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おまけ1 前編(攻め視点)

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「なあ、ロラン。本当に大丈夫か? おかしな所はない?」
「大丈夫だってば。マルセルはそのままでも充分魅力的だよ」
「もう、そういうこと言ってるんじゃないんだってば!」
 腕を持ち上げたり、腰を捻って後ろを見たりして自分の身なりをチェックしていた恋人は、私の言葉に唇をとがらせる。彼が何を怒っているのかわからなくて首を傾げると、不機嫌顔が酷くなった。
「これからあなたのご家族との初対面だってのに、なんだよその投げやりな言い草は! 恋人の家族に少しでも良く見られて、2人の仲を存分に祝福してもらいたいという、俺の恋人心が少しもわからないのかよ!」
「ひゃめろ、頬を引っぱるにゃ」
 プリプリと怒りながら私の頬をミョンミョンと伸ばしたり縮めたりして抗議する恋人……マルセルに、形ばかりの注意をする。別に、これくらい恋人同士のじゃれあいの1つだ。この後私の頬のあまりの伸び具合に、恋人が少し機嫌を治すまでがワンセット。とうに慣れた様式美である。
「すまない、言葉が足りなかったな。投げやりに言ったんじゃなくて、本心からマルセルはいつも魅力的だと思ってるんだ。心配しなくても、おかしな所は何もないよ。髪型も、服装も、バッチリ決まってる。顔だっていい。これで言葉遣いと立ち振る舞いさえ取り繕えば完璧だ。私の家族は明るくて優しい人たちばかりだし、そんなに気兼ねしなくて大丈夫さ」
「そ、そう? なんか引っかかるセリフもあったけど、それならまあいっか」
 事実を告げて褒めてやれば、マルセルは直ぐに機嫌を直した。だが、また数分後にはソワソワし始めて全身をくまなくチェックしたがり、私に意見を求めて、何かに腹を立て、プリプリ怒って私の頬を引っ張ることになるだろう。
 別にいつもそんな風になるわけじゃない。マルセルは私より年下だが、よっぽど社会経験のある大人だ。普段は何事にも慌てず冷静な判断がくだせているし、狼狽えることはほぼないと言っていい。
 今情緒不安定なのは私の家族に会うことになって、緊張しているからだろう。私の家族に少しでも気に入ってもらいたいとあれやこれやと思いをめぐらせるその姿は、なんとも微笑ましい。
 今度は伸びすぎていないか、あるいは切りすぎていないかと、自分の両手の爪の長さを必死になってチェックし始めた。今朝私手ずからヤスリがけしてあげたんだから、心配ないというのに。
 そうやってオロオロとするマルセルを微笑みながら見ていると、私たち2人がいる部屋の扉が、ノックされた。
「ロラン様、カシニョール様、お待たせ致しました。お茶会の御準備ができましたので、応接室においでください」
「来た! ロラン、どうしよう。俺ちゃんとできるかな?」
「大丈夫、何があっても私がフォローするから、マルセルはドンと構えていればいい」
 慌てる恋人の額にチュッと軽くキスをして、腰を抱いてエスコートしながら部屋を出る。カチコチに固まって右腕と右足が同時に前に出そうになっているマルセルに、落ち着かせる意味で2度、3度とキスを重ねた。
 とはいえ、実の所私も今回の対面を不安に思っていないというと、嘘になる。
 なんせ家族とは10年余りも音信不通に近い間柄だったのだ。こうしてノコノコ尋ねてきたところで、どんな顔をされるか分かったもんじゃない。
 なら、なぜ今更になってその家族と交流を持とうとしたのか。それは、他でもないマルセルの勧めがあったからだ。
 あれはいつも通り2人で会話を楽しんでいた時のこと。何かの弾みで話題が家族の話になった際、自分は家族とは家を出て以来交流を絶っていてなんとなくきっと、これからもそうだろうと言うと、マルセルは酷く憤慨した。
 曰く、家族と触れ合うのさえ苦痛だった以前の私ならいざ知らず、対人恐怖症を克服しつつある今、便りの1つも出さないのはあまりにも不義理である。家族に何かあって連絡がつかなくなってからでは遅いのだ。自分が交流をしなくてもいいからといって相手もそうだと決めつけるのは良くない。とのことだ。
 成程、マルセルの言うことには説得力がある。私は屋敷の維持費などをはじめとした諸々の経費を稼ぐために医療系の雑誌に論文などを寄稿して小銭を稼いでいるので、その雑誌を見ることで家族は私の生存確認は十分にとれると思っていたのだが、だからといってそれは家族と連絡を取らない理由にはならない。まだ事件が起こる前の家族との団欒を思い出して懐かしく思いもする。何より、こうしてマルセルという好い人ができたのだから、紹介したい。
 さらに私を後押ししたのは、幼くして両親と死に別れたマルセルが、血の繋がりとはどんなものか知りたいと、私の家族に会いたがったから。
 そうして私は、覚悟を決めた。
 かくして、私たち2人は山の中に構えた自宅を離れ、遥々首都にある私の実家まで足を伸ばしたのだ。
 だが、ここまで来てからなんだが、本当に大丈夫だろうか。
 自分の家族を初めとした周囲の人間はとても優しい人たちだったと記憶しているが、そう判断した記憶も、もうはるか昔のこと。最後に彼等とあったのはもう10年近くも前である。離れてからは連絡先を知らせていないせいで手紙のやり取りはなかったし、かろうじて顔を合わせていた頃も、私は自分の殻に閉じこもって彼らとの接触を極力避けていたのだから、正直辛うじて全員の顔と名前が一致する程度で1人1人の趣味や人となりがどうだと言われるととても怪しい。
 なにせ私はあの事件があった5歳頃からほぼ自室に引きこもっていたのだ。家族といえど、同じ屋根の下に住んでいただけで最早他人と言われても仕方がない。そうでなくても結婚や出産で、私がいなくなった後に新しく一族に仲間入りした面々もいるのだ。人となりどうこう以前に彼等に至っては今回が初対面である。
 今回、『ご無沙汰している上に突然で申し訳ないのだが、紹介したい人がいる。ついては近々時間を作って会って欲しい』という旨の手紙に返事が来ただけでもありがたいと思わねばならないのだろう。その手紙の返事もただ『できるだけ早く来い』という内容を貴族らしく遠回し且つやんわりと告げるだけのもので、家族の心情を推量ることはできなかった。
 これで私が連れてきたのが『男』で『人間』の『恋人』だと知れたら、どうなるのだろう。全く想像がつかない。正直不安でたまらないが、何があってもマルセルが傷つくような結果にならないよう、絶対に恋人を守ろうと固く誓った。
「失礼致します。ロラン様とカシニョール様がお見えになりました」
 侍女がそう告げて扉を開ける。隣の恋人にバレないようこっそり唾を飲み込み、私は2人で室内へと足を踏み入れた。
「ご無沙汰しています。父上、母う……」
「ロラーン! 久しぶりー!」
 意を決して発した挨拶の言葉を最後まで口にする前に、モフモフとした濃い灰色の毛の塊が私たちに飛びついてきた。
「わぷっ!」
 隣にいた恋人がビックリして自分の腰に回された私の腕に手を回し、こちらに縋ってくる。その体を大事に引き寄せるが、目の前が毛に覆われていて何も見えない。
「ロランってば大きくなったなぁ、もうっ! 体つきも獣人らしくがっしりして、背丈も伸びて、立派な男になったじゃないか! 昔家を出ていった時はヒョロガリな世間知らずの本の虫で、こんなんで1人で生きていけるのかと心配してたのに、帰ってきたらこんなになっちゃって! しかも『紹介したい人がいる』だって!? どこでそんないい人見つけてきたんだよっ! お前も隅に置けないなっ! このこのっ!」
 モフモフの猛襲と怒涛のマシンガントークに何もできず、目を白黒させていると、その毛の向こうから、パンパンと鋭く手を打ち鳴らす音と、凛とした声が聞こえてきた。
「バスチアン! そこまでにしなさい。全くあなたという人は、いつもいつも直ぐそうやって飛びついて、もういい大人なんですから落ち着きというものを知りなさい!」
「そうですわ、お兄様ったら、自分ばっかりずるいです! お兄さまのせいで私はまだ可愛い弟と、弟が連れてきたお客様の顔が見えておりません! 早くそこをおどきになってください!」
「クロディーヌの言う通りだ、なんのためのお茶会だね! 2人に会いたかったのはバスチアンだけじゃないんだぞ!」
「お母様、僕、お腹がすきました」
「シーッ。静かにおし、モン・ルー。今はそれどころじゃないから、もう少し待ってね」
「挨拶を遮って途中で飛びつくなんて、バスチアンはあわてんぼうね」
「まあまあ、皆。落ち着いて。お客人が驚いているじゃないか」
 いったい何が起きている。毛に溺れたまま聞こえてくる洪水のような言葉の応酬に、私とマルセルは全くついていけていない。対人恐怖症気味の私に至っては、もうキャパオーバー寸前だ。先程何があっても守ると誓った恋人に、情けなくも抱きついてどうか早くこの毛の塊がどこかに行って視界が開けますように、と祈るばかりである。
「コラッ! バスチアン! もういい加減2人を離せ!」
「うわっ、痛いじゃないですか、アルノー兄さん!」
 鋭い言葉と共に、ようやく目の前の毛の塊が剥がされた。すかさず私は腕の中の恋人を後ろに回し、目の前の脅威から遠ざけようとする。いつもなら『なんで庇うんだ! 俺の方がロランより強い!』と抗議するだろうマルセルも、今回ばかりはまだ目を回していて大人しく従ってくれた。
「ほらみろ、バスチアン! 言わんこっちゃない! ロランがすっかり警戒して客人を隠してしまった! これで逃げられたらお前のせいだぞ!」
 そう目の前で怒っている背の高い狼の獣人は見覚えがある。先程呼ばれた通りなら、長兄のアルノー兄さん。しっかり者で、私とは7つ歳が離れている。
「だからって首筋を思いっきり掴んで引っ張ることないじゃないですか! 毛が抜けるかと思いましたよ!」
 その横で猛抗議をしているのは、先程から周りに注意ばかり受けているバスチアン兄さん。昔からいたずらばかりしていて、部屋に引きこもった私をなんとか外に出そうと、あれこれ画策して突拍子のないことをしてはその度に怒られ、それでも諦めず私が家から出ていくのを最後まで引き留めようとしていたのもこの人だ。
「バスチアン、あなたはそうされても仕方がないだけのことをしたんですよ。もう少しで30歳になるんですから、妻子のためにも地に足着いた立ち振る舞いをなさい」
 そう苦言を呈するのは、母上。冷静沈着で、慌てるところを見たことがない。いつも家族を取りまとめてくれる、この家の家長だ。
「とにかく。せっかく我が家の可愛い末っ子が、暫くぶりに帰ってきたのですから、家族喧嘩をしている場合ではありません。お互い積もる話もタップリあるでしょうし、時間は有限です。何より、お客様がいらっしゃるのですから、みっともない姿をお見せする訳にはいきませんよ! さあ、皆。席について。お行儀よくなさい」
 母上の一声で、ザワついていた室内は一気に落ち着きを取り戻し、立ち上がっていた者は席につき、身を乗り出したりしていた者は姿勢を正した。記憶の中の上の兄弟が騒いで、それを母上が収めるといういつもの光景が今まさに目の前で繰り広げられていて、既視感がすごい。
 改めて見渡してみれば、部屋の中は狼の獣人でいっぱいだ。広い部屋が隙間なくモフモフで埋まっている。赤ん坊から年寄りまで、30人強はいるだろうか。誰もが期待と好奇心を顕にこちらを見つめている。
「さあ、ロラン。久しぶりに帰ってきたら騒がしくて驚いたでしょう。煩くしてごめんなさいね。良ければもうそろそろ毛を逆立てるのを止めて、背中に隠したお客様を私たちに紹介してくれないかしら」
 母上に言われて、今の騒ぎに呆気に取られていた私は、ようやく自分を取り戻す。だが、十数年ぶりに親族とはいえ大量の他人に囲まれ、見つめられ、すっかり気圧されてしまった。耳は倒れ、尻尾は丸まってしまっているのが自分でも分かる。まずい、体が動かない。
「言わんこっちゃない、バスチアンのせいでロランが怯えてしまった!」
「私のせいじゃありません! 元はと言えば、アルノー兄さんが」
「そこ、静かにしなさい!」
 動かない私に、目の前の親族たちがザワつきだす。皆が揃って心配そうな顔をこちらに向ける。それに益々どうしていいか分からなくなって、頭が混乱して……。
 ふと、ガタガタと小さく震え始めパニックを起こしかけている私の手を、ほっそりとした温かい手が握る。マルセルだ。マルセルが、私の手を握ってくれている。
『大丈夫、落ち着いて。俺がついてる』とでも言うかのように、その手は私の手を優しく握ってくれた。
 その手の温もりに導かれ、1度目を閉じ、大きく深呼吸をする。マルセルの手の温かさ、柔らかさ、その感触を感じ、混乱の渦に飲み込まれかけていた心が落ち着いていくのが分かった。
 もう、大丈夫。
 そのことを伝えるために、彼の手を優しく握り返した。
「父上、母上、兄さん、姉さん、皆。お久しぶりです。誰1人欠けることなく再びお会いできて、とても嬉しく思います」
「ロラン、堅苦しい挨拶はいいわ。あなたに会えて嬉しいのは私たちも同じよ。お茶の準備ができてるの。さあ、こっちにいらっしゃいな。一族を代表してあなたとあなたのお客様を歓迎します」
 母上がニッコリと笑う。
 よかった、ちゃんと挨拶できたみたいだ。まずは一安心、第1関門突破と言ったところか。
 俺が頭の中で胸を撫で下ろしていると、背中に隠していたマルセルが私の体の影からヒョコッと顔を出した。
「あっ! お客人の顔がようやく見えた!」
「お前が飛びついたせいで見えなかったんだろうが!」
「まあ、可愛らしい人ね」
「お父様、叔父様、静かにしてください。先程から2人の喧嘩で話が止まってばかりです!」
 再びザワつき始めた室内にも、私と違ってマルセルは臆すことなく前に出て私の隣に立つ。事前に教えた通り、胸に手を当て腰を曲げる貴族の礼を見惚れるような優雅な仕草ですると、1度私の方をチラッと振り返ってから挨拶を始めた。
「皆様お初お目にかかります、マルセル・カシニョールと申します。元エクナール国の軍人で、今はロラン様の元で手伝いのようなことをさせて頂いております。今回はこのような場にお招きいただき、大変光栄です。この機会にぜひ皆様とお近付きになりたいです」
 完璧だ。先程までのソワソワとした緊張など微塵も感じさせない。事前練習のかいがあったというものだ。
「まあまあ、ご丁寧にありがとうございます。私はジョジアーヌ・スーラ。ロランの母親で、この家の家長をやっています。さあ、ロラン。いつまでもそんな所に立っていないで、こっちに来てカシニョールさんに皆を紹介して」
「どうぞマルセルとお呼びください、マダム・スーラ」
「あら、それじゃあお言葉に甘えてそうさせてもらうわね、マルセルさん」
 行こう、とマルセルに手を引かれて足を踏み出す。
 ここでは私がマルセルをエスコートすべきな筈なのになんだかあべこべな気がするが、まあいいか。今はただ、久しぶりの家族団欒の輪に馴染むので手一杯だ。あっちに話しかけられて振り返り、こっちから呼ばれてまた振り返り、いいように翻弄されている。
 そんな私と違って、マルセルは流石だ。騒がしい私の家族に直ぐに馴染んだ。
「マルセルさんはお菓子は何がお好き?」
「お菓子自体あまり食べたことがないのですが、ロラン様が作ってくださる香草いりのクッキーが一番好きです」
「ロランと一緒で、君も本は読んだりするのか?」
「私は料理本くらいしか読みませんね。おすすめの本があればぜひ教えてください」
「お兄ちゃんの髪、とっても綺麗」
「ありがとう。お嬢さんの毛並みもツヤツヤしていて素敵だよ」
「元軍人と仰っていらしたけれど、所属はどこでいらしたの?」
「私は特に能力もないので、しがない歩兵でしたよ。ただ、世界中戦争をしに飛び回ったので、色々と見聞を広めることができました。試しに面白いお話をいくつかしてみましょうか?」
「まあ、ぜひ聞きたいわ」
 私の両親、叔父叔母、従兄弟、兄姉、その伴侶、子供達、どこから声がかかっても混乱することなくピッタリの受け答えをする完璧な反応。瞬く間にマルセルの周りには人だかりができた。隣に座ってる私はあっけに取られるばかりだ。マルセルはその私にも時々混乱しない程度に簡単な話を振って、仲間外れにしないようにする気配りも見せる。どっちがこの家の一員か分かりゃしない。
 やがてマルセルは場の流れを完璧に掌握し、皆私たちを質問攻めにするのも忘れて、彼の話す異聞奇譚に夢中になった。
「こうして餌を貰えなくなってしまった哀れな驢馬ろばは、フラフラと彷徨い、やがてリトアの街にたどり着きました。そう、先程話した正しき者のための鐘がある、リトアの街にです」
「それで、その可哀想な驢馬さんはどうなったの?」
「それはですね……」
 皆がマルセルの話に聞き入っていた、その時。
 突然応接室の扉がノックされた。
「ご歓談中失礼致します。お客様がご到着されました」
「あらいけない。マルセルさんの楽しいお話に夢中になりすぎて、もう1人のお客様のことをすっかり忘れていたわ。マルセルさん、ちょっと失礼致しますわ」
 そう言って母上がそそくさと立ち上がり、部屋を出ていく。
 私たちが訪ねてくる日に被るとは、断れないような大事な客なのだろうか。まあいい。これで話通しのマルセルも、少しは休めるだろう。
「マルセル、この紅茶を飲むといい。冷めてしまったが、美味しいはずだ。あれだけ喋ったんだ。喉を潤さないと、声が枯れてしまうよ」
「ありがとうございます。ちょうど喉が渇いていたんです」
「腹は減らないか? ついでに幾つか菓子をつまんでみなさい。砂糖とクリームをたっぷり使っていてどれも美味しい筈だ」
「わあ、嬉しい。いただきます」
 近くにあったエクレアを手に取り、端を小さくかじったマルセルが目を見張り、こちらを見る。私の家族の手前、抑えてはいるが飛び上がりたいほど美味しいらしい。それならシュークリームも気に入るだろうと思って、マルセルの皿に1つ、取り分けてやる。マルセルが喜んでいるのを見ると、私もとても嬉しい。
 そうやってマルセルが菓子を頬張るのを見ていると、ふと、視線を感じた。不審に思って視線を上げると生暖かいいくつもの視線とぶつかる。
「おやまあ、ロランったら。幸せそうな顔しちゃって。マルセルさんのことが大好きだって顔全体に書いてあるぞ」
「2人の周りだけ甘ーい空気が漂っていて、こっちまで当てられちゃいそう」
「子供達の目を隠した方がいいかしら」
 義理も含めた兄姉たちはニヤニヤと悪い笑みを浮かべて笑う。訳が分からずキョトンとしているのは、年少の子供たちとお菓子に夢中で話を聞いていなかったマルセルだけだ。
「な、何を言ってるんだっ! べ、別に幸せそうな顔なんてっ……してる、かもしれない、けど……」
 は、恥ずかしい……!
 そんな緩んだ顔してたのか!? というかまだ紹介しただけで恋人だって言ってないのに、全部バレてないかこれ!? 家族が鋭すぎるのか、私達がだだ漏れすぎるのか、どっちだ!?
 家族たちからさらなる追求を受けそうになったその時、母上が帰ってきた。
 礼儀に厳しい母上の手前、家族たちは残念そうな顔をしつつも大人しく引き下がる。
 た、助かった……!
 だが、この時の私は知らなかった。ホッとひと安心した私を、さらなる驚きが待っていたことに。
「さあ、もうみんな揃っていますわ。どうぞお入りになってください」
 母上の言葉に、先程訪ねてきた客がここまで通されたのだということを知る。てっきり私には無関係の客だと思っていたが、この応接間に招かれたということは、違ったか。ここに来れる一族は粗方皆揃っているようだが、誰だろう? 私は家族以外に親しくしている相手は特にいなかったはずだが……。
「っ!」
 座っていた椅子が、ガタンッ、と音を立てるのも構わず立ち上がる。
 まさか、そんな。彼が、どうしてここに。
「皆さん。もう知っているとは思いますが、改めて紹介します。我がスーラ家の良き友であり、栄えある王家の騎士でもある、セヴラン・エリュアーヌさんです」
 母上の後ろから、現れたその人。
 あの頃と変わらない、焦げ茶色の目、笑うと右頬にできる笑窪、癖のある髪の毛。何もかも同じ。その人は口元に笑みを称えて、こちらに歩み寄る。友好の印に握手しようとこちらに差し出された右手には、手の甲に鋭い爪でつけられた、古いがあった。
「久しぶり、ロラン」
 確執など何も感じさせない声音で、彼は挨拶をする。
 あの日私が傷つけて、何もかもかなぐり捨てて逃げだした程罪悪感を感じている友人が、穏やかな顔で目の前に立っていた。
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