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静まり返った室内。先程まで俯いていて決して目を合わせようとしなかったダグラスだったが、今は驚きも顕に目を見開き口をアングリと開けて僕を見ている。何でだよ。驚きたいのはこっちの方だ。
「こ、こ、告白……? 告白って……何で……?」
「何でって、さっきジェラルドさんが言ってたじゃないか。『告白して全部謝ったらどうだ』って。謝るのは今全部真実を包み隠さず言ってもらったのも踏まえていいとして、後は告白だけだ。しないのか?」
「さっ、さっき盗み聞きしてた時のは……」
「面と向かってじゃないから駄目」
「十二年前から好きだったって話は告白なんじゃ……」
「あれはただの経緯説明じゃん。告白ではないだろ」
「……」
顔面蒼白で涙目になり、黙りこくるダグラス。折角顔を上げて僕の方を向いたのに、また力なく俯いてしまう。心做しかその頭には力なく垂れる落ち込んだ犬耳が見えるようだ。口をモゴモゴ動かして、あの……とか、その……だとか口にしては最後まで続けられずに途方に暮れているようである。ここまで来て何を躊躇っているのだろう。もう殆どダグラスの気持ちは僕に知られたようなもんだし、改めて口にするだけなのにどうして……。あ、そうか。僕は静かに手を伸ばし、モジモジと落ち着かなさげに指を擦り合わせているダグラスの手を取った。ダグラスの体が大きく跳ねたが、構わずギュッと握って口を開く。
「ダグラス。言うまでもなく察してると思うけど、僕はお前が好きじゃなかった。研究に余計なちょっかいをいれるし、婚活の邪魔もするしで、言葉を選ばずに言えば憎んですらいたと思う」
「っ、うん……。無理もないよ。私はそれだけの事をしたんだから……」
ダグラスの声が震える。僕の言葉に傷ついたのだろう。罪悪感に襲われるが話の主題はそこではない。握ったダグラスの手を、僕は優しくソッと撫でた。
「でも……。さっきの話のお陰で、ダグラスが嫌がらせでそんな事をやっていたんじゃなくて、むしろ僕の事を思っての行動が裏目に出てただけだったんだって分かった。勘違いしてたとは言え、嫌な態度をとってごめんなさい。それと、嫌な奴だったのにこんな僕の事をずっと好きでいてくれて有難う。正直、まだ僕達の間にある蟠りが全部解消されたとは言い難いし、お互い距離感を測りあぐねている所があるけど……。それってさ、僕達がお互いに相手の事をまだまだ知らなさ過ぎるって事だよね? だから、ダグラスさえ良ければ、僕と友達になってくれない? できれば、将来的には交際に発展する事を前提として。勿論、ダグラスが嫌じゃなければだけど」
「……へ?」
ダグラスはガバリと凄まじい勢いで頭を持ち上げ、僕の顔を凝視する。そんな彼に僕は控えめながらも確かに微笑んで見せた。きっと、ダグラスはこう思っていたのだろう。今まで散々嫌がる事をしてきてしまった。きっと僕からダグラスに対する好感度は最低だ。改めて告白しろというのはつまり、ここでキッパリ告白を断って意思表示をする事で、僕達の関係を絶ちたいんだろう。とかなんとか、そういった事を。
でも、僕の気持ちは違う。真実を知ってもう僕の中にダグラスに対する嫌悪感は残っていなかったし、むしろ僕の事を思ってあれこれ動いてくれた彼を好ましく思い始めている。態々告白をさせておいてフるなんて酷い事、しようとも思わなかった。
ちゃんと告白してもらわなきゃ、それを受け入れて前向きに検討する事もできやしない。だから、ちゃんとダグラスから告白して欲しかったんだ。でも、後から少し思いなおした。いくら何でもダグラスに要求しすぎかな? って。ダグラスはここまで見返りも求めずに僕の為に孤軍奮闘してくれたんだ。だったら、今度は僕が頑張る番だよね。だからこっちから告白した。あれだけ嫌な態度取っておいて今更かもしれないけど、僕はダグラスに対して好意を抱き始めていた。それが友情由来のものなのか恋情由来のものなのかは自分でも分かっていなかったが、どんな風に発展させるにせよダグラスとの関係をここでは終わらせたくないと思うのだ。
「私、フラれるんじゃないのか……?」
「フラないよ。むしろ、僕の方からお友達からでもよければお願いします、ってモーションかけたじゃんか。告白してもらおうとしたのも、お友達からでお願いしますって言おうと思ってたからだよ。でも、よく考えたらダグラスに言わせてばっかだから、僕からも言おうと思ってさっきみたいな形になったの。それでさ、今まで御相手は女性に拘ってたけど、僕の魔法使えば相手が女性じゃなくても子供を授かって家族にはなれるんだよね。むしろ、女性だと子供を授かるのに侵襲性のある施術が必要になるから、男同士の方がいいかも。現行法では正式な結婚ができないのは残念だけど……でも、事実婚だって考えれば問題なしだ。まだちゃんと意識はできてないけど、優しいダグラスの事……好きになってみたいとも思ったし。まあ、あんだけ酷い態度とった後だから、僕の事嫌になったってんならお友達止まりのままでもいいけど。あー、それも嫌だって言うんなら」
「いや! お友達止まりなんてとんでもない! こ、こ、こ、交際前提での友情をお願いします!」
「わぁ、受け入れてくれて有難う! こちらこそ、よろしくお願いします」
ほぼほぼ大丈夫だと思ってはいたけど、それでもやっぱり少しはダグラスに受けいれてもらえるか不安だった。それだけ嫌な態度、取っちゃったし。だからダグラスに提案を受け入れて貰えた時、本当に嬉しくって堪らなかった。喜びのあまり思わず、握ったダグラスの手を口元に持って行ってチュッと軽くキスを落とす。いつもならこんなキザったらしい事はしないんだけど、今回は気持ちが抑えられないくらい、本当に嬉しかったんだもん。
そしたら、青褪めていたダグラスの顔にあっという間に紅がさし、ボンッと真っ赤になった。握っている手も緊張からか冷たかったのがカッカと発熱して温かくなっている。それがおかしくって笑みを浮かべれば、ダグラスは泣くのを堪えているみたいな顔になって食い入るようにして僕の笑顔を見ていた。ああ、この人を幸せにしてみたい。彼が僕にしてくれたように、僕も彼に思いやりと愛情を捧げたいな。そんな事を考えつつ、僕達のお友達付き合いは始まったのだった。
そんなこんなで一ヶ月経ち、二ヵ月経ち、三ヶ月経ち。あっという間に半年の月日が流れた。僕達の関係は割と上手くいっていると思う。元々ダッキー時代に仲良くやれていたのだから当たり前かもしれないが、友人としてのダグラスはとてもつきあいやすい。趣味や好みはおろか、価値観や考え方に至るまであまり意見の合わない僕達だったが、それが足枷になるどころかむしろその逆。ダグラスが好きなら……と僕は興味のなかったピカレスク小説を読み始め、ダグラスは僕がイチオシだと言った劇作家にハマってこの間は二人でその作家の新作舞台を見に行った。合わないところもあるがだからこそ、新たなことを知れて世界が広がっていくのが面白い。ダグラスと一緒に居て、そう思えるようになった。
相変わらずダグラスは僕に近づく女性の身辺調査を止めないし、暇さえあれば僕に付き纏うのもそのままだが、以前のように腹は立たない。むしろ、問題家庭の子供で関わるとろくな事にならない、と周囲から距離を取られていた僕からすれば仲のいい相手ができてその人と四六時中一緒にいられるなんて夢みたいだ。結婚相手を探そうと思わなければ、女性の身辺調査をされるのも別になんとも思えない。まあ、女性達が軒並みダグラスに夢中になっちゃうのは考えものだけど……。でも、ダグラスが彼女達を歯牙にもかけず、僕の方ばっか見てくれてるので不安になりようがなかった。そんなこんなで僕達、結構上手くやれてると思う。だからもうそろそろ、次のステップに進んでもいいんじゃないかな……って思うんだけどなぁ……。
「バークレー先生、本日は誠に有難うございました! いやぁー、大変勉強になる講演会で、無理を言って先生をお招きした甲斐がありましたよ!」
「いえいえ、こちらこそハーマン先生の研究室を見れてとても勉強になりました。見学を許可していただけて、感謝しています」
今日は僕の研究が世界中に大々的に発表されて以来、初めての国外への出張だ。以前の誘拐騒ぎの事もありいつの間にかシレッと僕の保護者的立ち位置に収まったダグラスは僕が国外に出るのを嫌がったが、もう半年も経ったんだし講演会の誘いも賞の授賞式への誘いもひっきりなしだ。いつまでも国内に留めておく訳にはいかないだろう。と、周りに言われて渋々今回の出張が認められた。とは言っても、ダグラスも何だかんだと理由をつけて帯同しているのだが。
「バークレー先生、この後どうなさいますか? もし宜しければ親睦会などどうでしょう? お勧めの美味い郷土料理を出す店を知ってるんですよ」
「あー……。折角のお誘いなんですが、警備上の問題で予定外の行動はできないんです。お恥ずかしい話、以前自分の落ち度でトラブルに巻き込まれた前科がありまして。お誘い頂いたのに申し訳ない」
「おや、そうですか。大変ですねぇ。でも、それなら仕方ないですよ。では、次回があったら事前にお伝えしておきましょう」
食事一つ付き合えない僕の事を笑って許してくれた博士と笑顔で別れる。僕が講演会に出たりなんだったりしてる間に、ダグラスの方は公務で外交をやっている予定だ。丁度仕組んだかのように二人の予定が終わる時間がほぼ同じだった為、予定が済んだら迎賓館で一緒に食事を摂ろうと約束をしていた。本当は観光ができたら良かったのだけれど、それはなし。だって、心配性のダグラスが僕の安全を確保しようととんでもない量の警護人を用意しようとして、大騒ぎになりそうだったんだもん。さすがに僕一人の護衛だけで一個小隊並の人員を動員するのはやり過ぎだと思う。それなら、迎賓館でそこに調度品として飾られている歴史ある芸術品でも見てた方がいい。幸い二人とも芸術鑑賞は好きな方なので、それで特に不満はなかった。早速馬車に乗って迎賓館への道を進む。
迎賓館も僕が講演会をしたホールも、首都の中心部にあるので割と近い。ものの十数分で着くことができた。馬車のスピードが緩んだのでもうそろそろ降りる準備をするかと何の気なしに窓の外を見たのだが……何かがおかしい。不審に思ってよく観察したら、どうやらいつもよりも手前の位置でスピードを落としたので、車窓から見える景色が違ったらしい。どうしたのだろうか? 窓に顔を近づけて外の様子を伺う。
成程、分かったぞ。どうやら誰かが訪ねてきているらしく、迎賓館の玄関の所に馬車が停まっているようだ。前が詰まっていたら、そりゃあ進めないよな。その誰かは丁度帰る所のようだ。扉が開いて庇の下にダグラスらしき男と一緒にその人物は出てきた。
遠目なので詳しくは分からないが、どうやら女性のようだ。栗色の緩くウェーブのかかった長い髪が風に戦いでいる。二人は何事か言葉を交わし、最後にハグをして、女性は馬車に乗り込んだ。仲のいい相手なのかな? 僕以外には興味が淡白な傾向のあるダグラスにしては、ハグに情が籠っていたような気がする。まあ、心理分析は専門外なのでよく分からないんだけどね。そうこうしている内に女性の馬車は走り去り、入れ替わりに僕の乗った馬車が玄関の前に停った。
「ああ、トーリ君! 丁度玄関に居る時に帰ってくるなんて、タイミングがいいな! おかえりなさい」
「ただいまー。今の誰?」
「家族ぐるみで付き合いのある昔馴染みだよ。私は久し振りにこの国に来たからね、顔を見せに来てくれたんだ」
因みに、聞いての通りダグラスの僕の呼び方はバークレー君からトーリ君へと変わっている。真剣な交際に発展する事前提の友達付き合いなのに苗字呼びはおかしいし、なんなら僕の方はもうずっと前から名前呼びなんだからお前も合わせろ、と言った結果だ。最初の内は照れてまともに呼べなかったダグラスも、流石に半年も経てばスルリと言えるようになっていた。
「久しぶりに会った昔馴染みなら、積もる話もあるでしょう。ダグラスの最後の予定が終わったであろう時間から考えてあんまり話できなかったんじゃないの? なんだったら、夕食に招けばよかったのに」
「んー、そうでもないよ。何だかんだ、手紙の遣り取りもあるからね。それに、こんな直前になってから人数増やしたら、厨房に迷惑かかっちゃう」
「ああ、それもそうか。考えが足りなくてごめん」
「私を思っての事でしょう? 実際に迷惑かけた訳でもないし、謝らなくてもいいよ。それより、ほら。今日は頭使ってお腹すいたでしょう? もう夕飯できてる頃だから、食べに行こうよ。そこで今日あった事を聞かせて欲しいな」
「うん、そうだね。ダグラスも今日あった事、聞かせてね」
「勿論! 仰せのままに」
馬車を降りるのにダグラスが貸してくれた手をそのまま繋ぎながら、建物の中に入る。僕を見つめるダグラスの目つきは甘く、繋いだ手は簡単に離せないようにキュッと指を絡められていた。こういう所があるから、もう次のステップに進んでもいいんじゃないかな? って思うんだよな。まあ、今の関係もそこそこ楽しいし、もう少し満喫してからでもいいけど。そんな事を考えた僕の興味は、次に夕食のメニューに移っていく。先程の訪問者の事は最早意識の彼方だ。この時僕は、知らなかった。この訪問者の存在が、後々どれだけ重要な問題点になるかという事を。
「こ、こ、告白……? 告白って……何で……?」
「何でって、さっきジェラルドさんが言ってたじゃないか。『告白して全部謝ったらどうだ』って。謝るのは今全部真実を包み隠さず言ってもらったのも踏まえていいとして、後は告白だけだ。しないのか?」
「さっ、さっき盗み聞きしてた時のは……」
「面と向かってじゃないから駄目」
「十二年前から好きだったって話は告白なんじゃ……」
「あれはただの経緯説明じゃん。告白ではないだろ」
「……」
顔面蒼白で涙目になり、黙りこくるダグラス。折角顔を上げて僕の方を向いたのに、また力なく俯いてしまう。心做しかその頭には力なく垂れる落ち込んだ犬耳が見えるようだ。口をモゴモゴ動かして、あの……とか、その……だとか口にしては最後まで続けられずに途方に暮れているようである。ここまで来て何を躊躇っているのだろう。もう殆どダグラスの気持ちは僕に知られたようなもんだし、改めて口にするだけなのにどうして……。あ、そうか。僕は静かに手を伸ばし、モジモジと落ち着かなさげに指を擦り合わせているダグラスの手を取った。ダグラスの体が大きく跳ねたが、構わずギュッと握って口を開く。
「ダグラス。言うまでもなく察してると思うけど、僕はお前が好きじゃなかった。研究に余計なちょっかいをいれるし、婚活の邪魔もするしで、言葉を選ばずに言えば憎んですらいたと思う」
「っ、うん……。無理もないよ。私はそれだけの事をしたんだから……」
ダグラスの声が震える。僕の言葉に傷ついたのだろう。罪悪感に襲われるが話の主題はそこではない。握ったダグラスの手を、僕は優しくソッと撫でた。
「でも……。さっきの話のお陰で、ダグラスが嫌がらせでそんな事をやっていたんじゃなくて、むしろ僕の事を思っての行動が裏目に出てただけだったんだって分かった。勘違いしてたとは言え、嫌な態度をとってごめんなさい。それと、嫌な奴だったのにこんな僕の事をずっと好きでいてくれて有難う。正直、まだ僕達の間にある蟠りが全部解消されたとは言い難いし、お互い距離感を測りあぐねている所があるけど……。それってさ、僕達がお互いに相手の事をまだまだ知らなさ過ぎるって事だよね? だから、ダグラスさえ良ければ、僕と友達になってくれない? できれば、将来的には交際に発展する事を前提として。勿論、ダグラスが嫌じゃなければだけど」
「……へ?」
ダグラスはガバリと凄まじい勢いで頭を持ち上げ、僕の顔を凝視する。そんな彼に僕は控えめながらも確かに微笑んで見せた。きっと、ダグラスはこう思っていたのだろう。今まで散々嫌がる事をしてきてしまった。きっと僕からダグラスに対する好感度は最低だ。改めて告白しろというのはつまり、ここでキッパリ告白を断って意思表示をする事で、僕達の関係を絶ちたいんだろう。とかなんとか、そういった事を。
でも、僕の気持ちは違う。真実を知ってもう僕の中にダグラスに対する嫌悪感は残っていなかったし、むしろ僕の事を思ってあれこれ動いてくれた彼を好ましく思い始めている。態々告白をさせておいてフるなんて酷い事、しようとも思わなかった。
ちゃんと告白してもらわなきゃ、それを受け入れて前向きに検討する事もできやしない。だから、ちゃんとダグラスから告白して欲しかったんだ。でも、後から少し思いなおした。いくら何でもダグラスに要求しすぎかな? って。ダグラスはここまで見返りも求めずに僕の為に孤軍奮闘してくれたんだ。だったら、今度は僕が頑張る番だよね。だからこっちから告白した。あれだけ嫌な態度取っておいて今更かもしれないけど、僕はダグラスに対して好意を抱き始めていた。それが友情由来のものなのか恋情由来のものなのかは自分でも分かっていなかったが、どんな風に発展させるにせよダグラスとの関係をここでは終わらせたくないと思うのだ。
「私、フラれるんじゃないのか……?」
「フラないよ。むしろ、僕の方からお友達からでもよければお願いします、ってモーションかけたじゃんか。告白してもらおうとしたのも、お友達からでお願いしますって言おうと思ってたからだよ。でも、よく考えたらダグラスに言わせてばっかだから、僕からも言おうと思ってさっきみたいな形になったの。それでさ、今まで御相手は女性に拘ってたけど、僕の魔法使えば相手が女性じゃなくても子供を授かって家族にはなれるんだよね。むしろ、女性だと子供を授かるのに侵襲性のある施術が必要になるから、男同士の方がいいかも。現行法では正式な結婚ができないのは残念だけど……でも、事実婚だって考えれば問題なしだ。まだちゃんと意識はできてないけど、優しいダグラスの事……好きになってみたいとも思ったし。まあ、あんだけ酷い態度とった後だから、僕の事嫌になったってんならお友達止まりのままでもいいけど。あー、それも嫌だって言うんなら」
「いや! お友達止まりなんてとんでもない! こ、こ、こ、交際前提での友情をお願いします!」
「わぁ、受け入れてくれて有難う! こちらこそ、よろしくお願いします」
ほぼほぼ大丈夫だと思ってはいたけど、それでもやっぱり少しはダグラスに受けいれてもらえるか不安だった。それだけ嫌な態度、取っちゃったし。だからダグラスに提案を受け入れて貰えた時、本当に嬉しくって堪らなかった。喜びのあまり思わず、握ったダグラスの手を口元に持って行ってチュッと軽くキスを落とす。いつもならこんなキザったらしい事はしないんだけど、今回は気持ちが抑えられないくらい、本当に嬉しかったんだもん。
そしたら、青褪めていたダグラスの顔にあっという間に紅がさし、ボンッと真っ赤になった。握っている手も緊張からか冷たかったのがカッカと発熱して温かくなっている。それがおかしくって笑みを浮かべれば、ダグラスは泣くのを堪えているみたいな顔になって食い入るようにして僕の笑顔を見ていた。ああ、この人を幸せにしてみたい。彼が僕にしてくれたように、僕も彼に思いやりと愛情を捧げたいな。そんな事を考えつつ、僕達のお友達付き合いは始まったのだった。
そんなこんなで一ヶ月経ち、二ヵ月経ち、三ヶ月経ち。あっという間に半年の月日が流れた。僕達の関係は割と上手くいっていると思う。元々ダッキー時代に仲良くやれていたのだから当たり前かもしれないが、友人としてのダグラスはとてもつきあいやすい。趣味や好みはおろか、価値観や考え方に至るまであまり意見の合わない僕達だったが、それが足枷になるどころかむしろその逆。ダグラスが好きなら……と僕は興味のなかったピカレスク小説を読み始め、ダグラスは僕がイチオシだと言った劇作家にハマってこの間は二人でその作家の新作舞台を見に行った。合わないところもあるがだからこそ、新たなことを知れて世界が広がっていくのが面白い。ダグラスと一緒に居て、そう思えるようになった。
相変わらずダグラスは僕に近づく女性の身辺調査を止めないし、暇さえあれば僕に付き纏うのもそのままだが、以前のように腹は立たない。むしろ、問題家庭の子供で関わるとろくな事にならない、と周囲から距離を取られていた僕からすれば仲のいい相手ができてその人と四六時中一緒にいられるなんて夢みたいだ。結婚相手を探そうと思わなければ、女性の身辺調査をされるのも別になんとも思えない。まあ、女性達が軒並みダグラスに夢中になっちゃうのは考えものだけど……。でも、ダグラスが彼女達を歯牙にもかけず、僕の方ばっか見てくれてるので不安になりようがなかった。そんなこんなで僕達、結構上手くやれてると思う。だからもうそろそろ、次のステップに進んでもいいんじゃないかな……って思うんだけどなぁ……。
「バークレー先生、本日は誠に有難うございました! いやぁー、大変勉強になる講演会で、無理を言って先生をお招きした甲斐がありましたよ!」
「いえいえ、こちらこそハーマン先生の研究室を見れてとても勉強になりました。見学を許可していただけて、感謝しています」
今日は僕の研究が世界中に大々的に発表されて以来、初めての国外への出張だ。以前の誘拐騒ぎの事もありいつの間にかシレッと僕の保護者的立ち位置に収まったダグラスは僕が国外に出るのを嫌がったが、もう半年も経ったんだし講演会の誘いも賞の授賞式への誘いもひっきりなしだ。いつまでも国内に留めておく訳にはいかないだろう。と、周りに言われて渋々今回の出張が認められた。とは言っても、ダグラスも何だかんだと理由をつけて帯同しているのだが。
「バークレー先生、この後どうなさいますか? もし宜しければ親睦会などどうでしょう? お勧めの美味い郷土料理を出す店を知ってるんですよ」
「あー……。折角のお誘いなんですが、警備上の問題で予定外の行動はできないんです。お恥ずかしい話、以前自分の落ち度でトラブルに巻き込まれた前科がありまして。お誘い頂いたのに申し訳ない」
「おや、そうですか。大変ですねぇ。でも、それなら仕方ないですよ。では、次回があったら事前にお伝えしておきましょう」
食事一つ付き合えない僕の事を笑って許してくれた博士と笑顔で別れる。僕が講演会に出たりなんだったりしてる間に、ダグラスの方は公務で外交をやっている予定だ。丁度仕組んだかのように二人の予定が終わる時間がほぼ同じだった為、予定が済んだら迎賓館で一緒に食事を摂ろうと約束をしていた。本当は観光ができたら良かったのだけれど、それはなし。だって、心配性のダグラスが僕の安全を確保しようととんでもない量の警護人を用意しようとして、大騒ぎになりそうだったんだもん。さすがに僕一人の護衛だけで一個小隊並の人員を動員するのはやり過ぎだと思う。それなら、迎賓館でそこに調度品として飾られている歴史ある芸術品でも見てた方がいい。幸い二人とも芸術鑑賞は好きな方なので、それで特に不満はなかった。早速馬車に乗って迎賓館への道を進む。
迎賓館も僕が講演会をしたホールも、首都の中心部にあるので割と近い。ものの十数分で着くことができた。馬車のスピードが緩んだのでもうそろそろ降りる準備をするかと何の気なしに窓の外を見たのだが……何かがおかしい。不審に思ってよく観察したら、どうやらいつもよりも手前の位置でスピードを落としたので、車窓から見える景色が違ったらしい。どうしたのだろうか? 窓に顔を近づけて外の様子を伺う。
成程、分かったぞ。どうやら誰かが訪ねてきているらしく、迎賓館の玄関の所に馬車が停まっているようだ。前が詰まっていたら、そりゃあ進めないよな。その誰かは丁度帰る所のようだ。扉が開いて庇の下にダグラスらしき男と一緒にその人物は出てきた。
遠目なので詳しくは分からないが、どうやら女性のようだ。栗色の緩くウェーブのかかった長い髪が風に戦いでいる。二人は何事か言葉を交わし、最後にハグをして、女性は馬車に乗り込んだ。仲のいい相手なのかな? 僕以外には興味が淡白な傾向のあるダグラスにしては、ハグに情が籠っていたような気がする。まあ、心理分析は専門外なのでよく分からないんだけどね。そうこうしている内に女性の馬車は走り去り、入れ替わりに僕の乗った馬車が玄関の前に停った。
「ああ、トーリ君! 丁度玄関に居る時に帰ってくるなんて、タイミングがいいな! おかえりなさい」
「ただいまー。今の誰?」
「家族ぐるみで付き合いのある昔馴染みだよ。私は久し振りにこの国に来たからね、顔を見せに来てくれたんだ」
因みに、聞いての通りダグラスの僕の呼び方はバークレー君からトーリ君へと変わっている。真剣な交際に発展する事前提の友達付き合いなのに苗字呼びはおかしいし、なんなら僕の方はもうずっと前から名前呼びなんだからお前も合わせろ、と言った結果だ。最初の内は照れてまともに呼べなかったダグラスも、流石に半年も経てばスルリと言えるようになっていた。
「久しぶりに会った昔馴染みなら、積もる話もあるでしょう。ダグラスの最後の予定が終わったであろう時間から考えてあんまり話できなかったんじゃないの? なんだったら、夕食に招けばよかったのに」
「んー、そうでもないよ。何だかんだ、手紙の遣り取りもあるからね。それに、こんな直前になってから人数増やしたら、厨房に迷惑かかっちゃう」
「ああ、それもそうか。考えが足りなくてごめん」
「私を思っての事でしょう? 実際に迷惑かけた訳でもないし、謝らなくてもいいよ。それより、ほら。今日は頭使ってお腹すいたでしょう? もう夕飯できてる頃だから、食べに行こうよ。そこで今日あった事を聞かせて欲しいな」
「うん、そうだね。ダグラスも今日あった事、聞かせてね」
「勿論! 仰せのままに」
馬車を降りるのにダグラスが貸してくれた手をそのまま繋ぎながら、建物の中に入る。僕を見つめるダグラスの目つきは甘く、繋いだ手は簡単に離せないようにキュッと指を絡められていた。こういう所があるから、もう次のステップに進んでもいいんじゃないかな? って思うんだよな。まあ、今の関係もそこそこ楽しいし、もう少し満喫してからでもいいけど。そんな事を考えた僕の興味は、次に夕食のメニューに移っていく。先程の訪問者の事は最早意識の彼方だ。この時僕は、知らなかった。この訪問者の存在が、後々どれだけ重要な問題点になるかという事を。
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