トーリの幸せ家族計画

我利我利亡者

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 僕の大嫌いな相手、ダグラス。別に身分が高くて絶世の美貌を持ち、女の子にモテモテで相手を取っかえ引っ変えしていてその癖遊んでばっかで決まった相手を持たず誰とも結婚しようとしない所が嫌いなんじゃない。いや、正確に言うとそういう所も嫌いだけどそれが一番ではない、かな。どうして真剣交際を切望している僕の所には女性が寄り付かないのに、遊んでばかりのこいつの所には素敵な女性が群がるんだ。納得がいかない。……決して自分がまともな女性にモテない僻みとか、八つ当たりとか、そういう私怨じゃないからな。
 ていうか、僕の所にまともな女性が来ない理由、こいつなんだよ!  僕が出会う女性みぃーんな、こいつのお手付き! ちょっといいなと思っていた行きつけのお菓子屋さんの看板娘は気が付いたらこいつに夢中になってたし! 落ちぶれていた時期の僕なんかにも優しかった掃除婦のお姉さんはこいつにコロッと落ちてエルシャーナ公爵家に転職しちゃった! 仕事で出会う未婚の女性はオールド・ミスだろうが成人したてだろうが、一人残らず予めこいつに粉かけられてて僕に見向きもしない! 何で!? なんでそんなに人の婚活邪魔するの!? その癖僕との仲を邪魔したどの相手とも真剣交際せずに取っかえ引っ変えだし! そりゃあ恨みますよ、恨むに決まってんでしょう!
 できる事なら死ぬまで一生顔も見くないし、魔法完成のお陰でそこそこ権力と発言力のある今の僕ならその我儘も通りそうなものだけど、如何せん相手は腐っても王位継承権第五位だ。どれだけ嫌だと周囲に訴えて、失礼な態度を取り続けようがまあまあと諌められるばかりで一向に離れられる気配がない。更に言えばこいつはかつて完全なる世間のお荷物だった僕の実験の最大にして唯一のパトロンだったので、今こそこれまで支えてもらった恩を返す時だと言われる始末。
 いや、こいつパトロンの癖して僕に実験止めろとか口酸っぱく言ってきたんだけど。そんな奴に感謝? はぁ? できるわけないじゃん! それなのにこいつ僕の事妙に気に入ってていっつもベッタリだし! マジでなんなの!?
 僕は忘れてないぞ。必死の思いで文字通り魂を擦り減らし、命を削りながら研究を続けていた僕にこいつが言った言葉の数々。『男が子供を産めるようになるなんて荒唐無稽な魔法、御伽噺の中でも聞いた事ない。実現は不可能だよ』。『どれだけ頑張ろうが、この研究が実際の人間相手に臨床実験する所までいけるとは到底思えない。きっと失敗する』。『どれだけ君が優秀で、身命を賭して頑張ろうが無理なものは無理だ。このままでは無為に寿命を削ってしまうし、そのうち本当に命を落とすぞ。いい加減諦めなさい』。屈辱過ぎて全部一言一句覚えてるぞ。
 成程、確かに僕の研究は実現がかなり難しいものだった。僕を雇い続けている分の給料はタダではないし、研究員のポストだって無駄に用意してあるわけではない。何より国立の研究機関に所属している僕が、ともすれば民間の怪しい金儲け第一のよく分からん理屈のインチキみたいなもんに傾倒しているのは、さぞや外聞が悪かったに違いない。国立魔法研究所の最高責任者として、ダグラスが僕に厳しい言葉をかけたのはまあまあ理解できるし、それは恨んでも仕方がないのかもしれない。
 しかし。その事を踏まえても、ダグラスが言った事で僕には許せない言葉があった。あれは僕がいつも通り研究室に籠って魔法に必要な理論を組み立てていた時の事。その時、ダグラスの奴は何故か僕の隣に居て、いつも通り僕に対して研究を止めろと貴人らしく遠回しな言い方で、あれこれグチグチ嫌味を言っていた。そして、僕がそんな言葉になど耳も貸さず丸っと無視して立式をしていたら、その態度に腹が立ったのか奴はこんな事を言いやがったのだ。『何故そうも男性妊娠の魔法に拘る。君は優秀な一端の大人だが、いささか視野が狭いきらいがあるな。分かっていないみたいだから言うが、結婚や子供が幸せの全てではないぞ?』と。
 結婚や子供が幸せの全てではない? そんな事、よぉーく分かってるさ! 確かに、この広い世の中未婚のまま幸せに生きている人も、子供を作らずとも仲睦まじく生きている夫婦も、探せばいくらだっているだろう。むしろ、下手に世間の意見に流されて自分に合ったスタイルをねじ曲げ結婚したり子供を設けたりするより、そっちの方が幸せに生きられるって人だっている。けど、僕は違う。他人の幸せが僕には決められないように、僕の幸せも他人には決められない。ダグラス如きに決められるかなんて言わずもがなだ。だから僕は、ダグラスに向かって反射的にこう叫んだ。『けど、僕の幸せは結婚と子供なんだ!』って。
 伴侶が欲しい。愛し合える相手とお互いを尊重しあって生きていくのは、僕のささやかな唯一の夢だった。子供が欲しい。愛する相手と自分の血を半分ずつ受け継いだ我が子はこの上なく可愛いだろうし、どんな苦労をしても必ず幸せにしてあげたくなる程大切な存在を持ちたかった。家族が欲しい。こんな僕でも存在する事を許してくれる、優しい居場所が欲しかった。かつて幼い僕には与えられなかった愛情や、祝福、存在価値。その全てが欲しくて欲しくて堪らず、焦がれ続けてきたものなのだ。それなのに僕の心を知らないとは言えど、この言い草。到底看過できっこない!
 その時の僕は、怒りや悲しみで感情が高ぶるあまり、かなり鬼気迫った調子だったようだ。いつもはあれこれ五月蝿いダグラスも、その時ばかりは僕の勢いに気圧されグッと黙り込む。それをいい事に、僕はダグラスに背を向け再び研究に没頭することにした。本当は言われた言葉に傷ついてちょっとだけ泣きそうだったけど、大嫌いなこいつの前でなんか弱いところを見せたくない。ただ、悔しさと悲しみをバネにダグラスを見返してやりたい一心で、今まで以上に研究に邁進するのだった。
 そうして反骨精神を原動力に働き詰めにしたのがよかったのだろうか。それまで以上に研究に没頭し続ける内にどんどん男性妊娠の魔法の構築は進んで、もう最後ら辺は体が限界を迎えているのに毎日のように僕のところに来て研究を止めろと言ってくるダグラスへの怒りと意地で動いていたと思う。僕の研究は、ある意味夢と怒りが合わさってできたようなものだな。あれがなければかなり難航した僕の研究は、途絶していたかもしれない。そういう意味では怒りをもたらしてくれたダグラスに感謝すべきなのかもしれないな。勿論、今のは皮肉だ。相も変わらず僕はダグラスが嫌いである。
 最大の後援者であるこいつの顔を潰す意味でも、僕は今日の授賞式をブッチして婚活パーティーに行くつもりだったんだけど……。まさかこいつ直々に僕の事を迎えに来るなんて! どこまでも付き纏って僕の邪魔をしやがって、ムカつく……! けど、迎えに来たからってなんなんだ。こいつは普段立場に見合って王子様然と振舞っているから、嫌がって暴れる僕を無理矢理連れていくなんてみっともな事、できっこないだろう。そこに漬け込んで、制止を振り切り婚活パーティーに出てやればいいのだ! なんという完璧な計画! 素晴らし過ぎて惚れ惚れするぜ! 気を取り直して、いざめくるめく夢の婚活ワールドへ……行けなかった。
「なんだ、バークレー君もう準備できてるじゃないか。礼服に着替えさせる手間が省けて良かったよ。さ、もう行こう。時間が押してる」
「へ? ……って、うわぁ!?」
 ツカツカと足音高く近づいてきたと思ったら、あっという間の早業で僕を抱き上げたダグラス。しかもその抱き方はいわゆる姫抱きだった。自分が女の子にするなら別だが、こんな男にされても嬉しくもなんともない! 怒りと驚きで呆然としている僕に、ダグラスはニッコリと王子様スマイルを向ける。ウワッ、ヤバい鳥肌たった。女の子なら今ので惚れてたかもしれないが、僕は男でオマケにこいつを心の底から毛嫌いしてる。そこに嫌悪感はあっても好意は生まれない。
「離しやがれ! このスケコマシ殿下!」
「バークレー君! 君、大公子殿下になんて事を……!」
「あぁ、構いませんよ。いつもの事だ」
「いつもの事って、バークレー君はいつもこんな事を!?」
 部長が可哀想なくらい顔を青くしてアワアワしている間にも、僕は抱き上げられたダグラスの腕の中で釣りたての鮮魚のようにビチビチバタバタ暴れ回る。しかし、ダグラスはそんな抵抗を難なくいなし、汗ひとつかかず、笑顔すら引っ込めなかった。しかし、僕に暴れるのを止めさせる気はあったらしい。次に奴が口にした事に、僕はピタリと暴れるのを止める事になる。
「さて、バークレー君。トリケット夫人のパーティーに招かれているんだってね?」
「……どうしてその事を」
「君のとぉっても嬉しそうな叫びが、外まで聞こえてきたからね。知るのは簡単だったよ」
 ニッコリ笑いかけてくるダグラス。再び立つ鳥肌。しかも、今度はダグラスに行き先がバレている事で、婚活パーティーを邪魔されるんじゃないかとそちらの心配もあって背中を嫌な汗が流れた。こいつ、マジで僕の立ち回り先に出入りしたり、行先に先回りして僕の恋愛対象を尽く惚れさせやがるからな。油断も隙もないんだ。僕のお見合い現場や合コン会場に何故かダグラスが偶然居合わせる、なんてことが何度あったか。そして、案の定。
「そうかそうか、国王である伯父上が態々主催して、王城に会場をセッティングした授賞式よりも、優先させたくなる程楽しいパーティーか。そんなに楽しいのなら、私も是非参加させてもらおうかな?」
「はぁ!? 何言って……! お前は来なくていい!」
「どうして? 仲間外れにしないでくれよ。楽しい事は大好きなんだ」
 巫山戯んな! 手前ぇみたいな見てくれも中身も立場も全部王子様な男連れてったら、僕に気を向けてくれる女性がいなくなっちゃうじゃないか! そう、悔しい事にこの男、肩書きだけじゃなく存在そのものも王子様なのだ。プロポーションは抜群だし、女性を取っかえ引っ変えできる所からも分かる通り性格がよく、所作も洗練されていて余裕がある。お金持ちでいい所の出で、これで不細工だったらいいのにその顔面は生ける彫像の渾名が付く程のイケメン具合だ。兎に角こいつは非の打ち所がなく、女遊びがやや激しい以外に欠点がないのが欠点の冗談みたいな男なのである。悔しいがそこは僕も認めざるを得ない。なんてったってそれを理由に今までこいつに女性を横取りされてきたんだからな。キィーッ、腹立つ! 何にせよ、こいつをトリケット婦人のパーティーに連れて行くわけにはいかない。絶対にな!
「来なくてい言ったら来なくていいんだよ! 絶対に来んな! フリじゃないぞ? マジで来んな! 絶対にだからな!」
「えー、なにそれ。益々気になるなぁ。よし決めた、絶対に着いてく」
「駄目! 来んな!」
「アハハー、聞こえなぁーい」
 こいつを連れていくなんて、何がなんでも駄目だ。有り得ない! このパーペキ男に着いてこられたせいで、一体いくつの婚活会場から僕が出禁にされたと思っている!? 合コン会場に勝手にこいつが現れたせいで、その後お声がかからなくなったんだぞ! モテ男を連れてきて女性全員の興味をかっさらうとか、正気かお前? 何でライバル増やしてんだよ、しかもラスボスだし。やる気あんのか? 等々。頂戴した苦言は枚挙に暇がないし、その言い分は正直僕も頷かざるを得ないものばかりだった。
 社交界でも顔の広いトリケット夫人の婚活パーティーでそんな粗相をやらかしたら、空気の読めない上に場をぶち壊しにする糞野郎という悪評が一気に広まって僕は婚活市場らから締め出される事間違いなし。今度こそ僕の婚活が強制終了する。それだけは絶対に避けなければ! ……今までの中で一番良さそうな婚活パーティーで、今度こそと思ったが、仕方がない。将来に繋げる為だ。次に期待しようにもその次がなければどうしようもないんだから、仕方がない。
「わぁー! 何だか僕、猛烈に何かの賞を受賞したくなったなぁ! それこそ、今直ぐにでも! こうなったら王城に行って、オーリツァー賞を受賞するっきゃない! 善は急げだ、さあ行こう!」
「え、そう? なら、早速王城へ行こうか。また今みたいに急にトリケット婦人主催のパーティーに行きたくなったら遠慮せず言うんだよ? 私が連れてってあげるからね」
「そんな事起こりっこない! 僕の頭の中はオーリツァー賞で一杯だ! さあ早く行くぞ!」
 僕の不敬な態度に戦けばいいのか、それとも僕が授賞式に出る気になって喜べばいいのか、分からない……そんな複雑怪奇な感情を雄弁に物語る変な表情をする部長。何故かダグラスに姫抱きにされたままの僕と、僕を腕の中に収めて嬉しそうな大公子殿下。そこにダグラスの従者を加えた四人で豪華な馬車に乗り込み、出発する。残念ながら、馬車が目指すはトリケット夫人主催の婚活パーティーではなく、オーリツァー賞授賞式のある王城だ。こえして、心の中で悲しみの血涙を流しつつも、上機嫌のダグラスと共に王城までドナドナされる僕なのだった……。
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