愛が重い

我利我利亡者

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 終わった。マジで終わった。もー今度こそ喬くんの顔見れない。恥ずかしさに耐えかねて本当は両手で顔を覆い隠したいけど、彼の手に拘束されてそれはできないから、頬が布団に押し付けられる位に大きく横を向いて目をぎゅっと瞑る。
「……」
 うわぁ、喬くんも流石に絶句しちゃってるじゃん。あああああ、好きな人にこんな情けないものを装着してるところ見られるなんて……さっきストーキングがバレた時ほどじゃないけど、充分死ねる案件だよ。
 今の僕は下手に逃げ出せないように喬くんが太腿の上に乗っかってきているので、下ろしきれなかったズボンが中途半端な所までずり降ろされたまま身動きが取れない状態だ。中途半端と言っても僕がどうしても喬くんに見られたくなかった装身具、シャツガーターが顕になるには充分なくらいのずり降ろし加減である。
 シャツガーターとは簡単に言うと、皆さんがよく知っているであろうストッキングを留めるガーターベルトのシャツバージョンで、ストッキングの端の代わりにシャツの裾をクリップで挟んで止めている。そのクリップと足に装着したベルトが繋がっており、シャツの裾がズボンからはみ出すのを防いだり、シャツをピンと張らせてシワができないようにする役目を持っているのだ。
 僕はシャツがめくれて背中が出るのが死ぬ程嫌いなので、ストーキング中激しく動き回るせいで裾が出てしまうのを防ぐため、いつもこれを身につけている。背中出るのって、なんかムズムズして落ち着かないもんね。恥ずかしい勝負下着が半分あたりだって言ったのは、勝負下着ではないけど見られちゃ恥ずかしい下着のシャツガーターを付けていたからです。
 合コンで女性陣の不興を招いたシャツインスタイルも、このシャツガーターを装備しているからこそだ。シャツがだらしなくならないようにするアイテムなので、当然裾が外に出るようなことにはならない。どうあがいてもシャツインにならざるを得ないのである。
 僕はこれを絶対に喬くんに見られたくなかった。これが逆サスペンダーみたいなもんで、誘惑とかが目的じゃない整容一辺倒な装身具だってことは分かってるよ? でも恥ずかしいんだよ。
 だってなんか背中を晒すのは嫌だけど、シャツの裾がズボンからはみ出すたびに一々服装を正すのは面倒臭いから横着してこんなもの付けてるって、面倒臭がりな子供っぽいじゃん!? それってつまり補助器具を使わないと身だしなみひとつ整えられない怠惰な人間ってことになるしさ!
 別にシャツガーター使ってる人間が全員自堕落人間だって一方的な偏見で貶めてるわけじゃないよ? シャツガーターは軍服をキッチリ着こなしたい軍人さんも使ってるらしいし。
 でも、なんて言うかなー、歯列矯正器具をしているところを好きな人に見られたくないあの感じ? 悪いことでもないし、恥ずかしいことでもないんだけど、でもなんだか人には見られたくないみたいな。意中の人相手には、特に。心当たりある人も多いんじゃないかな?
 それが、僕の場合シャツガーターなんですよ。
「……日波、何コレ」
「……シャツガーターです。シャツの裾がズボンからはみ出さないようにするために止めるベルトです」
「そのシャツガーターとかいうのを、俺に見られたくなかったんだ。なんで見られたくなかったの?」
「は、恥ずかしくて……」
「……まあ、確かにこれはなかなか……」
 うう、何プレイだよこれ。喬くんが言い淀んだ『なかなか』に続く言葉はきっと、『恥ずかしい下着だな』だろうな。
 好きな人に上から押さえつけられながら恥ずかしい下着を見られるなんてこと、できれば一生経験したくなかった。もう無理、完全にキャパオーバー。喬くんすきなひと相手にみっともないところがバレてしまって、顔から火が出そう。
「フッ」
 まだ恥ずかしさから目を開けることができない僕の耳に、喬くんが小さく吹き出す声が届いた。そうだよね!? やっぱり吹き出しちゃうくらい恥ずかしよね、コレ!?
 うぅー恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい……。
 と、その時。何を思ったのか喬くんはズボンが下ろされてむき出しになった僕の足に手を這わせたり、シャツガーターを軽く引っ張ったりして弄び始めた。突然のことに驚いて身をよじって逃げようとするが、相変わらず喬くんが上に乗っているので、あまり身動きが取れず自分ではどうにもできない。
「待てって、逃げんなよ……。はぁ、お前なんでこんな触り心地いいの? 体がデカイ分触れる範囲広くて最高だな。……なんだ、恥ずかしいのか? お口噤んじゃって、かぁーわいい。……喋りたくないならそれでもいいけどさぁ、代わりにコッチで相手してくれよ」
 喬くんの呟きもオーバーフローした頭には届かず、頭の中を虚しく素通りする。その時の僕はおつむが羞恥心でパァになっていたのもあるが、下半身の際どいところを撫で回す喬くんの手に気を取られて注意力散漫になっており、彼の次の行動に気づけなかった。それを知ってか知らずか喬くんの手が僕の下半身から一気に顔の近くまで移動した気配がしたかと思うと、なんの前触れもなくおとがいに手をかけられ、無理矢理正面を向かされる。
 その次の瞬間には、唇に熱くて柔らかい何かがプニッとぶつかった。
「!?!?!?」
 驚いて瞑っていた目を見開くが、視界いっぱいに喬くんの顔が迫っている光景が目に飛び込んできて、相変わらず現状が何も理解できない。パァになったままの頭では何事も深く考えることができず、何もかもが右から左へ素通りして、ただ刺激に反応するだけだ。
「ん、ふ……んむ、ちゅ」
 吃驚して思わず開いてしまった僕の唇に、熱く湿った何かが口内へ滑り込んでくる。数瞬遅れて、自分が喬くんにキスされていることを悟った。
 それもただのキスじゃない。洋画の中でしか見たことないような、メッチャ濃いディープキス! スクリーン越しに見るのさえ恥ずかしくって、映画鑑賞中にキスシーンが来たら目も耳も塞いじゃう恥ずかしがり屋の僕が何でこんなことされてんの!?
 混乱を深くする僕を置いてけぼりにして、喬くんからの情熱的なキスは続く。無反応の僕の舌をお構い無しに絡めとり、味わうように何度も唇の角度を変え、舌先であちこちを擽ってみせ、唇を離したかと思えば、またすぐに触れ合いより深く舌を差し入れられる。僕は彼の舌先が口内のどこかを掠める度に、ビクンビクンと体を大きく揺らして反応してしまう。その度に喬くんは喉の奥でくぐもった笑い声をたてた。
 1つ1つは丁寧だが、どこか性急な喬くんの動きに彼から求められているような錯覚をしてしまいそうだ。そのあまりにも熱烈なキスはビギナーの僕には難易度が高く、息継ぎができずに文字通りキスに溺れてしまいそうになったところで、喬くんはようやく唇を離してくれた。
「日波ってキス下手くそだなー。もしかして、今のキスが人生で初めてだったりする?」
「うん……」
「マジで? やったね! 日波のファーストキスもーらい!」
 嫌いな相手のファーストキスを奪うのって、嫌がらせになるのかな? 僕みたいに初めてだのなんだの拘らない人間には効果薄いだろうし、何より自分が嫌いな相手にキスしなくちゃいけないからかなりの悪手だと思うんだけど。
 先程から喬くんがとっている行動は、卑劣なストーカーに対して、その悪逆を暴いた被害者が糾弾しているという僕の想定した筋書きにそぐわない気がするが、激しいキスによる混乱と酸欠で頭がうまく回らない。
 ていうか、それ以前に1つ、大きな問題があるじゃん。
「喬くん、僕男なんだけど……」
「知ってるけど、だから何? 問題なくない? アレもコレも全部バージンなくせに、エロい下着着けてて感度もイイとか童貞が考える理想の恋人かよ。オマケに料理上手で性格も最っ高だし、例え男だろうと見た目も可愛くて言うことなしじゃん」
 いや、男なのは問題ありありだとおもうよ、僕。少なくとも、一般的にはね。喬くんの男だろうが問題ナッシング発言のあとに言った言葉の内容はなんだかよく分からなかったけど、話し終えるや否や彼がようやく頭の上で拘束していた腕を放してくれたので、たちまちそれどころではなくなった。
 ハッとしてすかさず自由になった手でズボンを上げようとするが、逆に僕が両手に気を取られている間にヒョイッと腰を持ち上げられあっという間にズボンを取り去られて、下半身はシャツガーターとパンツ一丁にされてしまった。うう、さすがスポーツマン。力持ちなのね! そして素早い!  でもその力と素早さは人のズボンを取り上げるためじゃなくて、試合に勝つために発揮しなよ!
 僕の心の叫びも虚しく、喬くんはほとんど裸に剥いた僕の足や腰周りのあたりをジロジロ見たり、ペタペタ触ったりして、入念にチェックしている。
「ふーん。お前ってスポーツとかはやってないみたいだから、腰周りは脂肪がついて柔らかいかガリガリで硬いかのどっちかだと思ってたけど、違うんだな。男らしく筋肉がついてモチモチしてる。いつまででも触ってられるわ」
「何でそんなこと言うのぉ……」
「なんだよ、言葉責めは嫌いか?」
 だって喬くん、僕のストーカー行為にショック受けすぎてどうかしちゃったの? ってくらい妙なことばっかポンポン言うんだもん。言葉責めとかそういう問題じゃないよ。
 そうしている間にも、喬くんの不埒な手はゴソゴソと僕の腰のあたりを這い回り、今度はパンツのゴムに手をかけ始めた。
「ちょ、何やってんの喬くん!?」
「いや、だってさ。エロいことする時は普通パンツ脱ぐでしょ。ていうかよくよく考えたらなんで日波スポーツブリーフ履いてんの? 自分が普段サークルの部室で見慣れてるからスルーするところだったわ。ガーターと合わさって破壊力すげぇことなってるよ」
 そりゃあストーキングには激しい動きが必須ですから。下着にだって動きの邪魔にならないよう気を抜けないわけですよ。
 そんなこと口が裂けても言えねえけどな!
「もういいから、ズボン返して……」
「ヤダ。これからエッチするって言ったじゃん。そんなこと言って、まだ何もしてないのに日波ののチンコギンギンだし、俺が腹とか足とか触る度にピクついてるぞ? なあ、周り触るだけでこんなんなるなら、直接触ったらどうなっちゃうと思う?」
「分かんないよそんなこと!」
 そりゃあ好きな人に下半身ベタベタ触られてたら元気にもなっちゃいますよ! 何がとは言わないけど、周囲を触られただけでアレが出ちゃいそうなんだから、それ以上なんて想像もつかないに決まってんじゃん!
「じゃあ、これから教えてやる」
「結構です!」
「遠慮すんなって」
「してない!」
 2人でコントみたいなやり取りをしている間にも、喬くんの手は待ちきれなさそうにワクワクした顔で僕のパンツを弄っている。逃れようと身を捩るたびにすかさず喬くんがパンツを引っ張るせいで、ただでさえ布面積の少ないタイプのパンツなのに、腰履き状態になっちゃった。それを見て喬くんはまた嬉しそうにニヤーッと笑う。
「あーー、エッッッロ。もう無理。マジで限界、チンコめっちゃ痛ぇ。据え膳食わぬは男の恥だ。いただきます!」
「ギャーーー!!!」
 喬くんはまたおかしなことを言うと、何が起きているのかイマイチ理解出来ていない僕に飛びかかってきた。
 もう拘束は解かれているはずなのに、変な位置で蟠った下着と喬くんの手管に反応してしまった下半身のせいで、身動きが取れない。
 僕は何も抵抗できないまま、池ポチャした猫みたいな情けない悲鳴をあげるしかないのであった。
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