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好きな人がポメになったのでこれ幸いと囲いこんだ筈が全然知らん人だったんだけど、誰だお前!?
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俺はその晩、深夜遅く久しぶりに外で飲んでいる最中に呼び出されたにも関わらず、鼻歌歌いながらスキップする程ルンルンだった。理由は簡単。俺を呼び出したのが、大好きな大好きなきー君だったから。これで呼び出しが上司からの緊急の仕事の連絡とかだったら、そもそも電話を取らずに無視していた事だろう。
きー君は俺の恋人、なんだけど……。向こうはそうは思ってないかも。彼にとっての俺の認識は性欲処理機能のついたATM、といったところか。丁度1年前失恋してヤケになって、お相手探しに繰り出したバーで、向こうから声をかけてきてくれたのが彼との出会いのきっかけ。
ゾッコンだった恋人に『あなたと一緒に居るより私1人で居る方が色々と楽だわ!』って振られて傷心だったところに現れた、俺を必要としてくれて存分に甘えてくる年下のきー君は、とっても可愛く魅力的に思えたのだ。1回寝ちゃったらそのままズルズルきー君が俺を頼るようになっていて、気がつけば俺が彼に甘えられるがままに金やら何やら援助する今の状態の完成だ。この関係性を他人に話せば決まって『いいように利用されている』と言われるが、構うもんか。俺は愛されるより愛したい側の人間だからね! 世話の焼き甲斐のある恋人はドンと来いだし、むしろ大歓迎!
そのきー君からの連絡はこうだ。タイトルなしのメール本文に『準備しとけ』。それだけ。なんてシンプル。単純明快この上ない。この場合きー君の言うところの『準備』とは、お小遣いか食事か風呂か寝る場所かセックスの、そのうちどれかかもしくは全部の準備の事だ。きー君の意図を上手く汲み取れたらいいんだけど、残念ながら俺には気まぐれな彼の気持ちを完璧に察する能力はない。まあ、全部準備すりゃどれか嵌るだろう。数打ちゃ当たるだ。サッサと帰って準備しよーっと!
ああ、きー君に会えるのはいつぶりだろう。彼は自分の気分が向いた時しか俺と会ってくれないから、来る時と来ない時の差が激しい。最近は就活で忙しいらしくってあんまし会って貰えなかった。実に2週間ぶりの再会だ。俺のところに来るってことは就活一段落したのかな? それとも息抜き? ま、会ってくれるなら何でもいいけど!
スキップしながら自宅マンションのエントランスに入り、コンシェルジュに上機嫌で挨拶をしてから、エレベーターに乗り込む。押したボタンは高層階。住んでる場所からお察しの通り、俺はなかなかの資産家だ。元々在宅寄りのシステムエンジニアで収入自体多いんだけど、昔気紛れで買った宝くじが当選して小金持ちになり、それを元手に投資したり資産運用したらどれも大成功。あっという間に長者番付の仲間入りだ。
元々が庶民なのでお金は貯めるだけで使う宛もなく、細々と生きていたのだが、俺の資産目当てに近寄ってくる輩が多過ぎてセキュリティバッチしの高級住宅に引越し、職も本格的に在宅に切り替えることになった。まったく、金なんてないと困るけどあっても困るものなんだな。ま、今はきー君に貢ぐという立派な目的があるから、お金はどれだけあってもいいんだけどね! ああ、きー君のご両親が躾に厳しくなかったら、もっと大手を振ってきー君に貢げるのに。これ以上生活が派手になると親に援助を受けてるのがバレるから、と俺からの援助を精々ほんのお気持ち程度にしか受け取れず、不貞腐れているきー君が可哀想だった。
と、そんな事を考えているうちに目的の階にたどり着いたぞ。遠くの酒場で飲んでて帰ってくるのに時間がかかっちゃったから、きー君の来訪までに残された時間は少ない。サッサと諸々の準備を……ん? なんだ、あれ。なんか、絨毯張りの長い廊下の、俺の部屋の扉の前に、なにか黒いっぽいものが落ちてるような……?
恐る恐る近づいてみると、どうやらそれは男物のスーツ1式のようだった。しかし、それを身につけるべき中身の方は見当たらない。空っぽのスーツが、俺の家の前にポンッと捨てられている。え、なんで? 某怪盗3世がベッドにダイブした後の残りみたいなそれに、疑問符しか浮かばない。不思議に思いながらも、恐る恐るそれに近寄る。
と、ちょうど俺が自分の家の扉の前、中身が行方不明のスーツの横合いまで来た時。突然スーツの山が動いたではないか! ギョッとして少し後退る。え、何!? このスーツ生きてんの!? 警戒する俺の目の前で尚もスーツはモゾモゾと動き回り、ズルズルとこちらに向かって這ってきて……。本格的に恐怖を覚えた俺が踵を返そうとしたら。
「キュ……?」
「っ!?」
ピョコン! とスーツの中から出てきたそれに、俺は声もなく息を飲む。ポワポワとした茶色い毛。キュルンッとこちらを見つめる真っ黒い目。開いた口からチョコンと覗くピンクの舌先。フワフワの毛玉にしか見えない体はコロコロとしていてとても庇護欲を唆る。スーツの中から顔を出したのは、なんともまあ可愛らしいポメラニアンだった。
中身の無い服と、それに包まれたポメラニアン……。こ、これはもしや……『ポメガバース』というやつか!? 許容量を超えたストレスが溜まると、ポメラニアンになってしまって周りからチヤホヤされないと人間に戻れない。それがポメガバース。マジかよ、噂には聞いていたが、本当にこの目で見る日が来ようとは! 状況から察するに、俺の自宅前でスーツを着た男がストレスを溜め込みすぎてポメラニアンになってしまった……。と、考えるのが妥当だろう。そんな事ってある? 宝くじや投資の件と言い、良くも悪くも俺って本当に引きがいいな。
それにしても、どうしよう。発見者の責務として関係機関に連絡をし、然るべき先にこのポメラニアンを引き取ってもらわなければならないのだろうが、俺はこれからきー君をお迎えする準備をしなけりゃならないのに。かと言ってこの困りきった可愛いポメラニアンを見ないふりするのも罪悪感が……ん? ちょっと待てよ。
この階には1部屋が広過ぎるが故に2部屋しか部屋が存在しない。そこに住んでるのは、俺を含めて愛人稼業をやっているらしい女の人だけ。そしてその女の人の御相手は、白髪混じりのおじ様だ。おじ様のスーツの趣味は今ポメラニアンが埋まっているスーツ程若々しくないし、何より腹回りや股下の長さが見るからに違う。明らかにこのポメラニアンになった人物は、若くて体格のいい男だ。と、いうことは、まさかこのポメラニアンの正体は……。
「……きー君?」
「?」
俺の呼びかけに、ポメラニアンはコテン、と小首を傾げる。キャ、キャワワ……! 間違いない。この可愛さ、絶対にきー君だ! 彼がポメガだなんて聞いたことなかったけど、男のポメガの中には恥ずかしがって隠すのもいるらしいから、きっときー君もそうだったんだろう。ああ、きー君。就活に疲れてポメラニアンになっちゃったのかな? 可哀想! でも、何とか俺の家の前まで耐えてくれたんだね。俺の家の前まで来て安心して気が抜けて、ポメラニアンに……。ああ……愛を感じる……。嬉しい! 折角きー君が俺を頼ってここでポメ化したんだ、これは俺がお世話をするしかあるまいて!
「きー君、安心して! 俺が完っっっ璧にお世話をして、直ぐにきー君を人間に戻してあげるからね!」
言葉と共にポメラニアン……いいや、きー君に飛びつき、スーツごと抱き上げる。他に荷物はないみたい。身一つで俺のところに来てくれたのかな? それだけ俺のことが待ちきれなかったの、きー君? なんだかとっても愛を感じる!
「ッ!? ギャンギャンギャンッ!」
「もー、きー君暴れないの。君の塩対応はいつもの事だけど、抱っこの時は危ないよ?」
優しく声をかけたけれど、きー君は暴れるのを止めない。短い手足をバタバタさせ、モチモチな触り心地の体を捩り、大騒ぎだ。きー君こういう所あるんだよな。俺への対応が乱暴なんだ。その事がいつもちょっと悲しい。ま、最後には甘えてくれるから、なんでも許しちゃうんだけど! なんにせよ、きー君がポメラニアンでいる限り、彼を人間に戻すという大義名分の元、世話を焼きたい放題だ! 突如転がり込んできた思わぬ幸運に、俺はホクホクしながらポメラニアンを家に連れ込んだのだった。
「きー君、ご飯できたよ! 今日はね、きー君の好きな肉じゃがだよ! 勿論犬用! さ、食べて食べて!」
はい、あーん、ときー君の口元にちっちゃなお口でも食べやすいようにコーヒースプーンで食事を運んでやる。不服そうな顔をしながらも、きー君はそれを大人しく口に含んだ。きー君はこうして俺に世話が焼かれる事が気に食わないらしく、ちょいちょい抵抗してくるのだ。でも、食事が口にあったのか頬張って直ぐに真ん丸お目々を見張り、夢中になってモグモグしている。なんて可愛いんだ! いつまででも見ていられる!
ポメラニアン状態のきー君を拾ってから早3日。お陰様で毎日がとっても楽しい。都合のいい事に仕事は閑散期で最低限決まったルーティンを毎日こなすだけで回していけるので、空いてる時間は全部きー君に捧げている。きー君の食事を作るのとマッサージしてあげるのはいつも通りだけど、きー君がポメラニアンになってやってあげる事が他にも増えた。
例えば。今のきー君は大好きなパチにもお馬遊びにも行けないので、代わりに通販の即日配達で取り寄せた犬用おもちゃで一緒に遊んだりとか。夜になっても逃げ道を探し興奮して部屋中をグルグル歩き回るきー君をやや強引に寝かしつけたりもするし、犬用シャンプーの変な匂いを我慢してお風呂だって入れたげてる。行動理念は勿論『きー君の為』。彼がポメラニアンになろうが変わらない。
肝心のきー君はといえば、ポメラニアンになって不自由が増えてイライラしているのか、暴れている事が多くなった。ベランダに続く引き戸の硝子に体当たりする事から始まり、玄関目指して扉をガリガリやったり、クッションに噛み付いて引き裂いてしまったり、戸棚に乗ろうとして上のものを落としたり。きー君が暴れる度に俺はクッションの詰め物をきー君が吸い込まないよう片付けたり、戸棚から落っこちて割れた置物の破片を片付けたり、大童である。
俺の部屋はきー君の所業で滅茶苦茶だが、全く腹は立たない。どんな事でもきー君にされて嫌な事なんて1つもないし、きー君の俺に対する対応なんて正直いつもこんなもんだ。殴られたり蹴られたりこそしないが、憂さ晴らしに強めに小突かれるなんてもうしょっちゅうで、とっくの昔に慣れてしまった。今回はきー君の苛立ちが俺じゃなくて部屋に向かっているだけ。噛まれて体に穴が空くよりも、買い替えの効くものが駄目になるだけの方がマシだと思おう。
それに、きー君も諦めたのか落ち着いてきたのか、最近では大分大人しくなってきていた。今みたいに素直に食事の介助をさせてくれる事しかり、体に触れても唸らなくなった事しかり。途中の道のりこそ大変だったが、それでもここまで態度が軟化した。彼が俺の提供する環境を心地よく思ってくれている証拠であろう。未だ人間に戻りこそしないが、この分だとその日も近そうだ。
「ケフッ」
「きー君、残さず全部食べれて偉いねぇ。ちょっと食休みしたらお風呂入ろっか」
お腹ポンポンになって満足気なきー君をソファの上に乗っけてあげて、退屈しないようにテレビを付けてあげる。番組は勿論きー君の好きなバラエティ。きー君がテレビを見ているこの隙に、俺もきー君のついでに作った自分の分の食事を適当に掻っ込む。味わう暇はない。早く風呂の準備をしなくちゃならないからな。
きー君の分を作るついでに片手間で仕上げた料理は味も素っ気もない。ただまあ、食べられない事はないしそこまで食に拘りはないので、黙って咀嚼する。要は腹が満たされエネルギーになりさえすればいいのだ。そうして下品にならないギリギリの速さと雑さで食事をしていた俺は、気が付かなかった。きー君が企んでいるある事に。
食事を終えたら手早くお皿を洗って、乾燥ラックに入れてきー君と一緒にお風呂に入ろう。お風呂から上がったらきー君が風邪をひかないようにチャッチャと乾かす。ポメラニアンの彼、ロングコートだからね。そこが可愛い。それが済んだらきー君を寝かしつけて、残りの家事をやって……。ん?
「きー君!?」
視界の端に写った光景に驚いて、慌ててきー君の方を向く。そこではきー君がソファの背もたれから飛び降りようとしていた。いつものように俺から逃げ出そうとしたのだろうか。それで食事中の俺に気が付かれないよう、背もたれ側から脱出しようとした、と。きー君、お願いだから自分が今はちぃちゃなポメラニアンだという事を自覚してくれ! そんな高さから飛び降りたら、足を捻るし腰に負担がかかるぞ!
慌てて止めようとするも、きー君の方も俺が彼の行動に気がついた事に反応して、大きく体を動かした。それが良くない結果を招く。ツルツルした皮製のソファだったせいできー君の爪でも踏ん張りが利かず、彼は大きく足を滑らせたのだ!
そこからはもうあっという間。バランスを崩して頭から硬いフローリングに落ちていくきー君の動きが、スローモーションに見える。皿も箸も放り出して、俺は出せる限り限界ギリギリの素早さでソファの背もたれを乗り越えた。そうして受身を取る暇もなく背中を強かに打ち付けながらも、どうにかこうにかきー君と床の間に体を滑り込ませ、彼の体をキャッチする。
「っ、痛ぅ……!」
知らなかったな。人間って背中を強く打ち付けると、痛みで息ができなくなるんだ。ヒュッと細く息を吸ったまま、それ以上吐く事も吸う事もできなくなってしまう。そんな状態でもきー君の無事を確かめたくて、なんとかかんとか腕の中のぬくもりに意識を向ける。そこには唖然とした様子でこちらを見つめるきー君のまっ黒い瞳が。よかった、無事みたい。一安心して、俺は薄く笑みを零した。
「キュ? キュン、キュウ……」
心配してくれているのか、きー君が小さく鼻を鳴らす。それに俺は大丈夫だよ、と伝える為に彼の背中を優しく撫でてやった。それでも痛みで未だ喋れずにいる俺に、きー君は泣きそうに見える顔をする。犬だから、表情の変化なんて殆どない筈なのに。そうして体の状態が落ち着くまで、俺は暫くきー君を宥めながら床の上に転がっていたのだった。
明けて翌日。フローリングに背中から勢いよくダイブした俺だったが、鏡で見た感じ、結局背中は全面赤紫の酷い色になっていた。これじゃぁ湿布を貼っても貼っても間に合わないし、何より犬なので匂いに敏感であろうきー君には匂いのきついものは辛かろうと湿布は貼っていない。背中は痛むがこんなもの自然治癒するだろう。ちょっと痛いくらいで生活に支障もない。放っておけば済む話だ。少なくとも俺はそう思うのだが……きー君はそうではないらしい。
「キュゥ、キュー……」
「きー君、大丈夫だよ。無理はしてないし、ちょっと痛むだけで見た目程酷くないから」
朝食を作る俺の足元で、きー君が邪魔にならない程度に足にまとわりつきウロウロとしている。昨日までは逃げ出さないように部屋に閉じ込めておくか犬用スリングで抱っこしておくかしないといけなかったのに、凄い変わり身だ。今朝は流石に背中が痛くてスリングは使えないな、ときー君は寝室に置き去りにしようとしたら必死に着いてこようと暴れるもんだから、試しに台所に連れ込んだのだが……。どうやら背中を庇いつつもテキパキ動き回る俺の事を心配してくれているらしい。怪我の事で責任を感じてくれているのか? 俺が勝手にとちっただけだから、きー君は何も悪くないのに。
「きー君。昨日の事は本当に気にしなくていいから、ね?」
「ウゥ……」
「そんな不満そうな声出さないで。ほら、ご飯できたから食べよう?」
ご飯と口にすると、もうスッカリ俺のご飯が気に入ったらしいきー君は、尻尾をフリフリ振っている。その様子が可愛くてついつい頬が緩んでしまう。ご飯をリビングに運ぶ前に堪らずしゃがんできー君の頭を撫でれば、彼は大人しくそれを受け入れてくれる。あー、可愛い! こんな素晴らしい反応が返ってくるのなら、怪我した甲斐があったな! いそいそと食事を運び、いつも通りきー君に給餌する。
「どう、きー君。美味しい?」
「キャン!」
「素直なお返事、可愛いねぇー!」
俺に対して気を使ってくれているのか、美味しいと返事をしてくれるきー君。彼の為に怪我をしたことで前よりも遠慮がちになっている今のきー君なら、ベタベタしても怒らないんじゃないだろうか? そんな下心を元に、きー君の頭を撫でる。案の定、前なら唸って噛み付くふりをしてきた所だったのに、きー君は大人しく俺の撫で撫でを受け入れてくれた。それどころか、更に手に擦り寄ってさえきてくれたではないか! きー君がデレた! あの! きー君が! なんという進歩。なんという成長。お陰様でもう俺は彼にデレデレだ。
「きー君……! あー、フフッ。君とこうして過ごせて、俺は本当に幸せだよ」
「キャウ」
そうしている内に幸せなきー君のご飯タイムは終わってしまう。後は飯を掻っ込むだけの味気ない自分の食事だけ。マジでつまらん。サッサと済ませて次のきー君との予定をこなそう。昨日きー君を危ない目に遭わせてしまったので、今日は彼から目を離さないように食事しようと思っていたのだが……。
「キャゥン」
「ん、どうしたのきー君?」
胡座をかく俺の膝に前足をかけ、モゾモゾし始めるきー君。どうしたのだろうか。気になるものでもあるのだろうかと足を伸ばそうとするが、しかしそれに対してきー君はイヤイヤと頭を振る。仕方がないのできー君がしたいようにさせて、怪我だけはしないように見守る。
すると、きー君は一生懸命小さな体を動かし、お尻をフリフリ振って、ヨジヨジと俺の膝の上に乗ってきたではないか! 彼はどうにかこうにか俺の股座にコロン、と入り込むと、そこで暫くモゾモゾしてから落ち着く場所をみつけ、座り込む。そうして鼻先を俺の腹に埋め、フンスと満足気な息を吐き大人しくなってしまった。
「き、きー君? どうしたの、俺の膝の上に乗って。おもちゃ用意するから遊んでていいんだよ」
「フンッ」
「……そこがいいの?」
「キャン」
自分はここが気に入ってるんだから、邪魔をするな。いいから放っておけ。とでも言いたげに、きー君が俺を見上げてくる。えー、なにそれ……。若しかして、俺がきー君の動向をを気にしてるのに気が付いて、いつでも彼の安全を確認できるような状態を作って落ち着けるようにしてくれた? やだ、きー君てば俺の為に? それってスッゴク優しくない? 前までは俺の事なんて便利で丈夫な都合のいい道具くらいにしか扱ってくれなかったのに! まさか怪我1つでここまで優しくなるなんて。本当、怪我してみるもんだ!
いつものように慌てて食べて、万一きー君の上に食べかすなんて零したりしたら申し訳ない事この上ないので、この時ばかりはいつもよりも落ち着いて食事をする。その間もきー君は俺のお腹に鼻先を埋めた姿勢のまま時偶こちらを見上げる以外動かない。ただ、膝の上の小さな温もりと重みが愛しかった。こうして俺は、久し振りに落ち着いて食事を摂り、食事後もいつになく懐っこいきー君をタップリ可愛がり楽しんだ。
そして、俺がきー君を庇って怪我をした日から、彼の態度に様々な変化が現れた。反発はせず、暴れもせず、名前を呼べば振り向きもする。触っても怒らないし、歩けば着いてきて、添い寝なんかも許してくれるようになった。しかも、最近では時折ではあるものの、俺に対して威嚇するどころか甘えるような仕草まで見せてくれるようになったのだ!
いくら俺がきー君を庇って怪我をしたからって、ここまで態度が軟化するなんて。彼ってこんなに義理堅い性格だったっけ? もっと軽薄で無責任な人だと思ってたんだけど。自己都合でどこまでも俺の事を振り回す印象だったのに……。認識を改める必要がありそうだ。まあ、どんな彼でも俺は大好きなんだけどね!
「キャンッ!」
「あ、ごめんごめん。ちょっと考え事してた」
きー君の可愛らしく甲高い鳴き声で、ハッと我に返る。俺は慌てて目の前でこちらを見上げるポメラニアンに意識を戻した。ここは寝室。ベッドの上。俺はシーツの上に横たわり、同じく俺の横でくつろぎ寝る姿勢に入っているきー君の背中を撫でていた。さっきも言った通り、俺達はここのところ就寝時は一緒のベッドで添い寝しているのだ。
その際、毎晩俺はきー君の背中を撫でてやって彼を寝かしつけている。最初はなんとなく始めたこの行為だが、続けるうちに疎かになるとこのようにきー君から文句が出るまでになっていた。彼が俺の撫でだけでも気に入ってくれたようで何だか嬉しい。便利なマッサージ機の次は全自動撫で撫でマシーンだな。
それにしても、きー君は何時までポメラニアンのままなのだろう? いや別に、以前よりも穏やかなものに落ち着いた今の関係に、不満があるわけじゃない。俺は別にMでもなんでもないので扱いが以前よりも丁寧だと嬉しいし、きー君が臆面もなく甘えてくれるこの時間は何にも変え難いかけがえのないものだ。けどなぁ……。俺は身勝手だから、そろそろ人間のきー君が恋しくなってきてしまっていた。
勿論、ポワポワしたこの上なく可愛らしい今のきー君も十分に素敵だよ? 意識も懐っこい犬の方に引っ張られるのか、まるで別人みたいに前よりも引っ付いてくれる時間も増えて大満足。でも……。きー君に『目一杯君を可愛がって、元に戻す』と約束してしまった手前、いつまでもポメラニアンのままなのはちょっと申し訳ない。きー君だって、人間に戻りたいだろうし。
何よりよく考えたら、きー君今就活真っ盛りじゃん! 俺のところに来たということは一区切りついていたのかもしれないが、それでもいつまでもここでグダグダ時間を浪費している暇はない筈だ。俺が不甲斐ないばっかりに、彼の今後に暗い影を落とすことになったら、目も当てられない。一刻も早くきー君を人間に戻す算段をつけなくては。
「ヴゥー!」
と、そこでまたきー君が唸り出した。どうやら俺は、またもや気もそぞろになってきー君を撫でる手が止まってしまっていたらしい。あ、しまった。と、思った時にはもう遅い。放置されて不満が募ったきー君は、犬ながらもブスくれた表情を作り、素早く起き上がったかと思ったらそのまま俺の顔目掛けて飛びかかってきたのだ! そうしてキャウキャウ鳴きながら俺の顔に頭をグリグリ押し付けてじゃれてくる。どうやら抗議行動のつもりらしい。
「ワプッ、ご、ごめんね、きー君。許して!」
「ウー!」
「ごめんてばぁ!」
だ、駄目だ。顔に押し付けてくるもんだから、今喋ってしまうときー君のちいちゃな頭を食べちゃいそうになる。顔を逸らそうにもきー君の頭が追いかけてくるので意味がない。モフモフに埋もれて幸せだが、このままでは呼吸すらままならない!
「きー君! 止ーめーてー!」
流石にきー君の毛皮に埋もれて窒息してしまってはどうしようもないので、仕方がなく顔面から彼を引き剥がす。存外、きー君は大人しく俺の手の中に納まってくれた。ただし、恨みがましい目でジットリとこちらを見てきている。そりゃそうだ。元を正せばきー君の事を撫でる手が適当になった俺が悪いんだから。申し訳なくなった俺は、彼を胸に抱いて肩肘をつき、上体を起こしてきー君に向き直った。
「きー君! もうそれはお終い! 君は食べちゃいたいくらい可愛いけど、本当に食べちゃったら大変でしょ!?」
「グウゥー!」
「唸っても駄目なものは駄目! 聞き分けのない悪い子は……擽っちゃうぞ!」
ほーら、コショコショコショー! と、言いながらきー君を自分の体の上に乗せて擽る。きー君は体を捩って暴れるが、噛み付いたりなんかして本気で逃れようとはしない。これもお巫山戯の延長線にある、じゃれあいの1種だ。俺の思い上がりでなければ、きー君はこうして俺に構ってもらえて相当嬉しいらしい。犬なりにキャウキャウ笑って楽しそうだ。
きー君のはしゃいだ様子に調子付いた俺はヒョイッと彼の体を持ち上げて、そのモフモフのお腹に顔を埋めてウリウリと動かす。すると、きー君は益々喜んで笑う。もうスッカリ俺に身も心も許して委ねてくるきー君に、俺は確かに心が暖かくなるのが分かった。モヤモヤと悩んでいたきー君が元に戻れないという問題まで、そう深刻に考えることでもないのではないのではないかと思えてくる。
そうだ、別にきー君がポメラニアンのままでもいいじゃないか。ポメラニアンの1匹くらい俺なら余裕で養えるし、人間の時よりも穏やかになった今のきー君となら、お互い変に気を使うことなく、毎日楽しく幸せに生活していけると思う。きー君も人間で居るよりもポメラニアンで居た方が気楽に生きていけるだろうし、このままポメラニアンで居てもいいかもしれない。そうすれば、きー君はズゥーッと俺のそばに居てくれるだろうしね。
若しかすると、きー君が人間に戻れないのはなにか大きなストレスを抱えているからなのかも。思い当たることといえば……就活のこととかかな? きー君前に『一生楽して遊んで暮らしてぇ!』ってボヤいてたしね。人間に戻ったら柵が多すぎて、とてもじゃないがそんなお気楽能天気な暮らしは許されない。それが嫌で嫌で堪らなくて人間に戻れないのかも。だとしたら、俺が彼にかけるべき言葉は1つだ。
「きー君、大丈夫だよ。君が人間で居ようが、ポメラニアンで居ようが、俺は君のことが大好きだし、一生愛し続けるからね。だから、君は安心してここに居ていいんだ。君がどんな選択をしようが、俺は全力で君のことを応援するよ。俺はきっと君のことを幸せにする。その為なら何だってしてみせるよ。必要なら養ったっていいし、どんなお世話だってしてみせる。ただ君は、ここで心安らかに居てくれれば、それだけでいいんだ」
大好きで大切でかけがえのないきー君。俺にとっての彼とは、突き詰めていけばきー君が幸せなら俺も幸せなんだ、という何とも陳腐で有り触れた言葉に収束してしまう。でも、本当にそれが全てなんだ。俺はそれだけ彼のことを大切に思っている。見返りなんていらない。だって、きー君が幸せであってくれさえすれば、それだけでいいんだから。そんな気持ちを込めて、きー君のマズルの先にチュッと軽くキスを落とした。きー君の可愛いお目目が見開かれ、それを見て俺は悠然と微笑みかける。と、その瞬間。
「キュゥ……!」
「え!? き、きー君!?」
突如、体の上に乗せたきー君が唸って縮こまり、その小さな体が熱くなる。ポワポワの小さな体が苦しみ悶えているかのようにブルブル震えた。彼があげた声もいかにも苦しげで、俺は慌てて上体を起こす。
「きー君!? きー君!?」
大声で名前を呼んで揺すろうとするが、既のところでハッと思い留まる。きー君は今小さなポメラニアンなんだ。どんなに気をつけたって、具合の悪い時に少しでも揺さぶられたら大ダメージが入ってしまうに違いない。詳しく体調を調べようにも、きー君は伏せの体勢で小さくなって前足の間に鼻先を突っ込んでしまっているので、それも難しかった。
そんなきー君を放置しておけというのは土台無理な話で、なるだけ揺すらないように気をつけながらも、俺は押っ取り刀できー君の小さな体を持ち上げる。手の中の彼の体はとても熱い。固く強ばってもいる。引きつけでも起こしているのだろうか? 早く医者に見せないと。予め若しもの時の為に調べておいておいた、ポメガ専門の病院に連絡するべく、立ち上がろうとしたその瞬間。
「えっ!?」
突如、あれ程軽かったきー君の体が重量を増し、ズシリと重くなる。きー君を取り落としそうになって、俺は慌ててなるだけ優しく彼を布団の上に置いた。すると、きー君の体の震えは益々大きく細かくなり、あまりにも大きくガタガタ震えるものだから、何だか小さい筈のきー君の体がブレて大きく見える程だ。
……ん? いや待て。ブレてるんじゃなくて、実際に大きくなっていないか? きー君が居る辺のシーツも沈みこんでいってるし……。おいやっぱり気のせいじゃないぞこれ。きー君の体がどんどん大きくなっていってる。こ、これって若しかして、人間に戻りかけてるのか?
おお、遂に! 遂にか! 俺の思いが届いて、きー君が人間に戻るんだ! 正直何がきっかけになったのか分からんが、きー君が人間に戻れるのならこれほど嬉しいことはない! 俺はドキドキと胸を高鳴らせ、夢みる乙女のように胸の前で手を組んで、笑みを零れさせながらきー君の変化を見守った。
先ず胴体が大きくなって、次に手足が伸びて、次第に毛皮が消えていって……。ドンドン体積を増すきー君の体を見上げていたら、俺の視線はズルズルと上へと移動していく。きー君は伸びた手を俺の両脇につき、まるで俺に覆い被さるようにして人間に戻っていって……。
「ん?」
待って、なんかおかしくない? きー君ってこんなに大きかったっけ? 記憶の中の彼よりも、肩幅がガッシリしていて筋肉が着いているような……。体躯に恵まれていて手足が長く骨太で男らしい。西洋の血が混じってるみたいに目鼻立ちがハッキリしていて彫りが深く、色素が薄く瞳は灰色がかってる。それ等は俺の覚えているきー君の特徴とはあまり当てはまらない……。というか全く……いや、これはハッキリ言って……。
「誰だお前!?」
彫りの深い顔立ち、全体的に薄い色素、細身だが日本人離れしてシッカリとした体。全体を満遍なく具に観察しても、記憶しているきー君の特徴と合致するどころか、寧ろどこからどう見てもきー君とは無関係な見知らぬ他人にしか思えない。
え、何? どういう事? ポメガって一旦ポメラニアンを挟んで変身すると姿形が変わるの? 外見が違うだけで中身は前のままのきー君だったりする? そんなの聞いたことないんだけどなぁ。一縷の望みをかけて、俺は恐る恐るその男に声をかける。
「……きー君?」
「いや……違うけど」
「お巡りさぁーん!!!」
やっぱ違うんかい! と、言う事はだ。全裸の知らん男にベッドの上で覆い被さられている今状況は、物凄くゲンナリするものでしかない。と言うかハッキリ言って危機的状況だ。何が悲しゅうてきー君以外の人間とくっつかなならんねん。そもそも話はそこからだ。一瞬で男への認識を庇護対象から警戒対象へと変える。これに男は大慌てだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! どうして警察を呼ぼうとするんだ!?」
「あったり前やろがい! 全裸の知らん男が寝室の、それもベッドの上且つ俺の上に居るんだぞ? 通報一択だわ馬ぁー鹿!」
「全裸なのは不可抗力だし、ここに私を連れ込んだのは君の方じゃないか!」
「だってきー君だと思ってたんだもん! けど蓋を開けてみたら知らん奴だし! きー君じゃないなら要らんし! 通報されたくなかったら出てけよ!」
この家はきー君と俺の愛の巣なんだよ! 事情があろうが知るか! 全裸変態男はお断り! 何不服そうな顔しとんねん! 不服なのはこっちの方だわ!
「どうしてそんなこと言うんだ! さっき私の事を大好きだと言ってくれたし、ここに居て心安らかに過ごしてさえいればそれだけでいいとまで言ってくれたじゃないか!」
「それはお前の事をきー君だと思っていたから言った言葉だ! 言うなればきー君に向けた言葉! 断じてお前に向けた言葉ではない!」
当たり前だろうが! 誰がきー君以外にあんな甘い言葉を吐くかってんだ! ショックを受けた顔をするな! ほぼ他人の同性から愛の言葉を撤回されたくらいで傷つくなんて、お前はどんだけ繊細なんだよ!
「そのきー君とやらに向けていた言葉だろうと、実際は私に届いていたんだぞ?」
「だからなんだ? 吐いた言葉の責任取って何か要求でもするつもりか?」
「君を揺するつもりはないが……そうだな。要求に応えてれるのなら、名前を教えてくれないか? このままだと話し辛い。おっと、その前に自己紹介だな。改めまして、私は都築 八尋だ」
「あっそ」
「君は名前を教えてくれないのか?」
「誰が手前ぇなんぞに名前を教えるかってんだよ、戯け! いいからとっとと出てけ!」
俺は男……都築の事を、行儀悪くゲシゲシと足蹴にする。が、向こうはその程度ではビクともしない。相変わらずの悲しげな表情を崩さず俺のキックを余裕で受け止めやがる。ムカつく野郎だ。
「どうしてそんなに冷たくするんだ。さっきまであんなにも熱烈に、私に向けて愛を捧げてくれていたじゃないか」
「だぁーかぁーらぁ! それはポメラニアンのお前をきー君と思い込んでたから言っただけだっつうの! 勘違いしてんじゃねぇ! ンなもんきー君じゃないってんなら撤回するわ!」
「……そのきー君というのは、君のなんなんだ?」
「決まってる、恋人だよ、コ・イ・ビ・ト!」
「だが、私がここに厄介になってる間、そのきー君とやらは尋ねてくることは疎か、連絡の1つすらよこさなかったじゃないか。だからこそ君もここまで勘違いしてしまったのだろう? きー君と君は、本当に恋人同士なのか?」
「そ、それは……」
だって、仕方ないじゃんか。きー君は学生で、しかも現在就活生。色々忙しいんだよ。彼にとって都合のいい相手になるのを受け入れたのはほかでもない俺自身だし、きー君が連絡不精なのはいつもの事。でも一応恋人という立場はくれてるし、偶に優しくしてもくれるから、実態がどうであれ俺はそれでいいんだよ!
「あー、もう! ゴチャゴチャ五月蝿ぇ! 俺ときー君の関係のあり方なんて、お前には関係ないだろ! 赤の他人にとやかく言われる筋合いはねぇわ!」
「何を言ってる。ここ暫く1つ屋根の下で寝食を共にした仲じゃないか」
「不可抗力だ!」
「不可抗力でも、それは事実だ。最後の方は私たちは結構心が通じあっていたように思うのだが、違うか?」
「違いまぁーす! 全然通じ合ってませぇーん! そもそも、なんで俺の家の前なんて紛らわしいところでポメラニアンになってんだよ! 勘違いしてウッカリ拾っちまったじゃねぇか!」
全部手前ぇが悪い! と、都築を蹴りつける足にもっと力を込める。しかし、ゴスゴスと蹴られる衝撃で多少体は揺れるが、都築は動じない。こいつどんだけ鋼の肉体やねん! 打たれ強過ぎだろ! 怒り心頭に発してキーッとなる俺だったが、次に都築が口にした言葉に驚かされる事になる。
「そんな……。私は君に受け入れてもらえて、幸せにするって言ってもらえて、本当に嬉しくて嬉しくて堪らなかったのに……。生まれて初めて誰かに心の底から愛され大切にされて、最初突っぱねてたのも忘れて惚れ込んで、そんな相手から優しい愛の告白をうけて、舞い上がってたのに……。だからこそ、ポメラニアンから人間に戻ったのに……!」
「……へ?」
次の瞬間。突如、体の背面がポスンッと優しくベッドに埋もれる。どうやら都築に押し倒されたらしい。わけも分からぬまま呆然と天井を見上げていたら、顔に影がかかる。都築が体を被せてきたのだ。
「愛人に構ってばかりの父親に代わって会社を切り盛りして、それなのに周りからは七光りのボンボンだの苦労知らずの青二才だと馬鹿にされて、更には徹夜も食事抜きも当たり前。挙句の果てには緊急だって呼び出されて行ってみれば、機嫌を損ねた愛人のご機嫌取りを逃げた親父の代わりにしろって要件だったり。本当にもう、心が折れそうだった。いや、ていうか折れた。この前、丁度君の部屋の前を歩いていた時に。『何やってんだろ、自分』と考えてたらなにもかも嫌になって、気がついたらポメラニアンになっていた」
言いながら都築はあっという間の早業で俺の両手を片手だけでシーツの上に縫止め、更には動けないように体の上に乗り上げ、挙句の果てには足先を擦り寄せてきた。え、何この状況。いきなり甘い空気感を醸し出してきた都築に、俺は度肝を抜かれて目をパチクリするしかない。
「最初、君の事は勝手に私の事をきー君とやらと勘違いして監禁してくる変質者だと思っていた。一刻も早く逃げ出して、人間に戻って仕事の続きをしなければと焦るあまり、かなり反発したと思う。けれど、そんな私にもめげずに、君は手料理を振舞ってくれたり、言葉を尽くして褒めちぎってくれたり……。挙句の果てには逃げようとして高所から落ちた私を、身を呈して庇ってくれた。今まで求められるばかりで、私にここまで親切にしてくれた人は居ない。酷く弱ってるところにそんな風に優しくされて、惚れないわけがないだろう?」
そう言った都築は、今度はその美しい顔面を近づけてきて、俺の頭に自分のをスリスリと擦り寄せてくる。合間合間にリップ音を立てて軽いキスを落とすのも忘れない。更には体も寄せてきて、下半身に半端に固くなったアレの感触が……。これに俺はもう混乱を極めて絶句するしかなかった。それを意にも介さず、都築は耳に甘く言葉を吹き込んでくる。
「君はさっき、どんな私でも愛してくれると言ったね? どんな選択をしようとも全力で応援するし、幸せにするとも言ってくれた。夢みたいな言葉だ。私は今まで他人に与えてばかりの人生だったから、君が私のことを思ってくれててとても嬉しかった」
「そ、それは……。きー君がきー君であることが大前提の話で……お前に言ったわけじゃ」
「でも、あれはポメラニアンに向かって言ってくれた言葉だろう? あのポメラニアンは私だ。つまりは君からの愛の言葉は全て私のもの。簡単な三段論法だ」
「いや、無理矢理過ぎるだろ!」
「無理矢理だろうが、私はもう君の事がスッカリ好きになってしまった。今更諦めるなんてできやしない。私の恋人になってくれ」
「お、俺には恋人が」
「君を放置している例のきー君とやらか? そんな酷い奴にご執心なのかい? なら、寝盗るまでだ」
「え」
待って!? 何でこんなことなってんの!? 俺はさっきまでポメラニアンになった愛しのきー君とベッドの上でイチャイチャしてて、いやでも、そのきー君はきー君じゃなくて……? それで、目の前には都築というこの男前。俺をいとも簡単に拘束したそいつは、瞳に熱を灯し、欲情しきってこちらに迫ってくる。に、逃げなくちゃ!
俺は慌てて身を捩り、腰を浮かせてベッドの上、都築の下から逃れようとする。が、そんな事しても何にもならない。だって、両手は纏めて固定されてるし、体には都築が乗り上げてきているから。そんなんで逃げ出すことはおろか動けるわけない。むしろ腰を浮かせた事で都築の半勃ちのペニスに腰を擦り寄せる事になってしまう。
「何? 誘ってるの?」
「あ、違っ」
おい馬鹿止めろ! 違うつってんだろ! 息を荒くするな! 下半身を押し付けるんじゃない! この手を離せ!
嫌がって暴れるが、体格で負けている相手にマウントを取られているのにどうにかできる訳もなく。結局、俺は都築からの唇へのキスを許してしまう。声を出していたせいで唇は半端に開いており、そこに都築は当然といった様子で舌を捩じ込んでくる。
舌に噛み付いてやろうかとも思ったが、そんな考えは瞬く間に蕩けて消えてしまった。何故って、都築のキスが上手すぎるのが悪い。最初に丁寧に俺の舌を吸い出して、絡めてくる。粘膜の触れ合いをタップリ楽しんだら、歯列をなぞってあちこち擽ってきやがった。角度を変えつつ互いの熱と柔らかさを相手に刷り込んでいって……。仕上げに上顎を舐められればもう駄目だ。気がつけば、俺は体から力を抜いて都築のキスを受け入れていた。
こんな甘い前戯、きー君にしてもらった事ない。というか、よく考えたら俺最中に彼とキスすらした事ないかも。いつもきー君が気持ちよくなるのが最優先で、だったら中に入れてもらって締め付けることが必須で、キスは必要なかったから。俺はいつも道具だった。こんな、1人の人として大切にされ、扱われるようなセックスはしたことない。俺に施される都築の手管はとても気持ちよく、ついつい夢見心地になってしまう。
「フフッ……。トロトロになってる……。可愛いなぁ」
「か、可愛くなんか」
「可愛いよ。キス1つで体をビクビク跳ねさせるところも、腰をモジモジ動かすところも、気持ちよくなっちゃってここを反応させてるところも、全部ね」
そう言って都築は、空いている方の手でスルリと俺の股間を撫で上げてきた。都築が触れてきたそこは、信じられない事にキスだけでスッカリ勃ち上がっている。
「嘘、何で」
「私のキスで感じてくれたんだね。嬉しいな。その期待に応えて、これからもっと気持ちよくしてあげるからね」
「あっ!」
都築の大きく分厚い手がパンツの中に突っ込まれ、優しく竿を掴んだ。その感触だけで、俺は軽く体を仰け反らせてしまう。まだ掴まれただけなのに。それだけで陰嚢が持ち上がり、内腿が痺れた。もうこの時点でヤバいのに、都築は静かに手を動かし始める。
「凄い、キスしただけなのに先走りでヌトヌトだ。お陰でローション要らずだよ」
「や、止めっ」
「そんなこと言って、ここで止めていいの? 本当に? 私の手の中でどんどん固くなっていってるよ」
「言っ、言うなよ、馬鹿ぁ!」
しかし、どれだけ嫌がってみせてもそれは紛れもない事実だ。実際に都築の手の中で俺のペニスはどんどん元気になっていっている。無理もない。だって、他人に手コキされるのなんて、初めてなんだから。予測できない動きで性感帯をもろに刺激してくる他人の手は、信じられないくらい大きな快感を運んでくる。きー君にはこんな事、された事ない。
都築の手は俺の先走りでもうグショグショだ。少し動かすだけで耳から犯されるような猥りがましい水音がたつ。悔しいがとても気持ちがいい。腰がビクビク震え、許容量を超えた快感を何とか逃そうと足をバタバタさせる。しかし、身動ぎも満足にできない程シッカリと拘束された体ではそれも難しく、殆ど間髪入れずに易々と甘イキしてしまう。
「あ、ああっ、んぅ! も、止めろぉ……!」
「凄い、先走りが止まらないね。私の手、そんなに気持ちいい? 喜んでもらえて嬉しいなぁ」
「やぁ、も、駄目……! ちゃんと、イキたい……!」
俺が散々前を刺激されても甘イキしかしないのには理由がある。イかないのではなく、イけないのだ。どういう事かというと、俺は男ながらももうスッカリ抱かれる側の雌の体になってしまっているので、前だけ擦っても達せないのである。ちゃんとイク方法といえば唯一、後ろに突っ込まれてガンガン突き上げて貰う。それだけ。
メスイキの深い快感を知ってしまっている俺からしてみれば、前だけで行われる甘イキだけでは、何もかもがもどかしくて物足りない。されればされる程、もっとその先が欲しくなって後ろが疼いてしまう。あと一押しが届かない事に俺はもう気も狂わんばかりで、恥も外聞もかなぐり捨てて発情期の犬みたいに腰を振る。都築の事をあれ程拒んでいた筈なのに、そんな事もう頭から吹き飛んでいた。
「ゔぅ、ゔー……」
「あーあ、トロトロに蕩けて凄い表情。目が涙で潤んで、口なんて半開きで、顔も真っ赤で……。気持ちよくなっちゃってるの丸分かりだ。最初はあんなに嫌がってたのにね?」
「だ、だって。お前が、気持ちよくするからぁ……!」
「ごめんごめん、責めてるわけじゃないんだ。いいんだよ、気持ちよくなって。でも……。少し、妬けちゃうな。感じやすいのは嬉しいけど、それって、ここまで君の体を開発した誰かがいる訳だろう? 例えば、例のきー君とか。本音を言えば、私が君を開発したかったな」
「……違う」
「へ?」
「普段は、こんな感じたりしない。こんな風になったの、お前が初めてだ……!」
いつものきー君相手の俺のセックスは、自分で後ろを解して濡らして準備万端にしてから、きー君に突っ込んでもらって彼が気持ちよくなる事を最優先に後ろを締め付けている。こっちが気持ちよくなるのは二の次三の次。俺が気持ちよくなるのはきー君が気持ちよくなる事の副産物で、イケない事も多かった。
だから、こんな風に優しく体を蕩かされる感覚は初体験。こうされると感じ過ぎて粗相したみたいに先走りが止まらないのも、体が言うことを聞かず跳ねまくるのも、自分では知らなかった。都築の丁寧な前戯はもどかしいながらも丁寧に快感を上乗せしていくようで、未知の領域に足を踏み入れそうになる。
「……ハァーッ。君って奴は、無自覚で言ってるのかい? だとしたらかなりタチが悪いぞ。そんな嬉しい事を言われて止まれる程、私も人間ができてはいないからな。……ローション、どこ? ベッドの傍に置いてない?」
「え。ベッドサイドテーブルの、1番上の抽斗だけど……」
俺の言葉を聞くや否や、都築は俺の腕の拘束を解き、その手でベッドサイドテーブルの抽斗を開けた。拘束が少し緩んだ訳だが、俺は逃げ出そうとはしなかった。ここまで降り積もった快感に力が抜けていたのもあったし、正直この先への期待でどうにも動く気になれなかったからだ。都築はチラッと引き出しの中を覗いて、忌々しそうに顔を歪める。
「ローションとゴムばっかだな。どんだけきー君とやらとヤリまくってたんだ。ていうか、きー君ゴムは付けてくれてたんだな、何だかんだ君の事大切にしてたんだ」
「いや、それはきー君が万一俺が病気持ってたら移されたくないからって付けてただけで……。ローションも、きー君あんま気にしてくれないから切れたりしないように自己防衛の為に置いてある……」
「……とことん屑だな、君の彼氏。ま、君の事は私が寝盗るから、その立場も今限りだけどね。これから先、君の彼氏の座は未来永劫私のものだ」
そう言って都築はローションのボトルを取り、片手で簡単に蓋を開けた。そこで一旦ペニスを掴んでいた手を外し、その掌にボトルの中身をぶちまける。ローションを温めながら手に馴染ませているらしく、湿った音が聞こえてきた。寂しくなったペニスに思わず身震いすると、目ざとくそれを察した都築がウッソリと微笑みかけてくる。
「何だい? そんな物欲しそうな目で見て」
「別に、そんな……」
「前は沢山弄ったから、今度はこっちの番だよ」
その言葉と共に都築は、温めたローションてヌメリけを帯びた指で俺のアナルを啄いてきた。あ、遂に。遂にそこに入れてもらえるのか。期待感と高揚感で、体が芯から痺れる。ウズウズと身動ぎする俺に優しく微笑みかけながら、都築は静かに指を進めた。
「ん、くぅ……!」
熱くて太い、都築の指。きー君の比にならない。それは優しく俺の中を割り開き、ユックリと奥を目指していった。途中途中でクニクニと内壁を押し込み、刺激するのも忘れない。その動き1つ1つが気持ちよくて、俺は自由になった手で逆手にシーツを掴み、体をビクビクと痙攣させる。最早都築の指で中を探られる感覚にだけしか意識が向かない。それ以外を気にする余裕がなかった。そんな時の事だ。都築の指が、そこに到達したのは。
「っ! あー! やっ、嘘、駄目ぇ!」
「おお、男にも中で気持ちよくなれる所があると聞き齧っていたが、本当だったんだな」
「な、何感心して……っ! んんぅっ! やっ! グ、グリグリしちゃ、嫌っ!」
「分かった、もっと優しくする。こう?」
「あぅ、そ、それも、駄目ぇ……! 気持ち、良過ぎる、からぁ……!」
馬鹿馬鹿馬鹿っ! 確かにグリグリすんなとは言ったが、前立腺をそんなソフトタッチで擽るみたいに触る奴があるか! 後ろを使う分、もどかしさが手コキの倍以上だ! 最早制御できなくなった体が快感で勝手に丸まろうとする。しかし、それはできない。都築の野郎が俺の体をヤンワリ押さえ込んでいやがるせいだ。逃しきれない快感で半泣きになっている間に、中に突っ込む指の数を増やされる。
さっきの台詞を聞く限り都築は男と寝た事がないみたいだが、本当か? 今度は前立腺を2本の指で挟み込んで揉んできやがった。それに俺が声にならない悲鳴を上げて悶えていると、3本に増やした指で中を大きく広げられる。その動作1つ1つに、俺は面白いくらいに感じて嬌声を上げ、身悶えをした。
「ひぃ! んぁっ、うぅ……。も、もっとぉ……。もっと、欲し……」
「とうとう嫌がらずにお強請りしてくれたね? 嬉しい。お望み通り、もっとしてあげる。悪いけど、きー君のゴムじゃ小さくて入らないから、生でヤらせてね? 大丈夫。後でちゃんと綺麗にしてあげるから」
「ふぇ……? んうぅっ!?」
素早く俺の中から指が引き抜かれ、その事をどうこう思う前に、指の代わりと言わんばかりにもっと熱くて重量のある固いもの後ろに当たり、その先端が潜り込んだ。見なくても分かる。都築のペニスだ。驚いて背中を弓形にしならせ、目を見張る俺の体に、都築が密着して覆い被さってくる。そのままシーツを握っていた手を上から握りこまれ、強引に恋人繋ぎにさせられた。
でも、嫌じゃない。薄いパジャマ越しに感じる都築の裸も、隙間を殺すように強く握られた手も、全部気持ちが良かった。今自分が、圧倒的に上位の雄に成すすべもなく犯されているのだという事を思い知らされるようで、堪らなく興奮する。俺と体をくっつけた都築は、深く息を吐きながらユックリと腰を進め始めた。
「くぅ、あ、あぁ……」
「ハァ、凄い締め付け……。なのに柔らかくて、絡みついて、離してくれない。とっても気持ちいいよ。君はどう?」
「ん、気持ち、ぃ。気持ちいぃよぉ……!」
「あー……可愛い……。堪んないな……動いてもいい?」
「ん、いい、から。奥、ゴンゴンしてっ。早くぅ!」
「またそんな事言って。……どうなっても知らないからな?」
1度奥まで行った都築のペニスが、ズルリと引き抜かれて入口付近まで戻ってくる。そうしてまた奥へ、また手前へ、抽挿は繰り返され、だんだんとスピードを増していった。ペニスの固くて丸い先端が前立腺を擦りあげる度、大きく張ったカリ首で中を抉られる度、腰から全身に大きな快感が伝播し、脳裏で白い光がスパークする。さっきまでは何とか耐えていたけれど、もう駄目だ。俺は頭を振り乱して泣き喚き、都築の下で大暴れするようにして善がった。
「ひぃ、ん、やっ、らめぇ! こんなの、知らないっ!」
「んー? 何が知らないの?」
「こんなっ、太いのも、な、長いのも、硬いのも……っ! 知らな、い、のにっ! こ、こんなに……! 気持ち、よく、なっちゃって……!」
「……本当、君って奴は……。態とじゃないから尚更タチが悪い」
「やぁっ! 激しくしないで! 始めて、なのにっ!」
俺はもちろん処女じゃない。むしろきー君とはヤリまくってて、結構こういう事には慣れている。その筈、なのだが。きー君とは比べるのも可哀想になるくらい、都築はペニスも手管も凄くて、大きく突き上げられてしまえば俺はヒィヒィ喘ぐことしかできなくなる。快感でペニスから溢れ出た諸々の液体は、腹を汚すだけでは収まらず零れて周りのシーツまで濡らした。
「ほら、聞こえる? 君、腹の上も後ろもグッチャグチャで、私が腰を振る度に物凄いいやらしい音がしてる」
「い、言わないで……!」
「恥ずかしいの? でも、本当の事だよ? 君の薄いお腹の形が変わる程中から激しく突かれてるのも、私に犯されて君が気持ちよくなっちゃってるのも、全部ね。あーあ、こんなのでこれから先、きー君で満足できるのかなぁ? どうする? きー君の粗チンじゃこんな奥掠りもしないよ? こうして君の中を張り裂けそうなくらいパンパンに満たしてあげられるのは、私だけだ」
言いながら都築は、深く差し込んだペニスの先端で奥をグリグリしたり、ミッチリ嵌りこんでいる事を知らしめるように円を書いて腰を動かしたり。その全部に俺はもう気持ちが良すぎて意識が飛びそうだ。しかし、後一歩が足りない。なんというか、もう少しでトべそうなのにいい所……前立腺への刺激を避けられている気がする。なんだこれ、態とか? ギリギリのところでこっちは引き止められて死にそうなんだけど! 堪らず俺は、都築にお強請りをする。
「も、早く、イかせろ……!」
「えー、でも君、未だ私の名前すら呼んでくれないしなぁ」
「な、何を」
「流石にさっき聞いたばっかりだからまだ覚えているでしょう? 私の名前を呼んで、恋人になるって言ってくれたらイかせてあげる」
「何、馬鹿なこと言って」
「強情なのも可愛いけど、言わなかったらずっとこれが続くよ?」
「っ!? やぁ! あっ、あっ、んんぅ!」
途端に激しくなる抽挿。ガックンガックン大きく体を揺さぶられ、深く突き刺されるせいで腰骨が砕けそうだ。ただ、激しさは増しても乱雑になったということはなく、痛みはない。それどころかむしろ快感は増すばかり。都築のペニスは今まで意識したこともなかったような最奥に悠々と辿り着き、コツコツとそこを啄いてくる。もうそれが気持ちいいやらもどかしいやらで、大きな快感に気絶する事もできないまま俺は気が狂いそうになった。
「ほら、私の名前、呼んで? 早く早く。それとも、忘れちゃった?」
「つ、都築……! 都築、だろ?」
「苗字じゃなくて、名前で呼んでよ」
「八尋!」
「そう、上手。それじゃあ、君の名前も教えて?」
「創一……! 中務、創一!」
「フフッ、有難う。これでようやく創一の名前を呼べる。それで、創一は私になにかお願い事があるんじゃないのかな?」
「早く、イかせ」
「もう、違うでしょ?」
「んあぁっ!」
都築……八尋が、俺の外耳を食んだ。突然外耳を熱く湿った口内に含まれ、その感覚に俺は足をピンッと伸ばして体を震わせた。今のでイッてもいいようなものだけれど、後ろを使うメスイキが体に染み付いているので駄目だった。イキたくてイキたくて、クパクパと自分の尿道が口を開き、陰嚢が持ち上がって、内腿がビリビリと痺れる。
しかし、そこまでいっても矢張り達せない。今や俺の体は完全に八尋の手の内だ。オーガズム1つ自己管理できない。八尋のペニスで突いてもらわなければ、どうにもイケそうになかった。
「ほら、さっきも言った筈だよ。なんて言うの?」
「お、俺を、八尋の恋人に、して……。それで、八尋の大きいペニスで、後ろが閉じなくなっちゃうくらい、嵌めて嵌めて嵌め倒して……!」
「そこまで言えとは言ってないけど……。でも、自発的に言ってくれたんだからいいよね? それじゃぁ、お言葉に甘えて」
「ひっ!?」
八尋が大きく腰を引き、俺の中からペニスを引き出す。そして次の瞬間、勢いよく中に突き刺してきた。固く張り出したカリで、内壁を余す事なく抉り擦られていく。勿論、1番感じる前立腺もだ。1番敏感な性感帯を強く刺激され、あまりにも大きいその快感に体が反応して後ろも喉も締まり、悲鳴すらまともに上げられない。
しかも、それだけではなかった。あっという間の早業で先程まで啄いていた最奥の壁に辿り着いた八尋のペニスは、その先端をグリグリ押し付けてきたかと思ったら、どんどん圧力をかけてくるではないか。こいつのペニス、そんなに長かったのか! まあ、それも納得の体格と太さだけど……。いや待て、それよりも問題なのはペニスの挙動だ。このまま押し付けられ続けたら、入っちゃいけないところに入ってしまうんじゃ……。でも、まさかそんな事はないよな? いくら八尋のペニスが長いからって、結腸ブチ抜くなんてそんな事……。
しかし、そのまさかだった。耳元で小さく息を詰める音がしたと思った、次の瞬間。八尋はグッと腰を推し進め、そのまま一気に俺の結腸をこじ開けたのだ。
「カハッ……!」
体の奥の知らない場所が開き、ゴキュッと鈍い振動と共に立てて八尋のペニスを飲み込む。俺の尻と八尋の腰がぶつかって、バチュンッと大きく肌を打つ音がたった。同時に体の奥から溢れ出る、途方もない快感。ヤバい。何これ。滅茶苦茶気持ちがいい。瞬間的に全身を襲う、骨を砕くような、血管に沸騰した砂糖水を流し込むような、細胞1つ1つを震えさせるような、そんな感覚。あまりの気持ちよさに俺は、ただ大きく目を見開いて全身を硬直させることしかできず、息する事すら疎かになった。
それと同時に強ばった体は後ろを締め付ける。勿論、そこに嵌りこんだ八尋の大きなペニスも。俺がイッたせいで訪れた締め付けで、八尋も気持ちよかったらしい。耳元で色っぽく唸りながら体を屈め、握っていた俺の手を離し空いたその腕で俺の身体を掻き抱く。密着した奴の大きな体が震え、それと同時に腹の中に熱い飛沫が飛び散った。
「うっ、ぁ、ふぅん……」
「私の射精の衝撃でも感じてるの? 中出しされたのは初めて?」
「ん、初めて……」
「そう……。創一の初めてが貰えて嬉しいな」
自分以外の熱を受け止めた腹を感慨深く撫でていると、視界にあった八尋の顔がこちらに迫ってくる。そちらに視線を向ければ、互いの唇が合わさった。粘膜の表面をペロリと舐められる。先程は少々拒んだが、今度は違う。気がつけば俺の方から、夢中になって八尋の唇にチュウチュウと吸い付いていた。
夢見心地で八尋と唇を合わせ続ける。角度を変え、深さを変え、何度も何度もついばんだり。先程達した余韻が残っているからか、それとも八尋相手だとただ単にキス単体ですらも気持ちがいいのか、またもや緩い快感が湧いてくる。甘い疼きを覚え始めた腰を捩れば、合わさっている八尋の唇が笑みを作った。
「もう一度するかい?」
「……したい」
「よしよし、可愛い恋人の頼みだ。創一が求めてくれる限り、いくらだってしてみせよう」
「あー……。その、俺達が恋人になったってのは、決定事項なのか?」
「今更取り消しは効かないよ?」
笑顔で、しかしどこか恐ろしさを感じさせる表情を八尋はこちらに向ける。チャッカリ腰を動かして、俺の中を刺激するのも忘れていない。そうする事で俺に先程までの交わりの素晴らしさを思い出させ、離れ難いという気持ちが沸き起こるように促しているのだろう。結合部から小さく水音が立ち、熱の冷め切っていない体の奥にまた快感の炎ががつき始めた。
「だ、だけど……。こんな、浮気みたいな形で乗り換えるのは不誠実だ……」
「本当に不誠実な奴相手に真面目だな、創一は。でも、安心して。君はきー君を裏切るんじゃなくて、私に略奪されるだけだから。創一は私に無理矢理体で落とされただけ。悪い事にはならないよ。それに、もう私の体なしでは生きてけないでしょう?」
「それは……。そう、だけど……」
「なら、ここはもう素直に寝盗られておいちゃいなよ。きー君には私から創一を取り返す実力も度胸もないだろうし、きー君以外だけじゃなく他の誰かに創一を渡す気もないから、君は心置きなく私を愛し、私に愛されてさえいればいいんだ」
言いながら八尋は腰を揺すり続け、更には俺の首筋にチュムチュムと吸い付いてくる。その優しい愛撫に吐き出す息が震え、先程はメスイキしたせいで馬鹿になり、壊れた蛇口みたいによく分からない液体を吐き出すだけだった俺のペニスが、硬度を取り戻し始めた。思わず八尋の広い背中に手を回し縋りつけば、首を下から上へネットリと舐め挙げられ、鼻にかかった甘え声が漏れる。
「も、分かった。分かったから……。煽ってないでちゃんと抱いてくれ。八尋とのセックス滅茶苦茶気持ちよかったから余韻が凄くて、そうやって少し刺激されるだけで思い出しちまって辛いんだ」
「勿論、仰せのままに。今は未だ創一は目先の肉体的な快楽に流されただけだろうけど、恋人になれたからには絶対に心も落としてみせるから、そのつもりでね?」
「……期待せずに待っとくわ」
「安心して。自分で言うのも変だけど、私仕事はかなりできるんだ。狙った獲物を逃がしたことがない。生まれて初めてできた愛する相手なんだ。絶対にモノにしてみせるよ」
ニンマリと笑った八尋が、顔を近づけてキスを落としてきた。触れ合うだけのそれは直ぐに深いものに変わり、同時に腰に回されていた奴の手が俺の全身を弄り始める。抽挿も再開し、出したばかりなのに固いペニスで穏やかに中を抉って来られればもう堪らない。体制を立て直す為かキスが解かれれば空いた口で喘ぎ声を漏らし、熱で潤んだ瞳から悦楽の涙を流せばそれを優しく吸い取られた。そうして最早つい先刻まで世界一愛している筈だった元恋人の事など完璧に忘れ、俺は新しい恋人との情事にズブズブと沈んでいくのだった。
今まで経験したこともないような猛アタックをされ、俺が身も心も八尋のものになるまで、後一月足らず……。
そして後日。
『もしもし、創一? なんかお前の家空き家になってるんだけど、どういう事? 彼氏の俺に何の相談もなく引っ越すとか、巫山戯てんのか? こないだ行くって連絡して結局ドタキャンした事怒ってんの? その後も今まで連絡し忘れたもんな。にしてもこれは酷くねぇ? 舐めた真似してると別れるぞ。それが嫌だったら詫び金払え。そうだな、蒟蒻1つ分くらいはもらおうかなぁ……』
「あー、きー君。久し振り。別れてくれるの? そりゃぁ良かった。ちゃんと別れ話しなきゃとは思いつつも今の彼との毎日が楽しくて後回しにして、ついつい忘れちゃってたから、君から言い出してくれて助かった。変に揉めなくて安心したよ」
『……は?』
「お家引っ越した事も伝え忘れてたね。ごめん、ビックリしたでしょう? 今の彼と同棲するから、そこは引き払ったんだ。きー君はある意味彼との恋のキューピットだから、ちゃんと言うべきだったね」
『は……? え……?』
「今まであげたお金とか物は返さなくていいよ。俺が好きであげたものだったし、なくても困らないから。それに、今の彼がプレゼント大好きでね。しょっちゅう色んな贈り物をしてくれるから、余分な物を持ってる余裕がないんだ。お金だって俺自身の収入もあるけど、彼が親の会社を乗っ取って無能な金食い虫達を一掃したから、新体制になって彼の収入がかなりアップして沢山あるんだよね。手切れ金代わりだと思って受け取って」
『……』
「あ、それとね。今自宅のリビングに今の彼と一緒に居るんだけど、彼がきー君に何か少し言いたいみたいだから代わるね?」
「もしもし? きー君か? どうも。創一の恋人の、都築です」
『あ、あんた……』
「やあ、いきなり済まないね。君の元恋人、私が貰ってしまった。でも、あれだけ雑に扱ってたんだから、別に構わないよな? こんなにも魅力的で恋人思いの素敵な人を譲ってもらえて、大変感謝しているよ。君が当て馬になってくれたお陰で、私は最愛の人を手に入れられた。略奪する形になってしまったけれど、そこまで執着しているようには思えなかったし、いいだろう? いやぁ、ライバルがヘナチョコで本当に助かったよ」
『おま、おま……』
「今日は創一と1日デートなんだ。申し訳ないけど、ここら辺で話は切り上げさせてくれ。それじゃあ、きー君。君も新しい恋が見つかるといいね。ま、創一以上の誰かなんて、見つかりっこないだろうけど。元気でね」
『あ!? ちょ、待っ』
プツッ、ツー、ツー……。
きー君は俺の恋人、なんだけど……。向こうはそうは思ってないかも。彼にとっての俺の認識は性欲処理機能のついたATM、といったところか。丁度1年前失恋してヤケになって、お相手探しに繰り出したバーで、向こうから声をかけてきてくれたのが彼との出会いのきっかけ。
ゾッコンだった恋人に『あなたと一緒に居るより私1人で居る方が色々と楽だわ!』って振られて傷心だったところに現れた、俺を必要としてくれて存分に甘えてくる年下のきー君は、とっても可愛く魅力的に思えたのだ。1回寝ちゃったらそのままズルズルきー君が俺を頼るようになっていて、気がつけば俺が彼に甘えられるがままに金やら何やら援助する今の状態の完成だ。この関係性を他人に話せば決まって『いいように利用されている』と言われるが、構うもんか。俺は愛されるより愛したい側の人間だからね! 世話の焼き甲斐のある恋人はドンと来いだし、むしろ大歓迎!
そのきー君からの連絡はこうだ。タイトルなしのメール本文に『準備しとけ』。それだけ。なんてシンプル。単純明快この上ない。この場合きー君の言うところの『準備』とは、お小遣いか食事か風呂か寝る場所かセックスの、そのうちどれかかもしくは全部の準備の事だ。きー君の意図を上手く汲み取れたらいいんだけど、残念ながら俺には気まぐれな彼の気持ちを完璧に察する能力はない。まあ、全部準備すりゃどれか嵌るだろう。数打ちゃ当たるだ。サッサと帰って準備しよーっと!
ああ、きー君に会えるのはいつぶりだろう。彼は自分の気分が向いた時しか俺と会ってくれないから、来る時と来ない時の差が激しい。最近は就活で忙しいらしくってあんまし会って貰えなかった。実に2週間ぶりの再会だ。俺のところに来るってことは就活一段落したのかな? それとも息抜き? ま、会ってくれるなら何でもいいけど!
スキップしながら自宅マンションのエントランスに入り、コンシェルジュに上機嫌で挨拶をしてから、エレベーターに乗り込む。押したボタンは高層階。住んでる場所からお察しの通り、俺はなかなかの資産家だ。元々在宅寄りのシステムエンジニアで収入自体多いんだけど、昔気紛れで買った宝くじが当選して小金持ちになり、それを元手に投資したり資産運用したらどれも大成功。あっという間に長者番付の仲間入りだ。
元々が庶民なのでお金は貯めるだけで使う宛もなく、細々と生きていたのだが、俺の資産目当てに近寄ってくる輩が多過ぎてセキュリティバッチしの高級住宅に引越し、職も本格的に在宅に切り替えることになった。まったく、金なんてないと困るけどあっても困るものなんだな。ま、今はきー君に貢ぐという立派な目的があるから、お金はどれだけあってもいいんだけどね! ああ、きー君のご両親が躾に厳しくなかったら、もっと大手を振ってきー君に貢げるのに。これ以上生活が派手になると親に援助を受けてるのがバレるから、と俺からの援助を精々ほんのお気持ち程度にしか受け取れず、不貞腐れているきー君が可哀想だった。
と、そんな事を考えているうちに目的の階にたどり着いたぞ。遠くの酒場で飲んでて帰ってくるのに時間がかかっちゃったから、きー君の来訪までに残された時間は少ない。サッサと諸々の準備を……ん? なんだ、あれ。なんか、絨毯張りの長い廊下の、俺の部屋の扉の前に、なにか黒いっぽいものが落ちてるような……?
恐る恐る近づいてみると、どうやらそれは男物のスーツ1式のようだった。しかし、それを身につけるべき中身の方は見当たらない。空っぽのスーツが、俺の家の前にポンッと捨てられている。え、なんで? 某怪盗3世がベッドにダイブした後の残りみたいなそれに、疑問符しか浮かばない。不思議に思いながらも、恐る恐るそれに近寄る。
と、ちょうど俺が自分の家の扉の前、中身が行方不明のスーツの横合いまで来た時。突然スーツの山が動いたではないか! ギョッとして少し後退る。え、何!? このスーツ生きてんの!? 警戒する俺の目の前で尚もスーツはモゾモゾと動き回り、ズルズルとこちらに向かって這ってきて……。本格的に恐怖を覚えた俺が踵を返そうとしたら。
「キュ……?」
「っ!?」
ピョコン! とスーツの中から出てきたそれに、俺は声もなく息を飲む。ポワポワとした茶色い毛。キュルンッとこちらを見つめる真っ黒い目。開いた口からチョコンと覗くピンクの舌先。フワフワの毛玉にしか見えない体はコロコロとしていてとても庇護欲を唆る。スーツの中から顔を出したのは、なんともまあ可愛らしいポメラニアンだった。
中身の無い服と、それに包まれたポメラニアン……。こ、これはもしや……『ポメガバース』というやつか!? 許容量を超えたストレスが溜まると、ポメラニアンになってしまって周りからチヤホヤされないと人間に戻れない。それがポメガバース。マジかよ、噂には聞いていたが、本当にこの目で見る日が来ようとは! 状況から察するに、俺の自宅前でスーツを着た男がストレスを溜め込みすぎてポメラニアンになってしまった……。と、考えるのが妥当だろう。そんな事ってある? 宝くじや投資の件と言い、良くも悪くも俺って本当に引きがいいな。
それにしても、どうしよう。発見者の責務として関係機関に連絡をし、然るべき先にこのポメラニアンを引き取ってもらわなければならないのだろうが、俺はこれからきー君をお迎えする準備をしなけりゃならないのに。かと言ってこの困りきった可愛いポメラニアンを見ないふりするのも罪悪感が……ん? ちょっと待てよ。
この階には1部屋が広過ぎるが故に2部屋しか部屋が存在しない。そこに住んでるのは、俺を含めて愛人稼業をやっているらしい女の人だけ。そしてその女の人の御相手は、白髪混じりのおじ様だ。おじ様のスーツの趣味は今ポメラニアンが埋まっているスーツ程若々しくないし、何より腹回りや股下の長さが見るからに違う。明らかにこのポメラニアンになった人物は、若くて体格のいい男だ。と、いうことは、まさかこのポメラニアンの正体は……。
「……きー君?」
「?」
俺の呼びかけに、ポメラニアンはコテン、と小首を傾げる。キャ、キャワワ……! 間違いない。この可愛さ、絶対にきー君だ! 彼がポメガだなんて聞いたことなかったけど、男のポメガの中には恥ずかしがって隠すのもいるらしいから、きっときー君もそうだったんだろう。ああ、きー君。就活に疲れてポメラニアンになっちゃったのかな? 可哀想! でも、何とか俺の家の前まで耐えてくれたんだね。俺の家の前まで来て安心して気が抜けて、ポメラニアンに……。ああ……愛を感じる……。嬉しい! 折角きー君が俺を頼ってここでポメ化したんだ、これは俺がお世話をするしかあるまいて!
「きー君、安心して! 俺が完っっっ璧にお世話をして、直ぐにきー君を人間に戻してあげるからね!」
言葉と共にポメラニアン……いいや、きー君に飛びつき、スーツごと抱き上げる。他に荷物はないみたい。身一つで俺のところに来てくれたのかな? それだけ俺のことが待ちきれなかったの、きー君? なんだかとっても愛を感じる!
「ッ!? ギャンギャンギャンッ!」
「もー、きー君暴れないの。君の塩対応はいつもの事だけど、抱っこの時は危ないよ?」
優しく声をかけたけれど、きー君は暴れるのを止めない。短い手足をバタバタさせ、モチモチな触り心地の体を捩り、大騒ぎだ。きー君こういう所あるんだよな。俺への対応が乱暴なんだ。その事がいつもちょっと悲しい。ま、最後には甘えてくれるから、なんでも許しちゃうんだけど! なんにせよ、きー君がポメラニアンでいる限り、彼を人間に戻すという大義名分の元、世話を焼きたい放題だ! 突如転がり込んできた思わぬ幸運に、俺はホクホクしながらポメラニアンを家に連れ込んだのだった。
「きー君、ご飯できたよ! 今日はね、きー君の好きな肉じゃがだよ! 勿論犬用! さ、食べて食べて!」
はい、あーん、ときー君の口元にちっちゃなお口でも食べやすいようにコーヒースプーンで食事を運んでやる。不服そうな顔をしながらも、きー君はそれを大人しく口に含んだ。きー君はこうして俺に世話が焼かれる事が気に食わないらしく、ちょいちょい抵抗してくるのだ。でも、食事が口にあったのか頬張って直ぐに真ん丸お目々を見張り、夢中になってモグモグしている。なんて可愛いんだ! いつまででも見ていられる!
ポメラニアン状態のきー君を拾ってから早3日。お陰様で毎日がとっても楽しい。都合のいい事に仕事は閑散期で最低限決まったルーティンを毎日こなすだけで回していけるので、空いてる時間は全部きー君に捧げている。きー君の食事を作るのとマッサージしてあげるのはいつも通りだけど、きー君がポメラニアンになってやってあげる事が他にも増えた。
例えば。今のきー君は大好きなパチにもお馬遊びにも行けないので、代わりに通販の即日配達で取り寄せた犬用おもちゃで一緒に遊んだりとか。夜になっても逃げ道を探し興奮して部屋中をグルグル歩き回るきー君をやや強引に寝かしつけたりもするし、犬用シャンプーの変な匂いを我慢してお風呂だって入れたげてる。行動理念は勿論『きー君の為』。彼がポメラニアンになろうが変わらない。
肝心のきー君はといえば、ポメラニアンになって不自由が増えてイライラしているのか、暴れている事が多くなった。ベランダに続く引き戸の硝子に体当たりする事から始まり、玄関目指して扉をガリガリやったり、クッションに噛み付いて引き裂いてしまったり、戸棚に乗ろうとして上のものを落としたり。きー君が暴れる度に俺はクッションの詰め物をきー君が吸い込まないよう片付けたり、戸棚から落っこちて割れた置物の破片を片付けたり、大童である。
俺の部屋はきー君の所業で滅茶苦茶だが、全く腹は立たない。どんな事でもきー君にされて嫌な事なんて1つもないし、きー君の俺に対する対応なんて正直いつもこんなもんだ。殴られたり蹴られたりこそしないが、憂さ晴らしに強めに小突かれるなんてもうしょっちゅうで、とっくの昔に慣れてしまった。今回はきー君の苛立ちが俺じゃなくて部屋に向かっているだけ。噛まれて体に穴が空くよりも、買い替えの効くものが駄目になるだけの方がマシだと思おう。
それに、きー君も諦めたのか落ち着いてきたのか、最近では大分大人しくなってきていた。今みたいに素直に食事の介助をさせてくれる事しかり、体に触れても唸らなくなった事しかり。途中の道のりこそ大変だったが、それでもここまで態度が軟化した。彼が俺の提供する環境を心地よく思ってくれている証拠であろう。未だ人間に戻りこそしないが、この分だとその日も近そうだ。
「ケフッ」
「きー君、残さず全部食べれて偉いねぇ。ちょっと食休みしたらお風呂入ろっか」
お腹ポンポンになって満足気なきー君をソファの上に乗っけてあげて、退屈しないようにテレビを付けてあげる。番組は勿論きー君の好きなバラエティ。きー君がテレビを見ているこの隙に、俺もきー君のついでに作った自分の分の食事を適当に掻っ込む。味わう暇はない。早く風呂の準備をしなくちゃならないからな。
きー君の分を作るついでに片手間で仕上げた料理は味も素っ気もない。ただまあ、食べられない事はないしそこまで食に拘りはないので、黙って咀嚼する。要は腹が満たされエネルギーになりさえすればいいのだ。そうして下品にならないギリギリの速さと雑さで食事をしていた俺は、気が付かなかった。きー君が企んでいるある事に。
食事を終えたら手早くお皿を洗って、乾燥ラックに入れてきー君と一緒にお風呂に入ろう。お風呂から上がったらきー君が風邪をひかないようにチャッチャと乾かす。ポメラニアンの彼、ロングコートだからね。そこが可愛い。それが済んだらきー君を寝かしつけて、残りの家事をやって……。ん?
「きー君!?」
視界の端に写った光景に驚いて、慌ててきー君の方を向く。そこではきー君がソファの背もたれから飛び降りようとしていた。いつものように俺から逃げ出そうとしたのだろうか。それで食事中の俺に気が付かれないよう、背もたれ側から脱出しようとした、と。きー君、お願いだから自分が今はちぃちゃなポメラニアンだという事を自覚してくれ! そんな高さから飛び降りたら、足を捻るし腰に負担がかかるぞ!
慌てて止めようとするも、きー君の方も俺が彼の行動に気がついた事に反応して、大きく体を動かした。それが良くない結果を招く。ツルツルした皮製のソファだったせいできー君の爪でも踏ん張りが利かず、彼は大きく足を滑らせたのだ!
そこからはもうあっという間。バランスを崩して頭から硬いフローリングに落ちていくきー君の動きが、スローモーションに見える。皿も箸も放り出して、俺は出せる限り限界ギリギリの素早さでソファの背もたれを乗り越えた。そうして受身を取る暇もなく背中を強かに打ち付けながらも、どうにかこうにかきー君と床の間に体を滑り込ませ、彼の体をキャッチする。
「っ、痛ぅ……!」
知らなかったな。人間って背中を強く打ち付けると、痛みで息ができなくなるんだ。ヒュッと細く息を吸ったまま、それ以上吐く事も吸う事もできなくなってしまう。そんな状態でもきー君の無事を確かめたくて、なんとかかんとか腕の中のぬくもりに意識を向ける。そこには唖然とした様子でこちらを見つめるきー君のまっ黒い瞳が。よかった、無事みたい。一安心して、俺は薄く笑みを零した。
「キュ? キュン、キュウ……」
心配してくれているのか、きー君が小さく鼻を鳴らす。それに俺は大丈夫だよ、と伝える為に彼の背中を優しく撫でてやった。それでも痛みで未だ喋れずにいる俺に、きー君は泣きそうに見える顔をする。犬だから、表情の変化なんて殆どない筈なのに。そうして体の状態が落ち着くまで、俺は暫くきー君を宥めながら床の上に転がっていたのだった。
明けて翌日。フローリングに背中から勢いよくダイブした俺だったが、鏡で見た感じ、結局背中は全面赤紫の酷い色になっていた。これじゃぁ湿布を貼っても貼っても間に合わないし、何より犬なので匂いに敏感であろうきー君には匂いのきついものは辛かろうと湿布は貼っていない。背中は痛むがこんなもの自然治癒するだろう。ちょっと痛いくらいで生活に支障もない。放っておけば済む話だ。少なくとも俺はそう思うのだが……きー君はそうではないらしい。
「キュゥ、キュー……」
「きー君、大丈夫だよ。無理はしてないし、ちょっと痛むだけで見た目程酷くないから」
朝食を作る俺の足元で、きー君が邪魔にならない程度に足にまとわりつきウロウロとしている。昨日までは逃げ出さないように部屋に閉じ込めておくか犬用スリングで抱っこしておくかしないといけなかったのに、凄い変わり身だ。今朝は流石に背中が痛くてスリングは使えないな、ときー君は寝室に置き去りにしようとしたら必死に着いてこようと暴れるもんだから、試しに台所に連れ込んだのだが……。どうやら背中を庇いつつもテキパキ動き回る俺の事を心配してくれているらしい。怪我の事で責任を感じてくれているのか? 俺が勝手にとちっただけだから、きー君は何も悪くないのに。
「きー君。昨日の事は本当に気にしなくていいから、ね?」
「ウゥ……」
「そんな不満そうな声出さないで。ほら、ご飯できたから食べよう?」
ご飯と口にすると、もうスッカリ俺のご飯が気に入ったらしいきー君は、尻尾をフリフリ振っている。その様子が可愛くてついつい頬が緩んでしまう。ご飯をリビングに運ぶ前に堪らずしゃがんできー君の頭を撫でれば、彼は大人しくそれを受け入れてくれる。あー、可愛い! こんな素晴らしい反応が返ってくるのなら、怪我した甲斐があったな! いそいそと食事を運び、いつも通りきー君に給餌する。
「どう、きー君。美味しい?」
「キャン!」
「素直なお返事、可愛いねぇー!」
俺に対して気を使ってくれているのか、美味しいと返事をしてくれるきー君。彼の為に怪我をしたことで前よりも遠慮がちになっている今のきー君なら、ベタベタしても怒らないんじゃないだろうか? そんな下心を元に、きー君の頭を撫でる。案の定、前なら唸って噛み付くふりをしてきた所だったのに、きー君は大人しく俺の撫で撫でを受け入れてくれた。それどころか、更に手に擦り寄ってさえきてくれたではないか! きー君がデレた! あの! きー君が! なんという進歩。なんという成長。お陰様でもう俺は彼にデレデレだ。
「きー君……! あー、フフッ。君とこうして過ごせて、俺は本当に幸せだよ」
「キャウ」
そうしている内に幸せなきー君のご飯タイムは終わってしまう。後は飯を掻っ込むだけの味気ない自分の食事だけ。マジでつまらん。サッサと済ませて次のきー君との予定をこなそう。昨日きー君を危ない目に遭わせてしまったので、今日は彼から目を離さないように食事しようと思っていたのだが……。
「キャゥン」
「ん、どうしたのきー君?」
胡座をかく俺の膝に前足をかけ、モゾモゾし始めるきー君。どうしたのだろうか。気になるものでもあるのだろうかと足を伸ばそうとするが、しかしそれに対してきー君はイヤイヤと頭を振る。仕方がないのできー君がしたいようにさせて、怪我だけはしないように見守る。
すると、きー君は一生懸命小さな体を動かし、お尻をフリフリ振って、ヨジヨジと俺の膝の上に乗ってきたではないか! 彼はどうにかこうにか俺の股座にコロン、と入り込むと、そこで暫くモゾモゾしてから落ち着く場所をみつけ、座り込む。そうして鼻先を俺の腹に埋め、フンスと満足気な息を吐き大人しくなってしまった。
「き、きー君? どうしたの、俺の膝の上に乗って。おもちゃ用意するから遊んでていいんだよ」
「フンッ」
「……そこがいいの?」
「キャン」
自分はここが気に入ってるんだから、邪魔をするな。いいから放っておけ。とでも言いたげに、きー君が俺を見上げてくる。えー、なにそれ……。若しかして、俺がきー君の動向をを気にしてるのに気が付いて、いつでも彼の安全を確認できるような状態を作って落ち着けるようにしてくれた? やだ、きー君てば俺の為に? それってスッゴク優しくない? 前までは俺の事なんて便利で丈夫な都合のいい道具くらいにしか扱ってくれなかったのに! まさか怪我1つでここまで優しくなるなんて。本当、怪我してみるもんだ!
いつものように慌てて食べて、万一きー君の上に食べかすなんて零したりしたら申し訳ない事この上ないので、この時ばかりはいつもよりも落ち着いて食事をする。その間もきー君は俺のお腹に鼻先を埋めた姿勢のまま時偶こちらを見上げる以外動かない。ただ、膝の上の小さな温もりと重みが愛しかった。こうして俺は、久し振りに落ち着いて食事を摂り、食事後もいつになく懐っこいきー君をタップリ可愛がり楽しんだ。
そして、俺がきー君を庇って怪我をした日から、彼の態度に様々な変化が現れた。反発はせず、暴れもせず、名前を呼べば振り向きもする。触っても怒らないし、歩けば着いてきて、添い寝なんかも許してくれるようになった。しかも、最近では時折ではあるものの、俺に対して威嚇するどころか甘えるような仕草まで見せてくれるようになったのだ!
いくら俺がきー君を庇って怪我をしたからって、ここまで態度が軟化するなんて。彼ってこんなに義理堅い性格だったっけ? もっと軽薄で無責任な人だと思ってたんだけど。自己都合でどこまでも俺の事を振り回す印象だったのに……。認識を改める必要がありそうだ。まあ、どんな彼でも俺は大好きなんだけどね!
「キャンッ!」
「あ、ごめんごめん。ちょっと考え事してた」
きー君の可愛らしく甲高い鳴き声で、ハッと我に返る。俺は慌てて目の前でこちらを見上げるポメラニアンに意識を戻した。ここは寝室。ベッドの上。俺はシーツの上に横たわり、同じく俺の横でくつろぎ寝る姿勢に入っているきー君の背中を撫でていた。さっきも言った通り、俺達はここのところ就寝時は一緒のベッドで添い寝しているのだ。
その際、毎晩俺はきー君の背中を撫でてやって彼を寝かしつけている。最初はなんとなく始めたこの行為だが、続けるうちに疎かになるとこのようにきー君から文句が出るまでになっていた。彼が俺の撫でだけでも気に入ってくれたようで何だか嬉しい。便利なマッサージ機の次は全自動撫で撫でマシーンだな。
それにしても、きー君は何時までポメラニアンのままなのだろう? いや別に、以前よりも穏やかなものに落ち着いた今の関係に、不満があるわけじゃない。俺は別にMでもなんでもないので扱いが以前よりも丁寧だと嬉しいし、きー君が臆面もなく甘えてくれるこの時間は何にも変え難いかけがえのないものだ。けどなぁ……。俺は身勝手だから、そろそろ人間のきー君が恋しくなってきてしまっていた。
勿論、ポワポワしたこの上なく可愛らしい今のきー君も十分に素敵だよ? 意識も懐っこい犬の方に引っ張られるのか、まるで別人みたいに前よりも引っ付いてくれる時間も増えて大満足。でも……。きー君に『目一杯君を可愛がって、元に戻す』と約束してしまった手前、いつまでもポメラニアンのままなのはちょっと申し訳ない。きー君だって、人間に戻りたいだろうし。
何よりよく考えたら、きー君今就活真っ盛りじゃん! 俺のところに来たということは一区切りついていたのかもしれないが、それでもいつまでもここでグダグダ時間を浪費している暇はない筈だ。俺が不甲斐ないばっかりに、彼の今後に暗い影を落とすことになったら、目も当てられない。一刻も早くきー君を人間に戻す算段をつけなくては。
「ヴゥー!」
と、そこでまたきー君が唸り出した。どうやら俺は、またもや気もそぞろになってきー君を撫でる手が止まってしまっていたらしい。あ、しまった。と、思った時にはもう遅い。放置されて不満が募ったきー君は、犬ながらもブスくれた表情を作り、素早く起き上がったかと思ったらそのまま俺の顔目掛けて飛びかかってきたのだ! そうしてキャウキャウ鳴きながら俺の顔に頭をグリグリ押し付けてじゃれてくる。どうやら抗議行動のつもりらしい。
「ワプッ、ご、ごめんね、きー君。許して!」
「ウー!」
「ごめんてばぁ!」
だ、駄目だ。顔に押し付けてくるもんだから、今喋ってしまうときー君のちいちゃな頭を食べちゃいそうになる。顔を逸らそうにもきー君の頭が追いかけてくるので意味がない。モフモフに埋もれて幸せだが、このままでは呼吸すらままならない!
「きー君! 止ーめーてー!」
流石にきー君の毛皮に埋もれて窒息してしまってはどうしようもないので、仕方がなく顔面から彼を引き剥がす。存外、きー君は大人しく俺の手の中に納まってくれた。ただし、恨みがましい目でジットリとこちらを見てきている。そりゃそうだ。元を正せばきー君の事を撫でる手が適当になった俺が悪いんだから。申し訳なくなった俺は、彼を胸に抱いて肩肘をつき、上体を起こしてきー君に向き直った。
「きー君! もうそれはお終い! 君は食べちゃいたいくらい可愛いけど、本当に食べちゃったら大変でしょ!?」
「グウゥー!」
「唸っても駄目なものは駄目! 聞き分けのない悪い子は……擽っちゃうぞ!」
ほーら、コショコショコショー! と、言いながらきー君を自分の体の上に乗せて擽る。きー君は体を捩って暴れるが、噛み付いたりなんかして本気で逃れようとはしない。これもお巫山戯の延長線にある、じゃれあいの1種だ。俺の思い上がりでなければ、きー君はこうして俺に構ってもらえて相当嬉しいらしい。犬なりにキャウキャウ笑って楽しそうだ。
きー君のはしゃいだ様子に調子付いた俺はヒョイッと彼の体を持ち上げて、そのモフモフのお腹に顔を埋めてウリウリと動かす。すると、きー君は益々喜んで笑う。もうスッカリ俺に身も心も許して委ねてくるきー君に、俺は確かに心が暖かくなるのが分かった。モヤモヤと悩んでいたきー君が元に戻れないという問題まで、そう深刻に考えることでもないのではないのではないかと思えてくる。
そうだ、別にきー君がポメラニアンのままでもいいじゃないか。ポメラニアンの1匹くらい俺なら余裕で養えるし、人間の時よりも穏やかになった今のきー君となら、お互い変に気を使うことなく、毎日楽しく幸せに生活していけると思う。きー君も人間で居るよりもポメラニアンで居た方が気楽に生きていけるだろうし、このままポメラニアンで居てもいいかもしれない。そうすれば、きー君はズゥーッと俺のそばに居てくれるだろうしね。
若しかすると、きー君が人間に戻れないのはなにか大きなストレスを抱えているからなのかも。思い当たることといえば……就活のこととかかな? きー君前に『一生楽して遊んで暮らしてぇ!』ってボヤいてたしね。人間に戻ったら柵が多すぎて、とてもじゃないがそんなお気楽能天気な暮らしは許されない。それが嫌で嫌で堪らなくて人間に戻れないのかも。だとしたら、俺が彼にかけるべき言葉は1つだ。
「きー君、大丈夫だよ。君が人間で居ようが、ポメラニアンで居ようが、俺は君のことが大好きだし、一生愛し続けるからね。だから、君は安心してここに居ていいんだ。君がどんな選択をしようが、俺は全力で君のことを応援するよ。俺はきっと君のことを幸せにする。その為なら何だってしてみせるよ。必要なら養ったっていいし、どんなお世話だってしてみせる。ただ君は、ここで心安らかに居てくれれば、それだけでいいんだ」
大好きで大切でかけがえのないきー君。俺にとっての彼とは、突き詰めていけばきー君が幸せなら俺も幸せなんだ、という何とも陳腐で有り触れた言葉に収束してしまう。でも、本当にそれが全てなんだ。俺はそれだけ彼のことを大切に思っている。見返りなんていらない。だって、きー君が幸せであってくれさえすれば、それだけでいいんだから。そんな気持ちを込めて、きー君のマズルの先にチュッと軽くキスを落とした。きー君の可愛いお目目が見開かれ、それを見て俺は悠然と微笑みかける。と、その瞬間。
「キュゥ……!」
「え!? き、きー君!?」
突如、体の上に乗せたきー君が唸って縮こまり、その小さな体が熱くなる。ポワポワの小さな体が苦しみ悶えているかのようにブルブル震えた。彼があげた声もいかにも苦しげで、俺は慌てて上体を起こす。
「きー君!? きー君!?」
大声で名前を呼んで揺すろうとするが、既のところでハッと思い留まる。きー君は今小さなポメラニアンなんだ。どんなに気をつけたって、具合の悪い時に少しでも揺さぶられたら大ダメージが入ってしまうに違いない。詳しく体調を調べようにも、きー君は伏せの体勢で小さくなって前足の間に鼻先を突っ込んでしまっているので、それも難しかった。
そんなきー君を放置しておけというのは土台無理な話で、なるだけ揺すらないように気をつけながらも、俺は押っ取り刀できー君の小さな体を持ち上げる。手の中の彼の体はとても熱い。固く強ばってもいる。引きつけでも起こしているのだろうか? 早く医者に見せないと。予め若しもの時の為に調べておいておいた、ポメガ専門の病院に連絡するべく、立ち上がろうとしたその瞬間。
「えっ!?」
突如、あれ程軽かったきー君の体が重量を増し、ズシリと重くなる。きー君を取り落としそうになって、俺は慌ててなるだけ優しく彼を布団の上に置いた。すると、きー君の体の震えは益々大きく細かくなり、あまりにも大きくガタガタ震えるものだから、何だか小さい筈のきー君の体がブレて大きく見える程だ。
……ん? いや待て。ブレてるんじゃなくて、実際に大きくなっていないか? きー君が居る辺のシーツも沈みこんでいってるし……。おいやっぱり気のせいじゃないぞこれ。きー君の体がどんどん大きくなっていってる。こ、これって若しかして、人間に戻りかけてるのか?
おお、遂に! 遂にか! 俺の思いが届いて、きー君が人間に戻るんだ! 正直何がきっかけになったのか分からんが、きー君が人間に戻れるのならこれほど嬉しいことはない! 俺はドキドキと胸を高鳴らせ、夢みる乙女のように胸の前で手を組んで、笑みを零れさせながらきー君の変化を見守った。
先ず胴体が大きくなって、次に手足が伸びて、次第に毛皮が消えていって……。ドンドン体積を増すきー君の体を見上げていたら、俺の視線はズルズルと上へと移動していく。きー君は伸びた手を俺の両脇につき、まるで俺に覆い被さるようにして人間に戻っていって……。
「ん?」
待って、なんかおかしくない? きー君ってこんなに大きかったっけ? 記憶の中の彼よりも、肩幅がガッシリしていて筋肉が着いているような……。体躯に恵まれていて手足が長く骨太で男らしい。西洋の血が混じってるみたいに目鼻立ちがハッキリしていて彫りが深く、色素が薄く瞳は灰色がかってる。それ等は俺の覚えているきー君の特徴とはあまり当てはまらない……。というか全く……いや、これはハッキリ言って……。
「誰だお前!?」
彫りの深い顔立ち、全体的に薄い色素、細身だが日本人離れしてシッカリとした体。全体を満遍なく具に観察しても、記憶しているきー君の特徴と合致するどころか、寧ろどこからどう見てもきー君とは無関係な見知らぬ他人にしか思えない。
え、何? どういう事? ポメガって一旦ポメラニアンを挟んで変身すると姿形が変わるの? 外見が違うだけで中身は前のままのきー君だったりする? そんなの聞いたことないんだけどなぁ。一縷の望みをかけて、俺は恐る恐るその男に声をかける。
「……きー君?」
「いや……違うけど」
「お巡りさぁーん!!!」
やっぱ違うんかい! と、言う事はだ。全裸の知らん男にベッドの上で覆い被さられている今状況は、物凄くゲンナリするものでしかない。と言うかハッキリ言って危機的状況だ。何が悲しゅうてきー君以外の人間とくっつかなならんねん。そもそも話はそこからだ。一瞬で男への認識を庇護対象から警戒対象へと変える。これに男は大慌てだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! どうして警察を呼ぼうとするんだ!?」
「あったり前やろがい! 全裸の知らん男が寝室の、それもベッドの上且つ俺の上に居るんだぞ? 通報一択だわ馬ぁー鹿!」
「全裸なのは不可抗力だし、ここに私を連れ込んだのは君の方じゃないか!」
「だってきー君だと思ってたんだもん! けど蓋を開けてみたら知らん奴だし! きー君じゃないなら要らんし! 通報されたくなかったら出てけよ!」
この家はきー君と俺の愛の巣なんだよ! 事情があろうが知るか! 全裸変態男はお断り! 何不服そうな顔しとんねん! 不服なのはこっちの方だわ!
「どうしてそんなこと言うんだ! さっき私の事を大好きだと言ってくれたし、ここに居て心安らかに過ごしてさえいればそれだけでいいとまで言ってくれたじゃないか!」
「それはお前の事をきー君だと思っていたから言った言葉だ! 言うなればきー君に向けた言葉! 断じてお前に向けた言葉ではない!」
当たり前だろうが! 誰がきー君以外にあんな甘い言葉を吐くかってんだ! ショックを受けた顔をするな! ほぼ他人の同性から愛の言葉を撤回されたくらいで傷つくなんて、お前はどんだけ繊細なんだよ!
「そのきー君とやらに向けていた言葉だろうと、実際は私に届いていたんだぞ?」
「だからなんだ? 吐いた言葉の責任取って何か要求でもするつもりか?」
「君を揺するつもりはないが……そうだな。要求に応えてれるのなら、名前を教えてくれないか? このままだと話し辛い。おっと、その前に自己紹介だな。改めまして、私は都築 八尋だ」
「あっそ」
「君は名前を教えてくれないのか?」
「誰が手前ぇなんぞに名前を教えるかってんだよ、戯け! いいからとっとと出てけ!」
俺は男……都築の事を、行儀悪くゲシゲシと足蹴にする。が、向こうはその程度ではビクともしない。相変わらずの悲しげな表情を崩さず俺のキックを余裕で受け止めやがる。ムカつく野郎だ。
「どうしてそんなに冷たくするんだ。さっきまであんなにも熱烈に、私に向けて愛を捧げてくれていたじゃないか」
「だぁーかぁーらぁ! それはポメラニアンのお前をきー君と思い込んでたから言っただけだっつうの! 勘違いしてんじゃねぇ! ンなもんきー君じゃないってんなら撤回するわ!」
「……そのきー君というのは、君のなんなんだ?」
「決まってる、恋人だよ、コ・イ・ビ・ト!」
「だが、私がここに厄介になってる間、そのきー君とやらは尋ねてくることは疎か、連絡の1つすらよこさなかったじゃないか。だからこそ君もここまで勘違いしてしまったのだろう? きー君と君は、本当に恋人同士なのか?」
「そ、それは……」
だって、仕方ないじゃんか。きー君は学生で、しかも現在就活生。色々忙しいんだよ。彼にとって都合のいい相手になるのを受け入れたのはほかでもない俺自身だし、きー君が連絡不精なのはいつもの事。でも一応恋人という立場はくれてるし、偶に優しくしてもくれるから、実態がどうであれ俺はそれでいいんだよ!
「あー、もう! ゴチャゴチャ五月蝿ぇ! 俺ときー君の関係のあり方なんて、お前には関係ないだろ! 赤の他人にとやかく言われる筋合いはねぇわ!」
「何を言ってる。ここ暫く1つ屋根の下で寝食を共にした仲じゃないか」
「不可抗力だ!」
「不可抗力でも、それは事実だ。最後の方は私たちは結構心が通じあっていたように思うのだが、違うか?」
「違いまぁーす! 全然通じ合ってませぇーん! そもそも、なんで俺の家の前なんて紛らわしいところでポメラニアンになってんだよ! 勘違いしてウッカリ拾っちまったじゃねぇか!」
全部手前ぇが悪い! と、都築を蹴りつける足にもっと力を込める。しかし、ゴスゴスと蹴られる衝撃で多少体は揺れるが、都築は動じない。こいつどんだけ鋼の肉体やねん! 打たれ強過ぎだろ! 怒り心頭に発してキーッとなる俺だったが、次に都築が口にした言葉に驚かされる事になる。
「そんな……。私は君に受け入れてもらえて、幸せにするって言ってもらえて、本当に嬉しくて嬉しくて堪らなかったのに……。生まれて初めて誰かに心の底から愛され大切にされて、最初突っぱねてたのも忘れて惚れ込んで、そんな相手から優しい愛の告白をうけて、舞い上がってたのに……。だからこそ、ポメラニアンから人間に戻ったのに……!」
「……へ?」
次の瞬間。突如、体の背面がポスンッと優しくベッドに埋もれる。どうやら都築に押し倒されたらしい。わけも分からぬまま呆然と天井を見上げていたら、顔に影がかかる。都築が体を被せてきたのだ。
「愛人に構ってばかりの父親に代わって会社を切り盛りして、それなのに周りからは七光りのボンボンだの苦労知らずの青二才だと馬鹿にされて、更には徹夜も食事抜きも当たり前。挙句の果てには緊急だって呼び出されて行ってみれば、機嫌を損ねた愛人のご機嫌取りを逃げた親父の代わりにしろって要件だったり。本当にもう、心が折れそうだった。いや、ていうか折れた。この前、丁度君の部屋の前を歩いていた時に。『何やってんだろ、自分』と考えてたらなにもかも嫌になって、気がついたらポメラニアンになっていた」
言いながら都築はあっという間の早業で俺の両手を片手だけでシーツの上に縫止め、更には動けないように体の上に乗り上げ、挙句の果てには足先を擦り寄せてきた。え、何この状況。いきなり甘い空気感を醸し出してきた都築に、俺は度肝を抜かれて目をパチクリするしかない。
「最初、君の事は勝手に私の事をきー君とやらと勘違いして監禁してくる変質者だと思っていた。一刻も早く逃げ出して、人間に戻って仕事の続きをしなければと焦るあまり、かなり反発したと思う。けれど、そんな私にもめげずに、君は手料理を振舞ってくれたり、言葉を尽くして褒めちぎってくれたり……。挙句の果てには逃げようとして高所から落ちた私を、身を呈して庇ってくれた。今まで求められるばかりで、私にここまで親切にしてくれた人は居ない。酷く弱ってるところにそんな風に優しくされて、惚れないわけがないだろう?」
そう言った都築は、今度はその美しい顔面を近づけてきて、俺の頭に自分のをスリスリと擦り寄せてくる。合間合間にリップ音を立てて軽いキスを落とすのも忘れない。更には体も寄せてきて、下半身に半端に固くなったアレの感触が……。これに俺はもう混乱を極めて絶句するしかなかった。それを意にも介さず、都築は耳に甘く言葉を吹き込んでくる。
「君はさっき、どんな私でも愛してくれると言ったね? どんな選択をしようとも全力で応援するし、幸せにするとも言ってくれた。夢みたいな言葉だ。私は今まで他人に与えてばかりの人生だったから、君が私のことを思ってくれててとても嬉しかった」
「そ、それは……。きー君がきー君であることが大前提の話で……お前に言ったわけじゃ」
「でも、あれはポメラニアンに向かって言ってくれた言葉だろう? あのポメラニアンは私だ。つまりは君からの愛の言葉は全て私のもの。簡単な三段論法だ」
「いや、無理矢理過ぎるだろ!」
「無理矢理だろうが、私はもう君の事がスッカリ好きになってしまった。今更諦めるなんてできやしない。私の恋人になってくれ」
「お、俺には恋人が」
「君を放置している例のきー君とやらか? そんな酷い奴にご執心なのかい? なら、寝盗るまでだ」
「え」
待って!? 何でこんなことなってんの!? 俺はさっきまでポメラニアンになった愛しのきー君とベッドの上でイチャイチャしてて、いやでも、そのきー君はきー君じゃなくて……? それで、目の前には都築というこの男前。俺をいとも簡単に拘束したそいつは、瞳に熱を灯し、欲情しきってこちらに迫ってくる。に、逃げなくちゃ!
俺は慌てて身を捩り、腰を浮かせてベッドの上、都築の下から逃れようとする。が、そんな事しても何にもならない。だって、両手は纏めて固定されてるし、体には都築が乗り上げてきているから。そんなんで逃げ出すことはおろか動けるわけない。むしろ腰を浮かせた事で都築の半勃ちのペニスに腰を擦り寄せる事になってしまう。
「何? 誘ってるの?」
「あ、違っ」
おい馬鹿止めろ! 違うつってんだろ! 息を荒くするな! 下半身を押し付けるんじゃない! この手を離せ!
嫌がって暴れるが、体格で負けている相手にマウントを取られているのにどうにかできる訳もなく。結局、俺は都築からの唇へのキスを許してしまう。声を出していたせいで唇は半端に開いており、そこに都築は当然といった様子で舌を捩じ込んでくる。
舌に噛み付いてやろうかとも思ったが、そんな考えは瞬く間に蕩けて消えてしまった。何故って、都築のキスが上手すぎるのが悪い。最初に丁寧に俺の舌を吸い出して、絡めてくる。粘膜の触れ合いをタップリ楽しんだら、歯列をなぞってあちこち擽ってきやがった。角度を変えつつ互いの熱と柔らかさを相手に刷り込んでいって……。仕上げに上顎を舐められればもう駄目だ。気がつけば、俺は体から力を抜いて都築のキスを受け入れていた。
こんな甘い前戯、きー君にしてもらった事ない。というか、よく考えたら俺最中に彼とキスすらした事ないかも。いつもきー君が気持ちよくなるのが最優先で、だったら中に入れてもらって締め付けることが必須で、キスは必要なかったから。俺はいつも道具だった。こんな、1人の人として大切にされ、扱われるようなセックスはしたことない。俺に施される都築の手管はとても気持ちよく、ついつい夢見心地になってしまう。
「フフッ……。トロトロになってる……。可愛いなぁ」
「か、可愛くなんか」
「可愛いよ。キス1つで体をビクビク跳ねさせるところも、腰をモジモジ動かすところも、気持ちよくなっちゃってここを反応させてるところも、全部ね」
そう言って都築は、空いている方の手でスルリと俺の股間を撫で上げてきた。都築が触れてきたそこは、信じられない事にキスだけでスッカリ勃ち上がっている。
「嘘、何で」
「私のキスで感じてくれたんだね。嬉しいな。その期待に応えて、これからもっと気持ちよくしてあげるからね」
「あっ!」
都築の大きく分厚い手がパンツの中に突っ込まれ、優しく竿を掴んだ。その感触だけで、俺は軽く体を仰け反らせてしまう。まだ掴まれただけなのに。それだけで陰嚢が持ち上がり、内腿が痺れた。もうこの時点でヤバいのに、都築は静かに手を動かし始める。
「凄い、キスしただけなのに先走りでヌトヌトだ。お陰でローション要らずだよ」
「や、止めっ」
「そんなこと言って、ここで止めていいの? 本当に? 私の手の中でどんどん固くなっていってるよ」
「言っ、言うなよ、馬鹿ぁ!」
しかし、どれだけ嫌がってみせてもそれは紛れもない事実だ。実際に都築の手の中で俺のペニスはどんどん元気になっていっている。無理もない。だって、他人に手コキされるのなんて、初めてなんだから。予測できない動きで性感帯をもろに刺激してくる他人の手は、信じられないくらい大きな快感を運んでくる。きー君にはこんな事、された事ない。
都築の手は俺の先走りでもうグショグショだ。少し動かすだけで耳から犯されるような猥りがましい水音がたつ。悔しいがとても気持ちがいい。腰がビクビク震え、許容量を超えた快感を何とか逃そうと足をバタバタさせる。しかし、身動ぎも満足にできない程シッカリと拘束された体ではそれも難しく、殆ど間髪入れずに易々と甘イキしてしまう。
「あ、ああっ、んぅ! も、止めろぉ……!」
「凄い、先走りが止まらないね。私の手、そんなに気持ちいい? 喜んでもらえて嬉しいなぁ」
「やぁ、も、駄目……! ちゃんと、イキたい……!」
俺が散々前を刺激されても甘イキしかしないのには理由がある。イかないのではなく、イけないのだ。どういう事かというと、俺は男ながらももうスッカリ抱かれる側の雌の体になってしまっているので、前だけ擦っても達せないのである。ちゃんとイク方法といえば唯一、後ろに突っ込まれてガンガン突き上げて貰う。それだけ。
メスイキの深い快感を知ってしまっている俺からしてみれば、前だけで行われる甘イキだけでは、何もかもがもどかしくて物足りない。されればされる程、もっとその先が欲しくなって後ろが疼いてしまう。あと一押しが届かない事に俺はもう気も狂わんばかりで、恥も外聞もかなぐり捨てて発情期の犬みたいに腰を振る。都築の事をあれ程拒んでいた筈なのに、そんな事もう頭から吹き飛んでいた。
「ゔぅ、ゔー……」
「あーあ、トロトロに蕩けて凄い表情。目が涙で潤んで、口なんて半開きで、顔も真っ赤で……。気持ちよくなっちゃってるの丸分かりだ。最初はあんなに嫌がってたのにね?」
「だ、だって。お前が、気持ちよくするからぁ……!」
「ごめんごめん、責めてるわけじゃないんだ。いいんだよ、気持ちよくなって。でも……。少し、妬けちゃうな。感じやすいのは嬉しいけど、それって、ここまで君の体を開発した誰かがいる訳だろう? 例えば、例のきー君とか。本音を言えば、私が君を開発したかったな」
「……違う」
「へ?」
「普段は、こんな感じたりしない。こんな風になったの、お前が初めてだ……!」
いつものきー君相手の俺のセックスは、自分で後ろを解して濡らして準備万端にしてから、きー君に突っ込んでもらって彼が気持ちよくなる事を最優先に後ろを締め付けている。こっちが気持ちよくなるのは二の次三の次。俺が気持ちよくなるのはきー君が気持ちよくなる事の副産物で、イケない事も多かった。
だから、こんな風に優しく体を蕩かされる感覚は初体験。こうされると感じ過ぎて粗相したみたいに先走りが止まらないのも、体が言うことを聞かず跳ねまくるのも、自分では知らなかった。都築の丁寧な前戯はもどかしいながらも丁寧に快感を上乗せしていくようで、未知の領域に足を踏み入れそうになる。
「……ハァーッ。君って奴は、無自覚で言ってるのかい? だとしたらかなりタチが悪いぞ。そんな嬉しい事を言われて止まれる程、私も人間ができてはいないからな。……ローション、どこ? ベッドの傍に置いてない?」
「え。ベッドサイドテーブルの、1番上の抽斗だけど……」
俺の言葉を聞くや否や、都築は俺の腕の拘束を解き、その手でベッドサイドテーブルの抽斗を開けた。拘束が少し緩んだ訳だが、俺は逃げ出そうとはしなかった。ここまで降り積もった快感に力が抜けていたのもあったし、正直この先への期待でどうにも動く気になれなかったからだ。都築はチラッと引き出しの中を覗いて、忌々しそうに顔を歪める。
「ローションとゴムばっかだな。どんだけきー君とやらとヤリまくってたんだ。ていうか、きー君ゴムは付けてくれてたんだな、何だかんだ君の事大切にしてたんだ」
「いや、それはきー君が万一俺が病気持ってたら移されたくないからって付けてただけで……。ローションも、きー君あんま気にしてくれないから切れたりしないように自己防衛の為に置いてある……」
「……とことん屑だな、君の彼氏。ま、君の事は私が寝盗るから、その立場も今限りだけどね。これから先、君の彼氏の座は未来永劫私のものだ」
そう言って都築はローションのボトルを取り、片手で簡単に蓋を開けた。そこで一旦ペニスを掴んでいた手を外し、その掌にボトルの中身をぶちまける。ローションを温めながら手に馴染ませているらしく、湿った音が聞こえてきた。寂しくなったペニスに思わず身震いすると、目ざとくそれを察した都築がウッソリと微笑みかけてくる。
「何だい? そんな物欲しそうな目で見て」
「別に、そんな……」
「前は沢山弄ったから、今度はこっちの番だよ」
その言葉と共に都築は、温めたローションてヌメリけを帯びた指で俺のアナルを啄いてきた。あ、遂に。遂にそこに入れてもらえるのか。期待感と高揚感で、体が芯から痺れる。ウズウズと身動ぎする俺に優しく微笑みかけながら、都築は静かに指を進めた。
「ん、くぅ……!」
熱くて太い、都築の指。きー君の比にならない。それは優しく俺の中を割り開き、ユックリと奥を目指していった。途中途中でクニクニと内壁を押し込み、刺激するのも忘れない。その動き1つ1つが気持ちよくて、俺は自由になった手で逆手にシーツを掴み、体をビクビクと痙攣させる。最早都築の指で中を探られる感覚にだけしか意識が向かない。それ以外を気にする余裕がなかった。そんな時の事だ。都築の指が、そこに到達したのは。
「っ! あー! やっ、嘘、駄目ぇ!」
「おお、男にも中で気持ちよくなれる所があると聞き齧っていたが、本当だったんだな」
「な、何感心して……っ! んんぅっ! やっ! グ、グリグリしちゃ、嫌っ!」
「分かった、もっと優しくする。こう?」
「あぅ、そ、それも、駄目ぇ……! 気持ち、良過ぎる、からぁ……!」
馬鹿馬鹿馬鹿っ! 確かにグリグリすんなとは言ったが、前立腺をそんなソフトタッチで擽るみたいに触る奴があるか! 後ろを使う分、もどかしさが手コキの倍以上だ! 最早制御できなくなった体が快感で勝手に丸まろうとする。しかし、それはできない。都築の野郎が俺の体をヤンワリ押さえ込んでいやがるせいだ。逃しきれない快感で半泣きになっている間に、中に突っ込む指の数を増やされる。
さっきの台詞を聞く限り都築は男と寝た事がないみたいだが、本当か? 今度は前立腺を2本の指で挟み込んで揉んできやがった。それに俺が声にならない悲鳴を上げて悶えていると、3本に増やした指で中を大きく広げられる。その動作1つ1つに、俺は面白いくらいに感じて嬌声を上げ、身悶えをした。
「ひぃ! んぁっ、うぅ……。も、もっとぉ……。もっと、欲し……」
「とうとう嫌がらずにお強請りしてくれたね? 嬉しい。お望み通り、もっとしてあげる。悪いけど、きー君のゴムじゃ小さくて入らないから、生でヤらせてね? 大丈夫。後でちゃんと綺麗にしてあげるから」
「ふぇ……? んうぅっ!?」
素早く俺の中から指が引き抜かれ、その事をどうこう思う前に、指の代わりと言わんばかりにもっと熱くて重量のある固いもの後ろに当たり、その先端が潜り込んだ。見なくても分かる。都築のペニスだ。驚いて背中を弓形にしならせ、目を見張る俺の体に、都築が密着して覆い被さってくる。そのままシーツを握っていた手を上から握りこまれ、強引に恋人繋ぎにさせられた。
でも、嫌じゃない。薄いパジャマ越しに感じる都築の裸も、隙間を殺すように強く握られた手も、全部気持ちが良かった。今自分が、圧倒的に上位の雄に成すすべもなく犯されているのだという事を思い知らされるようで、堪らなく興奮する。俺と体をくっつけた都築は、深く息を吐きながらユックリと腰を進め始めた。
「くぅ、あ、あぁ……」
「ハァ、凄い締め付け……。なのに柔らかくて、絡みついて、離してくれない。とっても気持ちいいよ。君はどう?」
「ん、気持ち、ぃ。気持ちいぃよぉ……!」
「あー……可愛い……。堪んないな……動いてもいい?」
「ん、いい、から。奥、ゴンゴンしてっ。早くぅ!」
「またそんな事言って。……どうなっても知らないからな?」
1度奥まで行った都築のペニスが、ズルリと引き抜かれて入口付近まで戻ってくる。そうしてまた奥へ、また手前へ、抽挿は繰り返され、だんだんとスピードを増していった。ペニスの固くて丸い先端が前立腺を擦りあげる度、大きく張ったカリ首で中を抉られる度、腰から全身に大きな快感が伝播し、脳裏で白い光がスパークする。さっきまでは何とか耐えていたけれど、もう駄目だ。俺は頭を振り乱して泣き喚き、都築の下で大暴れするようにして善がった。
「ひぃ、ん、やっ、らめぇ! こんなの、知らないっ!」
「んー? 何が知らないの?」
「こんなっ、太いのも、な、長いのも、硬いのも……っ! 知らな、い、のにっ! こ、こんなに……! 気持ち、よく、なっちゃって……!」
「……本当、君って奴は……。態とじゃないから尚更タチが悪い」
「やぁっ! 激しくしないで! 始めて、なのにっ!」
俺はもちろん処女じゃない。むしろきー君とはヤリまくってて、結構こういう事には慣れている。その筈、なのだが。きー君とは比べるのも可哀想になるくらい、都築はペニスも手管も凄くて、大きく突き上げられてしまえば俺はヒィヒィ喘ぐことしかできなくなる。快感でペニスから溢れ出た諸々の液体は、腹を汚すだけでは収まらず零れて周りのシーツまで濡らした。
「ほら、聞こえる? 君、腹の上も後ろもグッチャグチャで、私が腰を振る度に物凄いいやらしい音がしてる」
「い、言わないで……!」
「恥ずかしいの? でも、本当の事だよ? 君の薄いお腹の形が変わる程中から激しく突かれてるのも、私に犯されて君が気持ちよくなっちゃってるのも、全部ね。あーあ、こんなのでこれから先、きー君で満足できるのかなぁ? どうする? きー君の粗チンじゃこんな奥掠りもしないよ? こうして君の中を張り裂けそうなくらいパンパンに満たしてあげられるのは、私だけだ」
言いながら都築は、深く差し込んだペニスの先端で奥をグリグリしたり、ミッチリ嵌りこんでいる事を知らしめるように円を書いて腰を動かしたり。その全部に俺はもう気持ちが良すぎて意識が飛びそうだ。しかし、後一歩が足りない。なんというか、もう少しでトべそうなのにいい所……前立腺への刺激を避けられている気がする。なんだこれ、態とか? ギリギリのところでこっちは引き止められて死にそうなんだけど! 堪らず俺は、都築にお強請りをする。
「も、早く、イかせろ……!」
「えー、でも君、未だ私の名前すら呼んでくれないしなぁ」
「な、何を」
「流石にさっき聞いたばっかりだからまだ覚えているでしょう? 私の名前を呼んで、恋人になるって言ってくれたらイかせてあげる」
「何、馬鹿なこと言って」
「強情なのも可愛いけど、言わなかったらずっとこれが続くよ?」
「っ!? やぁ! あっ、あっ、んんぅ!」
途端に激しくなる抽挿。ガックンガックン大きく体を揺さぶられ、深く突き刺されるせいで腰骨が砕けそうだ。ただ、激しさは増しても乱雑になったということはなく、痛みはない。それどころかむしろ快感は増すばかり。都築のペニスは今まで意識したこともなかったような最奥に悠々と辿り着き、コツコツとそこを啄いてくる。もうそれが気持ちいいやらもどかしいやらで、大きな快感に気絶する事もできないまま俺は気が狂いそうになった。
「ほら、私の名前、呼んで? 早く早く。それとも、忘れちゃった?」
「つ、都築……! 都築、だろ?」
「苗字じゃなくて、名前で呼んでよ」
「八尋!」
「そう、上手。それじゃあ、君の名前も教えて?」
「創一……! 中務、創一!」
「フフッ、有難う。これでようやく創一の名前を呼べる。それで、創一は私になにかお願い事があるんじゃないのかな?」
「早く、イかせ」
「もう、違うでしょ?」
「んあぁっ!」
都築……八尋が、俺の外耳を食んだ。突然外耳を熱く湿った口内に含まれ、その感覚に俺は足をピンッと伸ばして体を震わせた。今のでイッてもいいようなものだけれど、後ろを使うメスイキが体に染み付いているので駄目だった。イキたくてイキたくて、クパクパと自分の尿道が口を開き、陰嚢が持ち上がって、内腿がビリビリと痺れる。
しかし、そこまでいっても矢張り達せない。今や俺の体は完全に八尋の手の内だ。オーガズム1つ自己管理できない。八尋のペニスで突いてもらわなければ、どうにもイケそうになかった。
「ほら、さっきも言った筈だよ。なんて言うの?」
「お、俺を、八尋の恋人に、して……。それで、八尋の大きいペニスで、後ろが閉じなくなっちゃうくらい、嵌めて嵌めて嵌め倒して……!」
「そこまで言えとは言ってないけど……。でも、自発的に言ってくれたんだからいいよね? それじゃぁ、お言葉に甘えて」
「ひっ!?」
八尋が大きく腰を引き、俺の中からペニスを引き出す。そして次の瞬間、勢いよく中に突き刺してきた。固く張り出したカリで、内壁を余す事なく抉り擦られていく。勿論、1番感じる前立腺もだ。1番敏感な性感帯を強く刺激され、あまりにも大きいその快感に体が反応して後ろも喉も締まり、悲鳴すらまともに上げられない。
しかも、それだけではなかった。あっという間の早業で先程まで啄いていた最奥の壁に辿り着いた八尋のペニスは、その先端をグリグリ押し付けてきたかと思ったら、どんどん圧力をかけてくるではないか。こいつのペニス、そんなに長かったのか! まあ、それも納得の体格と太さだけど……。いや待て、それよりも問題なのはペニスの挙動だ。このまま押し付けられ続けたら、入っちゃいけないところに入ってしまうんじゃ……。でも、まさかそんな事はないよな? いくら八尋のペニスが長いからって、結腸ブチ抜くなんてそんな事……。
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「カハッ……!」
体の奥の知らない場所が開き、ゴキュッと鈍い振動と共に立てて八尋のペニスを飲み込む。俺の尻と八尋の腰がぶつかって、バチュンッと大きく肌を打つ音がたった。同時に体の奥から溢れ出る、途方もない快感。ヤバい。何これ。滅茶苦茶気持ちがいい。瞬間的に全身を襲う、骨を砕くような、血管に沸騰した砂糖水を流し込むような、細胞1つ1つを震えさせるような、そんな感覚。あまりの気持ちよさに俺は、ただ大きく目を見開いて全身を硬直させることしかできず、息する事すら疎かになった。
それと同時に強ばった体は後ろを締め付ける。勿論、そこに嵌りこんだ八尋の大きなペニスも。俺がイッたせいで訪れた締め付けで、八尋も気持ちよかったらしい。耳元で色っぽく唸りながら体を屈め、握っていた俺の手を離し空いたその腕で俺の身体を掻き抱く。密着した奴の大きな体が震え、それと同時に腹の中に熱い飛沫が飛び散った。
「うっ、ぁ、ふぅん……」
「私の射精の衝撃でも感じてるの? 中出しされたのは初めて?」
「ん、初めて……」
「そう……。創一の初めてが貰えて嬉しいな」
自分以外の熱を受け止めた腹を感慨深く撫でていると、視界にあった八尋の顔がこちらに迫ってくる。そちらに視線を向ければ、互いの唇が合わさった。粘膜の表面をペロリと舐められる。先程は少々拒んだが、今度は違う。気がつけば俺の方から、夢中になって八尋の唇にチュウチュウと吸い付いていた。
夢見心地で八尋と唇を合わせ続ける。角度を変え、深さを変え、何度も何度もついばんだり。先程達した余韻が残っているからか、それとも八尋相手だとただ単にキス単体ですらも気持ちがいいのか、またもや緩い快感が湧いてくる。甘い疼きを覚え始めた腰を捩れば、合わさっている八尋の唇が笑みを作った。
「もう一度するかい?」
「……したい」
「よしよし、可愛い恋人の頼みだ。創一が求めてくれる限り、いくらだってしてみせよう」
「あー……。その、俺達が恋人になったってのは、決定事項なのか?」
「今更取り消しは効かないよ?」
笑顔で、しかしどこか恐ろしさを感じさせる表情を八尋はこちらに向ける。チャッカリ腰を動かして、俺の中を刺激するのも忘れていない。そうする事で俺に先程までの交わりの素晴らしさを思い出させ、離れ難いという気持ちが沸き起こるように促しているのだろう。結合部から小さく水音が立ち、熱の冷め切っていない体の奥にまた快感の炎ががつき始めた。
「だ、だけど……。こんな、浮気みたいな形で乗り換えるのは不誠実だ……」
「本当に不誠実な奴相手に真面目だな、創一は。でも、安心して。君はきー君を裏切るんじゃなくて、私に略奪されるだけだから。創一は私に無理矢理体で落とされただけ。悪い事にはならないよ。それに、もう私の体なしでは生きてけないでしょう?」
「それは……。そう、だけど……」
「なら、ここはもう素直に寝盗られておいちゃいなよ。きー君には私から創一を取り返す実力も度胸もないだろうし、きー君以外だけじゃなく他の誰かに創一を渡す気もないから、君は心置きなく私を愛し、私に愛されてさえいればいいんだ」
言いながら八尋は腰を揺すり続け、更には俺の首筋にチュムチュムと吸い付いてくる。その優しい愛撫に吐き出す息が震え、先程はメスイキしたせいで馬鹿になり、壊れた蛇口みたいによく分からない液体を吐き出すだけだった俺のペニスが、硬度を取り戻し始めた。思わず八尋の広い背中に手を回し縋りつけば、首を下から上へネットリと舐め挙げられ、鼻にかかった甘え声が漏れる。
「も、分かった。分かったから……。煽ってないでちゃんと抱いてくれ。八尋とのセックス滅茶苦茶気持ちよかったから余韻が凄くて、そうやって少し刺激されるだけで思い出しちまって辛いんだ」
「勿論、仰せのままに。今は未だ創一は目先の肉体的な快楽に流されただけだろうけど、恋人になれたからには絶対に心も落としてみせるから、そのつもりでね?」
「……期待せずに待っとくわ」
「安心して。自分で言うのも変だけど、私仕事はかなりできるんだ。狙った獲物を逃がしたことがない。生まれて初めてできた愛する相手なんだ。絶対にモノにしてみせるよ」
ニンマリと笑った八尋が、顔を近づけてキスを落としてきた。触れ合うだけのそれは直ぐに深いものに変わり、同時に腰に回されていた奴の手が俺の全身を弄り始める。抽挿も再開し、出したばかりなのに固いペニスで穏やかに中を抉って来られればもう堪らない。体制を立て直す為かキスが解かれれば空いた口で喘ぎ声を漏らし、熱で潤んだ瞳から悦楽の涙を流せばそれを優しく吸い取られた。そうして最早つい先刻まで世界一愛している筈だった元恋人の事など完璧に忘れ、俺は新しい恋人との情事にズブズブと沈んでいくのだった。
今まで経験したこともないような猛アタックをされ、俺が身も心も八尋のものになるまで、後一月足らず……。
そして後日。
『もしもし、創一? なんかお前の家空き家になってるんだけど、どういう事? 彼氏の俺に何の相談もなく引っ越すとか、巫山戯てんのか? こないだ行くって連絡して結局ドタキャンした事怒ってんの? その後も今まで連絡し忘れたもんな。にしてもこれは酷くねぇ? 舐めた真似してると別れるぞ。それが嫌だったら詫び金払え。そうだな、蒟蒻1つ分くらいはもらおうかなぁ……』
「あー、きー君。久し振り。別れてくれるの? そりゃぁ良かった。ちゃんと別れ話しなきゃとは思いつつも今の彼との毎日が楽しくて後回しにして、ついつい忘れちゃってたから、君から言い出してくれて助かった。変に揉めなくて安心したよ」
『……は?』
「お家引っ越した事も伝え忘れてたね。ごめん、ビックリしたでしょう? 今の彼と同棲するから、そこは引き払ったんだ。きー君はある意味彼との恋のキューピットだから、ちゃんと言うべきだったね」
『は……? え……?』
「今まであげたお金とか物は返さなくていいよ。俺が好きであげたものだったし、なくても困らないから。それに、今の彼がプレゼント大好きでね。しょっちゅう色んな贈り物をしてくれるから、余分な物を持ってる余裕がないんだ。お金だって俺自身の収入もあるけど、彼が親の会社を乗っ取って無能な金食い虫達を一掃したから、新体制になって彼の収入がかなりアップして沢山あるんだよね。手切れ金代わりだと思って受け取って」
『……』
「あ、それとね。今自宅のリビングに今の彼と一緒に居るんだけど、彼がきー君に何か少し言いたいみたいだから代わるね?」
「もしもし? きー君か? どうも。創一の恋人の、都築です」
『あ、あんた……』
「やあ、いきなり済まないね。君の元恋人、私が貰ってしまった。でも、あれだけ雑に扱ってたんだから、別に構わないよな? こんなにも魅力的で恋人思いの素敵な人を譲ってもらえて、大変感謝しているよ。君が当て馬になってくれたお陰で、私は最愛の人を手に入れられた。略奪する形になってしまったけれど、そこまで執着しているようには思えなかったし、いいだろう? いやぁ、ライバルがヘナチョコで本当に助かったよ」
『おま、おま……』
「今日は創一と1日デートなんだ。申し訳ないけど、ここら辺で話は切り上げさせてくれ。それじゃあ、きー君。君も新しい恋が見つかるといいね。ま、創一以上の誰かなんて、見つかりっこないだろうけど。元気でね」
『あ!? ちょ、待っ』
プツッ、ツー、ツー……。
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初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

始まりの、バレンタイン
茉莉花 香乃
BL
幼馴染の智子に、バレンタインのチョコを渡す時一緒に来てと頼まれた。その相手は俺の好きな人だった。目の前で自分の好きな相手に告白するなんて……
他サイトにも公開しています

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
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