺と王太子以外にも、ヨシュアや侍従と言った第三者が居る。王太子は浮気がヨシュア越しに貴族社会に、侍従達越しに世間に広まるのを恐れたのだ。流石に一応俺という婚約者が命をかけて最前線で戦ってるのに、その間内地でヌクヌクと浮気相手と愛を育んでいたなんて知れたら、確実に周囲から舐められる。
流石に王位継承権剥奪とまではいかないだろうが、将来即位しても極めて実権の弱い王になるのは確実だ。箔付けや利益の為に俺との間に少なくとも1人は子供を作るつもりらしいし、ここで俺が民意を煽って不貞を理由に婚約破棄されたら堪らんとも考えたのかもしれない。まったく、無駄な足掻きを。王太子の浮気が城内どころか貴族社会で周知の公然の秘密なのを、本人ばかりが知らないなんて。
ま、何にせよこれで王太子の関心や警戒は、生意気にも反応するヨシュアから浮気をバラそうとしてきた不遜な俺に戻った事だろう。多分だが、あの様子を見るに変にヨシュアやその周辺にちょっかいをかけたりももうしなさそうだ。あれで甘やかされて育ったせいで小心者の王太子の事だ。政治的配慮をするだけの脳みそはなくとも、自分に仇なす薮蛇を心底恐れるに違いない。
もし仮に予想以上に精神性が幼稚でそこまで深く考えられるほど頭が良くなくて絡んできた時は、適当に浮気相手の話題をチラつかせればいい。そうすれば、今みたいに大慌てでどこかに行くだろう。情報のセンシティブ具合から言って諸刃の剣なのでそう何度も使えない手だが、暫くはこれでいい。やれやれ、王太子め。まったく面倒事ばかり増やしやがる。それでも、一先ずはこれでよしと肩の力を抜く。しかし、これで用事は全部済んだと思ったのに、背後から不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「イーライ。今のはどういう事だ?」
「どうって……殿下が現状把握もままなっていないのに付け込んで、口八丁で追い払ったんですが」
「そういう事を聞いてるんじゃない。どうして君が泥を被るような形で場を収めたのか、と聞いてるんだ」
ここでようやく振り向いて、ヨシュアの顔をちゃんと見る。声から感じとった通り不機嫌そうな表情をしているが、それでも美人は美しいままなのだから得だな。俺みたいな傷だらけで無表情な戦い慣れてる男がそんな事しても、必要以上に威圧感が生まれるだけだ。ヨシュアだって戦場慣れしているので多少は威圧感が出てもいい筈なのに、不思議と美しさの方が前に出てしまっている。
「俺にはこれ以上気にするような名誉や守りたい矜恃、背負っているもの、その他何もない。ヨシュアは違うだろ。色々背負ってる。あなたなら言うまでもなく分かっているだろうが、今度からは周囲の者を脅かすような言動は控えるように努めてくれ」
「そんな事……っ! おい、どうした!?」
「あー、すまん。ちょっとふらついただけだ」
「馬鹿、今は無理に立とうとするな。せめて落ち着くまでは座っていろ。……体が冷えてる。おい君、毛布を持ってきてくれ」
扱いに困る王太子が目の前から去って、気が抜けたのだろうか。緊張の糸が切れて俺はよろけながらその場にへたり込む。慌てて駆け寄ってきたヨシュアが俺を気遣い周囲の侍従達に色々と指示を飛ばしている声が遠い。ただ、背中に当てられ優しく撫で摩ってくる大きな手の熱だけを明確に感じながら、俺は静かに意識を手放した。
「何だイーライ、そいつを擁護する気か? 流石は元平民。今の言葉でお前はヨシュアを擁護したつもりかもしれないが、外野からしてみればお互い庇い合う程に2人がただならぬ仲だと示されているようにしか見えんぞ? 今の言葉の内容からすれば、お前の不純な願いにこいつが応えたも同然なのだから、尚更な! 助けるつもりで墓穴を掘るとは、やはり生まれが卑しいと知能も足りなくなるみたいだな!」
「庇っているのではなく、本当に真実なのです。仮にも俺達は婚約関係なのに、ジュレマイア殿下がぜーんぜん俺に気持ちを示してくれないので、少しはヤキモチを焼いて欲しくて彼には当て馬役を頼んだんですよ。ほら、よく言うでしょう? 普段は興味がない相手でも、他人が欲しがっていると思ったら俄然価値を感じられるようになった、って。それで、ヨシュアには王太子殿下を振り向かせるのに協力してもらおうと、俺なりに画策したんです。今日朝早くから彼を呼んだのは、早い時間に打ち合わせをして午後からは早速殿下の元に2人で伺い、二人の仲を誤解させる小芝居を打つつもりだったからですよ。そうする事で、一刻も早く殿下の気を引きたかったんです」
ヨシュアが驚いている隙に、庇われていた手の後ろから進み出てズイッと彼の前に出る。よくもまあこうまでペラペラとそれらしい嘘が並べ立てられるものだ。咄嗟にこれだけの事が言えるなんて、案外俺には詐欺師の才能があるのかもしれない。若し今度人生を繰り返すのでなく別人としてやり直せるのなら、この道で食っていけそうだ。いや、他人を騙し財を奪う詐欺師の人生なんて、送りたくはないけれども。王太子もまだ少し疑っているようだが、流石はお馬鹿。深読みもできずまんまと半分近くは俺の言葉に真実味を感じているらしい。表情を変えて探るような目でこちらを見ている。それでも一応疑う心はあるようで、疑惑の目をこちらに向けてくる。
「……そんな分かりやすい嘘で私を騙せるとでも? よく言うな! イーライ、お前は以前から普段は私に対して素っ気なかったじゃないか! 私が呪いで苦しんでいるのに、たまにしか看病に来ないし、呪いの緩和が終わったらさっさと帰ってしまう。普通恋しい相手ならいくら忙しくても、もっと共に在れるように時間を作るものだろう!?」
いやふざけんなよ? ベッドの上で一日を過ごしていたあんたにゃ分からんだろうがね。俺は国中を飛び回って魔物を討伐するのと国の中心でぬくぬく守り育てられているあんたが死なないように呪いを緩和するのと、どちらも大事な仕事だからと言われて両立させるようにと強要されてたんだぞ? その為に、これまでずーっと昼夜兼行で睡眠時間もろくに取れない生活を続けてきたんだが? 俺は国の端から端まで魔物に荒らされた不毛の地を駆けずり回って討伐なんて重労働して、一息付く間もなく国の中心に駆け戻り力を振り絞って王太子の看病をしていたんだ。それなのに、あんたって人は……。
仮に俺が本当に王太子の事が本当に好きでも横に侍ってシクシク泣きながら慰める時間を作る為には、魔物に襲われる国民を見捨てるかそれこそ2人以上に分裂して無理矢理人手を増やすくらいしか対処法がないんだが? こいつ俺が国中旅行して遊び回ってるとでも思ってんのか? 仕事で引っ張りだこだったんですけど? いや、馬鹿王太子の事だ。遊んでたと思ってるんだろうな。王太子の馬鹿さ加減と箱入り具合は筋金入りだから。
そもそも俺が王太子の体を思ってメソメソ横で泣いて、何になる? そんな事しても王太子の呪いは解けない。根源である魔物の王を斃さなくては、解呪も糞もないのだ。俺が愛を言い訳に王太子の横で泣いたって自己満足のパフォーマンスにしかならないし、そうしたらきっと王太子は私の方が不幸なんだ! いいから働け! と怒り狂っていただろうに。愛というものを言い訳に全てが丸く収まるなら、そもそも俺はここまで無感情な人間に成り果てたりはしていなかっただろう。王太子の言葉につい苛立ちを感じてしまい長く話す気がなくなった。禁じ手だが、ここはもう取っておきのカードを切ろう。うん、それしかない。
「だって、王太子殿下のお傍には、いつも別の方がいらっしゃって、そこに俺の居場所なんてなかったものですから……」
「はっ!? お、おまっ、どこでその事を!?」
「えーっと、確か亜麻色の髪をして、榛色の瞳が美しい……」
「わー! わー! 違う! そんなんじゃない! 言いがかりをつけるな! 無礼だぞ!?」
「ああ、ジュレマイア殿下の顔を見ていたら、抑えていた気持ちが溢れかえってどんどんお相手の方の情報が思い出されてきます。ご出身は公爵家で、彼女の家名は」
「じゃ、邪魔したな! 私は用事を思い出したので、帰るっ!」
俺が暗に『これ以上顔を合わせていたらお前の浮気相手の情報をここで吐くぞ』と言ったら、王太子は泡を食って転びそうになりながら部屋を出ていった。別に俺に浮気がバレているのに慌てたわけではないだろう。王太子は俺にそこまで思い入れはないし、立場で劣る俺にも彼の不義理を糾弾するだけの権力はない。
ただ、ここには俺と王太子以外にも、ヨシュアや侍従と言った第三者が居る。王太子は浮気がヨシュア越しに貴族社会に、侍従達越しに世間に広まるのを恐れたのだ。流石に一応俺という婚約者が命をかけて最前線で戦ってるのに、その間内地でヌクヌクと浮気相手と愛を育んでいたなんて知れたら、確実に周囲から舐められる。
流石に王位継承権剥奪とまではいかないだろうが、将来即位しても極めて実権の弱い王になるのは確実だ。箔付けや利益の為に俺との間に少なくとも1人は子供を作るつもりらしいし、ここで俺が民意を煽って不貞を理由に婚約破棄されたら堪らんとも考えたのかもしれない。まったく、無駄な足掻きを。王太子の浮気が城内どころか貴族社会で周知の公然の秘密なのを、本人ばかりが知らないなんて。
ま、何にせよこれで王太子の関心や警戒は、生意気にも反応するヨシュアから浮気をバラそうとしてきた不遜な俺に戻った事だろう。多分だが、あの様子を見るに変にヨシュアやその周辺にちょっかいをかけたりももうしなさそうだ。あれで甘やかされて育ったせいで小心者の王太子の事だ。政治的配慮をするだけの脳みそはなくとも、自分に仇なす薮蛇を心底恐れるに違いない。
もし仮に予想以上に精神性が幼稚でそこまで深く考えられるほど頭が良くなくて絡んできた時は、適当に浮気相手の話題をチラつかせればいい。そうすれば、今みたいに大慌てでどこかに行くだろう。情報のセンシティブ具合から言って諸刃の剣なのでそう何度も使えない手だが、暫くはこれでいい。やれやれ、王太子め。まったく面倒事ばかり増やしやがる。それでも、一先ずはこれでよしと肩の力を抜く。しかし、これで用事は全部済んだと思ったのに、背後から不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「イーライ。今のはどういう事だ?」
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「そういう事を聞いてるんじゃない。どうして君が泥を被るような形で場を収めたのか、と聞いてるんだ」
ここでようやく振り向いて、ヨシュアの顔をちゃんと見る。声から感じとった通り不機嫌そうな表情をしているが、それでも美人は美しいままなのだから得だな。俺みたいな傷だらけで無表情な戦い慣れてる男がそんな事しても、必要以上に威圧感が生まれるだけだ。ヨシュアだって戦場慣れしているので多少は威圧感が出てもいい筈なのに、不思議と美しさの方が前に出てしまっている。
「俺にはこれ以上気にするような名誉や守りたい矜恃、背負っているもの、その他何もない。ヨシュアは違うだろ。色々背負ってる。あなたなら言うまでもなく分かっているだろうが、今度からは周囲の者を脅かすような言動は控えるように努めてくれ」
「そんな事……っ! おい、どうした!?」
「あー、すまん。ちょっとふらついただけだ」
「馬鹿、今は無理に立とうとするな。せめて落ち着くまでは座っていろ。……体が冷えてる。おい君、毛布を持ってきてくれ」
扱いに困る王太子が目の前から去って、気が抜けたのだろうか。緊張の糸が切れて俺はよろけながらその場にへたり込む。慌てて駆け寄ってきたヨシュアが俺を気遣い周囲の侍従達に色々と指示を飛ばしている声が遠い。ただ、背中に当てられ優しく撫で摩ってくる大きな手の熱だけを明確に感じながら、俺は静かに意識を手放した。
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