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後編 攻め視点
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最初はどうとも気にかけていなかった。ただ、教会の悪事を暴く過程で助け出した大勢の内の1人。精々それだけ。生まれてこの方ろくに陽の光を浴びる事すらできず薄暗い地下の牢屋に繋がれるばかりで、痩せて衰えた体を哀れとは思いはしたが、悲しい事にそんな不幸は教会の影響下ではあまりにもありふれていた。なんなら救われる日を迎える前に潰えた命を思えば、生きて自由になれただけ恵まれているとも言える。そうは言ってもそんな無神経な言葉をあの哀れな被害者の前で実際に口にするなんて愚かな事、絶対にできないが。
名前を与えたのも気まぐれだ。他でもないあなたに名付けて欲しい。枯れ木のように細い、簡単に手折れそうな手で俺の服に遠慮がちに縋り、そんな願いを口にした子供。別に名前をつける気もつけない気もどちらもなかったが、断る理由も特になかったしなによりその子供があの地獄から自身を助け出した俺を特別視しているのは傍目にも明らかだったので、まあそれくらいの贈り物をしてやってもいいだろう。何にせよ子供は慈しみ、大切にしてやるものだから。その子が俺を慕っているのなら、尚更。そんな親切心とも義務感とも区別の付けられない理由で、名前を与えた。
ヒース。荒地にも根付いて、美しい花を咲かせる植物。他人に踏み躙られ続け荒れ果ててしまったこの子供の人生にも、思わず人々が足を止め見蕩れてしまうような素晴らしい何かが花咲くように。柄にもなくそんな小っ恥ずかしいキザな願いを込めて、その名を子供に贈った。もっとまともな人間らしい名前もあったかもしれないが、無学な俺にはこれくらいが精一杯だったんだ。子供……ヒースは俺からその名前を貰うと、丸みのない痩けた頬をぎこちなく動かして、満面の笑みをうかべ礼を言ったのだった。
それ以来ヒースが何かと俺に纏わり付き、影に日向に色々とやっているのは把握していたが、特に咎めたりした事はない。それは偏にヒースが変にしゃしゃりでて俺の行動の邪魔になったり、裏でコソコソ手を回して俺に迷惑をかけたり、そういった煩わしい事を一切しなかったからだ。むしろヒースの働きで消耗品の補充や他人との報連相ががスムーズにいったりと、色々と上手く回る事が多かった。役に立つのならその行動を止めさせる様な理由もないだろう。……とは言え、要は俺はヒースをあいつの好意に付け込み、便利な道具として扱っていたに過ぎない。もし邪魔になったら遠ざければいい、なんて傲慢な考えすら抱いていたと思う。今思うとかなり酷い話だ。
俺は所詮どこまで行っても利己的で自分本位な人間だった。教会の不正を追求したのは幼馴染で聖女でもあるタビサを害されないようにする為。ヒースの様な虐げられていた人達を助けたのは教会の不正の証拠として利用する為で、誰にでも優しく平等に接したのは革命軍のリーダーとしてそう振舞った方が受けが良かったからだ。裏に確かな得があったからこそ、俺は他人に親切にしてきた。そうする事で他人に好かれるような素晴らしい英雄像を作り上げ、初恋の相手であるタビサに自らを売り込んでいたのだ。全ては己の幼い頃からの初恋を実らせる為。他人の事なんて少しも考えちゃいない。
しかし、当然そんな愚かで身勝手な行いには、相応の天罰が下った。タビサは気が付かぬ内にこの国の王太子と結ばれていたのだ。王太子は身分の貴賎や学のあるなしを鼻にかけないいい奴で、短い付き合いでも親友とも呼べるような仲になれた相手だった。昔から好きだった人が別の相手と結ばれた事や、その相手が親友で尚且つ自分より何もかも格上の相手である事。そしてなにより、そんな2人の仲を自分は赤の他人どころかかなり親交のある仲なのに、何も知らずにいた事に深く深く傷つき絶望させられた。俺はタビサも自分の事をそういう意味で好いてくれていると思っていたのだが……どうやらそれは、俺の思い上がり故に生まれた錯覚だったらしい。
頬を染め幸せそうに笑うタビサの姿も、彼女をに寄り添い自信に溢れ堂々と立っている王太子の姿も、ただ見ている事すら耐え難い程に辛い。それなのに絶望故か体は動いちゃくれないのがあまりにも惨めだ。2人の交際と婚姻が宣言され、俺は絶望と共にその場に立ち尽くしていた。混乱と絶望に目の前が真っ暗になり、頭の中を怒りや憎しみ、破壊衝動までもが駆け巡る。それ等の感情を抑えるのに精一杯で、その後の記憶は曖昧だ。ただ、誰かに強く手を引かれ、歓声と祝福の雨霰から逃げるようにその場を後にした事だけは覚えている。
それからの毎日は辛かった。次から次へと暗い感情が体の奥底から溢れてくる。心から愛した相手と生涯の友情を誓った相手は結婚準備に忙しいと言って、まるで罪滅ぼしするかの様に数々の褒美の品とやらを送って来るだけで、顔も見せやしない。革命軍の仲間達は暗い感情に支配されて周囲に当り散らし、泣いて喚いて酒に溺れる俺に幻滅した目を向けて離れていった。かつて親しくした2人の送ってきた使用人達が囁く陰口や世間からの俺の評判を聞く度に、俺の中の闇は深まり気が触れそうになる。それでも最後の一線を越えなかったのは、何も俺の精神が強靭だったからではない。恐慌状態に陥り前後不覚になる度、衝動を抑えきれず暴れてその末に疲れ果て倒れるように眠りにつく度、どこからかささやかな温もりがやって来て俺に寄り添ってくれる。背中を摩り、手を握って、頭を撫でてくれるその温もりが、ギリギリ俺の正気を保ってくれていた。
温もりの正体について暴こうとした事はない。俺は自分の悲しみに溺れるあまりそんな余裕はなかったし、殆ど常に暗い感情に支配されていてまともな思考なんてほぼ残っていなかった。なにより、温もりの正体を明かしてしまうのが、俺は怖くてたまらなかったのだ。俺が温もりの正体を知り、温もりが温もりではなく誰か名前を持った個人になったら? そうすれば温もりは、ただそこにある優しさからタビサや王太子、かつての仲間達の様にいつか俺を裏切る可能性を孕んだ1人の人間になってしまう。この状況下で最後に俺に残された温もりを手放すなんて恐ろしい事したくなかったし、そんな事になったら俺は今度こそ生きていけなくなる。なにより、もう俺の心もうはこれ以上誰かからの裏切りに耐えられそうになかった。半ば狂気に支配されながらも完全に狂い切る勇気は持てず、かと言って正気のまま現実に向き合う度胸もなく。俺はひたすらに悲しみに支配されるがまま、現実逃避を続けた。
おかしくなりかけた頭が時たま正常に動く度、周囲はどんどん移ろっていく。季節が変わっているのは勿論、住む場所や身につけている衣服、そこに居る顔ぶれ、何でも変わった。それらがみすぼらしくなり、数を減らしていく様は、我が身の凋落を如実に表している様だ。唯一変わらないのはあの温もりだけ。温もりは時折誰かの影を纏う。柔らかい髪。色白な肌。黒目がちで揺らぎながらもこちらを真っ直ぐ見詰める目。しかしそれ等は確かな誰かとして1つの像を結ぶ前に揺らいで薄れて儚く消えていく。温もりが誰か分からない程に、俺が正気で居られる時間はどんどん短くなっていった。
ある日の事だ。俺はいつぶりかに正気を取り戻した。その時まで安っぽい作りのベッドに浅く腰かけ、古く汚れた何もない壁を見詰めて居たらしい。妙に突っぱる頬を触ると、酷く泣いた後だったのか涙の痕跡が指に触れる。頭や腹、節々が酷く痛い。しかし、そんな事よりも重大な事があった。あの温もりが、居ない。狂気に身を投じている最中も、こうして時たま正気に戻った時も、いつもそばに寄り添ってくれていた筈の温もりが、どこにも感じられないのだ。
ああ、そんな。まさか……。1つの嫌な考えが頭を支配する。俺はとうとう、あの優しい温もりにすら捨てられてしまったのか、と。大切な人達や仲間達、世間や果ては世界にすら裏切られた様なものだった。それでも、あの温もりだけはいつも傍に居てくれたのに、それなのに。そこまで考えるともう駄目で、俺は居てもたってもいられなくなってふらつきながらも立ち上がる。
家中を温もりを探して歩き回る。しかし、温もりはどこにも居ない。狭く侘しい家なんてくまなく見て回っても探し尽くしてしまうのなんてあっという間で、俺は元の部屋に戻り呆然と立ち竦むしかなかった。ベッドからよく見える位置にある窓から、真っ赤な夕日が見える。寂寥感を掻き立てる暮れ方の明かりを見ていたら、いてもたってもいられない気持ちになって、瞬間俺の心はとうとうその一線を踏み越えてしまった。
フラリ、と部屋を出てリビングらしき部屋に入る。先程温もりを探していた時は焦りに駆り立てられ荒々しいまでの激しさだったのに、今は我ながら頼りなさしか感じられない不確かで危なっかしい足取りだった。それでも衝動に突き動かされるがまま、キッチンの収納をあれこれ漁る。途中で唯一鍵がかかっている引き出しを見つけたので、どうにかこうにかそれを壊して中を確かめると、案の定そこには鈍く光るナイフがあった。それを無造作に掴んで、少し考えてからまたフラフラと最初の部屋に戻る。どうせ死ぬにしても自分の死体が1人寂しく床に転がるのは嫌だった。最後の最後まで他人に見捨てられ続けた自分の人生を象徴するような死に方をするよりか、せめて多少は柔らかいベッドの上で死のうと思ったのだ。
ストン、とマットレスに腰かければギシリと大袈裟な程に嫌な音が立つ。だが、今更そんな事気にならない。どうせもう直ぐ血塗れになってそのままゴミになるようなベッドなんだ。むしろ多少ボロい方が惜しむ気持ちも湧かなくていいだろう。指先でナイフの切れ味を確かめる。うん、ちゃちだがよく手入れされてて充分切れそうだ。これならきちんと目的を果たせるだろう。ここまで来て躊躇う筈もなく、一切の気負いのない動作でナイフを首筋に当てる。先ず指先で脈打つ頸動脈の位置をしっかり確かめてから、ナイフを両手で握り締め直して思いっ切り力を込めて勢いよく引こうとした、その時。
「スタンリー!」
俺の名前を呼びながら、誰かが部屋に飛び込んできた。その声の響きに固めた筈の覚悟が一瞬で瓦解し、ナイフを握っていた手が錆びた歯車みたいにギシリと固まる。あまりにも聞き覚えのあるその声。それは、いつも温もりを感じる時に意識朦朧としながらも何度も聞いた声だった。
帰ってきてくれた? 俺は見捨てられた訳じゃなかったのか? 1度は俺を捨てたけど、後悔したのかも……。嬉しい。凄く……凄く嬉しくて、涙さえ出そうだ。だが、それと同じくらいに怖くもなった。温もりが俺を捨てたのが俺の勘違いだったのか、それとも温もりは1度俺を本当に捨てたけれど思い直して戻ってきてくれたのか、それはこの際どうでもいい。重要なのは俺が温もりに捨てられる疑似体験をし、その可能性をかいま見てしまった事。この先有り得るかもしれないその未来が何より恐ろしい。万が一でもこれから先またあんな経験をするくらいなら、この温もりにまだ愛されている今、全てを終わらせたかった。
温もりの声を聞いてそれだけで安らぎを覚える。俺の手からナイフを取り上げようと組み付いてくる、その存在や行動を感じるだけで泣きそうだ。それでも、いいやだからこそ、俺はナイフで自らの頸動脈を切り割こうとした。全てをここで終わらせる。温もりにこうして死なせないように必死で止めてもらえる、今の内に。ナイフを取り合って温もりと揉み合う。お互いに必死だ。もう直ぐ全ての苦しみが終わると思えば不思議な程に気分は晴れやかになり、頭を蝕んでいた霞が消えていく。そうすると、目の前の光景が、温もりを形作る要素が、鮮明になっていった。
柔らかな髪はかつて1度だけ撫でた事のある丸く形のいい頭に生えていたもの。白い肌は日の光を浴び慣れていないせいでちっとも色がつかないとボヤきつつ見せられたもの、揺らぎながらもこちらを見詰めるのを止めない目はいつも俺の姿を追いかけていたもの、筋張って細い腕、薄っぺらな体、案外整っていて可愛らしい顔立ち……。そしてなにより、いつも傍に居てくれた大切な温もり。全ての要素が組木のように合わさっていって、かつて親切ごかして名付けてやった子供がそこに姿を現した。
ああ、ヒース。お前はこんなに落ちぶれ惨めになった俺ですら、まだそんな風に必死になって自刃を止める程慕ってくれているのか。最後にその事を知れてよかった。死に行く俺への最高の餞だ。せめて人生の最後にささやかでも救いがあってよかったよ。いっそ高揚感にも似た昂りを覚え、ヒースと争いながらも手の中のナイフを強く引く。いくら俺が狂った日々を送り衰えているとはいえ、体格で劣るヒースに負ける筈がない。このままナイフをもぎ取ってそのままあの世へおさらばしよう。そう、思っていたのに。
「ヒ、ヒース……。違っ、そんなつもりじゃ……」
ナイフを持つ手が震える。その切っ先から伝わった肉を傷つけ骨の上を滑る感触が、手に残って離れない。俺の喉を引き裂き惨めな人生を終わらせる筈だったナイフは、何の因果かアベコベに俺に唯一残された大切な温もりの……ヒースの顔に大きく深い傷を付けていた。みるみる内に真っ赤に染まっていくその顔面や、幼さの残る顔の上にできた傷のあまりの禍々しさに呆然と震えていると、ヒースが突然俺に飛びかかってきてその手からナイフを奪い取る。そしてヒースはそのまま俺の事を優しく抱き締めてくれた。そうしてヒースからかけられる言葉は俺を責めるものではなく、それどころかこっちを労るものばかり。頭を抱かれながら俺は自らの身勝手さや愚かさに骨の髄から振るえ、ただただこれから先どれだけ時間をかけようとも自分は今日のこの日の事を償い続けなくてはならない、と深く深く思い知った。例え、その為にこの苦痛に満ちた人生を長引かせる事になろうとも構わない。皮肉にも温もりの正体がヒースだと知り、そしてヒースが我が身の危険も顧みずに俺を生かそうとした事で気がついたのだ。俺がヒースにこれまで与えられた献身は、そうするだけの価値があると。
長い時間で狂気に馴染んでしまっていた俺の心身は、直ぐには健康を取り戻す事はできなかった。それでも、他ならぬヒースのお陰で確実に回復に向かっている。悲しみや苦しみに襲われる度に寄り添ってくれるヒースを思えば安らぐし、共に過ごす穏やかな日々の中で怒りや憎しみは萎び、暗い感情や破壊衝動はヒースの顔についた生々しい傷跡を見るだけでスッと冷えていった。それでもどうしようもない時はあるが、そんな時間も傍で献身的に支えてくれるヒースの存在があるお陰で乗り越えられる。俺はかつて愛した人や信じた人、沢山の人達に裏切られた。それ故に何も残らないと思っていたけれど、それは違ったみたいだ。ヒース。俺の大切な唯一。最初はただこんな俺にも残されたたった1人の相手だからこそ湧いていた筈の執着が、その優しさや暖かな思いに晒される内に確かな愛情に変わっていったのは、いつからだっただろう。
ヒースはこんな俺の事も慕ってくれている。だからこそこんな状況で気持ちを伝える訳にはいかない。だって、ヒースはきっと『スタンリーの為になるのなら』の一言共に、なんの躊躇いもなく自分の感情を無視して俺に自らを差し出してしまうだろうから。こんなにも俺に尽くしてくれたヒースに、そんな惨い仕打ちはしたくない。後少し体が回復したら、もう少し精神が安定したら。そんな言い訳をしながら、俺はヒースからの無償の好意を享受する。俺と会話をすればそれだけで微笑み、隣に立てば敬愛を込めた目で見上げてくるヒースが可愛くて堪らず、俺の中でヒースに対する気持ちは時を追うごとにどんどん育っていった。
「ヒース、顔に汚れがついてる」
「え、本当? どこについてる?」
「ああ、待った。俺が拭ってやるから、動かなくていい」
相変わらず生活は貧しくて、こうして時折野山にくり出して食べられそうな動植物を採取せねばならない程だ。それでも、不思議と気持ちは穏やかで満ち足りた思いがする。頬に着いた土汚れを手を伸ばして拭ってやれば、ヒースはありがとうと礼を言ってフンワリと笑った。その様子があまりにも可愛らしくて、何だかこっちまで笑顔になってしまう。ああ、なんと恵まれた時間だろうか。キラキラと眩しく輝いている訳ではないけれど、それでも確かに毎日が幸せで胸が暖かくなる。こんな穏やかな幸福が、ずっと続けばいいのに。富も名声も何も要らない。ただ、ヒースがそこに居てさえくれれば、それだけで俺は……。そんな俺のささやかな願いは、突然俺達の元を訪れた彼女によって壊された。
「タビサ、どうしてここに……」
「スタンリー、会いたかったわ!」
突如姿を現したかと思えば断りもなく家に踏み入り、身勝手な事をベラベラと捲し立てるタビサ。その醜悪な振る舞いや蟠りを悪い意味で気にしていない素振りに、思わず体が強ばり体温が下がる。しかし、タビサはそんなことに気が付かず、若しくは気にかける様子もなくかつての如く親しげに擦り寄ってきた。何にせよ、俺の心情なんでどうでもいいと思っているのだろう。そうでなければこんな風にあまりにも身勝手に振る舞える筈がない。
かつて1度は心から愛した相手のあんまりな態度に、俺はショックで何も言えなくなってしまう。そんな俺の事など気にもとめず、タビサは哀れみたっぷりに聞いてもいない自らの不幸な現状を語り、更には俺に自らの国外逃亡の幇助をしろと、まるでそうされて当たり前だとでも言うかのような態度で要求をしてきた。よくもまあ俺相手にそんな事が言えたもんだ。タビサに対する俺の気持ちを彼女が知らなかったなんて、そんな事は全く思わない。かつて仲間内で彼女への俺の気持ちは周知の事実だったからな。唯一王太子という立場故に周囲との関わり方に制限のあったローレンスは違ったかもしれないが……それはあくまでも例外中の例外だろう。
なんにせよ動けずに固まっている俺に、ヒースの視線が突き刺さる。どうするべきなんだ。ヒースは主に俺の優しい所に好感を持ってくれていた様だし、いくら相手が身勝手な態度を取っていても、無下には扱わず親切にして見せた方がいいのか……? そうして迷っている間に始まった、聞かされる聞くも涙、語るも涙の今の俺でも分かる程に嘘くさい彼女の身の上話。どうやらタビサは何がなんでも俺を自分の味方に引き込んで、いいように扱いたいらしい。どうせまた前みたいに俺の事を便利に使い捨てるつもりなんだろう。適当に甘い言葉だけで好き放題使えれば上等、駄目だったら駄目だったで全責任をおっ被せてそのままおさらば。彼女のそんな薄汚い考えが手に取るように透けて見えた。何も見返りを求めず、傷つけられ恩を仇で返されようが、いつも笑って俺に寄り添ってくれているヒースとは大違いだ。一時でもこんな人間性の相手に惚れていたなんて、我ながら神経を疑うな。
呆気に取られて返事もできずにいたら、タビサはそれを自分に都合のいいように解釈したらしい。甘えた仕草で俺の腕に自らの腕を搦め、擦り寄ってくる。冗談や比喩じゃなしに、本気で鳥肌が立った。勿論いい意味ではなく、悪い意味で。気持ち悪いし不快感で吐き気までしてきそうな有様である。耐えかねて咄嗟にタビサを押しのけようとした、その時。
「ごめんスタンリー。俺、やっぱり外に出てる」
傍で一部始終を見ていたヒースが、目の前の光景を振り切るような動作で立ち上がり、あっという間に家を出て行った。きっと俺とタビサの遣り取りが見るに耐えなかったのだろう。無理もない。無償の献身を施し必死こいて立ち直らせつつある相手が、その落ちぶれる原因となった相手と仲良くやっていたら誰だっていい気はしないだろう。俺としても今気になっている相手に他の相手……それも、昔惚れてたと知られてる相手と現在も仲良くやってると思われるのは業腹だ。ヒースが居なくなったのをいいことに邪魔が消えたと言わんばかりに更に体を寄せてこようとするタビサを、俺は乱暴な動作で押し退ける。力が入り過ぎてタビサが痛そうな顔をしたが、今はそれに申し訳ないと思える余裕もなかった。
「ちょっと、何するのよスタンリー! 痛いじゃない!」
「帰ってくれ、タビサ。今更会いにこられても話す事は何もない。二度と俺の目の前に姿を見せるな」
「はぁ? 何言ってるのよスタンリー。私とあなたの仲じゃない。同じ村出身の幼馴染で、前はとっても仲良くやってたでしょう? それに……あなた、私の事が好きでしょう? 若しかして、気持ちに応えてあげられなかったから拗ねてるの? だって、仕方がないでしょう。王太子であるローレンスに迫られたら、いくら聖女とはいえ平民の私にはどうしようもなかったのよ!」
幼馴染で、仲良くやっていて、俺に好意を持たれている。その自覚がありながら損得勘定を元に俺を捨てて、俺が落ちぶれていくのを助けもせずに見て見ぬふりをして、挙句の果てに謝罪の1つもなく『私が困ってるんだから助けろ』だって? ふざけるのも大概にしてくれ。別に今更謝罪や愛情を返して欲しいんじゃない。それでも、何もなかったみたいに振る舞うのは違うだろう。挙句俺が拗ねてるだの、ローレンスが悪いだの……。どこまで人を馬鹿にする気だ。かつての俺はタビサにあれだけ大きな愛情を持っていた。しかし、今となってはその愛はすっかり冷めてしまっていて、痘痕もエクボどころかかつて少なからず持っていた好意のせいで憎さ百倍といった心情だ。
「帰ってくれ。そしてここにはもう来るな」
「キャッ! 待って、何するのよ!?」
もうこれ以上は顔も見たくなくて、痛いだのなんだの猿みたいにキーキー喚くのも構わずタビサを家の外に放り出す。また入ってこられては困るので、追い出して直ぐ閂をかけて扉に背を持たれ掛けさせた。タビサは暫く扉の外でここを開けてよだの話を聞いてよだの甲高く耳障りな声で喚き、ドンドンと扉を叩いていたが、一切返事せずに無視し続けていたらいつの間にか居なくなっていた。諦めたのだろうか。いや、そんな訳ない。今回は帰ったみたいだけど、タビサはきっとまたこの家にやってくる。当たって欲しくないそんな俺の予想は、案の定当たってしまい……。
「スタンリー! ねえ、いいでしょう? いい加減私に協力してよ!」
「あなたはいつも私を助けてくれた。今回もきっと、助けてくれるわよね?」
「スタンリー、あなたはこんな汚い場所で一生を終える気? 私に協力すればまた前の立場を取り戻せるし、あなたを見下してきた奴等を見返せるわよ?」
何度も繰り返し家までやってきては断りもせずにズカズカと上がり込み、心惹かれない分蛇の囁きより醜悪で聞き苦しい讒言もどきの雑言をあれこれ並べ立てていくタビサ。追い返そうにもこちらが何か言う前に、好きかって自分だけに都合のいい事を並べ立ててくるのだから辟易してしまう。未だ主に精神状態が健康的に回復したと言い難い俺は、タビサのキンキン声を少し耳にしただけでもう駄目で、正直彼女の顔を見ただけでだんだん具合が悪くなってくるくらいだ。けれど、こればっかりはヒースに面倒を押し付けるわけにはいかない。タビサは俺を訪ねてきている訳だし、なにより彼女は元々教会で虐待されていたヒースの事を見下し馬鹿にしていて更にはそのことを隠しもしない。いつまでも俺の持ち込んだ問題のせいでヒースに迷惑をかけていたくないというのは勿論、大切な人に害意を持っている相手を態々近づけるなんて事、絶対にしたくなかった。早く俺がタビサを何とかしなくては。絶対にヒースとの穏やかな暮らしを取り戻してやる。
そう、固く決意したまでは良かったのだが。そうは思えどもなかなか上手く事が運ばないのが現実というもの。タビサはこっちに一切の遠慮容赦なく自分の都合だけに配慮して毎日のように家までやって来るし、ヒースはタビサが来ると悲しげな目でこちらを見て何も言わず家から出ていくようになってしまった。素早く纏わりついてくるタビサを振り払おうとすればどうして乱暴な動作になってしまいそうで、ただでさえいいとこ無しの俺の辛うじて優しい部分に好感を持ってくれているヒースの前ではそんな事したくない。かと言って何とかタビサを荒っぽくないようにどうにか引き剥がす頃には、ヒースはとっくの昔に家を出て行ってしまっている。日に日にこちらに向けられるヒースの瞳に宿る悲しみが増している様で、焦りばかりが募った。そしてとうとう、決定的な事が起きてしまう。
「もう、スタンリーってば、そうやって嫌がってるふりで私の気を惹こうとしてるのね? 渋れば渋るだけ、私からいい条件で対価を得られるかもしれないし、なにより自分を選んで貰えなかった意趣返しができると思ってるんでしょう。仕方ないなぁ……。それなら、特別に少しだけ前払いをしてあげるから、それで機嫌を治して私のお願いを聞いてね? 約束よ?」
そう言うとタビサは俺が拒絶の言葉を吐く前に、こちらに近づきながら手早く自らの服を肌蹴させ始めたではないか! こいつ、正気か!? 信じられない! こんな安い色仕掛けでコロッと言う事を聞く様になると思われているのも、見たくもないものを見せられているのも、何もかもが腹立たしいやら嫌で堪らないやらでいっそ吐き気までしてきそうだ。そうして俺が嫌悪感で固まっている間に、半裸になったタビサが俺の腕を取ろうとする。どうやら取った俺の手を自らの体にくっつける気らしい。俺はそれを反射で乱暴に振り払った。
「キャッ! ちょっと、何するのよスタンリー!?」
咄嗟の事だったのとヒースが居なかったのもあって、今回はタビサ相手でも手加減ができていない。流石に全力でやった訳ではないし、多少療養していようが俺は弱っている状態だったので壁に叩きつけられたり等はしなかったが、それでもタビサは振り払われた拍子にふらつき転んでしまった。その光景に俺はハッとする。脳内ではヒースの顔に消えない傷をつけてしまったあの日の事がフラッシュバックしていた。
相手は愛しいヒースじゃないし、死のうとしている俺を止めるといった差し迫った必要性があって向こうが近づいてきている訳でもない。むしろタビサは今では嫌いな相手で、とても身勝手な理由で俺に近づいてきている。それでも、この状況があの日の事にダブってしまう。俺が我儘を通しそれを止めようとする相手を拒絶したせいで、相手が怪我をしてしまったら? ヌタッと流れる血、濃い鉄錆の匂い、重たい雫が床に落ちる音。あんなもの、もう二度と見たくないし経験したくもない。ある程度健康になれたとは言え未だ狂気から完全に抜け出せていない俺の精神は、あっという間に半ばパニック状態になってしまった。体が固まりまともな思考が出来なくなるが、それでも辛うじて残った理性をかき集めて、タビサに背を向け壁に向かう形で床の上に蹲りどこからも手を出されないようにガッチリと丸まった。こうする事で、タビサを始めとした世界の全てを拒絶しているのだ。ここには守ってくれるヒースはいないし、今の俺には理路整然とした細かいやり取りの元タビサを相手して拒絶するのは無理なので、纏めて全てを受け入れないようにする苦肉の策である。
「ちょっと、スタンリー? いきなりどうしたのよ? 何でそんなポーズをしてるの? ねえ、さっきあなたにいきなり突き飛ばされて怪我させられかけたんだから、お詫びに少しは話を聞いて頂戴よ! あなた、私の事が好きなんでしょう? 好きな相手のお願い事くらい、聞いたらどうなの!?」
俺の危機的状態がよく分かっていないらしいタビサが、執拗く傍まで来て乱暴に肩を掴み大きく揺さぶってきた。しかし、俺はそれにも無反応だ。当然だろう。だってこれ以上パニックにならない様に外的な情報をなるだけ取り入れないようにしてるんだから、必死に意識を逸らして無視したらそうもなる。ただただ床の上で丸まり周囲を拒否し続ける俺にも、暫くの間タビサはあーだこーだと話しかけ続けてきていたが、何をどれだけ言い募ろうと一切反応しない俺にだんだん苛立ってきたらしい。声音があからさまに不機嫌になって、俺を揺さぶる手つきも遠慮がなくなっていく。耳元で叫ばれるタビサのキンキン声で頭が痛いし、揺さぶられ過ぎて鞭打ちにでもなりそうだ。それでもいつまでも執拗く纏わりつき、自分の要求が通るまで梃子でも動きそうにないタビサの追求に、パニック状態に陥りかけた俺の脆い精神は早々に根を上げてしまう。だからと言って、あの時あんな事口にすべきではなかったのだと後になってからは思ったのだが、その時は本当に混乱していて悲しい程に正常な判断はできなかった。
「今俺が好きなのは、ヒースだ。お前じゃない」
「はぁ? ヒースって……確か、あの小汚い奴の名前よね? あいつの事が好き? この私を差し置いて? 折角私が会いに来てあげたのに、どうしてそんな下手な嘘をつくのよ? 信じらんない!」
「嘘なんかじゃない。俺が愛しているのはヒースだけだ」
「……そっちがその気なら、私にも考えがあるわ」
瞬間、項垂れているせいで顕になっていた首筋に生ぬるい吐息がかかり、それとほぼ同時にチリッと鋭い感覚が。何をされたのか分からないのも相まって、流石にこれには反応せざるを得ない。と言っても、驚いて肩を跳ねさせ、タビサの方を見る程度だったが。振り向けば存外近い距離にタビサの顔があって、咄嗟に嫌悪感でまた突き飛ばしてしまいそうになったのを何とか堪える。先程何かされたところを手で押え瞬時に距離を取った俺を、タビサは直ぐ側で腰に手を当てた偉そうな仁王立ちに不遜な笑みを浮かべて見下ろしていた。
「フフ、ちゃんと痕になったみたいね」
「タビサ、何を……」
「何って、キスマークを付けてあげたんじゃない! 私があなたにこういった事をしてあげてもいい、って思っているっていう証拠として付けてあげたの。どう? あなたが私の言う事を聞くのなら、これ以上もしてあげてもいいけど?」
はぁ? キスマーク? こういった事? 何を巫山戯た事を言っているんだ。最早縁が切れたとすら思っていたくらい繋がりが薄れていた相手に、それもこっちが嫌がっているのも無視して毎日の様に家まで押しかけてくる相手に、そういった事をされて嬉しいと思うわけがない。更に言えばキスマーク付けられたって、精々嫌悪感で自らの皮膚を剥がしたくなるだけだろう。タビサはどれだけ自分の価値を高く見積っているんだ。自己評価が高過ぎて、呆れ果ててものも言えない。
ああ、もう我慢の限界だ。できることなら今この瞬間にも自惚れた表情でこちらを見下ろしているタビサの顔面を、思いっきり振り抜いた拳で殴ってしまいたい。悲しい事に辛うじて理性が残っているので、やらないが。タビサはこれでも一応王太子妃だから、そんな事したら俺はお尋ね者だ。別に今更惜しいと思う様な命ではないが、折角これから先に用意されているであろうヒースとの楽しく幸せな時間を、こんな女なんかの為にみすみす手放したくはない。それでも、どうにか俺とヒースの生活からタビサを締め出さないと。いつまでもヒースに頼ってばかりはいられないし、なによりこれは俺の問題だから、今度は自分の手で。そう一念発起した俺は、覚悟を決めて立ち上がり、タビサを思いっきり睨みつけて出せる限り硬い声を出す。
「タビサ。今直ぐ出ていけ」
「何よ? あなたが凄んだって怖くなんか」
「今直ぐ、出ていけ」
今までとは違い嫌悪感を全く隠さず、あえて恐ろしく見える様意識しながらタビサを威圧した。今までヒースの手前強い態度を取らなかった俺のこの態度に、流石に面の皮の厚いタビサも怯んだらしい。言葉を途中で飲み込んで、思わずといった様子で1歩後退る。俺はその隙を見逃さず、瞳に更なる怒りと嫌悪感を宿らせる様に意識しながら、怖い顔を作ってタビサに躙り寄った。
「出ていけ。それとも、俺に首根っこ掴まれてゴミを捨てるみたいにして表に放り出されたいのか?」
「……わ、分かったわよ。今日のところは帰ってあげるわ……」
タビサはこちらを警戒しながらも、先程までの強情が嘘のようにスンナリ扉から出ていく。やれやれ、ようやくだ。だが、タビサは欲求を我慢できない程欲深くなんでも自分の思い通りにしないと気が済まない程傲慢で、何よりそれが自分の為になるのなら蛇の様に諦めが悪い。仮にもあいつの幼馴染の俺だからこそ、その事はよく分かっていた。きっと時間を置けば、今日こうして俺に凄まれたのもコロッと忘れてまた自分の言う事を聞かせようと押しかけてくるだろう。そして、きっと自分の要求が叶えられるまで決して諦めず、その間俺に安息の時は訪れない。本当に困ったものだ。……仕方がない。こうなったら、昔の好で穏便に済まさず、あえて大事にして永遠にタビサに煩わされない様にする他ないだろう。俺の立場や評判があまり宜しくない今、騒ぎを大きくするのはあまり望ましくないだう。しかし、この先一生付き纏わられるなんて事にならない様に、どこかでガツンと釘を刺すのは必要な事だ。
と、そこまで考えたところで居間の方から人の気配と物音が聞こえてきた。タビサと入れ替わりで、ヒースが帰ってきたのだろうか? だとしたら彼の顔を見たい。我儘勝手ばかりのタビサの相手をして疲れた今の俺には、ヒースの顔を見て癒される時間が必要だろうから。ああ、何だか凄く疲れた。ヒースに愚痴る訳にはいかないが、せめて顔を見て安心するくらいは許して欲しいな。そんな事を考え、フラフラとリビングへ向かう。
「ヒース?」
名前を呼んで、リビングに顔を出す。そこには、予想通りヒースが居た。……どうかしたのだろうか? しかし、なんだか元気がなさそうに見える。顔色も悪い。心配になって、気遣う言葉を口にしながら近づいたのだが……。
パシンッ
「なんだよ、結局くっつくのかよ。必死になってあなたを立ち直らせた俺が馬鹿みたいだ」
伸ばした手は辿り着く前に叩き落とされる。続けてヒースが口にした台詞がよく理解できなくて、ひたすら困惑するしかない。ヒースは俺の手を拒絶した後暫し何か考え込むかの様に黙って俯いていたが、やがて空気を切替える為か違う話題を口にしてそれ以上の追求を許さなかった。そのまま夕食がどうだこうだと言ってキッチンに引っ込み、俺からはなんの申し開きも出来ないまま話は有耶無耶になってしまう。ただ1つ確かな事は、この瞬間を境にヒースと俺の間になにか絶対的な隔絶が生まれてしまったという事だけだった。
それからの毎日でも、相変わらずタビサの勝手な要求や押しかけは続いている。それと並行して、ヒースとの間に生じた隔たりはどんどん大きくなっていく様だった。一応俺も水面下でではあるものの、しっかりとタビサの悪辣な所業に対応してはいる。もう関わりたくないと思っていた元親友、王太子ローレンスと連絡を取り、タビサに関して苦情を申し立てたのだ。それで直ぐ解決すると思う程甘ちゃんではなかったが、だからと言ってこっちも横暴な聖女を排除したいから彼女を糾弾する材料を集める為に暫く泳がせて、君の方もタビサの横暴の証拠を集めてくれと言われたのは流石に予想外だったが。
まあただ王家から注意を受けるだけではあの身勝手なタビサへの抑止力としては一時的なものにしかならないだろうから、それなら彼女に不利な証拠を沢山集めて権力の座から引き摺り下ろし完全にやり込める方がいいか……。と、思って王家からのタビサ糾弾とそれに関連する証拠集めの協力の打診を受け入れてしまったのが運の尽き。タビサのありのままの振る舞いを記録に残す為に必要最低限以外は彼女を拒否できないし、魔法を使い公的な記録を残しているので後々不利に働かない様に下手にこちらから厳しい態度を取る事も叶わない。それを都合のいいように勘違いしたタビサの言動は増長する一方。ヒースから向けられる視線は冷たいし、態度だってどんどんよそよそしくなっていく。ただでさえタビサの相手で疲弊しているのでヒースに癒してもらいたいのに、これ以上彼に甘える訳にもいかず更に言えばどうも避けられているみたいでストレスは溜まっていく一方だった。早くタビサが失脚すればいい。彼女が失脚しさえすれば俺はこの生き地獄から開放される。そしたらまず1番にヒースにこれまでの事を誠心誠意謝って、そこから改めてあいつに恋愛的な意味で意識してもらえる人間のスタートラインに立てるよう努力しよう。そう、思っていたのに。
「殿下! 大変です、聖女様が!」
ローレンスと王宮の一室でタビサの悪行の証拠の数々を前にしながら膝を突合せ、早くあいつを何とかしろとせっついたり後ちょっと待ってくれと渋られイラついたりしていたら、慌てた様子の騎士が部屋に駆け込んできた。ローレンスはこの部屋に入る前に、内密で大事な話をするからと人払いをして更には余程の事がない限り決して邪魔をするなと申し置いていた筈だ。だからこそ、忠実な臣下がこうして部屋に駆け込んでくるなんてきっとかなりの緊急事態に違いない。やれやれ、また国境沿いで小競り合いだろうか? それも大変な事だとは思うが、こっちもこっちで緊急性が高い事なんだから、正直邪魔をされてムカつく。何にせよ俺はもう表舞台からは身を引いているし、何もできることはない。変に首を突っ込んでこれ以上面倒事が増えるのも嫌だ。ここは一先ず大人しくしておこう。……そんな甘い考えは、次に騎士が口にした台詞で見事に打ち砕かれた。
「聖女様が……王太子妃殿下が、広場で民衆を集めて騒ぎを起こしています! なんでも、1人の平民の男を断罪し処刑すると息巻いているとか……! 男の名前は分かりませんが、若くて顔に派手な刀傷があるらしく」
「っ!? おい、それは本当か!?」
騎士が最後まで報告し終わるのも待たず、横合いから口を挟む。つい最近まで教会相手に派手な革命運動を行っていたんだ。若くて顔に刀傷がある男なんて、それこそ探せばそれなりに居るかもしれない。それでも、この時俺の頭に浮かんだのは、たった1人落ちぶれた俺の傍にも残ってくれて、影に日向に支え続けてくれたあいつだけだった。いつか見た控えめな笑顔が脳裏にチラつく。その顔に斜めに走った、俺が着けてしまった悲しい傷跡も。気がつくと俺は、タビサが騒いでいるという広場を目指して部屋を飛び出し走り出していた。
出せる限りの速さで道を駆け抜け、時に転びそうになり、人を押し退けながらたどり着いた問題の広場。そこで目にした光景は、俺にとってタビサとローレンスの結婚を覆せない様に大衆の面前で宣言された、絶望のあの日よりも俺を震え上がらせた。
「ヒース!」
1番人垣が薄かったタビサの配下の騎士達が固めている一角は、騎士達は元を正せば王家に仕えているのも相まって、王太子であるローレンスを前にするとあっさり俺を通してくれた。自分でも驚く程の素早さでヒースに近づいたお陰で、タビサやその周囲の人間は俺の接近に一切気がついていない。それでも、タイミングとしてはギリギリだった。俺はその名前を叫ぶと同時にヒースの体に飛びつき、庇いながら飛びついた勢いを活かして2人の体の位置を横にズラす。次の瞬間、鈍い音を立ててヒースの首を落とそうとしていた斧が振り下ろされ処刑台の板に突き刺さった。正しく、間一髪と言った所だ。あと少しで最愛を失うところだったという事実に総身が震え、その細い体をギュッと抱き締めた。そうしてもう絶対に離してなるものか、と必死にヒースを抱き締めている間にも、周囲ではあれこれとやり取りが続く。だが、ヒースの拘束さえ外してしまえば後はもうどうでもいい。そんな事よりも、ヒースの顔色や明らかにできたばかりの殴られた様な傷の方が遥かに心配だった。誰もヒースに手を出せない様に周囲を警戒しながら、できる限り急いで乗ってきた馬車に誘導する。
馬車の行先は知らないが、ローレンスはあれで抜け目のない男だ。仮にもかつては親友として共に過ごした仲なのだから、それくらい分かっている。きっとあいつなら人目を避けれて直ぐに医者を呼べる、どこか静かな場所に馬車を向かわせてくれるだろう。なんだかんだで義理堅い奴だし、変な心配はしていない。それよりも、今第一の懸念事項は、ヒースの真新しい傷の具合だ。頼み込んで見せてもらったが、正直かなり痛々しくて少し目にするだけで辛かった。ああ、早く医者に診せないと。ヒースがこれ以上辛い思いをするのは絶対に嫌だ。
やがて馬車が停ったのはタビサの悪行を国に報告している時に使用していたのと同じ場所だったので、多少なりとも勝手が分かっている飲もあって勝手に適当な部屋を選びそこでヒースを休ませた。豪奢な内装に気圧された様に縮こまるヒースは気の毒に思えたが、それ以上にこんな時まで周囲に気後れするその様子が悲しい。何だかもうドス黒い様々な感情で頭の中がグチャグチャだ。どうにも怒りが収まらない。腹立ち紛れに、俺達が入室してから間髪入れずに入室してきた医者やその手伝いの侍女達を睨み付けて監視する。
その内診療は終わり、俺達2人以外の人間は全員部屋を出ていった。気を回したローレンスに予め何か言われていたのかもしれない。何だっていい。それより、今はヒースを休ませないと。そんな思いの下、ヒースに声をかけたのだが……。
「本当に大丈夫だから! もう放っとけよ!」
今までになく強い口調でヒースが俺を拒絶する。驚いたが、それ以上に拒絶したヒース自身が辛そうな表情をしていたので、傷つきはしなかった。名前を呼んで、近くまで行き、手を握ってやんわりと逃げられないようにしてから静かに対話を始める。それから沢山話を重ねた。その途中でヒースに泣かれて胸が締め付けられたり、 タビサの嘘による誤解が発覚してそれに対する弁明をしたり。なかなか難儀したが、それでも精一杯言葉を尽くした。ヒースに、愛する人に変な勘違いを受けるのが嫌だったのは勿論、溢れる思いを抑えきれなかったからだ。ひたすら真摯に、真心を込めて愛情を伝える。
ヒースに嫌われる恐怖を無理矢理押し込めながら嘘偽りなく胸の内を明かす不思議な高揚感で、なんだか全身がフワフワする様だ。いっそこのまま、と思って高揚感に身を任せて罠を仕掛ける形で愛を伝え、返事を乞う。正直、気持ちに応えて貰える自信はあまりない。ここまでの俺は本当にいいとこなしだったから。だからこそ、ヒースが気持ちを返してくれた時、喜びで舞い上がってしまってそのまま本当に死んでしまうかと思った程だ。そこから先は夢の様。全てを晒け出し気持ちを伝え、強請られるのに任せ優しく丁寧に体を繋げ、ヒースを思う存分トロットロになるまで甘やかした。大切にすればするだけ、愛を示せば示しただけ、ヒースは精一杯応えてくれる。俺が着けてしまった顔の傷に誓いを立てた後、そのままヒースは眠りに落ちた。なんだかんだ強請ってきてはいたが、傷の事もあるしやはり相当疲れていたらしい。自分も眠るヒースの隣で暫し体を休めようかと思ったが、控えめなノック音が聞こえてきて予定を変える。ムニャムニャと微睡むヒースの頭をサラリと一撫でしてから、起こさないよう慎重にその隣から這い出した。身なりを整え隣接する部屋に足を踏み入れると、そこに居たのは。
「……皇太子殿下」
「スタンリー。ここには私と君以外誰も居ないから、畏まらないでくれ」
「しかし」
「私の立場で要求できる事ではないと重々承知しているが、今だけでもまだ何の蟠りのなかった頃のように接してくれないか? ……色々とあって、少し疲れてるんだ」
要は一時的にでいいから昔の様に気の置けない友人関係に戻ってくれないか? って事だろう。あんな事があったばかりだし、事情を知った上で気軽に寄りかかれる先が欲しいんだろうな。なんともまあ都合のいい話だ。色々事情があって仕方がない面もあったとはいえ、ローレンスだって俺を裏切り傷つけた連中の1人なんだから。まあでも、ローレンスのお陰でヒースを助けられて直ぐにいい医者にかからせられたし、こうして恵まれた環境で休ませてやれている。それを思えば少しくらいなら……。いやでも、よく考えたらこいつがちゃんと自分の妻を管理していなかったせいで、俺のみならずヒースまで巻き込まれて散々な目にあったとも考えられるな。……。これ以上は深く考えないようにしよう。
ローレンスに対して色々と思うところはあるが、ここで俺達へかけられた迷惑の数々の責任を追求するよりも、一旦は許したフリをしておいて罪悪感を刺激し受けた損害の保証をできる限り長く沢山引き出した方がきっと得だ。現状俺が1人でやるよりも、その方が潤沢にヒースをサポートしてやれる。男として少々情ない手だったが、それでヒースが心置きなく療養できるのなら、俺はどんな汚名だって被ってやる覚悟だ。俺は怒りを押え、心にもない労りの感情を表情に滲ませながら、ローレンスの言葉に従う。
「分かったよ、ローレンス。それで、何の用だ? 悪いがヒースは頭を殴られてるから、少なくとも一昼夜は気をつけて様子を見るように医者から言われているんだ。心配だから、あまり長く傍を離れたくない」
「ああ、分かった。それなら、できる限り手短に話すよ」
ローレンスが淡々と事務的にタビサの今後の処遇やあの後俺達が立ち去った後の騒ぎの顛末について話していく。取り敢えず、タビサは極刑になるそうだ。勿論ローレンスとは離婚。国の端、北の寂れた奥地に建つ、寒々しい離宮に生涯閉じ込められるらしい。そこは宮殿とは名ばかりの、人工的に作られた窪地の中に建てられた廃屋だ。手入れはされていないし辛うじて形を保っているだけで、当然豪華な暮らしも傅いてくる使用人も何もなく、それどころか陽の光すらまともに刺さない。絶壁で囲まれた離宮は外から縄梯を垂らしてもらわなければ出入りすることすら不可能で、週に1度投げ込まれる食事の配給が途絶えれば、たちまち死んでしまう事になる。タビサはこれから先死ぬまでそこで過ごす事となり、死んだら遺体はそのままなんの供養もされずに海にでも捨てられる予定らしい。聖なる魔力を持つ聖女で元とは言え一時は王太子妃だった人間としてはかなり重い処罰だが、やった事を考えれば当然の扱いなのかもしれない。
タビサは罪人に仕立てたげたヒースの処刑というパフォーマンスを通して自らの潔白を偽造し、それを大衆の面前で行うことで民意を味方につけ国が自らを許さざるを得ない状況を作るの心積りだった様だ。しかし、結果それが裏目に出る。知っての通りタビサの浅はかな計画は破綻。しかし、大々的に人々の前で馬鹿な大騒ぎを起こした事で、隠匿のしようがないくらいに今回の事件は人々に知られてしまった。王家としては態々無理して平民から取り立てた王太子妃が大問題を起こした事で面子は潰れるわ、事件を呼び水にこれまでひた隠しにしてきたタビサの普段の愚かな行いがどこからが漏れ出していい笑いものになるわで、今やすっかり立場をなくしてしまったらしい。タビサを王太子妃に据えたせいで貴族からはかなり反感を買っていたし、そうでなくともタビサの愚かさのせいで王家とそれを支える貴族達の間には溝ができていたのに、唯一残った後ろ盾である民草からの支持まで失った形になる。もう早こんな大失敗した今の王室を一新し、公爵家などの傍系王族から新たな王を立てる話まで出てきてるらしく、ローレンスは心労で窶れ老け込んでいた。
正直ローレンスの王太子の座なんてどうでもいいことこの上ないが、タビサのことを抜きにすればこいつはなかなか優秀で次代の君主としても能力的に申し分なかったと記憶している。今回の事件が堪えてかなり反省してるみたいだし、これだけの事があったんだから今後は慎重になって同じ間違いを2度も犯すような馬鹿はしない筈だ。まあ、積極的に行動する気は更々ないが、被害者の1人として何か意見を求められる様なことがあった時には、多少の手加減くらいはしてやるか。なによりこいつが王太子のままでいられた方が、ヒースに対する補償が充実しそうだしな。最後にヒースが得するなら、俺はなんだっていい。俺にとってはヒースの辛苦を取り除くのが唯一絶対の目標で、後はもう十把一絡げに全てどうでもよかった。
「本当に、今回は大変な迷惑をかけてしまって済まない」
「全くだ。二度とこんな事がないようにしてくれ」
「それはもう当然だ。後、できたらヒース君にも直接謝罪を」
「駄目だ。お前は絶対ヒースに会わせない」
「そ、そうか……。分かった……」
ローレンスは絶対ヒースに会わせたくない。タビサの時みたいにまたこいつに盗られるんじゃないかとか、そういう心配をしているわけではなかった。流石に深く愛を確かめあったさっきの今で、それを疑う様な事はしない。ヒースが俺にベタ惚れなのは十分分かってるし、あの裏切りがあってからヒースはローレンスを毛嫌いしている。だからこそローレンスに会わせたくないんだ。ヒースの事だから上手くやるとは思っているが、万が一にでも俺に対する感情が溢れるあまりにローレンスに不敬な態度をとってしまって、それを咎められたら困る。ローレンスは俺達に負い目があるからそんなに心配はないが、五月蝿い外野に知られたら事だ。ただでさえローレンス達現王室の権威が弱まっている今、平民にすら侮られていると余計な波風になっても困る。何より少なくとも暫くの間はヒースには心穏やかに過ごしていて欲しかった。これまではヒースが俺を守ってくれていたんだから、今度は俺があいつを守る番だ。
「さて、だいたい話は終わったか? さっき話した迷惑料とか慰謝料とかの保証については、後で正式な書類に纏めて持ってきてくれ。確認して問題がなかったら、サインをしておくから。もう決めとく事は何もないよな? いい加減ヒースの所に戻りたい」
「あ、ああ。そうだな。長く引き止めてしまって申し訳ない」
ヒラリと手を振るのを返事の代わりに、俺は黙って席を立つ。早く早く、ヒースの安らかな寝顔を見たい。さっき医者にも注意してみていろと言われたし、無理させたばかりの立場で言えた事ではないが本当に心配なんだ。今夜は一睡もせずにヒースの様子を見守ろう。そんな決意を胸にヒースの眠る部屋へと続く扉に足を向けた。そんな俺の背後から、不意にローレンスが声をかけてくる。
「なぁ、スタンリー」
「なんだ?」
「その……君は今、満たされているかい?」
ローレンスの言葉に振り返り、何か淡く期待するような表情で縋るみたいな目付きでこっちを見てくる相手を見返す。その目を見て俺は、向こうの言いたい事を瞬時に理解した。成程、こいつは俺を味方に引き込みたいのだ。今回の事件の被害者として加害者側の王家の情状酌量を訴えて欲しいのは勿論。また昔の様に親友にでも戻り、苦しい立場のローレンスの精神的支えにでもなって欲しいのだろう。満たされていないなら足りない分は物でも金でもなんでも、私が埋めてやる。だから自分の味方になってくれ。そんな心積もりらしい。やれやれ、なんと愚かな。俺は物も金も要らない。そんなものよりもっと価値のある、愛し愛される喜びで、俺は十分過ぎる程に満たされているからな。俺の今の様子を見てそんな事も分からない程ローレンスは愚かなのか、それとも形振り構っていられない程追い詰められているのか……。何でもいい。最早この男は、俺が心を傾ける相手ではないのだから。
「ああ、今の俺は十分に満たされていると、胸を張って言えるよ」
「……そうか」
「それでは、王太子殿下。私はこれで失礼します。今後の事は呉々もよろしくお願いします」
他人行儀な敬語で、もう自分達は昔の様な関係には戻れない事、2人の間にどうにもならない隔絶がある事を暗示する。傷ついた表情をする王太子に満面の笑みを見せつけて、俺は今度こそその場を後にした。部屋に戻ると広いベッドの上でヒースがモゾモゾと動いている。目が覚めたのかと思って近づいたが、どうやら違う様だ。ヒースは寝ながらなにか探しているのか、モゾモゾと手を動かして辺りを探っていた。そしてその場所は、先程まで俺が居た場所で……。試しにヒースの探っている場所に体を滑り込ませれば、ヒースは直ぐさまニジニジと寄ってきてそのまま俺の胸に顔を埋め、もう離さないという意思表示でもするみたいにヒシッと抱きついてきた。胸元にある寝顔を見れば、幸せそうな表情でウットリと眠っている。どうやらヒースは、寝ながらも俺の事を探していたらしい。ああ、なんて可愛いんだ! 思わずニヤけて顔がだらしなく緩む。
ヒースが起きたら、たっぷり甘やかそう。きっと遠慮深いこいつは恐縮して縮こまるだろうから、甘やかされるのに慣れてしまって萎縮しなくなるまで、何度でも。俺とヒースにはこれから先の未来がある。幸せで、希望に溢れた未来が。その全てを齎してくれたのは、他でもないヒースだ。暗くうらぶれた日々の中で神を呪い、時にその存在を疑いさえした。でも、この温もりを腕の中にだくだけで、今ではこんなにも簡単に祝福を信じられる。神はいなくても、苦しいばかりの人生でも、俺にはヒースがヒースには俺が居るのだ。それだけでもういいと思える程度には、今の気持ちは安らかで幸福で満ち足りていた。俺はヒースの体を抱き返し、唇に笑みを浮かべこの身に余る祝福を全身で感じる。そうしてそのまま目を閉じた。
後年、この時の事は歴史書にこう記されている。神の権威を笠に着て横暴に振舞った教会は民草から立ち上がった革命軍の英雄達に滅ぼされ、その旗印となった聖女も王太子妃になるとやがて慢心し、教会の面々と同じ様に廃された。その影には一人の男が居たという。
その男は国政にこそ関わらなかったが、それでも彼の活躍で制度が変わらなければ、今日の国の様々な発展は成し得なかっただろうと言われている。1つの宗教による圧制や、思い上がった聖女の暴虐、そして失政を重ねていた血統に基づいた王政。国の癌となり蝕んでいたそれ等は、一人の男の手によって一掃されたのだ。この事によってその後の時代に生まれた国民達が、どれだけ救われた事か。男は正しく、英雄と言うに相応しい。
しかし、男は何故ここまでの改革を行ったのだろう? 腐敗した層が支配する国の将来を憂いた為? それとも、悪政に苦しむ国民を救う為? 残念ながら、その理由は一切伝わっていない。何故ならその男が、無欲にも自らの事を英雄ではなくただ一人の一般人として扱われる事を望んだからだ。一説によると男は、自分は都合がいいからという理由で勝手に英雄に担ぎあげられただけだと言って憚らなかったという。男の後半生は曖昧で、いつどこでどう死んだのかすら定かではない。ただ一つ確かなのは、名前すら分からないその男の隣に、いつも一人の小柄な男が居た事だ。この男もまた、名前も素性も伝わっていない。ただ、2人は常に一緒に過ごしていて、生涯支え合い寄り添い合って生きていたという……。
名前を与えたのも気まぐれだ。他でもないあなたに名付けて欲しい。枯れ木のように細い、簡単に手折れそうな手で俺の服に遠慮がちに縋り、そんな願いを口にした子供。別に名前をつける気もつけない気もどちらもなかったが、断る理由も特になかったしなによりその子供があの地獄から自身を助け出した俺を特別視しているのは傍目にも明らかだったので、まあそれくらいの贈り物をしてやってもいいだろう。何にせよ子供は慈しみ、大切にしてやるものだから。その子が俺を慕っているのなら、尚更。そんな親切心とも義務感とも区別の付けられない理由で、名前を与えた。
ヒース。荒地にも根付いて、美しい花を咲かせる植物。他人に踏み躙られ続け荒れ果ててしまったこの子供の人生にも、思わず人々が足を止め見蕩れてしまうような素晴らしい何かが花咲くように。柄にもなくそんな小っ恥ずかしいキザな願いを込めて、その名を子供に贈った。もっとまともな人間らしい名前もあったかもしれないが、無学な俺にはこれくらいが精一杯だったんだ。子供……ヒースは俺からその名前を貰うと、丸みのない痩けた頬をぎこちなく動かして、満面の笑みをうかべ礼を言ったのだった。
それ以来ヒースが何かと俺に纏わり付き、影に日向に色々とやっているのは把握していたが、特に咎めたりした事はない。それは偏にヒースが変にしゃしゃりでて俺の行動の邪魔になったり、裏でコソコソ手を回して俺に迷惑をかけたり、そういった煩わしい事を一切しなかったからだ。むしろヒースの働きで消耗品の補充や他人との報連相ががスムーズにいったりと、色々と上手く回る事が多かった。役に立つのならその行動を止めさせる様な理由もないだろう。……とは言え、要は俺はヒースをあいつの好意に付け込み、便利な道具として扱っていたに過ぎない。もし邪魔になったら遠ざければいい、なんて傲慢な考えすら抱いていたと思う。今思うとかなり酷い話だ。
俺は所詮どこまで行っても利己的で自分本位な人間だった。教会の不正を追求したのは幼馴染で聖女でもあるタビサを害されないようにする為。ヒースの様な虐げられていた人達を助けたのは教会の不正の証拠として利用する為で、誰にでも優しく平等に接したのは革命軍のリーダーとしてそう振舞った方が受けが良かったからだ。裏に確かな得があったからこそ、俺は他人に親切にしてきた。そうする事で他人に好かれるような素晴らしい英雄像を作り上げ、初恋の相手であるタビサに自らを売り込んでいたのだ。全ては己の幼い頃からの初恋を実らせる為。他人の事なんて少しも考えちゃいない。
しかし、当然そんな愚かで身勝手な行いには、相応の天罰が下った。タビサは気が付かぬ内にこの国の王太子と結ばれていたのだ。王太子は身分の貴賎や学のあるなしを鼻にかけないいい奴で、短い付き合いでも親友とも呼べるような仲になれた相手だった。昔から好きだった人が別の相手と結ばれた事や、その相手が親友で尚且つ自分より何もかも格上の相手である事。そしてなにより、そんな2人の仲を自分は赤の他人どころかかなり親交のある仲なのに、何も知らずにいた事に深く深く傷つき絶望させられた。俺はタビサも自分の事をそういう意味で好いてくれていると思っていたのだが……どうやらそれは、俺の思い上がり故に生まれた錯覚だったらしい。
頬を染め幸せそうに笑うタビサの姿も、彼女をに寄り添い自信に溢れ堂々と立っている王太子の姿も、ただ見ている事すら耐え難い程に辛い。それなのに絶望故か体は動いちゃくれないのがあまりにも惨めだ。2人の交際と婚姻が宣言され、俺は絶望と共にその場に立ち尽くしていた。混乱と絶望に目の前が真っ暗になり、頭の中を怒りや憎しみ、破壊衝動までもが駆け巡る。それ等の感情を抑えるのに精一杯で、その後の記憶は曖昧だ。ただ、誰かに強く手を引かれ、歓声と祝福の雨霰から逃げるようにその場を後にした事だけは覚えている。
それからの毎日は辛かった。次から次へと暗い感情が体の奥底から溢れてくる。心から愛した相手と生涯の友情を誓った相手は結婚準備に忙しいと言って、まるで罪滅ぼしするかの様に数々の褒美の品とやらを送って来るだけで、顔も見せやしない。革命軍の仲間達は暗い感情に支配されて周囲に当り散らし、泣いて喚いて酒に溺れる俺に幻滅した目を向けて離れていった。かつて親しくした2人の送ってきた使用人達が囁く陰口や世間からの俺の評判を聞く度に、俺の中の闇は深まり気が触れそうになる。それでも最後の一線を越えなかったのは、何も俺の精神が強靭だったからではない。恐慌状態に陥り前後不覚になる度、衝動を抑えきれず暴れてその末に疲れ果て倒れるように眠りにつく度、どこからかささやかな温もりがやって来て俺に寄り添ってくれる。背中を摩り、手を握って、頭を撫でてくれるその温もりが、ギリギリ俺の正気を保ってくれていた。
温もりの正体について暴こうとした事はない。俺は自分の悲しみに溺れるあまりそんな余裕はなかったし、殆ど常に暗い感情に支配されていてまともな思考なんてほぼ残っていなかった。なにより、温もりの正体を明かしてしまうのが、俺は怖くてたまらなかったのだ。俺が温もりの正体を知り、温もりが温もりではなく誰か名前を持った個人になったら? そうすれば温もりは、ただそこにある優しさからタビサや王太子、かつての仲間達の様にいつか俺を裏切る可能性を孕んだ1人の人間になってしまう。この状況下で最後に俺に残された温もりを手放すなんて恐ろしい事したくなかったし、そんな事になったら俺は今度こそ生きていけなくなる。なにより、もう俺の心もうはこれ以上誰かからの裏切りに耐えられそうになかった。半ば狂気に支配されながらも完全に狂い切る勇気は持てず、かと言って正気のまま現実に向き合う度胸もなく。俺はひたすらに悲しみに支配されるがまま、現実逃避を続けた。
おかしくなりかけた頭が時たま正常に動く度、周囲はどんどん移ろっていく。季節が変わっているのは勿論、住む場所や身につけている衣服、そこに居る顔ぶれ、何でも変わった。それらがみすぼらしくなり、数を減らしていく様は、我が身の凋落を如実に表している様だ。唯一変わらないのはあの温もりだけ。温もりは時折誰かの影を纏う。柔らかい髪。色白な肌。黒目がちで揺らぎながらもこちらを真っ直ぐ見詰める目。しかしそれ等は確かな誰かとして1つの像を結ぶ前に揺らいで薄れて儚く消えていく。温もりが誰か分からない程に、俺が正気で居られる時間はどんどん短くなっていった。
ある日の事だ。俺はいつぶりかに正気を取り戻した。その時まで安っぽい作りのベッドに浅く腰かけ、古く汚れた何もない壁を見詰めて居たらしい。妙に突っぱる頬を触ると、酷く泣いた後だったのか涙の痕跡が指に触れる。頭や腹、節々が酷く痛い。しかし、そんな事よりも重大な事があった。あの温もりが、居ない。狂気に身を投じている最中も、こうして時たま正気に戻った時も、いつもそばに寄り添ってくれていた筈の温もりが、どこにも感じられないのだ。
ああ、そんな。まさか……。1つの嫌な考えが頭を支配する。俺はとうとう、あの優しい温もりにすら捨てられてしまったのか、と。大切な人達や仲間達、世間や果ては世界にすら裏切られた様なものだった。それでも、あの温もりだけはいつも傍に居てくれたのに、それなのに。そこまで考えるともう駄目で、俺は居てもたってもいられなくなってふらつきながらも立ち上がる。
家中を温もりを探して歩き回る。しかし、温もりはどこにも居ない。狭く侘しい家なんてくまなく見て回っても探し尽くしてしまうのなんてあっという間で、俺は元の部屋に戻り呆然と立ち竦むしかなかった。ベッドからよく見える位置にある窓から、真っ赤な夕日が見える。寂寥感を掻き立てる暮れ方の明かりを見ていたら、いてもたってもいられない気持ちになって、瞬間俺の心はとうとうその一線を踏み越えてしまった。
フラリ、と部屋を出てリビングらしき部屋に入る。先程温もりを探していた時は焦りに駆り立てられ荒々しいまでの激しさだったのに、今は我ながら頼りなさしか感じられない不確かで危なっかしい足取りだった。それでも衝動に突き動かされるがまま、キッチンの収納をあれこれ漁る。途中で唯一鍵がかかっている引き出しを見つけたので、どうにかこうにかそれを壊して中を確かめると、案の定そこには鈍く光るナイフがあった。それを無造作に掴んで、少し考えてからまたフラフラと最初の部屋に戻る。どうせ死ぬにしても自分の死体が1人寂しく床に転がるのは嫌だった。最後の最後まで他人に見捨てられ続けた自分の人生を象徴するような死に方をするよりか、せめて多少は柔らかいベッドの上で死のうと思ったのだ。
ストン、とマットレスに腰かければギシリと大袈裟な程に嫌な音が立つ。だが、今更そんな事気にならない。どうせもう直ぐ血塗れになってそのままゴミになるようなベッドなんだ。むしろ多少ボロい方が惜しむ気持ちも湧かなくていいだろう。指先でナイフの切れ味を確かめる。うん、ちゃちだがよく手入れされてて充分切れそうだ。これならきちんと目的を果たせるだろう。ここまで来て躊躇う筈もなく、一切の気負いのない動作でナイフを首筋に当てる。先ず指先で脈打つ頸動脈の位置をしっかり確かめてから、ナイフを両手で握り締め直して思いっ切り力を込めて勢いよく引こうとした、その時。
「スタンリー!」
俺の名前を呼びながら、誰かが部屋に飛び込んできた。その声の響きに固めた筈の覚悟が一瞬で瓦解し、ナイフを握っていた手が錆びた歯車みたいにギシリと固まる。あまりにも聞き覚えのあるその声。それは、いつも温もりを感じる時に意識朦朧としながらも何度も聞いた声だった。
帰ってきてくれた? 俺は見捨てられた訳じゃなかったのか? 1度は俺を捨てたけど、後悔したのかも……。嬉しい。凄く……凄く嬉しくて、涙さえ出そうだ。だが、それと同じくらいに怖くもなった。温もりが俺を捨てたのが俺の勘違いだったのか、それとも温もりは1度俺を本当に捨てたけれど思い直して戻ってきてくれたのか、それはこの際どうでもいい。重要なのは俺が温もりに捨てられる疑似体験をし、その可能性をかいま見てしまった事。この先有り得るかもしれないその未来が何より恐ろしい。万が一でもこれから先またあんな経験をするくらいなら、この温もりにまだ愛されている今、全てを終わらせたかった。
温もりの声を聞いてそれだけで安らぎを覚える。俺の手からナイフを取り上げようと組み付いてくる、その存在や行動を感じるだけで泣きそうだ。それでも、いいやだからこそ、俺はナイフで自らの頸動脈を切り割こうとした。全てをここで終わらせる。温もりにこうして死なせないように必死で止めてもらえる、今の内に。ナイフを取り合って温もりと揉み合う。お互いに必死だ。もう直ぐ全ての苦しみが終わると思えば不思議な程に気分は晴れやかになり、頭を蝕んでいた霞が消えていく。そうすると、目の前の光景が、温もりを形作る要素が、鮮明になっていった。
柔らかな髪はかつて1度だけ撫でた事のある丸く形のいい頭に生えていたもの。白い肌は日の光を浴び慣れていないせいでちっとも色がつかないとボヤきつつ見せられたもの、揺らぎながらもこちらを見詰めるのを止めない目はいつも俺の姿を追いかけていたもの、筋張って細い腕、薄っぺらな体、案外整っていて可愛らしい顔立ち……。そしてなにより、いつも傍に居てくれた大切な温もり。全ての要素が組木のように合わさっていって、かつて親切ごかして名付けてやった子供がそこに姿を現した。
ああ、ヒース。お前はこんなに落ちぶれ惨めになった俺ですら、まだそんな風に必死になって自刃を止める程慕ってくれているのか。最後にその事を知れてよかった。死に行く俺への最高の餞だ。せめて人生の最後にささやかでも救いがあってよかったよ。いっそ高揚感にも似た昂りを覚え、ヒースと争いながらも手の中のナイフを強く引く。いくら俺が狂った日々を送り衰えているとはいえ、体格で劣るヒースに負ける筈がない。このままナイフをもぎ取ってそのままあの世へおさらばしよう。そう、思っていたのに。
「ヒ、ヒース……。違っ、そんなつもりじゃ……」
ナイフを持つ手が震える。その切っ先から伝わった肉を傷つけ骨の上を滑る感触が、手に残って離れない。俺の喉を引き裂き惨めな人生を終わらせる筈だったナイフは、何の因果かアベコベに俺に唯一残された大切な温もりの……ヒースの顔に大きく深い傷を付けていた。みるみる内に真っ赤に染まっていくその顔面や、幼さの残る顔の上にできた傷のあまりの禍々しさに呆然と震えていると、ヒースが突然俺に飛びかかってきてその手からナイフを奪い取る。そしてヒースはそのまま俺の事を優しく抱き締めてくれた。そうしてヒースからかけられる言葉は俺を責めるものではなく、それどころかこっちを労るものばかり。頭を抱かれながら俺は自らの身勝手さや愚かさに骨の髄から振るえ、ただただこれから先どれだけ時間をかけようとも自分は今日のこの日の事を償い続けなくてはならない、と深く深く思い知った。例え、その為にこの苦痛に満ちた人生を長引かせる事になろうとも構わない。皮肉にも温もりの正体がヒースだと知り、そしてヒースが我が身の危険も顧みずに俺を生かそうとした事で気がついたのだ。俺がヒースにこれまで与えられた献身は、そうするだけの価値があると。
長い時間で狂気に馴染んでしまっていた俺の心身は、直ぐには健康を取り戻す事はできなかった。それでも、他ならぬヒースのお陰で確実に回復に向かっている。悲しみや苦しみに襲われる度に寄り添ってくれるヒースを思えば安らぐし、共に過ごす穏やかな日々の中で怒りや憎しみは萎び、暗い感情や破壊衝動はヒースの顔についた生々しい傷跡を見るだけでスッと冷えていった。それでもどうしようもない時はあるが、そんな時間も傍で献身的に支えてくれるヒースの存在があるお陰で乗り越えられる。俺はかつて愛した人や信じた人、沢山の人達に裏切られた。それ故に何も残らないと思っていたけれど、それは違ったみたいだ。ヒース。俺の大切な唯一。最初はただこんな俺にも残されたたった1人の相手だからこそ湧いていた筈の執着が、その優しさや暖かな思いに晒される内に確かな愛情に変わっていったのは、いつからだっただろう。
ヒースはこんな俺の事も慕ってくれている。だからこそこんな状況で気持ちを伝える訳にはいかない。だって、ヒースはきっと『スタンリーの為になるのなら』の一言共に、なんの躊躇いもなく自分の感情を無視して俺に自らを差し出してしまうだろうから。こんなにも俺に尽くしてくれたヒースに、そんな惨い仕打ちはしたくない。後少し体が回復したら、もう少し精神が安定したら。そんな言い訳をしながら、俺はヒースからの無償の好意を享受する。俺と会話をすればそれだけで微笑み、隣に立てば敬愛を込めた目で見上げてくるヒースが可愛くて堪らず、俺の中でヒースに対する気持ちは時を追うごとにどんどん育っていった。
「ヒース、顔に汚れがついてる」
「え、本当? どこについてる?」
「ああ、待った。俺が拭ってやるから、動かなくていい」
相変わらず生活は貧しくて、こうして時折野山にくり出して食べられそうな動植物を採取せねばならない程だ。それでも、不思議と気持ちは穏やかで満ち足りた思いがする。頬に着いた土汚れを手を伸ばして拭ってやれば、ヒースはありがとうと礼を言ってフンワリと笑った。その様子があまりにも可愛らしくて、何だかこっちまで笑顔になってしまう。ああ、なんと恵まれた時間だろうか。キラキラと眩しく輝いている訳ではないけれど、それでも確かに毎日が幸せで胸が暖かくなる。こんな穏やかな幸福が、ずっと続けばいいのに。富も名声も何も要らない。ただ、ヒースがそこに居てさえくれれば、それだけで俺は……。そんな俺のささやかな願いは、突然俺達の元を訪れた彼女によって壊された。
「タビサ、どうしてここに……」
「スタンリー、会いたかったわ!」
突如姿を現したかと思えば断りもなく家に踏み入り、身勝手な事をベラベラと捲し立てるタビサ。その醜悪な振る舞いや蟠りを悪い意味で気にしていない素振りに、思わず体が強ばり体温が下がる。しかし、タビサはそんなことに気が付かず、若しくは気にかける様子もなくかつての如く親しげに擦り寄ってきた。何にせよ、俺の心情なんでどうでもいいと思っているのだろう。そうでなければこんな風にあまりにも身勝手に振る舞える筈がない。
かつて1度は心から愛した相手のあんまりな態度に、俺はショックで何も言えなくなってしまう。そんな俺の事など気にもとめず、タビサは哀れみたっぷりに聞いてもいない自らの不幸な現状を語り、更には俺に自らの国外逃亡の幇助をしろと、まるでそうされて当たり前だとでも言うかのような態度で要求をしてきた。よくもまあ俺相手にそんな事が言えたもんだ。タビサに対する俺の気持ちを彼女が知らなかったなんて、そんな事は全く思わない。かつて仲間内で彼女への俺の気持ちは周知の事実だったからな。唯一王太子という立場故に周囲との関わり方に制限のあったローレンスは違ったかもしれないが……それはあくまでも例外中の例外だろう。
なんにせよ動けずに固まっている俺に、ヒースの視線が突き刺さる。どうするべきなんだ。ヒースは主に俺の優しい所に好感を持ってくれていた様だし、いくら相手が身勝手な態度を取っていても、無下には扱わず親切にして見せた方がいいのか……? そうして迷っている間に始まった、聞かされる聞くも涙、語るも涙の今の俺でも分かる程に嘘くさい彼女の身の上話。どうやらタビサは何がなんでも俺を自分の味方に引き込んで、いいように扱いたいらしい。どうせまた前みたいに俺の事を便利に使い捨てるつもりなんだろう。適当に甘い言葉だけで好き放題使えれば上等、駄目だったら駄目だったで全責任をおっ被せてそのままおさらば。彼女のそんな薄汚い考えが手に取るように透けて見えた。何も見返りを求めず、傷つけられ恩を仇で返されようが、いつも笑って俺に寄り添ってくれているヒースとは大違いだ。一時でもこんな人間性の相手に惚れていたなんて、我ながら神経を疑うな。
呆気に取られて返事もできずにいたら、タビサはそれを自分に都合のいいように解釈したらしい。甘えた仕草で俺の腕に自らの腕を搦め、擦り寄ってくる。冗談や比喩じゃなしに、本気で鳥肌が立った。勿論いい意味ではなく、悪い意味で。気持ち悪いし不快感で吐き気までしてきそうな有様である。耐えかねて咄嗟にタビサを押しのけようとした、その時。
「ごめんスタンリー。俺、やっぱり外に出てる」
傍で一部始終を見ていたヒースが、目の前の光景を振り切るような動作で立ち上がり、あっという間に家を出て行った。きっと俺とタビサの遣り取りが見るに耐えなかったのだろう。無理もない。無償の献身を施し必死こいて立ち直らせつつある相手が、その落ちぶれる原因となった相手と仲良くやっていたら誰だっていい気はしないだろう。俺としても今気になっている相手に他の相手……それも、昔惚れてたと知られてる相手と現在も仲良くやってると思われるのは業腹だ。ヒースが居なくなったのをいいことに邪魔が消えたと言わんばかりに更に体を寄せてこようとするタビサを、俺は乱暴な動作で押し退ける。力が入り過ぎてタビサが痛そうな顔をしたが、今はそれに申し訳ないと思える余裕もなかった。
「ちょっと、何するのよスタンリー! 痛いじゃない!」
「帰ってくれ、タビサ。今更会いにこられても話す事は何もない。二度と俺の目の前に姿を見せるな」
「はぁ? 何言ってるのよスタンリー。私とあなたの仲じゃない。同じ村出身の幼馴染で、前はとっても仲良くやってたでしょう? それに……あなた、私の事が好きでしょう? 若しかして、気持ちに応えてあげられなかったから拗ねてるの? だって、仕方がないでしょう。王太子であるローレンスに迫られたら、いくら聖女とはいえ平民の私にはどうしようもなかったのよ!」
幼馴染で、仲良くやっていて、俺に好意を持たれている。その自覚がありながら損得勘定を元に俺を捨てて、俺が落ちぶれていくのを助けもせずに見て見ぬふりをして、挙句の果てに謝罪の1つもなく『私が困ってるんだから助けろ』だって? ふざけるのも大概にしてくれ。別に今更謝罪や愛情を返して欲しいんじゃない。それでも、何もなかったみたいに振る舞うのは違うだろう。挙句俺が拗ねてるだの、ローレンスが悪いだの……。どこまで人を馬鹿にする気だ。かつての俺はタビサにあれだけ大きな愛情を持っていた。しかし、今となってはその愛はすっかり冷めてしまっていて、痘痕もエクボどころかかつて少なからず持っていた好意のせいで憎さ百倍といった心情だ。
「帰ってくれ。そしてここにはもう来るな」
「キャッ! 待って、何するのよ!?」
もうこれ以上は顔も見たくなくて、痛いだのなんだの猿みたいにキーキー喚くのも構わずタビサを家の外に放り出す。また入ってこられては困るので、追い出して直ぐ閂をかけて扉に背を持たれ掛けさせた。タビサは暫く扉の外でここを開けてよだの話を聞いてよだの甲高く耳障りな声で喚き、ドンドンと扉を叩いていたが、一切返事せずに無視し続けていたらいつの間にか居なくなっていた。諦めたのだろうか。いや、そんな訳ない。今回は帰ったみたいだけど、タビサはきっとまたこの家にやってくる。当たって欲しくないそんな俺の予想は、案の定当たってしまい……。
「スタンリー! ねえ、いいでしょう? いい加減私に協力してよ!」
「あなたはいつも私を助けてくれた。今回もきっと、助けてくれるわよね?」
「スタンリー、あなたはこんな汚い場所で一生を終える気? 私に協力すればまた前の立場を取り戻せるし、あなたを見下してきた奴等を見返せるわよ?」
何度も繰り返し家までやってきては断りもせずにズカズカと上がり込み、心惹かれない分蛇の囁きより醜悪で聞き苦しい讒言もどきの雑言をあれこれ並べ立てていくタビサ。追い返そうにもこちらが何か言う前に、好きかって自分だけに都合のいい事を並べ立ててくるのだから辟易してしまう。未だ主に精神状態が健康的に回復したと言い難い俺は、タビサのキンキン声を少し耳にしただけでもう駄目で、正直彼女の顔を見ただけでだんだん具合が悪くなってくるくらいだ。けれど、こればっかりはヒースに面倒を押し付けるわけにはいかない。タビサは俺を訪ねてきている訳だし、なにより彼女は元々教会で虐待されていたヒースの事を見下し馬鹿にしていて更にはそのことを隠しもしない。いつまでも俺の持ち込んだ問題のせいでヒースに迷惑をかけていたくないというのは勿論、大切な人に害意を持っている相手を態々近づけるなんて事、絶対にしたくなかった。早く俺がタビサを何とかしなくては。絶対にヒースとの穏やかな暮らしを取り戻してやる。
そう、固く決意したまでは良かったのだが。そうは思えどもなかなか上手く事が運ばないのが現実というもの。タビサはこっちに一切の遠慮容赦なく自分の都合だけに配慮して毎日のように家までやって来るし、ヒースはタビサが来ると悲しげな目でこちらを見て何も言わず家から出ていくようになってしまった。素早く纏わりついてくるタビサを振り払おうとすればどうして乱暴な動作になってしまいそうで、ただでさえいいとこ無しの俺の辛うじて優しい部分に好感を持ってくれているヒースの前ではそんな事したくない。かと言って何とかタビサを荒っぽくないようにどうにか引き剥がす頃には、ヒースはとっくの昔に家を出て行ってしまっている。日に日にこちらに向けられるヒースの瞳に宿る悲しみが増している様で、焦りばかりが募った。そしてとうとう、決定的な事が起きてしまう。
「もう、スタンリーってば、そうやって嫌がってるふりで私の気を惹こうとしてるのね? 渋れば渋るだけ、私からいい条件で対価を得られるかもしれないし、なにより自分を選んで貰えなかった意趣返しができると思ってるんでしょう。仕方ないなぁ……。それなら、特別に少しだけ前払いをしてあげるから、それで機嫌を治して私のお願いを聞いてね? 約束よ?」
そう言うとタビサは俺が拒絶の言葉を吐く前に、こちらに近づきながら手早く自らの服を肌蹴させ始めたではないか! こいつ、正気か!? 信じられない! こんな安い色仕掛けでコロッと言う事を聞く様になると思われているのも、見たくもないものを見せられているのも、何もかもが腹立たしいやら嫌で堪らないやらでいっそ吐き気までしてきそうだ。そうして俺が嫌悪感で固まっている間に、半裸になったタビサが俺の腕を取ろうとする。どうやら取った俺の手を自らの体にくっつける気らしい。俺はそれを反射で乱暴に振り払った。
「キャッ! ちょっと、何するのよスタンリー!?」
咄嗟の事だったのとヒースが居なかったのもあって、今回はタビサ相手でも手加減ができていない。流石に全力でやった訳ではないし、多少療養していようが俺は弱っている状態だったので壁に叩きつけられたり等はしなかったが、それでもタビサは振り払われた拍子にふらつき転んでしまった。その光景に俺はハッとする。脳内ではヒースの顔に消えない傷をつけてしまったあの日の事がフラッシュバックしていた。
相手は愛しいヒースじゃないし、死のうとしている俺を止めるといった差し迫った必要性があって向こうが近づいてきている訳でもない。むしろタビサは今では嫌いな相手で、とても身勝手な理由で俺に近づいてきている。それでも、この状況があの日の事にダブってしまう。俺が我儘を通しそれを止めようとする相手を拒絶したせいで、相手が怪我をしてしまったら? ヌタッと流れる血、濃い鉄錆の匂い、重たい雫が床に落ちる音。あんなもの、もう二度と見たくないし経験したくもない。ある程度健康になれたとは言え未だ狂気から完全に抜け出せていない俺の精神は、あっという間に半ばパニック状態になってしまった。体が固まりまともな思考が出来なくなるが、それでも辛うじて残った理性をかき集めて、タビサに背を向け壁に向かう形で床の上に蹲りどこからも手を出されないようにガッチリと丸まった。こうする事で、タビサを始めとした世界の全てを拒絶しているのだ。ここには守ってくれるヒースはいないし、今の俺には理路整然とした細かいやり取りの元タビサを相手して拒絶するのは無理なので、纏めて全てを受け入れないようにする苦肉の策である。
「ちょっと、スタンリー? いきなりどうしたのよ? 何でそんなポーズをしてるの? ねえ、さっきあなたにいきなり突き飛ばされて怪我させられかけたんだから、お詫びに少しは話を聞いて頂戴よ! あなた、私の事が好きなんでしょう? 好きな相手のお願い事くらい、聞いたらどうなの!?」
俺の危機的状態がよく分かっていないらしいタビサが、執拗く傍まで来て乱暴に肩を掴み大きく揺さぶってきた。しかし、俺はそれにも無反応だ。当然だろう。だってこれ以上パニックにならない様に外的な情報をなるだけ取り入れないようにしてるんだから、必死に意識を逸らして無視したらそうもなる。ただただ床の上で丸まり周囲を拒否し続ける俺にも、暫くの間タビサはあーだこーだと話しかけ続けてきていたが、何をどれだけ言い募ろうと一切反応しない俺にだんだん苛立ってきたらしい。声音があからさまに不機嫌になって、俺を揺さぶる手つきも遠慮がなくなっていく。耳元で叫ばれるタビサのキンキン声で頭が痛いし、揺さぶられ過ぎて鞭打ちにでもなりそうだ。それでもいつまでも執拗く纏わりつき、自分の要求が通るまで梃子でも動きそうにないタビサの追求に、パニック状態に陥りかけた俺の脆い精神は早々に根を上げてしまう。だからと言って、あの時あんな事口にすべきではなかったのだと後になってからは思ったのだが、その時は本当に混乱していて悲しい程に正常な判断はできなかった。
「今俺が好きなのは、ヒースだ。お前じゃない」
「はぁ? ヒースって……確か、あの小汚い奴の名前よね? あいつの事が好き? この私を差し置いて? 折角私が会いに来てあげたのに、どうしてそんな下手な嘘をつくのよ? 信じらんない!」
「嘘なんかじゃない。俺が愛しているのはヒースだけだ」
「……そっちがその気なら、私にも考えがあるわ」
瞬間、項垂れているせいで顕になっていた首筋に生ぬるい吐息がかかり、それとほぼ同時にチリッと鋭い感覚が。何をされたのか分からないのも相まって、流石にこれには反応せざるを得ない。と言っても、驚いて肩を跳ねさせ、タビサの方を見る程度だったが。振り向けば存外近い距離にタビサの顔があって、咄嗟に嫌悪感でまた突き飛ばしてしまいそうになったのを何とか堪える。先程何かされたところを手で押え瞬時に距離を取った俺を、タビサは直ぐ側で腰に手を当てた偉そうな仁王立ちに不遜な笑みを浮かべて見下ろしていた。
「フフ、ちゃんと痕になったみたいね」
「タビサ、何を……」
「何って、キスマークを付けてあげたんじゃない! 私があなたにこういった事をしてあげてもいい、って思っているっていう証拠として付けてあげたの。どう? あなたが私の言う事を聞くのなら、これ以上もしてあげてもいいけど?」
はぁ? キスマーク? こういった事? 何を巫山戯た事を言っているんだ。最早縁が切れたとすら思っていたくらい繋がりが薄れていた相手に、それもこっちが嫌がっているのも無視して毎日の様に家まで押しかけてくる相手に、そういった事をされて嬉しいと思うわけがない。更に言えばキスマーク付けられたって、精々嫌悪感で自らの皮膚を剥がしたくなるだけだろう。タビサはどれだけ自分の価値を高く見積っているんだ。自己評価が高過ぎて、呆れ果ててものも言えない。
ああ、もう我慢の限界だ。できることなら今この瞬間にも自惚れた表情でこちらを見下ろしているタビサの顔面を、思いっきり振り抜いた拳で殴ってしまいたい。悲しい事に辛うじて理性が残っているので、やらないが。タビサはこれでも一応王太子妃だから、そんな事したら俺はお尋ね者だ。別に今更惜しいと思う様な命ではないが、折角これから先に用意されているであろうヒースとの楽しく幸せな時間を、こんな女なんかの為にみすみす手放したくはない。それでも、どうにか俺とヒースの生活からタビサを締め出さないと。いつまでもヒースに頼ってばかりはいられないし、なによりこれは俺の問題だから、今度は自分の手で。そう一念発起した俺は、覚悟を決めて立ち上がり、タビサを思いっきり睨みつけて出せる限り硬い声を出す。
「タビサ。今直ぐ出ていけ」
「何よ? あなたが凄んだって怖くなんか」
「今直ぐ、出ていけ」
今までとは違い嫌悪感を全く隠さず、あえて恐ろしく見える様意識しながらタビサを威圧した。今までヒースの手前強い態度を取らなかった俺のこの態度に、流石に面の皮の厚いタビサも怯んだらしい。言葉を途中で飲み込んで、思わずといった様子で1歩後退る。俺はその隙を見逃さず、瞳に更なる怒りと嫌悪感を宿らせる様に意識しながら、怖い顔を作ってタビサに躙り寄った。
「出ていけ。それとも、俺に首根っこ掴まれてゴミを捨てるみたいにして表に放り出されたいのか?」
「……わ、分かったわよ。今日のところは帰ってあげるわ……」
タビサはこちらを警戒しながらも、先程までの強情が嘘のようにスンナリ扉から出ていく。やれやれ、ようやくだ。だが、タビサは欲求を我慢できない程欲深くなんでも自分の思い通りにしないと気が済まない程傲慢で、何よりそれが自分の為になるのなら蛇の様に諦めが悪い。仮にもあいつの幼馴染の俺だからこそ、その事はよく分かっていた。きっと時間を置けば、今日こうして俺に凄まれたのもコロッと忘れてまた自分の言う事を聞かせようと押しかけてくるだろう。そして、きっと自分の要求が叶えられるまで決して諦めず、その間俺に安息の時は訪れない。本当に困ったものだ。……仕方がない。こうなったら、昔の好で穏便に済まさず、あえて大事にして永遠にタビサに煩わされない様にする他ないだろう。俺の立場や評判があまり宜しくない今、騒ぎを大きくするのはあまり望ましくないだう。しかし、この先一生付き纏わられるなんて事にならない様に、どこかでガツンと釘を刺すのは必要な事だ。
と、そこまで考えたところで居間の方から人の気配と物音が聞こえてきた。タビサと入れ替わりで、ヒースが帰ってきたのだろうか? だとしたら彼の顔を見たい。我儘勝手ばかりのタビサの相手をして疲れた今の俺には、ヒースの顔を見て癒される時間が必要だろうから。ああ、何だか凄く疲れた。ヒースに愚痴る訳にはいかないが、せめて顔を見て安心するくらいは許して欲しいな。そんな事を考え、フラフラとリビングへ向かう。
「ヒース?」
名前を呼んで、リビングに顔を出す。そこには、予想通りヒースが居た。……どうかしたのだろうか? しかし、なんだか元気がなさそうに見える。顔色も悪い。心配になって、気遣う言葉を口にしながら近づいたのだが……。
パシンッ
「なんだよ、結局くっつくのかよ。必死になってあなたを立ち直らせた俺が馬鹿みたいだ」
伸ばした手は辿り着く前に叩き落とされる。続けてヒースが口にした台詞がよく理解できなくて、ひたすら困惑するしかない。ヒースは俺の手を拒絶した後暫し何か考え込むかの様に黙って俯いていたが、やがて空気を切替える為か違う話題を口にしてそれ以上の追求を許さなかった。そのまま夕食がどうだこうだと言ってキッチンに引っ込み、俺からはなんの申し開きも出来ないまま話は有耶無耶になってしまう。ただ1つ確かな事は、この瞬間を境にヒースと俺の間になにか絶対的な隔絶が生まれてしまったという事だけだった。
それからの毎日でも、相変わらずタビサの勝手な要求や押しかけは続いている。それと並行して、ヒースとの間に生じた隔たりはどんどん大きくなっていく様だった。一応俺も水面下でではあるものの、しっかりとタビサの悪辣な所業に対応してはいる。もう関わりたくないと思っていた元親友、王太子ローレンスと連絡を取り、タビサに関して苦情を申し立てたのだ。それで直ぐ解決すると思う程甘ちゃんではなかったが、だからと言ってこっちも横暴な聖女を排除したいから彼女を糾弾する材料を集める為に暫く泳がせて、君の方もタビサの横暴の証拠を集めてくれと言われたのは流石に予想外だったが。
まあただ王家から注意を受けるだけではあの身勝手なタビサへの抑止力としては一時的なものにしかならないだろうから、それなら彼女に不利な証拠を沢山集めて権力の座から引き摺り下ろし完全にやり込める方がいいか……。と、思って王家からのタビサ糾弾とそれに関連する証拠集めの協力の打診を受け入れてしまったのが運の尽き。タビサのありのままの振る舞いを記録に残す為に必要最低限以外は彼女を拒否できないし、魔法を使い公的な記録を残しているので後々不利に働かない様に下手にこちらから厳しい態度を取る事も叶わない。それを都合のいいように勘違いしたタビサの言動は増長する一方。ヒースから向けられる視線は冷たいし、態度だってどんどんよそよそしくなっていく。ただでさえタビサの相手で疲弊しているのでヒースに癒してもらいたいのに、これ以上彼に甘える訳にもいかず更に言えばどうも避けられているみたいでストレスは溜まっていく一方だった。早くタビサが失脚すればいい。彼女が失脚しさえすれば俺はこの生き地獄から開放される。そしたらまず1番にヒースにこれまでの事を誠心誠意謝って、そこから改めてあいつに恋愛的な意味で意識してもらえる人間のスタートラインに立てるよう努力しよう。そう、思っていたのに。
「殿下! 大変です、聖女様が!」
ローレンスと王宮の一室でタビサの悪行の証拠の数々を前にしながら膝を突合せ、早くあいつを何とかしろとせっついたり後ちょっと待ってくれと渋られイラついたりしていたら、慌てた様子の騎士が部屋に駆け込んできた。ローレンスはこの部屋に入る前に、内密で大事な話をするからと人払いをして更には余程の事がない限り決して邪魔をするなと申し置いていた筈だ。だからこそ、忠実な臣下がこうして部屋に駆け込んでくるなんてきっとかなりの緊急事態に違いない。やれやれ、また国境沿いで小競り合いだろうか? それも大変な事だとは思うが、こっちもこっちで緊急性が高い事なんだから、正直邪魔をされてムカつく。何にせよ俺はもう表舞台からは身を引いているし、何もできることはない。変に首を突っ込んでこれ以上面倒事が増えるのも嫌だ。ここは一先ず大人しくしておこう。……そんな甘い考えは、次に騎士が口にした台詞で見事に打ち砕かれた。
「聖女様が……王太子妃殿下が、広場で民衆を集めて騒ぎを起こしています! なんでも、1人の平民の男を断罪し処刑すると息巻いているとか……! 男の名前は分かりませんが、若くて顔に派手な刀傷があるらしく」
「っ!? おい、それは本当か!?」
騎士が最後まで報告し終わるのも待たず、横合いから口を挟む。つい最近まで教会相手に派手な革命運動を行っていたんだ。若くて顔に刀傷がある男なんて、それこそ探せばそれなりに居るかもしれない。それでも、この時俺の頭に浮かんだのは、たった1人落ちぶれた俺の傍にも残ってくれて、影に日向に支え続けてくれたあいつだけだった。いつか見た控えめな笑顔が脳裏にチラつく。その顔に斜めに走った、俺が着けてしまった悲しい傷跡も。気がつくと俺は、タビサが騒いでいるという広場を目指して部屋を飛び出し走り出していた。
出せる限りの速さで道を駆け抜け、時に転びそうになり、人を押し退けながらたどり着いた問題の広場。そこで目にした光景は、俺にとってタビサとローレンスの結婚を覆せない様に大衆の面前で宣言された、絶望のあの日よりも俺を震え上がらせた。
「ヒース!」
1番人垣が薄かったタビサの配下の騎士達が固めている一角は、騎士達は元を正せば王家に仕えているのも相まって、王太子であるローレンスを前にするとあっさり俺を通してくれた。自分でも驚く程の素早さでヒースに近づいたお陰で、タビサやその周囲の人間は俺の接近に一切気がついていない。それでも、タイミングとしてはギリギリだった。俺はその名前を叫ぶと同時にヒースの体に飛びつき、庇いながら飛びついた勢いを活かして2人の体の位置を横にズラす。次の瞬間、鈍い音を立ててヒースの首を落とそうとしていた斧が振り下ろされ処刑台の板に突き刺さった。正しく、間一髪と言った所だ。あと少しで最愛を失うところだったという事実に総身が震え、その細い体をギュッと抱き締めた。そうしてもう絶対に離してなるものか、と必死にヒースを抱き締めている間にも、周囲ではあれこれとやり取りが続く。だが、ヒースの拘束さえ外してしまえば後はもうどうでもいい。そんな事よりも、ヒースの顔色や明らかにできたばかりの殴られた様な傷の方が遥かに心配だった。誰もヒースに手を出せない様に周囲を警戒しながら、できる限り急いで乗ってきた馬車に誘導する。
馬車の行先は知らないが、ローレンスはあれで抜け目のない男だ。仮にもかつては親友として共に過ごした仲なのだから、それくらい分かっている。きっとあいつなら人目を避けれて直ぐに医者を呼べる、どこか静かな場所に馬車を向かわせてくれるだろう。なんだかんだで義理堅い奴だし、変な心配はしていない。それよりも、今第一の懸念事項は、ヒースの真新しい傷の具合だ。頼み込んで見せてもらったが、正直かなり痛々しくて少し目にするだけで辛かった。ああ、早く医者に診せないと。ヒースがこれ以上辛い思いをするのは絶対に嫌だ。
やがて馬車が停ったのはタビサの悪行を国に報告している時に使用していたのと同じ場所だったので、多少なりとも勝手が分かっている飲もあって勝手に適当な部屋を選びそこでヒースを休ませた。豪奢な内装に気圧された様に縮こまるヒースは気の毒に思えたが、それ以上にこんな時まで周囲に気後れするその様子が悲しい。何だかもうドス黒い様々な感情で頭の中がグチャグチャだ。どうにも怒りが収まらない。腹立ち紛れに、俺達が入室してから間髪入れずに入室してきた医者やその手伝いの侍女達を睨み付けて監視する。
その内診療は終わり、俺達2人以外の人間は全員部屋を出ていった。気を回したローレンスに予め何か言われていたのかもしれない。何だっていい。それより、今はヒースを休ませないと。そんな思いの下、ヒースに声をかけたのだが……。
「本当に大丈夫だから! もう放っとけよ!」
今までになく強い口調でヒースが俺を拒絶する。驚いたが、それ以上に拒絶したヒース自身が辛そうな表情をしていたので、傷つきはしなかった。名前を呼んで、近くまで行き、手を握ってやんわりと逃げられないようにしてから静かに対話を始める。それから沢山話を重ねた。その途中でヒースに泣かれて胸が締め付けられたり、 タビサの嘘による誤解が発覚してそれに対する弁明をしたり。なかなか難儀したが、それでも精一杯言葉を尽くした。ヒースに、愛する人に変な勘違いを受けるのが嫌だったのは勿論、溢れる思いを抑えきれなかったからだ。ひたすら真摯に、真心を込めて愛情を伝える。
ヒースに嫌われる恐怖を無理矢理押し込めながら嘘偽りなく胸の内を明かす不思議な高揚感で、なんだか全身がフワフワする様だ。いっそこのまま、と思って高揚感に身を任せて罠を仕掛ける形で愛を伝え、返事を乞う。正直、気持ちに応えて貰える自信はあまりない。ここまでの俺は本当にいいとこなしだったから。だからこそ、ヒースが気持ちを返してくれた時、喜びで舞い上がってしまってそのまま本当に死んでしまうかと思った程だ。そこから先は夢の様。全てを晒け出し気持ちを伝え、強請られるのに任せ優しく丁寧に体を繋げ、ヒースを思う存分トロットロになるまで甘やかした。大切にすればするだけ、愛を示せば示しただけ、ヒースは精一杯応えてくれる。俺が着けてしまった顔の傷に誓いを立てた後、そのままヒースは眠りに落ちた。なんだかんだ強請ってきてはいたが、傷の事もあるしやはり相当疲れていたらしい。自分も眠るヒースの隣で暫し体を休めようかと思ったが、控えめなノック音が聞こえてきて予定を変える。ムニャムニャと微睡むヒースの頭をサラリと一撫でしてから、起こさないよう慎重にその隣から這い出した。身なりを整え隣接する部屋に足を踏み入れると、そこに居たのは。
「……皇太子殿下」
「スタンリー。ここには私と君以外誰も居ないから、畏まらないでくれ」
「しかし」
「私の立場で要求できる事ではないと重々承知しているが、今だけでもまだ何の蟠りのなかった頃のように接してくれないか? ……色々とあって、少し疲れてるんだ」
要は一時的にでいいから昔の様に気の置けない友人関係に戻ってくれないか? って事だろう。あんな事があったばかりだし、事情を知った上で気軽に寄りかかれる先が欲しいんだろうな。なんともまあ都合のいい話だ。色々事情があって仕方がない面もあったとはいえ、ローレンスだって俺を裏切り傷つけた連中の1人なんだから。まあでも、ローレンスのお陰でヒースを助けられて直ぐにいい医者にかからせられたし、こうして恵まれた環境で休ませてやれている。それを思えば少しくらいなら……。いやでも、よく考えたらこいつがちゃんと自分の妻を管理していなかったせいで、俺のみならずヒースまで巻き込まれて散々な目にあったとも考えられるな。……。これ以上は深く考えないようにしよう。
ローレンスに対して色々と思うところはあるが、ここで俺達へかけられた迷惑の数々の責任を追求するよりも、一旦は許したフリをしておいて罪悪感を刺激し受けた損害の保証をできる限り長く沢山引き出した方がきっと得だ。現状俺が1人でやるよりも、その方が潤沢にヒースをサポートしてやれる。男として少々情ない手だったが、それでヒースが心置きなく療養できるのなら、俺はどんな汚名だって被ってやる覚悟だ。俺は怒りを押え、心にもない労りの感情を表情に滲ませながら、ローレンスの言葉に従う。
「分かったよ、ローレンス。それで、何の用だ? 悪いがヒースは頭を殴られてるから、少なくとも一昼夜は気をつけて様子を見るように医者から言われているんだ。心配だから、あまり長く傍を離れたくない」
「ああ、分かった。それなら、できる限り手短に話すよ」
ローレンスが淡々と事務的にタビサの今後の処遇やあの後俺達が立ち去った後の騒ぎの顛末について話していく。取り敢えず、タビサは極刑になるそうだ。勿論ローレンスとは離婚。国の端、北の寂れた奥地に建つ、寒々しい離宮に生涯閉じ込められるらしい。そこは宮殿とは名ばかりの、人工的に作られた窪地の中に建てられた廃屋だ。手入れはされていないし辛うじて形を保っているだけで、当然豪華な暮らしも傅いてくる使用人も何もなく、それどころか陽の光すらまともに刺さない。絶壁で囲まれた離宮は外から縄梯を垂らしてもらわなければ出入りすることすら不可能で、週に1度投げ込まれる食事の配給が途絶えれば、たちまち死んでしまう事になる。タビサはこれから先死ぬまでそこで過ごす事となり、死んだら遺体はそのままなんの供養もされずに海にでも捨てられる予定らしい。聖なる魔力を持つ聖女で元とは言え一時は王太子妃だった人間としてはかなり重い処罰だが、やった事を考えれば当然の扱いなのかもしれない。
タビサは罪人に仕立てたげたヒースの処刑というパフォーマンスを通して自らの潔白を偽造し、それを大衆の面前で行うことで民意を味方につけ国が自らを許さざるを得ない状況を作るの心積りだった様だ。しかし、結果それが裏目に出る。知っての通りタビサの浅はかな計画は破綻。しかし、大々的に人々の前で馬鹿な大騒ぎを起こした事で、隠匿のしようがないくらいに今回の事件は人々に知られてしまった。王家としては態々無理して平民から取り立てた王太子妃が大問題を起こした事で面子は潰れるわ、事件を呼び水にこれまでひた隠しにしてきたタビサの普段の愚かな行いがどこからが漏れ出していい笑いものになるわで、今やすっかり立場をなくしてしまったらしい。タビサを王太子妃に据えたせいで貴族からはかなり反感を買っていたし、そうでなくともタビサの愚かさのせいで王家とそれを支える貴族達の間には溝ができていたのに、唯一残った後ろ盾である民草からの支持まで失った形になる。もう早こんな大失敗した今の王室を一新し、公爵家などの傍系王族から新たな王を立てる話まで出てきてるらしく、ローレンスは心労で窶れ老け込んでいた。
正直ローレンスの王太子の座なんてどうでもいいことこの上ないが、タビサのことを抜きにすればこいつはなかなか優秀で次代の君主としても能力的に申し分なかったと記憶している。今回の事件が堪えてかなり反省してるみたいだし、これだけの事があったんだから今後は慎重になって同じ間違いを2度も犯すような馬鹿はしない筈だ。まあ、積極的に行動する気は更々ないが、被害者の1人として何か意見を求められる様なことがあった時には、多少の手加減くらいはしてやるか。なによりこいつが王太子のままでいられた方が、ヒースに対する補償が充実しそうだしな。最後にヒースが得するなら、俺はなんだっていい。俺にとってはヒースの辛苦を取り除くのが唯一絶対の目標で、後はもう十把一絡げに全てどうでもよかった。
「本当に、今回は大変な迷惑をかけてしまって済まない」
「全くだ。二度とこんな事がないようにしてくれ」
「それはもう当然だ。後、できたらヒース君にも直接謝罪を」
「駄目だ。お前は絶対ヒースに会わせない」
「そ、そうか……。分かった……」
ローレンスは絶対ヒースに会わせたくない。タビサの時みたいにまたこいつに盗られるんじゃないかとか、そういう心配をしているわけではなかった。流石に深く愛を確かめあったさっきの今で、それを疑う様な事はしない。ヒースが俺にベタ惚れなのは十分分かってるし、あの裏切りがあってからヒースはローレンスを毛嫌いしている。だからこそローレンスに会わせたくないんだ。ヒースの事だから上手くやるとは思っているが、万が一にでも俺に対する感情が溢れるあまりにローレンスに不敬な態度をとってしまって、それを咎められたら困る。ローレンスは俺達に負い目があるからそんなに心配はないが、五月蝿い外野に知られたら事だ。ただでさえローレンス達現王室の権威が弱まっている今、平民にすら侮られていると余計な波風になっても困る。何より少なくとも暫くの間はヒースには心穏やかに過ごしていて欲しかった。これまではヒースが俺を守ってくれていたんだから、今度は俺があいつを守る番だ。
「さて、だいたい話は終わったか? さっき話した迷惑料とか慰謝料とかの保証については、後で正式な書類に纏めて持ってきてくれ。確認して問題がなかったら、サインをしておくから。もう決めとく事は何もないよな? いい加減ヒースの所に戻りたい」
「あ、ああ。そうだな。長く引き止めてしまって申し訳ない」
ヒラリと手を振るのを返事の代わりに、俺は黙って席を立つ。早く早く、ヒースの安らかな寝顔を見たい。さっき医者にも注意してみていろと言われたし、無理させたばかりの立場で言えた事ではないが本当に心配なんだ。今夜は一睡もせずにヒースの様子を見守ろう。そんな決意を胸にヒースの眠る部屋へと続く扉に足を向けた。そんな俺の背後から、不意にローレンスが声をかけてくる。
「なぁ、スタンリー」
「なんだ?」
「その……君は今、満たされているかい?」
ローレンスの言葉に振り返り、何か淡く期待するような表情で縋るみたいな目付きでこっちを見てくる相手を見返す。その目を見て俺は、向こうの言いたい事を瞬時に理解した。成程、こいつは俺を味方に引き込みたいのだ。今回の事件の被害者として加害者側の王家の情状酌量を訴えて欲しいのは勿論。また昔の様に親友にでも戻り、苦しい立場のローレンスの精神的支えにでもなって欲しいのだろう。満たされていないなら足りない分は物でも金でもなんでも、私が埋めてやる。だから自分の味方になってくれ。そんな心積もりらしい。やれやれ、なんと愚かな。俺は物も金も要らない。そんなものよりもっと価値のある、愛し愛される喜びで、俺は十分過ぎる程に満たされているからな。俺の今の様子を見てそんな事も分からない程ローレンスは愚かなのか、それとも形振り構っていられない程追い詰められているのか……。何でもいい。最早この男は、俺が心を傾ける相手ではないのだから。
「ああ、今の俺は十分に満たされていると、胸を張って言えるよ」
「……そうか」
「それでは、王太子殿下。私はこれで失礼します。今後の事は呉々もよろしくお願いします」
他人行儀な敬語で、もう自分達は昔の様な関係には戻れない事、2人の間にどうにもならない隔絶がある事を暗示する。傷ついた表情をする王太子に満面の笑みを見せつけて、俺は今度こそその場を後にした。部屋に戻ると広いベッドの上でヒースがモゾモゾと動いている。目が覚めたのかと思って近づいたが、どうやら違う様だ。ヒースは寝ながらなにか探しているのか、モゾモゾと手を動かして辺りを探っていた。そしてその場所は、先程まで俺が居た場所で……。試しにヒースの探っている場所に体を滑り込ませれば、ヒースは直ぐさまニジニジと寄ってきてそのまま俺の胸に顔を埋め、もう離さないという意思表示でもするみたいにヒシッと抱きついてきた。胸元にある寝顔を見れば、幸せそうな表情でウットリと眠っている。どうやらヒースは、寝ながらも俺の事を探していたらしい。ああ、なんて可愛いんだ! 思わずニヤけて顔がだらしなく緩む。
ヒースが起きたら、たっぷり甘やかそう。きっと遠慮深いこいつは恐縮して縮こまるだろうから、甘やかされるのに慣れてしまって萎縮しなくなるまで、何度でも。俺とヒースにはこれから先の未来がある。幸せで、希望に溢れた未来が。その全てを齎してくれたのは、他でもないヒースだ。暗くうらぶれた日々の中で神を呪い、時にその存在を疑いさえした。でも、この温もりを腕の中にだくだけで、今ではこんなにも簡単に祝福を信じられる。神はいなくても、苦しいばかりの人生でも、俺にはヒースがヒースには俺が居るのだ。それだけでもういいと思える程度には、今の気持ちは安らかで幸福で満ち足りていた。俺はヒースの体を抱き返し、唇に笑みを浮かべこの身に余る祝福を全身で感じる。そうしてそのまま目を閉じた。
後年、この時の事は歴史書にこう記されている。神の権威を笠に着て横暴に振舞った教会は民草から立ち上がった革命軍の英雄達に滅ぼされ、その旗印となった聖女も王太子妃になるとやがて慢心し、教会の面々と同じ様に廃された。その影には一人の男が居たという。
その男は国政にこそ関わらなかったが、それでも彼の活躍で制度が変わらなければ、今日の国の様々な発展は成し得なかっただろうと言われている。1つの宗教による圧制や、思い上がった聖女の暴虐、そして失政を重ねていた血統に基づいた王政。国の癌となり蝕んでいたそれ等は、一人の男の手によって一掃されたのだ。この事によってその後の時代に生まれた国民達が、どれだけ救われた事か。男は正しく、英雄と言うに相応しい。
しかし、男は何故ここまでの改革を行ったのだろう? 腐敗した層が支配する国の将来を憂いた為? それとも、悪政に苦しむ国民を救う為? 残念ながら、その理由は一切伝わっていない。何故ならその男が、無欲にも自らの事を英雄ではなくただ一人の一般人として扱われる事を望んだからだ。一説によると男は、自分は都合がいいからという理由で勝手に英雄に担ぎあげられただけだと言って憚らなかったという。男の後半生は曖昧で、いつどこでどう死んだのかすら定かではない。ただ一つ確かなのは、名前すら分からないその男の隣に、いつも一人の小柄な男が居た事だ。この男もまた、名前も素性も伝わっていない。ただ、2人は常に一緒に過ごしていて、生涯支え合い寄り添い合って生きていたという……。
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