悪役令息の結婚相手として、断罪も兼ねて野獣侯爵と悪名高い俺が選ばれましたが、絶対幸せにします!

我利我利亡者

文字の大きさ
上 下
23 / 26

おまけ5 1 子世代視点

しおりを挟む
 俺、ビクトール・サユ・タフリク・アヴヌエルは、幸せ一杯だった。その理由は簡単。叶わないとばかり思っていた片思いの相手と気持ちが通じ合い、トントン拍子に婚約して、その相手……サムエル・ヴィンチェンツォ・I・ヴィッドルドに毎日優しく甘やかされながら日々を過ごせていたからだ。
 季節は初冬。この冬が終わって俺が学園を卒業すれば、待ちに待ったサムエルとの結婚だ。義家族との関係は至って良好、結婚後の新居の準備も進み、花婿衣装だって仕立てた。未来の旦那様はどこからどう見ても俺に夢中で、仕事を覚える為に実家に帰るのを一年遅らせ、まだ学生の俺に会いやすいように自分は卒業した学園の近くに住んでいるくらいである。疑いの余地を挟むまでもなく俺の事が好き過ぎるサムエルの事が、俺も大大大好き。毎日のように外出届を出すせいで、呆れた事務の担当者に変な顔をされるくらいだった。本当に、毎日が薔薇色に色付いている!
 今日も今日とて、俺はサムエルに会うために外出届を出した。逢引の場所は学園近くのいつもの飲食店の二階席。半個室の席に二人で並んでついて、ゆったりとお茶を飲みお茶菓子などの軽食を嗜む。俺はこの国に来てサムエルの手で更生してから、酒を飲む代わりにスッカリ紅茶を飲むのに嵌っていた。紅茶はいい。色んな種類の風味があって、どんなお茶菓子と食べ合わせるか考える楽しみがある。今日の紅茶はそんな俺の為に、サムエルが態々外国から取り寄せてくれた珍しいものだ。その紅茶のお返しにと俺が選んだお茶菓子ともよく合う。俺はサムエルとこうして過ごすこの時間が、一等好きだった。
「それで、先日の話し合いで新婚旅行は国内が国外か迷って、今日までに時間をかけてお互いに考えてくるって事になってただろ? 俺なりに考えてみたんだが、ビクトールはこの国に来たばかりだから、結婚に際して俺の母国をよく知ってもらう為に国内一周旅行もいいかな……って思ったんだ。でも、結婚後はお互い跡継ぎ修行で忙しくなって暫くは旅行なんてできないだろうし、立場上国外になんて滅多に行けないから、身軽な今の内に国外旅行に行くのも捨て難いなと思ってしまっていて……。うーん、本当に決めるのが難しいな」
「ああ、それなら俺は国内旅行がいい。どうせならお前の生まれ育ったこの国を、少しでも早く隅から隅まで知っておきたいんだ。そうだな、なんなら締め括りはヴィッドルド家の領地をサムエル自身が案内してくれ。お前という愛しい男を育んだ土地やそこに住む人々の事を、これからそれ等に寄り添って生きていく人間として理解しておきたいからな」
「ビ、ビクトール……! 君がそこまで真剣に俺の伴侶として、自覚を持ってくれてるなんて……! よし、分かった! 学園で培った人脈をフルに利用して、死ぬまで繰り返し思い出しては幸せな気持ちになれるような、素晴らしい新婚旅行を計画して見せようじゃないか!」
 感動と喜びで頬を紅潮させたサムエルが隣に座る俺の頬を大きな掌でサラリと撫で、そのまま肩を抱き寄せてくる。俺はその逞しい体に頭を持たれ掛けさせ、花が綻ぶように微笑んだ。くっついたサムエルの体はとても暖かくしっかりと頼り甲斐があって、そうしているだけでとても満たされた気持ちになれた。
 今、自分はとても幸せだと思う。それこそ、これ以上が考えられないってくらいには。でも、驚く事にサムエルは、その考えられもしないこれ以上をいつも俺に与え続けてくれる。毎日毎時間毎秒、サムエルはそこに居るだけで俺の幸せを更新し続けてくれるんだ。それって凄く恵まれていて、特別で、幸せな事だと思う。こんなに素敵な相手が俺の伴侶になってくれるなんて……。本当に夢じゃないんだよな? 信じられない!
「フフッ、どうしたんだ、ビクトール。そんなに可愛い顔で忍び笑いして?」
「えっ……! べ、別に、なんでもない!」
「何だよ、隠し事かい? 俺達婚約してるんだから、教えてくれてもいいじゃないか」
「嫌だ! 絶対に嫌!」
「えー、何だよ、ケチんぼめ」
 だって、言えるかよ。ニヤニヤしてたのはお前の隣に居られる事と、お前に選ばれたという幸せを噛み締めていたからだって! 一応男だし、俺はまだそこを率直に認める程素直になれてはいない。まあ、とても賢く同時に俺について知り尽くしているサムエルには、言わずとも分かってしまっているんだろうけどさ。
「ああ、ビクトール。君は日増しに魅力的になっていくね。そんな君に相応しい存在でいられるように、俺も努力し続けなくてはな」
「よく言うぜ、俺と婚約した今でも女性からのお誘いが引きも切らない癖にさ」
「それを知っているのなら当然、誘いは全てにべもなく断っているのも知っているだろう? 俺の愛する相手はビクトールだけだもの。君だってその事は十分承知してくれているだろうに。あ、でも、ビクトールが俺が告白されるのすら嫌だって言うんなら、もう告白されないように何か手を打つけど」
「別に、そこまでしなくていいって」
「本当に? 我慢してない? ビクトールに負担をかけたい訳じゃないから、呉々も正直に言ってくれよ?」
「正直に言うなら、マジで嫉妬はしてねぇ。伊達に片思いしてた訳じゃないんだぞ? お前がモテてるのを傍から眺めるのは慣れっこだ」
「それはそれで何だか複雑だな……」
 そう言って俺に構ってはしゃいでいたのから打って変わって、少し意気消沈した様子を見せるサムエル。その頭にはあるはずのないペショリと項垂れた犬耳が見える気がした。普通ならガタイのいい成人済みの男にこんな事されても気色悪いだけだが、俺の目にはそんなサムエルがとっても可愛らしく映っている。これも惚れた欲目というやつだろう。やれやれ、惚れた腫れたとは恐ろしいものだなあ。
「まあまあ、そういじけるなよ。もっとプラスに考えようぜ? どんだけモテまくろうが何があろうとお前が俺を裏切るのは有り得ないって、俺がサムエルの事を信頼してるって事実の表れだってさ。それってつまり、自分で言うのもなんだが他人からの好意を素直に受け取るのが苦手な俺が、全く不安にならずにいられるくらいサムエルが俺を真っ直ぐ愛してくれてる事の証左だ。自信持てって!」
「むぅ……。そういう捉え方もある、のか……?」
「むしろそういう捉え方しかねぇよ」
 未だ俺が不安になっていないか、我慢していないか探るような視線をこちらに向けるサムエルに微苦笑を返し、絡めていた腕をさらにキュッと引き寄せる。大人しく俺にされるがまま従うサムエルを益々可愛く思いつつ、残された逢瀬の時間を全てサムエルとイチャつくことに注ぐ俺なのであった。本当、サムエル相手だと愛しい気持ちが留まるところを知らないな。余談だが別れの時間になる頃には俺とイチャラブしまくったお陰でサムエルもすっかり持ち直し、まだ離れたくない、また直ぐ会おうと泣きべそをかいていたくらいだった。
 ああ、こんなにも愛されて、こんなにも毎日幸せで、こんなにも全てが満たされていて、いいのだろうか? かつて辛く苦しく寂しいだけだった俺の人生は、今ではこんなにも素晴らしいものに様変わりしていた。生活は充実していて、毎日は彩り豊かで、愛する相手が居る。昔はあれ程生きる事に絶望していたのに、今となってはそんな子供時代の記憶は遠く微かなものになっていた。きっとこのままこんな幸せな時間が死ぬまで続くのだろう。……そう、思ってたのに。
 しかし、運命とやらはとことん俺の幸せを望んでいないらしい。ここまで来て過去の暗い因縁が俺に纏わりついてきたのだ。俺の幸せの終わりが始まったのは、ある一つの密書だった。その日も俺はサムエルとのデートを楽しみ、2人の挙式やその後の新婚生活について思いを馳せてルンルン家路を急いでいたのだが……。そんな時、俺の進行方向から男が歩いてきた。
 最初はただの通行人かと思ったが、どうもおかしい。別に格好はおかしくないさ。ごく一般的な、少し裕福な市民の服装である。素振りもただこちらに向かって歩いてきているだけで、一見しただけでは怪しくもなんともない。しかし、幼い頃散々他人の敵意に晒された経験により培われた俺の勘が、ハッキリとは言語化できないまでも確かな違和感を訴えてきたのだ。
 俺は警戒心に身を強ばらせ、歩みを少しゆっくりなものに変え、その怪しい男を十二分に警戒しつつ擦れ違おうとしたのだが……。丁度両者の距離が最も近づいた、その瞬間。不振な男は歩くのを止めて勘違いだと思い込む余地もないくらいにハッキリと俺の方を見た。走って逃げるだとか、俺がそんな手を打つ前に男は素早く口を開く。
「スーマ国第4王子、ビクトール殿下ですね?」
 久しぶりに呼ばれる名前だ。ここのところの俺と言えば、サムエルの婚約者に選ばれた果報者のビクトールで、スーマ国の第4王子なんてこの国に足を踏み入れた時点でほぼ形骸化していた肩書きは、最早呼ばれてもあまり自分の事だと実感がわかない程だった。しかし、だからと言って俺がスーマ国第4王子である事実が覆る訳でもない。ここで変に言い逃れしても相手は俺の顔と名前と素性を知っているようだから無駄に揉めるだけだろう。しばし逡巡してから、俺は大人しく受け答えする道を選んだ。
「……その通りだが、何の用だ?」
「こちらをどうぞ。決して人目には晒さず、あなた以外が見ることのないようにしてください。1度読んだら燃やすなりなんなりして処分する事をお忘れなく」
 男はそう言うと素早く俺の手にカサリと軽い音を立てる何かを握らせる。そしてこちらが何かアクションを起こす前に、サッと遠ざかり居なくなってしまった。後に残された俺は暫し呆然としていたが、遠くに人の声を聞いてハッと我を取り戻し急いで自室への道を急いだ。
 自室に戻って直ぐ、念入りに戸締りをして窓のカーテンも引いてから渡された手紙を仕舞っていた懐から取り出す。手紙の入った封筒は、今となっては懐かしい祖国、スーマ国王室紋章の刻まれた封蝋で封がされていた。それを指の腹で軽くなぞって、沸き起こりそうになる暗い気持ちを押し殺し、震える指先を使ってゆっくりと剥がす。いかにも王室御用達といった上質で手触りのいい便箋を取り出し、そこに書かれている文字を指と視線で同時に辿るようにして読んだ。
 案の定、それはかつて俺を捨てた筈の家族からの手紙だった。今更なんの用だと言うのだろう。確か俺は遠回しながらも二度と関わってくれるなという言葉と共に無理矢理手切れ金を渡され、国を追い出された筈なんだが。……どうしようもなく嫌な予感がする。眉間に皺を寄せつつ読んだところによると、それは案の定の内容だった。長ったらしい責任転嫁と言い訳と、見当外れな逆恨みを元にした恨み言を省いて要約したところによると、どうやらこういう事らしい。
 放蕩者の四男ビクトール、つまりは俺を追い出して頭痛の種をなくして、王太子がかつての敵国の姫と和平の証に華々しく結婚式を挙げたまでは良かった。しかし、問題はその先にあったのだ。どうやら馬鹿な俺の家族は結婚さえしてしまえばこっちのもの、女は嫁に入ったからには婚家の奴隷となって、夫や婚家に尽くしまくるべし、そんな考えの元新妻をいびつていびっていびり倒したらしい。俺というサンドバッグが居なくなって、代わりでも欲しくなったのだろうか? なんにせよ酷い話だ。
 そんな最低過ぎる嫁ぎ先に嫁に来た姫はどう振舞ったのか。どうしてこんな事にと涙を流し毎日泣きくれ、嘆き果て……なーんてことにはならなかった。仮にも一国の姫だ。それも、つい先日まで戦時中だった国で生まれ育った、気の強い姫。元来賢く知略に長けており、単身で敵対国家に和平の為とは言え嫁ぐだけの勇気を持っているような人間だぞ? 歳若い女性と言えど、侮ってはいけない。
 夫も婚家も自分をぞんざいに扱い虐げるつもりだと察したその姫は早々に彼等を見限り、俺の家族の暴挙を自分の実家……つまりは停戦中の敵国の王家に伝えたそうな。和平の証として嫁いだ姫をそんな風に粗末に扱われたと知った敵国は、当然それを看過する訳もなかった。姫は何とか俺の家族に改心する機会を与えようと努力をしつつ、裏では秘密裏に祖国と連絡を取ってに備えていたらしい。そして、残念ながら俺の家族は姫の必死の働きにも特に改心する事もなく……。馬鹿な事をやらかしまくった俺の祖国は、とうとう堪忍袋の緒の切れた敵国に攻め込まれてしまったらしい。
 姫を娶ったからにはもう戦争を仕掛けられる事は絶対にないと舐め腐った考えを持ち、油断しきっていた俺の国は内側から姫に敵軍を手引きされてしまった事もあり、散々な負け方をしたそうな。より具体的に言うと、国の中枢である王都にまで攻め込まれ、王城は落城し、俺の家族である王族は国を捨てて無様に遁走する羽目になったそうだ。情けない事この上ない。
 さて、ここまでの話はいわば前段階。本題はここからだ。祖国を追われ国外逃亡を決め込んだ俺の家族だったが、そこで困った事が起こった。なんと、亡命先が見つからないのだ。どうも俺の家族は国内で身内相手にだけではなく国外で他人相手にも横暴な態度を取り続けてきていて、そのせいで人望がなく逃げ込み先として協力してくれる場所が1箇所もなかったのである。なんという愚かしさ。頭が痛くなってきた。
 そうして国から無様に追い出され、亡命先候補から軒並み断られ、困り果てた俺の家族は形振り構っていられなくなったらしい。とことん追い詰められた俺の家族は、それでも往生際悪く生き延びようとして……そこでハッと思いついてしまった。そうだ、まだ1つだけがあったじゃないか。その思いついた逃げ込む先とは言うまでもない。海を挟んだ向こう側、家族が俺を体良く捨てた、この国だ。より正確に言うと、この国で何でか上手くやっている俺の伝手を使って、逃亡先にしようと企んだのである。
 そこで、この手紙にこれまで上げた全ての前提が繋がってくる訳だ。何と言うか、もう溜息しか出ないな。あれだけで酷く扱って挙句の果てにはゴミみたいに捨てておいて、今になって必要になったからって掌返しだなんて。あんまりにも身勝手が過ぎる。こっちの都合なんてお構いなしで、いい迷惑だ。
 さて、それにしても困った事になったぞ。かつての家族が持ち込んだこのトラブルは、様々な問題を内包している。素直な心情だけで言ってしまえば、俺には家族を助けようという気持ちはサラサラない。当たり前だ。これまで散々酷い目にあわせてきた連中を助けようと思える程、俺は聖人君子じゃないからな。
 そもそも俺が変に親切心を見せて家族をこの国に亡命なんてさせたら、それだけで一気に国際問題だ。だってそうだろ? 図式としては絶賛戦争中の二国の間にこの国が縁があるからと割り込んで、負けこんでる国の国家君主を逃がすという形で肩入れする事になるんだから。まんま関係ないのに問題に首を突っ込むしゃしゃり屋じゃないか。世話になってる国を、骨を埋めるつもりの国を、心から愛する人達の故国を、俺の家族が引き起こした頭の痛い問題にこんな形で巻き込む訳には絶対にいかない。いかない、のだが……。
 しかし、家族の亡命の打診を断るのは断るのでまた別の問題がある。それが何かと言うと、サムエルの俺に対する印象の問題だ。この期に及んでそんな事を気にするのかと笑われるかもしれないが、劣悪な環境でひねくれて育った俺と違って俺の婚約者様は真っ当な環境の元スクスク伸びやかに育った真面目で折り目正しい人間である。俺と家族との確執を一応知っているとは言え、家族を見捨てるだなんて選択を俺が選んだら彼になんて思われるか。なんとも酷い話だが俺は、家族の安否よりも奴等を捨てる事で婚約者やその周囲の人間達に自分がどう思われるかの方が気になって仕方がないのである。
 心配事はそれだけじゃない。俺の家族がこんなゴタゴタを起こしていて、それに俺や俺のいるこの国を、引いてはこの国に関わる人々を巻き込もうとしているのをサムエル達に知られるのも怖かった。状況から見て俺の母国が戦争中で、王族一同が国を追われた情報はまだちゃんとこの国に伝わってきてはいない。きっと状況が海を渡って伝わるよりも早く国が落とされてしまったのだろう。どんだけスピーディーに攻略されたのだろうか。俺の祖国、弱過ぎる。
 何にせよ今は状況が混乱しているのか、今はまだ家族は俺にしか亡命の要請をしていないが、きっと直ぐにでも形振り構わず俺の周囲の人間にだって自分達を亡命させろと要求し始めるだろう。きっとあの家族の事だから、かなり見苦しく手酷いやり方でやるに違いない。その行動が今後にどう響くか、少しも考えもせずにな。
 そんな事になったら、俺の家族がどれだけ身勝手で我儘放題な奴等なのか、ありとあらゆる人間にあっという間に知られちまう。一応俺の家族についてどれだけ酷い奴らなのかある程度の事は周囲に伝えてあるが……。だからってあまり相手に引かれたくない俺が濁しながら話しただけの事と、実際に傍若無人な集団がトラブルと共に押し寄せてくるのとでは、分かる事や伴う実感が全然違うのは分かり切ってる。あの家族が大人しくしてくれる訳もないし、結婚間近の俺の人間関係に気を使って塩らしくしてくれるとも考えられない。家族に好き放題されれば否が応でもその結果は俺に結び付けられ、きっと勝手に俺の評価が下がる様な事になってしまうに決まってる。
 そうすれば周りの俺に対する心象が悪くなるのは確実。そんな事になったらあの優しいサムエルの家族からすら結婚に反対されるようになるかもしれないし、よしんば結婚できたとしても周囲から祝福して貰えなくなるかもしれない。俺なんかと結婚したとしてサムエルが後ろ指をさされる可能性も、面倒事はごめんだとこの国を追い出されてしまう可能性もある。
 何より恐ろしいのは、サムエルにこんな不良物件とは結婚できないと婚約を白紙にされる事だ。サムエルはそこまで無責任な性格はしていないと分かっているが、血の繋がった家族の平穏と高々2年そこらの付き合いで結婚もまだの俺との未来を天秤にかけられたら、迷う事なく俺よりも家族を選ぶだろう。悲しいがそもそも人間としての価値が違うんだから仕方がない。それに関しては当たり前と分かっているので、不満は一切湧かなかった。
 その事を踏まえた上で自分達の都合を優先して幼い俺を振り回し、処遇に困ったらあっさり捨てやがった家族を助けたいとは全く思えないのだが……。果たして、サムエルはそんな俺を受け入れてくれるだろうか? 確かにサムエルは俺の薄暗い家庭事情を把握してくれているが、話を聞いてのとのとには天と地程の差がある。明るく優しい家庭で育ったサムエルが、キチンと俺の抱いている恨みや憎しみの実感を持って俺と家族の関係をかどうかは……正直微妙だ。
 最悪『家族なんだから擦れ違いがあってもしっかり話し合えば分かり合える』なんて事を言われてしまう可能性だってある。その発言に俺が傷つくだけならまだマシで、家族と俺との仲を取り持とうとサムエルが俺の家族に救いの手を差し伸べてしまったらもう目も当てられない。大袈裟ではなく、文字通り国を巻き込んでの大事になりかねないし、俺達の関係がどうなるかなんて言わずもがなだ。
 仕方がない。状況を考えるに、幸い俺の故国や家族の事がこの国に伝わるにはまだ猶予がある。今暫く、家族の事はサムエル達には黙っておいて、今後どうするかは俺だけで早急に決めよう。少なくとも、こんなデリケート且つ深刻な問題、何も対策を立てずには他人には言えない。いや、言う覚悟が決まらない、と言うのが適切か。何にせよ自分の家族の身から出た錆に巻き込まれてこっちまで破滅するのは御免だ。折角幸せを掴みかけている今だからこそ、かつてのような不遇の日々にはもう絶対に戻りたくない。
 俺の家族は血が繋がっているのに俺を捨てたあいつらではなく、こんな俺でも受け入れてれたサムエルやその周囲の人達だけだ。彼らとの平和で幸せな世界を守る為ならば俺はあいつらなんて躊躇なく切り捨てるし、悪魔にもなってやる。指を鳴らし魔法で暖炉に火をつけ未練と情ごと捨て去るようにそこに手紙を放り込む。黒く炭化し捩れてあっという間に燃えカスとなっていくそれを無感情に見つめながら、俺は小さく唇を噛み締め覚悟を決めるのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者

みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】 リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。 ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。 そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。 「君とは対等な友人だと思っていた」 素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。 【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】 * * * 2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき
ファンタジー
 妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!  剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

処理中です...