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5.ヨシュア・ベンデマンという人間
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さあ言った。とうとう言ってしまったのだ。口から出した言葉は相手が聞かなかった事にでもしてくれない限り取り消しは叶わないので、これでもう後戻りはできない。勿論、端からそんな気、サラサラないが。
俺のこの前代未聞なとんでも爆弾発言に、周囲は一度静まり返り、それから直ぐにドカンと大きくザワつき始めた。誰もが困惑と共に顔を見合せ口々に何事かを囁きあっている。その人混みの中、王家に連なる高位貴族の席に俺は目をやって、呆気に取られ絶句するベンデマン公爵家の面々の事を注視した。
そしてベンデマン公爵家の中に、たった今俺か愛人として指名したベンデマン公爵家令息であり、戦いの場でもいつも冷静沈着で頼りになる仲間だったヨシュア・ベンデマンを見つける。どんな魔物の奇襲にも決して動じる事のなかったヨシュアだったが、流石に今回ばかりは口を引き結びつつも目を大きく見開いて驚いている様子だった。
ここまで来れば、もうお分かりだろう。俺が自らの処刑を早める為に不況を買う作戦で、その手段として考え出したもの。それは、王太子の婚約者の身でありながら、恐れ多くも同じく王家の血が流れる尊い立場の公爵家の子息を愛人に望む事。こうする事で己の身持ちの悪さや不誠実さ、傲慢さ等様々な短所を一気に周囲に対して見せつけられるだろうと、俺としてはかなり本気で期待している。
一応ヨシュアとは魔物の王討伐で苦楽を共にした仲だから、その時に彼を見初めたから愛人にしたいと願っているのだとでも言えば、それなりに筋が通って話にも信憑性ができるだろう。また、公爵家令息と王太子の婚約者という建前上、俺達は互いに旅の途中2人切りになることは1度としてなかった。そしてその事を、常に互いの傍にそれぞれ侍っていた従者達に客観的に証明して貰えるのもいい。2人の間に相互的な不貞の事実関係はなく、今の要求は俺の一方的な欲望によって生み出されたものだと、ヨシュア側が周囲に言い切れるからな。
向こうがベンデマン公爵家の次男で、本人の実力だけでなく実家の後ろ盾等の権力が強いのもいい。下手に身分が低くて周囲からの圧力に対する対抗手段を持たないと、俺が死刑になる前にヨシュアの方があっという間に潰されてしまう。俺としても自分の都合1本で勝手に巻き込んだ相手が、社会的に再起不能になる事は全く望んでいない。
事実、俺の両親や兄弟親戚は軒並み、俺の所有権を巡る政争に巻き込まれて、気がついた時には全員既にこの世の人ではなくなっていた。俺の実両親は俺が産まれた時点でもう既にそれなりの歳で、他に子供を産んではいたもののその子達は聖魔力を持っていなかった。その事から俺の両親は聖魔力保持者を産む力が恒常的にあるのではなく、たまたま天の気まぐれで俺を産めただけでその血筋に利用価値はないと判断されたらしい。その考察も後押しして、血縁だけを理由に俺を金の成る木……つまりは金蔓にしようとした彼等は、俺の身辺を整理する為と銘打ってどこかのお偉いさんに粛々と処分されてしまったみたいだ。
一応酷い話なのかもしれないが、平民の家ながらも俺を輩出した事で色々と勘違いして調子に乗り、威張り腐って方々で恨みも買っていたらしいし色々仕方がなかったのだ。まあ、顔も名前も覚えていないし幼い頃に別れた切りで既にこの世にも居ない両親や兄弟の事なので、そこまで詳しくはないけれど。最初にその事を聞かされた幼い頃は多少はショックを受けた気もするが、それも今や風化した思い出だ。今の俺にはなんの感慨ももたらさない。
その点、ヨシュアの生家であるベンデマン公爵家は公爵家と冠するに相応しくとても権威のある門閥だ。その力は王家が長く呪いに蝕まれて力を弱めていたこの国においては、正直かなり強力なものとなっている。ぶっちゃけ今の王家じゃ余程無理を通さないと、ベンデマン公爵家を潰すなんて無理だ。そういう頼もしい後ろ盾があるところも、俺がヨシュアを相手に選んだ理由の1つである。
そして何よりヨシュアは、その高貴な立場にもかかわらず魔物の王に挑む討伐隊に選抜された事からも分かる通り、魔力が高くてそれを使いこなすだけの賢さがあってそれ故にとても強い。流石に俺の思惑を看破はできないだろうが、それでも彼ならば上手く立ち回って瑕疵1つなく理不尽に巻き込まれたこの困難を乗り越えてくれるという揺るぎない信頼があった。
いくら高位貴族の箱入り息子とは言え、伊達に俺と一緒に魔物の王討伐に出ていない。その実力は戦いぶりを傍で見ていた俺がそれを保証する。機転も利くし、土壇場の時の粘り強さもお墨付き。彼ならこの混乱を、絶対に乗り越えられるという自信が何故か俺の方にあるくらいである。
そして、ヨシュアはただでさえ無気力のせいで周囲とは没交渉の俺にとっても、特に関わりが少ない相手だ。別に仲が悪いとか相性が悪いとかそういう訳ではないが、お互いの立場がそうさせた。
だって俺は王太子の婚約者だったし、ヨシュアは公爵家の子息だったから。いくら名目上だけとは言え、王太子の婚約者と公爵家令息が仲良くしてたら、あまり外聞がよろしくないとお小言を頂戴してしまうのだ。なので、仮にも互いの立場を鑑みて、変な噂が立ったりして煩わされないように用心深く立ち回っていたのである。
そのせいで俺達は、互いに親密な情というものが兎に角ない。数年間寝食を共にしながらも、あ、あそこに居る。くらいで挨拶もまともにしない間からだったんだから、当然だ。
そうして情がないからこそ、迷惑をかけてもさして心は痛まないだろうし当然その内愛着が湧いてくるなんて事もなくて、彼に悪いから真実を話します! なーんてどんでん返しも起こる事なく、計画の進行に差し障りがないだろうと勝手な判断をしたのだ。これはとても失礼な考えだが、俺にとってヨシュアは本当にその為だけに誂えたかのようなどうでも良くて尚且つ都合のいい立場の人間だったのだ。
本音を言えば本当は、扱いに困る愛人なんかよりもどれだけ短くてもいいからまとまった休みが欲しかったのだが、馬鹿正直にそれを願う訳にもいかない。というか、前回の人生では正しくそのまんま『少しでいいから休みをくれ』と要求して失敗した。その事も踏まえ今の不興を買うという目標に添うと、とてもじゃないが休みなんて要求できっこない。
というのも、俺が願った休暇は言葉の上では了承されたのに、残念ながら実際のところはしっかりと叶えて貰えなかったのだ。最初に王は、役立つ道具の俺が休みを取って働かなくなるのを、なかなか渋った。
まあ、為政者として当たり前の判断である。聖魔力保持者は居るだけで国家間の遣り取りに影響を与えるだけの力があるからな。小国でも使い手が居れば他国に侵攻されない。1人それなりの実力者がいるだけで、そいつが生きている限りその国は安泰だ。……なーんて言われるくらいだ。実力者の俺の持つ影響力なんて、言わずもがな。性質としては人間どころか生き物と言うよりか、どちらかと言うと兵器という括りに近い。
魔物の蔓延るこの世界で生きていく上で、奴等への有力な対抗力はそれだけ希少だ。欲しくてもなかなか手に入れられないというのもその希少性に拍車をかけている。それだけ便利な道具、使い倒さず遊ばせておくなんてハッキリ言って損にしかならない。
それでも、衆人環境で褒美に1度はなんでもやると言った手前、また俺1人戦線から抜けてもなんら問題ないと自らの寛大さと国力の揺るぎなさを示す為、王は一応俺に休みをくれた。一応は、ね。
期間は1年。まあ、それにも色々と条件をつけられて、結局約束は建前だけのものとなりまともに果たされなかったのだが。一応婚約者である王太子の事とか、俺が対処しなければ難しいであろう魔物の残党の事とか、色々理由があったのは理解している。理解してはいるが、前回の人生でまともに休ませても貰えなかったのは、今でもあまり納得できていない。だからと言って、抗議しようだとか待遇改善を求めたりだとかのそこら辺に向ける情熱はないので、やっぱり俺という駄目人間はどうにもならないが。
さて、それよりも本題は俺のこれからの処遇だ。俺は今、自らの破滅へと向かって大きく舵を切って見せた。後は向こうがどう動くか……。どんな反応が返ってきても、必ず悪印象を植え付けて不興を買い、速やかな死刑を勝ち取ってみせるぞ! そんな意気込みも新たに、俺はいつも通りの無表情であくまでも不遜に見えるよう、堂々とした態度でその場に居続ける。いよいよ始まった死刑への道筋に、淡い期待を寄せながら、俺の胸は珍しくも仄かな期待に震えていたのだった。
俺のこの前代未聞なとんでも爆弾発言に、周囲は一度静まり返り、それから直ぐにドカンと大きくザワつき始めた。誰もが困惑と共に顔を見合せ口々に何事かを囁きあっている。その人混みの中、王家に連なる高位貴族の席に俺は目をやって、呆気に取られ絶句するベンデマン公爵家の面々の事を注視した。
そしてベンデマン公爵家の中に、たった今俺か愛人として指名したベンデマン公爵家令息であり、戦いの場でもいつも冷静沈着で頼りになる仲間だったヨシュア・ベンデマンを見つける。どんな魔物の奇襲にも決して動じる事のなかったヨシュアだったが、流石に今回ばかりは口を引き結びつつも目を大きく見開いて驚いている様子だった。
ここまで来れば、もうお分かりだろう。俺が自らの処刑を早める為に不況を買う作戦で、その手段として考え出したもの。それは、王太子の婚約者の身でありながら、恐れ多くも同じく王家の血が流れる尊い立場の公爵家の子息を愛人に望む事。こうする事で己の身持ちの悪さや不誠実さ、傲慢さ等様々な短所を一気に周囲に対して見せつけられるだろうと、俺としてはかなり本気で期待している。
一応ヨシュアとは魔物の王討伐で苦楽を共にした仲だから、その時に彼を見初めたから愛人にしたいと願っているのだとでも言えば、それなりに筋が通って話にも信憑性ができるだろう。また、公爵家令息と王太子の婚約者という建前上、俺達は互いに旅の途中2人切りになることは1度としてなかった。そしてその事を、常に互いの傍にそれぞれ侍っていた従者達に客観的に証明して貰えるのもいい。2人の間に相互的な不貞の事実関係はなく、今の要求は俺の一方的な欲望によって生み出されたものだと、ヨシュア側が周囲に言い切れるからな。
向こうがベンデマン公爵家の次男で、本人の実力だけでなく実家の後ろ盾等の権力が強いのもいい。下手に身分が低くて周囲からの圧力に対する対抗手段を持たないと、俺が死刑になる前にヨシュアの方があっという間に潰されてしまう。俺としても自分の都合1本で勝手に巻き込んだ相手が、社会的に再起不能になる事は全く望んでいない。
事実、俺の両親や兄弟親戚は軒並み、俺の所有権を巡る政争に巻き込まれて、気がついた時には全員既にこの世の人ではなくなっていた。俺の実両親は俺が産まれた時点でもう既にそれなりの歳で、他に子供を産んではいたもののその子達は聖魔力を持っていなかった。その事から俺の両親は聖魔力保持者を産む力が恒常的にあるのではなく、たまたま天の気まぐれで俺を産めただけでその血筋に利用価値はないと判断されたらしい。その考察も後押しして、血縁だけを理由に俺を金の成る木……つまりは金蔓にしようとした彼等は、俺の身辺を整理する為と銘打ってどこかのお偉いさんに粛々と処分されてしまったみたいだ。
一応酷い話なのかもしれないが、平民の家ながらも俺を輩出した事で色々と勘違いして調子に乗り、威張り腐って方々で恨みも買っていたらしいし色々仕方がなかったのだ。まあ、顔も名前も覚えていないし幼い頃に別れた切りで既にこの世にも居ない両親や兄弟の事なので、そこまで詳しくはないけれど。最初にその事を聞かされた幼い頃は多少はショックを受けた気もするが、それも今や風化した思い出だ。今の俺にはなんの感慨ももたらさない。
その点、ヨシュアの生家であるベンデマン公爵家は公爵家と冠するに相応しくとても権威のある門閥だ。その力は王家が長く呪いに蝕まれて力を弱めていたこの国においては、正直かなり強力なものとなっている。ぶっちゃけ今の王家じゃ余程無理を通さないと、ベンデマン公爵家を潰すなんて無理だ。そういう頼もしい後ろ盾があるところも、俺がヨシュアを相手に選んだ理由の1つである。
そして何よりヨシュアは、その高貴な立場にもかかわらず魔物の王に挑む討伐隊に選抜された事からも分かる通り、魔力が高くてそれを使いこなすだけの賢さがあってそれ故にとても強い。流石に俺の思惑を看破はできないだろうが、それでも彼ならば上手く立ち回って瑕疵1つなく理不尽に巻き込まれたこの困難を乗り越えてくれるという揺るぎない信頼があった。
いくら高位貴族の箱入り息子とは言え、伊達に俺と一緒に魔物の王討伐に出ていない。その実力は戦いぶりを傍で見ていた俺がそれを保証する。機転も利くし、土壇場の時の粘り強さもお墨付き。彼ならこの混乱を、絶対に乗り越えられるという自信が何故か俺の方にあるくらいである。
そして、ヨシュアはただでさえ無気力のせいで周囲とは没交渉の俺にとっても、特に関わりが少ない相手だ。別に仲が悪いとか相性が悪いとかそういう訳ではないが、お互いの立場がそうさせた。
だって俺は王太子の婚約者だったし、ヨシュアは公爵家の子息だったから。いくら名目上だけとは言え、王太子の婚約者と公爵家令息が仲良くしてたら、あまり外聞がよろしくないとお小言を頂戴してしまうのだ。なので、仮にも互いの立場を鑑みて、変な噂が立ったりして煩わされないように用心深く立ち回っていたのである。
そのせいで俺達は、互いに親密な情というものが兎に角ない。数年間寝食を共にしながらも、あ、あそこに居る。くらいで挨拶もまともにしない間からだったんだから、当然だ。
そうして情がないからこそ、迷惑をかけてもさして心は痛まないだろうし当然その内愛着が湧いてくるなんて事もなくて、彼に悪いから真実を話します! なーんてどんでん返しも起こる事なく、計画の進行に差し障りがないだろうと勝手な判断をしたのだ。これはとても失礼な考えだが、俺にとってヨシュアは本当にその為だけに誂えたかのようなどうでも良くて尚且つ都合のいい立場の人間だったのだ。
本音を言えば本当は、扱いに困る愛人なんかよりもどれだけ短くてもいいからまとまった休みが欲しかったのだが、馬鹿正直にそれを願う訳にもいかない。というか、前回の人生では正しくそのまんま『少しでいいから休みをくれ』と要求して失敗した。その事も踏まえ今の不興を買うという目標に添うと、とてもじゃないが休みなんて要求できっこない。
というのも、俺が願った休暇は言葉の上では了承されたのに、残念ながら実際のところはしっかりと叶えて貰えなかったのだ。最初に王は、役立つ道具の俺が休みを取って働かなくなるのを、なかなか渋った。
まあ、為政者として当たり前の判断である。聖魔力保持者は居るだけで国家間の遣り取りに影響を与えるだけの力があるからな。小国でも使い手が居れば他国に侵攻されない。1人それなりの実力者がいるだけで、そいつが生きている限りその国は安泰だ。……なーんて言われるくらいだ。実力者の俺の持つ影響力なんて、言わずもがな。性質としては人間どころか生き物と言うよりか、どちらかと言うと兵器という括りに近い。
魔物の蔓延るこの世界で生きていく上で、奴等への有力な対抗力はそれだけ希少だ。欲しくてもなかなか手に入れられないというのもその希少性に拍車をかけている。それだけ便利な道具、使い倒さず遊ばせておくなんてハッキリ言って損にしかならない。
それでも、衆人環境で褒美に1度はなんでもやると言った手前、また俺1人戦線から抜けてもなんら問題ないと自らの寛大さと国力の揺るぎなさを示す為、王は一応俺に休みをくれた。一応は、ね。
期間は1年。まあ、それにも色々と条件をつけられて、結局約束は建前だけのものとなりまともに果たされなかったのだが。一応婚約者である王太子の事とか、俺が対処しなければ難しいであろう魔物の残党の事とか、色々理由があったのは理解している。理解してはいるが、前回の人生でまともに休ませても貰えなかったのは、今でもあまり納得できていない。だからと言って、抗議しようだとか待遇改善を求めたりだとかのそこら辺に向ける情熱はないので、やっぱり俺という駄目人間はどうにもならないが。
さて、それよりも本題は俺のこれからの処遇だ。俺は今、自らの破滅へと向かって大きく舵を切って見せた。後は向こうがどう動くか……。どんな反応が返ってきても、必ず悪印象を植え付けて不興を買い、速やかな死刑を勝ち取ってみせるぞ! そんな意気込みも新たに、俺はいつも通りの無表情であくまでも不遜に見えるよう、堂々とした態度でその場に居続ける。いよいよ始まった死刑への道筋に、淡い期待を寄せながら、俺の胸は珍しくも仄かな期待に震えていたのだった。
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